特許第6573400号(P6573400)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6573400珪藻の新規形質転換ベクターおよびその含有する新規プロモーター配列
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6573400
(24)【登録日】2019年8月23日
(45)【発行日】2019年9月11日
(54)【発明の名称】珪藻の新規形質転換ベクターおよびその含有する新規プロモーター配列
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/80 20060101AFI20190902BHJP
   C12P 7/42 20060101ALI20190902BHJP
   C12N 1/13 20060101ALI20190902BHJP
【FI】
   C12N15/80 Z
   C12P7/42ZNA
   C12N1/13
【請求項の数】8
【全頁数】44
(21)【出願番号】特願2016-547436(P2016-547436)
(86)(22)【出願日】2015年9月7日
(86)【国際出願番号】JP2015075372
(87)【国際公開番号】WO2016039300
(87)【国際公開日】20160317
【審査請求日】2018年9月6日
(31)【優先権主張番号】特願2014-182607(P2014-182607)
(32)【優先日】2014年9月8日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、先端的低炭素化技術開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】公立大学法人兵庫県立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100062144
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 葆
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(72)【発明者】
【氏名】伊福 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】菓子野 康浩
(72)【発明者】
【氏名】福澤 秀哉
(72)【発明者】
【氏名】梶川 昌孝
(72)【発明者】
【氏名】小川 順
【審査官】 田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/088560(WO,A1)
【文献】 特開平11−49695(JP,A)
【文献】 特開平11−116431(JP,A)
【文献】 特表2014−511140(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/80
C12N 1/13
C12P 7/42
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1〜10いずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項2】
請求項1に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項3】
請求項1に記載のポリヌクレオチドおよびターミネーター配列を含む第1発現カセット;および
請求項1に記載のポリヌクレオチド、薬剤耐性遺伝子、およびターミネーター配列を含む第2発現カセット;
を含む請求項2に記載のベクター。
【請求項4】
請求項2または3のベクターを宿主ツノケイソウ細胞へ導入することを特徴とする、ツノケイソウの形質転換方法。
【請求項5】
(1)配列番号1〜10いずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号1〜10いずれかの塩基配列に対して90%以上の相同性を有し、かつ珪藻に目的遺伝子の発現をもたらすプロモーターとして機能するポリヌクレオチド;または
(3)配列番号1〜10いずれかの塩基配列に対して1個以上50個以下の塩基が付加、欠失および/または置換された塩基配列を有し、かつ珪藻に目的遺伝子の発現をもたらすプロモーターとして機能するポリヌクレオチド
から選択されるポリヌクレオチドおよび脂肪酸ヒドロキシラーゼ遺伝子を含むベクターを宿主珪藻細胞へ導入して形質転換体を得、当該形質転換体を培養することによってリシノール酸を得ることを特徴とする、リシノール酸の製造方法。
【請求項6】
該ポリヌクレオチドが配列番号1〜10いずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
該宿主珪藻細胞が宿主ツノケイソウ細胞である、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
該ポリヌクレオチドが配列番号1〜10いずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドであり、かつ、該宿主珪藻細胞が宿主ツノケイソウ細胞である、請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は藻類を形質転換するための、新規プロモーター、当該プロモーターを含むベクター、および当該ベクターを用いる藻類の形質転換方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
藻類の1つである海洋性珪藻は、いわゆる黄色植物と呼ばれるグループに属する単細胞真核生物である。珪藻は世界のCO固定量の20−40%程度を担うとも見積もられており、一次生産者として地球環境に極めて重要な生物群である。珪藻類は、EPA(エイコサペンタエン酸)に代表されるような、人間にとって有用な油脂などを合成する生物でもある。一般に、生物を工業的に利用するには、形質転換技術が用いられるが、藻類の形質転換効率は低いことが知られている。形質転換効率を上げるべく、種々の研究がなされているものの、依然としてその形質転換方法は限定的である。特に、海洋性中心目珪藻の1つであるツノケイソウについては、その遺伝子導入方法が研究されているがその形質転換効率は低い。Thalassiosira pseudonana由来プロモーター含有Tpfcp/natプラスミドを用いたChaetoceros sp.の形質転換では、形質転換効率は1.5〜6形質転換体/10細胞と非常に低く、しかも導入遺伝子の発現は検出されなかった(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Miyagawa-Yamaguchi A, Okami T, Kira N, Yamaguchi H, Ohnishi K, and Adachi M (2011) Stable nuclear transformation of the diatom Chaetoceros sp., Phycol. Res. 59: 113-119
【非特許文献2】Miyahara M, Aoi M, Inoue-Kashino N, Kashino Y, Ifuku K (2013) Highly efficient transformation of the diatom Phaeodactylum tricornutum by multi-pulse electroporation, Biosci. Biotechnol. Biochem. 77: 874-876
【非特許文献3】Karasawa S, Araki T, Yamamoto-Hino M, Miyawaki A (2003) A green-emitting fluorescent protein from Galaxeidae coral and its monomeric version for use in fluorescent labeling, J. Biol. Chem. 278: 34167-34171
【非特許文献4】Poulsen N, Kroeger N (2005) A new molecular tool for transgenic diatoms, FEBS J. 272: 3413-3423
【非特許文献5】Poulsen N, Chesley PM, Kroeger N (2006) Molecular genetic manipulation of the diatom Thalassiosira pseudonana (Bacillariophyceae), J. Phycol. 42: 1059-1065
【非特許文献6】Guillard RR, Ryther JH (1962) Studies of marine planktonic diatoms. I. Cyclotella nana Hustedt, and Detonula confervacea (cleve) Gran. Can J Microbiol 8: 229-239
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、藻類(例えば、珪藻)を形質転換するための新規プロモーター、それを含有する新規形質転換ベクター、およびそのベクターを用いる藻類の形質転換方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討した結果、Chaetoceros gracilisで高発現している遺伝子のプロモーターが、藻類(例えば、珪藻)を極めて効率的に形質転換できることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
本発明は、下記:
(1)配列番号1〜10いずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(2)配列番号1〜10いずれかの塩基配列に対して80%以上の相同性を有し、かつ藻類に目的遺伝子の発現をもたらすプロモーターとして機能するポリヌクレオチド;
(3)配列番号1〜10いずれかの塩基配列に対して1個または数個の塩基が付加、欠失および/または置換された塩基配列を有し、かつ藻類に目的遺伝子の発現をもたらすプロモーターとして機能するポリヌクレオチド;
を提供する。なお、本明細書において上記(1)〜(3)のポリヌクレオチドを、本発明にかかるプロモーター配列、または本発明のプロモーター配列と称する場合がある。
【0007】
本発明は、上記ポリヌクレオチドを含むベクターを提供する。
【0008】
本発明は、
上記ポリヌクレオチドおよびターミネーター配列を含む第1発現カセット;または
上記ポリヌクレオチド、薬剤耐性遺伝子およびターミネーター配列を含む第2発現カセット;を含む、あるいは、これらの両方の発現カセット含むベクターを提供する。
【0009】
本発明は、上記ベクターを宿主藻類細胞へ導入することを特徴とする、藻類の形質転換方法を提供する。
【0010】
さらに本発明は、上記ポリヌクレオチドおよび脂肪酸ヒドロキシラーゼ遺伝子(例えば脂肪酸2−ヒドロキシラーゼ遺伝子、より具体的にはオレイン酸12−ヒドロキシラーゼ遺伝子)を含むベクターを宿主藻類細胞へ導入して形質転換体を得、当該形質転換体を培養することによってリシノール酸を得ることを特徴とする、リシノール酸の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明にかかるプロモーター配列は、藻類(例えば、珪藻)を効率的に形質転換し得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1C.gracilisの増殖に対するノウルセオトリシン(NTC)の影響 細胞を種々の濃度の抗生物質を含有するIMK培地でOD700=0.07にて継代培養し、連続的光照射(30μmol光子m−2−1)下、20℃で28日増殖させた。
図2】多重パルスエレクトロポレーションのパルス計画の説明 マルティプル高電圧ポアリングパルス(P.P.:9パルス、300V、5ms継続、25msインターバル、10%減衰率)は、細胞膜に一時的な孔の形成を促進し、その後のマルティプル低電圧トランスファーパルス(T.P.:各極性について40パルス、8V、50ms継続、50msインターバル、40%減衰率)は細胞内部へのDNAの導入を促進する。
図3A】ノウルセオトリシン耐性遺伝子(nat)発現を駆動する種々のプロモーターを含有するpUCベクターを用いたC.gracilis細胞の形質転換効率 400μg/mLノウルセオトリシン含有IMK寒天プレートで形質転換細胞を選択した。エラーバーは±SE(n=3〜7)を示す。従来のベクター(左端)に比べ、今回単離したプロモーターは、100〜200倍の形質転換効率を示した。
図3B】選択培地上のノウルセオトリシン耐性形質転換体のコロニー
図4A】制限酵素切断部位が記されたC.gracilis形質転換ベクターのマップ−Lhcr5(fcp遺伝子)のプロモーター−ノウルセオトリシン耐性遺伝子(nat) Lhcr5(fcp遺伝子)、Lhcf4(fcp遺伝子)、硝酸レダクターゼ遺伝子(NR)、およびアセチル‐CoAアセチルトランスフェラーゼ遺伝子(ACAT)のプロモーターをそれぞれ、外来性遺伝子用クローニング部位の直前に設置した。ベクター中、構成的ACATプロモーターは、ノウルセオトリシン耐性遺伝子(nat)の発現を駆動する。Lhcr14遺伝子のターミネーターを両発現カセットの末端に設置した。HindIII部位またはEcoRI部位は形質転換のためにベクターを直鎖化するために使用することができる。 当該構築物はまた、アンピシリン耐性遺伝子(AmpR)およびEscherichia coliの複製起点を含有する。
図4B】制限酵素切断部位が記されたC.gracilis形質転換ベクターのマップ−硝酸レダクターゼ遺伝子(NR)のプロモーター−ノウルセオトリシン耐性遺伝子(nat)
図4C】制限酵素切断部位が記されたC.gracilis形質転換ベクターのマップ−Lhcf4(fcp遺伝子)のプロモーター−ノウルセオトリシン耐性遺伝子(nat)
図4D】制限酵素切断部位が記されたC.gracilis形質転換ベクターのマップ−アセチル‐CoAアセチルトランスフェラーゼ遺伝子(ACAT)のプロモーター−ノウルセオトリシン耐性遺伝子(nat)
図5】トランスジェニックC.gracilis細胞における導入遺伝子の組込みおよびmRNA発現(A) pCgLhcr5p−lucで形質転換されたトランスジェニックC.gracilis株中のnat、luc、およびpsb31遺伝子のPCR増幅 野生型(WT)および4つのノウルセオトリシン耐性クローンから単離したゲノムDNAを鋳型DNAとして使用した。M:100bpサイズラダーマーカー(B)各遺伝子のmRNA発現を示すRT−PCR分析(C)ゲノムサザンブロット分析 総ゲノムDNA(5μg)をEcoRI(左)またはBamHI(右)で切断し、1%アガロースゲルで分離して、ナイロン膜にブロットした。ルシフェラーゼコード領域用のジゴキシゲニン(DIG)標識DNAプローブを用いて、導入遺伝子を含むDNAフラグメントを検出した。
図6】繰り返し継代培養を重ねた場合のルシフェラーゼ活性の安定性 トランスジェニックLhcr5p−luc細胞(株2)を、ノウルセオトリシンの存在下(黒)または非存在下(白)で、1週間サイクルで継代培養した。 ノウルセオトリシンの存在下での第1回目の継代培養の活性を100%とした。
図7】Lhcr5プロモーターの制御下で単量体アザミグリーンタンパク質(mAG)を発現するトランスジェニックC.gracilis細胞の光学顕微鏡写真(A)および蛍光顕微鏡写真(B) mAGタンパク質の存在は、緑色蛍光により示された。 スケールバーは10μmである。
図8】硝酸レダクターゼ遺伝子(NR)のプロモーター制御下でのルシフェラーゼ(luc)活性の誘導 pCgNRp−lucで形質転換したC.gracilisのトランスジェニック細胞株をアンモニウム培地で培養し、硝酸培地(NO)または新しいアンモニウム培地(NH4)に移した。x軸は培地交換後の時間を示す。a.u.:任意単位エラーバーは±SE(n=3)を示す。
図9】pCgLhcr5−CpFAHで形質転換したトランスジェニックC.gracilisの脂質分析
図10A】CpFAH−4株のMSプロファイル
図10B】CpFAH−4株のMSプロファイル
図10C】CpFAH−4株のMSプロファイル
図10D】CpFAH−4株のMSプロファイル
図11】RT−PCR結果
図12】CpFAH−3株およびCpFAH−4株のリシノール酸の量 リシノール酸は、乾燥細胞重量の0.2〜0.3%(w/w)にまで蓄積した。
図13C.gracilisのLhcr5p−CpFAH株の主な脂肪酸組成 リシノール酸(18:1−OH):CpFAH株中の総脂肪酸の4.8〜6.7% 16:1−OH:CpFAH株中の総脂肪酸の1.0%
図14A】制限酵素切断部位が記されたC.gracilis形質転換ベクターのマップ−Lhcf4(fcp遺伝子)のプロモーター−ゼオシン耐性遺伝子(ble)
図14B】制限酵素切断部位が記されたC.gracilis形質転換ベクターのマップ−硝酸レダクターゼ遺伝子(NR)のプロモーター−ゼオシン耐性遺伝子(ble)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のプロモーター配列
本発明において、プロモーター配列とは、藻類細胞、例えば珪藻類、特にツノケイソウ類細胞において、その下流に配置された任意の目的遺伝子の発現を制御し得る配列を意味する。
【0014】
本発明のプロモーター配列は、Chaetoceros gracilisで高発現している遺伝子の上流に位置する非コード領域を構成するポリヌクレオチドを、当該技術分野に一般的な方法、例えば、ドラフト解析およびRNAシークエンシング分析を行うことによって、探索することができる。
【0015】
Chaetoceros gracilisで高発現している遺伝子の上流に位置する非コード領域を構成するポリヌクレオチドには、例えば、下記の配列が挙げられる:
CgLhcr14p (配列番号1);
CgACATp (配列番号2);
CgLhcr5p (配列番号3);
CgACSLp (配列番号4);
CgNRp (配列番号5);
CgbTublinp (配列番号6);
CgATPSp (配列番号7);
CgLhcf4p (配列番号8);
CgLhcf1p_A (配列番号9);
CgLhcf1p_B (配列番号10)。
【0016】
本発明のプロモーター配列には、(1)配列番号1〜10いずれかの塩基配列からなるポリヌクレオチドが挙げられる
【0017】
本発明のプロモーター配列には、(2)配列番号1〜10いずれかの塩基配列に対して80%以上、90%以上、95%以上、97%、または99%以上の相同性を有し、かつ藻類に目的遺伝子の発現をもたらすプロモーターとして機能するポリヌクレオチドが挙げられる。
【0018】
本発明のプロモーター配列には、(3)配列番号1〜10いずれかの塩基配列に対して1個または数個(1以上100以下が好ましく、1以上50以下がより好ましく、1以上30以下がさらに好ましく、1以上10以下がさらに好ましく、1以上5以下が特に好ましい)の塩基配列が付加、欠失および/または置換された塩基配列を有し、かつ藻類に目的遺伝子の発現をもたらすプロモーターとして機能するポリヌクレオチドが挙げられる。
【0019】
本発明のプロモーター配列は、当該技術分野に一般的な方法、例えば、Chaetoceros gracilisで高発現している遺伝子の上流から分離することにより入手することができ、PCR法により増幅して使用することができる。あるいは化学的に合成しても良い。
【0020】
「目的遺伝子」は、生産の望まれるタンパク質をコードする遺伝子であって、特に限定されない。
【0021】
本発明のベクター
本発明は、上記プロモーター配列を含むベクターを提供する。
本発明のベクターは、本願発明に係るプロモーター配列を1またはそれ以上(例えば1〜5個、1〜3個、1または2個)含んでいてもよい。
ベクターの種類は、藻類細胞へ導入され得るものであれば特に限定されない。例えば、プラスミドベクター、ファージベクター、およびコスミドベクターなどのベクターが挙げられ、好ましくはプラスミドベクターが挙げられる。
【0022】
本発明のベクターは任意の目的遺伝子を導入するのに用いられる。目的遺伝子としては、例えばリシノール酸合成酵素などが挙げられる。
【0023】
本発明のベクターには、本発明のプロモーター配列によって発現が制御されうる任意の薬剤耐性遺伝子を含んでいてもよい。例えば、形質転換体を選択するための薬剤耐性遺伝子(例えば、ノウルセオトリシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ゼオシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子)が挙げられる。複数の薬剤耐性を用いた選抜は、宿主細胞への遺伝子の多重導入に使用されうる。
【0024】
本発明のベクターは、一般的なベクターに含まれるその他の配列を含んでいてもよい。例えば、目的遺伝子の発現を調節するオペレーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節配列を含んでいてもよい。さらに、本発明とは異なるプロモーターやそれに制御される遺伝子(例えば薬剤耐性遺伝子)などを含んでいてもよい。
【0025】
本発明のベクターは、当業者に周知の方法によって作成することができる。例えば、適切な制限酵素部位を設けたプライマーを用いて本発明のプロモーター配列を増幅し、制限酵素で切断したドナーベクターに挿入することによって得られる。あるいはIn-Fusion(商標)反応を用いる方法によっても作成することができる。
【0026】
本発明のプロモーター配列はその下流にターミネーター配列が組み込まれた発現カセットとしてドナーベクターに導入してもよい。プロモーター配列とターミネーター配列の間に目的遺伝子が組み込まれていても良い。
目的遺伝子を挿入するために、プロモーター配列とターミネーター配列の間には、制限酵素の切断部位が複数存在する多重クローニング部位が存在することが望ましい。
本発明におけるターミネーター配列は藻類細胞で機能するものであれば特に限定されないが、例えばCgLhcr14のターミネーター配列:CgLhcr14ter(配列番号11)が挙げられる。
【0027】
本発明において、発現カセットとは:
プロモーター配列とターミネーター配列を少なくとも含む核酸構築物;
プロモーター配列と目的遺伝子を少なくとも含む核酸構築物;または
プロモーター配列、目的遺伝子、およびターミネーター配列を少なくとも含む核酸構築物;
を意味し、イントロン、スペーサー配列、エンハンサー配列等を含んでいてもよい。
【0028】
本発明のベクターは:
プロモーター配列およびターミネーター配列を含む第1発現カセット;または
プロモーター配列、薬剤耐性遺伝子およびターミネーター配列を含む第2発現カセット;を有していてもよく、あるいは、これらの両方を有していてもよい。
第1発現カセットは目的遺伝子を挿入するために使用され得る。あるいは、第1発現カセットには目的遺伝子が挿入されていてもよい。
第2発現カセットは形質転換体を選定するために使用され得る。
【0029】
本発明において、第1発現カセットとしては、本願発明に係るプロモーター配列(例えば、CgLhcr14p;CgACATp;CgLhcr5p;CgACSLp;CgNRp;CgbTublinp;CgATPSp;CgLhcf4p;CgLhcf1p_A;もしくはCgLhcf1p_B、またはそれらと80%以上の相同性を有するポリヌクレオチド)とその下流に組み込まれたターミネーター配列(例えばCgLhcr14ter)を含む発現カセットが挙げられる。
【0030】
本発明において、第2発現カセットとしては、本願発明に係るプロモーター配列(例えば、CgLhcr14p;CgACATp;CgLhcr5p;CgACSLp;CgNRp;CgbTublinp;CgATPSp;CgLhcf4p;CgLhcf1p_A;もしくはCgLhcf1p_B、またはそれらと80%以上の相同性を有するポリヌクレオチド)、その下流に組み込まれたターミネーター配列(例えばCgLhcr14ter)、およびプロモーター配列とターミネーター配列の間に組み込まれた薬剤耐性遺伝子(例えばnat、ble)を含む発現カセットが挙げられる。
【0031】
形質転換方法
本発明は、上記ベクターを宿主藻類細胞へ導入することを特徴とする、藻類の形質転換方法を提供する。
【0032】
宿主藻類細胞に本発明のベクターを導入するには、当業者に周知の方法を用いることができ、例えば、パーティクルガン法、ガラスビーズ攪拌法、マイクロインジェクション法、アグロバクテリウム法、酢酸リチウム法、リン酸カルシウム法、プロトプラスト法、多重パルスエレクトロポレーション法などの方法が挙げられる。
【0033】
本発明の方法に使用する宿主は、藻類細胞であれば特に限定されない。好ましい宿主藻類細胞の例は、珪藻類(例えば中心目珪藻または羽状目珪藻)およびその変異体が挙げられ、好ましくはツノケイソウおよびその変異体、より好ましくはChaetoceros gracilisおよびその変異体が挙げられる。
【0034】
本発明の方法において、目的遺伝子が宿主細胞中の、染色体、プラスミド、プラスチドもしくはミトコンドリアDNAに組み込まれた状態で宿主細胞に保持されることによって、宿主細胞を形質転換することができる。
【0035】
培養
形質転換体の培養条件は、宿主藻類細胞、プロモーター配列、目的遺伝子に基づいて適宜選択することができる。
形質転換体の培養は、振とう培養、連続培養等の通常の培養方法を用いて行うことができる。培養条件は、培養方法等により適宜選択すればよい。
【0036】
リシノール酸の製造方法
さらに本発明は、本発明にかかるプロモーター配列および脂肪酸ヒドロキシラーゼ遺伝子を含むベクターを宿主藻類細胞へ導入して形質転換体を得、当該形質転換体を培養することによってリシノール酸を得ることを特徴とする、リシノール酸の製造方法を提供する。
リシノール酸は炭素数18のω−9脂肪酸の一価不飽和脂肪酸であり、C12位にヒドロキシル基を持つ。リシノール酸は、脂肪酸ヒドロキシラーゼ(例えば脂肪酸2−ヒドロキシラーゼ、より具体的にはオレイン酸12−ヒドロキシラーゼ)により、炭素数18のω−9脂肪酸の一価不飽和脂肪酸であるオレイン酸の12位にヒドロキシル基が付加されることによって、合成される。
【化1】
【0037】
脂肪酸ヒドロキシラーゼ遺伝子には、例えば、麦角菌(Claviceps purpurea)NBRC6263株由来の脂肪酸2−ヒドロキシラーゼ(オレイン酸12−ヒドロキシラーゼ)遺伝子(CpFAH(配列番号12))が挙げられる。当該CpFAHと80%以上、90%以上、95%以上、または97%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ脂肪酸ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子も、本願発明の脂肪酸ヒドロキシラーゼ遺伝子に含まれる。
藻類は全般的にオレイン酸生合成能を有することが知られている。リシノール酸の製造において、藻類細胞であれば宿主は特に限定されない。好ましい宿主藻類細胞の例は、珪藻類(例えば中心目珪藻または羽状目珪藻)およびその変異体が挙げられ、好ましくはツノケイソウおよびその変異体、より好ましくはChaetoceros gracilisおよびその変異体が挙げられる。
リシノール酸を合成するための培地としては、形質転換体を培養することによってリシノール酸が合成される培地であれば特に限定されない。
宿主細胞が珪藻である場合には、珪藻が生育可能な一般的な培地であればよい。
培養温度はリシノール酸が産生される温度であれば特に限定されない。例えば、宿主細胞が珪藻(例えばツノケイソウ)である場合には、15〜35℃が好ましく、18〜25℃がより好ましい。
宿主が海洋性珪藻類である場合、培地の例として、海塩および0.2mM NaSiOを補充したダイゴIMK培養培地が挙げられる。
宿主が海洋性珪藻類である場合、培養条件として、50μmol光子m−2−1下、振とう培養が挙げられる。
【0038】
下表に本発明のプロモーター配列の例:配列番号1〜10を示す。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
【表3】
【0042】
【表4】
【0043】
【表5】
【0044】
【表6】
【0045】
【表7】
【0046】
【表8】
【0047】
【表9】
【0048】
【表10】
【0049】
下表にCgLhcr14のターミネーター配列:CgLhcr14ter(配列番号11)を示す。
【0050】
【表11】
【0051】
下表に麦角菌(Claviceps purpurea NBRC6263)由来の脂肪酸2−ヒドロキシラーゼ遺伝子(CpFAH)(配列番号12)を示す。
【0052】
【表12】
【実施例】
【0053】
以下、本発明を製造例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの例に限定されない。
【0054】
実施例1
材料および方法
<珪藻培養>
C.gracilisをthe University of Texas Culture Collectionから入手し、海塩(Sigma、セントルイス、MO、USA)および0.2mM NaSiOを補充したダイゴIMK培養培地(日本製薬(株)、大阪、日本)で培養した。人工気象インキュベーター中、20℃で増殖させた。白色蛍光灯で、連続光条件下、30μmol光子m−2−1の放射照度を提供した。特に記載する場合には、当該珪藻細胞を、唯一の窒素源として0.88mM NHCl(アンモニウム培地)または0.88mM NaNO(硝酸培地)を含有するf/2培地(非特許文献6)で培養した。
【0055】
ノウルセオトリシン耐性プラスミドの構築
ノウルセオトリシン耐性遺伝子nat(配列番号13)をpYL16プラスミド(WERNER BioAgents、Jena、Germany)から切除し、pUC118(タカラバイオ)のBamHI−PstI部位へサブクローンした。ついで、下記表Aに記載されるプライマーを用いて、フコキサンチンクロロフィルa/c結合タンパク質(fcp)遺伝子CgLhcr14のターミネーター領域:CgLhcr14ter(110bp、配列番号11)をゲノムPCRで増殖し、In-Fusion(商標)反応(Clontech、Palo Alto、CA、USA)によって下流のHindIII部位に挿入した。最後に、C.gracilisのプロモーター領域をゲノムPCRで増幅し、pUC118の上流のEcoRI−BamHI部位にサブクローンした。増幅したプロモーター配列の長さおよびGenBank/EMBL/DDBJデータベースでの受託番号を下記表Bに示す。ゲノムPCRで使用したプライマーセットは下記表Aに示される。
【0056】
【表13】
【0057】
【表14-1】

【表14-2】
【0058】
【表15】
【0059】
<pCgLhcr5pベクター(登録番号AB981621)およびpCgNRpベクター(登録番号AB981622)の構築>
(登録番号はDNA DATA BANK of JAPAN(DDBJ)の登録番号)
構成的遺伝子発現用プラスミドpCgLhcr5pをいくつかのステップで構築した。 下記の構築工程で使用したPCRプライマーは上記表Aに記載される。第1の発現カセットを作成するために、fcp CgLhcr5のプロモーター領域(811bp)を、CgLhcr14のターミネーター配列がHindIII部位に挿入されたpUC118のEcoRI−BamHI部位に挿入した。得られたプラスミドは、短いクローニング部位(BamHI、XbaI、SalI、PstI)を有し、これにより所望の遺伝子を挿入することが可能である。
抗生物質選択用の第2の発現カセットを構築するために、アセチル−CoAアセチルトランスフェラーゼ(ACAT)遺伝子のプロモーター領域(626bp)およびCgLhcr14のターミネーター配列を含有するpUC118ベクターを同様に構築した。ついで、5’−末端および3’−末端にBglIIおよびNsiI部位を有するnat遺伝子フラグメントをpYL16からPCRで増幅し、第2の発現カセットのBamHI−PstI部位に挿入した。これにより第2の発現カセットにおけるBamHI−PstI部位が破壊される(BamHI/BglIIおよびPstI/NsiIペアは、共通の相補末端を生み出す)。最後に、2つの発現カセットを組み合わせて(第1の発現カセットの完全なプロモーター−ターミネータカセットをPCRで増幅し、第2の発現カセットを含有するpUC118ベクターのEcoRI部位にIn-Fusion(商標)反応によって挿入した)、pCgLhcr5pベクターを得た。いずれかの発現カセットの置き換えを容易にするためにMfeI部位を2つのカセットの間に導入した。
誘導的遺伝子発現用のpCgNRpベクターを構築するために、pCgLhcr5pベクター中のCgLhcr5のプロモーター領域をEcoRI/BamHI消化で切除し、上記で構築したノウルセオトリシン耐性プラスミドから同様の制限酵素処理で切り出した硝酸レダクターゼCgNR遺伝子のプロモーター領域(631bp)で置き換えた。
上記表Aのプライマーを用いてルシフェラーゼ遺伝子(配列番号44)およびアザミグリーン遺伝子(配列番号45)をPCRで増幅し、pCgLhcr5pまたはpCgNRpのBamHI−PstI部位に挿入した。
【0060】
【表16】
【0061】
【表17】
【0062】
pCgLhcr5pベクター(登録番号AB981621)の配列(配列番号53)




【0063】
pCgNRpベクター(登録番号AB981622)の配列(配列番号55)


【0064】
<エレクトロポレーションによるC.gracilisの形質転換>
非特許文献2に記載されるように、かつ若干修正を加えて、NEPA21装置(NEPAGENE、千葉、日本)を用いて多重パルスエレクトロポレーション行った。対数増殖期(OD700=0.2〜0.4)の珪藻細胞を遠心分離(700×g、4分間)により収集し、洗浄し、10%(v/v)IMK培地を含む0.77Mマンニトールで再懸濁した。5.9×10細胞を含有する懸濁液(0.15mL)をHindIIIによって直鎖化されたプラスミド(5μg)と混合し、ついで0.2cm幅のエレクトロポレーションキュベットに移した。300Vの矩形ポアリングパルス(パルス継続時間、5ms;9パルス;インターバル50ms;10%減衰率)を印加し、続いて8Vのトランスファーパルス(パルス継続時間、50ms;各極性について40パルス;インターバル50ms;40%減衰率)を行った。エレクトロポレーションの後、細胞を4mLのIMK培地に移し、ついで非選択的培地で回復させるために、20℃、16〜20時間、30μmol光子m−2−1の光強度下でインキュベートした。遠心分離(700×g、4分間以上)で細胞を収集し、IMK培地(0.2mL)に再懸濁した。形質転換した細胞を1%寒天およびノウルセオトリシン(clonNat、WERNER BioAgents)(400μg/mL)を含有するIMK寒天プレートで選択した。
【0065】
<導入DNAのゲノムへの挿入の分析>
DNeasy Plant Mini Kit(Qiagen、フェンロ、オランダ)を用いて、選択培地上で2〜3回継代培養した野生型および形質転換した細胞からゲノムDNAを単離した。単離したゲノムDNAにおける統合遺伝子のPCR検出のために、上記表Aに記載のプライマーペアをこの分析にも使用した。サザンブロッティングのために、単離したゲノムDNAをEcoRIまたはBamHIで消化し、1%アガロースゲル上で分離し、およびキャピラリートランスファー法によってHybond NX膜(GE Healthcare、ピスカタウェイ、NJ、USA)上に移した。Hybond NX膜上に移されたDNAのUV架橋結合はUVP CL−1000クロスリンカー(UVP Inc.、アップランド、CA、USA)を用いて行った。natおよびlucDNAプローブのジゴキシゲニン標識、該プローブと膜結合DNAとのハイブリダイゼーション、およびハイブリダイゼーションの検出は、DIG DNA Labeling and Detection Kit(Roche、インディアナポリス、IN、USA)を用い使用説明書に従って行った。
【0066】
<形質転換した細胞における、導入DNAの発現の分析>
RNeasy Plant Mini Kit(Qiagen)を用いて、野生型および形質転換した細胞から総RNAを単離した。PrimeScript(商標)RT reagent with gDNA Eraser(タカラバイオ、大津、日本)で、ゲノムPCR分析で使用した同一プライマーを用いて、逆転写(RT)−PCRを行った。形質転換した珪藻細胞中の単量体アザミグリーンタンパク質(mAG)の緑色蛍光を、BZ−9000蛍光顕微鏡(キーエンス、大阪、日本)で分析した。細胞が含まれる範囲を480nmで活性化し、蛍光放射を510nmで検出した。ルシフェラーゼアッセイキット(Promega、マディソン、WI、USA)とLumat LB 9507照度計(Berthold、オークリッジ、TN、USA)を用いてルシフェラーゼアッセイを行った。ルシフェラーゼ活性は、Rc−Dcタンパク質アッセイキットとウシ血清アルブミン標準品(Bio−Rad、ハーキュリーズ、CA、USA)を用いて定量した細胞抽出物のタンパク質濃度により標準化した。
【0067】
結果
<形質転換体の選択 ノウルセオトリシンの濃度決定>
ノウルセオトリシン耐性を獲得した形質転換C.gracilisをスクリーニングするために、C.gracilisの成長を阻害するのに必要とされるノウルセオトリシンの濃度について試験した。図1に示すとおり、28日の培養期間中、400μgmL−1ノウルセオトリシン(液体IMK培地中)はC.gracilisの増殖を完全に阻害した。細胞の増殖は300μgmL−1ノウルセオトリシンで抑制されたが、接種後7日で回復を始めた。細胞密度の違いにかかわらずIMK寒天プレートでも同じような結果が得られた。それ故、C.gracilis形質転換体の選択およびそれに続く維持培養のために、400μgmL−1ノウルセオトリシンを含有するIMK培地を使用した。
【0068】
<種々のプロモーターを含有するノウルセオトリシン耐性プラスミドを用いたC.gracilisの形質転換>
下流の遺伝子が高発現(RNAシークエンシング分析によって見積もられた)している、10個のプロモーターを選定した。それぞれ上記表Aのプライマーを用いて単離した。それぞれの配列は表1〜10に示す。当該単離されたプロモーターの下流の遺伝子は、以下のタンパク質をコードしていた(上記表B);4つのFCPタンパク質(Lhcr5、Lhcr14、Lhcf1(CgLhcf1p_AとCgLhcf1p_Bの遺伝子産物)、およびLhcf4)、アセチル−CoAアセチルトランスフェラーゼ(ACAT)、長鎖アセチル−CoAシンテターゼ(ACSL)、β−チューブリン(bTublin)、ATPシンターゼ(ATPS)、および硝酸レダクターゼ(NR)。pUC118中、nat遺伝子の上流に5’−UTRを含む単離したプロモーターを挿入した。nat遺伝子の後には転写ターミネータとしてLhcr14遺伝子の3’−UTR配列が挿入された。当該ベクターは制限酵素消化によって直鎖化され、形質転換反応に使用された。
ノウルセオトリシン耐性プラスミドのC.gracilis細胞への導入は多重パルスエレクトロポレーション(非特許文献2)によって行った。短時間の多重高電圧パルス(ポアリングパルス)は、細胞膜に一時的な穴の形成を促進し、続く長時間の多重低電圧パルス(トランスファーパルス)は、細胞内へのDNAの送達を促進する。
【0069】
図3Aは、異なるプロモーターを含有するpUCベクターを用いて得られた、抗生物質耐性コロニー数/10形質転換された細胞を示す。多重パルスエレクトロポレーションを使用したがこれまでの報告(非特許文献1)に一致して、pTpfcp/natベクターはわずかにしか抗生物質耐性コロニーを産生しなかった。プロモーターを含有する残りのベクターは、100〜400個の抗生物質耐性コロニー/10形質転換細胞を提供した。
【0070】
プロモーターによる形質転換効率の差は、選択培地による選択の間のプロモーターの活性の違いを反映し得る。この実験において、窒素源としてNaNOを含有するIMK培地を使用したので、当該培地では誘導性NRプロモーターはアクティブになり、相当数の抗生物質耐性コロニーを生み出し得る。
図3Bに示すとおり形質転換後14日にクリアなコロニーが認められ、PCR分析により全ての抗生物質耐性コロニーでnat遺伝子の存在が確認された。
【0071】
<発現プラスミドpCgLhcr5pおよびpCgNRpの構築>
ベクターpCgLhcr5p/CgACATp−natは、フコキサンチンクロロフィルa/c結合タンパク質(fcp)遺伝子の構成的プロモーターを含有し、ベクターpCgNRp/CgACATp−natは導入遺伝子の発現を駆動するために硝酸レダクターゼ(NR)遺伝子の誘導性プロモーターを含有した(図4)。両ベクターは、第2の発現カセットを有し、第2の発現カセット中のアセチル−CoAアセチルトランスフェラーゼ(ACAT)プロモーターは抗生物質選択のためのnat遺伝子発現を駆動した。簡単にするために、我々はこれらのベクターをpCgLhcr5pおよびpCgNRpと呼ぶ。BamHI、XbaI、SalI、およびPstI部位は外来性遺伝子を挿入するために利用することができ、EcoRIまたはHindIII部位は形質転換反応のためにベクターを直鎖化するのに使用することができる。
【0072】
<形質転換したC.gracilis細胞における導入遺伝子の構成的発現>
C.gracilisにおける外来性遺伝子の発現を試験するために、ホタルルシフェラーゼ遺伝子(luc)をpCgLhcr5pおよびpCgNRpに挿入し、pCgLhcr5p−lucおよびpCgNRp−lucを得た。これらのベクターを用いてC.gracilis細胞を形質転換し、その形質転換効率は>100形質転換体/10細胞であった。平均して、抗生物質耐性株の約50%が、natおよびluc遺伝子の両方を含んだ。図5(A)および図5(B)は、4つのLhcr5p−luc形質転換体(株1〜4)のゲノムPCRおよび逆転写(RT)PCR分析の結果を示すが、この中で、導入遺伝子(natおよびluc)のゲノム挿入およびmRNA発現の両方が確認された。psb31遺伝子(これは光化学系IIの膜表在性サブユニットをコードする)をコントロールとして分析した。ゲノムPCR(765bp、イントロンを含む)およびRT−PCR(成熟mRNAにおいて566bp)においてpsb31のフラグメントサイズが異なるので、RT−PCR分析におけるゲノムDNAコンタミネイションが無視できるものであることを示唆し、luc遺伝子mRNAおよびnat遺伝子mRNAがこれらの株で確かに発現したことを確認するものであった。トランスジェニックゲノムにおける導入遺伝子のコピー数を、luc遺伝子をプローブとして用いてサザンブロット分析で分析した。ゲノムDNAをHindIIIまたはBamHIで消化した。これらは直鎖化されたpCgLhcr5p−lucベクター中にそれぞれ、ゼロおよび1つの認識部位を有する。結果は、導入した外来性DNAは、多くても1つまたは2つのコピーしか染色体DNAに組み入れられておらず(図5(C))、これは望ましくない挿入変異のリスクを減らすのに役立つであろうことを示唆した。
【0073】
異種発現した遺伝子の安定性を試験するために、株2のLhcr5p−luc(これは高いluc活性を示した)を、ノウルセオトリシンの存在下または非存在下で繰り返し継代培養し、各継代培養の期間の終わりにルシフェラーゼ活性を評価した。図6に示されるとおり、抗生物質の存在・非存在に関わりなく4回の繰り返し継代培養の間に違いはなく、これにより、抗生物質選択圧の非存在下にあっても導入遺伝子は安定に継承され、発現することが示された。
【0074】
発現を可視化するためにpCgLhcr5pベクターおよびpCgNRpベクターを用い、細胞内のタンパク質生成物を標的とする蛍光性タンパク質(緑色蛍光タンパク質、イシサンゴGalaxeidae由来アザミグリーン(AG)(非特許文献3))の発現を実験した。AGは高い消光係数、蛍光量子収率、および酸安定性を有し、HeLa細胞中でeGFPよりもさらに明るい緑色蛍光を産生する。改変型AGの単量体バージョン(mAG)は融合タンパク質の細胞内局在の可視化に十分に向いている。図7に示すとおり、導入遺伝子を持つ形質転換体の約50%がmAGの緑色蛍光を示した。
【0075】
<NRプロモーターによるルシフェラーゼ遺伝子の誘導的発現>
培地における窒素源を単に変えることによって、硝酸レダクターゼ遺伝子のプロモーターがCylindrotheca fusiformisおよびT.pseudonanaで導入遺伝子の発現を制御するのに使用できることが示されている(非特許文献4、非特許文献5)。C.gracilis NR遺伝子(CgNR)の発現は、同一のメカニズム:アンモニウム培地では誘導はオフになり、硝酸培地で増殖するときには誘導される;によって制御される可能性がある。
C.gracilisにおける導入遺伝子の誘導的発現のためのpCgNRpベクターの有効性を試験するために、luc遺伝子を多重クローニング部位に組み込み、pCgNRp−lucを得た。ノウルセオトリシンでの選択の後、抗生物質耐性コロニーの約50%(14/29)がluc遺伝子を保有し、およびluc遺伝子を保有している形質転換体の約60%(9/14)が窒素源として硝酸塩のみを含有するIMK培地でルシフェラーゼ活性を示した。
【0076】
CgNRプロモーターによって駆動される誘導的luc発現の反応速度を分析するために、CgNRp−luc形質転換体株の1つを単一窒素源としてNHClを含有するf/2培地で増殖し、ついでNaNOを含有するf/2培地に移した(図8)。luc活性は60分後に発現誘導され、8時間内には誘導前の値の20倍以上に増加した。
【0077】
実施例2
リシノール酸の合成
pCgLhcr5pベクターの多重クローニング部位に、麦角菌(Claviceps purpurea NBRC6263)由来の脂肪酸2−ヒドロキシラーゼ(CpFAH)遺伝子を組み込んでpCgLhcr5p−CpFAHを得、これを多重パルスエレクトロポレーションによりC.gracilisに導入した。得られた形質転換体CpFAH−3株およびCpFAH−4株を、海塩(Sigma、セントルイス、MO、USA)および0.2mM NaSiOを補充したダイゴIMK培養培地(日本製薬(株)、大阪、日本)(50mL)中、20℃、50μmol光子m−2−1下、8日間振とう培養(100rpm)した。
【0078】
図9はpCgLhcr5−CpFAHで形質転換したトランスジェニックC.gracilisの脂質分析結果を示す。CpFAH−4株中リシノール酸は4番目に大きいピークとして検出された。
図10にCpFAH−4株のMSプロファイルを示す。
【0079】
図11にRT−PCR結果を示す。
PCR条件
【0080】
【表18】
【0081】
【表19】
【0082】
PCR酵素、KOD FX NEO (TOYOBO JAPAN)
25サイクル(10秒、98℃;30秒、55℃;20秒、68℃)
予想生成物長;152bp(CpFAH)および168bp(α−チューブリン)
サイズマーカー:1kb+ラダー(Life Technologies Carlsbad, CA, USA)
【0083】
図12にCpFAH−3株およびCpFAH−4株のリシノール酸の量を示す。リシノール酸は、乾燥細胞重量の0.2〜0.3%(w/w)にまで蓄積した。
図13はCpFAH−3株およびCpFAH−4株の主な脂肪酸組成を示す。
リシノール酸(18:1−OH)は両CpFAH株中の総脂肪酸の4.8〜6.7%であった。16:1−OHはCpFAH株中の総脂肪酸の1.0%であった。
【0084】
実施例3
上記<pCgLhcr5pベクター(登録番号AB981621)およびpCgNRpベクター(登録番号AB981622)の構築>に記載された方法と同様の方法で、ゼオシン耐性を付与する発現ベクターの構築を行った。
具体的には、ゼオシン選択用の第2発現カセットを構築するために、pPha−T1ベクター(GenBank: AF219942.1)から5’−末端および3’−末端にBglIIおよびNsiI部位を有するble遺伝子(ゼオシン耐性を付与する遺伝子)フラグメントをPCRで増幅した。このフラグメントを、アセチル−CoAアセチルトランスフェラーゼ(ACAT)遺伝子のプロモーター領域(626bp)およびCgLhcr14のターミネーター配列を含有するpUC118ベクターのBamHI−PstI部位に挿入して第2の発現カセットを作製した。この挿入により、第2の発現カセットにおけるBamHI−PstI部位が破壊される(BamHI/BglIIおよびPstI/NsiIペアは、共通の相補末端を生み出す)。次に、この第2発現カセットをSacIとHindIIIで切り出し、同じ制限酵素で切断したノウルセオトリシン耐性プラスミド (pCgLhcf4pおよびpCgNRp)に挿入することで、ゼオシン選択用の第2発現カセットに置換した。
このようにして構築したゼオシン耐性プラスミド(pCgLhcf4p−ble、および、pCgNRp−ble)を用いて実施例1と同様にC.gracilisの形質転換を行ったところ、ノウルセオトリシン耐性プラスミドと同等の形質転換効率(>100形質転換体/10細胞)であった。
制限酵素切断部位が記されたゼオシン耐性プラスミド(C.gracilis形質転換ベクター)のマップを図14に示す。
【0085】

【0086】
pCgLhcf4p−bleの配列(配列番号57)


【0087】
pCgNRp−bleの配列(配列番号60)


図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図5
図6
図7
図8
図9
図10A
図10B
図10C
図10D
図11
図12
図13
図14A
図14B
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]