特許第6575791号(P6575791)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6575791-人工毛髪用繊維 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6575791
(24)【登録日】2019年8月30日
(45)【発行日】2019年9月18日
(54)【発明の名称】人工毛髪用繊維
(51)【国際特許分類】
   A41G 3/00 20060101AFI20190909BHJP
【FI】
   A41G3/00 A
【請求項の数】2
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-200879(P2014-200879)
(22)【出願日】2014年9月30日
(65)【公開番号】特開2016-69757(P2016-69757A)
(43)【公開日】2016年5月9日
【審査請求日】2017年6月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000219288
【氏名又は名称】東レ・モノフィラメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100182785
【弁理士】
【氏名又は名称】一條 力
(72)【発明者】
【氏名】木村 敏明
(72)【発明者】
【氏名】澤井 昭文
(72)【発明者】
【氏名】柄澤 留美
(72)【発明者】
【氏名】土岐 美鈴
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 友和
【審査官】 青木 正博
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−211372(JP,A)
【文献】 特開2012−251256(JP,A)
【文献】 特開2012−251264(JP,A)
【文献】 特開2012−017535(JP,A)
【文献】 特開平02−139406(JP,A)
【文献】 特開2011−168897(JP,A)
【文献】 特開昭63−175175(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A41G 3/00
D01F 1/00−9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に凹部を有するポリエステル系繊維にシリコーン系化合物の被膜が形成されており、該被膜によって、前記凹部の内、20%以上90%以下が被覆されており、以下の条件(1)および/または(2)を満たす人工毛髪用繊維。
(1)光沢度計での反射率のG値が5〜25、かつ、半値幅が5〜20°
(2)櫛通り応力が5N以下
【請求項2】
シリコーン系化合物が変性シリコーンである請求項1に記載の人工毛髪用繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工毛髪用繊維及びそのチーズ状パッケージ、ならびにその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
かつらやヘアーウィッグ、エクステンションなどの頭髪製品用途に使用される人工毛髪用繊維には、ポリエステルやナイロン、アクリル、塩化ビニルなど種々の合成繊維が使用されている。中でも、ハリコシ感、引張強度、結節強度、耐熱性、セット保持性などに優れたポリエステル系繊維が高級人工毛髪に使用されている。人工毛髪用繊維に求められる特性としては、上記の他に、光沢感、櫛通り性、品位、耐久性などが挙げられ、これまでにこれら特性を改善する技術が種々提案されている。
【0003】
例えば、繊維表面への凹凸付与での艶消し効果により、人毛ライクな光沢感を付与した人工毛髪用ポリエステル繊維(特許文献1、2参照)や、スタイルセット処理として、繊維表面に付着させた反応性有機ケイ素化合物を含有するポリオルガノシロキサン系繊維処理剤を加熱処理し、繊維表面に架橋被膜を形成することにより、櫛通り性や耐シャンプー性を向上させた人工毛髪用繊維からなる頭飾品(特許文献3参照)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−146306号公報
【特許文献2】特開2014−105418号公報
【特許文献3】特開2007−77532号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、特許文献1、2に記載の人工毛髪用ポリエステル繊維では、人毛ライクな自然な光沢感が得られるものの、単糸間の表面凹凸部が引っ掛かることで人毛に対比して表面の滑り性が低く、櫛通り性については満足のいくものではなかった。また、繰り返し櫛掛け後の繊維には縮れが発生するなど、耐久性も不十分であった。
【0006】
また、特許文献3に記載の人工毛髪用ポリエステル繊維では、架橋被膜が形成されていることにより、櫛通り性や耐久性は良好であるものの、ポリエステル繊維自体の表面が平滑であるため、光沢感が非常に強く、人毛ライクな外観を有さないという欠点があった。また、スタイルセット処理として、繊維束の状態での架橋被膜の形成を行っているが、その際に、繊維束内において密着した単糸間で固着が発生し、その固着を解すために、櫛掛けに時間を要することや、固着の程度が大きい場合には、櫛掛け時に縮れが発生したり、削れた被膜が白粉となって発生したりすることなど、生産性や品位面での課題があった。
【0007】
上記のように、特に高級人工毛髪用途で要求される、人毛ライクの自然な光沢感を有しながら、櫛通り性、品位、耐久性のいずれかの特性を満たすことは困難であり、これらを満たす人工毛髪用ポリエステル系繊維は従来の技術では得られていない。
【0008】
そこで本発明の目的は、上記の従来技術の背景に鑑み、かつらやヘアーウィッグ、エクステンションなどの頭髪製品用途に適した、人毛ライクの自然な光沢感や櫛通り性と優れた品位、耐久性を有する人工毛髪用繊維及びそのチーズ状パッケージ、ならびにその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記の課題を解決するために、次の手段を採用する。
1.表面に凹部を有するポリエステル系繊維にシリコーン系化合物の被膜が形成されており、該被膜によって、前記凹部の内、20%以上が被覆されている人工毛髪用繊維。
2.シリコーン系化合物が変性シリコーンである上記1項に記載の人工毛髪用繊維。
3.光沢度計での反射率のG値が5〜25、半値幅が5〜20°である上記1項または2項に記載の人工毛髪用繊維。
4.櫛通り応力が5N以下である上記1〜3項のいずれかに記載の人工毛髪用繊維。
5.表面に凹部を有するポリエステル系繊維にシリコーン系化合物の被膜が形成されており、該被膜によって、前記凹部の内、20%以上が被覆されている人工毛髪用繊維のチーズ状パッケージ。
6.表面に凹部を有するポリエステル系繊維に対して、シリコーン系化合物の被膜加工をチーズ形態で行い、前記凹部の内、20%以上を被覆する人工毛髪用繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、特に高級人工毛髪用途で要求される、人毛ライクの自然な光沢感や櫛通り性と優れた品位、耐久性を有する人工毛髪用ポリエステル系繊維を得ることができる。得られた繊維は、ヘアーウィッグ、エクステンションなどの頭髪製品用途に好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1(a)は、試料の単糸11本を固定した光沢度測定用試料ホルダーの模式図である。また、図1(b)は、光沢度測定時の試料、光源、及び、受光器の位置を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の人工毛髪用繊維は、表面に凹部を有するポリエステル系繊維にシリコーン系化合物の被膜が形成されており、該被膜によって、前記凹部の内、20%以上が被覆されている。
【0013】
上記構成を採ることにより、繊維表面の凹部による入射光の乱反射が促進されることによる光沢感の抑制と、該凹部が被膜で被覆されて表面が平滑化されることによる櫛通り性の向上とを、両立したものである。
【0014】
この際、被膜は、屈折率が低ければ、入射光は被膜の表面で反射せずに、被膜の内部に透過し、繊維表面に到達し、繊維表面の凹部により乱反射してより光沢感を抑制できることから好ましい。また、表面は被膜により凹部が被覆されて平滑となっているため、単糸間の凹部での引っ掛かりが少なくなる。さらに、被膜の滑り性が高ければ、単糸間の滑り性が向上し、櫛通り性が向上することから好ましい。
【0015】
本発明でいうポリエステル系とは、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートおよびポリ乳酸などを例示することができる。中でも、コスト、汎用性、耐熱性および寸法安定性の観点で、ポリエチレンテレフタレートが好ましく用いられる。ポリエステルの原料は、石油由来でも植物由来でも良く、ケミカルリサイクルやマテリアルリサイクルなどのリサイクル原料であっても良い。
【0016】
また、本発明の効果を損なわない範囲であれば、共重合成分を含んでも良い。共重合成分としては、上記例示のポリエステル構成成分に加えて、エチレングリコールやカチオン可染成分としてイソフタル酸ナトリウム、難燃性を付与する目的で2官能性リン化合物などを例示することができる。2官能性リン化合物としては、ホスホネート、ホスフィネート、ホスフィンオキシドが好ましく使用されるが、これらに限定されるわけではない。また、本発明の効果を損なわない範囲であえば、艶消し剤として酸化ケイ素、酸化チタンなどの無機粒子、リン系、ハロゲン系、三酸化アンチモンなどの難燃剤、顔料などの着色剤、耐光剤、耐候剤、紫外線吸収剤、耐熱剤、熱劣化防止剤、酸化防止剤、滑剤、可塑剤、分散剤、安定剤、抗菌剤、防汚剤、および帯電防止剤などの添加剤を適宜使用することができる。
【0017】
本発明のポリエステル系繊維は、単糸繊度が20dtex以上、120dtex以下であることが好ましく、40dtex以上、90dtex以下であることがさらに好ましい。単糸繊度が20dtex以上あれば、単糸をかつらやウィッグなどの頭髪製品の基材に植え付ける工程において、糸切れを発生させないだけの引張強力と引裂強力を有すること、また、ハリコシ感があるため、ボリューム感や弾力感を有する頭髪製品となることから好ましい。また、単糸繊度が120dtex以下であれば、ハリコシ感が過多とならずに、風合いがソフトな頭髪製品となることから好ましい。
【0018】
本発明のポリエステル系繊維の断面形状は、特に限定されないが、丸型、扁平型、繭型、3葉、4葉などの多葉型などが例示できる。多葉型の形状としては、Y型、十字型、H型およびX断面などが挙げられる。中でも、繭型や多葉型は、頭髪製品において、単糸間に空隙が得られるため、ボリューム感やソフトな風合いが得られ、好ましい。また、シリコーン系化合物の被膜加工の際、単糸間が接触する面積が小さいことにより、単糸間固着が少なくなる点でも好ましい。
【0019】
本発明に用いられるポリエステル系繊維が表面に有する凹部とは、開口部最大長が2μm以上、50μm以下の凹部のことをいう。本発明においては、該凹部が糸表面積1000平方μmあたり5個以上、100個以下存在することが好ましく、10個以上、30個以下存在することがさらに好ましい。該凹部が糸表面積1000平方μmあたり5個未満であると、表面乱反射による艶消し効果が小さくなる場合があり、100個を超えると、表面乱反射が大きくなり、光沢感が不足することに加えて、シリコーン系化合物の被膜が形成されにくい場合がある。本発明において開口部最大長とは、開口部における繊維軸方向の最大開口長のことをいう。また、該凹部の深さは、1μm以上、50μm以下であることが好ましい。該凹部の深さが1μm未満であると、表面乱反射による艶消し効果が小さくなる場合があり、50μmを超えると、表面乱反射が大きくなり、光沢感が不足することに加えて、シリコーン系化合物の被膜が形成されにくい場合がある。
【0020】
なお、上記凹部の開口部最大長と個数は、シリコーン系化合物を被膜形成した後のポリエステル系繊維からシリコーン系化合物を良溶媒で溶出した後に、走査型電子顕微鏡を用いて、繊維側面を撮影した写真から計測したものである。また、上記凹部の深さは、シリコーン系化合物を被膜形成した後のポリエステル系繊維からシリコーン系化合物を良溶媒で溶出した後に、走査型電子顕微鏡を用いて、繊維断面を撮影した写真から繊維表面の凹部について計測したものである。また、シリコーン系化合物の良溶媒としては、特に限定されないが、ポリエステル系繊維に対しては貧溶媒である必要があり、トルエン、テトラヒドロフランなどが例示できる。
【0021】
本発明に用いられるシリコーン系化合物は、ポリエステル系繊維の表面に被膜形成した状態において、低い屈折率と高い滑り性を有するものであればよく、通常のものを使用することができる。本発明に用いられるシリコーン系化合物は、ポリシロキサンの側鎖、末端が全てメチル基であるジメチルシリコーンの他、側鎖や末端の一部がフェニル基や水素であるメチルフェニルシリコーンやメチルハイドロジェンシリコーンなどが例示できる。
【0022】
また、側鎖や末端にメチル基とフェニル基を除く有機基を導入したものを変性シリコーンと呼び、アミノ変性、エポキシ変性、カルボキシル変性、ポリエーテル変性、アルコキシ変性、メルカプト変性、アクリル変性、メタクリル変性、長鎖アルキル変性、高級脂肪酸エステル変性、高級脂肪酸アミド変性、アラルキル変性、カルビノール変性、シラノール変性、またこれら有機基による変性を複数組み合わせたシリコーンなどが例示できる。
【0023】
本発明に用いられるシリコーン系化合物は、変性シリコーンであることが好ましい。特に、アミノ変性やエポキシ変性の場合は、ポリエステル系繊維との親和性が良く、被膜の耐久性が向上するため好ましい。また、アミノ変性の場合、得られた人工毛髪用繊維に、人毛ライクのぬめり感を付与できるため好ましい。
【0024】
加えて、本発明に用いられるシリコーン系化合物は、被膜形成性及び形成した被膜の耐久性の観点で高重合度であることが好ましい。また、シリコーン系化合物の両末端にシラノール基を有するシラノール変性シリコーンであって、被膜形成時に、縮重合によりシロキサン結合が形成され高重合度となるものもまた好ましい。
【0025】
本発明において、ポリエステル系繊維が表面に有する凹部は、シリコーン系化合物の被膜によって、20%以上が被覆されている。凹部がシリコーン系化合物の被膜によって被覆されている割合(以降、凹部被覆率と記す場合もある)が20%未満の場合、ポリエステル系繊維の単糸間の滑り性が低く、櫛通り性が不十分となる。凹部被覆率が20%未満の場合、繊維表面に露出した凹部が多いことから、単糸間の凹部のエッジ部同士が引っ掛かることに起因するものと考えている。かかる観点から、ポリエステル系繊維が表面に有する凹部は、シリコーン系化合物の被膜によって、50%以上が被覆されていることが好ましく、80%以上が被覆されていることがさらに好ましい。
【0026】
なお、上記凹部被覆率は、人工毛髪用繊維からシリコーン系化合物を良溶媒で溶出することにより除去した後のポリエステル系繊維における糸表面積1000平方μmあたりの表面の凹部の合計面積(A)と、シリコーン系化合物を除去する前の人工毛髪用繊維における糸表面積1000平方μmあたりの表面に被覆されずに露出した凹部の合計面積(B)から、下記式(1)により算出した。ここで、各面積は、走査型電子顕微鏡を用いて、繊維側面を撮影した写真から計測したものである。
【0027】
凹部被覆率={(A−B)/A}×100(%)・・・式(1)
本発明の人工毛髪用繊維は、光沢度計で測定した反射率のG値が5〜25、半値幅が5〜20°であることが好ましく、G値が10〜20、半値幅が7〜15°であることがさらに好ましい。
【0028】
ここで、光沢度計での反射率の測定とは、図1(a)に示すように、試料ホルダーに固定した人工毛髪用繊維の単糸11本に、図1(b)に示すように、入射角4を30°として光を当て、受光器を符号5の位置から6の位置へ試料表面を中心として0〜90°回転させる(ここで符号5からの回転した角度を反射角度と記す)ことにより行い、反射角度に対する反射率の値を得るものである。G値は、反射角度0°における反射率dと反射角度30°付近に現れる最大反射率Sfから、下記式(2)により算出される。G値はツヤ感の指標であり、G値が大きい程、正反射によるツヤ感が強く即ち光沢感が強いことを表す。
【0029】
G値=Sf/d・・・式(2)
半値幅は、上記最大反射率が半減する反射角度であるが、これはギラツキ感の指標であり、半値幅が小さい程、反射に方向性がありギラツキ感を与えるため、光沢感が強いことを表す。
【0030】
本発明の人工毛髪用繊維の反射率のG値が5未満の場合は、ツヤ感が小さ過ぎることがあり、G値が25を超える場合は、ツヤ感が大き過ぎることがあることから、それにより人毛ライクな自然な光沢感が得られない場合がある。
【0031】
また、本発明の人工毛髪用繊維の反射率の半値幅が5°未満の場合は、ギラツキ感が小さ過ぎることがあることがあり、半値幅が20°を超える場合は、ギラツキ感が大き過ぎることがあることから、それにより人毛ライクな自然な光沢感が得られない場合がある。
【0032】
本発明の人工毛髪用繊維は、櫛通り応力が5N以下であることが好ましく、3N以下であることがさらに好ましい。櫛通り応力が5Nを超えると、櫛通しの際に引っ掛かり感があり、不快感を覚える場合がある。また、手櫛を行った際も、人毛ライクな滑らかな風合いが得られない場合がある。
【0033】
ここで櫛通り応力は、引張試験機に繊維束を把持する部材と櫛を組み込んだ測定機、即ち上部チャックに繊維束を把持する部材、下部チャックの代わりに櫛部材を組み、繊維束を櫛通しした際に繊維束にかかる応力が測定可能な測定機を使用して実施例に記載の条件にて測定する。
【0034】
次に、本発明の人工毛髪用繊維の製造方法について説明する。
【0035】
本発明の人工毛髪用繊維に使用するポリエステル系繊維は、通常の溶融紡糸・延伸法を使用することができる。また、ポリエステル系繊維が表面に有する凹部は、いかなる方法によって形成しても良く、例えば、従来公知の溶融紡糸・延伸法により得られた繊維に対して、後工程において、繊維表面に、無機粒子などを衝突させて凹部を形成する方法が例示できる。また、ポリエステルの縮重合反応前あるいは反応中に、エチレングリコールなどのグリコール成分中に不活性粒子を分散させたスラリーを添加し縮重合するなどの公知方法で得た、平均粒径が1μm以上、10μm以下の不活性粒子を0.1質量%以上10質量%以下含有するポリエステル原料を使用し、或いは、ポリエステル原料に不活性粒子を高濃度に添加したマスターチップを予め作製し、これを希釈用のポリエステルチップとチップブレンドしたポリエステル原料使用し、従来公知の溶融紡糸・延伸により得られた繊維を、アルカリ性の液体中で処理(以下、N処理という)することにより、粒子及び/または粒子周辺の繊維構造のルーズなポリエステル原料を溶解または脱落させることで凹部を形成する方法などが例示できる。凹部を形成する際の制御性や効率生産性の観点では、上記N処理がより好ましい。
【0036】
N処理は通常、1質量%〜25質量%濃度のNaOH(水酸化ナトリウム)水溶液中にポリエステル系繊維を浸漬し、60℃以上110℃以下の液中にて数十分から1時間程度処理して減量する方法により行われる。この際、処理時間の短縮を目的に、減量促進剤を併用しても良い。また、このときのN処理によるポリエステル系繊維の質量減少は、N処理前のポリエステル系繊維質量に対して6質量%〜20質量%が好ましい。この場合のポリエステルが含有する不活性粒子の平均粒径は、散乱式粒子径分布測定装置を用いて測定した数平均粒子径である。
【0037】
N処理を適用する際に用いられる不活性粒子としては、有機粒子、無機粒子のいずれでも良く、例えば炭酸カルシウム,酸化ケイ素,酸化チタン,酸化アルミニウムなどの酸化物、リン酸カルシウム,リン酸一水素カルシウム,リン酸二水素カルシウム,リン酸カリウム,リン酸一水素カリウム,リン酸二水素カリウム,リン酸アンチモンなどのリン酸塩、硫酸バリウム,硫酸カルシウムなどの硫酸塩、架橋ポリスチレンなどを挙げることができるが、特に酸化ケイ素を主成分とする一次粒径が数十から数百nmなどの微粒子が集合した凝集性粒子や球状の単分散性粒子が取り扱い易さや、このポリエステル系繊維よりなる人工毛髪の発色性などの面から好ましい。凝集性の酸化ケイ素粒子を用いると、ポリエステル系繊維表面に様々な形状の混在した凹部を形成させることができ、更には染色時にポリエステル系繊維中に存在する粒子の内部にも染料が進入するため、人工毛髪のいわゆる白化を防ぐことができる。一方、球状の単分散性酸化ケイ素粒子を用いると、表面の凹部の形状や大きさが比較的均一となり、よって粒子を選択することで目的に応じた艶消し効果を発現することができる。また、更には凝集性の酸化ケイ素粒子と単分散性酸化ケイ素粒子を適宜使い分け、組み合わせて用いることもできる。さらにまた、上記した各種の粒子2種以上を適宜組み合わせて用いることもできる。
【0038】
着色は、従来公知の方法が適用され、溶融紡糸工程で顔料などの着色剤を添加する方法や、後工程で染色する方法が例示できるが、発色性や色目の制御性、複数色の効率生産性の観点では染色法が好ましい。
【0039】
染色条件は、通常の条件が適用され、分散染料にて110〜140℃で数十分から1時間程度の処理条件が例示できる。
【0040】
また、N処理や染色を行う際のポリエステル系繊維の形態は、糸カセであることが一般的であるが、本発明においては、後述するシリコーン系化合物の被膜加工工程を勘案し、チーズ形態で行うことが、効率生産性やコストの面で好ましい。
【0041】
本発明の人工毛髪繊維の製造方法は、上記のように得られたポリエステル系繊維に対して、シリコーン系化合物の被膜加工をチーズ形態で行うことが好ましい。
【0042】
シリコーン系化合物は、ポリエステル系繊維への均一付着性や表面の凹部への浸透性、取り扱い性の観点から、5〜50質量%程度のエマルジョンや溶液で使用することが好ましい。この場合、乾燥工程で水分や溶媒が除去されるとポリエステル系繊維の表面に被膜が形成されることとなる。なお、本発明で言う被膜加工は、シリコーン系化合物を含む加工液をポリエステル系繊維の表面に付与する工程と、加工液がエマルジョンや溶液の場合に、加工液中に含まれる水や溶媒を除去する乾燥工程を含むものである。
【0043】
被膜加工を糸カセや糸束で行うと、糸カセや糸束内において密着した単糸間で固着が発生し、その固着を解すために、櫛掛けに時間を要することや、固着の程度が大きい場合には、櫛掛け時に縮れが発生したり、削れた被膜が白粉となって発生したりすることなど、生産性や品位面で大きな問題が生じ易い。これに対して、チーズ形態での被膜加工では、単糸間が密着する部分は綾部のみであり、単糸間に空隙を確保できるため、被膜形成の際に単糸間での固着を抑制することができることから好ましい。
【0044】
被膜加工をチーズ形態で行うにあたり、その前工程で、N処理や染色を行う場合は、該N処理や染色もチーズ形態で行い、各工程を引き続き連続して行うことが効率生産性やコストの点で好ましい。
【0045】
このようにして得られた本発明の人工毛髪用繊維は、人毛ライクの自然な光沢感や櫛通り性と優れた品位、耐久性を有しており、かつらやヘアーウィッグ、エクステンションなどの頭髪製品用途に好適に使用することができる。
【実施例】
【0046】
次に、本発明の人工毛髪用繊維について、実施例によりさらに詳細に説明する。上述の説明中、及び実施例、比較例に示される各特性値は、下記の方法により測定したものである。
【0047】
(1)繊度:JIS L1013:1999の8.3.1a項のA法に基づき、中山電気産業社製検尺機を用いて、表示繊度×0.45mN/dtexの初荷重を加えて測定した。
【0048】
(2)引張強度:JIS L1013:1999の8.5項に基づき、つかみ間隔25cm、引張速度30cm/分で引張強さを測定し、繊度で割り返した値を算出した。
【0049】
(3)ポリエステル系繊維の表面の凹部の個数:シリコーン系化合物を被膜形成した後のポリエステル系繊維からシリコーン系化合物をトルエンで30℃×30分超音波洗浄することにより溶出させて除去し、さらに水で30℃×30分超音波洗浄し、100℃×30分熱風乾燥して、測定用の試料とした。得られた試料の繊維側面をKEYENCE社製走査型電子顕微鏡「VE−8800」を用いて、倍率1000倍で5視野撮影した写真から、開口部最大長が2μm以上、50μm以下の凹部の糸表面積1000平方μm(写真に写る繊維側面の中央部の繊維側面繊維軸方向40μm×繊維幅方向25μmの範囲)に存在する個数を数えた。5視野の各視野で個数を数え、その平均値を算出した。
【0050】
(4)ポリエステル系繊維の表面の凹部がシリコーン系化合物の被膜で被覆されている割合(凹部被覆率):人工毛髪用繊維(シリコーン系化合物を被膜形成した後のポリエステル系繊維)からシリコーン系化合物を上記(3)の方法で溶出することにより除去したポリエステル系繊維における糸表面積1000平方μmあたりの表面の凹部の合計面積(A)と、シリコーン系化合物を除去する前の人工毛髪用繊維における糸表面積1000平方μmあたりの表面に被覆されずに露出した凹部の合計面積(B)を上記(3)の撮影方法と対象範囲で計測し、下記式(1)により算出した。5視野の各視野での面積を計測し、その平均値を用いた。なお、面積の計測は、KEYENCE社製走査型電子顕微鏡観察ソフト「VE観察アプリケーション」の計測モードを使用した。
【0051】
凹部被覆率={(A−B)/A}×100(%)・・・式(1)
(5)光沢感:長さ220mmで、5.5gとなるようにポリエステル系繊維を必要本数束ね、この繊維束を片手で軽く握った状態で、直射日光の当たる室内の窓際にて、日光の入射光10〜60°での目視による評価を実施した。5人の熟練判定者により、次の評価基準で判定を行い、◎と○を合格とした。
◎:人毛の光沢感に極めて近く、人毛と区別が付かない。
○:人毛の光沢感に近い。
△:人毛対比、やや光沢感が強い。
×:人毛対比、光沢感が強く、ツヤ感、ギラツキ感が目立つ。
【0052】
(6)光沢度(G値、半値幅):光沢度計として、村上色彩技術研究所社製「GP−200」を使用し、図1(a)に示すように、中央に直径36mmの穴の開いた試料ホルダーを使用し、その中央線から両側3mmずつの計6mm幅内に等間隔に固定した試料の単糸11本を試料として、光源絞りの直径10.5mm、受光絞りの直径9.1mmとし、図1(b)に示すように、入射角30°で光を当て、受光器を0〜90°回転させることにより、反射角度に対する反射率を測定した。G値は、反射角度0°における反射率dと反射角度30°付近に現れる最大反射率Sfから、下記式(2)により算出し、測定毎に試料を変更し、n=5での平均値を算出した。G値はツヤ感の指標であり、G値が大きい程、正反射によるツヤ感が強く即ち光沢感が強いことを表す。
【0053】
G値=Sf/d・・・式(2)
半値幅についても上記測定毎に得た値(n=5)の平均値を算出した。半値幅はギラツキ感の指標であり、半値幅が小さい程、反射に方向性がありギラツキ感を与えるため、光沢感が強いことを表す。
【0054】
(7)風合い:長さ220mmで、5.5gとなるようにポリエステル系繊維を必要本数束ね、この繊維束の最上部を片手で持ち、垂直に垂らした状態で、もう片方の手で繊維束を上部から下部の方向に触った時の滑り性や手櫛での引っ掛かり感を評価した。5人の熟練判定者により、次の評価基準で判定を行い、◎と○を合格とした。
◎:非常に滑り性が高く、手櫛での引っ掛かりがなく、人毛と区別が付かない。
○:滑り性は高いが、手櫛で若干の引っ掛かりがある。
△:滑り性がやや低く、手櫛で引っ掛かりがある。
×:滑り性が低く、手櫛での引っ掛かりが著しい。
【0055】
(8)櫛通り応力:ORIENTEC社製引張試験「テンシロンRTC−1250A」にポリエステル系繊維束を把持する部材と櫛を組み込んだ測定機、即ち上部チャックに繊維束を把持する部材、下部チャックの代わりに櫛部材を組み、繊維束を櫛通しした際に繊維束にかかる応力が測定可能な測定機を使用した。長さ220mmで、5.5gとなるように必要本数束ねたポリエステル系繊維束を試料とし、ステンレス製(表面は鏡面)でピン本数12本、ピン直径1.3mm、ピン間距離0.6mmの櫛を使用して、予め試料を20回櫛掛けした後に、試料と櫛を測定機にセットし、繊維束の最上端から60mmのところに櫛を掛けた状態から、櫛を200mm/分の速度で繊維束の最下端を通過するまで下方に移動させた時に繊維束にかかる応力を測定し、その最大応力を櫛通り応力をした。測定毎に試料を変更し、n=5での平均値を算出した。
【0056】
(9)耐久性:長さ220mmで、5.5gとなるように必要本数束ねたポリエステル系繊維束を試料とし、ステンレス製(表面は鏡面)でピン本数12本、ピン直径1.3mm、ピン間距離0.6mmの櫛を使用して、100mm/秒の速度で200回櫛掛けした後の繊維の縮れ状態を評価した。5人の熟練判定者により、次の評価基準で判定を行い、◎と○を合格とした。
◎:縮れが全くない。
○:やや縮れがあるが、問題ないレベル。
△:縮れがあり、品位がやや悪い。
×:縮れが著しく、品位が非常に悪い。
【0057】
(10)減量率:溶融紡糸・延伸法で巻き取ったポリエステル系繊維の繊度(X)とN処理・染色・シリコーン系化合物での被膜加工後のポリエステル系繊維の繊度(Y)から下記式(3)により算出し、測定毎に試料を変更し、n=5での平均値を算出した。
【0058】
減量率={(X−Y)/X}×100(%)・・式(3)
(実施例1)
凝集性酸化ケイ素粒子(平均粒径2.43μm)を2.5質量%含有せしめた極限粘度(フェノールとテトラクロルエタン1:1の混合溶剤中25℃で測定)0.69のポリエチレンテレフタレートチップを、真空下165℃で9時間乾燥した。該チップを285℃で、押出型紡糸機へ供給し、加熱溶融された樹脂組成物を繭型断面繊維用の丸型連結断面形状のノズルから押出し、直ちに30℃の水中で冷却し、続いて55℃の温水、さらに100℃乾熱下で4.1倍に延伸した後、乾熱雰囲気中で弛緩熱処理を行った。このようにして得られた単繊維繊度61dtex、2個の丸型断面形状がクビレ部を介して連結した幅が0.097mm、丸型断面形状の直径が0.060mmとクビレ部の幅が0.051mmの繭型断面のポリエステル系繊維(モノフィラメント)を巻き取った。
【0059】
次に得られたポリエステル系繊維を、チーズ染色用の穴開きボビンに巻き返し、高圧チーズ染色機に投入し、チーズ形態でN処理(5質量%濃度のNaOH水溶液を使用し、100℃×40分)を行い、水洗後、引き続きチーズ染色機で、黒色の分散染料にて染色(130℃×40分)、水洗を行った。その後、引き続きチーズ染色機で、明成化学工業社のアミノ変性シリコーンのエマルジョン「ハイソフターKB−1000」を水で20質量倍に希釈した加工剤を使用し、30℃×10分処理した。さらに、チーズ乾燥機を使用し、常温風により脱水(30℃×30分)して、余剰の加工剤の除去と水分除去を行った後、乾燥(100℃×30分)して完全に水分を除去することにより、人工毛髪用繊維を得た。
【0060】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が22個/1000平方μm、凹部被覆率が83%であり、光沢感、光沢度(G値、半値幅)、風合い、櫛通り応力、耐久性のいずれの項目も良好であった。
【0061】
(実施例2)
N処理時間を60分に変更すること以外は実施例1と同様にして、人工毛髪用繊維を得た。
【0062】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が37個/1000平方μm、凹部被覆率が68%であり、実施例1の繊維に比べると、G値が小さく、半値幅が大きいものの、目視の光沢感、風合い、櫛通り応力、耐久性については良好であった。
【0063】
(実施例3)
N処理時間を20分に変更すること以外は実施例1と同様にして、人工毛髪用繊維を得た。
【0064】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が6個/1000平方μm、凹部被覆率が90%であり、実施例1の繊維に比べると、光沢感、光沢度がやや強いものの、風合い、櫛通り応力、耐久性については良好であった。
【0065】
(実施例4)
「ハイソフターKB−1000」を水で40質量倍希釈した加工剤を使用したこと以外は実施例1と同様にして、人工毛髪用繊維を得た。
【0066】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が22個/1000平方μm、凹部被覆率が37%であり、実施例1の繊維に比べると、光沢感、光沢度は同等であるものの、風合い、櫛通り応力、耐久性についてはやや劣るものであった。
【0067】
(実施例5)
「ハイソフターKB−1000」の代わりにジメチルシリコーンの20質量%エマルジョンを使用したこと以外は実施例1と同様にして、人工毛髪用繊維を得た。
【0068】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が22個/1000平方μm、凹部被覆率が70%であり、実施例1の繊維に比べると、光沢感、光沢度は同等であるものの、風合い、櫛通り応力、耐久性についてはやや劣るものであった。風合いについては、人毛ライクのぬめり感が少なかった。
【0069】
(比較例1)
「ハイソフターKB−1000」での被膜加工を実施しないこと以外は実施例1と同様にして、人工毛髪用繊維を得た。
【0070】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が22個/1000平方μm、が0%であり、実施例1の繊維に比べると、光沢感、光沢度は同等であるものの、風合い、櫛通り応力、耐久性については非常に劣るものであった。これは、シリコーン系化合物の被膜形成がないことに起因するものである。
【0071】
(比較例2)
「ハイソフターKB−1000」を水で60質量倍希釈した加工剤を使用したこと以外は実施例1と同様にして、人工毛髪用繊維を得た。
【0072】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が22個/1000平方μm、凹部被覆率が17%であり、実施例1の繊維に比べると、光沢感、光沢度は同等であるものの、風合い、櫛通り応力、耐久性については劣るものであった。これは、シリコーン系化合物の被膜形成が不十分であることに起因するものである。
【0073】
(比較例3)
N処理を実施しないこと以外は実施例1と同様にして、人工毛髪用繊維を得た。
【0074】
得られた繊維は、表面の凹部の個数が0個/1000平方μmであり、実施例1の繊維に比べると、風合い、櫛通り応力、耐久性については同等であるものの、光沢感、光沢度が非常に強く、人毛ライクの光沢感から大きくかけ離れたものであった。これは、繊維の表面に凹部が存在しないことに起因するものである。
【0075】
実施例及び比較例で得られた人工毛髪用繊維の評価結果を表1に示す。
【0076】
【表1】
【符号の説明】
【0077】
1 試料ホルダー
2 ポリエステル系繊維の単糸11本
3 光源
4 入射角(30°)
5 受光器(反射角度0°の位置)
6 受光器(反射角度90°の位置)
図1