(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
セラミックス表面のうち処理を行う部分である処理領域の表面に,メディアン径d50が1〜20μmの略球状の噴射粒体を,0.01MPa〜0.7MPaの噴射圧力の圧縮気体と共に噴射して,前記処理領域の表面の最小自己相関長さ(Sal)が10μm以上の値となるように,前記処理領域の表面に開口径1〜20μmのディンプルを形成することを特徴とする,セラミックスの表面処理方法。
前記ディンプルは,前記ディンプルの開口面積の合計が前記処理領域の面積に対し50%以上になるように形成することを特徴とする請求項1〜3いずれか1項記載のセラミックスの表面処理方法。
セラミックスから成る表面部分の少なくとも一部分である処理領域に,開口径1〜20μm,深さ0.01〜1μmのディンプルを備え,前記処理領域の表面の最小自己相関長さ(Sal)が10μm以上の値であることを特徴とするセラミックス成品。
【背景技術】
【0003】
セラミックスは高硬度であると共に耐熱性,耐摩耗性等に優れていることから,各種成品の材料として使用される他,他部材との接触が行われる成品,例えば摺動部品やライナー材,コーティング材等として使用されている。
【0004】
しかし,高硬度で耐熱性及び耐摩耗性に優れるセラミックスであっても,潤滑剤等を介在させていない摺動性の低い状態で他部材と摺接させると,摩擦による摩耗や相手方部材の凝着等に伴う凝着摩耗等により耐久性が低下し,また,セラミックス製の成形型等にあっては,生産性を向上させるために離型性の良さが求められることから,セラミックス表面の摺動性や離型性を向上させるための各種方法が提案されている。
【0005】
セラミックス成品における凝着摩耗の防止や耐摩耗性を向上させる方法としては,セラミックス材料の組成自体を工夫することも提案されており,一例として後掲の特許文献1には,絞り金型を,アルミナ(Al
2O
3)3.0〜25.0重量%,酸化ディスプロシウム(Dy
2O
3)およびセリア(CeO
2)の少なくとも一方を8.0〜13.0重量%,カーボンを0.8〜4.0重量%,残部がジルコニア(ZrO
2)の組成を持ったセラミックスによって構成することが提案されており,これによりステンレス鋼との凝着摩耗性に優れた絞り金型を提供できるとしている。
【0006】
また,後掲の特許文献2には,窒化チタンを主成分とし,ジルコニアおよびニッケルを含むセラミックスからなるダイスとして,前記ジルコニアの結晶の一部が前記窒化チタンの結晶内に分散されてなる硬質相と,前記ニッケルを主成分とし,前記硬質相を結合する結合相を備える構造とすることで,アルミニウム等の押出材の摺動抵抗を小さくして凝着の発生を防止できるとする。
【0007】
また,セラミックス表面の摺動性を向上させる方法として,摺動面等にオイルやグリース等の潤滑剤を保持するためのディンプル(窪み)を形成する方法も提案されている。
【0008】
このようなディンプルの形成方法としては,セラミックスを焼成する前の事前の調整によってディンプルを形成する方法と,焼成後のセラミックス表面に事後的にディンプルを形成する方法がある。
【0009】
このうち,焼成前の事前の調整によりディンプルを形成する方法として,後掲の特許文献3には,摺動部材の形成材料となるセラミックス原料に樹脂や発泡剤,ウイスカー等を添加混合して成形した後に焼成することで,添加した樹脂や発泡剤を焼成中に焼失させてディンプルを形成する方法(特許文献3の[0030]欄),焼成前のセラミック原料を,ディンプルに対応する凸形状を備えた金型を用いて成形した後に焼成する方法(特許文献3の[0031]欄)を記載する。
【0010】
また,焼成後のセラミックスに対し事後的にディンプルを形成する方法として,後掲の特許文献4には,ベアリングや等速ジョイントのセラミックス製転動体の表面に,ピコ秒レーザ以上に短いパルス幅の単パルスレーザを照射して微小なディンプルを形成することを提案している(特許文献4)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上で説明した構成中,特許文献1及び2に記載されているようにセラミックス材料の組成を見直すことによりセラミックス成品表面の摺動性を向上させる方法では,絞り金型やダイス等のセラミックス成品の材質自体の変更が必要となる。
【0013】
そのため,現状で既に生産され使用されているセラミックス成品の摺動性を事後的に向上させることはできず,摺動性の向上等を得ようとすれば,特許文献1又は2に記載されている材質のセラミックスで新たにセラミックス成品を作り直す必要があり,材料の調達,試作,製作等に多大な労力,時間,及び費用が注ぎ込まれることとなる。
【0014】
ディンプルの形成によって摺動性を向上させる場合においても,前掲の特許文献3として紹介したように,焼成前の事前の処理によってディンプルを形成する方法では,特許文献1の場合と同様に,既存のセラミックス成品に事後的に適用することができず,セラミックス成品の新たな作り直しが必要となる。
【0015】
しかも,セラミックス原料に樹脂や発泡剤,ウイスカー等を添加混合して成形した後に焼成することで,添加した樹脂や発泡剤等の焼失によってディンプルを形成する方法では,どのような形状のディンプルが,どの位置に,どのような間隔等で形成されるかは偶然の産物によるものとなるため,連続しない,独立したディンプルを均等に形成するためのプロセス管理が困難であり,安定した一定品質の成品を製造することが困難となる。
【0016】
また,この方法では,製造する成品の材料となるセラミックスの種類毎,製造する成品の種類毎に,添加する樹脂や発泡剤等の種類や量等を調整することが必要となる点においても製造管理が煩雑である。
【0017】
これに対し,焼成前のセラミックス原料を,ディンプルに対応する凸形状を備えた金型を用いて成形した後に焼成する方法では,この金型を使用して成型された成品は,いずれも同じ位置に同じ形状のディンプルを形成することができる点で成品間における品質のばらつきをなくすことができるが,この方法によるディンプルの形成では,セラミックス成品の摺動性を向上させようとした場合,摺動性を向上させるセラミックス成品自体を新たに作り直す必要があるのは勿論のこと,このセラミックス成品を製造するための成形用の金型についても新たに作り直す必要があり,更に製造コストが嵩む。
【0018】
これに対し,セラミックス成品の表面に単パルスレーザを照射して微小なディンプルを形成する特許文献4に記載の方法では,焼成後のセラミックス成品に対し事後的にディンプルを形成することができることから,新規に製造されるセラミックス成品にディンプルを形成する場合は勿論,既に製造され,使用されているセラミックス成品に対しても事後的にディンプルを形成して摺動性の向上等を図ることも可能である。
【0019】
しかも,この方法では,単パルスレーザの照射によって,一定した大きさ,深さのディンプルを,一定の間隔でパターン化して形成することで,品質の揃ったセラミックス成品を製造することも可能である。
【0020】
しかし,特許文献4に記載の方法によりパターン化されたディンプルを形成するためには,ベアリングの転動体等のセラミックス成品の1つ1つを所定の方向に回転させながら,単パルスレーザを所定の強度,所定の時間,所定の時間隔で正確に照射してディンプルを1つずつ形成していく煩雑な作業が必要で,1つのセラミックス成品に対するディンプルの形成に長時間を要することから,この方法でディンプルの形成を行えばセラミックス成品の製造コストを大幅に増大させることになる。
【0021】
なお,ディンプルの形成によってセラミックス成品の摺動性を向上させる従来の方法では,このようにして形成されたディンプル内にオイルやグリース等の潤滑剤を保持させることで摺動性の向上を得るものであり,潤滑剤を保持していない状態では摺動性の向上を得ることができない。
【0022】
しかし,セラミックス成品の用途によっては,オイルやグリース等の潤滑剤を使用できない場合もあり,また,近年の環境保全に対する意識の向上から,オイルやグリース等の潤滑油を使用しない,あるいは使用量の低減が求められており,このような潤滑剤を使用しない場合等においても,セラミックスの表面に摺動性を付与することができる方法の提案が要望されている。
【0023】
本発明は,上記要望に対応すべく成されたものであり,比較的簡単な方法により,低コストで,焼成済みのセラミックスの表面に対し事後的に摺動性を高める処理を行うことができ,しかも,接触面にオイルやグリース等の潤滑剤を介在させた場合は勿論,介在させていない場合においても高い摺動性を付与することのできる表面処理方法を提供することで,耐摩耗性や耐凝着性,離型性,及び耐久性に優れたセラミックス成品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記目的を達成するための,本発明のセラミックスの表面処理方法は,
セラミックス表面のうち処理を行う部分である処理領域の表面に,メディアン径d50が1〜20μmの略球状の噴射粒体を,0.01MPa〜0.7MPaの噴射圧力の圧縮気体と共に噴射して,前記処理領域の表面の最小自己相関長さ(Sal)が10
μm以上の値となるように,前記処理領域の表面に
開口径1〜20μmのディンプルを形成することを特徴とする(請求項1)。
【0025】
ここで「メディアン径d50」とは,累積質量50%径,すなわち,粒子群をある粒子径から2つに分けたとき,大きい側の粒子群の積算粒子量と,小さい側の粒子群の積算粒子量が等量となる径をいい,JIS R 6001(1987)における「累積高さ50%点の粒子径」と同義である。
【0026】
また,最小自己相関長さ(Sal)とは,ISO 25178における表面性状パラメータの1つであり,自己相関関数(ACF)が最も速く特定の値へ減衰する方向の水平距離を表したものである。
【0027】
前記ディンプルは,フェレ径比が0.7〜1.43である平面形状となるように形成することが好ましい(請求項2)。
【0028】
ここで,フェレ径比とは,撮影されたディンプルの平面形状に外接する,X軸に平行な辺と,Y軸に平行な辺によって構成された長方形Sの,X軸に平行な辺の長さである水平フェレ径(lx)と,Y軸に平行な辺の長さである垂直フェレ径(ly)の比(水平フェレ径lx/垂直フェレ径ly)である(
図1参照)。
【0029】
前記ディンプルは,好ましく
は深さ0.01〜1μmで形成する(請求項3)。
【0030】
更に,前記ディンプルは,前記ディンプルの開口面積の合計が前記処理領域の面積に対し50%以上になるように形成することが好ましい(請求項4)。
【0031】
また,本発明のセラミックス成品は,セラミックスから成る表面部分の少なくとも一部分である処理領域に,開口径1〜20μm,深さ0.01〜1μmのディンプルを備え,前記処理領域表面の最小自己相関長さ(Sal)が10
μm以上の値であることを特徴とする(請求項5)。
【0032】
前記ディンプルは,好ましくはフェレ径比が0.7〜1.43の平面形状である(請求項6)。
【0033】
更に,前記ディンプルは,該ディンプルの開口面積の合計が前記処理領域の面積に対し50%以上になるように設けることが好ましい(請求項7)。
【発明の効果】
【0034】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の表面処理方法では,比較的簡単な方法により,低コストで,焼成済みのセラミックス成品の表面に,事後的にディンプルを形成することができた。
【0035】
しかも,ディンプル形成後の表面三次元形状を,最小自己相関長さ(Sal)が10
μm以上の値となるように調整することで,オイルやグリース等の潤滑剤を供給してディンプル内に保持させている場合は勿論,このような潤滑剤を供給することなく,ディンプル内に潤滑剤が保持されていない場合であっても,セラミックス表面の摺動性を
向上させて摩耗や凝着の発生を防止することで,セラミックス成品の耐久性を向上させることができると共に,本発明の表面処理方法をセラミックス製成形型のキャビティ内面等に適用した場合には,離型性が良くなることで生産性の向上を図ることができた。
【発明を実施するための形態】
【0037】
次に,本発明の実施形態につき添付図面を参照しながら以下説明する。
【0038】
〔処理対象〕
本発明における処理対象は,母材に至るまでセラミックスで形成されたセラミックス成品の他,金属から成る母材の表面にセラミックライナーを貼着し,又は,表面にセラミックコーティングを施した成品のように,少なくとも表面にセラミックスによって構成されている部分を有する各種成品を対象とすることができると共に,これらはいずれも本発明におけるセラミックス成品に含まれる。
【0039】
このセラミックスには,酸化物,炭化物,窒化物,ホウ化物,珪化物,弗化物,硫化物,炭素などの,主として非金属から成る無機固体材料全般を含み,一例としてアルミナ(Al
2O
3),ジルコニア(ZrO
2),二酸化珪素(SiO
2),チタン酸バリウム(BaO
3Ti),酸化イットリウム(Y
2O
3),炭化ケイ素(SiC),炭化タングステン(WC),炭化チタン(TiC),窒化ケイ素(Si
3N
4),窒化チタン(TiN),窒化チタンアルミ(TiAlN),ホウ化チタン(TiB
2),ホウ化ジルコニウム(ZrB
2),珪化モリブデン(MoSi
2),珪化タングステン(WSi
2),フッ化カルシウム(CaF
2),ダイヤモンドライクカーボン(DLC)や,前掲の二酸化珪素(SiO
2)を主成分とするガラス(ソーダガラス,鉛ガラス,硼珪酸ガラス)等はいずれも本願におけるセラミックスに含まれる。
【0040】
また,前述したセラミックスによって形成された成品であれば,その用途に限定はなく,各種成品に対し本発明の方法を適用可能であり,また,成品表面の一部分に対し本発明の処理を行うこともでき,ベアリング,シャフト,歯車などの他部材と摺接させて使用する摺動部材に対し適用する場合には,摺動部材のうち,他部材との摺動部のみを処理対象とするものとしても良い。
【0041】
〔処理方法〕
前述した被処理対象成品の表面のうち,本発明の表面処理方法を適用する部分である処理領域に対し,略球状の噴射粒体を圧縮気体と共に噴射すると共に衝突させることにより本発明の表面処理を行う。
上記の処理を行う際に使用する噴射粒体,噴射装置,噴射条件を一例として以下に示す。
【0042】
(1)噴射粒体
本発明の表面処理方法で使用する略球状の噴射粒体における「略球状」とは,厳密に「球」である必要はなく,一般に「ショット」として使用される,角のない形状の粒体であれば,例えば楕円形や俵型等の形状のものであっても本発明で使用する「略球状の噴射粒体」に含まれる。
【0043】
噴射粒体の材質としては,金属系,セラミックス系のいずれのものも使用可能であり,一例として,金属系の噴射粒体の材質としては,スチール,高速度工具鋼(ハイス鋼),ステンレス鋼,クロムボロン鋼(FeCrB)等を挙げることができ,また,セラミックス系の噴射粒体の材質としては,アルミナ(Al
2O
3),ジルコニア(ZrO
2),ジルコン(ZrSiO
4),炭化ケイ素(SiC),硬質ガラス等を挙げることができる。
【0044】
使用する噴射粒体の粒径は,メディアン径(d50)で1〜20μmの範囲のものが使用可能である。
【0045】
(2)噴射装置
前述した噴射粒体を被処理成品の表面に向けて噴射する噴射装置としては,圧縮気体(空気,アルゴン,窒素等)と共に研磨材の噴射を行う既知のブラスト加工装置を使用することができる。
【0046】
このようなブラスト加工装置としては,圧縮気体の噴射により生じた負圧を利用して研磨材を噴射するサクション式のブラスト加工装置,研磨材タンクから落下した研磨材を圧縮気体に乗せて噴射する重力式のブラスト加工装置,研磨材が投入されたタンク内に圧縮気体を導入し,別途与えられた圧縮気体供給源からの圧縮気体流に研磨材タンクからの研磨材流を合流させて噴射する直圧式のブラスト加工装置,及び,上記直圧式の圧縮気体流を,ブロワーユニットで発生させた気体流に乗せて噴射するブロワー式ブラスト加工装置等が市販されているが,これらはいずれも前述した噴射粒体の噴射に使用可能である。
【0047】
(3)処理条件
以上で説明したセラミックス成品に対し,前述した材質等からなるメディアン径d50が1〜20μmの略球状の噴射粒体を,0.01MPa以上,0.7MPa以下の噴射圧力の圧縮気体と共に噴射することにより行う。
【0048】
これにより,セラミックスの表面に開口径1〜20μm,深さ0.01〜1μmのディンプルを形成することができる。
【0049】
噴射粒体の噴射は,形成されたディンプルの開口面積の合計が,ディンプル形成領域の面積に対し50%以上となるように行う。
【0050】
(4)最小自己相関長さ(Sal)
上記ディンプルの形成は,ディンプル形成後の処理領域の表面が,ISO 25178で規定する最小自己相関長さ(Sal)で10
μm以上の値となるように行い,好ましくは,これに加え,形成されたディンプルのフェレ径比が0.7〜1.43となるように行う。
【0051】
最小自己相関長さ(Sal)は,式1に示す自己相関関数(ACF : Autocorrelation Function)が最も速く特定の値へと減衰する方向の水平距離を表したものであり,後掲の式2により表される。
【0053】
前掲の自己相関関数(ACF)は,測定された表面〔Z(x,y)〕と重複した表面〔Z(x―t
x,y−t
y)〕を採取し,相対的な横方向の変位(t
x,t
y)と共に2つの表面を計算により掛け合わせて算出する。掛け合わせた結果の関数が積分され,正規化されて,2つの関数の重なり度の尺度が得られる。
【0054】
仮に,変位された表面が元の表面と同一であれば,自己相関関数(ACF)は1.00となり,また,変位された表面が,全てのピークが対応する谷に配列されるものである場合,自己相関関数(ACF)は−1.00となる。
【0055】
従って,自己相関関数(ACF)は,測定対象物の表面性状が,元の位置から所定の距離でどの程度類似しているかを示す尺度となる。
【0056】
所定の変位量に対し,自己相関関数(ACF)が1.00付近にある場合,表面性状はその方向に沿って類似しており自己相関があり,自己相関関数が所定の方向に沿って急激にゼロに近づく場合,表面の状態が異なるから,自己相関が無いことを表す。
【0057】
最小自己相関長さ(Sal)は,式2に示したように,前述した自己相関関数(ACF)が最も速く減衰するまでの距離を求めるもので,式中のsは相関値(0≦s<1)であり,一般に0.2である。
【0058】
このように最小自己相関長さ(Sal)では,自己相関関数(ACF)が最も速く減衰するまでの距離を求めることから,算術平均高さSa(表面の平均面に対する各点の高さの差の絶対値の平均:ISO 25178)には表れない,表面の高さの変化の緩急を数値化することができる。
【0059】
その結果,例えば,表面に形成された凹凸が,短波長成分が支配的である(高さの変化が急激である)場合,自己相関関数(ACF)は急激に減衰するため最小自己相関長さ(Sal)は小さな値となり,長波長成分が支配的である(高さの変化が緩やかである)場合,自己相関関数(ACF)の減衰は緩やかとなるため,最小自己相関長さ(Sal)は大きな値となる。
【0060】
本願では,この最小自己相関長さ(Sal)が10
μm以上となるようにディンプルの形成を行うことで,高さが急激に変化する形状とならず,従って比較的深さの浅いディンプルが形成されるようにしている。
【0061】
(5)フェレ径比
本願では,前述したように最小自己相関長さSalを所定値以上とすることで比較的深さの浅いディンプルを形成する他,ディンプルが油溜りや空気溜りとしての機能を発揮するよう,好ましくは更に,フェレ径比を0.7〜1.43の範囲に調整する。
【0062】
ここで,フェレ径比とは,
図1に示すようにレーザ顕微鏡等で撮影されたディンプルの平面形状に外接する,X軸に平行な辺とY軸に平行な辺によって構成される長方形Sの,X軸に平行な辺の長さ(水平フェレ径lx)と,Y軸に平行な辺の長さ(垂直フェレ径ly)の比(水平フェレ径lx/垂直フェレ径ly)を表したものである。
【0063】
略球状のショットの衝突によって形成されるディンプルの平面形状は,略円形となり,水平フェレ径lxと垂直フェレ径lyの長さが同一の長さ,従って,フェレ径比が1.0に近い程,ディンプルは円形に近い形状となる。
【0064】
従って,ディンプルのフェレ径比を,前述した数値範囲とすることで,水平フェレ径(lx)と垂直フェレ径(ly)が大きく相違する形状のディンプルが形成されないようにすることで,ディンプルの形状を比較的円形に近い形状のものとすることができ,複数のディンプルがつながり合うことで溝状となったディンプルの形成や,残存したツールマーク(切削痕)の窪み等,潤滑油や空気を保持し難い形状の凹部が形成されることを防止することかできる。
【0065】
このようなフェレ径比は,形状解析機能を備えたレーザ顕微鏡によって処理後のセラミックス表面を撮影することにより取得することができ,本実施形態では,キーエンス社製の形状解析レーザ顕微鏡(「VK−X250」)を用いて測定倍率1000倍で測定を行い,測定したデータを,前記レーザ顕微鏡に付属の解析ソフト「マルチファイル解析アプリケーション VK−HIMX」を使用してフェレ径比を求めた。
【0066】
〔作用等〕
以上で説明したように,本発明では最小自己相関長さ(Sal)の値を10
μm以上としたことで,処理領域における表面の高さ変化は比較的緩やかなものとなっている。
【0067】
ここで,
図2に示すように,摺接する2つの表面(表面1,表面2)に形成されている凹凸の噛み合いによって生じる摺動抵抗が摩擦力を増大させていると考えると,2つの表面を摺接させた場合,表面2の凸部は,荷重Wに逆らって表面1の凸部を乗り越えなければならず,この乗り越えに必要なエネルギー損失が摺動抵抗Fとなって摩擦力を増大させる。
【0068】
ここで,摺動抵抗Fと同じだけの外力F’を加えたとき,傾斜角θの凸部の斜面を上向きに移動しようとする力(F’cosθ)と,荷重Wにより前記斜面を下向きに移動しようとする力(Wsinθ)は釣り合うことから,
F’cosθ=Wsinθ となる。
ここで,摺動抵抗Fは,前述したように外力F’と等しいことから,
F=F’=Wsinθ/cosθ=Wtanθ となる。
従って,荷重Wが一定であると仮定すると,摺動抵抗Fは「tanθ」,すなわち傾斜角度θに比例して変化することから,これに対応して摩擦力も変化する。
【0069】
自己相関長さSalの数値が小さい場合,処理後の表面における高さの変化は急激となるから,表面凹凸は
図2に示すように鋭角な形状になるので,凸部の傾斜角θは大きくなり,摺動抵抗Fは大きくなる。
【0070】
一方,最小自己相関長さ(Sal)を10
μm以上とした本願の加工後の表面では,急激に高さが変化する表面状態とはなっておらず,比較的緩やかに高さが変化する形状となっており,表面凹凸における長波長成分が支配的となることから,凹凸は緩やかな形状となり傾斜角度θも小さくなり,その結果,摺動抵抗Fも小さくなる。
【0071】
このように,本願では最小自己相関長さ(Sal)を管理してディンプルを形成することで,ディンプルの形成によって表面を凹凸に形成しつつも,摺動抵抗Fを低減することのできる表面形状を得ることができ,それによりセラミックス表面の摺動性が向上することで,耐摩耗性が向上し,凝着し難くなる。
【0072】
また,このような表面をセラミックス製の金型表面に形成する場合には,成形品の離型性を向上させることができ,生産性を向上させることができる。
【0073】
しかも,本発明の方法によって形成されるディンプルは,前述したようにフェレ径比(lx:ly)を0.7〜1.43の範囲となるように形成したことで,比較的円形に近い,空気や潤滑油を保持し易い形状のディンプルを形成することができ,このディンプル内に空気や潤滑油を保持させることで,より摺動性の高い,耐摩耗性,耐凝着性に優れ,離型性等にも優れたセラミックス表面とすることができた。
【実施例】
【0074】
〔凝着試験1〕
(1)試験の目的
本発明の方法で表面処理を行うことでセラミックス表面に対する凝着が生じ難くなることを確認する。
【0075】
(2)試験方法
ジルコニア(ZrO
2)製の試験片(40mm×40mm×2mm)の表面に本発明の方法で表面処理を行ったもの(実施例1,実施例2)と,算術平均粗さRa(JIS B0601 1994)0.1μmに研磨した研磨品(比較例)に対し,ボールオンディスク式摩擦摩耗試験機を用いて,SUS304製ボール及びA1050製ボール(いずれも直径3/16インチ)を使用して無給油にて摩擦摩耗試験を行い,摩擦部の表面に対するボール材の凝着状態を確認した。
【0076】
なお,ボールの材質としてSUS304を選択した理由は,SUS304は,一般的な鉄鋼材と比較して熱伝導率が1/4と非常に低く,そのため摩擦時に発生した熱を発散し難く,局部的に高温となり易く凝着し易いため,SUS304の凝着防止を行うことができれば,他の鉄鋼材料の凝着も防止できることの予測が可能なためである。
【0077】
また,A1050を選択した理由は,アルミニウムは融点が低く摩擦時に局部的に高温となった際に凝着し易い材料であり,特にA1050は,アルミニウムが99.5%以上である所謂「純アルミニウム」と呼ばれるもので,アルミニウム合金の中でも最も強度が低く凝着し易いことから,A1050の凝着が防止できれば,他の非鉄金属の凝着も防止できることの予測が可能なためである。
【0078】
(3)試験条件
(3-1) 表面処理条件
各試験片に対する表面処理条件を下記の表1に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
(3-2) ボールオンディスク処理条件
上記実施例1,2及び比較例の試験片に対するボールオンディスク式摩擦摩耗試験の条件を下記の表2に示す。
【0081】
【表2】
【0082】
(3-3) 凝着量測定方法
上記条件でボールオンディスク式摩擦摩耗試験を行った後の試験片(実施例1,2及び比較例)に対し,エネルギー分散型X線解析(EDX:Energy dispersive X-ray spectrometry)を用いて凝着元素を確認した。
【0083】
SUS304製ボールを使用した摩擦摩耗試験後の試験片では,Fe(鉄)成分を,A1050製ボールを使用した摩擦摩耗試験後の試験片では,Al(アルミニウム)の成分を,それぞれ質量濃度で確認した。
【0084】
(4)試験結果
各試験片に対するSUS304及びA1050の凝着量を測定した結果を表3に示す。
【0085】
【表3】
【0086】
以上の結果から,本発明の方法で表面処理を行った実施例1及び2の試験片では,給油を行っていないにも拘わらず,本発明の方法による表面処理を行っていない比較例1に比較して,SUS304及びA1050のいずれ共に凝着量が減少していることを確認することができた。
【0087】
特に,実施例2の試験片に比較して,最小自己相関長さ(Sal)がより大きな数値となっていると共に,フェレ径比がより1.00に近い実施例1の方が,SUS204,A1050のいずれ共に凝着量が減少しており,本発明の表面処理方法のように,最小自己相関長さ(Sal)の大きな表面に加工すること,及びフェレ径比が1.00に近い表面形状とすることが,セラミックス表面の凝着防止に有効であること,しかも,このような効果が無給油にて得られることが確認された。
【0088】
〔凝着試験2〕
(1)試験の目的
本発明の方法で表面処理を行ったセラミックス表面が凝着の生じ難いものであるとこを確認する。
【0089】
(2)試験方法
ジルコニア(ZrO
2)製のアルミ合金用押出し成型金型の表面に本発明の方法で表面処理を行ったもの(実施例3,実施例4,実施例5)と,算術平均粗さRa(JIS B0601 1994)0.1μm以下にラップ研磨した研磨品(比較例2)を使用し,潤滑剤を使用せずにアルミニウム合金の押出成形を行い,アルミニウム合金との摺接部にアルミニウム合金が凝着しているか否かを目視により確認した。
【0090】
(3)試験条件
各金型に対する表面処理条件を下記の表4に示す。
【0091】
【表4】
【0092】
(4)試験結果
各押出し成型用金型に対するアルミニウム合金の凝着状態を目視にて測定した結果を表5に示す。
【0093】
【表5】
【0094】
以上の結果から,本発明の方法で表面処理を行った実施例3〜5の押出し成型金型は,ラップ研磨を行った比較例2の押出し成形金型との比較において,いずれもアルミニウム合金の凝着が減少していた。
【0095】
特に,実施例4に比較して最小自己相関長さ(Sal)が大きく,フェレ径比が1.0に近い実施例3及び実施例5では,実施例4との比較においても凝着が生じ難いものであることが確認されており,本発明の表面処理方法のように,最小自己相関長さ(Sal)が大きく,水平フェレ径lxと,垂直フェレ径lyの長さの比が小さくなるように表面を加工することが,セラミックス表面の凝着防止に有効であることが確認された。
【0096】
〔摺動試験〕
(1)試験の目的
本発明の方法で表面処理を行うことにより,セラミックス表面の摺動性が向上することを確認する。
【0097】
(2)試験方法
ジルコニア(ZrO
2)製の薬液注入用ピストンの表面に本発明の方法で表面処理を行ったもの(実施例6,実施例7)と,算術平均粗さRaで0.2μm以下にラップ研磨した研磨品(比較例3)を,それぞれ樹脂製のシリンダ内に挿入し無潤滑(オイルや水等の介在なし)で進退移動させた際の摺動抵抗の大きさを評価した。
【0098】
(3)試験条件
各ピストンに対する表面処理条件を下記の表6に示す。
【0099】
【表6】
【0100】
(4)試験結果
各ピストンの摺動抵抗を評価した結果を,表7に示す。
【0101】
【表7】
【0102】
以上の結果から,本発明の方法で表面処理を行った実施例6〜8のピストンは,研磨品である比較例3のピストンとの比較において,いずれも摺動抵抗が低くなっていた。
【0103】
特に,実施例6〜8間の比較においては,最小自己相関長さ(Sal)が大きくなるに従い,また,水平フェレ径lxと,垂直フェレ径lyの長さの比が小さくなる程,摺動抵抗が低下しており,本発明の表面処理方法のように,最小自己相関長さ(Sal)が大きく,フェレ径比を1.0に近い表面に加工することが,セラミックス表面の摺動性の向上に有効であることが確認された。