(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本実施形態に係るニッケル含有鋼板(以下、本実施形態に係る鋼板、又は鋼板と称する場合がある)を詳細に説明する。発明者は、低温用ニッケル含有鋼板のうち、Ni含有量が5.0%超10.0%以下の鋼板において、製鋼工程ではなく熱間圧延以降の工程で靭性低下を回避、もしくはリカバリーできないか鋭意検討した。その結果、鋼板の1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径を微細にすることにより鋼板の靱性を効果的に改善できること、そして、適正な熱間圧延および直接焼入れの後、再加熱焼入れの昇温時に600℃以上750℃以下の昇温速度をわずかに高めることで、鋼板の1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大幅に微細化することを知見した。旧オーステナイトの平均粗大粒径の微細化は、最終的な組織、すなわち焼戻しマルテンサイトとベイナイトとを主体とする組織の微細化に繋がるので、鋼板の靭性を大幅に改善することができる。なお、旧オーステナイトの平均粗大粒径とは、鋼板の1/4t位置における鋼板の圧延方向及び鋼板の厚さ方向がなす面において測定される、面積200μm
2の10視野それぞれにおける旧オーステナイト粒の円相当径の最大値の単純平均値である。旧オーステナイトの平均粗大粒径の具体的な測定方法は後述する。以下、特に断りがない限り、「鋼板の1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径」を単に「旧オーステナイトの平均粗大粒径」と記載する。
【0012】
本実施形態に係る鋼板において、旧オーステナイトの平均粗大粒径を大幅に微細化するためには、例えば、2つの製造方法を組み合わせることが有効である。第1点目は、焼入れ前に実施される熱間圧延および直接焼入れの条件を適正に制御することである。第2点目は、圧延後の再加熱焼入れの際の昇温条件を適正に制御することである。
【0013】
具体的には、本実施形態に係る鋼板の製造方法は、熱間圧延・直接焼入れ工程(A工程)、再加熱焼入れ工程(B工程)、及び焼戻し工程(C工程)から構成される。まず、最初のA工程、すなわち、焼入れ前に実施される熱間圧延および直接焼入れの条件について説明する。
【0014】
熱間圧延・直接焼入れ工程(A工程)では、Niを5.0%超10.0%以下含有する鋳片あるいは鋼片を加熱した後、これに熱間圧延を行い、以後水冷する。熱間圧延は、総圧下率75%以上(つまり、スラブ厚/鋼板厚で定義される総圧下比は4以上となる。)で行い、仕上げ1パス前温度を600℃以上850℃以下とすることがよい。ここで、熱間圧延での総圧下率とは、熱間圧延開始前の鋼片の厚さと熱間圧延終了後の鋼板の厚さとの差を、熱間圧延開始前の鋼片の厚さで除した値である。仕上げ1パス前温度とは、熱間圧延の最終1パスを行う直前(具体的には、最終1パスを行う時点から5秒以内)に測定された、鋼板表面の温度である。
仕上げ1パス前温度を850℃以下とした場合、水冷で常温まで冷却された時点での組織が微細となるため、旧オーステナイトの平均粗大粒径が小さくなる。また、仕上げ1パス前温度を600℃以上とした場合、変形抵抗を小さくすることによって総圧下率75%以上の熱間圧延を容易に実施可能とすることができる。さらに、熱間圧延の総圧下率を75%以上とした際には、水冷後の組織が微細になるため、旧オーステナイトの平均粗大粒径が小さくなる。
【0015】
再加熱焼入れの際の昇温速度;
次に、B工程、すなわち、再加熱焼入れ工程について説明する。再加熱焼入れの際の加熱中の昇温速度、即ち600℃以上750℃以下の温度範囲における平均昇温速度を0.4℃/秒以上0.8℃/秒以下とすることで、旧オーステナイトの平均粗大粒径を大幅に微細化することができる。再加熱焼入れ時の600℃以上750℃以下の温度範囲における平均昇温速度が0.4℃/秒以上の場合、旧オーステナイトの平均粗大粒径が小さくなる。一方、600℃以上750℃以下の温度範囲における平均昇温速度を0.8℃/秒以下とすると、再加熱焼入れ時の加熱温度の制御が容易になる。後述するように、再加熱焼入れ時の加熱温度は、例えば800℃以上810℃以下という非常に狭い範囲内に制御することがよい。600℃以上750℃以下の温度範囲における平均昇温速度を0.8℃/秒以下とすることは、再加熱焼入れ時の加熱温度の精密制御の達成(過加熱つまりオーバーシュートの防止など)に貢献する。なお、600℃以上750℃以下の温度範囲における平均昇温速度とは、150℃(=750℃−600℃)を、鋼板温度を600℃から750℃に上昇させるために要した時間で割った値である。
【0016】
本発明者らは、昇温速度を高めるべき温度区間を明らかにするために、200℃以上焼入れ加熱温度以下の平均昇温速度を0.1℃/秒とした標準的な昇温(条件1)を行った際の旧オーステナイトの平均粗大粒径を、特定の温度範囲のみ平均昇温速度を0.6℃/秒に高め、その他の温度範囲の平均昇温速度は0.1℃/秒とした3つの条件、すなわち200℃以上600℃未満のみで平均昇温速度を0.6℃/秒とした条件2、600℃以上750℃以下のみで平均昇温速度を0.6℃/秒とした条件3、750℃超焼入れ加熱温度以下のみで平均昇温速度を0.6℃/秒とした条件4での旧オーステナイトの平均粗大粒径と比較した。その結果、表1に示すように、600℃以上750℃以下のみで平均昇温速度を0.6℃/秒として、その他の温度区間では平均昇温速度を0.1℃/秒とした条件で、著しい旧オーステナイトの平均粗大粒径の微細化がみられた。このことから、昇温速度の増大によって旧オーステナイトの平均粗大粒径の微細化をはかる場合、600℃以上750℃以下の平均昇温速度を高めることが有効である。
【0018】
上述の定義から明らかなように、旧オーステナイトの平均粗大粒径とは、旧オーステナイトの粒径分布における粗大粒に着目したパラメータである。本発明者らは、旧オーステナイトが微細化されている場合でも、粗大粒が残存している場合にその残存箇所において靭性が低下することを知見した。そのため、本実施形態に係る鋼板は、旧オーステナイトの平均粗大粒径が20μm以下、即ち粗大粒が残存しないものとされている。旧オーステナイトの平均粗大粒径が微細化すると、最終的な組織も微細化する。試験温度−196℃のシャルピー試験の吸収エネルギーで150Jを達成するために必要な、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径は20μm以下であることが必要である。1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径は、好ましくは18μm以下、16μm以下、15μm以下又は14μm以下である。1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径の下限値は特に限定されないが、例えばこれを5μm以上、7μm以上、又は8μm以上と規定してもよい。
【0019】
1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径の測定方法は以下の通りである。1/4t位置(鋼板の圧延面から鋼板の板厚tの1/4だけ離れた位置)から採取された試料の、鋼板の圧延方向及び鋼板の厚さ方向がなす面を研磨し、この面においてピクリン酸を用いて旧オーステナイト粒界を現出させる。その後、この面における任意の面積200μm
2の視野において、最も大きい旧オーステナイト粒を特定し、その円相当径を算出する。この作業を任意の10視野で繰り返し実施し、得られた10個の円相当径の単純平均値を、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径とする。
なお、鋼板の圧延方向は、一般的には鋼板の長手方向となる。しかし、鋼板の圧延方向が不明な場合には、鋼板を高温(例えば、80℃以上)の酸(例えば、塩酸など)に浸漬して、圧延による伸長組織を観察することによる方法など公知の方法により鋼板の圧延方向を把握できる。
【0020】
熱間圧延および直接焼入れ後に再加熱焼入れを施した本実施形態に係る鋼板は、1/4tの位置において、伸長した旧オーステナイト粒は殆どない。このため、1/4tの位置におけるオーステナイト粒の長径と短径の比(短径/長径)の単純平均値である旧オーステナイトの平均アスペクト比は、再加熱焼入れ処理が施されない直接焼入れによる鋼板のものより小さくなる。通常であれば、旧オーステナイトの平均アスペクト比が2.0を超えることはない。多くの場合、平均アスペクト比は、1.5以下となる。必要に応じて、平均アスペクト比を1.4以下、1.3以下又は1.2以下としてもよい。平均アスペクト比の下限は1.0である。
【0021】
1/4t位置における旧オーステナイトの平均アスペクト比の測定方法は以下の通りである。1/4t位置(鋼板の圧延面から鋼板の板厚tの1/4だけ離れた位置)から採取された試料の、圧延方向と板厚方向とがなす面を研磨し、この面においてピクリン酸を用いて旧オーステナイト粒界を現出させる。その後、この面における任意の200μm
2の視野において、各旧オーステナイト粒について長径と短径の比(短径/長径)を測定し、その比の単純平均値を1/4t位置における旧オーステナイトの平均アスペクト比とする。
【0022】
次に、以下に鋼板の化学組成に含まれる合金元素の範囲を規定する。以下、特に断りがない限り、合金元素の含有量の単位「%」は、質量%を意味する。
Cは、鋼板の強度確保のために必須の元素である。また、C含有量が不足した場合、強度低下や靭性低下を招く場合もある。そのため、C含有量を0.02%以上とする。しかし、一方でC量の増大は靱性低下を招く。そのため、C量の上限を0.12%とする。C量を0.03%以上、0.05%以上、又は0.07%以上としてもよい。C量を0.11%以下、0.10%以下、又は0.08%以下としてもよい。
【0023】
Siは、鋼板の強度確保に必須の元素であるため、その含有量を0.02%以上とする。しかし、一方で0.35%超のSiは、鋼板の靭性及び溶接性の低下等を招く。そのため、Si量の上限を0.35%とする。Si量を0.03%以上、0.05%以上、又は0.09%以上としてもよい。Si量を0.30%以下、0.25%以下、0.20%以下、0.15%以下又は0.10%以下としてもよい。
【0024】
Mnは、鋼板の強度増大に有効な元素であり、最低でも0.10%以上を含有させることが必要となる。一方、1.50%を超えてMnを含有させると、焼戻し脆化感受性が高くなって鋼板の靭性が低下する。よって、Mnの含有量を0.10%以上1.50%以下と規定する。Mn量を0.30%以上、0.40%以上、0.50%以上又は0.60%以上としてもよい。Mn量を1.20%以下、1.00%以下、0.90%以下又は0.80%以下としてもよい。
【0025】
Pは、本実施形態に係る鋼板にとって不要な元素であるので、その含有量の下限値は特に規定する必要がない。P含有量の下限値を0%としてもよい。ただし、P量を0.0010%未満とすると、精錬負荷の増大により生産性が大幅に低下する場合があり、その下限を0.0010%としてもよい。一方、P量が0.0100%を超えると焼戻し脆化により鋼板の靭性が低下する。よって、Pの含有量を0.0100%以下とする。P量を0.0090%以下、0.0080%以下、又は0.0060%以下としてもよい。
【0026】
Sは、本実施形態に係る鋼板にとって不要な元素であるので、その含有量の下限値は特に規定する必要がない。S含有量の下限値を0%としてもよい。ただし、S量を0.0001%未満とすると、精錬負荷の増大により生産性が大幅に低下する場合があり、その下限を0.0001%としてもよい。一方、S量が0.0035%を超えると、鋼板の靱性が低下する。よって、Sの含有量を0.0035%以下とする。S量を0.0005%以上、0.0010%以上、又は0.0015%以上としてもよい。S量を0.0030%以下、0.0025%以下、又は0.0020%以下としてもよい。
【0027】
Niは、鋼板の靭性および強度の確保のため、最低でも5.0%超を含有させることが必要となる。また、Ni量が10.0%超では、鋼板の製造コストが大幅に増大する。よって、Niの含有量を5.0%超10.0%以下とする。Ni量を5.5%以上、6.0%以上、又は7.0%以上としてもよい。Ni量を9.5%以下、9.0%以下、又は8.0%以下としてもよい。
なお、本実施形態において、ニッケル含有鋼板とは、Ni含有量が5.0%超10.0%以下の鋼板を意味する。
【0028】
Alは、鋼板の脱酸に有効な元素であり、最低でも0.002%以上を含有させることが必要となる。一方、0.090%を超えてAlを含有させると、鋼板の靭性が低下する。よって、Alの含有量を0.002〜0.090%とする。Al量を0.005%以上、0.010%以上、又は0.020%以上としてもよい。Al量を0.080%以下、0.070%以下、又は0.060%以下としてもよい。
【0029】
Nは、意図的に添加できるが、意図的に添加しない場合でも不純物として混入する元素である。N量の下限を特に規定する必要はなく、その下限値を0%としてもよい。ただし、N量を0.0001%未満とした場合、精錬負荷の増大によって生産性が著しく低下する。そのため、N量は0.0001%以上としてもよい。一方、N量が0.0070%を超える場合、鋼板の靭性が低下する。そのため、N量の上限は0.0070%とする。N量を0.0002%以上、0.0005%以上、又は0.0010%以上としてもよい。N量を0.0060%以下、0.0050%以下、又は0.0040%以下としてもよい。
【0030】
Oは、鋼板の成分中の酸素の総量である。Oは本実施形態に係る鋼板にとって不要な元素であるので、Oの下限については材質特性上、特に規定する必要はなく、その下限値を0%としてよい。ただし、O量を0.0001%未満とした場合、精錬負荷の増大によって生産性が著しく低下する。そのため、O量を0.0001%以上としてもよい。一方、O量が0.0030%を超える場合、鋼板の靭性が低下する。そのため、O量の上限は0.0030%とする。O量を0.0005%以上、0.0010%以上、又は0.0015%以上としてもよい。O量を0.0025%以下、0.0020%以下、又は0.0018%以下としてもよい。
【0031】
なお、本実施形態に係る鋼板では、さらに以下の元素を任意に含有してもよい。ただし、以下に挙げる元素を用いることなく、本実施形態に係る鋼板は課題を解決することができる。従って、以下に挙げる元素の下限値は0%である。
【0032】
Cuは、鋼板の強度向上効果を有する。この効果を得るためには、Cu量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cu量が2.00%を超えると、鋼板の靭性が低下するおそれがある。よって、Cuの含有量を0〜2.00%とする。Cu量を0.10%以上、0.15%以上、又は0.20%以上としてもよい。Cu量を1.50%以下、1.00%以下、0.70%以下、0.50%又は0.30%以下としてもよい。
【0033】
Crは、鋼板の焼入性を向上させ、鋼板の強度に影響を与える元素である。Crによる強度向上効果を得るためには、Cr量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr量が5.00%を超える場合、鋼板の靭性及び溶接性が低下するおそれがある。よって、Crの含有量を0〜5.00%とする。Cr量を0.10%以上、0.20%以上、又は0.25%以上としてもよい。Cr量を3.00%以下、2.00%以下、1.00%以下、0.80%以下、0.60%以下又は0.50%以下としてもよい。
【0034】
Moは、鋼板の強度確保および焼戻し脆化の軽減に有効な元素である。Moのこれら効果を得るためには、Mo量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Mo量が1.00%を超える場合、鋼板の靭性及び溶接性が低下するおそれがある。よって、Moの含有量を0〜1.00%とする。Mo量を0.05%以上、0.08%以上、0.15%以上又は0.20%以上としてもよい。Mo量を0.80%以下、0.70%以下、0.50%、0.40%以下、0.30%以下又は0.25%以下としてもよい。
【0035】
Bは、鋼板の焼入性の向上に有効で、鋼板の強度に影響を与える元素である。Bのこれら効果を得るためには、B量を0.0002%以上とすることが好ましい。一方、B含有量が0.0050%を超える場合、鋼板の靭性が低下するおそれがある。よって、Bの含有量を0〜0.0050%以下とする。B量を0.0002%以上、0.0004%以上、又は0.0005%以上としてもよい。B量を0.0030%以下、0.0020%以下、又は0.0015%以下としてもよい。
【0036】
Nbは、鋼板の強度確保に有効な元素である。Nbのこの効果を得るためには、Nb量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、Nb量が0.050%超である場合、鋼板の靱性の低下を招くおそれがある。よって、Nbの含有量を0〜0.050%とする。Nb量を0.005%以上、0.010%以上、又は0.015%以上としてもよい。Nb量を0.040%以下、0.030%以下、又は0.025%以下としてもよい。
【0037】
Tiは、鋼板の強度確保に有効な元素である。Tiのこの効果を得るためには、Ti量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、Ti量が0.050%超である場合、鋼板の靭性の低下を招くおそれがある。よって、Tiの含有量を0〜0.050%とする。Ti量を0.005%以上、0.010%以上、又は0.020%以上としてもよい。Ti量を0.040%以下、0.030%以下、又は0.025%以下としてもよい。
【0038】
Vは、鋼板の強度確保に有効な元素である。Vのこの効果を得るためには、V量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、V量が0.050%超である場合、靱性の低下を招くおそれがある。よって、Vの含有量を0〜0.050%とする。V量を0.002%以上、0.005%以上、又は0.010%以上としてもよい。V量を0.040%以下、0.030%以下、又は0.020%以下としてもよい。
【0039】
Caは、鋼板の結晶粒径に影響を与え、鋼板の強度に影響する元素である。さらに、Caは鋼板の原料となるスラブの鋳造時のノズル閉塞防止に有効な元素である。Caのこれら効果を得るためには、Ca量を0.0003%以上とすることが好ましい。一方、Ca量が0.0300%超である場合、鋼板の靭性の低下を招くおそれがある。よって、Caの含有量を0〜0.0300%とすることが好ましい。Ca量を0.0010%以上、0.0020%以上、又は0.0030%以上としてもよい。Ca量を0.0100%以下、0.0080%以下、又は0.0050%以下としてもよい。
【0040】
Mgは、鋼板の強度に影響を与え、鋼板の靱性向上に有効な元素である。Mgのこれら効果を得るためには、Mg量を0.0003%以上とすることが好ましい。一方、Mg量が0.0300%超である場合、靭性の低下を招くおそれがある。よって、Mgの含有量を0〜0.0300%とする。Mg量を0.0005%以上、0.0010%以上、又は0.0020%以上としてもよい。Mg量を0.0100%以下、0.0080%以下、又は0.0050%以下としてもよい。
【0041】
「REM」との用語は、希土類元素、即ちSc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記「REMの含有量」とは、これらの17元素の合計含有量を意味する。REMは、鋼板の強度に影響を与え、鋼板の靱性向上に有効な元素である。REMのこれら効果を得るためには、REM量を0.0003%以上とすることが好ましい。一方、REM量が0.0300%超である場合、鋼板の靭性の低下を招くおそれがある。よって、REMの含有量を0〜0.0300%とする。REM量を0.0005%以上、0.0010%以上、又は0.0020%以上としてもよい。REM量を0.0100%以下、0.0080%以下、又は0.0050%以下としてもよい。
【0042】
本実施形態に係る鋼板の化学組成の残部は鉄及び不純物である。不純物とは、例えば、鋼板および溶接材料を製造する上で、添加合金を含めた使用原料または溶製中に炉材等から溶出するものである。このような不純物も、本実施形態に係る鋼板の特性を損なわない範囲内で許容される。例えば、不純物として混入しうる、Zn、Sn、及びSb等も、それぞれ0.01%未満の混入であれば何ら本実施形態に係る鋼板の効果を損なうものではないので許容される。
【0043】
本実施形態に係る鋼板の引張強さは690MPa以上900MPa以下の範囲である。これは、例えば、低温圧力容器用ニッケル鋼鋼板としてJIS G3127:2013などで規定されている鋼板の引張強さとほぼ同じであり、造船、橋梁、建築、海洋構造物、圧力容器、タンク、及びラインパイプなどの溶接構造物一般において求められる引張強さの範囲である。
なお、本実施形態に係る鋼板の降伏点又は耐力は、520MPa以上又は590MPa以上とすることが好ましい。この上限を特に定める必要はないが、690MPa以下としてもよい。
【0044】
本実施形態に係る鋼板の板厚も特に限定されない。例えば本実施形態に係る鋼板の厚さを、上述したような溶接構造物一般において使用される鋼板の厚さ範囲である6〜100mmとしてもよい。必要に応じて、その下限を10mm又は12mmとしてもよく、その上限を80mm、60mm又は50mmとしてもよい。
【0045】
本実施形態に係る鋼板の金属組織も特に限定されない。例えば、中間熱処理(いわゆるL処理)をしない製造方法によって得られた本実施形態に係る鋼板の1/4t位置での金属組織では、残留オーステナイト量が体積%で0.1%以上5%未満となることが多い。中間熱処理をしない製造方法によって得られた本実施形態に係る鋼板の1/4t位置での金属組織における残留オーステナイト量を、体積%で0.2%以上、0.3%以上、又は0.5%以上と規定してもよい。中間熱処理をしない製造方法によって得られた本実施形態に係る鋼板の1/4t位置での金属組織における残留オーステナイト量を、体積%で4.8%以下、4.5%以下、4.2%以下、又は4%以下と規定してもよい。
一方、中間熱処理をする製造方法によって得られた本実施形態に係る鋼板の1/4t位置での金属組織では、残留オーステナイト量が体積%で5〜15%となることが多い。中間熱処理をする製造方法によって得られた本実施形態に係る鋼板の1/4t位置での金属組織における残留オーステナイト量を、体積%で6%以上、7%以上、8%以上、又は9%以上と規定してもよい。中間熱処理をする製造方法によって得られた本実施形態に係る鋼板の1/4t位置での金属組織における残留オーステナイト量を、体積%で14%以下、13%以下、12%以下、又は10%以下と規定してもよい。
いずれの場合も、鋼板の1/4t位置での金属組織の残部は、主に焼戻しマルテンサイトを主体とする組織となる。残留オーステナイト量が多いほど、低温靭性を高めることができる。ただし、中間熱処理を省略することによって鋼板の1/4t位置での残留オーステナイト量が体積%で5%未満になったとしても、本実施形態に係る鋼板は、その旧オーステナイトの平均粗大粒径が好ましく制御されているので優れた低温靭性を確保することができる。製造コストを考慮すると、中間熱処理を省略することにより鋼板の1/4t位置での残留オーステナイトを体積%で0〜5%未満とすることが好ましい。
【0046】
鋼板の残留オーステナイトの体積分率(体積%)の測定は、以下の手順で行う。鋼板の1/4t位置から試験片を採取し、研削および研磨などにより、試験片表面を鋼板の1/4t位置となるように加工する。その後、X線回折によりαの(200)、(211)面、γの(200)、(220)、(311)面の回折強度を求め、この回折強度に基づいて残留オーステナイトの体積分率を求める。
【0047】
次に本実施形態に係る鋼板を確実に製造できる製造方法の好ましい一例について記載する。
鋼板は、連続鋳造で製造されたスラブを前記の方法で熱間圧延する方法で製造されるが、前記以外に、例えば、一般的にマルテンサイトやベイナイトを主体とする組織を微細化するために実施する下記の条件を適用することがよい。
−熱間圧延前の鋼片加熱温度:1050〜1250℃
−熱間圧延での総圧下率:上述の通り、75%以上
−制御圧延(CR)開始温度:850℃以下
−制御圧延における総圧下率(CR率):60%以上
−仕上げ1パス前温度:上述の通り、600〜850℃
−熱間圧延後の水冷開始温度:580℃以上
−平均水冷速度:3.0℃/秒以上
−水冷終了温度:150℃以下
ここで、制御圧延とは、比較的低温において高圧下率の圧延をすることによって鋼板に歪みを導入する圧延である。本実施形態に係る鋼板の製造方法では便宜上、850℃以下で行われる圧延を制御圧延と定義する。従って本実施形態において、「制御圧延における総圧下率」とは、「850℃以下での累積圧下率」と同じ意味である。制御圧延(CR)が行われる温度はより低い方が好ましい。このため、850℃超での圧延終了後に(圧延を一旦中断して)スラブを空冷し、スラブの温度低下後に、制御圧延を行うことがより好ましい。この場合の制御圧延開始の温度(ただし、その定義からもその温度は850℃以下である。)を、制御圧延開始温度(CR開始温度)という。
制御圧延における総圧下率とは、制御圧延開始前のスラブの厚さと制御圧延終了後の鋼板の厚さとの差を、制御圧延開始前のスラブの厚さで除した値である。
熱間圧延後の水冷開始温度とは、熱間圧延終了後に熱延鋼板に冷却水などの冷媒を噴射し始めた際の、鋼板表面の温度である。
水冷終了温度とは、熱延鋼板への冷媒の噴射を終了した際の、鋼板表面の温度である。
平均水冷速度とは、水冷開始温度と水冷終了温度との差を、冷媒噴射時間で除した値である。
【0048】
熱間圧延・直接焼入れ工程(A工程)において、スラブの加熱温度が1250℃以下である場合、オーステナイトの粒成長を抑制し、これにより変態後のマルテンサイトを主体とする組織を微細化することすることができる。スラブの加熱温度が1050℃以上である場合、熱間圧延における圧延抵抗を小さくすることができる。従って、熱間圧延前のスラブ加熱温度は、1050℃以上1250℃以下とする。
【0049】
熱間圧延は、上述のように、総圧下率75%以上で行い、仕上げ1パス前温度を600℃以上850℃以下とする。また、熱間圧延の総パスのうち、850℃以下で圧延を実施するパスにおける総圧下率、即ち制御圧延における総圧下率も、別途60%以上とする。850℃以下の低温において高い圧下率での圧延を行うことにより、その後の再加熱焼入れ時の加熱の際に、微細なオーステナイト粒を得ることができる。
【0050】
熱間圧延後の水冷(直接焼入れ)では、水冷開始温度を580℃以上とする。水冷を580℃以上の高温から開始することによって、微細な焼入れ組織を得ることができる。また、水冷時の平均冷却速度は3.0℃/秒以上とする。これにより、微細な焼入れ組織を得ることができる。なお、鋼板の特性に観点からは水冷速度の上限を設ける必要はないが、水冷時の平均冷却速度を100℃/秒以下とすることで設備コストを安価に保つことができる。従って、水冷時の平均冷却速度は100℃/秒以下とすることが好ましい。直接焼入れを行うために、水冷停止温度は150℃以下とする。
【0051】
熱間圧延・直接焼入れ工程後、即ちA工程後は、再加熱焼入れ工程であるB工程を行う。再加熱焼入れ時の600℃以上750℃以下の平均昇温速度は、上述のように、0.4℃/秒以上0.8℃/秒以下とする。この他、再加熱焼入れ時の加熱温度が800℃以上である場合、未変態組織の残存を防止して、鋼板の靭性を高めることができる。再加熱焼入れ時の加熱温度が810℃以下である場合、再加熱焼入れ加熱時の旧オーステナイトを微細化して靭性を向上させることができる。よって、再加熱焼入れ時の加熱温度を800℃以上810℃以下とする。なお、再加熱焼入れ加熱時の加熱温度とは、再加熱焼入れの際の鋼板の保持温度である。後述する再加熱焼入れ加熱時の保持時間とは、鋼板温度が、800〜810℃の範囲内にあった時間を意味する。
【0052】
再加熱焼入れ加熱時の保持時間が5分以上である場合、鋼板の材質が均一化される。再加熱焼入れ加熱時の保持時間が100分以下である場合、組織を微細化して靭性を向上させることができる。よって、再加熱焼入れ加熱時の保持時間を例えば5分以上100分以下としてもよい。
上述の焼入れ工程では、熱処理炉を用いて熱処理をすることが必要であると考えられる。通常の浅い加熱焼入れ工程では、製造効率の向上を目的として、迅速な昇温が可能な高周波加熱装置等を用いて焼入れを実施する場合がある。しかし、このような加熱手段によれば、上述した600〜610℃という極めて狭い温度範囲内に鋼板温度を制御することが困難である。特に、この温度範囲内で鋼板温度を5分以上保持することが困難である。従って、鋼板の焼入れ温度を狭い範囲内に制御することが容易な炉加熱をすることが望ましい。これは、本実施形態に係る鋼板の製造方法における他の熱処理においても同様である。
【0053】
なお、必要に応じて、再加熱焼入れと焼戻しとの間に、中間熱処理を行うことができる。中間熱処理の加熱温度が660℃以上である場合、鋼板の靭性を向上させることができる。中間熱処理の加熱温度が700℃以下である場合、中間熱処理のための加熱時の旧オーステナイト安定化による靭性改善効果を確保することができる。以上のことから、中間熱処理の加熱温度は660℃以上700℃以下とする。ただし、本実施形態に係る鋼板の製造方法では、中間熱処理を実施することなく良好な低温靭性を鋼板に付与することができる。
【0054】
中間熱処理の保持時間が5分以上である場合、逆変態を進展させることにより、焼入れ加熱時に旧オーステナイトを安定化して、靭性改善効果を得ることができる。中間熱処理の保持時間が30分以下である場合、再加熱焼入れの加熱時の旧オーステナイトを安定化して、鋼板の靭性を高めることができる。以上のことから、中間熱処理の保持時間を5分以上30分以下とする。なお中間熱処理の加熱温度とは、中間熱処理の際の熱延鋼板の保持温度である。中間熱処理の保持時間とは、鋼板温度が660〜700℃の範囲内にあった時間を意味する。
【0055】
焼戻し工程であるC工程において、焼戻し温度が570℃以上である場合、焼戻し脆化による靭性低下を防止することができる。焼戻し温度が590℃以下である場合、鋼板の靭性を高めることができる。以上のことから、焼戻しは570℃以上590℃以下で実施することがよい。また、焼戻しの保持時間が5分以上である場合、靭性を高めることができる。焼戻しの保持時間が30分以下である場合、生産性を高めることができる。以上のことから、焼戻しの保持時間を5分以上30分以下とすることがよい。なお焼戻しの加熱温度とは、焼戻しの際の熱延鋼板の保持温度である。焼戻しの保持時間とは、鋼板温度が570〜590℃の範囲内にあった時間を意味する。
【実施例】
【0056】
種々の化学組成、製造条件で製造した板厚18mm、又は43mmの鋼板について、引張試験およびシャルピー衝撃試験を実施した。鋼板の化学組成、熱間圧延・直接焼入れ条件、板厚、熱処理条件、旧オーステナイトの平均粗大粒径、残留オーステナイトの量(残留γ量)、旧オーステナイトの平均アスペクト比(平均アスペクト比)、機械的特性の評価結果を表2−1〜表5−2に示す。中間熱処理における保持時間は、板厚18mmでは20分、板厚43mmでは40分とした。全ての熱処理は、熱処理炉を用いて実施した。発明範囲外となった鋼板の化学組成、及び旧オーステナイトの平均粗大粒径には下線を付した。また、合否基準に満たなかった機械的特性値にも下線を付した。なお、表には残留オーステナイト量を記載したが、全ての実施例及び比較例の金属組織の残部は、ほぼ全て焼戻しマルテンサイトであった。旧オーステナイトの平均粗大粒径、残留オーステナイトの量、及び旧オーステナイトの平均アスペクト比は、上述した手段に従って測定した。
【0057】
引張試験はJIS Z 2241:2011に記載の金属材料引張試験方法に基づいて行った。鋼板厚さが20mm超の場合4号試験片とし、試験片は、板厚の1/4だけ鋼板表面から内部に入った部位において、試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるように採取した。鋼板厚さが20mm以下の場合JIS5号試験片とし、試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるように採取した。常温で2本の試験を行い、引張強さの平均値が690MPa以上900MPa以下を合格とした。
【0058】
シャルピー衝撃試験は、予め6%のひずみを常温で付与した後、200℃で1hrの熱処理を行った鋼板から、JIS Z2242:2018のVノッチ試験片を、板厚の1/4だけ鋼板表面から内部に入った部位において、試験片の長手方向が圧延方向と垂直になるように、またノッチの前縁を結ぶ線が板厚方向に平行になるように採取した。予歪方向は、L方向(鋼板の圧延方向)とした。試験温度−196℃で3本の試験を行い、3本の平均値が150J以上を合格とした。
【0059】
【表2-1】
【0060】
【表2-2】
【0061】
【表3-1】
【0062】
【表3-2】
【0063】
【表4-1】
【0064】
【表4-2】
【0065】
【表5-1】
【0066】
【表5-2】
【0067】
実施例1〜33に示すように、本発明に規定した成分を有し、好ましい製造方法で製造された鋼板は、優れた引張強さおよび靭性を有した。以上の実施例から、本発明の範囲内である実施例1〜33の鋼板は、引張強さおよび靭性に優れた鋼板鋼材であることは明白である。
【0068】
一方、本発明の特徴を満たさない比較例は、引張強さ及び靭性の一方又は両方が劣った。
比較例1では、過剰量のCが鋼板の靭性低下を招いたので、低温靭性が不足した。
比較例2では、鋼板の強度確保のために必須の元素であるC含有量が不足したので、必要な引張強さを達成できなかった。また、比較例2では低温靭性も損なわれた。
比較例3では、過剰量のSiが鋼板の靭性低下を招いたので、低温靭性が不足した。
比較例4では、鋼板の強度確保のために必須の元素であるSi含有量が不足したので、必要な引張強さを達成できなかった。
比較例5では、過剰量のMnが含まれていたので、焼戻し脆化感受性が高くなって鋼板の靭性が低下した。
比較例6では、鋼板の強度増大に有効な元素であるMn含有量が不足したので、必要な引張強さを達成できなかった。
比較例7では、過剰量のPが含まれていたので、焼戻し脆化により鋼板の靭性が低下した。
比較例8及び比較例27では、S量が過剰であったので、鋼板の靭性が低下した。
比較例9及び比較例30では、鋼板の靭性確保のために必須であるNiが不足したので、鋼板の靭性が低下した。また、比較例9では引張強さも不足した。
比較例10では、過剰量のAlが含まれていたので、鋼板の靭性が低下した。
比較例11及び比較例29では、過剰量のNが含まれていたので、鋼板の靭性が低下した。
比較例12及び比較例28では、過剰量のOが含まれていたので、鋼板の靭性が低下した。
比較例13では、オーステナイトの粒成長を抑制することができなかったので、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きすぎて靭性が損なわれた。これは、熱間圧延前の鋼片加熱温度が高かったからであると推定される。
比較例14及び比較例15では、再加熱焼入れの加熱時のオーステナイト粒径が粗大になり、その結果1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きくなり、靭性が損なわれた。これは制御圧延(CR)開始温度が高かったからであると推定される。また、比較例15では仕上げ1パス前温度が高く、このことも旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きくなった原因になったと考えられる。
比較例16及び比較例25では、再加熱焼入れの加熱時のオーステナイト粒径が粗大になり、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きくなり、靭性が損なわれた。これは、熱間圧延での総圧下率が低かったからであると推定される。
比較例17、比較例18、及び比較例24では、1/4t位置における旧オーステナイトの粗大部粒径が大きすぎて靭性が損なわれた。これは、再加熱焼入れ時の、600℃以上750℃以下での平均昇温速度が低かったからであると推定される。
比較例19では、旧オーステナイトを微細化させることができず、靭性を向上させることができなかった。これは、再加熱焼入れ時の加熱温度が高かったからであると推定される。
比較例20では、過剰量のPが含まれていたので、靭性を向上させることができなかった。
比較例21では、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きすぎて靭性が損なわれた。これは、再加熱焼入れ時の、600℃以上750℃以下での平均昇温速度が低く、且つ焼戻し時の加熱温度が高かったからであると推定される。
比較例22では、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きすぎ、また焼戻し脆化が生じることにより、低温靭性が損なわれた。これは、再加熱焼入れ時の、600℃以上750℃以下での平均昇温速度が低く、且つ焼戻し時の加熱温度が低かったからであると推定される。
比較例23では、水冷で常温まで冷却された時点での組織を微細とすることができず、旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きくなり、低温靭性が損なわれた。これは、仕上げ1パス前温度が高かったからであると推定される。
比較例26は、過剰量のP及びSが含まれていたので、焼戻し脆化等により鋼板の靭性が低下した。
比較例31では、再加熱焼入れの加熱時のオーステナイト粒径が粗大になり、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きくなり、低温靭性が損なわれた。これは、熱間圧延後直接焼入れ時の平均水冷速度が不足したからであると推定される。
比較例32では、再加熱焼入れの加熱時のオーステナイト粒径が粗大になり、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径を微細化することができず、靭性低下も生じた。これは、制御圧延における総圧下率が不足し、且つ焼戻し時の加熱温度が不足したからであると推定される。
比較例33では、組織を微細化することができず、1/4t位置における旧オーステナイトの平均粗大粒径が大きくなり、靭性低下が生じた。これは、熱間圧延後直接焼入れ時の水冷終了温度が高すぎたからであると推定される。
【0069】
図1に、横軸を旧オーステナイトの平均粗大粒径とし、縦軸を低温靭性としたグラフを示す。
図1のグラフには、上述の実施例1〜33及び比較例1〜33のうち、化学組成が発明範囲内であるものをプロットした。
図1のグラフによれば、旧オーステナイトの平均粗大粒径が20μm以下である実施例の−196℃でのシャルピー吸収エネルギーが150J以上になること、及び平均粗大粒径が小さいほど−196℃でのシャルピー吸収エネルギーが大きくなる傾向があることがわかる。
【0070】
図2に、横軸を再加熱焼入れ時の600℃以上750℃以下の温度範囲での平均昇温速度とし、縦軸を旧オーステナイトの平均粗大粒径としたグラフを示す。
図2のグラフには、上述の実施例1〜33及び比較例1〜33のうち、化学組成が発明範囲内であり、且つ、再加熱焼入れ時の平均昇温速度以外の製造条件が好ましく制御されたものをプロットした。
図2のグラフによれば、平均昇温速度が0.4℃/秒以上0.8℃以下とされた実施例では、旧オーステナイトの平均粗大粒径が20μm以下に制御されていることがわかる。
本発明の一態様に係るニッケル含有鋼板は、化学組成が所定範囲内であり、鋼板の1/4t位置における前記鋼板の圧延方向及び前記鋼板の厚さ方向がなす面において測定される、面積200μm
の10視野それぞれにおける旧オーステナイト粒の円相当径の最大値の単純平均値として定義される、旧オーステナイトの平均粗大粒径が20μm以下であり、引張強さが690〜900MPaである。