(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6575269
(24)【登録日】2019年8月30日
(45)【発行日】2019年9月18日
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20190909BHJP
C22C 38/16 20060101ALI20190909BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20190909BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20190909BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/16
C21D8/12 A
H01F1/147 175
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-189297(P2015-189297)
(22)【出願日】2015年9月28日
(65)【公開番号】特開2017-66425(P2017-66425A)
(43)【公開日】2017年4月6日
【審査請求日】2018年5月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(72)【発明者】
【氏名】田中 一郎
(72)【発明者】
【氏名】新井 聡
(72)【発明者】
【氏名】黒崎 洋介
【審査官】
鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2015−040309(JP,A)
【文献】
特開2000−129409(JP,A)
【文献】
特開平05−125495(JP,A)
【文献】
特開2006−199999(JP,A)
【文献】
特開2005−200756(JP,A)
【文献】
韓国登録特許第10−0240993(KR,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12− 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Si:1.7%超、3.3%以下、
Mn:0.08%以上、1.5%未満、
Al:0.1%以上、2.0%以下、
P:0.03%超、0.13%以下、
Sn:0.04%超、0.15%以下、
Cu:0.12%以下、
C:0.005%以下、
S:0.004%以下、
N:0.005%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式(1)および式(2)を満足し、結晶方位分布関数におけるφ2=0°断面のφ1=20°,Φ=15°の強度が5以上であることを特徴とする、無方向性電磁鋼板。
Si+2Al−Mn≧2 ・・・ 式(1)
ただし、式(1)において、SiはSiの質量%、AlはAlの質量%、MnはMnの質量%である。
B50ave/Bs≧0.81 ・・・ 式(2)
ただし、式(2)において、B50aveは、鋼板表面に平行でかつ、圧延方向に対して0°、22.5°、45°、67.5°、90°の角度の方向の各磁束密度B50をB50(0°)、B50(22.5°)、B50(45°)、B50(67.5°)、B50(90°)とした場合に下記式(3)で求められる値であり、Bsは飽和磁束密度である。
B50ave = [B50(0°)+2×{B50(22.5°)+B50(45°)+B50(67.5°)}+B50(90°)]/8・・・ 式(3)
【請求項2】
板厚が0.10〜0.15mmであることを特徴とする、請求項1に記載の無方向性電磁鋼板
【請求項3】
質量%で、
Si:1.7%超、3.3%以下、
Mn:0.08%以上、1.5%未満、
Al:0.1%以上、2.0%以下、
P:0.03%超、0.13%以下、
Sn:0.04%超、0.15%以下、
Cu:0.12%以下、
C:0.005%以下、
S:0.004%以下、
N:0.005%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式(1)を満足する鋼素材に熱間圧延を施す熱間圧延工程と、前記熱間圧延により得られた熱間圧延鋼板に焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、前記熱延板焼鈍工程により得られた鋼板に冷間圧延を施して所望の板厚に仕上げる冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板に仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程とを有する請求項1に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法において、
前記熱延板焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、3分以下保持し、
前記冷間圧延工程を多パス圧延とし、1パス目の圧下率を30%以上、2パス目までの合計圧下率を55%以上とし、冷間圧延の合計圧下率を90%超、96%以下とし、
前記仕上げ焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、120秒以下保持することを特徴とする、無方向性電磁鋼板の製造方法。
Si+2Al−Mn≧2 ・・・ 式(1)
ただし、式(1)において、SiはSiの質量%、AlはAlの質量%、MnはMnの質量%である。
【請求項4】
前記熱延板焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、3分以下保持した後に、800℃以上、920℃以下で10秒以上、2分以下保持する連続焼鈍を実施することを特徴とする、請求項3に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記冷間圧延工程における仕上げ板厚を0.10〜0.15mmとすることを特徴とする、請求項3または4のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動モータの鉄心などの素材として好適に使用される無方向性電磁鋼板とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境対応車の駆動モータに代表される近年の高効率モータでは、高周波域での鉄損が低く、かつ磁束密度の高い無方向性電磁鋼板が要求される。また、モータ設計指針によっては磁気特性の異方性が小さく、面内全周の平均磁束密度が高いことが必要となる。そこで、かかる要求に対応して、PやSnなどの含有により集合組織を改善して磁束密度を向上させた無方向性電磁鋼板が、例えば特許文献1〜3に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−240095号公報
【特許文献2】特開2006−144036号公報
【特許文献3】特開2013−44010号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、Snは磁束密度向上の効果を有するものの、Goss系方位の発達を促進するため、異方性は増加する。面内の平均磁束密度向上には改善の余地ある。またPは冷間圧延前粒界への偏析により仕上げ焼鈍後の集合組織を変化させ、磁束密度を向上させる。ところが、偏析進行に有利な箱焼鈍型の熱延板焼鈍では生産性に劣ってしまう。さらに、Pの偏析進行によって圧延加工性が大幅に劣化するため、薄手材の磁束密度向上を目的に活用するには限界がある。
【0005】
本発明の目的は、高い面内全周の平均磁束密度と高周波域での低鉄損を高位で両立した無方向性電磁鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
鉄損低減の最も有効な手段は板厚の薄手化であるが、圧下率増加に起因する再結晶集合組織変化によって磁束密度は減少する。本発明では、近年ニーズの高まっている0.20mm以下の薄手材という本質的に磁束密度の低下しやすい条件において、生産性の観点から連続焼鈍型熱延板焼鈍を前提として、その磁気特性の異方性を増加させることなく面内全周の平均磁束密度を高めることについて検討した。
【0007】
その結果、P、Snの複合添加と冷間圧延時の圧下配分の適正化の組み合わせにより、高い面内全周の平均磁束密度と高周波域での低鉄損を高位で両立させることに成功した。すなわち、本発明の前提である連続焼鈍型の熱延板焼鈍では、箱焼鈍型の熱延板焼鈍よりもPの偏析が軽微なことに起因して磁束密度の向上効果が軽減する。この点はSnとの複合添加によって補償するとともに、Sn単独添加よりも面内平均磁束密度が向上するとの相乗効果が発現した。
【0008】
一方、P、Snの複合添加によって冷間圧延時の破断が懸念されるが、1パス目、2パス目の圧下率を適正化することで破断が抑制される。さらに、前記適正化によりP、Sn複合添加による面内平均磁束密度の向上効果が高まる。この理由は明らかでないが、不均一変形が助長されることにより{411}、{310}等、比較的Cubeに近い方位の再結晶が促進されたと推察される。これらにより、薄手材の全周平均磁束密度が向上する。
【0009】
さらに、P、Snの複合添加と二段階均熱の連続焼鈍型熱延板焼鈍との組み合わせを採用した。二段階均熱の連続焼鈍型熱延板焼鈍とすることで、通常の連続焼鈍型熱延板焼鈍よりも磁束密度向上の効果が高まる。前述の圧下配分適正化との組み合わせにより冷間圧延時の破断は抑制され、薄手材の全周平均磁束密度が向上する。
【0010】
また、Cu含有量の制限による圧延加工性の改善を採用した。Pの積極添加による脆化に起因し、圧延加工性におよぼす圧延母材の表面性状の影響は顕著となる。そのため、P、Snの複合添加によって薄手材の磁束密度を向上させるためには、圧延母材の表面性状改善による圧延加工性の改善が必要となる。この解決手段がCu含有量の制御であり、圧延母材の表面性状改善により、薄手材の磁束密度をP、Snの複合添加を適用して向上させることが可能となる。
【0011】
本発明はこれらの知見によってなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0012】
[1]
質量%で、
Si:1.7%超、3.3%以下、
Mn:0.08%以上、1.5%未満、
Al:0.1%以上、2.0%以下、
P:0.03%超、0.13%以下、
Sn:0.04%超、0.15%以下、
Cu:0.12%以下、
C:0.005%以下、
S:0.004%以下、
N:0.005%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式(1)および式(2)を満足し、φ2=0°断面のφ1=20°,Φ=15°の強度が5以上(好ましくは6以上)であることを特徴とする、無方向性電磁鋼板。
Si+2Al−Mn≧2 ・・・ 式(1)
ただし、式(1)において、SiはSiの質量%、AlはAlの質量%、MnはMnの質量%である。
B50ave/Bs≧0.81 ・・・ 式(2)
ただし、式(2)において、B50aveは、鋼板表面に平行でかつ、圧延方向に対して0°、22.5°、45°、67.5°、90°の角度の方向の各磁束密度B50をB50(0°)、B50(22.5°)、B50(45°)、B50(67.5°)、B50(90°)とした場合に下記式(3)で求められる値であり、Bsは飽和磁束密度である。
B50ave = [B50(0°)+2×{(B50(22.5°)+B50(45°)+B50(67.5°)}+B50(90°)]/8・・・ 式(3)
【0013】
[2]
板厚が0.10〜0.15mmであることを特徴とする、[1]に記載の無方向性電磁鋼板
【0014】
[3]
質量%で、
Si:1.7%超、3.3%以下、
Mn:0.08%以上、1.5%未満、
Al:0.1%以上、2.0%以下、
P:0.03%超、0.13%以下、
Sn:0.04%超、0.15%以下、
Cu:0.12%以下、
C:0.005%以下、
S:0.004%以下、
N:0.005%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記式(1)を満足する鋼素材に熱間圧延を施す熱間圧延工程と、前記熱間圧延により得られた熱間圧延鋼板に焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、前記熱延板焼鈍工程により得られた鋼板に冷間圧延を施して所望の板厚に仕上げる冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板に仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程とを有する
[1]に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法において、
前記熱延板焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、3分以下保持し、
前記冷間圧延工程を多パス圧延とし、1パス目の圧下率を30%以上、2パス目までの合計圧下率を55%以上とし、冷間圧延の合計圧下率を90%超、96%以下とし、
前記仕上げ焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、120秒以下保持することを特徴とする、無方向性電磁鋼板の製造方法。
Si+2Al−Mn≧2 ・・・ 式(1)
ただし、式(1)において、SiはSiの質量%、AlはAlの質量%、MnはMnの質量%である。
【0015】
[4]
前記熱延板焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、3分以下保持した後に、800℃以上、920℃以下で10秒以上、2分以下保持する連続焼鈍を実施することを特徴とする、[3]に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0016】
[5]
前記冷間圧延工程における仕上げ板厚を0.10〜0.15mmとすることを特徴とする、[3]または[4]のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の無方向性電磁鋼板は面内の平均磁束密度が高いため、高効率モータの鉄心材料として好適である。また、特殊なプロセスを必要としないため生産性にも優れており、その工業的価値は高い。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明の無方向性電磁鋼は、以下の成分組成を有する。なお、鋼の成分組成について、「%」は「質量%」である。
【0019】
Si:1.7%超、3.3%以下、
Siは、鋼の固有抵抗を増加させ、また、鉄損を低減する作用を呈する。この作用を得るためには、1.7%超が必要である。一方、Siが3.3%を超えると、鋼が脆化し、圧延性が低下する。好ましくは2.0%以上、3.2%以下である。
【0020】
Mn:0.08%以上、1.5%未満、
Mnは、鋼の固有抵抗を高め、また、硫化物を粗大化して無害化する作用を呈する。この作用を得るためには、0.08%以上が必要である。一方、Mnが1.5%を超えると、磁束密度の低下及びコストの上昇を招くとともに、冷延時に割れ易くなる。好ましくは0.1%以上、1.3%以下である。
【0021】
Al:0.1%以上、2.0%以下、
Alは、脱酸剤として有効であり、更に、窒化物を粗大にして無害化することもできる。また、Siと同様に、鋼の固有抵抗を増加させ、鉄損を低減させる。これらの作用を得るためには、0.1%以上が必要である。しかし、2.0%を超えると、鋼が脆化し、圧延性が低下するばかりか、飽和磁束密度が低下する。好ましくは0.2%以上1.8%以下である。
【0022】
P:0.03%超、0.13%以下、
Pは磁束密度を向上させる効果を有している。高磁束密度化効果を得る観点から、P含有量は0.03%超とする。一方、P含有量が0.13%超では、冷間圧延時に破断を生じる可能性がある。好ましくは0.04%以上0.12%以下である。
【0023】
Sn:0.04%超、0.15%以下、
Snは、集合組織を改善して磁気特性を向上させる作用を有する。そのため0.04%超とする。好ましくは0.05%超である。一方、Snを過剰に含有させると冷間圧延での破断率が高まる。したがって、Sn含有量は0.15%以下とする。好ましくは0.14%以下である。
【0024】
Cu:0.12%以下、
Cuは、鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させる作用を有する。しかしながらCu含有量を制限して圧延母材の表面性状を改善することにより、薄手材の磁束密度をP、Snの複合添加によって向上させるために、0.12%以下とする。本発明において、Cuは任意元素であり、0%でもよい。好ましくは0.01%以上である。
【0025】
C:0.005%以下、
Cは、不純物として含有され、磁気特性を劣化させる元素である。このため、C含有量は0.005%以下とする。本発明においてはCは0%でもよいが、過度のC含有量の低減はコスト増加につながるため、0.0005%以上が好ましい。
【0026】
S:0.004%以下、
Sは、不純物として鋼中に含有される元素であり、鋼中のMnと結合して微細なMnSを形成し、焼鈍時の結晶粒の成長を阻害して磁気特性を劣化させることから、0.004%以下とする。好ましくは0.002%以下である。本発明においてはSは0%でもよいが、過度のS含有量の低減はコスト増加につながるため、0.0001%以上が好ましい。
【0027】
N:0.005%以下、
Nは、不純物として含有され、Alなどと結合して微細な介在物を形成し、焼鈍時の結晶粒の成長を阻害して磁気特性を劣化させる元素である。したがって、N含有量は0.005%以下とする。Nは低ければ低いほど好ましいが、製造コスト増加につながるため下限は特に設けない。
【0028】
残部:Feおよび不純物、
不純物には、以上に例示したC、S、Nの他、製造工程において不可避的に混入する不純物が含まれる。
【0029】
Si+2Al−Mn≧2 ・・・ 式(1)
式(1)において、SiはSiの質量%、AlはAlの質量%、MnはMnの質量%である。フェライト−オーステナイト変態を有する鋼の場合、仕上げ焼鈍をフェライト域焼鈍とするために焼鈍温度が制約され、その結果、所望の鉄損レベルを確保することが困難な場合がある。そこで、フェライト−オーステナイト変態に対する指標としてSi+2×Al−Mnを採用し、変態を有しない鋼とするために、式(1)を満足させることとする。
【0030】
B50ave/Bs≧0.81 ・・・ 式(2)
式(2)において、B50aveは、鋼板表面に平行でかつ、圧延方向に対して0°、22.5°、45°、67.5°、90°の角度の方向の各磁束密度B50をB50(0°)、B50(22.5°)、B50(45°)、B50(67.5°)、B50(90°)とした場合に下記式(3)で求められる値であり、Bsは飽和磁束密度である。B50は、磁化力が5000[A/m]における磁束密度[T]を表す。
B50ave = [B50(0°)+2×{B50(22.5°)+B50(45°)+B50(67.5°)}+B50(90°)]/8・・・ 式(3)
【0031】
磁束密度B50は、鋼板の集合組織のみならず飽和磁束密度Bsにも影響されるため、異なる飽和磁束密度Bsを有する鋼板間での磁束密度の優劣を比較するには飽和磁束密度で規格化することが必要である。面内全周の平均磁束密度を高めるという本発明では、その効果の指標としてB50ave/Bsを用い、その下限値を0.81とする。好ましくは0.82である。
【0032】
結晶方位分布関数におけるφ2=0°断面のφ1=20°,Φ=15°の強度が5以上
板厚薄手材の磁束密度を向上する観点から、{111}面の低減のみならず{100}面あるいはそれに近い方位を発達させることが重要である。本発明の無方向性電磁鋼板では、磁束密度を向上させる方位として結晶方位分布関数(ODF)におけるφ2=0°断面のφ1=20°、Φ=15°の方位の発達が特徴であり、磁束密度を向上させる観点から、その強度(ランダム強度比)を5以上とする。好ましくは6以上である。ODFはX線回折法によって得られた極点図から解析されるものであり、{110}、{200}、{211}および{310}極点図を用いればよい。本発明の対象である板厚薄手材においては板厚方向の結晶方位分布は小さく、極点図を測定する位置は板厚の1/4位置とする。当該の方位が発達する理由は明確でないが、冷間圧延前の粒界に偏析したP,Snによって粒界での変形拘束力が変化することで冷間圧延時の不均一変形が助長された結果、仕上げ焼鈍の際に上記の方位が発達するものと推察される。
【0033】
板厚が0.10〜0.15mm、
板厚薄手化により鉄損が減少する。そのため、低鉄損と高磁束密度を両立する観点から、板厚は0.10〜0.15mmとする。
【0035】
本発明では、先に述べた成分組成の鋼を、連続鋳造法あるいは鋼塊を分塊圧延する方法など一般的な方法により鋼素材(鋼塊または鋼片)とし、鋼素材に熱間圧延を施す熱間圧延工程と、前記熱間圧延により得られた熱間圧延鋼板に焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、前記熱延板焼鈍工程により得られた鋼板に冷間圧延を施して所望の板厚に仕上げる冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板に仕上げ焼鈍を施す仕上げ焼鈍工程とを行うことにより、無方向性電磁鋼板を製造方法する。
【0036】
熱間圧延の際のスラブ加熱温度は特に限定されるものではないが、コストおよび熱間圧延性の観点から1000〜1300℃とすることが好ましい。より好ましくは1050〜1250℃である。また、熱間圧延の各種条件は特に限定されるものではなく、例えば仕上げ温度が700〜950℃、巻き取り温度が750℃以下など、一般的な条件に従って行えばよい。
【0037】
熱延板焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、3分以下保持する。熱間圧延後に熱延板焼鈍を施し、磁気特性を向上させる。熱延板焼鈍は、950℃以上1050℃以下で10秒間以上3分間以下保持する連続焼鈍にて実施する。熱延板焼鈍温度が上記範囲を超えると設備への負荷が大きくなり、熱延板焼鈍時間が上記範囲を超えると生産性の劣化を招く。熱延板焼鈍温度および熱延板焼鈍時間が上記範囲を下回ると磁気特性向上の効果が小さくなる。
【0038】
また熱延板焼鈍工程においては、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、3分以下保持した後に、800℃以上、920℃以下で10秒以上、2分以下保持する連続焼鈍を実施することが望ましい。これにより磁束密度向上の効果が高まるからである。この理由は明確でないが、冷却中に当該温度域へ保持することでP、Snの粒界への偏析が進行し、引き続く冷間圧延、仕上げ焼鈍後に好ましい集合組織が発達すると推察される。これらを一連の焼鈍として実施することで、生産性を損なうことなく、薄手材の磁束密度を向上させることができる。偏析を進行させる観点からは箱焼鈍型の熱延板焼鈍が有利であるが、生産性に劣る。本発明では、連続焼鈍型の熱延板焼鈍が箱焼鈍型の熱延板焼鈍と比較してPの粒界偏析の進行が軽微なことに起因すると推察される磁束密度向上効果の差を、PとSnを複合的に含有させることによって改善しており、P,Snによる複合的な磁束密度向上の効果を得るため、上述の二段階の熱延板焼鈍を実施することが好ましい。
【0039】
冷間圧延工程を多パス圧延とし、1パス目の圧下率を30%以上、2パス目までの合計圧下率を55%以上とし、冷間圧延の合計圧下率を90%超、96%以下とする。圧下率を上記範囲とすることで、P、Snの複合添加に起因する冷間圧延時の破断が抑制される。さらに、前記適正化によりP、Sn複合添加による面内平均磁束密度の向上効果が高まる。この理由は明らかでないが、冷間圧延時に不均一変形が助長されることにより、仕上げ焼鈍の際に{411}、{310}等、比較的Cubeに近い方位の再結晶が促進されたと推察される。
【0040】
仕上げ焼鈍工程において、950℃以上、1050℃以下で10秒以上、120秒以下保持する。本発明における仕上げ焼鈍工程では、上述した冷間圧延工程により得られた冷間圧延鋼板を950℃以上1050℃以下で10秒間以上120秒間以下の焼鈍を施す。仕上焼鈍における焼鈍温度(以下、「仕上焼鈍温度」ともいう。)が950℃未満であったり、仕上焼鈍における焼鈍時間(以下、「仕上焼鈍時間」ともいう。)が10秒間未満であったりすると、所望の鉄損の確保が困難な場合があるからである。また、仕上焼鈍温度が1050℃を超えると設備への負荷が大きくなり、仕上焼鈍時間が120秒間を超えると生産性の劣化を招くからである。
【実施例】
【0041】
以下、実施例および比較例を例示して、本発明を具体的に説明する。
【0042】
[実施例1]
表1に示す化学成分の鋼を溶製し、熱間圧延にて板厚2.0mmに仕上げた。その後、1000℃で40秒間保持した後に800℃で60秒保持する連続焼鈍型の熱延板焼鈍を施し、冷間圧延にて板厚0.15mmに仕上げた。その際、1パス目の圧下率を32%とし、2パス目までの合計圧下率を60%、合計圧下率を93%とした。その後、1000℃で30秒間保持する仕上げ焼鈍を施した。得られた無方向性電磁鋼板を55mm角の単板試験片に打ち抜き、単板磁気測定器にて磁束密度B
50と鉄損W
10/800(800Hzにて1.0Tに磁化した場合の鉄損)を測定するとともに、板厚1/4位置にてX線回折法により{110}、{200}、{211}および{310}極点図を測定し、ODFからφ2=0°断面のφ1=20°、Φ=15°の集積度(強度)を評価した。結果を表1に示す。下線は本発明で規定する範囲外を示す。
【0043】
【表1】
【0044】
鋼番号1はSi含有量が本発明で限定する下限値を外れているばかりか上記式(1)を満たさず、特に鉄損が劣っていた。鋼番号2は、Si、Mn、Sn含有量が本発明で限定する範囲を外れており、特にSi含有量が本発明で限定する上限値を外れているため冷間圧延時に破断した。鋼番号3は、Mn、Sn含有量が本発明で限定する上限値を外れているばかりか上記式(1)を満たさず、磁束密度、鉄損とも劣っていた。鋼番号4はAl、Sn含有量が本発明で限定する下限値を外れているばかりか上記式(1)を満たさず、磁束密度、鉄損とも劣っていた。鋼番号5は、C、Al、P,Sn含有量が本発明で限定する上限値を外れているため磁束密度が低かった。鋼番号6は、S、Sn含有量が、鋼番号7はN、Sn含有量が、それぞれ本発明で限定する上限値を外れているため、磁束密度、鉄損とも劣っていた。鋼番号8は、P含有量が本発明で限定する上限値を外れているため冷間圧延時に破断した。鋼番号9はCu含有量が本発明で限定する上限値を外れているため表面性状が悪く破断した。鋼番号10はP、Sn含有量が本発明で限定する下限値を外れているため磁束密度が低かった。
これらに対して、本発明で限定する条件を満足する鋼番号11〜22は磁気特性向上に好ましい集合組織が発達しており、鉄損、磁束密度とも優れていた。
【0045】
[実施例2]
表1の鋼番号10と19の熱延板(板厚2.3mm)に対し、(A)1000℃で40秒間保持する熱延板焼鈍、(B)1000℃で40秒間保持した後に800℃で90秒保持する連続焼鈍型の熱延板焼鈍、(C)900℃で40秒間保持する熱延板焼鈍、(D)950℃で5秒保持する熱延板焼鈍のいずれかを施した。その後、多パスの冷間圧延工程にて、1パス目の圧下率、2パス目までの合計圧下率、合計圧下率を変化させて板厚0.15〜0.35mmに仕上げた。得られた冷間圧延後の鋼板に1000℃で30秒間保持する仕上げ焼鈍を施した。試験番号2-12については900℃で10秒保持する仕上げ焼鈍、試験番号2-13については950℃で5秒保持する仕上げ焼鈍を施した。得られた無方向性電磁鋼板を55mm角の単板試験片に打ち抜き、単板磁気測定器にて磁束密度B
50と鉄損W
10/800(800Hzにて1.0Tに磁化した場合の鉄損)を測定するとともに、板厚1/4位置にてX線回折法により{110}、{200}、{211}および{310}極点図を測定し、ODFからφ2=0°断面のφ1=20°、Φ=15°の集積度を評価した。結果を表2に示す。
【0046】
【表2】
【0047】
鋼番号10を用いた試験番号2-1〜2-3は、鋼組成が本発明の限定範囲外であり、磁気特性向上に好ましい方位への集積度も弱いため磁束密度に劣っていた。鋼組成が本発明の限定を満足する鋼番号19を用いた試験番号2-4〜15のうち、試験番号2-6は圧下率の配分が本発明の範囲を外れているため磁気特性向上に好ましい方位への集積度が低かった。試験番号2-9は板厚が厚いため鉄損におとっていた。試験番号2-10、2-11は熱延板焼鈍条件が本発明の範囲を外れているため、試験番号2-12、2-13は仕上げ焼鈍条件が本発明の範囲を外れているため、磁気特性向上に好ましい方位への集積度が低く、磁束密度に劣っていた。これに対して、鋼組成が本発明の限定を満足する鋼番号19を用い、かつ本発明の熱延板焼鈍条件、冷間圧延条件、仕上げ焼鈍条件を満足する試験番号2-4,5および2-7,8, 2-14は磁気特性向上に好ましい方位への集積度が高く、薄手材においても十分に高い磁束密度を有していた。