【実施例】
【0020】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明する。
【0021】
実施例1
表1に示す患者群(対照群をcontrol、認知症を伴うPD群をPDD、アルツハイマー型認知症群をADと表記する)において、キャピラリー電気泳動・質量分析器、および液体クロマトグラフィー・質量分析器の両装置を用いて、血漿代謝産物の網羅的解析を行い、PD早期診断に資するバイオマーカー同定を試みた。血漿代謝産物は食餌・運動に影響を受けやすいことから、採血前日の21時より絶食(飲水・内服は可能)とし、採血当日は9〜12時に血液採取・血漿抽出を行い、液体窒素中に保存し、抽出後3ヶ月以内に本解析を行った。
【0022】
〔サンプル調整について〕
1)キャピラリー電気泳動・質量分析器用
内部標準物質の濃度が10μMになるように調製した450mLのメタノール溶液に、50μLのヒト血漿を添加して撹拌した。これに500μLのクロロホルムおよび200μLのMilli−Q水を加えて撹拌し、遠心分離(2,300×g,4℃,5分)を行った。遠心分離後、水層を限外ろ過チューブ(ウルトラフリーMC PLHCC,HMT,遠心式フィルターユニット 5kDa)に400μL×1本移し取った。これを遠心(9,100×g,4℃,120分)し、限外ろ過処理を行った。ろ液を乾固させ、再び25μLのMilli−Q水に溶解して測定に供した。
【0023】
2)液体クロマトグラフィー質量分析器用
内部標準物質の濃度が6mMとなるように調製した1,500mLの1%ギ酸−アセトニトリル溶液に、500mLのヒト血漿を添加して撹拌した。その後、遠心分離(2,300×g,4℃,5分)を行い、上清を回収し、固相抽出を用いてリン脂質を除去後、ろ液を回収した。これを乾固させ、200mLの50%イソプロパノール溶液(v/v)に溶解して測定に供した。
〔測定について〕
1)CE−TOFMS 測定
本試験ではカチオンモード、アニオンモードのCE−TOFMS測定を以下に示す条件1−3)で行った。得られたピーク強度、形状から判断して、カチオンモードでの測定には2倍(PD69のみ5倍)、アニオンモードでの測定には5倍に希釈した試料を用いた。
・陽イオン性代謝物質(カチオンモード)
装置
Agilent CE-TOFMS system(Agilent Technologies 社) 6 号機
Capillary : Fused silica capillary i.d. 50 μm × 80 cm
測定条件
Run buffer : Cation Buffer Solution (p/n : H3301-1001)
Rinse buffer : Cation Buffer Solution (p/n : H3301-1001)
Sample injection : Pressure injection 50 mbar, 10 sec
CE voltage : Positive, 27 kV
MS ionization : ESI Positive
MS capillary voltage : 4,000 V
MS scan range : m/z 50-1,000
Sheath liquid : HMT Sheath Liquid (p/n : H3301-1020)
【0024】
・陰イオン性代謝物質(アニオンモード)
装置
Agilent CE-TOFMS system(Agilent Technologies 社) 5 号機
Capillary : Fused silica capillary i.d. 50 μm × 80 cm
測定条件
Run buffer : Anion Buffer Solution (p/n : I3302-1023)
Rinse buffer : Anion Buffer Solution (p/n : I3302-1023)
Sample injection : Pressure injection 50 mbar, 25 sec
CE voltage : Positive, 30 kV
MS ionization : ESI Negative
MS capillary voltage : 3,500 V
MS scan range : m/z 50-1,000
Sheath liquid : HMT Sheath Liquid (p/n : H3301-1020)
【0025】
2)LC−TOFMS 測定
本試験では、ポジティブモード、ネガティブモードのLC−TOFMS測定を以下に示す条件で行った。得られたピーク強度から判断して、注入量を1μLとした。
陽イオン性代謝物質(ポジティブモード)
装置
LC system : Agilent 1200 series RRLC system SL(Agilent Technologies 社)
Column : ODS column, 2×50 mm, 2μm
MS system : Agilent LC/MSD TOF(Agilent Technologies 社)4 号機
測定条件
Column temp. : 40℃
Mobile phase : A : H
2O / 0.1% HCOOH
Mobile phase : B : Isopropanol: Acetonitrile: H
2O (65:30:5) / 0.1% HCOOH, 2mM HCOONH
4
Flow rate : 0.3 mL / min
Run time : 20 min
Post time : 6 min
Gradient condition : 0-0.5 min : B 1%, 0.5-13.5 min : B 1-100%, 13.5-20 min : B 100%
MS ionization mode : ESI Positive
MS Nebulizer pressure : 40 psi
MS dry gas flow : 10 L / min
MS dry gas temp : 350℃
MS capillary voltage : 4,000 V
MS scan range : m/z 100-1,700
陰イオン性代謝物質(ネガティブモード)
装置
LC system : Agilent 1200 series RRLC system SL(Agilent Technologies 社)
Column : ODS column, 2×50 mm, 2 μm
MS system : Agilent LC/MSD TOF(Agilent Technologies 社)4 号機
測定条件
Column temp. : 40℃
Mobile phase : A : H
2O / 0.1% HCOOH
Mobile phase : B : Isopropanol: Acetonitrile: H2O (65:30:5) / 0.1% HCOOH, 2 mM HCOONH
4
Flow rate : 0.3 mL / min
Run time : 20 min
Post time : 6 min
Gradient condition : 0-0.5 min : B 1%, 0.5-13.5 min : B 1-100%, 13.5-20 min : B 100%
MS ionization mode : ESI Negative
MS Nebulizer pressure : 40 psi
MS dry gas flow : 10 L / min
MS dry gas temp : 350℃
MS capillary voltage : 4,000 V
MS scan range : m/z 100-1,700
【0026】
【表1】
【0027】
図1は、各疾患群を横軸に、縦軸に代謝産物を配置し、疾患特異的な代謝化合物群の検索を行う「クラスター解析」結果を示す。黒点線で示す領域はPD群で低下傾向を示しており、同領域に含まれるのは図右端に示すように中鎖〜長鎖アシルカルニチン(acylcarnitine、以下AC)が16化合物中15化合物を占めた。本結果を多面的に検証すべく、主成分解析(principle component analysis)を行ったところ、PD群と対照群を効果的に区別できる軸(PC3)を同定し、同軸への貢献度の高い化合物は図右端に示すように15化合物中14化合物を中鎖〜長鎖ACが占めた(
図2)。同14化合物全てが先述のクラスター解析で同定されたACに含まれていた。それぞれのAC濃度についてPDと対照群との有意差を検討したところ、表2のように14個のACがPD群で有意に低下し、短鎖のAC(4:0)はコントロール群に比しPD群で有意に上昇していた。
【0028】
【表2】
【0029】
アシルカルニチン群以外に本網羅的解析により、PD群で2次胆汁酸であるdeoxycholic acid(以下DCA)が上昇(PDD群でも上昇)し、2次胆汁酸にタウリン・グリシン等による結合修飾を受けた4化合物(taurocholic acid(以下TCA)、glycoursodeoxycholic acid(以下GUDCA)、taurochenodeoxycholic acid(以下TCDCA)、glycochenodeoxycholic acid(以下GCDCA))の低下を認めた(表3)。DCAは2次胆汁酸であり、TCDCAやGCDCAの原料となる。TCDCA、GCDCAは腸内細菌Clostridium perfrigensおよびLactobacillus johnsoniiによって産生されることから、PDにおけるDCAおよびTCDCA、GCDCA濃度の変化は腸内細菌巣の変化を示唆しており、2015年に報告されたPD患者の腸内フローラ変化に一致する。同変化はAD群では認められておらず、ADとの鑑別診断バイオマーカーとしての有用性が示唆された。
【0030】
【表3】
【0031】
中鎖〜長鎖アシルカルニチン群についてのさらなる検討について述べる。中鎖〜長鎖アシルカルニチン群は骨格筋でのミトコンドリア代謝を反映するとされる。肥満度の指標となるBody mass indexは、表1に示すように対照群に比しPD/PDD/ADでも対照群に比し低値を示したため、PD患者では痩身傾向が強いことが示唆されるが、骨格筋量を正確に反映する骨格筋由来代謝産物の各群間での検討では、表4に示すようにクレアチン、カルニチン、クレアチン、3−メチルヒスチジンについて有意な変化を認めなかった。以上からPD群における中鎖〜長鎖アシルカルニチン群の低下は骨格筋量変化によるとは考えられないと判断した。
【0032】
【表4】
【0033】
さらに、表5に示すようにPD群でのみ脂肪酸・酸化活性指標がいずれも高値を示した。同変化を理解する上で、
図3に示すミトコンドリア脂肪酸・酸化の知識が不可欠となる。
【0034】
【表5】
【0035】
カルニチン/アシルカルニチン(16:0)比はミトコンドリア外でアシルCoAをアシルカルニチンに変換するcarnitine palmitoyltransferase I (CPT−I)の活性と逆相関し、同指標が高い場合はCPT−I活性が低下していることを示す。またアシルカルニチン(8:0)/アシルカルニチン(16:0)比は後期脂肪酸・酸化の活性と逆相関し、アシルカルニチン(14:1)/アシルカルニチン(16:0)比は初期脂肪酸・酸化活性(特にインプットの活性)と逆相関する。上記3比率がいずれもPD群においてのみ高値を示すことから、PDでは同活性が低下していることを示す。また中鎖〜長鎖アシルカルニチン群の一貫した低下傾向が脂肪酸・酸化にて費消される中間材料の減少を示しているにもかかわらず脂肪酸・酸化最終代謝産物に近いアシルカルニチン(4:0)は上昇している所見は、脂肪酸・酸化活性低下と一致する。また、
図3概略図に示すようにミトコンドリア脂肪酸・酸化の原材料は血中遊離脂肪酸(fatty acid、以下遊離脂肪酸)である。本網羅的解析では表6のように、ミトコンドリア脂肪酸・酸化にて分解される炭素数22以下の遊離脂肪酸(表6における着色したセル)は概ね上昇傾向にあった。
【0036】
【表6】
【0037】
これらからミトコンドリア脂肪酸・酸化機能の低下により、ミトコンドリアにおいて分解されるべき遊離脂肪酸が貯留しているという論理的な解釈が成立すると考えられる。
【0038】
続いて中鎖〜長鎖アシルカルニチンとPD疾患重症度との相関について検討した。表7に示すように、一般的にPD重症度の評価には生活機能評価より構成されるHoehn and Yahr分類が利用される。
【0039】
【表7】
【0040】
PD群109例の症例群に示すようにI度26名、II度52名、III度21名、IV度9名、V度1名であった。最も重要な点は、H&Y I−III度についてはアシルカルニチン(12:0)、アシルカルニチン(13:1)、アシルカルニチン(14:0)、アシルカルニチン(16:0)、アシルカルニチン(16:1)、アシルカルニチン(18:0)、アシルカルニチン(18:1)、アシルカルニチン(18:2)、アシルカルニチン(20:1)が全て対照群に比し有意差を持って低値を示し、かつ、H&Y I−IV度においてアシルカルニチン(16:0)、アシルカルニチン(18:0)が有意な低値を示したことである。即ち中鎖〜長鎖アシルカルニチン群は疾患重症度との相関は認められないものの、病初期から低下することが明らかとなった(表8)。コントロール群に比しPD群にて有意に減少していた上記のアシルカルニチンを判別分析(統計ソフトウェアJMP11, SAS Institute Inc, 2014を使用)にて検討すると、AUC=0.9728,R2=0.5897であり、表8(判別分析)に示すような優れた診断的意義を持つことが示された(表9)。
【0041】
【表8】
【0042】
【表9】