(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6571960
(24)【登録日】2019年8月16日
(45)【発行日】2019年9月4日
(54)【発明の名称】斜板式コンプレッサの半球シューおよび斜板式コンプレッサ
(51)【国際特許分類】
F04B 27/12 20060101AFI20190826BHJP
【FI】
F04B27/12 F
F04B27/12 A
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-61705(P2015-61705)
(22)【出願日】2015年3月24日
(65)【公開番号】特開2016-180384(P2016-180384A)
(43)【公開日】2016年10月13日
【審査請求日】2018年2月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(72)【発明者】
【氏名】土井 友輔
(72)【発明者】
【氏名】福澤 覚
(72)【発明者】
【氏名】石井 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】宗田 法和
【審査官】
岸 智章
(56)【参考文献】
【文献】
特開2002−039062(JP,A)
【文献】
特開2002−276543(JP,A)
【文献】
特開2014−202193(JP,A)
【文献】
特開2014−151499(JP,A)
【文献】
特開2005−090385(JP,A)
【文献】
特開昭61−201782(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 27/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板に半球シューを摺動させ、この半球シューを介して前記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサの半球シューであって、
前記半球シューは、硬質部材を基材とし、前記斜板と摺動する平面部の表面と、前記ピストンと摺動する球面部の表面と、前記球面部と前記平面部とを繋ぐ外周部の表面とに樹脂組成物の射出成形層である樹脂層が形成され、
前記平面部の樹脂層と前記球面部の樹脂層とが、前記外周部の樹脂層を介して連続する一体の層であり、かつ、前記基材の少なくとも一部が樹脂層で覆われずに露出しており、
前記半球シューの基材は、外径面に軸方向の溝または突起が形成され、
前記外周部の樹脂層が、前記溝または突起の少なくとも一部を覆いつつ、これに係合していることを特徴とする斜板式コンプレッサの半球シュー。
【請求項2】
前記基材は、金属焼結体であることを特徴とする請求項1記載の斜板式コンプレッサの半球シュー。
【請求項3】
前記軸方向の溝または突起は、2〜8本であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の斜板式コンプレッサの半球シュー。
【請求項4】
前記軸方向の溝と基材表面とのエッジ部、または、前記軸方向の突起のエッジ部および前記軸方向の突起と基材表面との隅部は、シャープエッジであることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載の斜板式コンプレッサの半球シュー。
【請求項5】
前記基材は、中心軸部分に(1)球面部側もしくは平面部側から凹部となる中空部、または、(2)球面部側と平面部側とを貫通する中空部、が形成され、該中空部の少なくとも一部が前記樹脂層で充填されずに露出していることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載の斜板式コンプレッサの半球シュー。
【請求項6】
冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板に半球シューを摺動させ、この半球シューを介して前記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサであって、
前記半球シューが、請求項1から請求項5までのいずれか1項記載の半球シューであることを特徴とする斜板式コンプレッサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用エアコンなどに用いられる斜板式コンプレッサにおいて、斜板とピストンとの間に介在して斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換するための半球シューに関する。
【背景技術】
【0002】
斜板式コンプレッサは、冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板に半球シューを摺動させ、この半球シューを介して斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させるものである。このような斜板式コンプレッサには、両頭形のピストンを用いて冷媒を両側で圧縮、膨張させる両斜板タイプのものと、片頭形のピストンを用いて冷媒を片側のみで圧縮、膨張させる片斜板タイプのものとがある。また、半球シューは斜板の片側面のみで摺動するものと、斜板の両側面で摺動するものとがある。これらの斜板式コンプレッサでは、斜板と半球シューの摺動面に毎秒20m以上の大きな相対速度の滑りが発生して、半球シューは非常に過酷な環境で使用される。
【0003】
また、潤滑については、潤滑油は冷媒に溶け込みながら薄められハウジング内を循環し、ミスト状となって摺動部に供給される。しかし、運転休止状態から運転を再開した場合において、液化した冷媒により潤滑油が洗い流されてしまい、運転開始時の斜板と半球シューとの摺動面は、潤滑油のないドライ状態となり、焼付きが発生しやすいという問題がある。
【0004】
この焼付きを防止する手段としては、例えば、斜板および半球シューの少なくとも摺動面にポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂被膜を静電粉体塗装法により直接形成したもの(特許文献1参照)、固体潤滑剤を含有する熱可塑性ポリイミド被膜を静電粉体塗装法により形成したもの(特許文献2参照)が提案されている。
【0005】
また、高速・高温条件において高い摺動性を確保するため、斜板、半球シューおよびピストンの少なくとも一の摺接部位にPEEK樹脂からなるバインダと、該バインダ中に分散された固体潤滑剤とからなる摺動層を形成したもの(特許文献3参照)が提案されている。また、斜板との摺動面が樹脂層からなり、球面部表面が半球シューの基材自体からなり、樹脂層の周方向厚さを変化させた半球シュー(特許文献4参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−180964号公報
【特許文献2】特開2003−049766号公報
【特許文献3】特開2002−039062号公報
【特許文献4】特開2014−202193号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1〜3に示す従来技術では、斜板と半球シューの潤滑特性の向上のために、上記したとおり、斜板や半球シューの摺動面を潤滑性被膜で形成する方法が提案されてきたが、現実には斜板への潤滑性被膜の形成はあっても、半球シューへの潤滑性被膜の形成は皆無であった。この理由は、斜板に比べて半球シューの摺動面積が小さいうえに、ピストンの球面座との摺動も受けるため、摩擦熱によって潤滑性被膜の耐久性が十分に得られていないということが推測される。
【0008】
例えば、従来技術のように、斜板およびピストンとの摺動のため半球シューの表面全体を樹脂被膜で覆った場合、摩擦熱の放熱性が低下するとともに半球シュー基材の温度上昇が発生し、樹脂被膜が溶解するということが起こり得る。また、静電粉体塗装法や塗液塗布による樹脂被膜の形成は、半球シューを焼成温度にさらすことになり強度低下の懸念がある。
【0009】
特許文献4はこれらの問題に対処するために開発されたが、上記のとおり、半球シューは非常に過酷な環境で使用されるため、半球シューに対する荷重が高くなると基材と樹脂層との密着性が低下し、基材に対して樹脂層が相対的に回転することが発生する。これが酷くなると基材と樹脂層との界面に隙間が生じ、最悪の場合は樹脂層が割れるという可能性が生じる。
【0010】
また、潤滑性被膜を有する斜板は、摺動面の平面度、平行度、厚さ精度の加工精度が厳しいだけでなく、高価な材料からなる潤滑性被膜の被膜面積が大きいため低価格化できないという問題がある。
【0011】
本発明はこれらの問題に対処するためになされたものであり、半球シューの摺動面に樹脂層を形成した構成において、半球シューに対する荷重が高くなることで基材と樹脂層との密着性が低下したとしても、基材に対して樹脂層が相対的に回転することを防止でき、樹脂層の界面の摩耗を防止できる半球シューを提供することを目的とする。また、運転開始時の潤滑油のないドライ状態においても、焼付きが発生せず、摩擦発熱による潤滑特性の低下や樹脂層の剥離がなく耐久性が十分に確保された半球シューを提供することを目的とする。さらに、この半球シューを使用した斜板式コンプレッサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の斜板式コンプレッサの半球シューは、冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板に半球シューを摺動させ、この半球シューを介して上記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサの半球シューであって、上記半球シューは、硬質部材を基材とし、該基材の外径面に軸方向の溝または突起が形成され、上記斜板と摺動する平面部の表面と、上記ピストンと摺動する球面部の表面と、上記球面部と上記平面部とを繋ぐ外周部の表面とに樹脂層が形成され、上記外周部の樹脂層が、上記溝または突起の少なくとも一部を覆いつつ、これに係合していることを特徴とする。
【0013】
上記基材は、金属焼結体であることを特徴とする。また、上記軸方向の溝または突起は、2〜8本であることを特徴とする。また、上記軸方向の溝と基材表面とのエッジ部、または、上記軸方向の突起のエッジ部および上記軸方向の突起と基材表面との隅部は、シャープエッジであることを特徴とする。
【0014】
上記平面部の樹脂層と上記球面部の樹脂層とが、上記外周部の樹脂層を介して連続する一体の層であり、かつ、上記基材の少なくとも一部が樹脂層で覆われずに露出していることを特徴とする。
【0015】
上記基材は、中心軸部分に(1)球面部側もしくは平面部側から凹部となる中空部、または、(2)球面部側と平面部側とを貫通する中空部、が形成され、該中空部の少なくとも一部が上記樹脂層で充填されずに露出していることを特徴とする。
【0016】
本発明の斜板式コンプレッサは、冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板に半球シューを摺動させ、この半球シューを介して上記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサであり、上記半球シューが本発明の半球シューであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の斜板式コンプレッサの半球シューは、硬質部材を基材とし、該基材の外径面に軸方向の溝または突起が形成され、上記斜板と摺動する平面部の表面と、上記ピストンと摺動する球面部の表面と、上記球面部と上記平面部とを繋ぐ外周部の表面とに樹脂層が形成され、上記外周部の樹脂層が、上記溝または突起の少なくとも一部を覆いつつ、これに係合しているので、基材と樹脂層の密着性が向上する。また、なんらかの理由で異常発熱などが生じ、基材と樹脂層の密着性が低下したとしても、基材に対して樹脂層のずれによる相対的な回転を防止できる。
【0018】
上記基材に金属焼結体を採用することで、基材表面の微細な凹凸によって基材と樹脂層の密着性がさらに優れる。また、上記軸方向の溝または突起を2〜8本にすることで、基材表面に対して溝または突起をはっきりと形成できる。これにより、基材に対して樹脂層のずれによる相対的な回転を確実に防止できる。
【0019】
上記軸方向の溝と基材表面とのエッジ部をシャープエッジにすることで、溝に対応する樹脂層の凸部が溝を乗り越え難くなる。また、上記軸方向の突起のエッジ部および上記軸方向の突起と基材表面との隅部を、シャープエッジにすることで、突起に対応する樹脂層の凹部が突起を乗り越え難くなる。
【0020】
上記平面部の樹脂層と上記球面部の樹脂層とが、上記外周部の樹脂層を介して連続する一体の層であり、かつ、上記基材の少なくとも一部が樹脂層で覆われずに露出しているので、放熱性、耐荷重性に優れ、斜板とピストンの両部材との摺動性にも優れる。また、樹脂層の基材からの剥離を防止できる。
【0021】
上記基材は、中心軸部分に(1)球面部側もしくは平面部側から凹部となる中空部、または、(2)球面部側と平面部側とを貫通する中空部、が形成され、該中空部の少なくとも一部が樹脂層で充填されずに露出しているので、摩擦熱が基材を伝わって、露出したこの中空部から外部に放熱される。このため、耐摩耗性、耐焼付き性に優れる。また、中空部を放熱部とするため、外表面の一部を放熱部とする場合よりも、放熱部面積を大きく確保しやすい。
【0022】
本発明の斜板式コンプレッサは、上述した半球シューを備えたものであるので、半球シューに対する荷重が高くなることで基材と樹脂層との密着性が低下したとしても、基材に対して樹脂層が相対的に回転することを防止でき、樹脂層の界面の摩耗を防止できる。また。運転開始時の潤滑油のないドライ状態となる場合でも、半球シューの摺動面での焼付きが発生せず、摩擦発熱による潤滑特性の低下や樹脂層の剥離がない。これらの結果、耐久性に優れ、安心、長寿命な斜板式コンプレッサとなる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の斜板式コンプレッサの一例を示す縦断面図である。
【
図2】半球シューを拡大して示す縦断面図および平面図である。
【
図3】半球シューの基材のみの斜視図および全体の斜視図である。
【
図4】半球シューの基材のみの斜視図および全体の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の斜板式コンプレッサの一例を図面に基づき説明する。
図1は、本発明の斜板式コンプレッサの一例を示す縦断面図である。
図1に示す斜板式コンプレッサは、炭酸ガスを冷媒に用いるものであり、冷媒が存在するハウジング1内で、回転軸2に直接固定するように斜めに取り付けた斜板3の回転運動を、斜板3の両側面で摺動する半球シュー4を介して両頭形ピストン9の往復運動に変換し、ハウジング1の周方向に等間隔で形成されたシリンダボア10内の各ピストン9の両側で、冷媒を圧縮、膨張させる両斜板タイプのものである。高速で回転駆動される回転軸2は、ラジアル方向を針状ころ軸受11で支持され、スラスト方向をスラスト針状ころ軸受12で支持されている。この構成において、斜板3は、連結部材を介して間接的に回転軸2に固定される態様でもよい。また、斜めではなく直角に取り付けられる態様であってもよい。
【0025】
各ピストン9には斜板3の外周部を跨ぐように凹部9aが形成され、この凹部9aの軸方向対向面に形成された球面座13に、半球シュー4が着座されており、ピストン9を斜板3の回転に対して相対移動自在に支持する。これによって、斜板3の回転運動からピストン9の往復運動への変換が円滑に行われる。半球シュー4は、球面部がピストン9(球面座13)と摺動し、平面部が斜板3と摺動する。
【0026】
半球シューの構造を
図2および
図3に基づき詳細に説明する。
図2の上図は本発明の半球シューの一例を示す縦断面図であり、
図2の下図はその平面図である。また、
図3の上図は基材のみの斜視図であり、
図3の下図は半球シュー全体の斜視図である。
図2および
図3は、本発明の一形態として、基材の外径面に軸方向に溝を形成する場合である。
図2に示すように、半球シュー4は、球体の一部を構成する球面部4aと、球面部4aの反対側において該球体を略平面でカットした形態の平面部4bと、球面部4aと平面部4bとを繋ぐ外周部4cとからなる略半球状の構造を有する。また、半球シュー4は、平面形状が円形状であり、外周部4cの表面(樹脂層6cの表面)は円筒外周面となる。半球シュー4の全体形状は、円柱体の一方の底面を半球の一部を構成する凸形状とした形状である。なお、半球シュー4の全体形状は、これに限定されるものではなく、斜板と摺動する平面部とピストンと摺動する球面部とを有していればよく、上記外周部(円筒部)を有さない形状としてもよい。
【0027】
半球シュー4は、金属製などの硬質部材を基材5とし、斜板と摺動する平面部4bの表面およびピストンと摺動する球面部4aの表面に樹脂層6が形成されている。樹脂層6のうち、球面部4aの表面に形成されるものが樹脂層6aであり、平面部4bの表面に形成されるものが樹脂層6bであり、外周部4cに形成されるものが樹脂層6cである。ここで、平面部4bの樹脂層6bと球面部4aの樹脂層6aとは、外周部4cの樹脂層6cを介して連続した樹脂層であり、基材5の表面を覆うように一体に形成されている。半球シューの直径10mm程度(5〜15mm)の場合において、基材5の外側を覆う樹脂層の厚みは0.1〜0.7mmの薄肉である。樹脂層を上記範囲のような薄肉とすることで、摩擦熱が摩擦摺動面から基材側に逃げ易く、蓄熱し難いので、好ましい。
【0028】
図3に示すように、半球シュー4は、基材5の表面のほぼ全体を覆うように樹脂層6が形成されている。樹脂層6は上述のとおり薄肉であるため、
図3上図に示すように、基材5の形状は半球シュー4の全体形状に沿った形状である。このため、基材5は、半球シュー4の球面部4a、平面部4b、外周部4cにそれぞれ対応する、球面部5a、平面部5b、外周部5cを有する。この形態では、基材5の外径面(外周部5cの表面)に、軸方向の溝7aが形成されている。
【0029】
基材5の外径面には4本の溝7aが形成されている。各溝7aは、すべて形状が同一であり、外周部5cを球面部5aから平面部5bまで軸方向に沿って貫通して削りとるように形成されている。また、各溝7aは、基材の中心軸に対して等角度(90度)毎に配置されており、溝同士は外径面において円周方向に等間隔で離間した等配分とされている。溝7aを等配分することで基材の重心位置が中心軸からずれることを防止できる。
【0030】
本発明の別の形態として、基材の外径面に軸方向の突起を形成する場合を
図4に基づいて説明する。
図4の上図は基材のみの斜視図であり、
図4の下図は半球シュー全体の斜視図である。
図4に示すように、この形態では、基材5の外径面(外周部5cの表面)に、軸方向の突起7bが形成されている。突起7bは、上記溝と同様に、基材の中心軸に対して等角度(90度)毎に4つ配置されており、突起同士は外径面において円周方向に等間隔で離間した等配分とされている。また、
図3の溝と
図4の突起を組み合わせて形成してもよい。
【0031】
図3および
図4に示すように、このような溝7aや突起7bを有する基材5に対して、樹脂層6を例えば射出成形などで形成することで、樹脂層6は溝や突起を覆いつつ、これらと係合する相補的な構造が形成される。すなわち、樹脂層6側に、それぞれの溝7aに嵌合する凸部6e(
図2参照)や、それぞれの突起に嵌合する凹部が複数形成される。ここで、樹脂層と基材とがずれないように係合していればよく、例えば突起においてその先端が露出していてもよい。この構造により、基材5とその面を覆う樹脂層6との接触面積が大きくなり、基材5と樹脂層6との密着強度が高くなる。また、異常発熱などによって基材5と樹脂層6との界面で剥離が生じても、基材5に対して樹脂層6が相対的に回転することを防止できる。その結果、基材5と樹脂層6との界面に隙間が生じ、最悪の場合は樹脂層6が割れるという懸念が払拭できる。
【0032】
軸方向の溝は、基材の外径面に2〜8本形成することが好ましい。等配分された軸方向の溝が1本であると基材の重心位置が中心軸からずれるため、半球シューの動きに何らかの悪影響が生じるおそれがある。また、9本以上であると基材表面に対して溝をはっきりと形成することが難しくなる。
【0033】
溝の深さ(中心軸向き方向)または突起量は、最も深いまたは高い部分が0.2〜1.0mmであることが好ましい。基材の溝の深さまたは突起の高さを0.2〜1.0mmにすることで、確実に基材に対して樹脂層のずれによる相対的な回転を防止できる。溝が0.2mmより浅いと、溝に対応する樹脂層の凸部が溝を乗り越えるおそれがある。溝が1.0mmより深いと、樹脂層の表面に射出成形のヒケが生じるおそれがある。また、突起が0.2mmより低いと突起に対応する樹脂層の凹部が突起を乗り越えるおそれがある。突起が1.0mmより高いと樹脂層の厚みを相対的に厚くする必要が生じる。
【0034】
軸方向の溝を形成する形態では、溝と基材表面とのエッジ部をシャープエッジにすることが好ましい。すなわち、溝の基材表面とのエッジ部に面取りを設けないことが好ましい。溝のエッジ部に面取りを設けると、溝に対応する樹脂層の凸部が溝を乗り越え易くなる。同様に、軸方向の突起を形成する形態では、突起のエッジ部および突起と基材表面との隅部をシャープエッジにすることが好ましい。突起のエッジ部に面取りを設ける場合や、突起と基材表面との隅部に面取りを設ける場合、突起に対応する樹脂層の凹部が突起を乗り越え易くなる。
【0035】
本発明では、摺動部となる球面部および平面部の樹脂層ではなく、摺動部ではない外周部の樹脂層において基材との係合構造を形成するため、基材側の構造として溝のみでなく、該外周部の樹脂層が部分的に薄肉となるような突起も採用できる。溝と突起のいずれの構造であっても、半球シューの摺動特性には悪影響を与えない。
【0036】
半球シューは、金属製などの硬質部材において、ピストンおよび斜板の両部材との直接の摺動面に上記の樹脂層を形成しつつ、それ以外の箇所に樹脂層で覆われていない露出部を有することが好ましい。このような露出部を設けることで、斜板およびピストンとの摺動による摩擦熱が発生しても、基材を伝わって該露出部から熱を逃がすことができ、樹脂層の溶解などが起こらず、耐摩耗性や耐焼付き性に優れる。基材の露出部の位置や形態は、ピストンおよび斜板の両部材との直接の摺動面以外であれば特に限定されないが、加工性や放熱性に優れることから、中心軸部分に(1)球面部側もしくは平面部側から凹部となる中空部、または、(2)球面部側と平面部側とを貫通する中空部、が形成され、該中空部の少なくとも一部が樹脂層で充填されずに露出している形態が好ましい。
【0037】
図2に示す形態では、基材5には、その中心軸部分に球面部4a側と平面部4b側とを貫通する円筒空間状の中空部5dが形成されている。中空部5dは、平面部4b側から所定の軸方向深さまで樹脂層6dが充填され、それ以外の部分(露出部分)では、樹脂に覆われず、該中空部を構成する基材表面が露出した状態となっている。中空部5dに露出部分を有することで、摩擦熱が該部分から外部に放熱される。また、この露出部分が潤滑油を保持するオイルポケットとしての機能も有する。
【0038】
中空部5dの露出部分の軸方向長さは、半球シューの高さの3分の1以上であることが好ましい。該範囲とすることで、放熱部の面積を大きくでき、放熱性に優れる。また、中空部5dの直径としては、半球シュー4の直径に対して1/6〜1/3の範囲内とすることが好ましい。該範囲内とすることで、放熱性を確保しながら、基材の強度低下を防止できる。
【0039】
図2に示す形態の半球シュー4は、球面部4a側の外表面にピストンとの非接触部8を有し、非接触部8において基材5が樹脂層6で覆われずに露出している。非接触部8は、球面部4aの一部を平面部4bと平行な面で切った形状の部位であり、ピストンとは摺動接触しない部位である。この形態では、非接触部8の平面形状は円形状となる。球面部4a側の外表面にこのような非接触部かつ基材の露出部を設けることで、球面部で発生した摩擦熱を該露出部分から放熱しやすくなる。
【0040】
半球シュー4において、斜板と摺動する平面部4bと、ピストンと摺動する球面部4aとは、軸方向反対側に位置する。これらの表面に形成される樹脂層6a、6bを、外周部4cに形成される樹脂層6cを介して連続した一体のものとすることで、構造的に両面(平面部と球面部)の樹脂層が基材から剥離しにくくなる。
【0041】
樹脂層を形成する合成樹脂(ベース樹脂)としては、半球シューに要求される潤滑特性および耐熱性を確保できるものであれば特に限定されず、例えば、ポリフェニレンスルフィド(PPS)樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリイミド(PI)樹脂、フェノール樹脂などが挙げられる。これらの各合成樹脂は単独で使用してもよく、2種類以上混合したポリマーアロイであってもよい。これらの中でも、耐熱性、耐摩耗性に優れたPAI樹脂、PEEK樹脂、PI樹脂が好ましく、さらに疲労特性および射出成形時の流動性に優れるPEEK樹脂が特に好ましい。これらの合成樹脂には、耐摩耗性を向上させる目的で、炭素繊維、ガラス繊維、マイカ、タルクなどを配合してもよい。また、低摩擦化や、油枯渇時の耐焼付き性を向上させる目的で、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂、黒鉛、二硫化モリブデンなどを配合してもよい。
【0042】
樹脂層の形成方法としては、射出成形、スプレーコーティング、パウダーコーティングなどを採用できる。これらの中でも、安価で緻密な樹脂層が形成できることから、射出成形が好ましい。射出成形は、樹脂組成物に溶融状態で圧力を加えるため、樹脂層が緻密に形成され、耐荷重性や耐摩耗性が高くなる。射出成形方法としては、例えば、半球シューの基材を金型内にセットし、その上から合成樹脂を射出成形(インサート成形)する方法が採用できる。また、射出成形で樹脂層を形成する場合、射出成形で所望の寸法に一発成形する他、射出成形後に所望の寸法に機械加工してもよい。射出成形時に樹脂が基材表面の溝や突起の周囲を覆い、これらと係合する相補的な構造が形成される。
【0043】
基材である硬質部材の材質としては、金属、セラミックス、硬質な合成樹脂などが挙げられる。硬質部材に金属を採用する場合は、プレス加工、機械加工、ダイカストなどにより製造された溶製金属製や焼結金属製が使用できる。特に、生産性、強度、コストなどのバランスが良いことから、基材を焼結金属製の金属焼結体とすることが好ましい。
【0044】
溶製金属としては、例えば、軸受鋼(SUJ1〜5など)、クロムモリブデン鋼、機械構造用炭素鋼、軟鋼、ステンレス鋼、もしくは高速度鋼などの鋼や、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金が挙げられる。溶製金属を用いる場合、樹脂層との密着性を高めるために、樹脂層の形成前に基材表面をショットブラスト、機械加工などの物理的表面処理により、凹凸形状に荒らすことが好ましい。また、酸性溶液処理(硫酸、硝酸、塩酸など、もしくは他の溶液との混合)、アルカリ性溶液処理(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど、もしくは他の溶液との混合)などの化学的表面処理を施し、基材の少なくとも樹脂層形成表面に微細凹凸形状を形成することが好ましい。酸性溶液処理であるとマスキングを不要にできるため好ましい。微細凹凸形状は、濃度、処理時間、後処理などによって異なるが、アンカー効果による密着性を高めるためには、凹ピッチが数nm〜数十μmの微細な凹凸にすることが好ましい。化学的表面処理により形成された微細凹凸形状は、多孔質のような複雑な立体構造となっているため、アンカー効果を発揮しやすく、特に強固な密着が可能となる。
【0045】
焼結金属としては、例えば、鉄系、銅鉄系、銅系、ステンレス系などが挙げられる。焼結金属を用いる場合、表面積が大きく、凹凸によるアンカー効果も高いので、樹脂層との密着強さを高くできる。特に樹脂層をインサート成形にて形成することで、射出成形時に樹脂層が金属焼結体表面の凹凸に深く食い込み、真の接合面積が増大するため、樹脂層と基材の密着強さが向上する。さらに、樹脂層と基材との間に隙間が生じないため、樹脂層の熱が基材へ伝わり易くなる。
【0046】
焼結金属の密度は、材質の理論密度比0.7〜0.9とすることが好ましい。この範囲内にすることで、密着性を得るための表面の凹凸を確保すると同時に、必要十分な機械的強度を有し、さらに基材の熱伝導性を十分に確保できる。また、樹脂層と基材の接合部の接合強度に優れるため、高面圧などの厳しい条件で使用される場合でも、樹脂層が基材から剥離することを防止できる。
【0047】
斜板またはピストンとの摺動面となる樹脂層の表面は、樹脂層形成後に研磨加工してもよい。研磨加工により、個々の高さ寸法にばらつきがなくなり精度が向上する。また、樹脂層の該表面の表面粗さは、0.05〜1.0μmRa(JIS B0601)に調整することが好ましい。この範囲内にすることで、斜板またはピストンと摺動する樹脂層摺動面における真実接触面積が大きくなり、実面圧を下げることができ、焼付きを防止できる。表面粗さが、0.05μmRa未満では摺動面への潤滑油の供給が不足し、1.0μmRaをこえると摺動面での真実接触面積の低下により、局部的に高面圧となり、焼き付くおそれがある。さらに好ましくは、表面粗さ0.1〜0.5μmRaである。
【0048】
斜板またはピストンとの摺動面となる樹脂層の表面には、希薄潤滑時における潤滑作用を補うため、上述の中空部以外にオイルポケットや動圧溝を形成してもよい。オイルポケットの形態としては、斑点状または筋状の凹部が挙げられる。斑点状または筋状としては、平行な直線状、格子状、渦巻状、放射状または環状などが挙げられる。オイルポケットの深さは、樹脂層の厚み未満で適宜決定できる。
【0049】
本発明の半球シューが使用される斜板式コンプレッサは、冷媒が存在するハウジング内で、回転軸に直接固定するように、または連結部材を介して間接的に、直角および斜めに取り付けた斜板に半球シューを摺動させ、この半球シューを介して上記斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換して、冷媒を圧縮、膨張させる斜板式コンプレッサである。この斜板式コンプレッサに本発明の半球シューを使用することによって、半球シューと摺動する斜板およびピストンにおいては、潤滑性被膜を除くことができる。すなわち、斜板等の表面は基材の研磨面のままの状態で斜板式コンプレッサに組み込み半球シューと摺動させることが可能となる。このため、機能面で同等でありながら、低価格の斜板式コンプレッサを提供できる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の斜板式コンプレッサの半球シューは、なんらかの理由で異常発熱などが生じ、基材と樹脂層の密着性が低下したとしても、基材に対して樹脂層のズレによる相対的な回転を防止できる。また、運転開始時の潤滑油のないドライ状態においても、焼付きが発生せず、摩擦発熱による潤滑特性の低下や樹脂層の剥離がなく耐久性が十分に確保されるので、種々の斜板式コンプレッサに利用できる。特に、炭酸ガスやHFC1234yfを冷媒とし、高速高負荷仕様(例えば、面圧が8MPaをこえる)である近年の斜板式コンプレッサにも好適に利用できる。
【符号の説明】
【0051】
1 ハウジング
2 回転軸
3 斜板
4 半球シュー
5 基材(硬質部材)
6 樹脂層
7a 溝
7b 突起
8 非接触部
9 ピストン
10 シリンダボア
11 針状ころ軸受
12 スラスト針状ころ軸受
13 球面座