(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の蓄光性ビニル系樹脂部材の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0012】
図1は本発明の一実施形態に係る蓄光性ビニル系樹脂部材の断面図であって、この蓄光性ビニル系樹脂部材Aは、ビニル系樹脂に少なくとも蓄光材と可塑剤を含有させた表面層1の裏側に裏面層2を積層した二層構造のシート状の部材とされている。
【0013】
蓄光性ビニル系樹脂部材の形状は、この実施形態のような二層構造のシート形状に限定されるものではなく、例えば、表面層1のみからなる単層構造のシート形状の部材としたり、管状あるいは棒状あるいは異形状など、所望形状の部材とすることができる。また、積層構造のシート形状の部材とする場合は、表面層1と裏面層2との間に、中間層として透光性のガラス繊維や合成樹脂繊維からなる織布もしくは不織布などを設けたり、裏面層2に上記繊維や無機充填材を含有させたりすることで、蓄光性ビニル系樹脂部材Aを補強すると共に、熱伸縮を抑制するようにしてもよい。
【0014】
表面層1は蓄光性ビニル系樹脂部材Aの本体を構成するもので、ビニル系樹脂をマトリックス樹脂とし、このビニル系樹脂に少なくとも蓄光材と可塑剤を含有させた透光性を有する層である。従って、この蓄光性ビニル系樹脂部材Aの表面層1に入射した蓄光材励起波長領域の光線は、表面層1に含有されている蓄光材に吸収され、蓄光材が該光線に励起されて蓄光材励起波長領域よりも長波長領域の可視光線(りん光)を出射するようになっている。
【0015】
表面層1のマトリックス樹脂となるビニル系樹脂としては、例えば、光学的に透明な塩化ビニル樹脂、酢酸ビニル樹脂などが好ましく使用され、これらの樹脂は単独で使用してもよいし、適宜混合して使用してもよい。これらのビニル系樹脂のなかで最も好ましいものは、避難誘導用のシートや床材の材料樹脂として賞用されている塩化ビニル樹脂である。
【0016】
表面層1に含有させる蓄光材としては、ラジウム系化合物、プロメチウム系化合物、ストロンチウム系化合物、亜鉛系化合物(ZnS系)等が挙げられるが、そのなかでも特に好ましい蓄光材は、ジスプロシウム、ユウロピウムで付活したアルミン酸ストロンチウム(イエローグリーン発色のSrAl
2O
4:Eu,Dyと、ブルーグリーン発色のSr
4Al
14O
25:Eu,Dy)である。これらの蓄光材は、単独で又は複数種組み合わせて、表面層1に含有される。
後述の実施例で使用する蓄光材(イエローグリーン発色のSrAl
2O
4:Eu,Dy)は、蓄光材励起波長領域が250〜450nm(ピーク波長350nm)であり、この波長領域の光線(紫外光線ないし可視光線)を吸収して、人が視認できる波長450〜650nm(ピーク波長525nm)のイエローグリーン発色の可視光線(りん光)を出射することにより、暗所での避難誘導や危険指示を可能とするものである。
【0017】
蓄光材の好ましい平均粒子径は50〜300μmであり、この範囲の平均粒子径であると、後掲の[表3]の試料片No.3、No.9のように、合格水準以上の高いりん光輝度と優れた耐候性を得ることができる。しかし、蓄光材の平均粒子径が25μmと小さ過ぎるもの(試料片No.8)は、耐候性が更に向上する反面、りん光輝度が低下して合格水準を下回るようになる。また、蓄光材の平均粒子径が300μmを越えて大き過ぎるものは、耐候性が低下して合格水準を下回るようになり、蓄光性ビニル系樹脂部材の成形時に設備の損傷が激しいなどの問題もある。
蓄光材の更に好ましい平均粒子径は120〜270μmであり、最も好ましい平均粒径は、後掲の[表3]の試料片No.3に示すように150μm前後である。
【0018】
表面層1における蓄光材の含有量は、表面層1のビニル系樹脂100質量部に対して50〜250質量部であることが好ましく、この範囲内の含有量であると、後掲の[表4]の試料片No.11、No.3、No.12、No.13のように、合格水準以上のりん光輝度と耐候性と曲げもろさを得ることができる。しかし、蓄光材の含有量が25質量部と少な過ぎるもの(試料片No.10)は、りん光輝度も耐候性も大幅に低下して合格水準を下回るようになり、他方、蓄光材の含有量が300質量部と多過ぎるもの(試料片No.14)は、りん光輝度と耐候性が良好で合格水準を大きく上回るけれども、曲げもろさが合格水準をクリアできない。また、後掲の[表4]に示すように、蓄光材の含有量が25〜300質量部の範囲内では、蓄光材の含有量が増えるほど、りん光輝度と耐候性が向上し(但し、300質量部の場合はりん光輝度が少し低下する)、試料片の脆さが増す。
蓄光材の更に好ましい含有量は、100〜250質量部である。
【0019】
表面層1の蓄光材の好ましい目付量は0.6〜1.8kg/m
2であり、この範囲内の目付量であれば、合格水準以上のりん光輝度と耐候性を得ることができる。けれども、蓄光材の目付量が0.6kg/m
2を下回ると、りん光輝度も耐候性もかなり低下して合格水準を下回るようになる。また、蓄光材の目付量が多くなればなるほど、りん光輝度と耐候性は向上するが、目付量が1.8kg/m
2を上回ると蓄光材コストが高くなり、蓄光材コストに見合うだけの顕著なりん光輝度向上効果や耐候性向上効果が得られないので、目付量の上限を上記のように1.8kg/m
2とするのが適当である。
【0020】
表面層1の蓄光材の目付量が一定の場合は、表面層1の厚さが増加するほど、即ち、表面層1における蓄光材の密度が小さくなるほど、りん光輝度は向上するが、耐候性は低下する。これは、表面層1の厚さの増加により蓄光材の密度が小さくなるにしたがって、蓄光材の粒子と粒子の間隔が広がり、波長250〜650nmの光線(蓄光材に吸収される蓄光材励起波長領域の光線と蓄光材から出射される可視光線)が表面層1を透過し易くなること、及び、表面層1を光線(紫外線)が透過し易くなることで紫外線によるビニル系樹脂の劣化が進むからであると考えられる。
【0021】
表面層1のビニル系樹脂に含有させる可塑剤は、表面層1に柔軟性を付与して変形可能とするためのものであるが、りん光輝度を向上させるためには、可塑剤として、蓄光材励起波長領域と重複する波長300〜400nmの光線透過率が70%以上で、かつ、蓄光材から出射される可視光線の波長領域と重複する波長450〜650nmの光線透過率が90%以上である透光性の可塑剤を使用する必要がある。このような可塑剤を表面層1のビニル系樹脂に含有させると、蓄光材励起波長領域のうち、そのピーク波長を含む300〜400nmの波長領域の紫外光線が可塑剤にあまり吸収されないで可塑剤を70%以上透過して蓄光材に吸収され、蓄光材が強く励起されて蓄光材励起波長領域よりも長波長側の450〜650nmの波長領域の可視光線(りん光)を多量に出射し、この450〜650nmの可視光線(りん光)が可塑剤を90%以上透過して、可塑剤に殆ど吸収されることなく蓄光性ビニル系樹脂部材Aの表面層1から出光するので、りん光輝度が大幅に向上して暗闇下での視認性が良くなり、本発明の目的が達成される。
【0022】
上記の光線透過率を有する可塑剤としては、共役二重結合を有しない脂肪族エステル又は脂環式エステルが挙げられ、具体的には、下記[化1]の分子構造を有するフタル酸系エステルの水添物、下記[化2]の分子構造を有するアジピン酸系エステル、下記[化3]の分子構造を有するアジピン酸系ポリエステル、下記[化4]、下記[化5]の分子構造を有するエポキシ系エステル、下記[化6]の分子構造を有するポリエーテルエステルなどが好ましく使用される。
【0029】
これらの可塑剤の中でも特に好ましく使用されるものは、上記[化1]に示すフタル酸系エステルの水添物であるジイソノニルシクロヘキサン−1,2−ジカルボキシレートであり、この可塑剤はBASF社製の「DINCH」(登録商標)の商品名で市販されている。この「DINCH」は、
図2のグラフに示すように、300〜400nmの波長領域の光線透過率も、450〜650nmの波長領域の光線透過率も、100%に近いため、蓄光材励起波長領域の紫外線の大部分をほぼ完全に透過して蓄光材を強く励起させ、蓄光材から多量に出射される450〜650nmの波長領域の可視光線(りん光)をほぼ完全に透過して表面層1から出光させることができる。
【0030】
また、
図2のグラフに示す「D620」は、(株)ジェイ・プラス製の可塑剤であって、上記[化3]の分子構造を有するアジピン酸系ポリエステルからなるものである。この「D620」は「DINCH」に比べると光線透過率が多少劣るが、それでも300〜400nmの波長領域の光線透過率は
図2のグラフから判るように70%を超えており(300〜400nmの波長領域における透過率曲線より下側の面積を求めて光線透過率の算術平均値を求めると略75.5%)、蓄光材吸収ピーク波長350nmの光線透過率は略84.3%である。そして、450〜650nmの波長領域の光線透過率も90%を超えており(上記と同様に光線透過率の算術平均値を求めると略96.7%)、蓄光材発光ピーク波長525nmの光線透過率は略96.8%である。従って、この「D620」も蓄光材励起波長領域の紫外線の大部分を良く透過し、十分励起させた蓄光材から出射される多量の可視光線(りん光)を良く透過して、りん光輝度を向上させることができる。
なお、
図2のグラフに示す蓄光材吸収ピーク波長(350nm)、蓄光材発光ピーク波長(525nm)は、蓄光材が前述のSrAl
2O
4:Eu,Dyである場合のそれぞれのピーク波長である。
【0031】
これに対し、共役二重結合を有する可塑剤、例えば、下記[化7]の分子構造を有するフタル酸系エステル、下記[化8]の分子構造を有するトリメリット酸系エステル、下記[化9]の分子構造を有する安息香酸系エステルなどの可塑剤は、蓄光材励起波長領域と重複する300〜400nmの波長領域の光線透過率が70%を下回ったり、蓄光材から出射される可視光線(りん光)の波長領域と重複する450〜650nmの波長領域の光線透過率が90%を下回ったりするので、蓄光材励起波長領域の紫外線が可塑剤にかなり吸収されて蓄光材の励起が弱くなり、蓄光材から出射される450〜600nmの可視光線(りん光)も十分透過されないので、りん光輝度を大幅に向上させることが困難である。
【0035】
これらの共役二重結合を有する可塑剤のうち代表的なものは、上記[化7]の分子構造を有するフタル酸系エステル「DOP」であるが、この「DOP」は
図2のグラフから推測できるように、300〜400nmの波長領域の光線透過率が70%を下回り(300〜400nmの波長領域における透過率曲線より下側の面積を求めて光線透過率の算術平均値を求めると略61.9%)、蓄光材吸収ピーク波長350nmの光線透過率は略77.6%である。そして、450〜650nmの波長領域の光線透過率も90%を下回り(上記と同様に光線透過率の算術平均値を求めると略88.9%)、蓄光材発光ピーク波長525nmの光線透過率は略88.5%である。これより、共役二重結合を有する「DOP」は表面層1の透光性を低下させ、表面層1に入射した蓄光材励起波長領域の紫外線の大部分をかなり吸収して蓄光材の励起を弱め、蓄光材から出射される可視光線(りん光)をあまり透過させないので、りん光輝度の向上が困難であることが判る。
この「DOP」のように、蓄光材吸収ピーク波長350nmの光線透過率が70%を越えていても、300〜400nmの波長領域の光線透過率(算術平均値)が70%を下回る可塑剤は不適当であり、前記の共役二重結合を有しない「DINCH」や「D620」のように、300〜400nmの波長領域の光線透過率が70%以上であって、蓄光材吸収ピーク波長350nmの光線透過率が80%以上である可塑剤が好ましく使用される。
【0036】
また、後掲の[表1]における試料片No.1(共役二重結合を有するフタル酸系エステル「DOP」を含有させたもの)と、試料片No.3(共役二重結合を有しないフタル酸系エステルの水添物「DINCH」を含有させたもの)と、試料片No.4(共役二重結合を有しないアジピン酸系ポリエステル「D620」を含有させたもの)とを対比すれば、共役二重結合を有する「DOP」を含有させた試料片No.1がりん光輝度も耐候性も合格水準を下回っているのに対し、共役二重結合を有しない「DINCH」と「D620」を含有させた試料片No.3、No.4はりん光輝度も耐候性も合格水準を上回っている。このことから、共役二重結合を有しない「DINCH」や「D620」は、蓄光性ビニル系樹脂部材Aのりん光輝度や耐候性を向上させるために有効な可塑剤であることが判る。そして、「DINCH」を含有させた試料片No.3は、「D620」を含有させた試料片No.4に比べて、りん光輝度も耐候性も優れており、このことから、共役二重結合を有しないフタル酸系エステルの水添物であるジイソノニルシクロヘキサン−1,2−ジカルボキシレート「DINCH」が極めて有効な可塑剤であることが判る。
【0037】
可塑剤の含有量は、表面層1のビニル系樹脂100質量部に対し30〜100質量部とすることが好ましく、この含有量の範囲内で可塑剤として例えば「DINCH」を含有させると、後掲の[表2]の試料片No.3、No.6のように、合格水準以上のりん光輝度と、耐候性と、耐汚染性を得ることができる。けれども、可塑剤が20質量部と少な過ぎる試料片No.5はりん光輝度も耐候性も合格水準を下回り、また、可塑剤が120質量部と多過ぎる試料片No.7は、りん光輝度や耐候性は合格水準を大きく上回るが、可塑剤のブリードアウトが大きく、耐汚染性も不合格となる。なお、可塑剤を100質量部含有させた試料片No.6は、可塑剤のブリードアウトが見られるものの、その程度が軽微であるので問題にならない。可塑剤の更に好ましい含有量は、表面層1のビニル系樹脂100質量部に対し40〜80質量部である。
また、後掲の[表2]の試料片No.5、No.3、No.6、No.7を対比すれば判るように、可塑剤の含有量が多くなるほど、りん光輝度と耐候性は向上するが、可塑剤がブリードアウトし易くなるため、耐汚染性は低下する。
【0038】
表面層1のビニル系樹脂には、前述の蓄光材と可塑剤の他に、ビニル系樹脂の透明性を実質的に損なわない透光性の添加剤、例えば、光安定剤、熱安定剤、成形助剤などが適宜添加される。しかし、表面層1の透光性を阻害する顔料などの着色剤や無機充填剤は添加されない。
光安定剤としては、例えば、ステアリン酸のバリウム塩・亜鉛塩などの金属石鹸が好ましく使用され、紫外線を吸収するヒンダードアミン系の光安定材などは使用できない。
また、熱安定剤としては、例えば、透明性が良いエポキシ系熱安定剤などが好ましく使用される。
光安定剤や熱安定剤などの添加剤の添加量は少量でよく、例えば、表面層1のビニル系樹脂100質量部に対し10質量部以下の添加量とすれば十分である。
【0039】
表面層1の厚さは特に限定されないが、0.5〜3mmの厚さとするのが適当である。
【0040】
なお、この表面層1は、後述するように裏面層2に蛍光増白剤を含有させる場合には、蛍光増白剤を励起させる波長領域(以下、蛍光増白剤励起波長領域という)と重複する波長300〜400nmの光線透過率が70%以上であることが好ましい。このようにすると、蛍光増白剤励起波長領域と重複する300〜400nmの波長領域の光線が表面層1を70%以上の光線透過率で透過し、裏面層2に含有される蛍光増白剤を十分励起して、蛍光増白剤励起波長領域より長波長領域の可視光線を蛍光増白剤から出射するので、蓄光性ビニル系樹脂部材の全体としてのりん光輝度が更に向上する。
【0041】
一方、蓄光性ビニル系樹脂部材Aの裏面層2は、透光性が要求されない層であり、この裏面層2のマトリックス樹脂には、蛍光増白剤、可塑剤、無機充填剤、顔料、添加剤(例えば、光安定剤、熱安定剤、成形助剤など)等が適宜含有される。
裏面層2のマトリックス樹脂としては、前述した表面層1のビニル系樹脂と同種又は異種の公知の熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂が使用される。
【0042】
裏面層2に含有させる蛍光増白剤としては、オキサゾール系、クマリン系、トリアゾール系、ビラゾロン系、ナフタルイミド系などの蛍光増白剤が挙げられるが、これらの中では、オキサゾール系蛍光増白剤である2,5−チオフェンジイルビス(5−tert−ブチル−1,3−ベンゾキサゾール)が特に好ましく使用される。その分子構造を下記の[化10]に示す。
【0044】
このオキサゾール系蛍光増白剤は、波長320〜400nm(ピーク波長370nm)の紫外光線を吸収して励起され、波長400〜460nm(ピーク波長430nm)の紫青から青緑の可視光線を出射するものであるが、後述するように、このオキサゾール系蛍光増白剤と酸化チタン(白色系顔料)が共存して複合体化すると、吸収する波長領域も、出射する波長領域も、短波長側にシフトし、波長250〜350nm(ピーク波長280nm)の紫外光線を吸収して、波長350〜450nm(ピーク波長405nm)の紫外光線ないし可視光線を出射する。
【0045】
蛍光増白剤は200〜700の分子量を有するものが好ましく、この範囲の分子量を有する蛍光増白剤は、裏面層2のマトリックス樹脂に容易に分散し、且つ、裏面層2からブリードアウトし難いという利点がある。しかし、分子量が200を下回ると、裏面層2から蛍光増白剤がブリードアウトし易くなり、また、分子量が700を上回ると、マトリックス樹脂に対する蛍光増白剤の分散性が低下するという不都合を生じる。ちなみに、上記のオキサゾール系蛍光増白剤である2,5−チオフェンジイルビス(5−tert−ブチル−1,3−ベンゾキサゾール)の分子量は318であるので、裏面層2のビニル系樹脂などのマトリックス樹脂に容易かつ均一に分散し、裏面層2からブリードアウトすることも殆どない。
なお、低分子量の蛍光増白剤の例としては、下記[化11]に示すウンベリフェロンなどが挙げられる。
【0047】
蛍光増白剤の含有量は、裏面層2のマトリックス樹脂100質量部に対して0.1〜5質量部とすることが好ましく、この範囲の含有量であると、後掲の[表5]の試料片No.3のように、合格水準より5mcd/m
2も高い75mcd/m
2のりん光輝度と、合格水準より10hrも長い150hrの耐候性を得ることができる。これに対し、蛍光増白剤を含有しない試料片No.2は、蛍光増白剤が裏面層に含有されていない点を除いて、表面層の組成も裏面層の組成も試料片No.3と同じであるにも拘わらず、りん光輝度も耐候性も合格水準ぎりぎりの値であり、試料片No.3に比べて、りん光輝度が5mcd/m
2低下し、耐候性が10hr短くなる。このことから、裏面層2に含有させる蛍光増白剤は、りん光輝度を向上させる上できわめて有効なものであることが判る。
蛍光増白剤の更に好ましい含有量は0.5〜3質量部である。
【0048】
蛍光増白剤を裏面層2に含有させると蓄光性ビニル系樹脂部材Aの全体としてのりん光輝度が向上する理由は、次の通りである。即ち、表面層1を透過して裏面層2に入射した蛍光増白剤励起波長領域の光線を蛍光増白剤が吸収して励起され、蛍光増白剤励起波長領域よりも長波長領域の紫外光線ないし可視光線を出射してりん光輝度を高めると共に、表面層1の蓄光材が、表面層1に入射した蓄光材励起波長領域の光線に加えて、蛍光増白剤から出射された光線のうち蓄光材励起波長領域の光線をも吸収して二重に励起され、多量の可視光線(りん光)を出射してりん光輝度を更に高めるからである。
なお、蛍光増白剤を表面層1に含有させると、蓄光増白剤が蓄光材励起波長領域の光線を吸収して蓄光材の励起を阻害したり、蛍光増白剤によって表面層1の耐候性が低下したり、表面層1が粘着性を呈して汚れが付着するといった不都合を生じるので、蛍光増白剤は表面層1に含有させてはならない。
【0049】
裏面層2は、白色系顔料として酸化チタンを含有させることにより、略白色の層とすることが好ましく、そのようにすると、表面層1の蓄光材から裏面層2側に出射された可視光線(りん光)が略白色の裏面層2によって表面側に反射されるため、蓄光性ビニル系樹脂部材Aの全体としてのりん光輝度が更に向上する。
また、裏面層2において蛍光増白剤と酸化チタンが共存すると、前述したように、蛍光増白剤から出射される光線の波長領域が短波長側にシフトする(オキサゾール系蛍光増白剤では波長350〜450nmにシフトする)ため、蛍光増白剤から出射される光線の波長領域全体が蓄光材励起波長領域(SrAl
2O
4:Eu,Dyでは波長250〜450nm)と重複するようになり、この蛍光増白剤から出射される重複波長領域の光線を表面層1の蓄光材が良く吸収して二重に励起されるので、りん光輝度が一層向上するようになる。
【0050】
酸化チタンの含有量は特に限定されないが、裏面層2のマトリックス樹脂100質量部に対して5〜20質量部とすることが好ましく、この範囲内で酸化チタンを含有させると、合格水準以上のりん光輝度と耐候性を得ることができる。酸化チタンの更に好ましい含有量は5〜15質量部である。
蓄光性ビニル系樹脂部材Aのりん光輝度は、裏面層2への酸化チタンの含有量が5質量部より少なくなっても20質量部より多くなっても、合格水準を下回る傾向にあり、また、耐候性は酸化チタンの含有量が増加するにつれて向上する傾向にあり、更に耐熱性は酸化チタンの含有量が増加するにつれて低下する傾向がある。
【0051】
裏面層2に含有させる充填剤としては、炭酸塩(炭酸カルシウム等)、珪酸塩(珪酸カルシウム等)、珪酸などの白色系の無機充填剤が好ましく使用される。黒色系や濃色系の充填剤は、裏面層2の光線反射を損ない、表面層1の蓄光材から裏面層2側に出射された光線の反射が不充分になって、りん光輝度が向上し難くなるので、好ましくない。裏面層2に充填剤を含有させると、その増量効果によって裏面層2のマトリックス樹脂の使用量が相対的に少なくなるので、経済的に有利である。
充填剤の含有量は特に限定されないが、裏面層2のマトリックス樹脂100質量部に対して100〜300質量部含有させることが好ましい。100質量部未満では光が裏面層2を透過し、充填剤による増量効果も不充分である。一方、300質量部を超えると、酸化チタンが炭酸カルシウムに囲まれて酸化チタンの効果が低下し、また、裏面層2が脆弱化する。
【0052】
裏面層2に含有させる可塑剤としては、表面層1に含有させる前記可塑剤(共役二重結合を有しない前記[化1]〜[化6]の分子構造を有する可塑剤)のみならず、共役二重結合を有する前記[化7]〜[化9]の分子構造を有する可塑剤も使用される。裏面層2における可塑剤の含有量は、表面層における可塑剤の含有量と同様に、裏面層2のマトリックス樹脂100質量部に対して30〜100質量部とすることが好ましい。
【0053】
裏面層2に添加する光安定剤としては、前述の表面層1に添加する光安定剤と同じもの、つまりステアリン酸のバリウム塩・亜鉛塩などの金属石鹸が好ましく使用される。この光安定剤の含有量は少量でよく、裏面層2のマトリックス樹脂100質量部に対して5質量部以下の添加量とすれば十分である。
なお、裏面層2には、前述した熱安定剤を添加してもよいし、添加しなくてもよい。
【0054】
裏面層2の厚さは特に限定されないが、表面層1と同様の厚さ、即ち、0.5〜3mmの厚さとすることが好ましい。
【0055】
蓄光性ビニル系樹脂部材Aの製造は、ビニル系樹脂(マトリックス樹脂)に少なくとも蓄光材や可塑剤を配合した表面層形成用組成物と、マトリックス樹脂に蛍光増白剤や酸化チタンなどを配合した裏面層形成用組成物を調製し、これらの組成物を用いて、粉体成形、カレンダー成形、押出成形、又はそれらの組み合わせにより、表面層1と裏面層2を別々に形成して積層一体化するか、或いは、積層した状態で同時に成形するなど、所望の方法で製造すればよい。
【0056】
以上のような構成の蓄光性ビニル系樹脂部材Aは、表面層1のビニル系樹脂に蓄光材と共に含有させる可塑剤の波長300〜400nmの光線透過率が70%以上であり、且つ、波長450〜650nmの光線の透過率が90%以上であるため、蓄光材励起波長領域(一般的には250〜450nm)のうち、そのピーク波長を含む300〜400nmの波長領域の光線が可塑剤を70%以上透過して蓄光材に吸収され、可塑剤にはそれほど吸収されないので、蓄光材が強く励起されて蓄光材励起波長領域よりも長波長側の450〜650nmの波長領域の可視光線(りん光)を多量に出射する。そして、この450〜650nmの可視光線(りん光)は可塑剤を90%以上透過し、可塑剤に殆ど吸収されることなく蓄光性ビニル系樹脂部材Aの表面層1から出光するので、りん光輝度が大幅に向上し、暗闇下での視認性が向上する。
特に、裏面層2に蛍光増白剤と酸化チタンを含有させたものは、表面層1を透過して裏面層2に入射した蛍光増白剤励起波長領域の光線を蛍光増白剤が吸収して励起され、蛍光増白剤励起波長領域よりも長波長領域の紫外光線ないし可視光線を出射すると共に、表面層1の蓄光材が、表面層1に入射した蓄光材励起波長領域の光線に加えて、蛍光増白剤から出射された光線のうち蓄光材励起波長領域の光線をも吸収して二重に励起され、多量の可視光線(りん光)を出射するので、蓄光性ビニル系樹脂部材Aの全体としてのりん光輝度が一層向上する。しかも裏面層2は酸化チタンによって略白色の層とされ、表面層1の蓄光材から裏面層2側に出射された可視光線(りん光)が裏面層2によって表面側に反射されるため、蓄光性ビニル系樹脂部材Aの全体としてのりん光輝度は更に向上する。
【0057】
上記のように、この蓄光性ビニル系樹脂部材Aはりん光輝度が大幅に向上するので、一定のりん光輝度を満足すればよい場合には、高価な蓄光材の使用量(配合量)を減らすことが可能であり、それによって蓄光性ビニル系樹脂部材のコストを大幅に低減できるという経済的な効果も得られる。
また、この蓄光性ビニル系樹脂部材は可塑剤を含むため、軟質で柔軟性に富み、特にシート状の部材とした場合は、容易に変形可能であり、基材に設置ないし貼着する際には基材の形状に追従して変形するようになる。
【0058】
次に、本発明の更に具体的な実施例と比較例を挙げて説明する。
[実施例]
下記[表1]に示すように可塑剤として「DINCH」と「D620」を含有させた2種類の表面層用組成物と、下記[表1]に示す裏面層用組成物を調製し、厚さ1.5mmの表面層用シートと厚さ1.5mmの裏面層用シートを成形すると共に、両シートを積層して蓄光性ビニル樹脂部材の試料片No.3、No.4を作製した。
これらの試料片について、JIS Z 9107 りん光輝度の測定法に準じて2時間後のりん光輝度を測定し、更に、メタルハライドランプ方式による促進耐候試験を行い、各暴露時間での変色の度合いをブランク品と目視対比し、明らかな変色のない時間を測定値とする方法で耐候性を測定した。その結果を下記[表1]に示す。
【0059】
[比較例]
比較のために、下記[表1]に示すように可塑剤として「DOP」を含有させた表面層用組成物を調整して表面層用シートを形成した以外は、上記実施例の試料片No.3、No.4と同様にして、比較用の蓄光性ビニル系樹脂部材の試料片No.1を作製し、上記と同様に2時間後のりん光輝度と耐候性を測定した。その結果を下記[表1]に示す。
【0061】
この表1を見ると、表面層に可塑剤として、「DINCH」(共役二重結合を有しないフタル酸系エステルの水添物)と、「D620」(共役二重結合を有しないアジピン酸系ポリエステル)を含有させた試料片No.3、No.4は、りん光輝度も耐候性も合格水準の70mcd/m
2と140hrを上回っているのに対し、「DOP」(共役二重結合を有するフタル酸系エステル)を含有させた比較用の試料片No.1は、りん光輝度も耐候性も合格水準を下回っている。このことから、共役二重結合を有しない可塑剤はりん光輝度及び耐候性の向上に有効であるが、共役二重結合を有する可塑剤は有効でないことが判る。特に、「DINCH」は、
図2のグラフから判るように、300〜400nmの波長領域の光線透過率も、450〜650nmの波長領域の光線透過率も、100%に近いため、[表1]に示すように「DINCH」を表面層に含有させた試料片No.3は、「D620」を表面層に含有させた試料片No.4に比べて、りん光輝度及び耐候性が大幅に向上しており、このことから「DINCH」は可塑剤として最適であることが判る。
【0062】
[実施例]
下記[表2]に示す組成の表面層用組成物と裏面層用組成物を調整し、厚さ1.5mmの表面層用シートと、厚さ1.5mmの裏面層用シートを形成すると共に、両シートを積層して蓄光性ビニル系樹脂部材の試料片No.5、No.6、No.7を作製した。
これらの試料片No.5、No.6、No.7について、前記と同様にして2時間後のりん光輝度と耐候性を測定すると共に、以下の方法で耐汚染性(ΔE)と可塑剤のブリードアウトの有無を調べた。即ち、耐汚染性は、上記試料片を50℃のオーブンで24時間加熱してから23℃の環境中で1時間放置し、次いで、試料片の表面に標準汚染物質を落としながら、摩耗紙を付けないテーバー摩耗試験機(東洋精機製作所製)により回転摩擦(回転数100)し、表面の汚染物質を除去して色差計で■Eを計測するという方法(JIS L 1023に準じる方法)によって調べた。また、可塑剤のブリードアウトは、試験片(5cm角)を表面が接するようにして清浄な金属製艶板上に載置し、それを100℃のオーブン中に放置して1時間後にオーブンから取り出し、常温まで温度が下がってから試験片を艶板から取り外し、試験片からブリードアウトした可塑剤の艶板表面への付着した度合いを目視で判定した。その結果を下記[表2]に示す。
なお、前述の試料片No.3について測定したりん光輝度、耐候性、可塑剤のブリードアウトの有無、耐汚染性についても、下記[表2]に併記する。
【0064】
この表2の試料片No.5、No.3、No.6、No.7を対比すると、可塑剤「DINCH」の含有量が多くなるほど、りん光輝度と耐候性が向上し、可塑剤がブリードアウトし易くなって、耐汚染性が低下することが判る。
表面層における可塑剤の好ましい含有量は、前述したように、表面層1のビニル系樹脂100質量部に対し30〜100質量部であり、この含有量の範囲内で可塑剤「DINCH」を含有させた試料片No.3、No.6は、りん光輝度も、耐候性も、耐汚染性も、合格水準を大きく上回っている。これに対し、可塑剤が20質量部と少な過ぎる試料片No.5は、りん光輝度も耐候性も合格水準を下回り、また、可塑剤が120質量部と多過ぎる試料片No.7は、りん光輝度や耐候性は合格水準を大きく上回るが、可塑剤のブリードアウトが大きく、耐汚染性が不合格である。これより、可塑剤を表面層に30〜100質量部含有させることは、蓄光性ビニル系樹脂部材のりん光輝度、耐候性、耐汚染性を向上させる上で有効であることが判る。
【0065】
[実施例]
下記[表3]に示す組成の表面層用組成物と裏面層用組成物を調整し、厚さ1.5mmの表面層用シートと、厚さ1.5mmの裏面層用シートを形成すると共に、両シートを積層して蓄光性ビニル系樹脂部材の試料片No.8、No.9を作製した。
これらの試料片No.8、No.9について、2時間後のりん光輝度と耐候性を前記と同様に測定した。その結果を下記[表3]に示す。なお、前述の試料片No.3のりん光輝度と耐候性についても下記[表3]に併記する。
【0067】
蓄光材の好ましい平均粒子径は、前述したように50〜300μmであり、この範囲内の150μmの平均粒子径を有する蓄光材(SrAl
2O
4:Eu,Dy)を表面層に含有させた試料片No.3や、250μmの平均粒子径を有する蓄光材を含有させた試料片No.9は、表3に示すように、りん光輝度も耐候性も合格水準を上回っている。けれども、蓄光材の平均粒子径が25μmと小さ過ぎる試料片No.8は、耐候性が更に向上する反面、りん光輝度が低下して合格水準を下回るようになる。また、平均粒子径が250μmの蓄光材を含有させた試料片No.9は、耐候性が合格水準ぎりぎりであり、蓄光材の平均粒子径が更に大きくなって300μmを越えると、耐候性が合格水準以下になると推測される。このことから、50〜300μmの平均粒径を有する蓄光材を含有させることは、蓄光性ビニル系樹脂部材のりん光輝度と耐候性を向上させる上で有効であり、特に、150μm程度の平均粒件を有する蓄光材が最適であることが判る。
【0068】
[実施例]
下記[表4]に示す組成の表面層用組成物と裏面層用組成物を調整し、厚さ1.5mmの表面層用シートと、厚さ1.5mmの裏面層用シートを形成すると共に、両シートを積層して蓄光性ビニル系樹脂部材の試料片No.10、No.11、No.12、No.13、No.14を作製した。
これらの試料片について、前記と同様にして2時間後のりん光輝度と耐候性を測定すると共に、各試料片を直径50mm:40mm、30mm、20mm、10mm、5mmの各円柱に沿わせて試料片に亀裂が生じない最大直径を評価値として曲げもろさ(φmm)を調べた。その結果を下記[表4]に示す。なお、前述の試料片No.3のりん光輝度と耐候性と曲げもろさについても下記[表4]に併記する。
【0070】
この表4を見ると、蓄光材の含有量が表面層1の塩化ビニル樹脂100質量部に対して50〜300質量部の範囲内にある試料片No.11、No.3、No.12、No.13、No.14は、蓄光材の含有量が多いものほど、りん光輝度も耐候性も向上し(但し、蓄光材含有料が300質量部の試料片No.14はりん光輝度が少し低下する)、合格水準を上回っている。しかし、蓄光材の含有量が25質量部と少な過ぎる試料片No.10は、りん光輝度も耐候性も合格水準を大きく下回っている。また、曲げもろさは、蓄光材の含有量が多くなるほど低下し、蓄光材含有量が300質量部の試料片No.14は、曲げもろさが合格水準をクリアできなくなる。
このことから、合格水準以上のりん光輝度と耐候性を得るためには、蓄光材の含有量を50〜300質量部とすればよいが、併せて合格水準以上の曲げもろさも得るためには、蓄光材の含有量を50〜250質量部とする必要があることが判る。
【0071】
下記[表5]に示す組成の表面層用組成物と裏面層用組成物を調整し、厚さ1.5mmの表面層用シートと、厚さ1.5mmの裏面層用シートを形成すると共に、両シートを積層して蓄光性ビニル系樹脂部材の試料片No.2を作製し、この試料片No.2について、前記と同様にして2時間後のりん光輝度と耐候性を測定した。その結果を下記[表5]に示す。なお、比較のために、前述の試料片No.3のりん光輝度と耐候性と曲げもろさについても、下記[表5]に併記する。
【0073】
この表5をみると、裏面層に蛍光増白剤を1質量部含有させた試料片No.3は、合格水準より5mcd/m
2も高い75mcd/m
2のりん光輝度と、合格水準より10hrも長い150hrの耐候性を有するのに対し、試料片No.2は裏面層に蛍光増白剤を含んでいない点を除いて、表面層の組成も裏面層の組成も試料片No.3と同じであるにも拘わらず、りん光輝度が70mcd/m
2、耐候性が140hrと合格水準ぎりぎりであり、試料片No.3に比べてりん光輝度が5mcd/m
2低く、耐候性が10hr短くなっている。これより、裏面層2に含有させる蛍光増白剤は、りん光輝度と耐候性を向上させる上できわめて有効なものであることが判る。