特許第6575691号(P6575691)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6575691
(24)【登録日】2019年8月30日
(45)【発行日】2019年9月18日
(54)【発明の名称】鋼線及び被覆鋼線
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20190909BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20190909BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20190909BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Y
   C22C38/32
   !C21D8/06 A
【請求項の数】4
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2018-544587(P2018-544587)
(86)(22)【出願日】2016年10月11日
(86)【国際出願番号】JP2016080066
(87)【国際公開番号】WO2018069955
(87)【国際公開日】20180419
【審査請求日】2019年3月20日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 敏之
(72)【発明者】
【氏名】手島 俊彦
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−056438(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/055746(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/054756(WO,A1)
【文献】 特開平07−286244(JP,A)
【文献】 韓国公開特許第10−2011−0047383(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00− 8/10
C21D 9/52− 9/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼線であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.40〜1.10%、
Si:0.005〜0.350%、
Mn:0.05〜0.90%、
Cr:0〜0.70%、
Al:0〜0.070%、
Ti:0〜0.050%、
V:0〜0.10%、
Nb:0〜0.050%、
Mo:0〜0.20%、
B:0〜0.0030%、
を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
断面内の金属組織が、ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織を80面積%以上含み、ベイナイト組織及びマルテンサイト組織は、合計で3面積%未満であり、
前記ラメラーセメンタイト同士の間隔である平均ラメラー間隔が28〜80nmであり、
前記ラメラーセメンタイトの平均長さが22.0μm以下であり、
前記パーライト組織のうち、前記鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内となる前記ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織が、40面積%以上であり、
X線回折法によって得られる、前記長手方向に対するフェライトの{110}面の集積度が、2.0〜8.0の範囲であり、
1.4mm以上の直径を有する
ことを特徴とする鋼線。
【請求項2】
化学組成が、質量%で、
Cr:0.01〜0.70%、
Al:0.001〜0.070%、
Ti:0.002〜0.050%、
V:0.002〜0.10%、
Nb:0.002〜0.050%、
Mo:0.02〜0.20%、
B:0.0003〜0.0030%
よりなる群から選択される1種または2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1に記載の鋼線。
【請求項3】
請求項1または2に記載の鋼線と、
前記鋼線を被覆する金属被覆層と、
を備える
ことを特徴とする被覆鋼線。
【請求項4】
前記金属被覆層が、亜鉛、亜鉛合金、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、ニッケルまたはニッケル合金のうちいずれか1種以上を含むことを特徴とする請求項3に記載の被覆鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼線及び被覆鋼線に関する。
本発明は、特に、送電線に好適に用いられる導電性及び強度に優れた鋼線及びその鋼線の表面に被覆層が形成された被覆鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電力を送る送電線として、鋼線からなる芯部(鋼芯)の周囲にアルミ線をより合わせた鋼芯アルミニウムより線(Aluminum Conductor Steel−Reinforced cable、以下「ACSR」)が用いられている。このACSRの芯部に用いられる鋼線は、アルミワイヤのテンションメンバとしての役割が強い。鋼芯アルミニウムより線の芯部となる鋼線には、伸線したパーライト鋼に亜鉛めっきを施した亜鉛めっき鋼線や、ワイヤの耐食性を向上させるために表層としてアルミニウムを施したアルミクラッド線材を伸線したアルミクラッド鋼線が用いられている。
【0003】
送電線として使用されるACSRには、強度があり、送電効率が高いことが求められる。このような要求に対し、ACSRの送電効率向上については、芯部を軽量化してその分アルミニウム断面積を増やすこと、芯部となる鋼線自体の電気抵抗を低減させることなどが検討されている。
例えば、特許文献1では、芯部の軽量化を目的として、芯部を鋼線ではなく炭素繊維とアルミまたはアルミ合金との複合線材とすることで送電線の比重を軽量化させる方法が開示されている。また、特許文献2では、鋼線自体の電気抵抗の低減を目的として、鋼線中のC、Si、及びMnの含有量を必要最小限に制限する方法が開示されている。
【0004】
しかしながら、特許文献1で開示された技術は、鋼に比べて単価が高い炭素繊維を用いているので、コストが高い。また、特許文献2で開示された技術は、合金元素の含有量を低下させているので、鋼線がテンションメンバとしての強度を確保することが難しい。
【0005】
また、非特許文献1には、0.92%という高炭素含有量の5.5mm径の線材を一旦1.75mm径まで伸線し、更にパテンティングを行った後に0.26mm径の極細まで大きく冷間伸線加工することによって、真ひずみが1.5程度である条件をピークとして導電性が向上することが報告されている。
【0006】
しかしながら、このような極細の鋼線に加工し、さらに極細の鋼線(芯部)の周囲に亜鉛等のめっきを施したり、このような極細の鋼線の周囲にアルミ線をより合わせて送電線を製造することは極めて困難である上、コストが大幅に上昇してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】日本国特開2001−176333号公報
【特許文献2】日本国特開2003−226938号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Materials Science & Engineering A 644 (2015) 105−113, A. Lamontagne et al., “Comparative study and quantification of cementite decomposition in heavily drawn pearlitic steel wires”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記事情に着目してなされた。本発明は、送電線用途に好適な線径を有し、導電性及び引張強度に優れた鋼線及びこの鋼線と鋼線を被覆する被覆層とを有する被覆鋼線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋼材の化学成分及び組織の形態と導電性との関係について検討を行った。その結果、化学成分とセメンタイトの形態とを制御することにより、鋼線の素材となる線材において導電性が向上することを知見した。本発明者らは、フェライト及びセメンタイトの形態に着目し更に検討を重ねた結果、線材にひずみを付与してフェライト及びセメンタイトの配向を変化させることで、導電性が更に向上することを知見した。さらに、本発明者らは、圧延後の冷却工程及び伸線工程の条件を工夫することで、優れた導電性及び引張強度に加え、送電線用途に好適な線径を有する鋼線が得られることを見出した。
すなわち、本発明者らは、熱間圧延後に特定の条件で冷却工程を行い、化学成分と組織とを制御して導電性を高めた線材に対し、特定の条件で伸線加工を行うことで、送電線用途に好適な線径を有し、導電性に優れ、かつ引張強度が高い鋼線が得られることを知見した。
本発明は上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は次の通りである。
【0011】
(1)本発明の一態様に係る鋼線は、鋼線であって、化学組成が、質量%で、C:0.40〜1.10%、Si:0.005〜0.350%、Mn:0.05〜0.90%、Cr:0〜0.70%、Al:0〜0.070%、Ti:0〜0.050%、V:0〜0.10%、Nb:0〜0.050%、Mo:0〜0.20%、B:0〜0.0030%、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、断面内の金属組織が、ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織を80面積%以上含み、ベイナイト組織及びマルテンサイト組織は、合計で3面積%未満であり、前記ラメラーセメンタイト同士の間隔である平均ラメラー間隔が28〜80nmであり、前記ラメラーセメンタイトの平均長さが22.0μm以下であり、前記パーライト組織のうち、前記鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内となる前記ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織が、40面積%以上であり、X線回折法によって得られる、前記長手方向に対するフェライトの{110}面の集積度が、2.0〜8.0の範囲であり、1.4mm以上の直径を有する。
(2)上記(1)に記載の鋼線は、化学組成が、質量%で、Cr:0.01〜0.70%、Al:0.001〜0.070%、Ti:0.002〜0.050%、V:0.002〜0.10%、Nb:0.002〜0.050%、Mo:0.02〜0.20%、B:0.0003〜0.0030%よりなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。
(3)本発明の別の態様に係る被覆鋼線は、上記(1)または(2)に記載の鋼線と、前記鋼線を被覆する金属被覆層と、を備える。
(4)上記(3)に記載の被覆鋼線は、前記金属被覆層が、亜鉛、亜鉛合金、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、ニッケルまたはニッケル合金のうちいずれか1種以上を含んでもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記態様によれば、送電線用途に好適な線径を有し、導電性及び引張強度に優れた鋼線、並びに、この鋼線と鋼線を被覆する被覆層とを有する被覆鋼線を提供できる。
本発明の上記態様に係る鋼線及び被覆鋼線は、芯材となる鋼線の線径が太く、導電性及び引張強度に優れるので、送電線の用途に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】鋼線の長手方向に平行な断面(L断面)を示す図であって、ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織中の、ラメラーセメンタイトの平均長さの測定方法を説明する模式図である。
図2A】鋼線の長手方向に対する傾き(角度差)が15°以内のラメラーセメンタイトを有するパーライト組織の面積率の測定方法を説明する図であって、傾きが15°以内であるラメラーセメンタイトの一例を示す写真である。
図2B】鋼線の長手方向に対する傾き(角度差)が15°以内のラメラーセメンタイトを有するパーライト組織の面積率の測定方法を説明する図であって、傾きが15°以内ではないラメラーセメンタイトの一例を示す写真である。
図3A】鋼線のL断面を示す図であって、TD方向、RD方向を示す模式図である。
図3B】鋼線のL断面を示す図であって、フェライトの集積度の測定方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態に係る鋼線(本実施形態に係る鋼線)及び本発明の一実施形態に係る被覆鋼線(本実施形態に係る被覆鋼線)について、以下に説明する。
【0015】
本実施形態に係る鋼線は、以下に説明する鋼成分(化学組成)を有し、かつ、金属組織中にラメラーセメンタイトを有するパーライト組織(以下、単に「パーライト組織」と記す場合がある。)を含んでいる。また、本実施形態に係る鋼線では、パーライト組織中に含まれるラメラーセメンタイトの平均ラメラー間隔が28〜80nmであり、ラメラーセメンタイトの平均長さが22.0μm以下であり、パーライト組織のうち、鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内となるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織が40面積%以上であり、X線回折法によって得られる、長手方向に対するフェライトの{110}面の集積度が、2.0〜8.0の範囲である。さらに、本実施形態に係る鋼線は、1.4mm以上の直径を有する。
【0016】
まず、本実施形態に係る鋼線の化学組成について説明する。以下、各元素の含有量の単位は、特に断りがない限り質量%である。
【0017】
(C:0.40〜1.10%)
Cは鋼中のパーライト分率を増加させると共に、パーライト組織中のラメラー間隔を微細化させる効果を有する。ラメラー間隔が微細化すると、強度が向上する。C含有量が0.40%未満では、パーライト組織を80面積%以上確保することが困難となる。この場合、鋼線の強度を十分確保できなくなる。そのため、C含有量を0.40%以上とする。C含有量は好ましくは0.60%以上である。一方、C含有量が1.10%を超えると鋼線の導電性が低下する上、初析セメンタイト量が増えることで延性が低下する。従ってC含有量を1.10%以下とする。C含有量は1.05%以下が好ましく、1.00%以下がより好ましく、0.95%以下が更に好ましい。
【0018】
(Si:0.005〜0.350%)
Siは、固溶強化によって鋼の強度を高めるのに有効な成分であり、また脱酸剤としても必要な成分である。Si含有量が0.005%未満ではこれらの効果が十分に得られないので、Si含有量を0.005%以上とする。焼入れ性をより高め、熱処理を容易にするためには、Si含有量を0.010%以上にすることが好ましく、0.020%以上にすることがより好ましい。一方、Siはパーライト組織中において、フェライト中に分配されると電気抵抗率を増大させる元素である。Si含有量が0.350%を超えると電気抵抗率が顕著に増大するので、Si含有量を0.350%以下とする。より低い電気抵抗率(すなわち高い導電性)を得るためには、Si含有量を0.250%以下にすることが好ましく、0.150%以下とすることがより好ましい。
また、鋼線に亜鉛めっきまたは亜鉛合金めっきを形成する場合、Si含有量が少ないと、めっき時の合金層の成長が助長され、鋼線の疲労特性が低下する。従って、鋼線に亜鉛めっきまたは亜鉛合金めっきが行われて使用されることを前提とする場合、Si含有量を0.050%以上とすることが好ましい。
【0019】
(Mn:0.05〜0.90%)
Mnは脱酸元素であるとともに、鋼中のSをMnSとして固定して熱間脆性を防止する作用を有する元素である。また、Mnは、焼入れ性を向上させ、パテンティング時にフェライト組織分率を低減させると共に強度の向上に寄与する元素である。しかしながら、Mn含有量が0.05%未満では上記効果が十分に得られない。そのため、Mn含有量を0.05%以上とする。一方、Mn含有量が過剰になると、鋼の導電性が低下する。従って、Mn含有量を0.90%以下とする。より導電性を高めるためには、Mn含有量は、好ましくは0.75%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0020】
本実施形態に係る鋼線は、上記元素を含み、残部がFe及び不純物からなることを基本とする。本実施形態に係る鋼線においては、不純物のうち、特に、N、P、Sの含有量を下記の通りに制限することが好ましい。不純物については、その含有量が少ない方が好ましいので、0%でもよい。不純物とは、原料等から、または鋼の製造工程から不可避的に混入する元素である。
【0021】
(N:0.0100%以下)
Nは、冷間加工時のひずみ時効により延性を低下させると共に導電性も低下させる元素である。特に、N含有量が0.0100%を超えると延性、導電性の低下が著しいので、N含有量を0.0100%以下に制限することが好ましい。N含有量は、より好ましくは0.0080%以下、更に好ましくは0.0050%以下である。
【0022】
(P:0.030%以下)
Pは、フェライトの固溶強化に寄与するものの、延性を大幅に低下させる元素である。特に、P含有量が0.030%を超えると、線材から鋼線に伸線加工する際の伸線加工性の低下が著しくなる。したがって、P含有量を0.030%以下に制限することが好ましい。P含有量は、より好ましくは0.020%以下、更に好ましくは0.012%以下である。
【0023】
(S:0.030%以下)
Sは、赤熱脆性を引き起こすと共に、延性を低下させる元素である。S含有量が0.030%を超えると延性の低下が著しくなる。したがって、S含有量を0.030%以下に制限することが好ましい。S含有量は、より好ましくは0.020%以下、更に好ましくは0.010%以下である。
【0024】
上述したように、本実施形態に係る鋼線は、上記元素を含み残部がFe及び不純物からなることを基本とする。しかしながら、Feの一部に代えて、上記元素の他、Cr、Al、Ti、V、Nb、Mo及び、Bからなる群から選択される1種または2種以上の元素を、後述する範囲で含有させてもよい。ただし、これらの元素は必ずしも含有させる必要はないため、下限は0%である。また、これらの任意元素が後述する範囲未満含有されていたとしても、鋼線の特性を阻害しないので、許容される。
【0025】
(Cr:0.01〜0.70%)
Crは、鋼の焼入れ性を向上させる元素であるとともに、パーライト組織中のラメラーセメンタイトのラメラー間隔を小さくして引張強さを高める元素である。この効果を得る場合、Cr含有量を0.01%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.02%以上である。一方で、Cr含有量が0.70%を超えると、パテンティング条件によっては、導電性が低下する。そのため、Crを含有させる場合でも、Cr含有量の上限を0.70%とすることが好ましい。
【0026】
(Al:0.001〜0.070%)
Alは脱酸元素であるとともに、窒化物として窒素を固定し、オーステナイト粒径の微細化に寄与する元素である。Al含有量が0.001%未満では上記効果が得難いので、効果を得る場合には、Al含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、Alは、フェライト中で窒化物として固定されずフリーAlとして存在すると、導電性を低下させる元素である。そのため、含有させる場合でも、Al含有量の上限を0.070%とすることが好ましい。より好ましい上限は0.050%である。
【0027】
(Ti:0.002〜0.050%)
Tiは脱酸元素であるとともに、炭窒化物を形成してオーステナイト粒径の微細化に寄与する元素である。この効果を得る場合、Ti含有量を0.002%以上とすることが好ましい。一方で、Ti含有量が0.050%を超えると、製鋼段階で粗大な窒化物が形成される可能性があると共に、パテンティング処理中に炭化物が析出し、延性が低下する。そのため、含有させる場合でも、Ti含有量の上限を0.050%とすることが好ましい。より好ましいTi含有量は0.030%未満である。
【0028】
(V:0.002〜0.10%)
Vは鋼の焼入れ性を向上させる元素であると共に、炭窒化物として析出し、鋼の強度向上に寄与する元素である。この効果を得るためには、V含有量を0.002%以上とすることが好ましい。一方、V含有量が過剰になると、パテンティング時の変態終了までの時間が長くなると共に、粗大な炭窒化物の析出により延性が低下する。そのため、含有させる場合でも、V含有量の上限を0.10%とすることが好ましい。より好ましい上限は0.08%である。
【0029】
(Nb:0.002〜0.050%)
Nbは鋼の焼入れ性を向上させる元素であるとともに、炭化物として析出してオーステナイト粒径の微細化に寄与する元素である。この効果を得る場合、Nb含有量を0.002%以上とすることが好ましい。一方で、Nb含有量が0.050%を超えると、パテンティング時の変態終了までの時間が長くなる。そのため、含有させる場合でも、Nb含有量を0.050%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.020%以下である。
【0030】
(Mo:0.02〜0.20%)
Moは鋼の焼入れ性を向上させ、組織中のフェライトの面積率を低減させる元素である。この効果を得る場合、Mo含有量を0.02%以上とすることが好ましい。ただし、Mo含有量が過剰になると、パテンティング時の変態終了までの時間が長くなる。そのため、含有させる場合でも、Mo含有量を0.20%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.10%以下である。
【0031】
(B:0.0003〜0.0030%)
Bは鋼の焼入れ性を向上させる元素であるとともに、フェライトの生成を抑制してパーライト面積率を増加させる元素である。この効果を得る場合、B含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。一方、B含有量が0.0030%を超えると、パテンティング工程において、過冷オーステナイト状態でオーステナイト粒界上にM23(C,B)が析出し、延性が低下する。そのため、含有させる場合でも、B含有量を0.0030%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.0020%以下である。
【0032】
次に、本実施形態に係る鋼線の金属組織について説明する。
本実施形態に係る鋼線は、送電線を構成するACSRの鋼芯への適用を考慮し、引張強さとして、1500MPa以上、好ましくは1600MPa以上、より好ましくは2000MPa以上であることを目標とする。このような引張強さを実現し、かつ、導電性を高めるためには、本実施形態に係る鋼線は、次に説明する金属組織を備えていることが必要である。特に断らない限り、断面とは、鋼線の長手方向に平行で、鋼線の長手方向中心軸を通る、所謂L断面である。
【0033】
<ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織を80面積%以上含む>
本実施形態に係る鋼線は、断面内の金属組織において、ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織を80面積%以上含む。パーライト組織が80面積%未満になると、十分な引張強度が得られなくなる。ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織は、95面積%以上が好ましく、97面積%以上がより好ましく、100%でもよい。本実施形態において、ラメラーセメンタイトを有するパーライト組織とは、伸線加工前の線材に存在するパーライト又は擬似パーライトに由来する組織であって、セメンタイト相(ラメラーセメンタイト)とフェライト相とが層状に交互に繰り返し重なった組織である。言い換えれば、本実施形態におけるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織とは、直線状、曲線状、又は断片的に存在するセメンタイトと、セメンタイト間に存在するフェライト相とを含む組織である。
本実施形態に係る鋼線は、パーライト組織以外に、フェライト組織を含んでもよい。しかしながら、フェライト組織が20面積%を超えると、パーライト組織の面積率が低下し、引張強度が低下するので、フェライト組織は20面積%以下に制限する必要がある。ここで言うフェライト組織は、パーライト組織中に含まれるフェライト相ではない。
また、本実施形態に係る鋼線は、上記のパーライト組織、フェライト組織以外に、少量のベイナイト組織やマルテンサイト組織を含む場合がある。しかしながら、無拡散変態型の組織であるベイナイトやマルテンサイトは、固溶元素の拡散が阻害された組織であるため、これらの組織の組織分率が増えると鋼線の導電性が低下する。そのため、ベイナイト組織及びマルテンサイト組織は、合計で3面積%未満とすることが好ましい。
鋼線中の組織分率は、後述する鋼線の切断面の平均ラメラー間隔の観察箇所に対して、2000倍の倍率で金属組織写真を撮影し、各組織の領域をマーキングし、画像解析により各組織の面積率の平均値を算出することで得られる。
【0034】
<平均ラメラー間隔が28〜80nm>
パーライト組織中の隣り合うラメラーセメンタイト同士の間隔である平均ラメラー間隔は28〜80nmの範囲である。平均ラメラー間隔が28nm未満になると、鋼線の導電性が低下する。一方、平均ラメラー間隔が80nm超では、導電性及び引張強度を十分に高めることができない。
【0035】
平均ラメラー間隔は、以下の方法で測定する。すなわち、鋼線のL断面を樹脂に埋め込み、鏡面に研磨をしたのち、ピクラールで腐食を行い、FE−SEMを用いてパーライトブロックが5か所以上含まれる5000〜10000倍の任意の領域を10視野分、デジタル画像を撮影する。撮影した各写真について、画像解析装置を用いて、平均ラメラー間隔を測定する。ラメラー間隔とは、ラメラーセメンタイトの中心から、最も近いラメラーセメンタイトの中心までの距離である。
【0036】
<ラメラーセメンタイトの平均長さが22.0μm以下>
パーライト組織中のラメラーセメンタイトの平均長さは22.0μm以下である。ラメラーセメンタイトの平均長さが22.0μmを超えると、鋼線の導電性が低下する。導電性を向上させる観点から、ラメラーセメンタイトの平均長さは、12.0μm以下が好ましく、10.0μm以下がより好ましい。一方、引張強さの観点から、ラメラーセメンタイトの平均長さは、1.0μm以上であることが好ましく、2.0μm以上であることがより好ましく、5.0μm以上であることがさらに好ましい。
【0037】
パーライト組織中のラメラーセメンタイトの平均長さは、以下の方法で測定する。すなわち、鋼線の長手方向(伸線方向)の切断面(L断面)に対して、鏡面研磨を行った後ピクラールによってエッチングを施し、FE−SEMにて組織観察を行い、組織観察の結果を解析して求める。具体的には、図1に示すように、鋼線の断面において、鋼線の軸方向中心位置(D/2)からD/4位置の領域(Dは鋼線の直径)を設定する。設定した領域は、各辺の長さがD/2となる矩形の領域である。この矩形の領域を更に9等分のメッシュに分割し、分割した各メッシュの頂点(16箇所)を観察位置とする。各観察位置において、10000倍の倍率で、伸線方向が画像と水平方向となるように撮影領域を設定し、断面の表面をFE−SEMで撮影する。撮影領域の画像を画像解析してセメンタイト部分とその他の部分(フェライト部分)とを2値化し、長辺のセメンタイトの長さを求める。そして、得られたセメンタイト長さを平均してセメンタイトの平均長さを算出する。
【0038】
<パーライト組織のうち、鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内となるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織が、40面積%以上>
パーライト組織のうち、鋼線の長手方向に対する傾き(角度差)が15°以内であるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織が、面積率で40%以上である。上記傾きが15°以内のラメラーセメンタイトを有するパーライト組織の面積率が40面積%未満であると、導電性が低下する。導電性の観点から、鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内のラメラーセメンタイト(以下、単に「傾きが15°以内のラメラーセメンタイト」と言う場合がある)を有するパーライト組織の面積率は、55面積%以上であることが好ましく、60面積%以上であることがより好ましい。
鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内のラメラーセメンタイトの割合が高いほど導電性の観点で好ましいので、傾きが15°以内のラメラーセメンタイトを有するパーライト組織の面積率の上限は100面積%である。
【0039】
鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内のラメラーセメンタイトを有するパーライト組織の面積率は以下の方法で測定する。すなわち、ラメラーセメンタイトの平均長さの測定において撮影した各画像を用い、画像中心部のラメラーセメンタイトの配向が等しい伸線パーライト組織の領域(パーライトコロニー)において、一つのラメラーセメンタイトの両端末を線分で結び、水平方向からの角度差を測定し15°以下の範囲内かどうかを確認する。15°以内であれば、その領域は、鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内のラメラーセメンタイトを有するパーライト組織であると判断する。伸線パーライト組織においてラメラーセメンタイトの配向が不規則又は不明確な場合は、傾きが15°以内ではないラメラーセメンタイトと判定し、その領域は「鋼線の長手方向に対するラメラーセメンタイトの傾きが15°以内であるパーライト組織」には含めない。
全撮影枚数の撮影視野にあるパーライト組織の合計面積に対し、鋼線の長手方向に対するラメラーセメンタイトの傾きが15°以内であるパーライト組織の合計面積が40面積%以上である場合、鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内であるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織が、面積率で40%以上存在すると判断する。図2Aは、中心部のラメラーセメンタイトの配向が等しい伸線パーライト組織の領域において、傾きが15°以下の範囲内のパーライト組織を示す画像の一例であり、図2Bは傾きが15°以下でないパーライト組織を示す画像の一例である。
【0040】
<長手方向に対するフェライトの{110}面の集積度が、2.0〜8.0の範囲である>
鋼線の長手方向に対するフェライトの{110}面の集積度は、2.0〜8.0の範囲である。フェライトの{110}面の集積度が2.0未満の場合、若しくは8.0を超える場合には、鋼線の導電性が低下するので好ましくない。なお、導電性及び引張強さの観点から、フェライトの{110}面の集積度は、2.2〜5.5が好ましく、3.0〜4.5がより好ましい。
【0041】
フェライトの集積度については、以下の方法で測定する。すなわち、図3Bに示す鋼線の長手方向(伸線方向)の切断面の半径方向に中心部〜D/4(Dは鋼線の直径)までの領域において、X線回折法によって{110}極点図を作成し、RD方向(鋼線の長手方向)に観察されるスポットの極密度(ランダム方位との比)の最大値をフェライトの{110}面の集積度とする。
ここで、X線回折によって得られるフェライトの{110}面の集積度とは、パーライト組織中に含まれるフェライト相と、パーライト組織以外のフェライト組織との両方から得られる情報から算出される集積度である。
なお、本実施形態におけるX線回折の測定条件は以下の通りである。
X線回折装置:リガク社製
商品名:RINT2200(管球)(RINT2000/PCシリーズ)
X線源:MoKα
発散スリット:1/4°(0.43mm)
【0042】
<線径(直径):1.4mm以上>
本実施形態に係る鋼線は、1.4mm以上の線径を有する。線径が1.4mm以上であれば、線材からの伸線加工、及び、鋼線の周囲にアルミニウム、亜鉛等の金属被覆層を形成した被覆鋼線の製造が容易である。従って、本実施形態に係る鋼線は、導電性及び引張強度に加え、加工容易性及び製造コストの点でも優れている。本実施形態に係る鋼線の直径は、1.5mm以上であることが好ましく、1.6mm以上であることがより好ましい。
ただし、鋼線の直径が太過ぎると、ラメラーセメンタイトの長さを短くすることが難しくなるので、本実施形態に係る鋼線の直径は、4.2mm以下であることが好ましく、4.0mm以下であることがより好ましい。
【0043】
<電気抵抗率及び引張強度>
本実施形態に係る鋼線は、導電性と引張強度との両方に優れている。
本実施形態に係る鋼線において、導電性の指標である電気抵抗率は、好ましくは19.0μΩ・cm未満であり、より好ましくは18.0μΩ・cm未満、さらに好ましくは17.0μΩ・cm未満である。
また、本実施形態に係る鋼線の引張強度は、好ましくは1500MPa以上、より好ましくは1600MPa以上、さらに好ましくは2000MPa以上である。
後述する実施例の一部に見られるように、電気抵抗率が18.0μΩ・cm未満、かつ、引張強度が2000MPa以上、さらには、電気抵抗率が17.0μΩ・cm未満、かつ、引張強度が2000MPa以上である鋼線も実現可能である。
【0044】
本実施形態に係る被覆鋼線は、上述した本実施形態に係る鋼線と、この鋼線を被覆する金属被覆層とを備える。すなわち、本実施形態に係る被覆鋼線は、金属被覆鋼線である。
金属被覆層は、例えば、亜鉛、亜鉛合金、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、ニッケルまたはニッケル合金のうちいずれか1種以上を含む。金属被覆層は、めっき層であってもよいし、クラッド層であってもよい。めっき層は、電気めっき層であってもよいし、溶融めっき層であってもよい。溶融めっきで形成された金属被覆層には、鋼線と金属被覆層との界面に合金層が形成される場合がある。合金層としてはZnFe合金層、AlFe合金層、NiFe合金層、CuFe合金層を例示できる。金属被覆層を有することにより、被覆鋼線全体の導電性を高めることができる。
【0045】
次に、本実施形態に係る鋼線、及び本実施形態に係る被覆鋼線の好ましい製造方法を説明する。以下に説明する製造方法は一例であり、本発明の範囲を満たす鋼線または被覆鋼線が得られるのであれば、本実施形態に係る鋼線、及び本実施形態に係る被覆鋼線の製造方法は下記の製造条件に限られるものではない。
【0046】
<溶製工程、鋳造工程、熱間圧延工程>
上記に記載の成分を有する鋼を溶製した後、連続鋳造等によって鋼片(ビレット)を製造し、熱間圧延を行う。鋳造後、分塊圧延を行ってもよい。鋼片を熱間圧延する際には、鋼片の中心部が1000〜1100℃になるように加熱し、仕上げ温度を900〜1000℃として熱間圧延を行って線材を得ることが好ましい。
【0047】
<冷却工程>
熱間圧延工程後の線材について、水冷、空冷、炉冷、及び/または溶融浴への浸漬によって冷却を行う。この際、C含有量に応じて、冷却パターンを設定することが好ましい。
C含有量が0.40〜0.70%の場合は、仕上げ圧延後、20℃/s以上の平均冷却速度で800〜920℃の温度範囲に冷却し(第1冷却)、次いで800〜600℃までの平均冷却速度が5〜20℃/sとなるように冷却し(第2冷却)、次いで600〜500℃までの平均冷却速度を5℃/s以下となるように冷却する(第3冷却)。
第1冷却の冷却速度が、20℃/s未満であると、初析フェライトが生成し易く、パーライト組織分率が低下する。また、第1冷却の停止温度が、800℃未満では、オーステナイト粒径が微細化して十分な焼入れ性が得られない。一方、第1冷却の停止温度が、920℃超では、その後の冷却過程で初析フェライトが生成し易く、パーライト組織分率が低下する。
また、第2冷却の冷却速度が5℃/s未満では初析フェライトの生成によりパーライト組織分率が低下しやすくなる。一方、第2冷却の冷却速度が20℃/s超では第2〜第3冷却に掛けてのパーライト変態と合金元素の分配が不十分となる。また、第3冷却の冷却速度が5℃/s超となると、合金元素の分配が起こりにくくなるため、導電性が低下する。
ただし、上記の冷却において、600〜500℃の滞留時間が33秒以上(平均冷却速度換算で約3.0℃/s以下)と長ければ、合金元素の分配が十分進行するので、800〜600℃までの平均冷却速度が20℃/s以上でもよい。また、例えば鉛浴やソルト浴、流動層炉を用いて変態を完了させた後、再度600〜400℃の温度域まで加熱してもよい。
また、C含有量が0.70超〜1.10%の場合は、仕上げ圧延後、20℃/s以上の平均冷却速度で800〜920℃に冷却し、500〜600℃の溶融塩に30秒以上浸漬することでパーライト変態させる。
【0048】
本実施形態において、圧延の仕上げ温度とは、仕上げ圧延直後の線材の表面温度を指し、仕上げ圧延後の冷却工程における平均冷却速度は、線材の中心部の冷却速度を指す。
【0049】
上記の製造工程を経て得られた線材は、例えば、断面内の金属組織の80%以上がパーライト組織で、パーライト組織の平均ラメラー間隔が50〜170nmであり、パーライト組織中のラメラーセメンタイトの平均長さが1.5μm以下となる。なお、以下の伸線工程によって本実施形態に係る鋼線を得る観点から、上記の製造工程で製造する線材の線径は3.0〜14.0mmであることが好ましい。
【0050】
<伸線工程>
次に、上記線材に伸線加工を施して鋼線を得る。伸線加工では、線材に対して1.5〜2.4の真ひずみを付与するように伸線加工することが好ましい。好ましくは、真ひずみが1.7〜2.1である。上述の条件で伸線を行うと、伸線前の線材に対して、伸線後の鋼線の電気抵抗率は、1.0〜1.5μΩ・cm程度低下する(すなわち導電性が向上する)。なお、鋼種(例えば、後述する実施例で用いている鋼種K)によっては、真ひずみが1.5未満又は2.4超であっても電気抵抗率が低く、かつ引張強さが高い鋼線が得られる。ただし、このような鋼種であっても、1.5〜2.4の真ひずみを付与することで高い引張強さを有するとともに電気抵抗率がより低く抑えられた鋼線が得られ易い。
線材の伸線加工時の減面率が高くなってひずみが増大するに従って、平均ラメラー間隔は小さくなり、ラメラーセメンタイトの平均長さは大きくなり、ラメラーセメンタイトの長手方向に対する傾きは小さくなって角度差が15°以内のセメンタイトを有するパーライト組織の割合が増加し、フェライトの{110}面の集積度は高くなる。真ひずみが1.5未満となる条件で伸線加工を行うと、角度差が15°以内のセメンタイトの割合が不足し導電性が低下する。一方、真ひずみが2.4超になる条件で伸線加工を行うと、フェライト中の固溶C量が増加することで導電性が低下する。
【0051】
上述の工程を含む製造方法によれば、本実施形態に係る鋼線が製造される。
【0052】
<被覆工程>
次に、得られた鋼線に金属被覆層を形成する。金属被覆層の形成手段は、電気めっき法、溶融めっき法、クラッド法のいずれでもよい。この時点での金属被覆層の厚みは、線材または鋼線の直径に対して0.7%〜20%程度の厚みがよい。
これにより、本実施形態に係る被覆鋼線が製造される。
この被覆工程は、冷却工程と伸線工程との間に行ってもよい。すなわち、線材に金属被覆層を形成した後、伸線加工を行っても、本実施形態に係る被覆鋼線を得ることができる。
【実施例】
【0053】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0054】
50kg真空溶解炉で表1に示す化学成分(ただし、残部はFe及び不純物)に溶製した溶鋼を、インゴットに鋳造した。当該各インゴットを1250℃で1時間加熱した後、仕上げ温度が950℃以上となるように直径15mmの棒線材となるように熱間鍛造した後、室温まで放冷した。この熱間鍛造材を切削加工によって直径10mm、切断によって長さ1500mmにした。この切削加工材を窒素雰囲気中で1050℃で、15分加熱した後、仕上げ温度が900℃以上になるように熱間圧延し、直径7mmの圧延材を得た。
【0055】
その後、一部の圧延材については、仕上げ圧延後、大気中で扇風機により900℃まで風冷し、その後10秒以内に低温で加熱した加熱炉内に封入し、600℃までの平均冷却速度を6℃/s、400℃までの平均冷却速度を1℃/sで炉冷し、更に400℃まで冷却後に取り出して室温まで放冷して、鋼線材を得た(表2の冷却工程の条件番号5)。
また、別の圧延材については、仕上げ圧延後、大気中で扇風機により850℃または900℃まで風冷し、その後10秒以内に表2に示す冷却工程の条件番号2〜4で鉛浴に浸漬した後、取り出して室温まで放冷して、鋼線材を得た。各温度域での平均冷却速度は、表2の通りであった。
更に別の圧延材については、直径7mmに熱間圧延した後、大気中での扇風機による風冷によって室温まで冷却した(表2の冷却工程の条件番号6)。各温度域での平均冷却速度は、表2の通りであった。
更に、一部の圧延材については、仕上げ圧延後、640℃の鉛浴に浸漬したのち、直ぐ100℃/sで冷却を行い400℃以下とした(表2の冷却工程の条件番号1)。各温度域での平均冷却速度は、表2の通りであった。
【0056】
得られた線材のうち、試験番号1〜31に対し、亜鉛溶融めっき法またはアルミクラッド法により、金属被覆層を形成した。
【0057】
その後、線材に含まれる鋼部に対して表3に示す真ひずみを付与するように伸線し、鋼部の直径が2.0mm〜3.5mmの鋼線または被覆鋼線を得た。
【0058】
その後、伸線前に被覆層を形成しなかった試験番号32の鋼線に対し、溶融亜鉛めっき法によって、亜鉛からなる金属被覆層を形成した。
【0059】
上記の要領で得られた被覆鋼線から金属被覆層を塩酸や水酸化ナトリウム等で取り除いて鋼線を取り出し、これらの鋼線の引張強さ及び導電性を評価した。
<引張強さ>
鋼線から350mm長さで3本の引張試験片をワイヤのままで採取した。この引張試験片に対し、チャック間距離200mm、10mm/minの引張速度で、常温での引張試験を行い、引張強さ(TS)を測定して、その平均値をその試験材の引張強さとした。
【0060】
<導電性>
鋼線から長さ60mmの導電性測定用の試験片を切り出し、温度20℃で4端子法によって、電気抵抗率を測定した。
【0061】
また、得られた鋼線について、各組織分率、ラメラーセメンタイトの平均ラメラー間隔、ラメラーセメンタイトの平均長さ、鋼線の長手方向に対する傾き(角度差)が15°以内であるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織の面積率、フェライトの{110}面の集積度を測定した。
<平均ラメラー間隔>
各鋼線について、L断面を樹脂に埋め込み、鏡面に研磨をしたのち、ピクラールで腐食を行い、FE−SEMを用いて5000〜10000倍でパーライトブロックが5か所以上含まれる任意の領域を10視野分、デジタル画像を撮影した。各写真について、画像解析装置を用いて、平均ラメラー間隔を測定した。
<各組織の面積率>
各鋼線の切断面の平均ラメラー間隔の観察箇所に対して、2000倍の倍率で金属組織写真を撮影し、各組織の領域をマーキングし、画像解析により各組織の面積率の平均値を算出した。なお、表3には、パーライト組織とフェライト組織の面積率を示すが、これらの組織の合計が100%でない鋼線では、他の組織として、ベイナイト組織及び/又はマルテンサイト組織が観察された。
【0062】
<ラメラーセメンタイトの平均長さ>
パーライト組織中のラメラーセメンタイトの平均長さは、平均ラメラー間隔の測定に供した試料を用い、FE−SEMにて組織観察を行い、組織観察の結果を解析して求めた。図1に示すように、鋼線のL断面において、鋼線の軸方向中心位置(D/2)からD/4位置の領域(Dは鋼線の直径)を設定した。設定した領域は、各辺の長さがD/2となる矩形の領域とした。この矩形の領域を更に9等分のメッシュに分割し、分割した各メッシュの頂点を観察位置とした。各観察位置において、10000倍の倍率で、伸線方向が画像と水平方向となるように撮影領域を設定し、断面の表面をFE−SEMで撮影した。撮影領域の画像を画像解析してセメンタイト部分とその他の部分(フェライト部分)を2値化し、長辺のセメンタイトの長さを求めた。そして、得られたセメンタイト長さを平均してセメンタイトの平均長さを算出した。
【0063】
<鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内であるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織の面積率>
次に、ラメラーセメンタイトの平均長さの測定において撮影した各画像を用い、画像中心部のラメラーセメンタイトの配向が等しい伸線パーライト組織の領域において、ひとつのラメラーセメンタイトの両端末を線分で結び、水平方向からの角度差を測定し、15°以下の範囲内かどうかを確認した。全撮影枚数におけるパーライト組織の合計面積に対し、鋼線の長手方向に対するラメラーセメンタイトの傾きが15°以内であるパーライト組織の合計が40面積%以上である場合、鋼線の長手方向に対する傾きが15°以内であるラメラーセメンタイトを有するパーライト組織が、面積率で40%以上存在すると判断した。
【0064】
<フェライトの{110}面の集積度>
次に、フェライトの{110}面の集積度は、図3A〜3Bに示すように鋼線の伸線方向(RD方向)の切断面に対して、半径方向に中心部〜D/4(Dは鋼線の直径)までの領域において、X線回折法によって{110}極点図を作成し、RD方向に観察されるスポットの極密度(ランダム方位との比)の最大値をフェライトの{110}面の集積度とした。X線回折の測定条件は前述した通りである。
【0065】
結果を表1〜表3に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
【表3】
【0069】
表3から、本発明で規定する条件から外れた試験番号19〜22、28〜30の場合には、前記した少なくとも1つの特性が目標とする値(引張強度:1500MPa以上、電気抵抗率:19.0μΩ・cm未満、直径:1.4mm以上)に達していなかった。それに対し、本発明で規定する条件をすべて満たす試験番号3〜18、23、26、27、31、32は、前記したすべての特性が目標とする値に達していた。なお、試験番号11〜14、26、27、32ではいずれも鋼種Kを用いているが、伸線加工時の真ひずみが1.5〜2.4である試験番号11〜14、32では特に電気抵抗率が低く抑えられていた。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、送電線用途に適した線径を有し、導電性及び引張強度に優れた鋼線、及びこの鋼線と鋼線を被覆する被覆層とを有する被覆鋼線を提供できる。
本発明の鋼線及び被覆鋼線は、線径が太く、導電性及び引張強度に優れるので、送電線の用途に好適に用いることができる。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B