(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物において、ニッケルのモル比は、コバルトのモル比、マンガンのモル比よりも多く、遷移金属全体のモル量を1としたときのニッケルとマンガンのモル比の差が、0.2以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の非水電解質二次電池用正極。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態について以下に説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0014】
本発明の実施形態の一例である非水電解質二次電池用正極は、リチウム含有遷移金属酸化物と、タングステン化合物及びホウ素化合物とを含んでいるものである。正極は、正極集電体と、正極集電体上に形成された正極合剤層とで構成されることが好適である。正極集電体には、例えば、導電性を有する薄膜体、特にアルミニウムなどの正極の電位範囲で安定な金属箔や合金箔、アルミニウムなどの金属表層を有するフィルムが用いられる。正極合剤層には、正極活物質粒子の他に、結着剤、導電剤を含むことが好ましい。
【0015】
リチウム含有遷移金属酸化物の表面近傍に存在しているタングステン化合物の存在により、大気曝露による特性劣化の原因であるLiOH生成反応(具体的には、リチウム含有遷移金属酸化物の表面に存在する水分とリチウム含有遷移金属酸化物とが反応し、リチウム含有遷移金属酸化物の表面層にあるLiと水素の置換反応が起こることにより、リチウム含有遷移金属酸化物からLiが引き抜かれてLiOHが生成する反応)が抑制されるため、大気曝露後に充放電した際に充放電効率が低下するという、大気曝露による初期充放電特性の劣化を低減することができる。ここで、大気曝露とは、ドライ雰囲気(露点温度-30℃以下)のように水分を除湿した状態ではなく、通常の大気中に正極活物質や正極を曝すことである。
【0016】
加えて、正極に含まれているホウ素化合物の存在により、リチウム含有遷移金属酸化物の表面エネルギーが低下し、リチウム含有遷移金属酸化物への大気中に存在する水分の吸着を抑制することができる。この作用は、ホウ素化合物がタングステン化合物と共存している場合に得られる相互作用であって、ホウ素化合物がタングステン化合物と共存しない場合には得られないと考えられる。また、上述のリチウム含有遷移金属酸化物への水分吸着が抑制されることに起因して、上記LiOH生成反応に使われる水分量も少なくなるため、大気曝露による特性劣化の原因である上記LiOH生成反応をさらに抑制することができ、これにより大気曝露による初期充放電特性の劣化を一層低減することができる。このような相乗効果が発揮されることによって、大気曝露による特性劣化の原因である上記LiOH生成反応を抑制することができ、この結果、大気曝露による初期充放電特性の劣化を飛躍的に低減することができる。
【0017】
さらに、本実施形態の一例である非水電解質二次電池用正極において、正極活物質粒子は、さらにリチウム含有遷移金属酸化物の表面にタングステン化合物とホウ素化合物が付着したものであることが好ましい。これにより、上記タングステン化合物とホウ素化合物による相乗効果が一層発揮され、大気曝露による初期充放電特性の低下がより一層改善される。
【0018】
リチウム含有遷移金属複合酸化物としては、特にニッケルマンガン化合物や、ニッケルコバルトマンガン化合物、ニッケルコバルト化合物、ニッケルコバルトアルミニウム化合物を用いることができ、特にニッケルコバルトマンガン酸リチウムとしては、ニッケルとコバルトとマンガンとのモル比が、5:2:3、5:3:2、6:2:2、7:1:2、7:2:1、8:1:1である等、公知の組成のものを用いる。特に、正極容量をより増大させ得る観点から、少なくともニッケルを含む化合物を用いることが好ましく、ニッケルの割合がコバルトやマンガンよりも多いものを用いることがさらに好ましく、遷移金属全体のモル量を1としたときの、ニッケルとマンガンのモル比率の差が、0.2以上であることが特に好ましい。また、これらは単独で用いてもよいし、混合して用いてもよい。
【0019】
また、上記リチウム含有遷移金属酸化物は、さらに他の添加元素を含んでいてもよい。添加元素の例としては、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)、タンタル(Ta)、ジルコニウム(Zr)、錫(Sn)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、カルシウム(Ca)等が挙げられる。
【0020】
上記リチウム含有遷移金属酸化物としては、平均粒径2〜30μmの粒子が挙げられ、この粒子は、100nmから10μmの一次粒子が結合した二次粒子の形態でもよい。
【0021】
ここで、正極に含まれるタングステン化合物は、特に限定されないが、酸化タングステン、タングステン酸リチウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸カリウム、タングステン酸バリウム、タングステン酸カルシウム、タングステン酸マグネシウム、タングステン酸コバルト、臭化タングステン、塩化タングステン、炭化タングステンなどがあげられ、これらが2つ以上混合されたものも用いることができる。また、正極活物質にリチウムやタングステン以外の不純物が含まれるのを防止する点からは、酸化タングステン、タングステン酸リチウムなどのタングステンを含む酸化物を用いることが好ましい。中でもタングステン化合物中のタングステンの酸化数が最も安定である6価をとるWO
3、
Li
2WO
4などを用いることがより好ましい。
【0022】
正極にタングステン化合物が含まれる状態とは、タングステン化合物がリチウム含有遷移金属酸化物からなる正極活物質粒子の表面近傍に存在している状態であり、好ましくは表面に点在して付着している状態であり、より好ましくは、表面に均一に点在して付着している状態である。
そのような状態では、上記LiOH生成反応の抑制効果がリチウム含有遷移金属酸化物粒子の表面全体において十分に抑制することができる。ここで、混合したタングステンの量が少ないと、タングステンによる上記のような作用効果が十分に得られなくなる一方、タングステンの量が多くなりすぎると、タングステン化合物によって、リチウム含有遷移金属酸化物の表面が広く覆われる(被覆部位が多くなり過ぎる)ため、電池の充放電特性が低下する。このため、本発明の正極活物質においては、正極活物質中におけるタングステン化合物の量はリチウム含有遷移金属酸化物の遷移金属の総量に対して、タングステン元素換算で0.05mol%以上、3.00mol%以下にすることが好ましく、より好ましくは0.10mol%以上、2.00mol%以下、さらに好ましくは0.20mol%以上、1.50mol%以下である。
【0023】
タングステン化合物を含む正極を作製する方法としては、リチウム含有遷移金属酸化物とタングステン化合物をあらかじめ機械的に混合して付着させる方法の他、導電剤と結着剤を混練する工程でタングステン化合物を添加する方法が挙げられる。
【0024】
タングステン化合物粒子の粒径はリチウム含有遷移金属酸化物の粒径より小さいことが好ましく、特に、1/4より小さいことが好ましい。タングステン化合物がリチウム含有遷移金属複合酸化物より大きいと、リチウム含有遷移金属酸化物との接触面積が小さくなり効果が十分に発揮されない恐れがある。
【0025】
ここで、正極に含まれるホウ素化合物は、特に限定されないが、ホウ酸、ホウ酸リチウム、メタホウ酸リチウム、四ホウ酸リチウムであることが好ましく、これらの中でも、特にメタホウ酸リチウムであることが好ましい。これらのホウ素化合物を用いると、大気曝露による初期充放電効率低下の抑制効果が一層発揮される。
【0026】
正極活物質中におけるホウ素化合物の割合はリチウム含有遷移金属酸化物の遷移金属の総量に対して、ホウ素元素換算で0.05mol%以上、3.00mol%以下にすることが好ましく、より好ましくは0.10mol%以上、2.00mol%以下、さらに好ましくは0.20mol%以上、1.50mol%以下である。上記割合が0.05mol%未満になると、タングステン化合物とホウ素化合物による効果が十分に得られず、極板の大気曝露による特性劣化を抑制できないことがある。一方、上記割合が3.00mol%を超えると、その分だけ正極活物質の量が減るため正極容量が低下する。
【0027】
ホウ素化合物を含む正極を作製する方法としては、リチウム含有遷移金属酸化物とホウ素化合物をあらかじめ機械的に混合して付着させる方法の他、導電剤と結着剤を混練する工程でホウ素化合物を添加する方法が挙げられる。
【0028】
ホウ素化合物粒子の粒径はリチウム含有遷移金属酸化物の粒径より小さいことが好ましく、特に、1/4より小さいことが好ましい。ホウ素化合物がリチウム含有遷移金属複合酸化物より大きいと、リチウム含有遷移金属酸化物との接触面積が小さくなり効果が十分に発揮されない恐れがある。
【0029】
ここで、ホウ素化合物はタングステン化合物の近傍に存在していればよく、この場合にも、上記ホウ素化合物とタングステン化合物による効果が得られる。すなわち、ホウ素化合物はリチウム含有遷移金属酸化物の粒子表面に付着していてもよいし、表面に付着することなく正極内においてタングステン化合物の近傍に存在していてもよい。尚、ホウ素化合物をあらかじめリチウム含有遷移金属酸化物と混合するなどして、より選択的にリチウム含有遷移金属酸化物の粒子表面に付着させると、ホウ素化合物とタングステン化合物の相乗効果が大きくなるため特に好ましい。
【0030】
ここで、本発明の非水電解質二次電池においては、上記のような正極活物質に対して、さらに他の正極活物質と混合させて使用することも可能である。そして、混合させる他の正極活物質は、可逆的にリチウムを挿入・脱離可能な化合物であれば特に限定されず、例えば、安定した結晶構造を維持したままリチウムイオンの挿入脱離が可能である層状構造や、スピネル構造や、オリビン構造を有するもの等を用いることができる。尚、同種の正極活物質のみを用いる場合や異種の正極活物質を用いる場合において、正極活物質としては、同一の粒径のものを用いても良く、また、異なる粒径のものを用いてもよい。
【0031】
結着剤としては、フッ素系高分子、ゴム系高分子等が挙げられる。例えば、フッ素系高分子としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、またはこれらの変性体等、ゴム系高分子としてエチレンープロピレンーイソプレン共重合体、エチレンープロピレンーブタジエン共重合体等が挙げられる。これらを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。結着剤は、カルボキシルメチルセルロース(CMC)、ポリエチレンオキシド(PEO)等の増粘剤と併用されてもよい。
【0032】
導電剤としては、例えば、炭素材料としてカーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、黒鉛等の炭素材料が挙げられる。これらを単独で用いてもよく、2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0033】
本発明の実施形態の一例である非水電解質二次電池用正極活物質は、リチウム含有遷移金属酸化物と、上記リチウム含有遷移金属酸化物の表面に付着しているタングステン化合物と、上記リチウム含有遷移金属酸化物の表面に付着しているホウ素化合物とを含んでいるものである。これにより、上記タングステン化合物とホウ素化合物による上記相乗効果が発揮され、大気曝露による初期充放電特性の劣化を低減することができる。
【0034】
[負極]
負極としては、従来から用いられてきた負極を用いることができ、例えば、負極活物質と、結着剤とを水あるいは適当な溶媒で混合し、負極集電体に塗布し、乾燥し、圧延することにより得られる。負極集電体には、導電性を有する薄膜体、特に銅などの負極の電位範囲で安定な金属箔や合金箔、銅などの金属表層を有するフィルム等を用いることが好適である。結着剤としては、正極の場合と同様にPTFE等を用いることもできるが、スチレンーブタジエン共重合体(SBR)又はこの変性体等を用いることが好ましい。結着剤は、CMC等の増粘剤と併用されてもよい。
【0035】
上記負極活物質としては、リチウムイオンを可逆的に吸蔵、放出できるものであれば特に限定されず、例えば、炭素材料や、SiやSn等のリチウムと合金化する金属或いは合金材料や、金属酸化物等を用いることができる。また、これらは単独でも2種以上を混合して用いてもよく、炭素材料やリチウムと合金化する金属或いは合金材料や金属酸化物の中から選ばれた負極活物質を組み合わせたものであってもよい。
【0036】
[非水電解質]
非水電解質の溶媒としては、従来から使用されている、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ビニレンカーボネート等の環状カーボネートや、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、ジエチルカーボネート等の鎖状カーボネートを用いることができる。特に、高誘電率、低粘度、低融点の観点でリチウムイオン伝導度の高い非水系溶媒として、環状カーボネートと鎖状カーボネートとの混合溶媒を用いることが好ましい。また、この混合溶媒における環状カーボネートと鎖状カーボネートとの体積比は、2:8〜5:5の範囲に規制することが好ましい。
【0037】
また、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル、γ−ブチロラクトン等のエステルを含む化合物;プロパンスルトン等のスルホン基を含む化合物;1,2−ジメトキシエタン、1,2−ジエトキシエタン、テトラヒドロフラン、1,3−ジオキサン、1,4−ジオキサン、2−メチルテトラヒドロフラン等のエーテルを含む化合物;ブチロニトリル、バレロニトリル、n−ヘプタンニトリル、スクシノニトリル、グルタロニトリル、アジポニトリル、ピメロニトリル、1,2,3−プロパントリカルボニトリル、1,3,5−ペンタントリカルボニトリル等のニトリルを含む化合物;ジメチルホルムアミド等のアミドを含む化合物等を上記の溶媒とともに用いることもでき、また、これらの水素原子Hの一部がフッ素原子Fにより置換されている溶媒も用いることができる。
【0038】
一方、非水電解質の溶質としては、従来から用いられてきた溶質を用いることができ、例えば、フッ素含有リチウム塩であるLiPF
6、LiBF
4、LiCF
3SO
3、LiN(FSO
2)
2、LiN(CF
3SO
2)
2、LiN(C
2F
5SO
2)
2、LiN(CF
3SO
2)(C
4F
9SO
2)、LiC(C
2F
5SO
2)
3、及びLiAsF
6などを用いることができる。さらに、フッ素含有リチウム塩に、フッ素含有リチウム塩以外のリチウム塩〔P、B、O、S、N、Clの中の一種類以上の元素を含むリチウム塩(例えば、LiPO
2F
2等)〕を加えたものを用いても良い。特に、高温環境下においても負極の表面に安定な被膜を形成する点から、フッ素含有リチウム塩とオキサラト錯体をアニオンとするリチウム塩とを含むことが好ましい。
【0039】
上記のオキサラト錯体をアニオンとするリチウム塩の例として、LiBOB〔リチウム−ビスオキサレートボレート〕、Li[B(C
2O
4)F
2]、Li[P(C
2O
4)F
4]、Li[P(C
2O
4)
2F
2]が挙げられる。中でも特に負極で安定な被膜を形成させるLiBOBを用いることが好ましい。
なお、上記溶質は、単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0040】
[セパレータ]
セパレータとしては、従来から用いられてきたセパレータを用いることができる。例えば、ポリプロピレン製やポリエチレン製のセパレータ、ポリプロピレン−ポリエチレンの多層セパレータや、セパレータの表面にアラミド系の樹脂等の樹脂が塗布されたものを用いることができる。
【0041】
また、正極とセパレータとの界面、又は、負極とセパレータとの界面には、従来から用いられてきた無機物のフィラーからなる層を形成することができる。フィラーとしても、従来から用いられてきたチタン、アルミニウム、ケイ素、マグネシウム等を単独もしくは複数用いた酸化物やリン酸化合物、またその表面が水酸化物等で処理されているものを用いることができる。上記フィラー層の形成方法は、正極、負極、或いはセパレータに、フィラー含有スラリーを直接塗布して形成する方法や、フィラーで形成したシートを、正極、負極、或いはセパレータに貼り付ける方法等を用いることができる。
(実験例)
【0042】
以下、本発明を実施するための形態について実験例を挙げてさらに詳細に説明する。ただし、以下に示す実験例は、本発明の技術思想を具体化するための非水電解質二次電池用正極、非水電解質二次電池、及び非水電解質二次電池用正極活物質の一例を説明するために例示したものであり、本発明は以下の実験例に何ら限定されるものではない。本発明は、その要旨を変更しない範囲において適宜変更して実施することが可能なものである。
〔第1実験例〕
【0043】
(実験例1)
[正極活物質の作製]
まず、共沈により得られた[Ni
0.70Co
0.20Mn
0.10](OH)
2で表されるニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を500℃で焼成して、ニッケルコバルトマンガン複合酸化物を得た。次に、水酸化リチウムと、上記で得たニッケルコバルトマンガン複合酸化物とを、リチウムと、遷移金属全体とのモル比が1.05:1になるように、石川式らいかい乳鉢にて混合した。その後、この混合物を空気雰囲気中にて900℃で10時間焼成し、粉砕することにより、平均二次粒子径が約18μmのLi
1.02[Ni
0.69Co
0.19Mn
0.098]O
2で表されるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を得た。
【0044】
そして、上記のLi
1.02[Ni
0.69Co
0.19Mn
0.098]O
2からなる正極活物質粒子と、酸化タングステンとメタホウ酸リチウムを所定の割合で混合し正極活物質を作製した。なお、このようにして作製した正極活物質中におけるタングステン、ホウ素の量はリチウム含有遷移金属酸化物の遷移金属の総量に対してそれぞれ0.5mo
l%だった。
【0045】
[正極極板の作製]
上記正極活物質粒子に導電剤としてのカーボンブラックと、結着剤としてのポリフッ化ビニリデンを溶解させたN−メチル−2−ピロリドン溶液とを、正極活物質粒子と導電剤と結着剤との質量比が95:2.5:2.5となるように秤量し、これらを混練して正極合剤スラリーを調製した。
【0046】
次いで、上記正極合剤スラリーを、アルミニウム箔からなる正極集電体の両面に塗布し、これを乾燥させた後、圧延ローラーにより圧延し、さらにアルミニウム製の集電タブを取り付けることにより、正極集電体の両面に正極合剤層が形成された正極極板を作製した。
【0047】
得られた正極極板について、走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察したところ、平均粒径が150nmの酸化タングステンと平均粒径500nmのメタホウ酸リチウムの粒子が、リチウム含有遷移金属酸化物の表面に付着していることが確認された。但し、一部は導電剤と結着剤を混合する工程において正極活物質粒子の表面から酸化タングステン、メタホウ酸リチウムが剥がれる場合があるので、正極活物質粒子に付着することなく、正極内に含まれている場合もある。また、メタホウ酸リチウムは、タングステン化合物に付着しているかタングステン化合物の近傍に存在していることが確認された。
【0048】
そして、
図1に示すように、上記のようにして作製した正極を作用極11として用いる一方、負極となる対極12及び参照極13にそれぞれ金属リチウムを用い、また非水電解液14として、エチレンカーボネートとメチルエチルカーボネートとジメチルカーボネートとを3:3:4の体積比で混合させた混合溶媒にLiPF
6を1mol/lの濃度になるように溶解させ、さらにビニレンカーボネートを1質量%溶解させたものを用いて、三電極式試験セルを作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A1と称する。
【0049】
[大気曝露した正極極板を用いた電池の作製]
正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、以下の条件で大気曝露を行ったこと以外は、上記電池A1と同様にして大気曝露した正極極板を用いた電池(電池B1)を作製した。
・大気曝露条件
温度30℃、湿度50%の恒温恒湿槽に15日静置
【0050】
(実験例2)
実験例1における正極活物質の作製において、上記のLi
1.02[Ni
0.69Co
0.19Mn
0.098]O
2からなる正極活物質粒子に対してメタホウ酸リチウムを混合させなかった以外は、上記の実験例1の場合と同様にして、実験例2の三電極式試験セルを作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A2と称する。
【0051】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気曝露を行ったこと以外は、上記電池A2と同様にして大気曝露した正極極板を用いた電池(電池B2)を作製した。
【0052】
(実験例3)
実験例1における正極活物質の作製において、上記のLi
1.02[Ni
0.69Co
0.19Mn
0.098]O
2からなる正極活物質粒子に対して酸化タングステンを混合させなかった以外は、上記の実験例1の場合と同様にして、実験例3の三電極式試験セルを作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A3と称する。
【0053】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気曝露を行ったこと以外は、上記電池A3と同様にして大気曝露した正極極板を用いた電池(電池B3)を作製した。
【0054】
(実験例4)
実験例1における正極活物質の作製において、上記のLi
1.02[Ni
0.69Co
0.19Mn
0.098]O
2からなる正極活物質粒子に対して酸化タングステン、メタホウ酸リチウムを混合させなかった以外は、上記の実験例1の場合と同様にして、実験例4の三電極式試験セルを作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A4と称する。
【0055】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気曝露を行ったこと以外は、上記電池A4と同様にして大気曝露した正極極板を用いた電池(電池B4)を作製した。
【0056】
<初期充放電効率の測定>
上述の条件で大気曝露をしていない正極極板を用いて作製された電池A1〜A4、及び電池A1〜A4において上述の条件で大気曝露をした正極極板を用いて作製された電池B1〜電池B4を用いて、下記の充放電試験を行い、各々の電池の初期充放電効率を測定した。
・1サイクル目の充電条件
25℃の温度条件下において、0.2mA/cm
2の電流密度で4.3V(vs.Li/Li
+)まで定電流充電を行い、4.3V(vs.Li/Li
+)の定電圧で電流密度が0.04mA/cm
2になるまで定電圧充電を行った。
・1サイクル目の放電条件
25℃の温度条件下において、0.2mA/cm
2の電流密度で2.5V(vs.Li/Li
+)まで定電流放電を行った。
・休止
上記充電と放電との間の休止間隔は5分間とした。
【0057】
上記の条件での充放電を1サイクルとし、充電容量測定値と放電容量測定値から、下記に示す式(1)に基づき、1サイクル目の初期充放電効率を求めた。
初期充放電効率(%)=放電容量/充電容量×100 ・・・(1)
【0058】
<曝露による特性劣化指標の算出>
上記で求めた初期充放電効率のうち、大気曝露なし(大気曝露していない正極極板使用時)の初期充放電効率を「曝露なし初期効率」とし、大気曝露あり(大気曝露した正極極板使用時)の初期充放電効率を「曝露あり初期効率」とし、下記に示す式(2)に基づき、対応する電池の曝露なし初期効率と曝露あり初期効率の差から曝露による特性劣化指標を算出した。
曝露による特性劣化指標=(曝露なし初期効率)−(曝露あり初期効率) ・・・(2)
その結果を纏めて下記表1に示した。
【0060】
上記表1の結果からわかるように、リチウム含有遷移金属酸化物の粒子表面に酸化タングステンとメタホウ酸リチウムが付着した実験例1の電池は、実験例2〜4の電池に比べ、曝露による特性劣化指標が大きく低減している。加えて、酸化タングステンのみを付着した実験例2の電池、及びメタホウ酸リチウムのみを付着した実験例3の電池は、それらのどちらも備えていない実験例4の電池と比べ、大気曝露による特性劣化指標にほとんど変化が見られなかったが、実験例2と実験例3の電池の両者の構成が兼ね備わった実験例1の電池は、それら個々の効果をはるかに上回る改善がみられている。このような結果が得られた理由は、下記に述べるとおりのものと考えられる。
【0061】
酸化タングステンとメタホウ酸リチウムがリチウム含有遷移金属酸化物の表面に同時に付着している実験例1の電池の場合、酸化タングステンにより、大気曝露による特性劣化の原因であるLiOH生成反応(具体的には、リチウム含有遷移金属酸化物の表面に存在する水分とリチウム含有遷移金属酸化物とが反応し、リチウム含有遷移金属酸化物の表面層にあるLiと水素の置換反応が起こることにより、リチウム含有遷移金属酸化物からLiが引き抜かれてLiOHが生成する反応)の進行が抑制されるため、大気曝露後に充放電した際に充放電効率が低下するという、大気曝露による初期充放電特性の劣化を低減することができると考えられる。
【0062】
加えて、リチウム含有遷移金属酸化物の表面エネルギーが下げられるために、リチウム含有遷移金属化合物への大気中の水分の吸着が抑制される。この水分吸着量を少なくできることに起因して、大気曝露による特性劣化の原因である上記LiOH生成反応の進行がさらに抑制され、大気曝露による初期充放電特性の劣化を一層低減することができると考えられる。このような相乗効果が発揮されることによって、大気曝露による特性劣化の原因である上記LiOH生成反応を抑制することができ、この結果、大気曝露後に充放電した際に充放電効率が低下するという、大気曝露による初期充放電特性の劣化を飛躍的に低減することができる。
【0063】
尚、上記したホウ素化合物とタングステン化合物の相互作用は、ホウ素化合物とタングステン化合物が共存している場合にホウ素化合物によって発揮される作用であって、ホウ素化合物が単独で存在する場合には発揮されないと考えられる。
【0064】
一方、リチウム含有遷移金属酸化物の粒子表面に酸化タングステンのみが付着している実験例2の電池の場合、酸化タングステン及びメタホウ酸リチウムが付着している実験例1と比較して、大気曝露後における充放電した際の充放電効率低下を十分に抑制することができなかった。これは、酸化タングステンの存在により大気曝露の劣化原因である上記LiOH生成反応が若干抑制できるものの、ホウ素化合物が存在していないことからリチウム含有遷移金属酸化物の表面エネルギーを下げることができず、リチウム含有遷移金属酸化物表面への水分吸着量が多くなる。このため、大気曝露の劣化原因である上記LiOH生成反応の進行が加速され、大気曝露による初期充放電特性の劣化を十分に抑制することができなかったと考えられる。
【0065】
また、メタホウ酸リチウムのみが付着している実験例3の電池の場合もまた、大気曝露による初期充放電特性を抑制することができなかった。これは、上述のとおりメタホウ酸リチウムが酸化タングステン化合物と共存せず単独で存在した場合には、リチウム含有遷移金属酸化物への大気中の水分吸着を抑制することができず、上記LiOH生成反応の進行が加速されたためと考えられる。加えて、実験例3の電池においてはタングステン化合物が存在しないために、タングステン化合物による上記LiOH生成反応の抑制効果も得られなかったと考えられる。即ち、実験例3のようにホウ素化合物を付着させるだけでは、大気曝露による初期充放電特性の劣化を抑制する効果が得られないことがわかる。
【0066】
実験例4の電池の場合は、酸化タングステンとメタホウ酸リチウムの両方がリチウム含有遷移金属化合物の表面に付着していないため、酸化タングステンによる効果も酸化タングステンとメタホウ酸リチウムによる相乗効果も得られないために、上記LiOHが生成する反応が抑制できず、大気曝露による初期充放電特性の劣化が抑制されなかったと考えられる。
〔第2実験例〕
【0067】
(実験例5)
実験例1で用いたニッケルコバルトマンガン複合物と水酸化リチウムとニッケルコバルトマンガン複合酸化物と、酸化タングステン(WO
3)とを、リチウムと、遷移金属全体としてのニッケルコバルトマンガンと、タングステンとのモル比が1.02:1:0.005になるように、石川式らいかい乳鉢にて混合し焼成した以外は、上記の実験例1の場合と同様にして、実験例5の三電極式試験セルを作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A5と称する。尚、このリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物は、タングステンを含まないLi
1.02[Ni
0.69Co
0.19Mn
0.098]O
2からなるリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物と比較して格子体積が変化していることより、タングステンは結晶内部に固溶されていることを確認した。
【0068】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気曝露を行ったこと以外は、上記電池5と同様にして大気曝露した正極極板を用いた電池(電池B5)を作製した。
【0069】
上述の条件で大気曝露をしていない正極極板を用いて作製された電池A5の電池、及び電池A5において上述の条件で大気曝露をした正極極板を用いて作製された電池B5を用いて、上記第1実験例と同様にして曝露による特性劣化指標を算出した。その結果を実験例1、4の電池の結果とともに纏めて下記表2に示した。
【0071】
実験例4の大気曝露をしていない正極極板を用いた際の初期効率を100%とした場合実験例5の初期効率は、92%と低下していることがわかった。
また、上記表2の結果からわかるように、酸化タングステンを水酸化リチウムと遷移金属酸化物と共にリチウム含有遷移金属酸化物を作製する際に混合した実験例5の電池は、酸化タングステンとメタホウ酸リチウムの両方がリチウム含有遷移金属化合物の表面に付着していない実験例4の電池と比べて大気曝露による初期充放電特性の劣化も促進していることがわかる。これは、水酸化リチウムと遷移金属酸化物を焼成する際に、タングステン酸化物が存在することで、水酸化リチウムと遷移金属酸化物の反応性が低下して、LiOHが増加したためと考えられる。また、タングステンがリチウム含有遷移金属酸化物の結晶構造中に固溶しているため、ホウ素化合物とタングステン化合物の相互作用も作用せず、LiOHが生成する反応を抑制できなかったため、大気曝露による初期充放電特性の劣化が抑制されなかったと考えられる。
〔第3実験例〕
【0072】
(実験例6)
実験例1における正極活物質の作製においてホウ素化合物としてメタホウ酸リチウムの代わりに、四ホウ酸リチウムを用いたこと以外は、上記電池A1と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A6と称する。
【0073】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気曝露を行ったこと以外は、上記電池A5と同様にして、電池A6に対応する大気曝露した正極極板を用いた電池(電池B6)を作製した。
【0074】
(実験例7)
実験例3における正極活物質の作製においてホウ素化合物としてメタホウ酸リチウムの代わりに、四ホウ酸リチウムを用いたこと以外は、上記電池A3と同様にして電池を作製した。このようにして作製した電池を、以下、電池A7と称する。
【0075】
また、正極極板を作製する際に、圧延ローラーにより圧延した後、上述の条件で大気曝露を行ったこと以外は、上記電池A7と同様にして、電池A7に対応する大気曝露した正極極板を用いた電池(電池B7)を作製した。
【0076】
上述の条件で大気曝露をしていない正極極板を用いて作製された電池A6、電池A7の電池、及び電池A6、電池A7において上述の条件で大気曝露をした正極極板を用いて作製された電池B6、電池B7を用いて、上記第1実験例と同様にして曝露による特性劣化指標を算出した。その結果を実験例1、3の電池の結果とともに纏めて下記表3に示した。
【0078】
上記表3の結果からわかるように、メタホウ酸リチウムに代えて、四ホウ酸リチウムを表面の一部に付着したリチウム含有遷移金属酸化物を用いた実験例6の電池は、実験例6の電池に対応するタングステン化合物を付着していない実験例7の電池に比べ、曝露による特性劣化指標が大きく低減している。
【0079】
以上の結果から、四ホウ酸リチウムであっても、メタホウ酸リチウムと同様の効果が得られることがわかり、この結果はホウ素を含む化合物を用いた場合に得られる共通の効果であると考えられる。尚、実験例1、6の電池の結果を比較すると、実験例1の電池は、実験例6の電池よりも曝露による特性劣化指標が低減していることが認められる。このことから、ホウ素化合物の中でも、特にメタホウ酸リチウムが好ましいことがわかる。