特許第6575858号(P6575858)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6575858耐欠損性にすぐれた立方晶窒化硼素焼結体切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6575858
(24)【登録日】2019年8月30日
(45)【発行日】2019年9月18日
(54)【発明の名称】耐欠損性にすぐれた立方晶窒化硼素焼結体切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20190909BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20190909BHJP
【FI】
   B23B27/14 B
   B23B27/20
【請求項の数】1
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2015-151329(P2015-151329)
(22)【出願日】2015年7月30日
(65)【公開番号】特開2017-30082(P2017-30082A)
(43)【公開日】2017年2月9日
【審査請求日】2018年3月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(72)【発明者】
【氏名】矢野 雅大
(72)【発明者】
【氏名】宮下 庸介
【審査官】 津田 健嗣
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−184252(JP,A)
【文献】 特開2013−075357(JP,A)
【文献】 特開2011−207689(JP,A)
【文献】 特開2013−255986(JP,A)
【文献】 特開2015−062980(JP,A)
【文献】 特開2007−144615(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 27/20
C22C 1/05
C22C 14/00
C22C 29/04
C22C 29/10
C22C 32/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質相としての立方晶窒化硼素粒子と結合相としてのTiC相を含む立方晶窒化硼素焼結体を工具基体とする立方晶窒化硼素焼結体切削工具において、
該焼結体の断面組織を観察したとき、前記立方晶窒化硼素粒子の表面から距離300nm以内の範囲の領域に含まれるTiとCを含む化合物の含有割合は、前記領域の全面積の90面積%以上であり、かつ、前記立方晶窒化硼素粒子に接し該領域を超える長さのAl化合物を有する立方晶窒化硼素粒子が存在する個数割合は、15%以下であり、かつ焼結体のX線回折を行った場合に得られるTiBの(101)面の回折ピーク強度Itと立方晶窒化硼素の(111)面の回折ピーク強度Icの比の値It/Icは、It/Ic≦0.15を満足することを特徴とする立方晶窒化硼素焼結体切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立方晶窒化硼素(以下、「cBN」で示す)を主成分として、これを超高圧、高温下にて焼結成形してなるcBN焼結体切削工具(以下、「cBN工具」という場合もある)に関し、特に、合金鋼、軸受鋼等の焼入れ材からなる高硬度鋼の断続切削加工において、欠損の発生を抑制し得るとともに、すぐれた切削性能を長期の使用に亘って発揮するcBN焼結体切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、高硬度鋼の切削工具としては、cBN焼結体を工具基体としたcBN焼結体切削工具等が知られており、工具寿命の向上を目的として種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、cBN焼結体を超高圧焼結により作製するにあたり、硬質粒子であるcBN粒子の表面に被膜を形成して、cBN粒子を被膜で包囲することにより、cBN粒子間や結合相間、またはcBN粒子と結合相間に現れるポアを低減し、耐摩耗性、靭性の向上を図ることが提案されている。
また、特許文献2には、cBN粒子を包囲する被膜を金属層にし、cBN粒子を構成する硼素を結合相中に拡散することを促進させることにより、cBN焼結体の耐熱性や耐欠損性を向上させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭58−61253号公報
【特許文献2】国際公開2012/053375号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記特許文献1には、結合強化金属としてのAlと、Alの酸化物および窒化物のうちの1種または2種を含有し、残りがcBNと不可避不純物からなる組成で、かつ結合強化金属がcBN粒子を0.1μm〜1μmの平均層厚で包囲した組織を有するcBN焼結体が開示されているが、この焼結体では、焼入れ鋼を切削する場合など刃先の温度が1000℃以上に達する用途では、金属Alが溶融し刃先の強度が低下するため、断続切削に使用すると刃先が欠損しやすくなり、工具寿命が短命であるという課題があった。
【0005】
また、前記特許文献2には、あらかじめ金属層としてTi、Al、TiAlで表面を被覆したcBN粒子を原料として用いることにより、cBN粒子を構成する硼素と被覆したTiAlを反応させ、cBN粒子の周囲にTiBやAlBを配置する組織を有する焼結体が開示されている。この焼結体では、cBN粒子と結合相との付着力向上および焼結体全体としての耐熱性向上との観点から、cBN粒子の外周の20〜70%がTiBやAlBによって占有された構造となっているが、刃先へ高負荷が作用する断続切削に使用すると刃先が欠損しやすくなり、工具寿命が短命であるという問題があった。
また、cBN焼結体の原料として添加されるAlは、特にTiCセラミックス結合相のcBN焼結体においては、Alが主にcBN表面で反応することで、cBN粒表面上に粗大なAl化合物が局所的かつ過剰に生成することがあった。このような粗大なAl化合物の生成は、cBNと結合相との界面付着強度を減少させ、その結果、焼結体の硬さを低下させるため、耐摩耗性が十分でないという問題もあった。
【0006】
そこで、本発明は、例えば、高硬度鋼の断続切削加工といった刃先に高負荷が作用する切削条件においても、刃先に欠損が生じにくく、長期に亘って、すぐれた切削性能を発揮するcBN焼結体切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決するため、cBN工具を構成するcBN焼結体の硬質相成分であるcBN粒子に着目し、鋭意研究したところ、次のような知見を得た。
【0008】
cBN粉末表面にあらかじめAl層を第1層として被覆し、次いで、TiC層を第2層として被覆したcBN粉末を原料粉末として用い、TiC粉末を結合相形成用原料粉末として含むcBN焼結体を作製した場合には、結合相形成用原料粉末中に含まれるAlはcBN粉末へあらかじめ被覆した第1層と第2層からなる膜によりcBN粒子表面に到達する割合は少なく、また、焼結体中のcBN粒子表面に接するAl化合物の生成部位は、被覆した膜の切れ間や混合工程中に不可避で生じた切れ間を通じた部分が主であり、さらに、第2層のTiC層により、Al化合物の局所的な生成あるいは過剰な生成を抑制することができるため、cBN粒子と結合相との界面付着強度を向上させることができ、さらに、硬さの高いcBN焼結体を得ることができることを見出した。
また、cBN焼結体におけるcBN粒子表面に生成するAl化合物の厚さを適正化することにより、欠損の原因となるクラックの発生を抑制し得るとともに、cBN粒子表面周囲のTiCやTiCNといったTiとCからなる化合物の体積割合を適正化することにより、cBN粒子と結合相との界面付着強度をより一段と向上させ得ることを見出したのである。
【0009】
そして、前記のcBN焼結体からなる切削工具においては、高硬度鋼の断続切削加工のような刃先に高負荷が作用する切削条件に供した場合でも、すぐれた耐欠損性を示し、長期に亘って、すぐれた切削性能を発揮することを見出したのである。
【0010】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「 硬質相としての立方晶窒化硼素粒子と結合相としてのTiC相を含む立方晶窒化硼素焼結体を工具基体とする立方晶窒化硼素焼結体切削工具において、
該焼結体の断面組織を観察したとき、前記立方晶窒化硼素粒子の表面から、距離300nm以内の範囲の領域に含まれるTiとCを含む化合物の含有割合は、前記領域の全面積の90面積%以上であり、かつ、前記立方晶窒化硼素粒子に接し該領域を超える長さのAl化合物を有する立方晶窒化硼素粒子が存在する個数割合は、15%以下であり、かつ、焼結体のX線回折を行った場合に得られるTiBの(101)面の回折ピーク強度Itと立方晶窒化硼素の(111)面の回折ピーク強度Icの比の値It/Icは、It/Ic≦0.15を満足することを特徴とする立方晶窒化硼素焼結体切削工具。」
を特徴とするものである。
【0011】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0012】
cBN焼結体:
cBN焼結体は、通常、硬質相成分と結合相成分からなるが、本発明のcBN焼結体切削工具の工具基体であるcBN焼結体においては、Al層が第1層として被覆され、次いで、TiC層が第2層として被覆されたcBN粉末を硬質相成分の原料粉末として用い、一方、結合相成分の原料粉末としては、TiC粉末に加え、TiN粉末、TiCN粉末、TiAl粉末、金属Al粉末、Al粉末、WC粉末等から選ばれる粉末を用いる。
そして、上記各原料粉末を混合、成形、超高圧高温処理してcBN焼結体を製造することによって、該焼結体の断面組織を観察したとき、焼結体中のcBN粒子の表面から距離300nm以内の範囲の領域において、該領域内に占めるTiCやTiCNといったTiとCを含む化合物の含有割合が、該領域の全面積の90面積%以上であり、また、前記cBN粒子に接し該領域を超える長さのAl化合物を有するcBN粒子が存在する個数割合が15%以下であり、かつ、焼結体のX線回折を行い、TiBの(101)面の回折ピーク強度をIt、また、cBNの(111)面の回折ピーク強度をIcとした場合、TiBの回折ピーク強度ItとcBNの回折ピーク強度Icの比の値It/Icが、It/Ic≦0.15を満足するcBN焼結体を作製することができる。
ここで、前記Al化合物とは、Al、AlNおよびAlBである。
Al化合物のうちのAlは、原料粉末であるcBN粉末表面に予め被覆した第1層(Al層)が、超高圧高温処理において未反応のまま残留したものと混合や焼結時に結合相のAlを含む原料から生成されたものである。
また、前記Al化合物のうちのAlN、AlBは、cBN粒子と結合相のAlを含む原料が、超高圧高温処理時に反応して生成された反応生成物である。
【0013】
原料粉末としてのcBN粉末へのAl層(第1層)、TiC層(第2層)の被覆:
硬質相を構成するcBN粉末に対するAl層(第1層)およびTiC層(第2層)の被覆は、例えば、ALD(Atomic Layer Deposition)法によって形成することができる。
【0014】
ALD法は、CVD法の一種であり、真空チャンバ内の基材に、原料化合物の分子を一層ごと反応させ、Arや窒素による原料化合物のパージを繰り返し行うことで成膜する方法である。
まず、ALD法により第1層であるAl層を形成する方法について説明する。
炉内にcBN粉末を装入し、350℃程度に昇温し、Alの先駆体であるAl(CHガス、および、反応ガスとしてHOガスを用い、
(1)Ar+Al(CHガス流入工程、
(2)Arガスパージ工程、
(3)Ar+HOガス流入工程、
(4)Arガスパージ工程
前記(1)〜(4)を1サイクルとして、このサイクルを目標層厚になるまで繰り返し行い、例えば、1時間かけて成膜することにより、原料粉末であるcBN粉末の表面に、平均層厚10nmのAl層を第1層として被覆形成する。
次いで、cBN粉末表面上に被覆形成されたAl層(第1層)の表面に、同じくALD法によって所望の層厚のTiC層を第2層として被覆形成する。
【0015】
cBN粒子へ成膜するAl層とTiC層の層厚:
Al層は、1nmより薄いと均一な層厚の制御が難しく、30nmより大きいとcBN粒表面から300nm中にAl化合物が占める割合が多くなり、TiとCからなる化合物が占める割合が少なくなり、焼結体としての強度が低下するため、好ましくない。
TiC層は、40nmより薄いと、cBN粒への原料中に含まれるTiやAlがcBNへ到達する量の制御の役割が十分でなく、cBN粒子近傍で粗大なAl化合物が生成し易くなり、cBN粒子に接する厚み300nmより厚いAl化合物がcBN焼結体中に存在する割合が多くなるため、高負荷な切削用工具として使用した場合、Al化合物の内部を起点としたクラックが発生しやすくなり、好ましくない。また厚みが270nmより厚いと、cBN粒との熱膨張特性の違いから起因する応力によって、原料の混合工程中に膜が大きく剥がれ易くなり、剥がれた部分では粗大なAl化合物が生成し、cBN粒子に接する厚み300nmより厚いAl化合物がcBN焼結体中に存在する割合が多くなるため、高負荷な切削用工具として使用した場合、Al化合物の内部を起点としたクラックが発生しやすくなり、好ましくない。
【0016】
ついで、Al層(第1層)およびTiC層(第2層)が被覆形成されたcBN粉末を、結合相形成成分であるTiCを含む原料粉末とともに湿式混合し、必要によりcBN成形体を作製し、次いで、超高圧高温処理(例えば、圧力:5GPa、温度:1500℃、保持時間:30分間の条件で超高圧高温焼結)することによりcBN焼結体を作製する。
そして、前記超高圧高温処理時に、cBN粒子表面を被覆する第1層のAlは未反応のまま残留することで、cBNと結合相の付着強度を保つために必要なAl化合物をcBN周囲に配置することができ、2層目のTiC層の膜厚により、原料中に含まれるTiやAlがcBNへ到達する量を制御し、Al化合物の局所的かつ過剰な生成を抑え、cBN粒子と結合相との付着強度を保つために必要なAl化合物(Al、AlNおよびAlBやAlB12)が、cBN粒子の表面から距離300nm以内の範囲の領域に分布した組織が形成される。
【0017】
cBN粒子の平均粒径:
本発明で用いるcBN粒子の平均粒径は、特に限定されるものではないが、0.5〜8.0μmの範囲であることが好ましい。
cBN焼結体切削工具中の硬質なcBN粒子が存在することで工具としての耐欠損性が維持されるが、平均粒径が0.5〜8.0μmのcBN粒子を焼結体内に分散することにより、工具使用中に工具表面のcBN粒子が脱落して生じる刃先の凹凸形状を起点とする欠損、チッピングを抑制するだけでなく、工具使用中に刃先に加わる応力により生じるcBN粒子と結合相との界面から進展するクラック、あるいはcBN粒子が割れて進展するクラックの伝播を焼結体中に分散した所定の粒径のcBN粒子により抑制することにより、耐欠損性を高めることができる。
したがって、本発明で用いるcBN粒子の平均粒径は、0.5〜8.0μmの範囲とすることが好ましい。
【0018】
cBN焼結体に占めるcBN粒子の含有割合:
本発明のcBN焼結体に占めるcBN粒子の含有割合は特に制限されるものではないが、40〜80vol%の範囲とすることが好ましい。
これは、cBN粒子の含有割合が40vol%未満では、焼結体中に硬質物質が少なく、工具として使用した場合に、耐欠損性が十分ではない。一方、80vol%を超えると、焼結体中にクラックの起点となる空隙が生成し、耐欠損性が低下する。
そのため、本発明が奏する効果をより一層発揮するためには、cBN焼結体に占めるcBN粒子の含有割合は、40〜80vol%の範囲とすることが好ましい。
【0019】
cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域:
本発明は、原料粉末であるcBN粉末の表面に、あらかじめ、Al層(第1層)およびTiC層(第2層)を被覆形成した状態で超高圧高温処理を施すことから、cBN焼結体のcBN粒子表面の周囲、即ち、cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域は、ほとんど、TiとCを含む化合物(例えば、TiC、TiCN)とAlとで形成される。
なお、Alは、cBN粉末表面に予め被覆した第1層のAlである。
一方、Al層(第1層)の表面にはTiC層(第2層)が形成されていることで、結合相形成成分の原料粉末に含まれるTiやAlのcBN粒子への到達量が制限され、その結果、Al化合物の局所的な生成、過剰な生成が抑制される。したがって、TiC層(第2層)はバリヤー層としての機能を備え、cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域において、AlやTiやBからなる反応生成物の過度の生成を抑制し、適量のAl化合物を形成するために重要な役割を果たす層である。
【0020】
cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域において、AESを用いてB元素とTi元素とC元素とAl元素とN元素のマッピング像を取得し、該領域においてTiとCを含む化合物が占める面積割合を求めたとき、TiとCを含む化合物の含有割合が90面積%未満であると、TiCに比べて強度の弱いAl化合物がcBN粒周囲を占める割合が多くなるため、cBN粒周囲の強度が落ち、刃先に高負荷が作用する切削条件で使用した場合に、Al化合物の内部を起点としたクラックが生じやすくなり、工具刃先の耐欠損性が低下する。
したがって、前記cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域におけるTiとCを含む化合物の含有割合は90面積%以上とすることが必要である。
【0021】
cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域の90面積%以上をTiとCを含む化合物で占める必要があることは前記のとおりであるが、cBN粒子表面に接し前記領域を超える長さのAl化合物が結合相中に存在する(図11の矢印参照)と、高負荷な切削用工具として使用した場合、Al化合物の内部を起点としたクラックが発生しやすくなるが、cBN粒子表面に接し前記領域を超える長さのAl化合物を有するcBN粒子がcBN焼結体中に存在する割合が15%より大きいと、cBN粒周囲をTiCに比べて強度の弱いAl化合物により占めるcBN粒子がcBN焼結体中に存在する割合が多くなるため、cBN粒周囲の強度が落ち、刃先に高負荷が作用する切削条件で使用した場合、cBN粒子に接し前記領域を超える長さのAl化合物の内部を起点としたクラックがさらに発生しやすくなり、工具刃先の耐欠損性が低下する。
【0022】
また、本発明は、cBN粉末の表面に、あらかじめ、Al層(第1層)およびTiC層(第2層)を被覆形成した原料粉末を用いたcBN焼結体のX線回折を行い、TiBの(101)面の回折ピーク強度をIt、また、cBNの(111)面の回折ピーク強度をIcとして、It、Icの値を求めた場合、TiBの回折ピーク強度ItとcBNの回折ピーク強度Icの比の値It/Icが、It/Ic≦0.15を満足するcBN焼結体を得ることができる。
【0023】
TiBやAlBやAlB12やAlNはcBN焼結体を焼結する過程で生成されるが、cBN粒近傍のTiBやAlのほう化物のB元素やAlNのN元素はcBN粒より供給される。そのため、反応生成物はcBN粒表面近傍に生成する。TiBやAlのほう化物は、AlNに比べて強度は高いが、生成量の増加はcBN粒と結合相原料との反応によるcBNの減少を示し、さらにAlほう化物だけでなくAlNも増加するため、結果として焼結体としての強度や耐摩耗性が低下する。cBNと結合相原料とのcBN粒表面における反応量の定性的な比較は、X線回折のピークによって判断することができ、Al化合物に比べてTiBの方がピーク強度は高いため、より精度よく判断することができる。よって、前記It/Icの値は、超高圧高温処理時の反応において、TiBの生成されやすさの指標となる値であるが、It/Icの値が0.15を超える場合には、cBN粒表面でのcBNと結合相との反応量が多いことを示し、cBN焼結体全体として反応生成物がcBN粒周囲に多く存在するため、結合相の強度が低下し、焼結体としての硬さも低下し、その結果として、高負荷な切削用工具として使用した場合、耐欠損性の劣化を招くこととなる。
したがって、cBN焼結体のIt/Icは、0.15以下とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、cBN焼結体の断面組織を観察したとき、cBN粒子の表面から、距離300nm以内の範囲の領域に含まれるTiとCを含む化合物の含有割合は、該領域の全面積の90面積%以上であり、かつ、前記cBN粒子に接し該領域を超える長さのAl化合物を有するcBN粒子が焼結体中に存在する個数割合が15%以下であり、かつ、焼結体のTiBの(101)面のX線回折ピーク強度ItとcBNの(111)面のX線回折ピーク強度Icの比の値It/Icは0.15以下であることによって、cBN粒子と結合相の付着強度が高く、また、高硬度を有することから、刃先に高負荷が作用する高硬度鋼の断続切削加工において、すぐれた耐欠損性を示し、長期の使用に亘って、すぐれた切削性能が発揮されるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】B元素のマッピング像(黒い部分)の一例を示す。
図2】N元素のマッピング像(黒い部分)の一例を示す。
図3図1図2から求められるcBN粒子界面、cBN界面から距離300nmの領域(白い部分)およびcBN粒子界面から距離300nmの領域(白い部分)の面積Sを示す。
図4】Ti元素のマッピング像(黒い部分)の一例を示す。
図5】C元素のマッピング像(黒い部分)の一例を示す。
図6】Al元素のマッピング像(黒い部分)の一例を示す。
図7図3図4図5図6から求められる、cBN粒子界面から距離300nmの範囲内でTiとCの両方が重ならない部分(黒い部分)の面積Sを示す。
図8図6において、cBN粒子界面に接しているAl化合物と、cBN粒子界面に接していないAl化合物の一例を示す。
図9】Al元素のマッピング像と、cBN粒界面から距離300nm離れた領域の関係の一例を示す。
図10】比較例cBN焼結体について、B元素のマッピング像とN元素のマッピング像の重なりから求めたcBN粒子界面像の一例を示す。
図11】比較例cBN焼結体について、Al元素のマッピング像とcBN粒子界面から距離300nm離れた領域の関係の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明のcBN工具を実施例に基づいて具体的に説明する。
【実施例】
【0027】
原料粉末としてのcBN粉末の作製:
平均粒径0.5〜8.0μmのcBN粉末を基材とし、これに、ALD法(Atomic Layer Deposition:真空チャンバ内の基材に、原料化合物の分子を一層ごと反応させ、Arや窒素による原料化合物のパージを繰り返し行うことで成膜する方法で、CVD法の一種)を用い、まず、第1層であるAl層を被覆形成した。
より具体的にいえば、炉内に、平均粒径0.5〜8.0μmのcBN粉末を装入し、炉内を350℃に昇温し、成膜用ガスとして、Alの先駆体であるAl(CHガス、および、反応ガスとしてHOを用い、
(1)Ar+Al(CH流入工程、
(2)Arガスパージ工程、
(3)Ar+HO流入工程、
(4)Arガスパージ工程
前記(1)〜(4)を1サイクルとして、このサイクルを目標層厚になるまで繰り返し行い、所定の層厚のAl層を第1層としてcBN粉末表面に被覆形成した。
次いで、前記Al層(第1層)の表面に、同じくALD法によって第2層であるTiC層を、所望の層厚に被覆した。
前記の手順で、表1に示す、Al層(第1層)およびTiC層(第2層)が被覆されたcBN焼結体の原料粉末としてのcBN粉末を作製した。
【0028】
cBN焼結体の作製:
前記工程で作製したAl層(第1層)およびTiC層(第2層)が被覆された表1に示すcBN粉末を硬質相形成用原料粉末として用意するとともに、いずれも0.3〜0.9μmの範囲内の平均粒径を有するTiC粉末、TiN粉末、Al粉末、TiAl粉末、WC粉末を結合相形成用原料粉末として用意し、これら原料粉末の中から選ばれたTiC粉末を含むいくつかの原料粉末とcBN粉末の合量を100vol%としたときのcBN粉末の含有割合が40〜80vol%となるように配合し、湿式混合し、乾燥した後、油圧プレスにて成形圧1MPaで直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法にプレス成形し、ついでこの成形体を、圧力:1Pa以下の真空雰囲気中、1000℃で30分間保持して熱処理し、揮発成分および粉末表面への吸着成分を除去して予備焼結体とし、この予備焼結体を別途用意したCo:8質量%、WC:残りの組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:5GPa、温度:1500℃、保持時間:30分間の条件で超高圧高温焼結をすることにより、本発明cBN焼結体1〜10を作製した。
この超高圧高温焼結処理時に、cBN粉末表面に予め被覆されていたAl層(第1層)は未反応のまま残留することで、cBNと結合相の付着強度を保つために必要なAl化合物をcBN周囲に配置することができ、2層目のTiC層の膜厚により、原料中に含まれるTiやAlがcBNへ到達する量を制御し、Al化合物の局所的かつ過剰な生成を抑え、cBN粒子の表面から距離300nmの範囲のほとんどがTiとCを含む化合物で占められる。
なお、2層目のTiC層の膜厚により、原料中に含まれるTiやAlがcBNへ到達する量を制御し、Al化合物の局所的かつ過剰な生成を抑えることから、cBN粒子に接するAl化合物は、cBN粒子表面から距離300nmの領域内にほとんどが収まる。
【0029】
なお、前記で作製した本発明cBN焼結体1〜10について、cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域においてTiとCを含む化合物が占める体積割合と、cBN粒子表面から距離300nmを超える長さのAl化合物が接するcBN粒子がcBN焼結体中に存在する割合をオージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)による元素マッピング像を用いて算出し、また、各cBN焼結体についてX線回折を行い、TiBの回折ピーク強度It、cBNの回折ピーク強度Icを測定し、回折ピーク強度比It/Icの値を算出した。
また、cBN焼結体の結合相成分は、XRD(X−ray Diffraction)により決定した。
【0030】
cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域に占めるTiとCを含む化合物の割合と、cBN粒子表面から距離300nmを超える長さのAl化合物が接するcBN粒子がcBN焼結体中に存在する割合:
cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域について、本発明cBN焼結体1〜10の断面組織をオージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)にて元素分析を行うことにより、TiとCを含む化合物の面積割合を求めた。
図面とともにより具体的に説明する。
すなわち、cBN焼結体組織を観察し、B、N、Ti、C、Alの各元素の元素マッピング像(それぞれの元素マッピング像を、それぞれ、図1図2図4図5図6に示す。)を取得し、得られたBとN元素の情報(図1図2参照)から図3に示すようにcBN粒子界面を決定し、また、図3に示すようにcBN粒子界面から距離300nmの範囲領域を決定し、cBN粒子界面から距離300nmの領域の面積Sを算出する。次にTiとC元素の情報(図4図5参照)と図3図6から図7に示すように、cBN粒子界面から距離300nmの範囲内でTiとC元素の両方が重ならない領域の面積Sを求め、先に求めたcBN粒子界面から距離300nmの領域の面積SからTiとC元素が重ならない領域の面積Sを差し引いた面積S−Sを、cBN粒子界面から距離300nmの領域内におけるTiとCを有する化合物が占める面積Sとし、S/Sを算出することにより、cBN粒子界面から距離300nmの領域内にTiとCを有する化合物が占める割合を求めた。
画像は、1個のcBN粒子全体について、cBN粒子界面から距離500nm離れた領域が含まれる倍率が望ましく、5画像を前記方法にて処理して求め、それぞれの値の平均値からcBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域に含まれるTiとCを有する化合物の占める割合を算出した。
表2に、その結果を示す。
また上記と同じ元素マッピング像より、得られたBとN元素の情報(図1図2参照)からcBN粒子界面を決定し(図3参照)、Al元素の情報(図6参照)から図8に示すように、Al化合物が接するcBN粒子かを判断し、少なくとも20個のcBN粒子を観察し、cBN粒子に接し該表面から距離300nmの領域を超える長さのAl化合物を有するcBN粒子がcBN焼結体中に存在する割合を求めた。
なお、図9は、cBN粒子に接し該表面から距離300nmの領域を超える長さのAl化合物が存在しないcBN粒子を示す。
【0031】
TiBの回折ピーク強度Itと立方晶窒化硼素の回折ピーク強度Icの比It/Ic:
作製したcBN焼結体のX線回折スペクトルを測定し、TiBの(101)面の回折強度ItとcBNの(111)面の回折強度Icとのピーク強度比It/Icの値を算出した。
表2に、その結果を示す。
【0032】
参考のために、本発明cBN焼結体1〜12におけるcBNの平均粒径および含有割合(vol%)についても測定した。
cBNの平均粒径は、作製したcBN焼結体の断面組織を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)にて観察し、二次電子像を得た。得られた画像内のcBN粒子の部分を画像処理にて抜き出し、画像解析によって各cBN粒子の最大長を求め、それを各cBN粒子の直径とし、この直径より計算し求めた各粒子の体積を基に縦軸を体積百分率[%]、横軸を直径[μm]としてグラフを描画させ、体積百分率が50%の値を取得した1画像におけるcBN粒子の平均粒径とし、少なくとも3画像を処理し求めた値の平均値をcBNの平均粒径[μm]とした。
なお、画像処理に用いる観察領域として、cBN粒子の平均粒径3μmの場合、15μm×15μm程度の視野領域が望ましい。
【0033】
また、本発明cBN焼結体1〜12に占めるcBN粒子の含有割合(vol%)については、cBN焼結体の断面組織をSEMによって観察し、得られた二次電子像内のcBN粒子の部分を画像処理によって抜き出し、画像解析によってcBN粒子が占める面積を算出し、少なくとも3画像を処理し求めた値の平均値をcBN粒子の含有割合(vol%)とした。
なお、画像処理に用いる観察領域として、cBN粒子の平均粒径3μmの場合、15μm×15μm程度の視野領域が望ましい。
表2に、前記で測定した本発明cBN焼結体1〜12におけるcBN粒子の平均粒径、含有割合(vol%)を示す。
【0034】
工具の作製:
前記で作製した本発明cBN焼結体1〜12をワイヤー放電加工機で所定寸法に切断し、Co:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびISO規格CNGA120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Cu:26%、Ti:5%、Ag:残りからなる組成を有するAg系ろう材を用いてろう付けし、上下面および外周研磨、ホーニング処理を施すことによりISO規格CNGA120408のインサート形状をもった表2に示す本発明cBN工具1〜12を製造した。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】
【0037】
比較のため、Al層(第1層)あるいはTiC層(第2層)の本発明範囲外の厚みとなるように被覆したcBN粉末とAl層(第1層)あるいはTiC層(第2層)の少なくともいずれかを、あるいは被覆形成していない表3に示す平均粒径0.5〜8.0μmのcBN粉末を硬質相形成用原料粉末とし、また、いずれも0.3〜0.9μmの範囲内の平均粒径を有するTiC粉末、TiN粉末、Al粉末、TiAl粉末、WC粉末を結合相形成用原料粉末として用意し、これら原料粉末の中から選ばれたいくつかのTiC粉末を含む原料粉末とcBN粉末の合量を100vol%としたときのcBN粉末の含有割合が40〜80vol%となるように配合した後、本発明の場合と同様な処理操作を行うことにより比較例cBN焼結体13〜20を作製し、さらに、このcBN焼結体から本発明の場合と処理操作を行って表4に示す比較例cBN工具13〜20を製造した。
【0038】
比較例cBN焼結体13〜20について、本発明と同様な測定を行い、cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域に占めるTiとCを含む化合物の体積割合、cBN粒子に接し前記領域を超える長さのAl化合物を有するcBN粒子がcBN焼結体中に存在する個数割合、焼結体のX線回折ピーク強度比It/Icの値を求め、さらに、cBN粒子の平均粒径および含有割合(vol%)についても測定した。
表4にその結果を示す。
また、図10に、比較例cBN焼結体20について、B元素のマッピング像とN元素のマッピング像の重なりから求めたcBN粒子界面像を示し、さらに、図11に、同じく比較例cBN焼結体20について求めたAl元素のマッピング像と、cBN粒子界面から距離300nm離れた領域の関係を示す。なお、図11において、図中の矢印は、cBN粒子表面から距離300nmを超える長さのAl化合物の存在を示している。
【0039】
【表3】

【0040】
【表4】
【0041】
次いで、本発明cBN工具1〜12および比較品cBN工具13〜20について、次のような条件で、切削加工試験を実施した。
被削材:クロム鋼鋼材SCr420(HRC58〜62)の軸方向に8本の溝入りφ100mm丸棒、
切削速度:150m/min.、
切り込み:0.2mm、
送り:0.2mm/rev.、
切削油:乾式
上記条件の切削加工試験で、断続回数30,000回までの刃先の欠損の有無を確認し、欠損が発生するまでの断続回数を測定した。測定の仕方は、断続回数20,000回まで試験後、一度刃先の欠損有無を確認し、それ以降は2,000回毎に観察を行った。
表5および表6に、切削加工試験の結果を示す。
【0042】
【表5】

【0043】
【表6】

【0044】
表2、4、5、6に示される結果から、本発明cBN工具1〜12は、cBN粒子表面から距離300nm以内の範囲の領域は、ほとんど(面積%で90面積%以上)TiとCを含む化合物により占め、cBN粒子に接し前記領域を超える長さのAl化合物を有するcBN粒子はほとんどcBN焼結体中に存在せず(個数割合で15%以下)、しかも、回折ピーク強度比It/Icが0.15以下であって、cBN粒表面近傍で過剰に反応生成物は生成しないため、cBN粒子と結合相が強固な付着強度を有し、かつ、高硬度を有するため、断続的・衝撃的な高負荷が刃先に作用する高硬度鋼の断続切削加工に用いた場合でも、すぐれた耐欠損性が発揮される。
これに対して、比較例cBN工具13〜20は、cBN粒子表面周囲に本発明で規定したようなTiとCを含む化合物が占める割合が少ない、反応生成物の生成が過多となる、あるいは、Al化合物が局所的かつ過剰に生成される等の理由により、高硬度鋼の断続切削加工に用いた場合、欠損等の発生により比較的短時間で寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0045】
前述のように、本発明のcBN工具は、耐欠損性にすぐれることから、高硬度鋼の断続切削以外の切削条件でも適用可能であり、切削加工装置の高性能化ならびに切削加工の省力化および省エネ化、低コスト化に十分満足に対応できる。







図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11