(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6573028
(24)【登録日】2019年8月23日
(45)【発行日】2019年9月11日
(54)【発明の名称】データ処理装置
(51)【国際特許分類】
G01N 30/86 20060101AFI20190902BHJP
G01N 30/74 20060101ALI20190902BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20190902BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20190902BHJP
【FI】
G01N30/86 G
G01N30/74 E
G01N30/72 C
G01N30/72 A
G01N27/62 D
【請求項の数】11
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2018-515714(P2018-515714)
(86)(22)【出願日】2017年4月27日
(86)【国際出願番号】JP2017016736
(87)【国際公開番号】WO2017191803
(87)【国際公開日】20171109
【審査請求日】2018年7月12日
(31)【優先権主張番号】特願2016-92591(P2016-92591)
(32)【優先日】2016年5月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳沢 年伸
(72)【発明者】
【氏名】堀江 勘太
【審査官】
高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−153966(JP,A)
【文献】
国際公開第2015/132861(WO,A1)
【文献】
国際公開第2012/073322(WO,A1)
【文献】
国際公開第2015/015555(WO,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0284521(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00−30/96
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象である試料について収集された、時間、強度、及び第3のディメンジョンを有する3次元データを処理するデータ処理装置であって、
a)前記3次元データから前記強度と前記時間をそれぞれ軸とする強度−時間グラフを生成する強度−時間グラフ生成手段と、
b)前記強度−時間グラフ上に存在するピークの中からいずれか1つのピークを目的ピークとして決定する目的ピーク決定手段と、
c)前記3次元データにおいて、前記目的ピークの起点の時刻から終点の時刻までの時間範囲の中から前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とするスペクトルの大きさが所定の値となる時刻を特定する時刻特定手段と、
d)前記時刻におけるデータを前記3次元データから抽出することにより、該時刻における前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とする目的スペクトルを生成する目的スペクトル生成手段と、
を有することを特徴とするデータ処理装置。
【請求項2】
更に、
e)既知物質について予め取得された、前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とするスペクトルである参照スペクトルの大きさを特定する大きさ特定手段、
を有し、
前記時刻特定手段が、前記所定の値として前記参照スペクトルの大きさを用いることを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項3】
前記第3のディメンジョンが波長であって、前記強度−時間グラフがクロマトグラムであり、前記スペクトルが波長スペクトルであることを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項4】
前記第3のディメンジョンがm/zであって、前記強度−時間グラフがクロマトグラムであり、前記スペクトルがマススペクトルであることを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項5】
更に、
f)前記3次元データおける前記目的ピークが出現している時間範囲内の各時刻について前記試料中の単一の成分に由来する信号にその他の要因に由来する信号が重畳しているか否かを判定するピーク純度判定手段、
を有し、
前記時刻特定手段が、前記3次元データにおいて、前記目的ピークが出現している時間範囲の中で前記その他の要因に由来する信号が重畳していると判定された時刻以外の時刻であって、前記スペクトルの大きさが前記所定の値となる時刻又は該所定の値に最も近くなる時刻を特定することを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項6】
更に、
g)前記測定対象である試料について収集された3次元データを、該試料中の個々の成分に関する3次元データに分離するピーク分離手段、
を有し、
前記個々の成分に関する3次元データのうち、所定の成分に対応する一つの3次元データ、又は該所定の成分以外の成分に対応する3次元データを前記ピーク分離手段による分離を行う前の3次元データから減じて得られた3次元データを用いて、前記強度−時間グラフ生成手段、前記目的ピーク決定手段、前記時刻特定手段、及び前記目的スペクトル生成手段による処理を行うことを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項7】
類似度計算に使用する参照スペクトルを記憶する参照スペクトル記憶部と、
前記目的スペクトル生成手段によって生成された目的スペクトルと、前記参照スペクトル記憶部に記憶されている前記参照スペクトルとを比較することで、前記目的スペクトルと前記参照スペクトルとの類似度を算出する類似度算出部と、
をさらに有することを特徴とする請求項1に記載のデータ処理装置。
【請求項8】
前記時刻特定手段が、前記スペクトルの大きさが所定の値となる時刻として複数の時刻を特定し、
前記目的スペクトル生成手段が、前記複数の時刻の各々における前記目的スペクトルを生成し、
前記類似度算出部が、前記複数の時刻の各々における前記目的スペクトルに関して、前記参照スペクトルとの類似度を算出し、その平均値を算出することを特徴とする請求項7に記載のデータ処理装置。
【請求項9】
コンピュータを請求項1に記載のデータ処理装置における各手段として機能させるためのプログラム。
【請求項10】
測定対象である試料について収集された、時間、強度、及び第3のディメンジョンを有する3次元データを処理するデータ処理方法であって、
a)前記3次元データから前記強度と前記時間をそれぞれ軸とする強度−時間グラフを生成し、
b)前記強度−時間グラフ上に存在するピークの中からいずれか1つのピークを目的ピークとして決定し、
c)前記3次元データにおいて、前記目的ピークの起点の時刻から終点の時刻までの時間範囲の中から前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とするスペクトルの大きさが所定の値となる時刻を特定し、
d)前記時刻におけるデータを前記3次元データから抽出することにより、該時刻における前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とする目的スペクトルを生成する、
ことを有することを特徴とするデータ処理方法。
【請求項11】
前記3次元データが、測定対象である試料をカラムに導入し、マルチチャンネル型光検出器又は波長走査可能な分光光度計によって、前記カラムから順次溶出される溶出液を繰り返し測定することによって収集されたものであり、前記第3のディメンジョンが波長であって、
濃度の異なる複数の標準試料を、それぞれカラムで分離することなく前記マルチチャンネル型光検出器又は前記波長走査可能な分光光度計によって測定し、前記目的スペクトルと同一の波長範囲における信号強度の総和を求めて、該信号強度の総和と前記標準試料の濃度との関係をプロットしたグラフを作成し、該グラフが線形性を示す範囲の上限における信号強度を前記所定の値とすることを特徴とする請求項10に記載のデータ処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析装置を用いた試料の分析によって得られたデータを処理するためのデータ処理装置に関し、特に、検出器としてフォトダイオードアレイ検出器(PDA検出器)などを用いた液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)等のクロマトグラフ、又はクロマトグラフと質量分析装置とを組み合わせたクロマトグラフ質量分析装置等の分析装置によって収集された、時間及び強度のほかに波長やm/zなどの第3のディメンジョンを有する3次元データを処理するデータ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
PDA検出器等のマルチチャンネル型光検出器を用いた液体クロマトグラフでは、移動相への試料の注入時点を基点とし、カラム出口から溶出する試料液に対して吸光スペクトルを繰り返し取得することで、時間(保持時間)、波長、及び強度(試料成分の吸光度、蛍光強度、発光強度など)という三つのディメンジョンを持つ3次元データを得ることができる。また、検出器として質量分析計を用いた液体クロマトグラフやガスクロマトグラフ、つまり液体クロマトグラフ質量分析計やガスクロマトグラフ質量分析計では、質量分析計において所定の質量電荷比範囲のスキャン測定を繰り返すことで、時間(保持時間)、質量電荷比(m/z)、及び強度(イオン強度、出力電圧など)という三つのディメンジョンを持つ3次元データを得ることができる。
【0003】
以下の説明では、3次元データを得られる分析装置としてPDA検出器を用いた液体クロマトグラフ(以下、特に明記しない限り、PDA検出器を用いた液体クロマトグラフを単に「液体クロマトグラフ」という)を例に挙げるが、液体クロマトグラフ質量分析計、ガスクロマトグラフ質量分析計等においても事情は同様である。
【0004】
図5(a)は、上述した液体クロマトグラフにより得られる3次元データの概念図である。この3次元データから特定の波長(例えばλ0)における時間方向の吸光度データを抽出することで、その特定の波長λ0における測定時刻(つまりは保持時間)と吸光度との関係を示す、同図(b)に示すような波長クロマトグラム(以下、単に「クロマトグラム」という)を作成することができる。また、3次元データから特定の時点(測定時刻)における波長方向の吸光度を示すデータを抽出することで、該時点における波長と吸光度との関係を示す波長スペクトル(以下、単に「スペクトル」という)を作成することができる。すなわち、
図5(a)に示すような3次元データは、波長方向にスペクトル情報を、時間方向にクロマトグラム情報を有しているということができる。
【0005】
こうした液体クロマトグラフで試料を分析して得られたデータは、パーソナルコンピュータ等から成るデータ処理装置に送出される。該データ処理装置では、例えば、前記3次元データ上に出現するピークが検出され、予め設定された同定用ライブラリを参照して該ピークに対応する成分が同定される。
【0006】
具体的には、まず前記3次元データから所定の波長における時間方向の強度(吸光度)データを抽出することでクロマトグラムを生成し、該クロマトグラム上に出現するピークを検出する。ここで、前記所定の波長としては、予めユーザが指定した一つの波長(例えば254 nm)、複数の波長、又は波長範囲(例えば254±50 nm)が用いられる。なお、前記所定の波長として複数の波長、又は波長範囲を用いる場合には、例えば各保持時間における該複数の波長、又は波長範囲の強度(吸光度)の平均値をプロットしたクロマトグラムを作成する。あるいは、所定の波長範囲の中で各保持時間における最大の強度(吸光度)をプロットしたクロマトグラムを作成してもよい(このようなクロマトグラムは一般的に「マックスプロット」とよばれている)。
【0007】
続いて、前記クロマトグラム中に存在するピークを検出してその頂点(ピークトップ)の時刻(保持時間)を特定し、前記3次元データから該時刻における波長方向の強度(吸光度)データを抽出することで波長スペクトル(以下この波長スペクトルを「目的スペクトル」とよぶ)を作成する。そして、該目的スペクトルを同定用ライブラリに収録された多数の既知物質の波長スペクトルと比較し、同定用ライブラリ中で目的スペクトルとの類似度が高かったスペクトルに対応する既知物質を前記ピークに対応する成分の候補として抽出する(以上のような処理を本稿では「ライブラリ検索」とよぶ)。
【0008】
また、データ処理装置では、こうしたライブラリ検索の他に、前記3次元データ上の所定のピークが予め予測された成分(予測成分)のものであるかを確認するための処理(本稿ではこれを「スペクトル同定」とよぶ)が行われることもある。該スペクトル同定では、上記のライブラリ検索と同様に、まず3次元データからクロマトグラムを生成し、該クロマトグラフ中の所定のピークの頂点に対応する時刻におけるデータを抽出することによって目的スペクトルを作成する。そして、該目的スペクトルを前記予測成分について予め用意されたスペクトルと比較することにより、前記ピークが該予測成分のものであるか否かを判定する。
【0009】
但し、前記液体クロマトグラフによる試料分析において、試料中の成分濃度が高すぎるとPDA検出器による検出信号が飽和し、3次元データ上のピークに歪みや飽和が生じる場合がある。そのような場合には、該3次元データから生成される前記クロマトグラムやスペクトル上のピークにも歪みや飽和が生じることとなり、上述のライブラリ検索やスペクトル同定において正しい結果が得られなくなるおそれがある。
【0010】
そのため、従来は前記3次元データから生成したクロマトグラムにおいて着目するピークに歪みや飽和が見られた場合には、サンプルを希釈して再分析を行ったり、前記ピークの頂点付近を外した裾野の時刻をユーザが手動で指定して、該時刻をスペクトルの切り出し位置に設定し直したりしていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭61−111425号公報
【特許文献2】国際公開第2013/035639号
【特許文献3】特開平7−218491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、上記のようなサンプル希釈による方法では、サンプル中に複数の目的成分が存在する場合において、それら複数の目的成分間の濃度差が大きい場合、サンプルをどのように希釈しても、最小濃度の成分を正しく検出しようとすると最大濃度の成分の信号に歪み又は飽和が生じてしまい、最大濃度の成分(主成分)を正しく検出しようとすると最小濃度の成分(不純物)がノイズに埋もれてしまい、いずれも正しい分析を行うことができない。そこで、このような場合には、希釈率が異なるサンプルを複数用意してそれぞれ分析を行っていたが、この方法は測定に要する時間が長くなるため非効率である。
【0013】
また、ユーザが手動でスペクトルの切り出し位置を指定する方法では、切り出し位置がピークトップに近すぎた場合には検出器信号の飽和の影響が懸念され、逆に切り出し位置がピークトップから遠すぎた場合には信号強度が低すぎてノイズの影響を受けるおそれがある。そのため、ユーザの熟練度によってライブラリ検索やスペクトル同定の結果に違いが生じる可能性があった。
【0014】
なお、ここでは検出器としてPDA検出器を用いるGC又はLCを例に挙げたが、こうした問題は、検出器として質量分析装置を用いるGC(すなわちGC−MS)又はLC(すなわちLC−MS)や、検出器としてPDA検出器を用いるキャピラリー電気泳動装置等、時間及び強度のほかに第3のディメンジョン(波長やm/zなど)を有する3次元データを取得可能な分析装置によって得られたデータを処理する場合に共通する問題である。
【0015】
本発明は上記の点に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、時間、強度、及び第3のディメンジョンを有する3次元データから強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とするスペクトル(例えば波長スペクトルやマススペクトル)を生成する際に、歪みや飽和及びノイズの影響のないスペクトルを容易且つ確実に得ることができるデータ処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために成された本発明に係るデータ処理装置は、
測定対象である試料について収集された、時間、強度、及び第3のディメンジョンを有する3次元データを処理するデータ処理装置であって、
a)前記3次元データから前記強度と前記時間をそれぞれ軸とする強度−時間グラフを生成する強度−時間グラフ生成手段と、
b)前記強度−時間グラフ上に存在するピークの中から所定のピークを目的ピークとして決定する目的ピーク決定手段と、
c)前記3次元データにおいて、前記目的ピークが出現している時間範囲の中から前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とするスペクトルの大きさが所定の値となる時刻を特定する時刻特定手段と、
d)前記時刻におけるデータを前記3次元データから抽出することにより、該時刻における前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とする目的スペクトルを生成する目的スペクトル生成手段と、
を有することを特徴としている。
【0017】
なお、本発明において処理対象である3次元データを取得する分析装置は、上述したようなPDA検出器等のマルチチャンネル型検出器を備えたLCやGCに限らず、検出器として高速の波長走査が可能である紫外可視分光光度計、赤外分光光度計、近赤外分光光度計、蛍光分光光度計(以下、単に分光光度計と総称する)を備えたLCやGCであってもよい。また、質量分析計を検出器としたLCやGC(すなわちLC−MSやGC−MS)であってもよい。また、前記3次元データを取得する分析装置は、カラムを通した分析ではなく、フローインジェクション分析(FIA=Flow Injection Analysis)法により導入された試料をマルチチャンネル型光検出器や高速の波長走査が可能な分光光度計で検出する装置や、検出器としてマルチチャンネル型検出器や高速の波長走査が可能な分光光度計を備えたキャピラリー電気泳動装置などであってもよい。
【0018】
また、前記強度−時間グラフ生成手段によって生成されるグラフ(典型的にはクロマトグラム)は、前記3次元データに含まれる第3のディメンジョンの全範囲における信号強度の合計値の時間変化を示したグラフであってもよく、該第3のディメンジョンの予め指定された値(例えば波長)又は範囲(例えば波長範囲)における信号強度の平均値の時間変化を表したものであってもよい。また、予め指定された範囲における信号強度の最大値の時間変化を示したもの(いわゆるマックスプロット)であってもよい。
【0019】
また、前記目的ピーク決定手段は、前記強度−時間グラフ上に存在するピークの中から所定の条件を満たすピーク(例えば強度が最大のピーク)を目的ピークとして装置側で自動的に決定するものとしてもよく、あるいは前記強度−時間グラフをモニタの画面上に表示させ、該グラフ上の任意のピークをユーザに選択させるものとしてもよい。
【0020】
なお、前記本発明における「スペクトルの大きさ」とは、スペクトル(例えば波長スペクトルやマススペクトル)における強度の代表値を意味している。ここで、該強度の代表値は、例えば、該スペクトルの横軸の所定範囲(例えば所定の波長範囲やm/z範囲)における信号強度の最大値や、該所定範囲における該スペクトルの面積値、又は該スペクトルの内積の平方根等とすることができる。
【0021】
上記のような構成を有する本発明に係るデータ処理装置によれば、前記3次元データにおいて前記スペクトルの大きさが所定の値となる時刻を探索し、該時刻におけるスペクトルを3次元データから自動的に、つまりユーザによる面倒な判断を伴う入力等を要することなく、抽出して目的スペクトルを作成することができる。このとき、前記「所定の値」を適当な値に設定することにより、歪みや飽和及びノイズの影響のない目的スペクトルを容易且つ確実に取得することができる。
【0022】
前記「所定の値」は一つ若しくは複数の数値又は数値範囲であって、例えばユーザによって予め設定される。前記スペクトルの大きさが所定の値となる時刻が前記3次元データ上に複数点存在する場合には、該複数点の時刻の中から前記目的スペクトルの生成に用いる一点をユーザに選択させるか、予め定めた条件に合致する一点を前記目的スペクトルの生成に用いる時刻として装置側で自動的に選択するものとすることが望ましい。
【0023】
なお、上述のライブラリ検索やスペクトル同定等において目的スペクトルと比較するための参照スペクトルの大きさを予め求めておき、該参照スペクトルの大きさを前記「所定の値」とするようにしてもよい。
【0024】
すなわち、本発明に係るデータ処理装置は、
e)既知物質について予め取得された、前記強度と前記第3のディメンジョンをそれぞれ軸とするスペクトルである参照スペクトルの大きさを特定する大きさ特定手段、
を更に有し、
前記時刻特定手段が、前記所定の値として前記参照スペクトルの大きさを用いるものとすることができる。
【0025】
なお、前記「参照スペクトルの大きさ」とは、該参照スペクトル(例えば波長スペクトルやマススペクトル)における強度の代表値を意味している。ここで、該強度の代表値は、前記時刻特定手段における「スペクトルの大きさ」を示す代表値と同一種類のものとする。
【0026】
これにより、目的スペクトルと参照スペクトルの「大きさ」を一致させることができるため、上述のライブラリ検索やスペクトル同定等においてより正確な検索結果や同定結果を得ることができる。
【0027】
また、前記目的ピークが単一成分のみに由来するものであれば問題ないが、該ピークは必ずしも単一成分によるものとは限らず、単一成分に由来する信号に試料中の他の成分や分析者が意図しない不純物、若しくは予期せぬドリフト又はノイズ(広く言えば前記単一成分以外の要因)に由来する信号が重なっている場合がよくある。こうしたことを考慮せずに上記のような目的スペクトルの生成及び該目的スペクトルを用いたスペクトル同定やライブラリ検索を行った場合、正しい結果が得られない可能性がある。そこで、本発明に係るデータ処理装置では、前記3次元データにおいて目的ピークが出現している時間範囲に、前記のような単一成分以外の要因による信号が重畳しているか否かの判定、いわゆるピーク純度判定を行い、目的ピークに前記単一成分以外の要因に由来するピークの重なりがある場合には、前記3次元データにおいて該ピークの重なりがある時間を除いた時間範囲からデータを抽出して前記目的スペクトルを生成することが望ましい。
【0028】
すなわち、本発明に係るデータ処理装置は、
f)前記3次元データおける前記目的ピークが出現している時間範囲内の各時刻について前記試料中の単一の成分に由来する信号にその他の要因に由来する信号が重畳しているか否かを判定するピーク純度判定手段、
を更に有し、
前記時刻特定手段が、前記3次元データにおいて、前記目的ピークが出現している時間範囲の中で前記その他の要因に由来する信号が重畳していると判定された時刻以外の時刻であって、スペクトルの大きさが前記所定の値となる時刻又は該所定の値に最も近くなる時刻を特定するものとすることが望ましい。
【0029】
このような構成によれば、前記3次元データにおいて前記単一成分以外の要因に由来する信号が重畳している時間範囲以外からデータを抽出することで前記目的スペクトルが生成されるため、前記目的ピークに不純物や予期せぬドリフト又はノイズの影響が懸念される場合でも、それらの影響のない目的スペクトルを得ることができる。
【0030】
また、本発明に係るデータ処理装置は、
g)前記測定対象である試料について収集された3次元データを、該試料中の個々の成分に関する3次元データに分離するピーク分離手段、
を更に有し、
前記個々の成分に関する3次元データのうち、所定の成分に対応する一つの3次元データ、又は該所定の成分以外の成分に対応する3次元データを前記ピーク分離手段による分離を行う前の3次元データから減じて得られた3次元データを用いて、前記強度−時間グラフ生成手段、前記目的ピーク決定手段、前記時刻特定手段、及び前記目的スペクトル生成手段による処理を行うものとしてもよい。
【0031】
上記のようなピーク分離手段を備えた構成によれば、試料中の複数の成分が時間的に重複して検出された場合でも、該複数の成分の信号を分離して個々の成分に関する3次元データを作成し、そのうちの一つの3次元データ、すなわち所定の成分に関する3次元データから目的スペクトルを生成することができる。また、試料中の主成分と不純物のピークが時間的に重複している場合、主成分の濃度が高いために検出器の飽和が起こり、主成分の3次元データを正しく分離(デコンボリューション)できない場合がある。従って、このような場合には、該主成分を前記所定の成分とし、前記ピーク分離手段で分離された個々の3次元データのうち、該所定の成分に対応したもの以外を元の3次元データから減じて得られたデータから目的スペクトルを生成することが望ましい。このようにすることで、主成分に関するスペクトル(目的スペクトル)をより正確に抽出することが可能となる。
【発明の効果】
【0032】
以上の通り、本発明に係るデータ処理装置によれば、3次元データから歪みや飽和及びノイズの影響のない目的スペクトルを容易且つ確実に得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本発明に係るデータ処理装置を備えた液体クロマトグラフ分析システムの一実施形態の概略構成図。
【
図2】前記データ処理装置における3次元データからの目的スペクトルの生成処理の一例を示すフローチャート。
【
図3】前記データ処理装置における3次元データからの目的スペクトルの生成処理の別の例を示すフローチャート。
【
図5】液体クロマトグラフにより得られる3次元データの概念図(a)及び波長クロマトグラムの一例を示す図(b)。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るデータ処理装置を含む液体クロマトグラフ分析システム(以下「LC分析システム」)の概略構成図である。
【0035】
このLC分析システムは、LC部10と、データ処理部20(本発明のデータ処理装置に相当)とを含む。LC部10において、送液ポンプ12は移動相容器11から移動相を吸引して一定流量でインジェクタ13へと送給する。インジェクタ13は所定のタイミングで試料液を移動相中に注入する。注入された試料液は移動相に押されてカラム14に導入され、カラム14を通過する間に試料液中の各成分が時間方向に分離されてカラム14出口から溶出する。カラム14出口に配置されたPDA検出器15は、時間経過に伴って順次導入される溶出液に対して所定波長範囲の吸光度分布を繰り返し測定する。この測定によって得られた信号はアナログデジタル(A/D)変換器16によりデジタル信号に変換され、3次元データとしてデータ処理部20へと入力される。
【0036】
データ処理部20は、パーソナルコンピュータ等の汎用コンピュータ又は専用のハードウエア若しくはそれらの組み合わせから成り、クロマトグラム生成部23(本発明における強度−時間グラフ生成手段に相当)、目的ピーク決定部24(本発明における目的ピーク決定手段に相当)、切り出し時刻決定部25(本発明における時刻特定手段に相当)、スペクトル生成部26(本発明における目的スペクトル生成手段に相当)、類似度計算部27、ピーク純度判定部28(本発明におけるピーク純度判定手段に相当)、及びピーク分離部29(本発明におけるピーク分離手段に相当)などの機能ブロックを備えている。なお、これらの機能ブロックは、いずれも基本的にはデータ処理部20を構成するコンピュータに設けられたCPUがHDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)等の大容量記憶装置から成る記憶部にインストールされた専用のプログラムを該コンピュータのメモリに読み出して実行することによりソフトウエア的に実現される機能手段である。なお、該専用プログラムは必ずしも単体のプログラムである必要はなく、例えばLC部10を制御するためのプログラムの一部に組み込まれた機能であってもよく、その形態は特に問わない。更に、データ処理部20には、前記データ処理部20から入力された3次元データを記憶するための3次元データ記憶部21と、リファレンススペクトル(後述する)を記憶するためのリファレンス記憶部22と、スペクトルデータベース(スペクトルDB)30とが設けられている。また、データ処理部20には、例えばデータ処理に必要な各種のパラメータを分析者が指定するための入力部40と、分析結果などを表示するためのLCD(Liquid Crystal Display)等から成る表示部50とが接続されている。
【0037】
スペクトルDB30には、様々な化合物に関するデータ、例えば、化合物名、分子量、組成式、構造式、吸収スペクトル等、が登録されている。なお、本実施形態ではデータ処理部20内にスペクトルDB30を格納するものとしたが、これに限らず、スペクトルDB30は、データ処理部20に設けられたインターフェース(図示略)を介して接続された外部装置に格納してもよく、あるいは、該インターフェースを介してデータ処理部20をインターネットに接続し、該インターネット上のサーバ等に格納されたデータベースを前記スペクトルDB30として利用する構成としてもよい。また、前記スペクトルDB30としては、LCのメーカーが予め用意したデータベースや、あるいは、ユーザが独自にLC分析を実行して構築したデータベースを用いるようにしてもよい。
【0038】
本実施形態のLC分析システムでは、一つの試料に対してLC部10で収集された3次元データが一つのデータファイルとして3次元データ記憶部21に一旦格納される。そして、分析者が入力部40において処理対象のデータファイルを指定したうえでスペクトル同定又はライブラリ検索等の実行開始を指示することにより、本発明における特徴的な処理である、3次元データからの目的スペクトルの切り出し処理が実行され、その後、切り出された目的スペクトルとリファレンススペクトル(参照スペクトル)との類似度計算が実行される。
【0039】
ここでは、まず、前記3次元データ上に現れるピークが予め予測された成分(予測成分)のものであるかを確認するためのスペクトル同定を行う場合について説明する。該スペクトル同定に際しては、前記予測成分のスペクトルを予めユーザが指定し、これを類似度計算に使用するリファレンススペクトルとしてリファレンス記憶部22に記憶させておく。ここで、前記リファレンススペクトルとしては、スペクトルDB30に格納された多数のスペクトルの中から前記予測成分に関するものをユーザが選択するようにしてもよく、あるいは予め前記予測成分をLC部10で測定するなどして予め取得しておいたスペクトルをリファレンス記憶部22に記憶させるようにしてもよい。
【0040】
続いて、ユーザが入力部40からスペクトル同定の開始を指示すると、まず前記処理対象の3次元データ及びリファレンススペクトルから従来既知の手法によりバックグラウンド(例えばLC部10における移動相の影響)が除去され、その後、前記3次元データからの目的スペクトルの切り出し処理が実行される。以下、該目的スペクトルの切り出し処理について
図2のフローチャートを参照しつつ説明を行う。
【0041】
まず、クロマトグラム生成部23が、前記バックグラウンド除去後の3次元データからクロマトグラムを生成する(ステップS111)。このとき、作成するクロマトグラムの種類は特に限定されるものではなく、例えば、予め指定された波長について各保持時間における信号強度をプロットしたものや、予め指定された複数の波長又は波長範囲について各保持時間における信号強度の合計値又は平均値をプロットしたものであってもよい。また、前記複数の波長又は波長範囲の中で各保持時間における最大の信号強度をプロットしたもの(いわゆるマックスプロット)であってもよい
【0042】
続いて、目的ピーク決定部24によって、前記クロマトグラム上に存在するピークのうちスペクトル切り出しの対象とするピーク(目的ピーク)が選択される(ステップS112)。この目的ピーク決定部24は、前記クロマトグラム上に現れる複数のピークの中から所定の条件を満たすピーク(例えば強度が最大のピーク)を自動的に選択するものとしてもよく、あるいは、前記クロマトグラムを表示部50に表示させ、ユーザに入力部40を介して該クロマトグラム上の任意のピークを選択させるものとしてもよい。
【0043】
続いて、切り出し時刻決定部25が、リファレンス記憶部22に記憶された(前記バックグラウンド除去後の)リファレンススペクトルを参照し、該リファレンススペクトルの「大きさ」として該スペクトル上の所定の波長範囲における信号強度の最大値を特定する(ステップS113)。なお、前記所定の波長範囲は、例えばPDA検出器15による測定波長範囲の全域や、予めユーザが指定した波長範囲等とすることができる。また、ここではスペクトル上の所定の波長範囲における信号強度の最大値を該スペクトルの「大きさ」と定義したが、これに限らず、例えば所定の波長範囲におけるスペクトル波形の面積値、又はスペクトルの内積の平方根等をスペクトルの「大きさ」としてもよい。
【0044】
更に、切り出し時刻決定部25は、前記3次元データにおいて前記目的ピークが出現している時間範囲(すなわち、目的ピークの起点の時刻から終点の時刻まで)の中からスペクトルの大きさが前記リファレンススペクトルの大きさに等しくなる時刻を探索し、該時刻をスペクトル切り出し時刻として決定する(ステップS114)。なお、一般に、前記目的ピークが出現している時間範囲においてスペクトルの「大きさ」がリファレンススペクトルの「大きさ」と等しくなる時刻は複数(通常、ピークトップの時刻を挟んで一箇所ずつ)存在するが、ここでは、そのいずれかを前記スペクトル切り出し時刻とする。また、目的ピークの高さが小さく、該ピークの時間範囲においてスペクトル大きさがリファレンススペクトルの大きさと等しくなる時刻が存在しない場合には、その旨をユーザに通知して処理を中断するか、該目的ピークの時間範囲においてスペクトルの大きさがリファレンススペクトルの大きさに最も近くなる時刻を探索して、該時刻をスペクトル切り出し時刻として決定する。
【0045】
スペクトル切り出し時刻が決定すると、スペクトル生成部26が前記3次元データから該スペクトル切り出し時刻における波長方向の信号強度の分布を示すデータを抽出することで、該時刻における波長と信号強度との関係を示すスペクトルを生成する(ステップS115)。以下、このスペクトルを「目的スペクトル」とよぶ。
【0046】
以上により目的スペクトルの切り出し処理が完了すると、続いて、類似度計算部27が、リファレンス記憶部22に記憶されたリファレンススペクトルと前記目的スペクトルとを比較することにより、両者のスペクトルパターンの類似度を計算する。ここで、類似度の算出方法としては、例えば、特許文献1に記載されている方法を用いることができる。すなわち、スペクトル中のn種類の波長λk(kは1〜nの整数)における強度Ikを成分とするn次元ベクトルを定義し、目的スペクトルにより定義されるn次元ベクトルとリファレンススペクトルにより定義されるn次元ベクトルとの内積を両ベクトルの大きさの積で除したもの(すなわち両ベクトルの成す角θの余弦)をスペクトル類似度r(=cosθ)として定める。両スペクトルが完全に一致した場合にスペクトル類似度rは1となり、2つのベクトルの成す角θが大きくなるほど、すなわち2つのスペクトルパターンの差異が大きくなるほど、類似度r(=cosθ)はゼロに近づくこととなる。
【0047】
類似度計算部27により算出された両スペクトルの類似度rの値は、表示部50の画面上に表示される。これにより、ユーザは該表示を参照することで目的ピークが予測成分に由来するものであるか否かを推定することができる。
【0048】
なお、上記の例では、3次元データ上で、スペクトルの「大きさ」がリファレンススペクトルの「大きさ」と一致する複数の時刻のうち、いずれか一つの時刻から切り出したスペクトルを目的スペクトルとしたが、このほか、前記複数の時刻からそれぞれスペクトルを切り出してそれらを目的スペクトルとしてもよい。この場合、これら複数(例えば2つ)の目的スペクトルの一方を第1目的スペクトル、他方を第2目的スペクトルとする。そして、第1目的スペクトルと前記リファレンススペクトルとの類似度r1と、第2目的スペクトルと前記リファレンススペクトルとの類似度r2をそれぞれ算出して、類似度r1とr2の平均値を最終的な類似度rとする。
【0049】
次に、本実施形態に係るデータ処理装置を用いて前記3次元データ上の所定のピーク(目的ピーク)に対応する成分をライブラリ検索によって推定する場合について説明する。このような場合には、スペクトルDB30に収録された既知物質のスペクトルのうち、全てのスペクトル又は予めユーザが指定した複数のスペクトルを検索対象スペクトルとする。そして、これら複数の検索対象スペクトルのそれぞれと前記3次元データから抽出された目的スペクトルとの類似度がそれぞれ算出され、例えば、類似度が高かったスペクトルに対応する既知物質が、前記3次元データ上の目的ピークに対応する成分の候補として表示部50に列挙される。
【0050】
このとき、スペクトルDB30中の検索対象スペクトルを一つずつ順番にリファレンススペクトルとして取得し(すなわちリファレンス記憶部22に格納し)、
図2のフローチャートで示した手順でリファレンススペクトルの大きさの特定(ステップS113)、切り出し時刻の決定(ステップS114)、及び目的スペクトルの生成(ステップS115)を行って、得られた目的スペクトルと該リファレンススペクトルとの類似度計算を行うようにしてもよいが、この場合、検索対象スペクトルの数だけステップS113〜S115を繰り返す必要があるため、処理時間が長大となるおそれがある。そこで、例えば、
図2のステップS113を行う前に、前記3次元データに基づいて目的成分が溶出する時間範囲(すなわち目的ピークが出現している時間範囲)におけるスペクトルの大きさと時間の関係を求めてリファレンス記憶部22内に格納しておき、ステップS113において前記複数の検索対象スペクトル(リファレンススペクトル)の大きさをそれぞれ特定する。そして、前記リファレンス記憶部22に格納しておいた前記「スペクトルの大きさと時間の関係」に基づいて、前記3次元データにおいてスペクトルの大きさが各検索対象スペクトルの大きさと等しくなる時刻をそれぞれ特定し、特定された各時刻を前記各検索対象スペクトルに対応したスペクトル切り出し時刻として決定する(ステップS114)。続いて、前記3次元データから前記各スペクトル切り出し時刻におけるスペクトル(目的スペクトル)の抽出(ステップS115)を行い、得られた複数の目的スペクトルの各々と、それに対応する(すなわち該目的スペクトルと同一の大きさを有する)検索対象スペクトルの類似度を類似度計算部27にて計算するようにしてもよい。
【0051】
また、本発明に係るデータ処理装置では、上記のようにリファレンススペクトルの大きさに基づいて3次元データからのスペクトル切り出し時刻を決定するほか、3次元データ上でスペクトルの大きさが例えばユーザによって予め定められた値(これをスペクトル切り出しの「指標値」とよぶ)となる時刻を探索し、該時刻におけるスペクトルを目的スペクトルとして該3次元データから切り出すようにしてもよい。
【0052】
この場合における、目的スペクトルの生成手順を
図3のフローチャートを用いて説明する。まず、上記と同様にして3次元データからクロマトグラムを作成し(ステップS121)、該クロマトグラム上のピークの中から目的ピークを決定する(ステップS122)。続いて、切り出し時刻決定部25が前記指標値の値を取得する(ステップS123)。なお、該指標値はユーザに入力部40を介して入力させるようにしてもよく、予めデータ処理部20のメモリ(図示略)に記憶させておいたものを取得するようにしてもよい。切り出し時刻決定部25は前記指標値を取得すると、前記3次元データにおいて前記目的ピークが出現している時間範囲の中からスペクトルの大きさが前記指標値と等しくなる時刻を探索し、該時刻をスペクトル切り出し時刻として決定する(ステップS124)。この場合も、前記目的ピークの時間範囲においてスペクトルの大きさが前記指標値と等しくなる時刻が複数(通常は2つ)ある場合には、いずれか一つをスペクトルの切り出し時刻としてもよく、全てを切り出し時刻とするようにしてもよい。
【0053】
以上によりスペクトル切り出し時刻が決定すると、スペクトル生成部26が前記3次元データから該スペクトル切り出し時刻における波長方向の信号強度の分布を示すデータを抽出することで、該時刻における波長と信号強度との関係を示すスペクトル(目的スペクトル)を生成する(ステップS125)。
【0054】
なお、このようなスペクトル切り出し処理に用いる「指標値」は、予め試料濃度と信号強度の関係に基づいて決定することができる。すなわち、予め種々の濃度の標準試料をカラム14による分離を行わずにPDA検出器15で測定し、そのときの所定の波長範囲(上記目的スペクトルと同一の波長範囲とする)における信号強度の総和を求めて、該信号強度の総和と試料濃度の関係をプロットしたグラフを作成する。これにより、
図4のようなグラフが得られる。このグラフにおいて試料濃度が低い領域では試料濃度と信号強度の関係は線形性を示すが、試料濃度がある程度以上高くなると両者の関係は非線形となる。そこで、例えばこのグラフが線形性を示す範囲の上限(
図4中の黒丸を付した箇所)における信号強度を前記指標値として定めることにより、信号の飽和や非線形性の影響を受けない目的スペクトルを得ることができる。
【0055】
なお、以上の方法では、目的ピークの時間範囲に複数の成分(例えば主成分と副成分)が溶出していた場合には、得られる目的スペクトルも主成分のスペクトルと副成分のスペクトルとが重畳したものとなってしまい、正しいスペクトル同定結果やライブラリ検索結果が得られないおそれがある。また、こうした試料中の複数の成分のほか、溶媒成分や、予期せぬドリフト又はノイズ(溶媒中の気泡やカラムオーブンの不調等によるもの)に起因するピーク(以下、不純物ピークと総称する)が前記目的ピークの時間範囲に重畳していた場合も、同様に正しいスペクトル同定結果やライブラリ検索結果が得られないおそれがある。そこで、予め3次元データ上に現れるピークの純度判定を行って前記目的ピークの時間範囲において不純物ピークとの重なりが懸念される時間範囲を特定し、該時間範囲以外の時刻から目的スペクトルの切り出しを行うようにすることが望ましい。この場合において、目的ピークの時間範囲から不純物ピークとの重なりが懸念される時間範囲を除いた範囲に、前記リファレンススペクトルの大きさや指標値の値と一致する時刻が存在しない場合には、スペクトルの大きさがそれらの値に最も近くなる時刻を前記切り出し時刻として決定する。
【0056】
ここで、ピーク純度の判定方法は特に限定されるものではなく、従来既知の方法を用いることができる。例えば特許文献2に記載の微分スペクトルクロマトグラム法を採用することができる。微分スペクトルクロマトグラム法では、目的成分の吸収波長を分析者が指定すると、時間方向に並んだ各スペクトル上でそれぞれ吸収波長付近における波長方向の微分値が計算され、その微分値を時間方向に並べた微分クロマトグラムが生成される。スペクトル上の前記吸収波長の位置に現れるピークに他の成分の重なりがある場合、微分クロマトグラムは平坦にならずにピークが現れる。そこで、この微分クロマトグラム上のピークの有無に応じて他の成分の重なりの有無を判定することができる。また、ピーク純度の判定方法として、前記のような微分スペクトルクロマトグラム法に代えて、特許文献3に記載された方法を採用してもよい。
【0057】
また、上記のように不純物ピークとの重なりが懸念される時間範囲を除いた時間範囲の中から目的スペクトルの切り出し時刻を決定する方法の他に、前記3次元データについて予めピーク分離処理を行うことにより試料中の個々の成分についての3次元データを生成し、生成された複数の3次元データのうちのいずれか(例えば、ユーザが選択した3次元データや、ピーク強度が最大である3次元データ)に対して、スペクトルの切り出し時刻の決定、及び該時刻におけるスペクトル(目的スペクトル)の生成を行うようにしてもよい。これにより、単一成分に由来する信号のみから成る目的スペクトルを確実に得ることができ、該目的スペクトルを用いることで正確なライブラリ検索結果やスペクトル同定結果を得ることができる。なお、上記のピーク分離処理の手法としては、既に別出願(PCT/JP2014/073196)で提案しているピークデコンボリューション(peak deconvolution)を用いた方法などを採用することができる。
【0058】
なお、上記実施形態におけるデータ処理装置は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、追加、修正を加えても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0059】
例えば、本発明において処理対象である3次元データを取得する分析装置は、上述したようなPDA検出器等のマルチチャンネル型検出器を備えたLC(又はGC)でなくてもよく、高速の波長走査が可能である紫外可視分光光度計、赤外分光光度計、近赤外分光光度計、蛍光分光光度計などを備えたLC又はGCであってもよい。また、質量分析計を検出器としたLC−MSやGC−MSであってもよい。
【0060】
また、カラムを通した分析ではなく、フローインジェクション分析(FIA=Flow Injection Analysis)法により導入された試料をPDA検出器等で検出する場合に得られるデータや、検出器として上記のようなマルチチャンネル型検出器や高速の波長走査が可能な分光光度計を備えたキャピラリー電気泳動で得られるデータも、時間、強度、波長という三つのディメンジョンを持つ3次元データとなり、液体クロマトグラフにより収集される3次元データと実質的に同じである。
【符号の説明】
【0061】
10…LC部
11…移動相容器
12…送液ポンプ
13…インジェクタ
14…カラム
15…PDA検出器
16…A/D変換器
20…データ処理部
21…3次元データ記憶部
22…リファレンス記憶部
23…クロマトグラム生成部
24…目的ピーク決定部
25…切り出し時刻決定部
26…スペクトル生成部
27…類似度計算部
28…ピーク純度判定部
29…ピーク分離部
30…スペクトルDB
40…入力部
50…表示部