【実施例1】
【0012】
<1>防護柵の概要
図1を参照して説明すると、防護柵は落石、崩落土砂等に適用可能な防護柵であり、斜面または山裾に所定の間隔を隔てて立設した複数の支柱10(端末支柱10A、中間支柱10B)と、これらの支柱10間に横架した防護ネット20と、各支柱10の上部で防護ネット20の上辺より高い延出部11に設置した張力制御装置30と、各張力制御装置30と各支柱10の両側に位置する防護ネット20の上辺との間に跨って配索したロープ要素であるステーロープ40とからなる。
【0013】
<2>支柱
本例では各支柱10A,10Bの上部に防護ネット20の有効高さより高い延出部11を形成し、この延出部11に張力制御装置30を設けた形態について説明する。
延出部11の全長は支柱10のスパンに応じて適宜選択する。
【0014】
各支柱10は、例えば、鋼管、コンクリート充填鋼管、コンクリート柱、H鋼等の公知の支柱を適用できる。
各支柱10の立設手段は、地山への建込み式、基礎コンクリートへの埋設式、支柱下端に設けた支圧板を介して接地する非建込み式の何れでもよい。
更に、支柱10はヒンジ機構等を介して傾倒可能に構成してもよい。
また各支柱10の上部と山側アンカーとの間に支柱控えロープを張設してもよい。
【0015】
<3>防護ネット
防護ネット20は3本以上の支柱10間に亘って横架したネット状物である。
防護ネット20は、例えば特開2015−20086号公報に記載のネットを使用できる。
図2を参照して説明すると、この防護ネット20は、ロープ材21で構成する複数の連続輪要素22と、複数の連続輪要素22を形成するための複数の閉鎖用緩衝具23と、上下に隣り合う連続輪要素22の間を連結するための複数の連結用緩衝具24とを具備している。
各緩衝具23,24は2本のロープ材21を把持可能な摩擦摺動式のものであればよく、受撃時に各緩衝具23,24がロープ材21の摺動を許容して各単体輪が拡縮することでロープ材21の引張力を減衰する。
【0016】
防護ネット20は図示した形態に限定されず、例えば複数のロープ材を縦横方向、斜め方向に配置したロープ製ネット(ロープ材の交点に緩衝装置を取り付けたネットを含む)、複数のリング単体を内接させて連鎖させたリングネット、菱形金網、高強度金網、繊維製ネット、繊維製ネット等の一種、又はこれらの複数種を組み合せたものを適用できる。
【0017】
また本例ではスパン単位で防護ネット20を設ける形態について説明するが、防護ネット20は複数スパンに亘る全長を有するものでもよい。
【0018】
<4>張力制御装置
図3,4に例示した張力制御装置30について説明する。
張力制御装置30は、基板31と、基板31の周縁に内側に向けて湾曲した固定式の周壁32と、周壁32の内側に可動可能に配設した従動拘束機構50からなり、従動拘束機構50に配索したステーロープ40に生じる引張力を制御しながら受撃スパンから隣接スパンへ向けて連鎖的に伝達する。
図4では基板31と対向して基板31と同形の蓋材35を配置した形態について示すが、蓋材35は省略してもよい。
【0019】
<4.1>基板
基板31は周壁32を支えるための平板である。
基板31と蓋材35の中央部付近には、中央索輪51の運動方向を縦方向のみに規制するガイド手段であるガイド孔34が縦向きに形成してある。
取付ボルト等を介して基板31が各支柱10(端末支柱10Aおよび中間支柱10B)の延出部11に取り付けてある。
【0020】
<4.2>周壁
周壁32は基板31の周縁に起立して設けてあり、その内側に湾曲した制動面32aを形成している。
周壁32の制動面32aは少なくとも基板31の上半に形成してあればよい。
本例では制動面32aを円弧(曲率半径が一定の湾曲面)に形成した形態について説明するが、制動面32aは円弧に限定されず、要は一対の揺動リンク55a,55bの開角方向に沿って制動面32aの曲率半径が徐々に減少するように湾曲して形成してあればよい。
【0021】
なお、周壁32の左右両側には開口33を有していて、開口33を通じて張力制御装置30の内部の従動拘束機構50へステーロープ40を配索できるようになっている。
【0022】
<5>ステーロープの従動拘束機構
従動拘束機構50はステーロープ40にはたらく引張力を利用してステーロープ40を摺動可能に拘束するためのリンク機構である。
【0023】
本例で例示した従動拘束機構50について説明すると、従動拘束機構50は、V字形に配置し、下端部を揺動自在に枢支した左右一対の揺動リンク55a,55bと、各揺動リンク55a,55bの下端枢支部に軸支した中央索輪51と、各揺動リンク55a,55bの上端部に軸支した揺動索輪53a,53bを有している。
これら複数の索輪51,53a,53bには空転式のシーブを適用できる。
中央索輪51は左右の揺動索輪53a,53bの中間位置で、揺動索輪53a,53bよりも低い位置に位置する。
【0024】
<5.1>揺動リンク
一対の揺動リンク55a,55bは中央索輪51の押上力を揺動索輪53a,53bへ伝達するための同一長のリンク部材であり、その下端部を水平の支軸52が枢支している。
支軸52の端部がガイド孔34に係合していて、支軸52の上下運動に連動して揺動リンク55a,55bが支軸52を中心に左右方向に揺動する。
【0025】
<5.2>中央索輪
揺動リンク55a,55bの下端部の支軸52には中央索輪51が軸支してある。
本例では中央索輪51が左右方向への移動を規制し、上下方向へ向けた移動のみを許容する形態について説明する。
【0026】
<5.3>揺動索輪
各揺動リンク55a,55bの上端部には支軸54を介して揺動索輪53a,53bが軸支してある。各揺動索輪53a,53bは周壁32の制動面32aとの間にステーロープ40を挟み込んで摺動可能に拘束することが可能である。
ステーロープ40の引張力が増大すると、一対の揺動リンク55a,55bが開角方向へ向けて揺動するように構成してある。
【0027】
<5.4>索輪の周溝とロープ径の関係
揺動索輪53a,53bの周溝の深さはステーロープ40のロープ径より小さい。
これは各揺動索輪53a,53bの周溝に巻き掛けたステーロープ40を周壁32の制動面32aに押し付けたときに、揺動索輪53a,53bの外周面が制動面32aに当たらないようにするためである。
【0028】
<5.5>揺動リンクの揺動半径と制動面の半径との寸法関係
図3を参照して揺動リンク55a,55bの揺動半径と周壁32の制動面32aの半径の寸法関係を説明する。
揺動リンク55a,55bの下端枢支部の中心、すなわち中央索輪51の中心P
1が制動面32aの中心P
2より下方に位置するように、各揺動リンク55a,55bの全長と円弧状を呈する制動面32aの半径とが関係付けられている。
換言すると、揺動リンク55a,55bの下端枢支部である中央索輪51の中心P
1から揺動索輪53a(53b)までの距離(揺動リンク55a,55bの揺動半径)は、制動面32aの中心P
2から制動面32aまでの距離(制動面32aの半径)より大きい寸法関係になっている。
これは、張力制御装置30により従動拘束機構50に係留したステーロープ40の張力を制御するためである。
両中心P
1,P
2の鉛直方向の差を適宜選択することで、張力制御装置30によるステーロープ40の引張力の制御効果を調整できる。
【0029】
したがって、揺動リンク55a,55bが開角方向に揺動するときに、その開角角度に応じて、制動面32aと各揺動索輪53a,53bとの周面間に位置するステーロープ40の拘束力(締付力)が増大する。
ステーロープ40の拘束力は、従動拘束機構50に係留したステーロープ40の発生張力の大きさに応じて変化し、揺動リンク55a,55bの開角角度(揺動距離)に比例して増大する。
【0030】
<6>ステーロープ
ロープ要素であるステーロープ40は、受撃時に防護柵の全長に亘って荷重を伝達するためのロープ材である。
【0031】
<6.1>防護柵におけるステーロープの配索構造
図1に示すように、ステーロープ40は各支柱10の延出部11に設けた張力制御装置30と、各支柱10の両側に位置する防護ネット20の上辺間と、端末支柱10Aと側方アンカー45との間に亘って連続して配索したロープ材である。
本例では、ステーロープ40が、各張力制御装置30と防護ネット20の上辺との間に斜めに配索した吊部41と、防護ネット20の上辺と平行に配索した水平部42と、端末支柱10Aと側方アンカー45との間に配設した控えロープ部43とを有する形態について説明する。
水平部42は防護ネット20の上辺ロープで代用することも可能である。
ステーロープ40は1本ものの連続ロープに限定されるものではなく、複数本のロープ材で構成してもよい。
要はステーロープ40が受撃スパンに作用した衝撃力を順次端末支柱10Aへ向けて連鎖的に伝達できるように配索してあればよい。
【0032】
<6.2>従動拘束機構におけるステーロープの配索構造
図3を参照して従動拘束機構50に対するステーロープ40の配索構造について説明する。
ステーロープ40は高低差のある一方の揺動索輪53a、中央索輪51、他方の揺動索輪53bの順に掛け渡してM字形に配索してある。
張力制御装置30の外部の斜下方向に延出したステーロープ40の両端は、支柱10A(10B)の両側の防護ネット20の上辺に連結している。
【0033】
[防護柵の受撃特性]
つぎに防護柵の受撃特性について説明する。
【0034】
<1>受撃前における張力制御装置
図5(A)は受撃前における張力制御装置30のモデル図を示している。
従動拘束機構50を構成する3つの索輪53a,51,53bにM字形に配索したステーロープ40の左右の吊部41,41は、張力制御装置30から外部へ延出していて、隣り合うスパンの防護ネットの上辺にそれぞれ連結してある。
受撃前において、左右の吊部41,41には、支柱の両側に位置する防護ネット20の自重(死荷重)に見合った均等な引張力T
1,T
2が作用している。
従動拘束機構50に係留したステーロープ40に互いに逆向きの引張力T
1,T
2が作用することで、従動拘束機構50に係留したステーロープ40が揺動索輪53a,53bと制動面32aとの周面で拘束されている。
受撃前においては、ステーロープ40に発生する引張力T
1,T
2と従動拘束機構50によるステーロープ40の拘束力との均衡が保たれるため、張力制御装置30は減衰機能を発揮しない。
【0035】
<2>受撃時における張力制御装置
図5(B)を参照して受撃時における張力制御装置30の作動について説明する。
図5(B)は受撃スパンの両側の中間支柱10B(または端末支柱10A)のうち、斜面上方から見て左側の中間支柱10Bに設けた張力制御装置30を示している。
【0036】
受撃スパンに連結したステーロープ40の右方の吊部41の引張力T
3が増加すると、隣接スパンに連結した左方の吊部41の引張力T
4との間に張力差(T
3>T
4)を生じる。
左右の吊部41,41の引張力T
3,T
4に張力差が生じることで、以下に詳述するように張力制御装置30が減衰機能を発揮し、右方の吊部41の引張力T
3,が減衰されて左方の吊部41へ伝達される。
【0037】
<2.1>ロープの拘束
張力制御装置30では、右方の吊部41に作用した引張力がそのまま左方の吊部41へ伝達するのではなく減衰して伝達する。
引張力の減衰作用について詳しく説明する。
右方の吊部41の引張力T
3が、従動拘束機構50に係留したステーロープ40へ伝達すると、中央索輪51が真上に持ち上がり、これに伴い一対の揺動リンク55a,55bが開角方向に揺動する。
一対の揺動リンク55a,55bが開角方向に揺動することで、揺動索輪53a,53bと制動面32aとの周面間に位置するステーロープ40の拘束力(締付力)が徐々増大し、制動面32aとステーロープ40間の抵抗摩擦も増大する。
【0038】
特に、ステーロープ40の拘束力は、湾曲した制動面32aに対して半径方向に位置する揺動リンク55a,55bを通じて作用するので、各揺動リンク55a,55bの軸力を最大限に活かして、ステーロープ40を拘束できる。
なお、ステーロープ40の拘束中、揺動リンク55a,55bには曲げ力が生じない。
【0039】
<2.2>ステーロープの摺動
一対の揺動リンク55a,55bが揺動する際、ステーロープ40の外周面と制動面32aとの間で摺動摩擦を生じ、この摺動抵抗によりステーロープ40の引張力(衝撃力)を減衰する。
【0040】
ステーロープ40が摺動する際に、揺動索輪53a,53bが回転するため、ステーロープ40の破断強度の限界近くまで強く押し潰してもステーロープ40が摺動不能に陥ることがない。
【0041】
<2.3>従来の緩衝装置との相違点
従来の摩擦摺動式の緩衝装置では、ロープ要素の張力がある一定値に達すると摺動を開始し、摺動中におけるロープ要素の拘束力は一定である。
ロープ要素の引張力は摺動開始時が最大値を示し、その直後に引張力が減少し、しばらく引張力が上下しながら減少していく。
ロープ要素が支柱頂部に連結してある場合は、受撃直後にロープ要素の最大引張力が支柱頂部に瞬間的に伝わるため、支柱頂部が破壊する危険がある。
【0042】
これに対し、本発明の張力制御装置30では、ステーロープ40の左右の吊部41,41に小さな張力差が生じるだけで摺動を開始し、摺動中におけるステーロープ40の拘束力はステーロープ40の発生張力の大きさに応じて変化する。
すなわち、従動拘束機構50に係留したステーロープ40を通じて右方の吊部41から左方の吊部41へ張力を伝達するに際し、最初は小さな張力として伝え、最大張力に達するまでに緩やかに漸増した張力を伝えるので、受撃スパンのダメージを軽減できる。
この受撃スパンの支柱10B(10A)に設けた張力制御装置30による引張力の減衰中に引張力の一部が隣接スパンへ伝達されるので、受撃スパンにおける支柱10B(10A)の荷重負担が軽減されて、支柱10B(10A)の頂部が破壊される危険がない。
【0043】
さらに従来の緩衝装置では複数の締付ボルトの締付力を管理する必要があるうえに、緩衝性能の異なる複数種類の緩衝装置を使い分けする必要があったが、本発明の張力制御装置30ではステーロープ40の拘束力の管理や張力制御装置30の使い分けが一切不要である。
【0044】
<2.4>ステーロープの張力差
従動拘束機構50に係留したステーロープ40の左右の吊部41,41の張力差は、一定ではなく、受撃スパンに生じる引張力の大きさに応じて変化する。
すなわち、張力制御装置30では、小さい張力に対しては小さい張力差が発生し、大きい張力に対しては大きい張力差が発生する。
【0045】
<2.5>張力制御装置の減衰性能
受撃時において、左右の吊部41,41に張力差(T
3−T
4)を生じ、この左右の吊部41,41の張力差分の引張力が減衰されたことになる。
このように張力制御装置30は、ステーロープ40の発生引張力の大きさに応じてステーロープ40の拘束力が変化する構造であるため、減衰性能を任意に制御できる。
一対の揺動リンク55a,55bのリンク長、制動面32aの曲率及び制動面32aの中心と中央索輪51の支軸52との鉛直方向へ向けた偏心距離等を調整することで、張力制御装置30の減衰性能を選択できる。
【0046】
<2.6>ステーロープの損傷について
ステーロープ40が摺動する際に、揺動索輪53a,53bが回転する。
そのため、揺動索輪53a,53bに係留したステーロープ40は制動面32aとの周面間では摺動を生じるが、揺動索輪53a,53bとの周面の間では摺動を生じない。
したがって、引張力の減衰作動中にステーロープ40の損傷を軽減できて、ステーロープ40の大きいスライド長にも対応が可能である。
【0047】
<3>ステーロープを通じた引張力の伝達
図1において、受撃スパンでステーロープ40の引張力を張力制御装置30で減衰し、減衰された引張力を隣接スパンのステーロープ40へ伝達する。
隣接スパンにおいても、同様に張力制御装置30が張力を減衰しつつ、さらに外方に隣り合うスパンのステーロープ40へ伝達する。
落石等の衝撃力が大きい場合は、ステーロープ40を通じ端末支柱10Aへ向けて減衰しながら連鎖的に伝達する。
【0048】
<4>支柱の負担荷重
受撃スパンの両側に減衰機能を具備した張力制御装置30,30が設置してあるので、受撃スパンの両側に位置する中間支柱10Bの荷重負担が小さくなる。
各隣接スパンにおいても、連鎖的に引張力を伝達する過程において、ステーロープ40に生じる引張力が減衰されて徐々に小さくなるので、張力制御装置30を取り付けた各支柱(中間支柱10B、端末支柱10A)の荷重負担が小さくなる。
そのため、要求される各支柱(中間支柱10Bまたは端末支柱10A)の断面性能を小さくできる。
ステーロープ40の控えロープ部43を側方アンカー45に接続した場合は、要求される側方アンカー45のアンカー耐力も小さくできる。
したがって、防護柵のコストを大幅に削減できる。
【0049】
<5>減衰機能の持続性
従来の緩衝装置では、ロープ要素が一度摺動して減衰機能を発揮すると交換する必要がある。
これに対して本発明の張力制御装置30では、減衰機能を発揮した後も何度でも同じ減衰性能を発揮できる。
【0050】
<6>ステーロープによる阻止面の高さ方向の変形抑制
ステーロープ40の吊部41が防護ネット20の上辺を吊り上げている。
そのため、防護ネット20が谷側へ張出変形する際に、防護ネット20の阻止面が高さ方向に縮小しようとしても、ステーロープ40の吊部41が阻止面の高さ方向の変形(阻止面の有効高さの減少)を効果的に抑制する。