特許第6572424号(P6572424)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6572424-スパッタ装置用電源装置 図000002
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6572424
(24)【登録日】2019年8月23日
(45)【発行日】2019年9月11日
(54)【発明の名称】スパッタ装置用電源装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20190902BHJP
   H01L 21/203 20060101ALI20190902BHJP
   H05H 1/46 20060101ALI20190902BHJP
【FI】
   C23C14/34 Z
   H01L21/203 S
   H05H1/46 R
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-127706(P2015-127706)
(22)【出願日】2015年6月25日
(65)【公開番号】特開2017-8401(P2017-8401A)
(43)【公開日】2017年1月12日
【審査請求日】2018年4月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】392026888
【氏名又は名称】京都電機器株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木村 智
(72)【発明者】
【氏名】辻本 正志
(72)【発明者】
【氏名】岡本 景太
(72)【発明者】
【氏名】藤吉 敏一
(72)【発明者】
【氏名】伏谷 周一
【審査官】 今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−033409(JP,A)
【文献】 特開2009−284733(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
H01L 21/203
H05H 1/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパッタ装置のチャンバ内にプラズマを生成するために、一対の電圧出力端から前記チャンバ内に配設された一対の電極間に直流電圧又はパルス状の電圧を印加する電源装置において、
a)定常的なプラズマ維持のための所定の直流電圧又はパルス状の電圧を一対の出力端間に出力する電力供給部と、
b)前記電力供給部の一方の出力端と前記一対の電圧出力端の一方との間の経路中に電気的に直列に主巻線が設けられ、該主巻線の前記電力供給部側に回生巻線の一端が接続され、該主巻線と回生巻線との接続点を基準として該主巻線と回生巻線との極性が逆向きであるインダクタと、
c)前記インダクタの回生巻線と直列に接続されて該回生巻線とともに前記電力供給部に並列に接続された直列回路を形成し、該直列回路と前記電力供給部を含む閉回路において該電力供給部から流れる電流を阻止する向きに接続されてなるダイオードと、
を備え、前記ダイオードが阻止状態であって前記回生巻線に電流が流れないときには前記インダクタの主巻線を前記電圧出力端から前記チャンバに供給する電流を安定化するためのインダクタとして機能させる一方、前記回生巻線の両端に誘起される電圧が上昇して前記ダイオードが導通状態になると、該回生巻線に誘起された電圧に由来する電流を前記ダイオードを介して前記電力供給部に回させるようにしたことを特徴とするスパッタ装置用電源装置。
【請求項2】
請求項1に記載のスパッタ装置用電源装置であって、
前記インダクタの主巻線に直列に半導体スイッチング素子を備え、
該半導体スイッチング素子をオン・オフ動作させることで前記電圧出力端から前記一対の電極間にパルス状の電圧を印加するようにしたことを特徴とするスパッタ装置用電源装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタ装置においてプラズマを生成するために用いられる電源装置に関し、さらに詳しくは、直流スパッタ装置や直流パルススパッタ装置に好適な電源装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体の成膜工程などに用いられるスパッタ装置においては、ターゲットと基板(被成膜対象物)との間に供給された電力によってアルゴン等のガスが電離してプラズマが生成され、主としてこのプラズマ中のイオンの作用によってターゲットからそのターゲット物質が叩き出され、該物質の粒子が基板に到達して基板表面に被膜を形成する。スパッタ装置としては、陰極であるターゲットと陽極である基板との間に、直流電圧を印加する直流(DC)スパッタ装置、陰極と陽極との間に高周波電圧を印加する高周波(RF)スパッタ装置などが広く利用されている。直流スパッタ装置は、絶縁性のターゲットが使用できないなどの制約はあるものの、高周波スパッタ装置に比べて装置構造が簡単であり、また比較的低温のプラズマを利用できるため基板表面の損傷を抑えられる、といった利点がある。
【0003】
特許文献1等に開示されているように、直流スパッタ装置用電源装置では一般に、DC/DCコンバータ等を含む直流電源と負電圧出力端との間に電流安定化用のインダクタが設けられ、直流電源と正電圧出力端とを接続する線路は接地されている。インダクタは自己誘導作用により電流の変動を阻止する方向に起電力を発生させ、電気エネルギを磁気エネルギとして蓄積する。それによって、例えば放電負荷のインピーダンスが変動したときでも、それによる電流の大きな変動を抑制することができる。
【0004】
直流スパッタ装置は上述したような利点を有するものの、特許文献2、3等に記載されているように、アーク放電が比較的発生し易く、それに起因する成膜不良が発生することがある。直流パルススパッタ装置はこうした不具合を解決するためのものであり、直流電圧をスイッチングすることで生成したパルス状の電圧を陰極−陽極間に印加する、或いは、直流電圧の印加中にその直流電圧とは逆極性の電圧をパルス状に陰極−陽極間に印加する。こうしたパルス状電圧の印加により、ターゲット表面の帯電を抑制し、アーク放電の発生を抑えることができる。
【0005】
こうした直流パルススパッタ装置用の電源装置では、直流電源と負電圧出力端との間に、電流安定化用のインダクタと電圧スイッチング用の半導体スイッチング素子とが直列に接続される。その場合、放電条件の逸脱を要因とするプラズマの消滅等により放電負荷のインピーダンスが急激に増加してインダクタに流れる電流が急減すると、その電流の供給を持続させるように該インダクタに大きな電圧が誘起され、その電圧によってチャンバが損傷するおそれがある。また、その誘起電圧に起因して半導体スイッチング素子に大きな電圧が加わるため、半導体スイッチング素子として耐圧の大きな高いコストの素子を用いる必要がある。
【0006】
これに対し、特許文献2に記載の電源装置では、インダクタと半導体スイッチング素子との直列回路に対して並列に電流回生用のダイオードを設けている。この装置では、半導体スイッチング素子がオン状態であるときに該ダイオードがインダクタと並列に接続されるため、放電負荷のインピーダンスが極端に増加した場合、その時点までにインダクタに蓄積されていたエネルギに由来する電流はダイオードを介し該インダクタを短絡するように流れる。その結果、インダクタの両端電圧の上昇は生じず、それに伴う半導体スイッチング素子に掛かる電圧の上昇や放電負荷に掛かる電圧の上昇もない。
【0007】
しかしながら、放電負荷のインピーダンス過渡的に上昇してインダクタに流れる電流が減少する場合でも、電流減少を妨げるインダクタの誘起電圧はダイオードの導通方向に生じるため、インダクタは短絡されて該インダクタの電流続流機能はなんら作用せず、電流は減少したままとなる。一方、放電負荷のインピーダンスが過渡的に低下して放電負荷に流れる電流が増加した場合、その増加した電流に対するインダクタでの電流増加分はダイオードを介して該インダクタを還流する。そのため、放電負荷のインピーダンスが元に戻っても、上記電流増加分はそのまま維持されることになる。これらは、インダクタに蓄積されたエネルギが放電負荷の変動、具体的には放電負荷のインピーダンスの上昇や低下に有用でないことを意味しており、こうした放電負荷の変動に対してインダクタが本来の電流を安定させるという機能を果たさないことになる。その結果、電源装置からスパッタ装置の放電負荷へと供給される電流の安定性が低下し、プラズマの生成状態が悪化するという大きな問題がある。
【0008】
一方、特許文献3に記載の電源装置では、放電負荷に供給する電流をオン・オフする半導体スイッチング素子に並列に、コンデンサ、抵抗、ダイオードなどから成るスナバ回路が設けられている。この装置では、例えば放電負荷のインピーダンスの急増等によりインダクタの誘起電圧に起因するサージ電圧が発生しても、半導体スイッチング素子に加わるサージ電圧はスナバ回路で低減される。そのため、サージ電圧によって半導体スイッチング素子が破壊されることを防止することができる。
【0009】
しかしながら、こうしたスナバ回路ではサージ電圧によってコンデンサに蓄積されたエネルギを抵抗で消費する(つまりは熱に変換する)ため、電源装置の効率が低下することになる。また、スナバ回路を付加する必要があるため、その分だけ装置のサイズが大きくなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003−73826号公報
【特許文献2】特開2001−295042号公報
【特許文献3】特開2008−75112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、スナバ回路のようなエネルギを消費することで過大な電圧が半導体スイッチング素子に加わることを防止する付加的な回路を用いることなく、放電負荷のインピーダンスの急激な増加や半導体スイッチング素子のスイッチングなどに伴う半導体スイッチング素子への過大な電圧の印加を防止するとともに、放電負荷のインピーダンスが変動しても該放電負荷に供給する電流を安定的に保持することができるスパッタ用電源装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するためになされた本発明は、スパッタ装置のチャンバ内にプラズマを生成するために、一対の電圧出力端から前記チャンバ内に配設された一対の電極間に直流電圧又はパルス状の電圧を印加する電源装置において、
a)定常的なプラズマ維持のための所定の直流電圧又はパルス状の電圧を一対の出力端間に出力する電力供給部と、
b)前記電力供給部の一方の出力端と前記一対の電圧出力端の一方との間の経路中に電気的に直列に主巻線が設けられ、該主巻線の前記電力供給部側に回生巻線の一端が接続され、該主巻線と回生巻線との接続点を基準として該主巻線と回生巻線との極性が逆向きであるインダクタと、
c)前記インダクタの回生巻線と直列に接続されて該回生巻線とともに前記電力供給部に並列に接続された直列回路を形成し、該直列回路と前記電力供給部を含む閉回路において該電力供給部から流れる電流を阻止する向きに接続されてなるダイオードと、
を備え、前記ダイオードが阻止状態であって前記回生巻線に電流が流れないときには前記インダクタの主巻線を前記電圧出力端から前記チャンバに供給する電流を安定化するためのインダクタとして機能させる一方、前記回生巻線の両端に誘起される電圧が上昇して前記ダイオードが導通状態になると、該回生巻線に誘起された電圧に由来する電流を前記ダイオードを介して前記電力供給部に回させるようにしたことを特徴としている。
【0013】
本発明に係るスパッタ装置用電源装置において電力供給部は、典型的には、外部から供給される交流電力を直流電力に変換する整流器と、その直流電力を電圧の相違する直流電力に変換するDC−DCコンバータとを含む回路である。
本発明に係るスパッタ装置用電源装置において、インダクタの回生巻線に直列に接続されたダイオードが阻止状態であるときには、それら回路素子と電力供給部を含む閉回路には電流が流れない。そのため、電力供給部の一方の出力端と本装置の電圧出力端との間の経路中に設けられたインダクタの主巻線による電流安定化の作用によって、例えば放電負荷のインピーダンスが或る程度変動したときでも、放電負荷に流れる電流の大きな変動を抑制することができる。
【0014】
電力供給部から電圧出力端を通してチャンバ内の一対の電極間に印加される電圧によって、放電負荷やインダクタの主巻線を含む閉回路に電流が流れる。通常の動作においても放電負荷は時々刻々と変化して負荷インピーダンスが変動し、それに伴う電流変化のために該インダクタの回生巻線の両端には電圧が誘起される。主巻線を流れる電流が増加すると回生巻線に誘起される電圧も増加する。回生巻線の一端(ダイオードに接続されている側とは反対側の端部)は主巻線の電力供給部側の端部に接続されているため、回生巻線の誘起電圧が増加すると、回生巻線と主巻線との接続点を基準として、回生巻線とダイオード(のアノード)との接続点の電位が上昇することになる。回生巻線とダイオードとの直列回路は電力供給部に並列に接続されているため、回生巻線の両端間の電圧が電力供給部の出力電圧よりも低いときにはダイオードは逆バイアスされ、阻止状態を維持する。スパッタ装置やプラズマの生成状態に問題がない通常動作では、この状態が保たれる。
【0015】
例えばプラズマが消滅する等によって放電負荷のインピーダンスが急激に増加し放電負荷に殆ど電流が流れない状態になると、インダクタの主巻線には大きな電圧が誘起される。これに伴い回生巻線の両端間の電圧が上昇し該電圧が電力供給部の出力電圧を超えると、ダイオードは順バイアスされることとなり導通状態となる。そうなると、回生巻線、ダイオード、電力供給部を含む閉回路が実質的に形成され、該閉回路に電流が流れる。その結果、回生巻線に誘起された電圧に由来する電流は電力供給部に回生され、インダクタの主巻線及び回生巻線のそれぞれの両端電圧は電力供給部の出力電圧にクランプされる。このようにして、放電負荷のインピーダンスが急激に増加した場合でもインダクタの主巻線やこれに繋がる放電負荷、つまりチャンバ内の一対の電極間に過大な電圧が加わることを回避することができる。
なお、本発明に係るスパッタ装置用電源装置において、上記インダクタの回生巻線の一端は該インダクタの主巻線の電力供給部側端部に直接的に接続されていてもよいが、上記ダイオードを介して又は該ダイオードとは別のダイオードや抵抗などの他の回路素子を介して間接的に接続されていてもよい。
また、インダクタは2巻線構造の各巻線を主巻線及び回生巻線として用いたものでもよいし、単巻線構造であるタップインダクタにおいてタップを境界とした両側の巻線を主巻線及び回生巻線として用いたものでもよい。
【0016】
また本発明に係るスパッタ装置用電源装置は、チャンバ内に形成されたプラズマに連続的に直流電力を供給する直流スパッタ装置用電源装置にも適用可能であるが、直流電力を間欠的に供給し、また場合によっては、その直流電力の供給を停止している間に逆極性の電圧を一対の電極間に印加する直流パルススパッタ装置用電源装置に特に有用である。即ち、本発明に係るスパッタ装置用電源装置では、好ましくは、前記インダクタの主巻線に直列に半導体スイッチング素子を備え、該半導体スイッチング素子をオン・オフ動作させることで前記電圧出力端から前記一対の電極間にパルス状の電圧を印加するようにした構成とするとよい。
【0017】
上述したように本発明に係るスパッタ装置用電源装置では、インダクタの回生巻線及びダイオードの作用によって、放電負荷のインピーダンスが急増したときに生じる過大な電圧が抑制されるので、この過大な電圧が半導体スイッチング素子に加わることを防止し、該素子の破損を回避することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るスパッタ装置用電源装置によれば、スナバ回路のような電力を無駄に消費する保護回路を付加することなく、簡単で且つ余剰に発生したインダクタのエネルギを電力供給部に回生する回路によって、放電負荷のインピーダンスの急激な増加に伴う過大な電圧の発生を防止することができる。また、インダクタの主巻線は本来の主目的である電流安定用のインダクタとして機能するので、放電負荷のインピーダンスが変動したときでも、放電負荷に供給される電流を安定化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施例である直流パルススパッタ装置用電源装置の概略構成図。
図2】本実施例の直流パルススパッタ装置用電源装置における動作を説明するためのタイミング図及び波形図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施例である直流パルススパッタ装置用電源装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例の直流パルススパッタ装置用電源装置の概略構成図、図2は本実施例の直流パルススパッタ装置用電源装置における動作を説明するためのタイミング及び波形図である。
【0021】
本電源装置における電圧出力端である正極側電圧出力端9a及び負極側電圧出力端9bは、スパッタ装置のチャンバ10内に設置された陽極10a及び陰極10bにそれぞれ接続されている。即ち、陽極10a、陰極10bを含むチャンバ10内空間全体が本電源装置の放電負荷10cである。通常、陽極10aは被成膜対象である基板であり、陰極10bはスパッタされるターゲットである。
【0022】
本電源装置において、交流電力を直流電力に変換する整流器やDC−DCコンバータなどを含む直流電源1の正極性出力端は正極側電圧出力端9aに接続され、該直流電源1の負極性出力端は、インダクタ2の主巻線2aと第1半導体スイッチング素子3の直列回路を介して負極側電圧出力端9bに接続されている。直流電源1、チャンバ10内空間(放電負荷10c)、第1半導体スイッチング素子3、及びインダクタ2の主巻線2aが、第1の閉回路を構成している。図示するように、通常、チャンバ10の陽極10aは接地されているから、正極側電圧出力端9aの電位は0Vであり、負極側電圧出力端9bは負電位となる。例えば直流電源1の出力電圧は700V、出力定格電力は5kWである。直流電源1を含む第1の閉回路は、チャンバ10内にプラズマが発生したあとの定常動作時に該プラズマを維持するために該プラズマに電力を供給するための電力供給経路である。
【0023】
インダクタ2の主巻線2aの両端間には、第1ダイオード4と第2半導体スイッチング素子5との直列回路が並列に接続されている。第1ダイオード4、第2半導体スイッチング素子5、及びインダクタ2の主巻線2aは、第2の閉回路を形成している。
【0024】
また、直流電源1の両出力端間には、インダクタ2の回生巻線2bと第2ダイオード6との直列回路が並列に接続され、第3の閉回路を形成している。インダクタ2の主巻線2aと回生巻線2bの極性は、該主巻線2aと回生巻線2bとの接続点を基準として逆向きであり、図1中に矢印で示すように、主巻線2aに発生する電圧の方向は第1半導体スイッチング素子3側から上記接続点に向かう方向、回生巻線2bに発生する電圧の方向は上記接続点から第2ダイオード6に向かう方向である。
また、ここでは説明の便宜上、密結合であるインダクタ2の主巻線2aと回生巻線2bとの巻数比を1:1としているが、巻線比はこれに限らず適宜に調整可能であることは言うまでもない。
【0025】
第1、第2半導体スイッチング素子3、5はいずれも、制御部7からの指示に基づいてスイッチング素子駆動部8により生成される駆動信号G1、G2によりオン・オフ制御される。また、直流電源1に含まれるDC−DCコンバータは、制御部7からの制御信号に応じて所定電圧、所定電流を出力するように動作する。
制御部7は後述する特徴的な制御動作を実施するために、CPUや制御用プログラムが格納されたメモリ(例えばフラッシュROM)などを備える。第1、第2半導体スイッチング素子3、5としては、高耐圧でスイッチング速度が速く且つオン抵抗が小さいSiC(シリコンカーバイド)−MOSFETを用いるとよい。また、第1、第2ダイオード4、6としては、同じく高耐圧でスイッチング速度が速く順方向電圧が低いSiC−SBD(ショットキーバリアダイオード)を用いるとよい。
【0026】
なお、説明の便宜上、図1では、プラズマ点火時に定常的な電圧よりも高い電圧(ただし電流は小さい)を陽極10a−陰極10b間に印加可能な着火回路は省略してある。また、後述するように、直流電源1からの直流電圧が陽極10a−陰極10b間に印加されていない期間に逆極性の所定電圧を印加する場合もあるが、そうした逆極性の電圧を印加するための回路も図1では省略している。
【0027】
図1に加え図2を参照しつつ、本実施例の直流パルススパッタ装置用電源装置におけるプラズマ維持時、つまりは着火後にプラズマが形成されている状態での動作を説明する。
【0028】
図2(a)、(b)に示すように、制御部7は、第1半導体スイッチング素子3のゲートに入力される駆動信号G1がHレベルである期間(T1期間)には、第2半導体スイッチング素子5のゲートに入力される駆動信号G2がLレベルとなり、また逆に、駆動信号G2がHレベルである期間(T2期間)には駆動信号G1がLレベルとなるように駆動信号G1、G2を制御し、両半導体スイッチング素子3、5を相補的にオン・オフ動作させる。第1半導体スイッチング素子3がオンしているT1期間には、直流電源1から放電負荷10cに電力を供給するための第1の閉回路に電流が流れ、この電流がインダクタ2の主巻線2aを経由する。第2半導体スイッチング素子5がオンしているT2期間には、第1半導体スイッチング素子3はオフして第1の閉回路は遮断され、その代わりに、第1ダイオード4を経由してインダクタ2の主巻線2aを短絡する第2の閉回路が形成される。
【0029】
図2において、時刻t0には駆動信号G1は立ち上がり第1半導体スイッチング素子3がオン状態となり、逆に駆動信号G2は立ち下がって第2半導体スイッチング素子5がオフ状態にそれぞれ切り替わる。時刻tcには駆動信号G2が立ち上がり第2半導体スイッチング素子5がオン状態となり、逆に駆動信号G1は立ち下がって第1半導体スイッチング素子3はオフ状態にそれぞれ切り替わる。時刻t0〜時刻tcまでの期間がT1期間であり、第1の閉回路を通して放電負荷10cに電流が流れる。また、時刻tc〜時刻t0の期間がT2期間であり、その直前のT1期間に第1の閉回路に流れていた電流が第2の閉回路に切り替わって流れる。
【0030】
図2において(c)は通常の状態において放電負荷10cに流れる負荷電流I0、(d)は放電負荷10cの両端の電圧V0である。
第1半導体スイッチング素子3がオン状態、第2半導体スイッチング素子5がオフ状態であるとき、上述したように、第1の閉回路を通して放電負荷10cに電流が流れる。このとき、インダクタの主巻線2aの両端に発生する電圧は直流電源1の出力電圧よりも低いから、回生巻線2bに誘起される電圧も直流電源1の出力電圧よりも低い。したがって、回生巻線2bと第2ダイオード6との接続点つまり該ダイオード6のアノードの電位はカソードの電位よりも低く、該ダイオード6は逆バイアスされた状態である。そのため、第3の閉回路には電流は流れない。
【0031】
第2半導体スイッチング素子5がターンオンしたあとは、第2の閉回路のインピーダンスは非常に低くほぼ短絡状態であるとみなせる。このT2期間の間、インダクタ2の鉄心の磁化レベルは変化できず、その主巻線2aの両端電圧に変化はない。そのため、T2期間の開始時点、つまり時刻tcの時点で第1の閉回路に流れていた電流値は保持される。それによって、第1の閉回路と第2の閉回路とに共通しているインダクタ2の主巻線2aに流れる電流値はT1期間とT2期間との両期間、即ちパルス周期の1周期期間Tを通じてほぼ一定になる。これは、T1期間において放電負荷10cに流れる電流I0のパルス波高値が、パルスのデューティ比D=T1/Tとは無関係に略一定になることを意味する。また、これは、第1の閉回路と第2の閉回路との間での電流の切替えつまり転流に殆どエネルギを要さないことを意味する。それ故に、パルス周波数は半導体スイッチング素子3、5のスイッチング速度に依存して決められ、通常、数百kHzまで高速化することができる。
【0032】
図2において、(e)及び(f)は例えば放電条件の変動等の要因によりプラズマが不安定になり、放電負荷10cのインピーダンスが増加したときの負荷電流I0及び電圧V0を示す波形図である。これは、T1期間中の時刻ta〜tbの期間だけ放電負荷10cのインピーダンスが定常時よりも約1.5倍増加した場合を示している。
【0033】
時刻ta〜tbの期間に放電負荷10cのインピーダンスが増加すると、第1の閉回路に流れる電流は減少しようとするが、それに伴って増加する負荷電圧V0と直流電源1の出力電圧との差分がインダクタ2の主巻線2aの極性に応じた方向に誘起され、その直前に主巻線2aに流れていた電流を保持するように電流を増加させる。即ち、主巻線2aは本来の主目的である電流安定用のインダクタとして機能し、それによって負荷電流I0は殆ど減少することなくほぼ一定に保たれる。
【0034】
なお、放電条件の変動等の要因によって放電負荷10cのインピーダンスが定常時よりも下がった場合や、アーク放電の発生や負荷の短絡などの要因でインピーダンスが極端に下がった場合でも同様に、インダクタ2の主巻線2aは電流安定用のインダクタとして機能するから、負荷電流I0はほぼ一定に維持される。
【0035】
放電負荷10cのインピーダンスの増加が大きくなるほど、インダクタ2の主巻線2aの両端間に発生する電圧は大きくなる。磁気結合によってインダクタ2の回生巻線2bにもその極性に応じた方向に同じ大きさの電圧が誘起されるから、放電負荷10cのインピーダンスの増加に伴い、第2のダイオード6のアノードの電位も上昇する。そして、放電負荷10cのインピーダンスの増加が極端に大きいと、第2のダイオード6のアノードの電位がカソードの電位よりも高くなり、第2のダイオード6が順バイアスになって該ダイオード6が導通状態となる。
【0036】
図2の(g)及び(h)は放電負荷10cのインピーダンスが極端に上昇したときの放電負荷10cの電流I0及び電圧V0の波形図である。
時刻ta〜tbの期間にプラズマが消滅する等の要因で放電負荷10cのインピーダンスが極端に増加すると、負荷電流I0はほぼゼロになる。そして、インダクタ2の主巻線2aの両端間に直流電源1の出力電圧以上に発生した電圧が回生巻線2bにも誘起され、第2ダイオード6は順バイアス状態となって導通する。すると、第3の閉回路が形成され、回生巻線2bに誘起された電圧に由来する電流は第2ダイオード6を経て直流電源1に回生される。また、第2ダイオード6が導通すると、インダクタ2の回生巻線2bの両端電圧は直流電源1の出力電圧とほぼ同じレベルにクランプされ、さらに主巻線2aの両端電圧もほぼ同じレベルにクランプされる。それによって、半導体スイッチング素子3、5に過大な電圧が掛かることを回避することができる。即ち、インダクタ2及び第2ダイオード6は放電負荷10cのインピーダンスが極端に増加したときに電圧クランパとして作用する。
【0037】
即ち、本実施例のスパッタ装置用電源装置では、放電負荷10cの負荷電圧V0が直流電源1の出力電圧の約2倍になるまではインダクタ2の主巻線2aは本来の主目的である電流を安定的に維持するインダクタとして機能し、負荷電圧V0が直流電源1の出力電圧の約2倍を超えると電圧クランパの構成要素として機能する。例えば直流電源1の出力電圧が700Vである場合、電流安定化の機能と電圧クランパの機能とが切り替わる放電負荷10cの負荷電圧V0の電圧閾値は−1400Vである。
【0038】
上述したように、上記実施例では説明の便宜上インダクタ2の主巻線2aと回生巻線2bとの巻数比を1:1としたが、例えば、この巻数比を1.2:1とした場合には次のようになる。即ち、第2ダイオード6が導通状態であるときにインダクタ2の回生巻線2bにおいてクランプされた電圧値は、磁気結合によって、主巻線2aには[直流電源1の出力電圧値]×1.2の電圧として現れる。したがって、上述した電流安定化の機能と電圧クランパの機能とが切り替わる放電負荷10cの負荷電圧V0の電圧閾値は[直流電源1の出力電圧値]×(1+1.2)となる。したがって、直流電源1の出力電圧が700Vである場合、インダクタ2の主巻線2aのクランプ電圧値は840V、負荷電圧V0の電圧閾値は−1540Vである。このように、インダクタ2の主巻線と回生巻線との巻数比を適宜に調整することで、直流電源1の出力電圧、半導体スイッチング素子3、5の耐圧、及び、電圧閾値に対応した適切な設計が可能である。
【0039】
また、上記実施例では、第1半導体スイッチング素子3がオフ状態であるときに、負荷電圧V0は接地電位(ゼロボルト)となるが、正極側電圧出力端9aと負極側電圧出力端9bとの間に、直流電源1とは逆極性(ここでは接地電位に対して正極性)の電圧を負極側電圧出力端9bに印加可能な逆バイアス印加回路を設け、第1半導体スイッチング素子3がオフ状態であるT2期間の少なくとも一部の期間に、逆極性の電圧を陽極10a−陰極10b間に印加するとよい。こうした逆極性の電圧を短時間印加することで、ターゲット表面等の帯電を防止することができ、帯電によるアーク放電の発生を抑制することができる。こうした構成においても、上記実施例で説明した特徴的な回路によって、電流安定化の機能と電圧クランパの機能とが達成されることは明らかである。
【0040】
また上記実施例では、インダクタ2の主巻線2aの一端と回生巻線2bの一端と直流電源1の負極性出力端とを接続し、回生巻線2bの他端に第2ダイオード6を接続するように構成しているが、主巻線2aと直流電源1の負極性出力端との接続点から回生巻線2bの一端への配線の途中に第2ダイオード6を挿入するように接続位置を変更してもよい。或いは、第2ダイオード6の位置は図1に示したままとし、主巻線2aと直流電源1の負極性出力端との接続点から回生巻線2bの一端への配線の途中に別のダイオードを等価直列となるように接続してもよい。このように変更した回路においても、上述した第3の閉回路及びインダクタ2の動作や機能は上記実施例と全く同じである。
さらにまた上記実施例では、インダクタ2は主巻線2aと回生巻線2bとを有する2巻線構造であるが、単巻線構造であるタップドインダクタをインダクタ2として用い、そのタップを上記実施例における主巻線2aと回生巻線2bとの接続点としてもよい。
【0041】
また、上記実施例や上述した各種変更例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0042】
1…直流電源
2…インダクタ
2a…主巻線
2b…回生巻線
3…第1半導体スイッチング素子
4…第1ダイオード
5…第2半導体スイッチング素子
6…第2ダイオード
7…制御部
8…スイッチング素子駆動部
9a…正極側電圧出力端
9b…負極側電圧出力端
10…チャンバ
10a…陽極
10b…陰極
10c…放電負荷
図1
図2