(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
内燃機関において点火プラグ等の火花点火用の装置を用いて燃料と空気の混合気に点火する場合、混合気が空気やEGR(排気再循環)ガスで高希釈された条件下では燃焼速度が低下する。そのため、
図1に示すように、放電により初期火炎が形成されても、その成長過程において火炎伸張の影響を受けて消炎することがある。したがって、高希釈条件下では初期火炎を形成できるエネルギを燃料に与えるだけでなく、初期火炎が成長過程で消炎しない分のエネルギを投入する必要がある。
【0012】
内燃機関の燃焼室内のように混合気の流れがある場では、放電による絶縁破壊後に放電路は気流に追従しながら伸張する。このとき、放電路は一様に伸び続けない。これは、
図2に示すように、伸張中に放電が一旦吹消えて、電極間付近で再放電するからである。放電路が一律に伸張している間は同一体積にエネルギが投入される。しかし、放電が吹消えて再放電が起きると別体積を加熱することになる。放電が吹消えた時にその初期火炎が自律的に伝播できるだけのエネルギを受け取っていれば点火が成立するが、不足していればその火炎は下流で消炎して点火には寄与しない。すなわち、放電路の再放電が多発すると多くの初期火炎を生むが、それらは下流で消炎するため点火に繋がらない。このことから、放電路の吹消えを抑制し、放電路の伸張を促進することは高希釈条件下での点火特性を改善するといえる。
【0013】
流れがある場での放電過程では、電子や正イオンの拡散のため、放電維持に最低限必要な電流値i
bfが存在する。放電経路が長いほど電子及び正イオンは流れ場に長い期間さらされて拡散し、放電の維持が困難になる。よって、電流値i
bfは、放電路の長さl
spkに比例すると考えられる。ここで、α及びnは常数である。
【数2】
【0014】
この数式(2)が成立することを実験的に裏付けるために混合気の流れ場中の放電挙動の可視化と放電電流の計測を行った。
【0015】
図3は、試験装置の概要を示す。燃焼室10、燃料供給部12、点火プラグ14、電力供給部16、圧力センサ18、電流センサ20、電圧センサ22及び制御部24を含んで構成される。燃料供給部12の燃焼室12aへ燃料が供給され、ピストン12bによって燃料は空気と混合されて混合気として燃料供給管12cを通って燃焼室10へ供給される。燃料供給管12cは、点火プラグ14の中心電極と接地電極の間に横方向から混合気の流れができるように配置される。
図3の例では、円筒状の燃焼室10の壁面に沿って混合気の流れが形成され、点火プラグ14の中心電極と接地電極の間に横方向から混合気が流れる構成としている。
【0016】
点火プラグ14の中心電極には電力供給部16から電圧が印加される。電力供給部16は、コンデンサ及びコイルを含む昇圧回路を含んでおり、コイルに接続されたスイッチング素子をオン/オフさせることによって点火プラグ14の中心電極に高電圧を印加することができる構成とされる。
【0017】
電流センサ20は、点火プラグ14に供給される電流の値を検出して制御部24へ出力する。また、電圧センサ22は、点火プラグ14の中心電極と接地電極との間に印加される電圧を検出して制御部24へ出力する。制御部24は、試験装置に含まれる各構成要素を制御する。制御部24は、点火プラグ14に対して電力を供給する電源回路を含んでおり、点火プラグ14の中心電極と接地電極との間に電圧を印加して燃焼室10内において混合気の点火及び燃焼を起こす。また、制御部24は、電流センサ20及び電圧センサ22からの検出値(電流値及び電圧値)を取得し、それらの検出値を出力する。
【0018】
また、本実施の形態における試験装置では、点火プラグ14の近傍領域を観察できる構成としている。すなわち、試験装置にサファイアガラスからなるビューイングポートを設け、点火プラグ14の近傍における混合気の燃焼の様子を観察できるような構成としている。具体的には、
図3に示すように、燃焼の様子を静止画又は動画として撮影した画像を得ることができる。
【0019】
図4は、試験装置の燃焼室10内での混合気の点火時及び燃焼時の観察画像並びに電流値及び電圧値の時間変化の例を示す。測定開始から約10μsの時刻から点火プラグ14に電圧が印加され、約25μsの時刻において点火プラグ14に印加された電圧値が急激に低下すると共に点火プラグ14を流れる電流値が上昇する。すなわち、この時点で混合気に絶縁破壊が生じたことを示す。その後、約115μsの時刻において再び電圧値が上昇すると共に電流値が低下する。すなわち、この時点で放電の吹消えが起きたことを示す。その後、約125μsの時刻において、再度、電圧値が減少すると共に電流値が上昇する。すなわち、この時点で混合気に再度放電が生じたことを示す。このように、吹消えと再放電を交互に生じながら点火過程が進行する。
【0020】
本実施の形態では、燃焼室10内の点火及び燃焼の様子を観察し、観察結果から放電吹消え発生時の電流i
bfとその時の放電路長さl
spkを抽出した。放電路長さl
spkには、放電部の先端から電極間中心までの距離lと電極間の距離d
gからコの字型であるとしてその長さを放電路長さl
spkとして近似計算した。
【0021】
図5は、測定結果から求められた電流i
bfと放電路長さl
spkとの関係を示す。
図5より、電流i
bfは、放電路長さl
spkにより変化し、上記数式(2)の関係式が成立することが分かる。
【0022】
次に、数式(2)の定数α及びnを決定するために、同様の試験を圧力、電極間流速、混合気組成をパラメータとして複数の条件で行った。試験条件範囲は、点火エネルギが200mJ、圧力が10bar以上15bar以下、電極間流速が52m/s以上78m/s以下、混合気組成比(空気/燃料比)が15倍以上26倍以下、EGR率が0以上31%以下とした。
【0023】
その結果、定数αは電極間流速Uに依存することが分かった。そこで、数式(2)を書き替えて数式(3)とした。ここで、k、n
1,n
2は常数である。
【数3】
【0024】
試験結果を数式(3)を用いてフィッティングした結果、k=0.0017[A]、n
1=0.71、n
2=0.33とすることが好適であることが分かった。なお、定数k,n1,n2の最適値は点火プラグ14の形状等によって多少は変化し、それぞれ前記値の±10%程度で調整することが好適である。
【0025】
したがって、
図6に示すように、数式(3)に定数k=0.0017[A]、n
1=0.71、n
2=0.33を当て嵌めて得られる放電電流値iが基準値i
bf以下にならないように制御することにより放電の吹消えを防ぐことができる。
【0026】
制御は、以下の手順にて行うことが好適である。(1)電圧値及び電流値から現在の放電路の長さを求める。(2)数式(3)から放電電流基準値i
bfを求める。(3)現在の電流値iと放電電流基準値i
bfとを比較し、放電電流iが不足していれば増加させる制御を行う。
【0027】
具体的には、
図7のフローチャートに沿って制御を行えばよい。本例では、点火プラグ14に独立したタイミングで放電電圧を印加できるような点火回路を備える構成とする。例えば、点火回路に含まれるコイルを並列に2つ設けて、各コイルから点火プラグ14へ独立したタイミングで放電電圧が印加できるような構成とすればよい。
【0028】
ステップS10では、現在の内燃機関の回転数Ne、スロットルの開度TH及び点火タイミングIGTに応じて電極間流速U[m/s]及び燃焼室内の圧力p[bar]を求める。電極間流速U[m/s]及び燃焼室内の圧力p[bar]は、内燃機関の機種毎に内燃機関の回転数Ne、スロットルの開度TH及び点火タイミングIGTの組み合わせ毎の電極間流速U[m/s]及び燃焼室内の圧力p[bar]を示すマップを予め求めておき、そのマップを参照することにより決定することができる。
【0029】
ステップS12では、点火タイミングIGTに合わせて第1のコイルをスイッチングして点火プラグ14から放電を開始する。
【0030】
ステップS14では、点火回路の二次側の電流値i(t)及び電圧値V(t)を計測する。
【0031】
ステップS16では、計測された電流値i(t)及び電圧値V(t)に応じた放電路の長さl
spkを算出する。放電路の長さl
spkは、数式(4)に基づいて求めることができる。数式(4)は、
図3に示した試験装置を用いた試験から導いたものである。ここで、R
plugは点火プラグ14の内部抵抗値である。
【数4】
【0032】
ステップS18では、ステップS16で求めた放電路の長さl
spk、電極間流速Uを数式(3)に代入して放電電流基準値i
bfを算出する。定数は、例えば、k=0.0017[A]、n
1=0.71、n
2=0.33とする。
【0033】
ステップS20では、現在の電流値i(t)と放電電流基準値i
bfとを比較し、放電電流i(t)から放電電流基準値i
bfを引いた値が判定値βより大きければ時間tを時間t+δtに増加させてステップS14に処理を戻し、小さければステップS22に処理を移す。判定値βは、放電電流基準値i
bfに対する放電電流i(t)の余裕の必要性に応じて設定することが好適である。すなわち、判定値βは、余裕度(安全マージン)であり、0以上の値することが好適である。判定値βは、例えば、10mA以上30mA以下程度に設定することが好適である。
【0034】
ステップS22では、放電電流i(t)の不足分を補うために第2のコイルをスイッチングして点火プラグ14からの放電電流i(t)を増加させる。
【0035】
図8及び
図9は、当該制御を適用したときの放電電流i(t)及び放電路の長さl
spkの時間変化をそれぞれ示す。
図8及び
図9の実線は本例の制御を適用した場合を示し、破線は本例の制御を適用しなかった場合を示す。本例の制御を適用した場合、放電電流i(t)は放電電流基準値i
bfより常に大きい値を維持し、放電の吹消えが防がれる。また、放電路の長さl
spkは時間と共に増加し続ける。
【0036】
以上のように、本実施の形態の制御方法によれば、前もって電流制御なしで放電を行うことなく、放電の吹消えを防止することができる。したがって、意図しない放電の吹消えを防ぐことができる。
【0037】
なお、本実施の形態では、第1のコイル及び第2のコイルの2つのコイルを用いて点火プラグ14で放電を行う態様としたが、さらにコイルの数を増加させてもよい。すなわち、時間tの増加に伴ってコイルの数だけステップS14〜S22を繰り返せばよい。
【0038】
[変形例]
上記実施の形態では、放電電流基準値i
bfを数式(3)に基づいて算出するものとしたが、これに限定されるものではない。例えば、数式(5)に示すように、放電電流基準値i
bfを時間tに比例する関数として設定してもよい。ここで、aは比例係数及びbは切片であり、内燃機関の構成に応じて予め定められる。
【数5】
【0039】
また、数式(4)の代わりに、数式(6)に置き換えても本発明の効果を得ることができる。数式(6)は、キム・アンダーソン(Kim&Anderson)の式と呼ばれる(Kim J. & Anderson R.W. (1995) Spark anemometry of bulk gas velocity at the plug gap of a firing engine (No. 952459). SAE Technical Paper)。この場合、上記ステップS16において、数式(4)の代わりに数式(6)を適用すればよい。
【数6】
【0040】
また、上記実施の形態では、電極間流速Uを実測値としたが、放電路の長さl
spkに基づいて電極間流速Uを算出するようにしてもよい。具体的には、数式(7)を用いて、放電路の長さl
spkの時間tに対する変化に基づいて電極間流速Uを算出してもよい。
【数7】
【0041】
この場合、ステップS10では燃焼室の圧力pのみを決定し、ステップS16において放電路の長さl
spkを算出すると共に数式(7)を用いて電極間流速Uを算出すればよい。
【0042】
また、本実施の形態では、電流値i(t)及び電圧値V(t)を計測する態様としたが、電流値i(t)の計測のみを行い、その電流値i(t)に基づいて電圧値V(t)を算出してもよい。
【0043】
電流値i(t)は、電磁気学の関係式から数式(8)で表される。ここで、E(t)は残存点火エネルギ、L
sはコイルのインダクタンスである。
【数8】
【0044】
数式(8)を微分すると数式(9)が得られる。
【数9】
【0045】
ここで、数式(10)及び数式(11)の関係が成り立つので、数式(9)は数式(12)に書き替えることができる。ここで、E
0は総点火エネルギである。
【数10】
【数11】
【数12】
【0046】
数式(12)を電圧値V(t)について整理すると数式(13)となる。この数式(13)を用いれば、電流値i(t)から電圧値V(t)を算出することができる。
【数13】
【0047】
具体的には、
図11に示す計算方法のフローチャートに沿って電圧値V(t)を算出することができる。
【0048】
ステップS30では、電流値i(t)から電流値i(t)の時間微分値di(t)/dtを算出する。ステップS32では、時間tが初期値0であるか否かを判定する。時間ステップtが0であればステップS34に処理を移行させ、0以外であればステップS38に処理を移行させる。なお、時間ステップt=0は、絶縁破壊の開始時刻から任意の時間だけずらした時刻に設定することが好適である。
【0049】
ステップS34では、数式(13)に時間t=0を代入した数式(14)にて電圧値V(t)の初期値である電圧値V(0)を算出する。
【数14】
【0050】
ステップS36では、数式(15)によって時間t=0におけるQ
tot(0)を算出する。
【数15】
【0051】
一方、ステップS32においてステップS38に移行した場合、前の時間ステップ(t−δt)におけるQ
tot(t−δt)を数式(13)に代入した数式(16)に基づいて電圧値V(t)を算出する。そして、ステップS40では、現在の時間ステップtにおけるQ
tot(t)を算出する。
【数16】
【0052】
ステップS42では、Q
tot(t)が総点火エネルギE
0に等しくなったか否かが判定される。Q
tot(t)が総点火エネルギE
0に等しくなった場合には算出処理を終了し、その時点で算出された電圧値V(t)を用いて制御を行う。Q
tot(t)が総点火エネルギE
0に等しくない場合には、δtだけ時間ステップtを増加させてステップS32に処理を戻す。
【0053】
以上のように、本発明によれば、前もって電流制御なしで放電を行うことなく、放電の吹消えを防止することができる。これによって、内燃機関の点火装置において意図しない放電の吹消えを防ぐことができる。