【実施例1】
【0027】
図1及び
図2を参照して、本発明の実施例1に係る摺動部品について説明する。
なお、本実施例においては、摺動部品の一例であるメカニカルシールを例にして説明する。また、メカニカルシールを構成する摺動部品の外周側を高圧流体側(被密封流体側)、内周側を低圧流体側(大気側)として説明するが、本発明はこれに限定されることなく、高圧流体側と低圧流体側とが逆の場合も適用可能である。
【0028】
図1は、メカニカルシールの一例を示す縦断面図であって、摺動面の外周から内周方向に向かって漏れようとする高圧流体側の被密封流体を密封する形式のインサイド形式のものであり、高圧流体側のポンプインペラ(図示省略)を駆動させる回転軸1側にスリーブ2を介してこの回転軸1と一体的に回転可能な状態に設けられた一方の摺動部品である円環状の回転環3と、ポンプのハウジング4に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた他方の摺動部品である円環状の固定環5とが設けられ、固定環5を軸方向に付勢するコイルドウェーブスプリング6及びベローズ7によって、ラッピング等によって鏡面仕上げされた摺動面S同士で密接摺動するようになっている。すなわち、このメカニカルシールは、回転環3と固定環5との互いの摺動面Sにおいて、被密封流体が回転軸1の外周から大気側へ流出するのを防止するものである。
【0029】
図2は、本発明の実施例1に係る摺動部品の摺動面を示したものであって、ここでは、
図2の固定環5の摺動面に流体循環溝が形成される場合を例にして説明する。
なお、回転環3の摺動面に流体循環溝が形成される場合も基本的には同様であるが、その場合、流体循環溝は被密封流体側に連通すればよいため、摺動面の外周側まで設けられる必要はない。
【0030】
図2において、固定環5の摺動面の外周側が高圧流体側であり、また、内周側が低圧流体側、例えば大気側であり、相手摺動面は反時計方向に回転するものとする。
固定環5の摺動面には、高圧流体側に連通されると共に低圧流体側とは摺動面の平滑部R(本発明においては、「ランド部」ということがある。)により隔離された流体循環溝10が周方向に複数設けられている。
【0031】
流体循環溝10は、高圧流体側から入る入口部10a、高圧流体側に抜ける出口部10b、及び、入口部10a及び出口部10bとを周方向に連通する連通部10cから構成され、低圧流体側とはランド部Rにより隔離されている。流体循環溝10は、摺動面において腐食生成物などを含む流体が濃縮されることを防止するため、積極的に高圧流体側から被密封流体を摺動面上に導入し排出するという役割を担うものであり、相手摺動面の回転方向に合わせて摺動面上に被密封流体を取り入れ、かつ、排出しやすいように入口部10a及び出口部10bが形成される一方、漏れを低減するため、低圧流体側とはランド部Rにより隔離されている。
なお、流体循環溝の形状は、
図2に示すような略V字形、あるいは、略U字形のものなど種々の形態を取り得るが、本明細書においては原則として、「高圧流体側から入る入口部」とは流体循環溝の内径方向に向かう部分を、「高圧流体側に抜ける出口部」とは流体循環溝の外径方向に向かう部分を指すものとして説明する。したがって、「入口部と出口部とを連通する連通部」は、きわめて短い場合から相当程度の長さを有する場合がある。
【0032】
本例では、流体循環溝10は、摺動面の平面視において、摺動面の半径線rを基準にして左右略対称の形状に形成され、流体循環溝10の左右の部分、すなわち、入口部10aと出口部10bとのなす高圧流体側における交角αが120°〜180°の範囲に設定されている。
なお、流体循環溝10の平面視における形状において、半径線rを基準にして必ずしも左右対称の形状である必要はなく、入口部10aの交角α1を出口部10bの交角α2より大きくしてもよく、また、その逆であってもよい。
本明細書において、左右略対称という場合、α1=α2±5゜の範囲を意味する。
【0033】
また、交角αとしては、120°〜180°の範囲が好ましい範囲ではあるが、必ずしも、120°〜180°の範囲に限定されるものではない。
さらに、流体循環溝10の平面視における形状において、直線部分のない、全体として曲線状(円弧状など)にしてもよい。
また、流体循環溝10の幅及び深さは、被密封流体の圧力、種類(粘性)などに応じて最適なものに設定されればよい。
【0034】
図2に示す流体循環溝10は、左右対称であって、交角αが160°と大きいため、入口部10aへの被密封流体の流入及び出口部10bからの被密封流体の排出が容易である。
【0035】
流体循環溝10が設けられた摺動面には、流体循環溝10と高圧流体側とで囲まれる部分に流体循環溝10より浅い正圧発生溝11aを備える正圧発生機構11が設けられている。正圧発生機構11は、正圧(動圧)を発生することにより摺動面間の流体膜を増加させ、潤滑性能を向上させるものである。
正圧発生溝11aは流体循環溝10の入口部に連通し、出口部10b及び高圧流体側とはランド部Rにより隔離されている。
本例では、正圧発生機構11は、流体循環溝10の入口部10aに連通する正圧発生溝11a及びレイリーステップ11bを備えたレイリーステップ機構から構成されるが、これに限定されることなく、例えば、ダム付きフェムト溝で構成してもよく、要は、正圧を発生する機構であればよい。
【0036】
図2において、固定環5の摺動面には、流体循環溝10と高圧流体側とで囲まれた部分の外側、すなわち、隣接する流体循環溝10、10の間には、流体循環溝10より浅い負圧発生溝を構成するグルーブ15a及び逆レイリーステップ15bからなる負圧発生機構を構成する逆レイリーステップ機構15が設けられている。グルーブ15aは入口部10aに連通し、出口部10b及び低圧流体側とはランド部Rにより隔離されている。
【0037】
本実施例1において、負圧発生機構を構成する逆レイリーステップ機構15は、負圧の発生により高圧流体側から低圧流体側に漏洩しようとする被密封流体をグルーブ15aに取り込み、流体循環溝10を介して高圧流体側に戻し、密封性を向上させる役割を果たすものである。
なお、レイリーステップ機構及び逆レイリーステップ機構については、後に、詳しく説明する。
【0038】
正圧発生溝11aは超短パルスレーザの照射により形成され、深さは0.05μm〜5μmの範囲の浅い溝であって、正圧発生溝11aの底面の粗さは加工深さの1/10以下であり、加工部の際(正圧発生溝11aの際)のデブリによる盛り上がりが0.01μm未満である。
【0039】
また、負圧発生溝15aはは超短パルスレーザの照射により形成され、深さは0.05μm〜5μmの範囲の浅い溝であって、負圧発生溝15aの底面の粗さは加工深さの1/10以下であり、加工部の際(負圧発生溝15aの際)のデブリによる盛り上がりが0.01μm未満である。
【0040】
本発明において、超短パルスレーザとは、1つのパルスの幅(時間幅)が10ピコ秒未満から数フェムト秒以上の非常に短いパルスのレーザをいう。この超短パルスレーザは熱の効果が表れる前に物質に非常に大きなエネルギを瞬間的に与える特性を持っているものである。
【0041】
次に、
図3を参照しながら、本発明の摺動部品の摺動面に正圧発生溝11a及び負圧発生溝15aを加工する加工方法について説明する。
なお、
図3は、本発明の摺動部品の摺動面の加工工程において用いられる加工装置20の概略構成を示す模式図である。
【0042】
加工装置20は、超短パルスレーザを発振する超短パルスレーザ発振器21と、当該超短パルスレーザを被加工物である固定環5の所定位置に照射する走査光学系22と、制御部24と、XYZステージ25と、架台26と、昇降部材27とを備える。本例では、走査光学系22は、ガルバノスキャナー23を備えており、一方向、例えばX軸方向の走査をガルバノスキャナー23で行い、Y軸方向の走査をXYZステージ25の移動で行い、ガルバノスキャナー23の高速走査性を利用するものとしている。このため、XYZステージ25は、少なくともY及びZ方向に移動可能であればよい。架台26の上面にはXYZステージ25が設置され、XYZステージ25には被加工物である固定環5が搭載されている。昇降部材27はシャフト28を介して架台26と接続される。
【0043】
超短パルスレーザ発振器21から発生した超短パルスレーザ光は、走査光学系22に入る。走査光学系22は超短パルスレーザ光を所望のビーム形状に成形しXYZステージ25上の被加工物である固定環5の表面の所定の位置に集光させる。被加工物である固定環5の材質は、例えばSiC、Al2O3、セラミックス、超硬合金、ステンレスなどである。本実施例では、被加工物である固定環5としてSiCを用いる。
【0044】
制御部24は、超短パルスレーザ発振器21、走査光学系22及びXYZステージ25の駆動を制御する制御装置として機能する。すなわち、制御部24は、駆動信号を超短パルスレーザ発振器21、走査光学系22及びXYZステージ25に出力する。超短パルスレーザ発振器21は、制御部24からの駆動信号で指示されたフルエンスとパルス幅に基づき超短パルスレーザを生成して装置外にレーザを照射する。具体的には、制御部24からの駆動信号により超短パルスレーザ発振器21内の例えば回折格子、プリズム、遮光フィルタ等の構成要素の駆動を制御する。
【0045】
本実施例では、超短パルスレーザ発振器21はパルスの繰り返し周波数は5kHz以上、レーザ波長1030nm又は515nm、パルス幅20ピコ秒未満まで変更可能な光源を用いる。
【0046】
次に、上記加工装置20の動作を説明する。
まず、制御部24を用いて照射すべき超短パルスレーザ光の基本パラメータを設定する。基本パラメータの設定は、例えば制御部24に設けられた入力装置を用いて入力すればよい。入力する基本パラメータとしては、例えばフルエンス、パルス幅、ショット数などであるが、これら基本パラメータは、制御部24内に設けられたアプリケーションプログラムが自動で算出してもよい。得られた基本パラメータに基づき制御部24は超短パルスレーザ発振器21に駆動信号を出力する。
【0047】
制御部24からの駆動信号を超短パルスレーザ発振器21が受けると、超短パルスレーザ発振器21は駆動信号で指定されるフルエンス及びパルス幅のレーザ光を生成して出力する。超短パルスレーザ発振器21から発生した超短パルスレーザ光は、走査光学系22に入り、走査光学系22は超短パルスレーザ光を所望のビーム形状に成形しXYZステージ25上の被加工物である固定環5の表面の所定の位置に集光させる。ある一点におけるレーザ照射が指定されたショット数に達すると、ガルバノスキャナー23及びXYZステージ25を駆動して超短パルスレーザと被加工物である固定環5を相対的に移動させる。これにより、1つの被加工物である固定環5に対して複数の位置にレーザ照射することができる。
【0048】
図4は、基本パラメータの各々についての加工試験結果を示したもので、超短パルスレーザの波長は1030nm、パルス幅は10ps以下のピコ秒レーザを使用した。
【0049】
図5は、基本パラメータの各々についての加工試験結果を示したもので、超短パルスレーザの波長は515nm、パルス幅は10ps以下のピコ秒レーザを使用した。
【0050】
図6は、超短パルスレーザの波長が1030nm、及び、515nmである場合において、各照射フルエンスで加工した際の加工面の状態及び加工部際の盛上がりの評価結果を示す図であって、評価項目としては、(1)加工面の状態及び加工部の際のデブリによる盛り上がりの状態である。
図6では、加工面の状態に関しては、加工面(正圧発生溝及び負圧発生溝の底面をいう。以下、同じ。)の粗さRaが加工深さの1/10以下である場合はOK、それ以外はNGとし、また、加工部際の盛上がりに関しては、加工部の際(正圧発生溝及び負圧発生溝の際)のデブリによる盛上がりが0.01μm未満である場合はOK、それ以外はNGとした。
【0051】
図6によれば、超短パルスレーザの波長が1030nmの場合、加工面の状態は、フルエンスが0.5、1、2、3、5、7において粗さRaが加工深さの1/10以下であった。また、加工部の際の盛り上がりの状態は、フルエンスが0.1、0.2、0.4、0.5、1、2、3、5、7、8、9、10、30において盛り上がりが0.01μm未満であった。
また、超短パルスレーザの波長が515nmの場合、加工面の状態は、フルエンスが0.5、1、2、3、5、7において粗さRaが加工深さの1/10以下であった。また、加工部の際の盛り上がりの状態は、フルエンスが0.1、0.2、0.4、0.5、1、2、3、5、7、8、9において盛り上がりが0.01μm未満であった。
以上の結果から、加工工程において用いられる超短パルスレーザのエネルギーフルエンスは、0.5J/(cm
2.pulse)〜7J/(cm
2.pulse)の範囲において好適であることが判明した。
【0052】
図7は、超短パルスレーザとしてピコ秒レーザを使用して加工した場合の加工面の状態を示すものであって、(a)は加工面の顕微鏡写真、(b)は(a)のA−A断面を表したもので加工面の粗さを示している。なお、使用した超短パルスレーザの波長は1030nmであって、エネルギーフルエンスは2.5J/(cm
2.pulse)であり、1ショットの加工深さは0.02μmである。
図7(b)から、加工面(正圧発生溝及び負圧発生溝の底面をいう。以下、同じ)の深さは1.025μmであって加工面の粗さRaは約0.03μmであり、加工面の面粗さRaは、加工深さの約3/100であり、加工深さの1/10より十分小さいものであった。また、加工部の際(正圧発生溝及び負圧発生溝の際)のデブリによる盛り上がりは0.01μmときわめて小さいものであった。
【0053】
図8は、パルスレーザとしてナノ秒レーザを使用して加工した場合の加工面の状態を示すものであって、(a)は加工面の顕微鏡写真、(b)は(a)のB−B断面を表したもので加工面の粗さを示している。
図8(b)から、加工面(正圧発生溝及び負圧発生溝の底面)の粗さRaは約0.75μmである。また、加工部の際(正圧発生溝及び負圧発生溝の際)のデブリによる盛り上がりは約0.784μmである。
【0054】
以上によれば、ナノ秒レーザを使用して加工した場合の加工面の状態は、ピコ秒レーザを使用して加工した場合の加工面の状態に比べて、加工面(正圧発生溝及び負圧発生溝の底面)の粗さRaにおいて約25倍、加工部の際(正圧発生溝及び負圧発生溝の際)のデブリによる盛り上がりは約78倍であることが分かる。
【実施例2】
【0055】
図9を参照して、本発明の実施例2に係る摺動部品について説明する。
図9において、固定環5の摺動面の外周側が高圧流体側(被密封流体側)であり、また、内周側が低圧流体側、例えば大気側であり、相手摺動面は反時計方向に回転するものとする。
【0056】
固定環5の摺動面には、高圧流体側に面して動圧発生用のランド部30及び低圧流体側に面して密封面31が設けられている。密封面31は、摺動面の平滑部により構成され密封作用を行う部分である。ランド部30と密封面31とは径方向に離間されて配設される。また、摺動面のランド部30及び密封面31を除く部分はこれらの面より低く形成されており、この低い部分でもって流体連通路兼正圧発生溝32が構成される。
【0057】
図9において、ランド部30は、周方向に等配に複数設けられ、各ランド部30は離間されて独立している。そして、隣接するランド部30と30との間には径方向の流体連通路兼正圧発生溝32aが高圧流体側に面して複数形成される。また、ランド部30と密封面31との間には周方向の流体連通路兼正圧発生溝32bが形成され、複数の径方向の流体連通路兼正圧発生溝32aは周方向の流体連通路兼正圧発生溝32bを介して連通される。各ランド部30の周方向の幅、径方向の流体連通路兼正圧発生溝32a及び周方向の流体連通路兼正圧発生溝32bの幅、並びに、これら流体連通路兼正圧発生溝32a及び32bの深さは、摺動面の相対速度や、被密封流体の粘度等に基づいて最適な値に設定される。一例を挙げると、各ランド部30の周方向の幅はミリメートルのオーダーであり、流体連通路兼正圧発生溝32aの周方向の幅はランド部30の幅と同等か小さい。各ランド部30の面は密封面31と略同じ高さである。また、これら流体連通路兼正圧発生溝32a及び32bは、密封面31より、例えば、0.05μm〜5μm低く設定される。流体連通路兼正圧発生溝32a及び32bの深さが1μm以上では、高速回転時に高い動圧が発生し、摺動面の間隔が広げられ過ぎるため、漏れの原因となるので、1μm以下が好ましい。
【0058】
また、低圧流体側に設けられる密封面31の高圧流体側に負圧発生機構40が設けられている。
図9の場合、負圧発生機構40は逆レイリーステップ機構から構成される。この逆レイリーステップ機構は、密封面31に形成されたグルーブ(溝)40aとグルーブ(溝)40aの上流側の逆レイリーステップ40bと備え、グルーブ(溝)40aの下流側は周方向の流体連通路兼正圧発生溝32bに連通されている。グルーブ(溝)40aの深さは、周方向の流体連通路兼正圧発生溝32bの深さと同じか、やや浅く形成されるのが望ましい。逆レイリーステップ機構40は周方向に等配に複数設けられる。
【0059】
今、回転環3が回転し、回転環3と固定環5との摺動面Sが相対摺動すると、高圧流体側から径方向の流体連通路兼正圧発生溝32aに進入した流体は、ランド部30の動圧発生作用により昇圧され、正圧を発生するので、回転環3と固定環5との摺動面Sの間隔が広げられ、摺動面Sの潤滑性が向上される。その際、流体に含まれる不純物は、周方向の流体連通路兼正圧発生溝32bを周回し、最終的には遠心力で高圧流体側に排出されるため、摺動面を損傷することはない。また、不純物が摺動面に堆積して摺動面の間隔を広げることもないので、摺動部品の寿命を著しく向上させることができる。
さらに、低圧流体側に設けられる密封面31の高圧流体側に負圧発生機構40が設けられているので、摺動面及び流体連通路兼正圧発生溝32から低圧流体側に漏洩しようとする流体は負圧発生機構40に流入し、流体連通路兼正圧発生溝32を介して高圧流体側に排出されるので、流体の漏洩を低減できる。
【0060】
図9の場合、ランド部30の輪郭はU字形をしており、かつ、U字形の上方が高圧流体側に面するように配設されている。
このように、ランド部30の輪郭がU字形の場合、動圧発生部が径方向に長く存在するため、潤滑性が向上され、低摩擦となる。また、径方向の流体連通路兼正圧発生溝32aと周方向の流体連通路兼正圧発生溝32bとが円弧状に滑らかに連通されるため、流体に含まれる不純物は途中で停滞することなく排出され、不純物の堆積を防止できる。この結果、摺動面が損傷されることもないので、摺動面の腐食を防止できる。
【0061】
本実施例2において、流体連通路兼正圧発生溝32及び逆レイリーステップ機構のグルーブ(溝)40aは、実施例1の正圧発生溝11a及び負圧発生溝15aと同じ加工方法、すなわち、
図3の加工装置20を用いて、超短パルスレーザのエネルギーフルエンスは、0.5J/(cm
2.pulse)〜7J/(cm
2.pulse)の範囲において加工されるものであり、説明は省略する。
【0062】
本発明においては、極めてパルス幅の短い超短パルスレーザを用いてSiCなどからなる摺動部品を加工するので、超短パルスレーザを照射した領域の周囲の温度が従来のナノ秒レーザを照射した場合より上昇し難い。これは、超短パルスレーザにおいては1つのパルスによる熱の発生が通常のナノ秒レーザに比べて極めて少ないためである。したがって、超短パルスレーザを照射した部分を当該レーザの照射によるアブレーションで除去して平坦な溝を形成する一方、溝の際がレーザの照射に起因するデブリで盛り上がったりすることなく、極めてきれいな加工面を得ることができる。特に、超短パルスレーザのエネルギーフルエンスを制御することにより、きわめて平坦な加工面及び加工際にデブリによる盛り上がりのない高精度な溝を正確に形成できる。
【0063】
また、上述のように超短パルスレーザを加工に用いるので、当該レーザの照射領域の周囲への熱影響を極めて小さくできる。そのため、レーザの照射に起因してSiCなどからなる摺動部品の摺動面のレーザ照射領域の周囲の温度が上昇して、その熱の影響により当該摺動面にうねりが生じるといった問題の発生を抑制できる。また、従来の機械加工では溝深さが0.05μm〜5μmの加工を行うことは無理である。さらに、公知のイオンミーリングは加工時間がかかり、また、エッチングでは時間もコストもかかるという問題がある。
【0064】
本発明の超短パルスレーザを用いた加工では、エネルギーフルエンスを、0.5J/(cm
2.pulse)〜7J/(cm
2.pulse)の範囲に設定することにより、きわめて平坦な加工面及び加工際にデブリによる盛り上がりのない高精度な摺動面を得ることができ、かつ、作業効率もよい。
エネルギーフルエンスが8J/(cm
2.pulse)以上では、1回のショットのパルスエネルギーが大きすぎるため、加工面が荒れて粗さRaが大きくなる。
さらに、波長が1030nmにおいては、エネルギーフルエンスが50J/(cm
2.pulse)以上では、また、波長が515nmにおいては、エネルギーフルエンスが10J/(cm
2.pulse)以上では、デブリが発生し、加工部の際が盛り上がる。
【0065】
摺動部品がSiC、Al2O3、セラミックス、超硬合金、ステンレスのいずれか1つの材料から形成される場合、超短パルスレーザのエネルギーフルエンスは、0.5J/(cm
2.pulse)〜7J/(cm
2.pulse)の範囲であることが好ましい。
【0066】
上記摺動部品の加工方法は、超短パルスレーザのエネルギーフルエンスを変更する工程をさらに備えていてもよい。上記エネルギーフルエンスを変更する工程は、超短パルスレーザのパルスエネルギーおよび焦点距離の少なくともいずれか一方を変更する工程を含んでいてもよい。なお、焦点距離とは、超短パルスレーザを摺動面に照射するための光学系において、摺動面にもっとも近い位置に配置されたレンズの中心から、当該レンズを通過した超短パルスレーザが焦点を結ぶ位置までの距離をいう。
【0067】
次に、
図10を参照しながら、レイリーステップ機構などからなる正圧発生機構及び逆レイリーステップ機構などからなる負圧発生機構を説明する。
図10(a)において、相対する摺動部品である回転環3、及び、固定環5が矢印で示すように相対摺動する。例えば、固定環5の摺動面には、相対的移動方向と垂直かつ上流側に面してレイリーステップ11bが形成され、該レイリーステップ11bの上流側には正圧発生溝であるグルーブ部11aが形成されている。相対する回転環3及び固定環5の摺動面は平坦である。
回転環3及び固定環5が矢印で示す方向に相対移動すると、回転環3及び固定環5の摺動面間に介在する流体が、その粘性によって、回転環3または固定環5の移動方向に追随移動しようとするため、その際、レイリーステップ11bの存在によって破線で示すような正圧(動圧)を発生する。
なお、10a、10bは、それぞれ、流体循環溝の入口部、出口部を、また、Rはランド部を示す。
【0068】
図10(b)においても、相対する摺動部品である回転環3、及び、固定環5が矢印で示すように相対摺動するが、回転環3及び固定環5の摺動面には、相対的移動方向と垂直かつ下流側に面して逆レイリーステップ15bが形成され、該逆レイリーステップ15bの下流側には負圧発生溝であるグルーブ部15aが形成されている。相対する回転環3及び固定環5の摺動面は平坦である。
回転環3及び固定環5が矢印で示す方向に相対移動すると、回転環3及び固定環5の摺動面間に介在する流体が、その粘性によって、回転環3または固定環5の移動方向に追随移動しようとするため、その際、逆レイリーステップ15bの存在によって破線で示すような負圧(動圧)を発生する。
なお、10a、10bは、それぞれ、流体循環溝の入口部、出口部を、さらに、Rはランド部を示す。
【0069】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0070】
例えば、前記実施例では、主に、摺動部品をメカニカルシール装置における一対の回転用密封環及び固定用密封環のいずれかに用いる例について説明したが、円筒状摺動面の軸方向一方側に潤滑油を密封しながら回転軸と摺動する軸受の摺動部品として利用することも可能である。
【0071】
また、例えば、前記実施例では、外周側に高圧の被密封流体が存在する、いわゆる、インサイド形について説明したが、内周側が高圧流体が存在する、いわゆる、アウトサイド形の場合にも適用できることはもちろんである。この場合、動圧発生用のランド部及び密封面の径方向の配置は逆になる。
【0072】
また、例えば、前記実施例では、固定環の摺動面に流体循環溝、正圧発生溝及び負圧発生溝あるいは動圧発生用のランド部及び流体連通路兼正圧発生溝並びに密封面を設ける場合について説明したが、これに限定されるものではなく、これらは回転環の摺動面に設けてもよい。