特許第6574801号(P6574801)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧 ▶ トヨタ自動車株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6574801-摺動システム 図000002
  • 特許6574801-摺動システム 図000003
  • 特許6574801-摺動システム 図000004
  • 特許6574801-摺動システム 図000005
  • 特許6574801-摺動システム 図000006
  • 特許6574801-摺動システム 図000007
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6574801
(24)【登録日】2019年8月23日
(45)【発行日】2019年9月11日
(54)【発明の名称】摺動システム
(51)【国際特許分類】
   C10M 135/18 20060101AFI20190902BHJP
   C10M 137/10 20060101ALI20190902BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20190902BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20190902BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20190902BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20190902BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20190902BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20190902BHJP
   C10N 80/00 20060101ALN20190902BHJP
【FI】
   C10M135/18
   C10M137/10 A
   F16C33/12 A
   F16C33/10 Z
   C23C14/06 B
   C10N10:12
   C10N30:06
   C10N40:02
   C10N80:00
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-46659(P2017-46659)
(22)【出願日】2017年3月10日
(65)【公開番号】特開2018-150434(P2018-150434A)
(43)【公開日】2018年9月27日
【審査請求日】2018年7月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】堀田 滋
(72)【発明者】
【氏名】遠山 護
(72)【発明者】
【氏名】林 圭二
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 和幹
【審査官】 厚田 一拓
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−108181(JP,A)
【文献】 特表2014−510196(JP,A)
【文献】 特開2004−204311(JP,A)
【文献】 特開2011−052238(JP,A)
【文献】 特開2017−149881(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00−177/00
C23C 14/00−14/58
F16C 17/00−17/26
F16C 33/00−33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、
該対向する摺動面間に介在する潤滑油と、
を備えた摺動システムであって、
前記摺動面の少なくとも一方は、非晶質炭素成分を含まず結晶質のみからなる炭化クロム膜で被覆された被覆面からなり、
前記潤滑油は、モリブデンジチオカーバメイト(「MoDTC」という。)またはモリブデンジチオフォスフェート(「MoDTP」という。)の少なくとも一方からなる油溶性モリブデン化合物を含み、
前記炭化クロム膜は、膜全体を100原子%として、Cr:50〜75原子%を含むことを特徴とする摺動システム。
【請求項2】
前記炭化クロム膜は、CrとCrの少なくとも一方を含む請求項1に記載の摺動システム。
【請求項3】
前記油溶性モリブデン化合物は、前記MoDTCを含む請求項1または2に記載の摺動システム。
【請求項4】
前記潤滑油は、前記油溶性モリブデン化合物を、該潤滑油全体に対するMoの質量割合で25〜900ppm含む請求項1〜3のいずれかに記載の摺動システム。
【請求項5】
前記摺動面には、MoSが生成され得る請求項1〜4のいずれかに記載の摺動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化クロム膜と特定の油溶性モリブデン化合物を含有した潤滑油との組合わせにより、低摩擦化と高耐摩耗化を両立し得る摺動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
多くの機械は摺接しつつ相対移動する摺動部材を備える。このような摺動部材を有する系(本明細書では「摺動システム」という。/例えば、摺動機械)では、摺動面間の摩擦係数を低減することにより、摺動抵抗が小さくなり、性能の向上と共に稼動エネルギーの低減が図られる。また、その摺動面が耐摩耗性にも優れると、摺動システムの耐久性や信頼性等の向上も図られる。
【0003】
ところで、低摩擦特性や耐摩耗性等の摺動特性は、作動中における摺動面の表面状態と摺動面間の潤滑状態により異なり、その向上を図るために、摺動面の表面改質と摺動面間へ供給する潤滑剤(潤滑油)の改良がこれまで多く検討されてきた。これらに関連する記載が、例えば下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−339486号公報(欧州特許EP1462508B1号公報)
【特許文献2】特開2016−84852号公報
【特許文献3】特許第5050048号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、金属元素等を含まない一般的なDLC膜と、ベースオイルにMoDTCをMo量で550ppm添加した潤滑油とを組合わせることを提案している。もっとも特許文献1は、その組合わせにより摩擦係数が低減される旨を指摘しているに留まり、そのメカニズム等については一切明らかにしていない。また、その組合わせにより得られる摩擦係数は、高々0.1程度であり、十分に低摩擦化が図られているとはいえない。
【0006】
特許文献2は、CrN膜からなる摺動面とMo三核体からなる油溶性モリブデン化合物を含む潤滑油とを組合わせることにより低摩擦化を図れる摺動システムを提案している。
【0007】
特許文献3には、炭素、窒素および硫黄を含む結晶質クロム堆積物(いわゆるCrメッキ)に関する記載があるが、その摺動特性については、何ら具体的な開示がなされていない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、摺動被膜と潤滑油の新たな組合わせにより、摺動特性のさらなる向上を図れる摺動システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、炭化クロム膜と、特定の油溶性モリブデン化合物を含有した潤滑油との新たな組合わせにより、摺動面間の摩擦係数が顕著に低減されることを発見した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《摺動システム》
(1)本発明の摺動システムは、相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、該対向する摺動面間に介在する潤滑油と、を備えた摺動システムであって、前記摺動面の少なくとも一方は、非晶質炭素成分を含まず結晶質のみからなる炭化クロム膜で被覆された被覆面からなり、前記潤滑油は、モリブデンジチオカーバメイト(「MoDTC」という。)またはモリブデンジチオフォスフェート(「MoDTP」という。)の少なくとも一方からなる油溶性モリブデン化合物を含み、前記炭化クロム膜は、膜全体を100原子%として、Cr:50〜75原子%を含むことを特徴とする。
【0011】
(2)本発明の摺動システムによれば、炭化クロム膜(単に「CrC膜」ともいう。)により被覆された摺動面と、MoDTC等の油溶性モリブデン化合物を含む潤滑油とを組合わせることにより、摺動面間における摩擦係数を顕著に低減できる。具体的にいうと、例えば、摺動面間の摩擦係数を0.04以下、0.03以下さらには0.02以下とすることも可能となる。また本発明に係るCrC膜は結晶質からなるため、そのCrC膜で被覆された摺動面は、鉄鋼材等からなる従来の摺動面に対して耐摩耗性にも優れる。
【0012】
このような本発明の摺動システムが、例えば、境界潤滑(摩擦)条件から混合潤滑(摩擦)条件に至る厳しい条件下で長期間運転され得る駆動系機械(例えば、変速機、エンジン等の駆動系ユニット)等に適用されると、その性能や信頼性の向上、省エネルギー化等を図れて好ましい。
【0013】
(3)本発明に係るCrC膜と特定の潤滑油との組合わせにより優れた摺動特性が発現されるが、そのメカニズムは必ずしも定かではなく、現状では次のように考えられる。
【0014】
本発明の摺動システム(具体的には摺動機械)を稼働させると、潤滑油中に含まれるMoDTCやMoDTPからなる油溶性モリブデン化合物(単に「Mo化合物」ともいう。)が、CrC膜からなる摺動面上に吸着される。この吸着は、潤滑油中におけるMo化合物の含有量が極微量でも生じ得る。そして、摺動システムが稼働すると、Mo化合物が吸着していた摺動面(CrC膜)上に、MoSまたはそれと同様な層状構造の硫化モリブデン化合物が生成する。これにより、摺動面間に顕著な低せん断特性が発現される。
【0015】
こうして、境界摩擦を含む広い運転状況下でも、特定の潤滑油の存在下で、CrC膜からなる摺動面上の摩擦係数が大幅に低減されるようになったと考えられる。なお、摺動面上に生成される硫化モリブデン化合物の一部は、本発明に係るMo化合物を供給源とする他、それと競争吸着関係にある他の添加剤に含まれる元素(例えばMo、S等)を供給源としても良い。
【0016】
なお、本発明に係る摺動面が耐摩耗性等にも優れる理由は、摺動面を被覆するCrC膜が結晶質からなり、非晶質膜(DLC膜)や基材(例えば鋼材)よりも硬いことに加えて、摺動相手側の摺動面へも移着しにくいことも一因であると考えられる。
【0017】
《その他》
(1)本発明に係るMoDTCはジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンとも呼ばれ、MoDTPはジアルキルジチオリン酸モリブデンとも呼ばれる。参考までに、それらの化学構造を図4に示した。なお、図4中に示したRは、炭化水素基(特にアルキル基)である。一分子中における各Rは、それぞれ同じでも異なっていてもよい。通常、一分子中の各Rは、同炭素数のアルキル基(C=6〜18、好ましくはC=6〜12)からなる。
【0018】
(2)本明細書では、適宜、炭化クロム膜をCrC膜と表記しているが、CrC膜は、主成分であるCrとC以外の元素を含んでいてもよい。例えば、低摩擦特性を阻害しないか、または低摩擦特性を改善するドープ元素(例えばO、N等)をさらに含有してもよい。またCrC膜中には、CrCのみでなく、CrやCrが存在してもよい。
【0019】
これらを踏まえて、本発明に係るCrC膜は、膜全体を100原子%(単に「%」という。)として、Cr:40〜75%、45〜70%さらには50〜65%、C:25〜60%、30〜55%さらには35〜50%であると好適である。Crが過少では、非晶質炭素が生成され易く、結晶質のCrC膜が得られない。Crが過多ではCrC膜の生成自体が困難となる。またCrC膜にドープ元素等が含まれる場合、CrとC以外の元素は1〜10%さらには3〜7%程度であると好ましい。
【0020】
本明細書でいう膜組成は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)により特定される。また、本発明に係るCrC膜が結晶質であることは、X線回折またはラマン分光分析により確認される。本明細書でいう「CrC膜が非晶質炭素成分を含まない」とは、例えば、ラマン分光分析により非晶質炭素成分が検出されないことを意味する。
【0021】
(3)本発明でいう「摺動システム」は、摺動部材と潤滑油を備えれば足り、機械としての完成体に限らず、その一部を構成する機械要素の組合わせ等でもよい。本発明の摺動システムは、適宜、摺動構造、摺動機械(例えばエンジン、変速機)等と換言してもよい。
【0022】
本発明に係るCrC膜による被覆面は、相対移動する対向した一方の摺動面のみでも、両方の摺動面でもよい。通常、対向する両摺動面がCrC膜による被覆面からなると、より低摩擦化を図れて好ましい。
【0023】
(4)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】試料1(CrC)とCr含有非晶質炭素膜(Cr―DLC)に係るラマンスペクトルである。
図2A】MoDTC非含有潤滑油の存在下における各試料に係る摩擦係数を示す棒グラフである。
図2B】MoDTC含有潤滑油の存在下における各試料に係る摩擦係数を示す棒グラフである。
図3A】各試料の摺動面をTOF―SIMSで分析して得られた二次イオン像である。
図3B】その分析により得られた二次イオンの相対強度(比)を示す棒グラフである。
図4】MoDTCとMoDTPの分子構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の摺動システム全体としてのみならず、それを構成する摺動部材や潤滑油にも適宜該当する。製造方法に関する構成要素も物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0026】
《潤滑油》
本発明に係る潤滑油は、Mo化合物(MoDTCおよび/またはMoDTP)を含むものであれば、基油の種類や他の添加剤の有無等を問わない。通常、エンジンオイル等の潤滑油には、S、P、Zn、Ca、Mg、Ca、BaまたはCu等を含む種々の添加剤が含まれる。このような潤滑油中でも、MoDTC等はCrC膜で被覆された摺動面(被覆面)上に優先的に作用し、摩擦係数を低減させ得る硫化モリブデン化合物(MoS、その他、Mo、Mo、Mo等)を生成させる。
【0027】
潤滑油中に含有させる油溶性Mo化合物は、過少では効果が乏しいが、過多でも問題はない。但し、Moはレアメタルの一種であり、含有されるMoの合計量は少ないほど好ましい。そこで本発明に係るMo化合物は、潤滑油全体に対するMoの質量割合で25〜1000ppm、50〜900ppm、200〜800ppmさらには400〜800ppmであると好ましい。
【0028】
なお、潤滑油全体に対するMoの質量割合をppmで表すときは「ppmMo」と表記する。本発明に係る潤滑油は、MoDTC等以外のMo系化合物(例えばMo三核体等)を含んでもよいが、その場合でも、Mo総量の上限値は、潤滑油全体に対して1000ppmMoさらには400ppmMoであると好ましい。
【0029】
《CrC膜》
本発明に係るCrC膜は、その成膜方法を問わないが、例えば、スパッタリング(SP)法(特にアンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、アークイオンプレティーング(AIP)法等の物理蒸着(PVD)法により、所望のCrC膜が効率的に形成され得る。
【0030】
SP法は、ターゲットを陰極側、被覆処理面を陽極側として電圧を印加し、グロー放電により生じた不活性ガス原子イオンをターゲット表面に衝突させて、飛び出したターゲットの粒子(原子・分子)を被覆処理面に堆積させて皮膜を形成する方法である。本発明の場合なら、例えば、ターゲットを金属Cr、不活性ガスをArガスとしてスパッタリングを行い、放出されたCr原子(イオン)によりCr中間層を形成した後、さらに導入した炭化水素ガス(Cガス等)と反応させることにより摺動面上にCrC膜を形成することができる。
【0031】
AIP法は、例えば、反応ガス(プロセスガス)中で、金属ターゲット(蒸発源)を陰極としてアーク放電を起こし、金属ターゲットから生じた金属イオンと反応ガス粒子を反応させて、バイアス電圧(負圧)を印加した被覆処理面に、緻密な皮膜を形成する方法である。本発明の場合なら、例えば、ターゲットを金属Cr、反応ガスを炭化水素ガス(Cガス等)とするとよい。
【0032】
また、CrとC以外のドープ元素を含むCrC膜であれば、そのドープ元素を含むターゲットまたは反応ガスを用いるとよい。また、ターゲットや反応ガスの成分を調整する他、反応ガスのガス圧を調整して、CrC膜の組成、構造等を調整することもできる。
【0033】
《用途》
本発明に係る摺動部材は、潤滑油を介在させつつ相対移動する摺動面を有するものであれば、その種類、形態、摺動様式等を問わない。このような摺動部材を備える摺動システムも、その具体的な形態、様式、用途等を問わず、信頼性の確保を前提に、摺動抵抗の低減や摺動による機械損失の低減が要求される多種多様な機械や装置等に幅広く適用され得る。
【0034】
例えば、自動車等の駆動系ユニット(変速機等)やエンジンユニットに本発明の摺動システムが利用されると好適である。このような摺動システムを構成する摺動部材として、例えば、各種のギア(特に歯面)やシャフト(特に軸受面)、動弁系を構成するカム、バルブリフタ(特にカムとの接触面)、フォロワ、シム、バルブ、バルブガイド等、その他、ピストン(特にピストンスカート)、ピストンリング、ピストンピン、クランクシャフト、ロータ、ロータハウジング、バルブ、バルブガイド、ポンプ等がある。
【実施例】
【0035】
《概要》
複数の供試材(試料/摺動部材)と、複数の潤滑油とを組合わせて、摺動試験(ブロックオンリング摩擦試験)を行った。この試験結果等に基づいて、本発明をより具体的に説明する。
【0036】
《供試材の製造》
(1)基材
焼入れ処理した鋼材(JIS SCM420)からなるブロック状(6.3mm×15.7mm×10.1mm)の基材を複数用意した。各基材の表面(被覆処理面)は鏡面仕上げ(表面粗さ:Ra0.08μm)した。ちなみに、鋼材(SCM420)の基材組成(単位:質量%)は、Cr:0.9〜1.2%、C:0.17〜0.23%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.60〜0.90%、Mo:0.15〜0.25、残部:Feおよび不可避不純物であった。
【0037】
基材の表面にCrC膜(単に「CrC(膜)」ともいう。/試料1)を被覆した試料と、被膜を形成せず基材の表面を浸炭面(硬さ:HV600、表面粗さ:Ra0.08μm)とした試料(単に「浸炭材」ともいう。/試料C0)とを用意した。
【0038】
(2)成膜
CrC膜は、アンバランスマグネトロンスパッタリング装置を用いて成膜した。具体的にいうと、チャンバー内を予備排気した後、純CrターゲットをArガスでスパッタリングし、基材表面にCr中間層を形成した。これに続いて、Cガスをさらに導入して、CrC膜を合成した。
【0039】
《摺動試験前の測定》
(1)膜組成
摺動試験前に試料1(CrC)の膜組成をEPMA(日本電子株式会社製JXA−8200)により定量したところ、Cr:66.5at%、C:33.5at%であった。
【0040】
(2)膜構造
ラマン分光装置(日本分光株式会社製NRS−3200)を用いてCrC膜を分析した。また、比較のため、Crを含有したDLC膜(Cr:23at%)も同様に分析した。これらのラマンスペクトルを図1に併せて示した。
【0041】
図1に示すCrC膜のラマンスペクトルに、非晶質なDLC膜(非晶質)に現れるようなピークが観られないことから、CrC膜が結晶質であることがわかった。
【0042】
なお、CrC膜をX線回折により分析したところ、そのプロフィルから、主にCrC膜はCr結晶とCr結晶とからなることが確認された。同様のことは透過型電子顕微鏡(TEM)による電子線回折からも確認されている。
【0043】
《潤滑油》
摩擦試験に用いる潤滑油として、MoDTCを含有していない潤滑油(「MoDTC非含有潤滑油」という。)と、MoDTCを含有した潤滑油(「MoDTC含有潤滑油」という。)とを用意した。
【0044】
MoDTC非含有潤滑油には、市販のオートマティックトランスミッションフルード(トヨタ自動車株式会社製、純正ATF オートフルード タイプWS)を用いた。MoDTC含有潤滑油には、炭化水素系鉱油に、エンジン油添加剤パッケージおよびMoDTCを添加して、オイル粘度をMoDTC非含有潤滑油と同程度に調整した低粘度オイルを用いた。この潤滑油中におけるMoDTCの含有量は800ppmMoとした。
【0045】
なお、上述した炭化水素系鉱油は、MoDTC非含有潤滑油と同一のものである。エンジン油添加剤パッケージには、摩擦調整剤であるMoDTCの他に、摩耗防止剤、清浄剤、分散剤、酸化防止剤、消泡剤等をも含有されている。
【0046】
《摺動試験》
(1)摩擦係数
各試料の供試材と、各潤滑油とを組合わせてブロックオンリング摩擦試験(単に「摩擦試験」という。)を行い、摺動面における摩擦係数(μ)をそれぞれ測定した。こうして得られた各摩擦係数を対比して、図2A図2B(両者を併せて単に「図2」という。)に棒グラフで示した。
【0047】
摩擦試験は、各供試材を摺動面幅6.3mmのブロック試験片とし、浸炭鋼材(AISI4620)から成るFALEX社製S−10標準試験片(硬さHV800、表面粗さ1.7〜2.0μmRzjis)をリング試験片(外径φ35mm、幅8.8mmの)として行った。この際、試験荷重:133N(ヘルツ面圧:210MPa)、すべり速度:0.3m/s、油温:80℃(一定)として、30分間の摩擦試験を行い、試験終了直前の1分間におけるμ平均値を本試験における摩擦係数とした。
【0048】
(2)摺動面の摩耗深さ
摩擦試験後の各摺動面の表面形状(粗さ)を、白色干渉法非接触表面形状測定機(Zygo社製NewView5022)を用いて測定したところ、MoDTC含有潤滑油を用いた場合、試料1の摩耗深さ(0.29μm)は試料C0の摩耗深さ(1.13μm)の約1/4程度であった。なお、ここで示した摩耗深さは、5箇所の測定を2回繰り返して得た相加平均値である。
【0049】
また、CMS社製Calotestを用いて摩耗痕から特定した試験前のCrC膜厚は1〜1.5μmであった。
【0050】
(3)摺動面の分析
MoDTC含有潤滑油を用いた摩擦試験後の各摺動面を、飛行時間型2次イオン質量分析法(TOF−SIMS/Ion-Tof社製 TOF-SIMS装置)により測定した。この際、1次イオンとして30keVのBi+ビームを用いて、領域100μm×100μmで高分解能スペクトル測定を実施した。これにより得られた摺動面上の各元素の分析結果を図3A図3B(両者を併せて単に「図3」という。)に示した。図3Aには代表的な元素に係る二次イオン像を、図3Bには代表的な元素に係る二次イオン相対強度(比)を示した。
【0051】
《評価》
(1)摩擦係数
図2Aから明らかなように、MoDTC非含有潤滑油を用いた場合、試料1(CrC膜)の摩擦係数と試料C0(浸炭材)の摩擦係数との間に大差はない。しかし、図2Bから明らかなように、MoDTC含有潤滑油を用いると、試料1の摩擦係数は、試料C0の摩擦係数の約1/2まで著しく低下した。従って、CrC膜からなる摺動面とMoDTC含有潤滑油との組合わせにより、摩擦係数が0.02程度という超低摩擦特性が得られることがわかった。
【0052】
(2)考察
CrC膜とMoDTC含有潤滑油との組合わせにより、超低摩擦特性が発現される理由は次のように推察される。
【0053】
図3Aに示したMo+、S-、MoS-に係る二次イオン像と、図3Bに示したSの相対ピーク強度およびMoのピーク強度比から、試料1の摺動面にはMoSがほぼ均一的に生成されていると考えられる。
【0054】
これに対して、試料C0の摺動面は、各成分の分布が著しく不均一となっており、試料1の摺動面と比較すると、Mo+、S-、MoS-は少なく、逆にCa+、PO-等が多い傾向にあった。
【0055】
これらのことから、試料1では、層状構造を有するMoSまたはそれに類似した構造の物質が摺動面に生成されて、それに依る低せん断特性に起因して、上述した超低摩擦特性が発現されたと推察される。一方、試料C01では、摺動面にCaPO(またはCaCO)等の無機成分が生成されて、逆にMoSの摺動面への吸着が阻害されて、超低摩擦特性が発現されなかったと推察される。いずれにしても、MoDTC含有潤滑油の存在下で、摩擦係数が試料1と試料C0で大きく相違した理由は、各摺動面で生じているメカニズムが異質であるためといえる。
【0056】
ちなみに、CrC膜は、Cr含有量が40%未満(特に30%以下)になると、非晶質炭素(DLC)からなるマトリックス(単に「DLCマトリックス」ともいう。)中に炭化クロムが分散した被膜となって耐摩耗性が低下することも、本発明者は確認している。そしてDLCは、MoDTC添加油に対して、耐摩耗性の低下することが報告されている。よって、DLC成分が含まれていない結晶質なCrCは、本発明に係る潤滑油下において、低摩擦特性と耐摩耗性を高次元で両立させ得る摺動材料といえる。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4