【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度独立行政法人科学技術振興機構研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明のインジケータ及び滅菌容器の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0012】
(1)インジケータ
本発明のインジケータは、気体や液体中の一定以上の反応性を有する特定の活性酸素を、選択的に検知することができる。すなわち、活性酸素のなかでも反応性の低いオゾンには反応せずに、反応性の高いヒドロキシルラジカルなどの特定の活性酸素を選択的に検知することができる。言い換えれば、本発明のインジケータが選択的に検知する特定の活性酸素とは、代表的には、ヒドロキシルラジカル、ヒドロペルオキシド、過酸化水素、スーパーオキシド、一重項酸素等を含み、少なくともオゾンを含まないものである。
【0013】
前記インジケータの検知可能な特定の活性酸素の濃度域は、数十%の高濃度からppmオーダーの極低濃度まで、非常に広い。例えば、本発明のインジケータを用いることにより、空気中等に含まれる特定の活性酸素を選択的に検知することが可能である。
【0014】
本発明のインジケータは、少なくとも、支持体と、支持体上に形成された検知層とを有する。インジケータを構成する検知層は、メチレンブルーと水溶性高分子とを含む。
【0015】
前記検知層を構成するメチレンブルーと水溶性高分子との組成比は特には限定されないが、活性酸素の検知判断時に行われる目視観察などの分析方法が容易である組成比が好ましい。
【0016】
前記水溶性高分子としては、メチレンブルー水溶液を包接し、特定の活性酸素が透過することができる薄膜を形成できる水溶性高分子であればいかなる水溶性高分子を用いることができるが、具体的には多糖類が好ましい。前記多糖類としては、寒天(アガロース)、ペクチン、グアーガム、カラギーナン、キサンタンガム、タマリンドガム、プルラン、ローカストビーンガム、タラガム、デンプン、デキストリン、デキストラン、グルコマンナン等及びこれらの誘導体を挙げることができ、これらを単独で、または複数を組み合わせて用いてもよい。
【0017】
前記多糖類のうち、好ましくは、下記式(1)で表される構造を有するプルラン(pullulan)が用いられる。
【0018】
【化1】
上記式(1)中、nは任意の整数である。
【0019】
インジケータによる活性酸素の検知の有無の判断には、検知層を構成しているメチレンブルーの色の変化を利用している。特定の活性酸素を検知する前の検知層は、メチレンブルーによる青色を呈している。ここで、インジケータを構成している検知層の表面に特定の活性酸素が吸着すると、メチレンブルーと特定の活性酸素とが反応し、メチレンブルーは分解する。すなわち、検知層の青色が薄くなり、最終的に、検知層は透明になる。メチレンブルーと特定の活性酸素との反応によりメチレンブルーが分解することから、検知層はメチレンブルーと特定の活性酸素との反応量に応じた色消失を示す。このように、本発明のインジケータによる特定の活性酸素の検知の有無は、検知層の色の変化に基づいて判断する。
【0020】
本来、下記式(2)で表されるメチレンブルーは、オゾンを含む活性酸素種全般に対して、反応性を有する。一方、本発明のインジケータは、活性酸素のなかでも、オゾンをほとんど検知せずに、反応性の高いヒドロキシルラジカル(OH
*)などの特定の活性酸素を選択的に検知する。なお、本発明のインジケータが特定の活性酸素を選択的に検知する理由について、完全には明らかになっていないが、本発明者らは以下のように考えている。
【0022】
本発明のインジケータを構成する検知層は、メチレンブルーと多糖類とを含む。検知層内でのメチレンブルーと多糖類との存在状態は、多糖類とメチレンブルーとが反応して新たな化合物が生成されるようなものではなく、おそらくは、メチレンブルーの水溶液が多糖類の構成する高分子ポリマーの網目構造中に存在する、すなわち前記網目構造中に前記水溶液が包接されている状態にあると考えられる。このとき、検知層はメチレンブルーの青色を呈する。
【0023】
そして、特定の活性酸素は、前記多糖類の構成する高分子ポリマーの網目を通過し、前記メチレンブルー水溶液中のメチレンブルーを、直接または間接的に分解する。その結果、インジケータの検知層の色が青色から透明に変化する。ここで、間接的なメチレンブルーの分解とは、スーパーオキシドや一重項酸素がメチレンブルーを直接分解せず、例えば、水溶液中の水と反応することで生じたヒドロキシルラジカル等の別の化学種がメチレンブルーを分解することである。メチレンブルーの直接的分解及び間接的分解は、それぞれ別々にまたは同時に進行しても良い。
一方、オゾンは水への溶解度が0.57g/L(20℃)であり、酸素よりも水へ溶解しやすい。また、水へ溶解したオゾンは、塩基性水溶液中であれば速やかに分解され、ヒドロキシルラジカルを生じることが知られている。しかし、本発明のインジケータ中のメチレンブルー水溶液は酸性であるため、メチレンブルー水溶液中でのオゾンの分解によるヒドロキシルラジカルの生成は非常に遅いと考えられる。そのため、生成したヒドロキシルラジカルは、メチレンブルーと反応するよりも早く、何らかの形で還元される(例えば、メチレンブルー水溶液を包接する高分子ポリマー等と反応する)ために、メチレンブルーが分解されず、インジケータの検知層の色が変化しないと推測している。
【0024】
検知層の色の変化、つまり、特定の活性酸素の検知の有無の判断方法は、特には限定されない。例えば、目視観察や光学的な分析装置を用いて判断することができる。また、特定の活性酸素を検知する前後のインジケータの検知層に含まれるメチレンブルーを所定の溶液に抽出させて得られる抽出溶液について、同様に、目視観察や光学的な分析装置を用いて判断してもよい。検知層からメチレンブルーを抽出させるときに用いられる溶液は、インジケータによる特定の活性酸素の検知の有無の判断に影響を与えなければ限定されず、例えば、エタノールが挙げられる。また、メチレンブルーの抽出方法についても、特には限定されない。一例として、所定の溶液に浸漬させたインジケータに対して、超音波処理等の所定のプロセスを施すことにより、メチレンブルーの抽出を行うことができる。なお、あらかじめインジケータから剥離させた検知層からメチレンブルーを抽出してもよい。
【0025】
なお、本発明の検知層には、必要に応じて、インジケータの検知特性が劣化されない範囲において、各種添加物が含まれてもよい。各種添加物は、例えば、検知層の成形性や、検知感度の向上、耐久性の向上等の目的として、検知層に含まれる。
【0026】
本発明における支持体に用いられる材料としては、特定の活性酸素に対して耐久性があり、検知層を担持することができればよく、リジッドな材料でも、フレキシブルな材料でもよい。
【0027】
本発明のインジケータの製造方法は、支持体上にメチレンブルーと多糖類からなる検知層を形成し、該検知層がメチレンブルー水溶液を包接するようなものであれば、特には限定されない。例えば、メチレンブルーとプルラン等の多糖類との水溶液を支持体上に塗布し、乾燥することにより薄膜の形成を行い、インジケータを製造することができる。
【0028】
上記薄膜の形成方法は、特には限定されず、目的に応じて適宜選択される。例えば、支持体上の所定の箇所に検知層を形成させたい場合や微小領域に検知層を形成させたい場合には、前記水溶液を支持体上に滴下する方法が選択される。また、大面積の領域に検知層を形成させたい場合には、ディップコーティングやスピンコーティング等が選択される。
【0029】
また、薄膜の形成時の乾燥処理については、検知層を構成する各種物質を分解せずに、塗膜を乾燥できる温度であれば、特には限定されない。
【0030】
本発明のインジケータは、気体や液体中の特定の活性酸素を、選択的に検知することができる。すなわち、活性酸素のなかでも、反応性の低いオゾンには反応せずに、反応性の高いヒドロキシルラジカル等の特定の活性酸素を選択的に検知することができる。このため、本発明のインジケータは、オゾンとヒドロキシルラジカルとを識別することができる。したがって、本発明のインジケータは、活性酸素を用いて対象物の表面に付着しているウイルス等を死滅させる場合、ヒドロキシルラジカルのような反応性の高い特定の活性酸素を選択的に検知する医療用インジケータとして利用することができる。
【0031】
また、本発明のインジケータの利用は、上記医療用インジケータとしての利用だけに限られない。例えば本発明のインジケータは、これらに限られるものではないが、集積回路作成の光アッシングによるフォトレジスト除去におけるインジケータや、エンジニアプラスチック等の高分子材料、アルミ、ステンレス等の活性酸素を用いた表面改質におけるインジケータ等の工業用インジケータとしても利用することができる。
【0032】
(2)滅菌容器
本発明の別の態様としての滅菌容器は、少なくとも、活性酸素を用いて滅菌させる対象物と、上記のインジケータとを内部に有する。そして、滅菌容器の内部に活性酸素を通気、または滅菌容器の内部で活性酸素を発生して、対象物を活性酸素で滅菌する。このとき、対象物を滅菌する活性酸素が本発明のインジケータで検知可能な特定の活性酸素である場合、滅菌効果の向上、滅菌処理時間の短縮が期待できる。
【0033】
本発明の滅菌容器を用いた滅菌処理方法は、特には限定されず、目的に応じて適宜選択される。例えば、本発明のインジケータと対象物とを内部に備える本発明の滅菌容器の少なくとも一部を波長185nm及び波長254nmの紫外線を透過する部材から構成し、当該部材から波長185nm及び波長254nmの紫外線を照射して滅菌容器の内部に特定の活性酸素、例えばヒドロキシルラジカルを発生し、発生した特定の活性酸素によって対象物を滅菌処理する。このような条件で発生する特定の活性酸素は本発明のインジケータで検知可能であることから、本発明のインジケータを目視で観察するだけで、対象物の滅菌状況が簡易的に瞬時に判断することができることから、本発明の滅菌容器は医療用の滅菌容器としても利用することができる。
【実施例】
【0034】
以下に、具体的な実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。下記の実施例は、本発明の最良な実施形態の一例であるものの、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0035】
[実施例1]
本実施例に使用される支持体として、ポリスチレン製シャーレを用意した。次に、濃度100g/Lのプルラン水溶液(700μL)及び濃度0.12g/Lのメチレンブルー水溶液(400μL)を純水1300μLに添加して、混合水溶液を調製した。前記シャーレに前記混合水溶液を一定量流し込み、乾燥機で40℃、12時間以上乾燥させることにより、本発明のインジケータを製造した。
[比較例1及び2]
上記実施例1に示した本発明のインジケータの製造法と同様に、濃度20g/Lのアルギン酸ナトリウム水溶液(500μL)及び濃度0.12g/Lのメチレンブルー水溶液(400μL)を純水1500μLに添加して調整した混合水溶液より得た検知層を有するインジケータを比較例1とし、濃度99g/Lのアルギン酸ナトリウム水溶液(500μL)及び濃度0.12g/Lのメチレンブルー水溶液(400μL)を純水1500μLに添加して調整した混合水溶液より得た検知層を有するインジケータを比較例2とした。
【0036】
表1に上記インジケータの各物性値を示す。各インジケータの最大吸収波長及び該最大波長における透過率の測定は、分光光度計(UV−2450、株式会社島津製作所製)により、波長範囲300nm〜800nm、スリット幅2.0nmで行った。また、検知層の膜厚の変動係数(CV値)は、前記検知層の平均膜厚を標準偏差で割った値であり、その値が小さいほど検知層の膜厚が均一に近いことを示す。
【0037】
【表1】
【0038】
上記で製造したインジケータの検知特性を、以下に示す条件で測定した。すなわち、紫外線(UV)ランプ(波長185/254nm)による紫外線を照射させたときに発生する活性酸素に対する検知特性を調査した。
【0039】
紫外線により発生する活性酸素を利用した洗浄器であるアクティブドライ(登録商標、医療用/器具除染用洗浄器、紫外線ランプ(波長185/254nm)、岩崎電気製)内に、上記で製造したインジケータを設置した。
図1(a)に示すように、30℃の水でバブリングした気体をアクティブドライの内部に通気させて、アクティブドライ内を高湿度(湿度90%RH以上)に制御した。これに対して、
図1(b)に示すように、30℃の湯浴で温められたシリカゲルの詰まった瓶中に気体を通気させて、前記気体をアクティブドライ内に通じることで、アクティブドライ内を低い湿度(湿度20%RH以下)に制御した。その後、前記各環境下で、紫外線ランプを点灯することにより、アクティブドライ内においてインジケータに活性酸素を120分間暴露した。この際、各インジケータに紫外線が直接照射されないように、各インジケータは不織布で覆われた状態で活性酸素に曝された。
【0040】
活性酸素に曝された各インジケータの透過率を
図2に示す。各インジケータの透過率の測定は、分光光度計(UV−2450、株式会社島津製作所製)により、波長範囲300nm〜800nm、スリット幅2.0nmで行った。
【0041】
その結果、
図2(a)に示すように、実施例1のインジケータは高湿度環境下において、670nmの波長光の透過率がおよそ30%向上し、インジケータ中のメチレンブルーの青色が脱色されたことが明らかとなった。これに対して、実施例1のインジケータは低湿度環境下ではほとんど脱色されなかった。一方、
図2(b)に示すように、比較例1のインジケータは高湿度環境下及び低湿度環境下において、595nmの波長光の透過率が若干向上した。また、
図2(c)に示すように、比較例2のインジケータは高湿度環境下及び低湿度環境下においてほとんど透過率の変化は観測されなかった。
【0042】
発明者らは、低湿度条件下において紫外線照射により活性酸素を発生させた場合、発生する活性酸素種の大部分がオゾンでありヒドロキシルラジカル等の特定の活性酸素がほとんど発生しないのに対して、高湿度条件下において同様に活性酸素を発生させた場合では、ヒドロキシルラジカル等の特定の活性酸素が低湿度条件下よりも高い濃度で発生することを見出している(Oya, K., Watanabe, R., Soga, Y., Ikeda, Y., Nakamura, T., and Iwamori, S. “Effect of humidity conditions on active oxygen species generated under ultraviolet light irradiation and etching characteristics of fluorocarbon polymer” Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry 298 (2014) 3339)。そのため、上記実施例1の結果より、本発明のインジケータは、オゾンをほとんど検知せず、ヒドロキシルラジカル等の特定の活性酸素のみを選択的に検知することが示唆された。
【0043】
[実施例2]
実施例1に示した製造法と同様に、濃度100g/Lのプルラン水溶液(525μL)及び濃度0.12g/Lのメチレンブルー水溶液(600μL)を純水1475μLに添加して調整した混合水溶液より得た検知層を有するインジケータを実施例2のインジケータとした。
【0044】
実施例2のインジケータに対して、高湿度環境下(湿度90%RH以上)において活性酸素に暴露した。10分毎に実施例2のインジケータの670nmの波長光での脱色率を
図3に示した。前記脱色率は、メチレンブルーを有さないプルランのみの薄膜の670nmの波長光の透過率を100として、該インジケータの透過率を差し引いた値で示した。
【0045】
図3の結果より、実施例2のインジケータに対して、特定の活性酸素の暴露時間が10分〜30分の間では効果がほとんど表れておらず、暴露時間が50分〜60分の間に大きく脱色していることが分かった。
【0046】
[実施例3]
実施例1に記載の方法で製造したインジケータに対して、酸素ボンベから酸素を供給したオゾナイザー(YRG−203N,レイシー社製)からオゾンを発生させ、30分間暴露した。この間のオゾン濃度は150〜180ppm程度である。その後、該インジケータの透過率を、実施例1と同様に測定した。
【0047】
上記透過率の測定結果を
図4に示す。その結果、本発明のインジケータはオゾンではほとんど脱色されないことが分かった。
【0048】
以上から、本発明のインジケータは、特定の活性酸素を選択的に検知することを見出した。特定の活性酸素とは、高湿度環境(湿度90%RH以上)で紫外線ランプ(波長185/254nm)による紫外線を照射させたときに発生する一定以上の反応性を有する、オゾンではない活性酸素である。すなわち、本発明のインジケータは、オゾンとそれ以外の活性酸素とを識別することができることから、特定の活性酸素を選択的に検知する色素センサとして応用できることが示唆された。