特許第6576027号(P6576027)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6576027試薬複合体、および試薬複合体を合成するための方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6576027
(24)【登録日】2019年8月30日
(45)【発行日】2019年9月18日
(54)【発明の名称】試薬複合体、および試薬複合体を合成するための方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20060101AFI20190909BHJP
   C01B 6/21 20060101ALI20190909BHJP
【FI】
   B22F1/00 E
   C01B6/21
【請求項の数】16
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-203808(P2014-203808)
(22)【出願日】2014年10月2日
(65)【公開番号】特開2015-74829(P2015-74829A)
(43)【公開日】2015年4月20日
【審査請求日】2017年3月14日
【審判番号】不服2018-2604(P2018-2604/J1)
【審判請求日】2018年2月23日
(31)【優先権主張番号】14/046,081
(32)【優先日】2013年10月4日
(33)【優先権主張国】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】507342261
【氏名又は名称】トヨタ モーター エンジニアリング アンド マニュファクチャリング ノース アメリカ,インコーポレイティド
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マイケル・ポール・ロー
(72)【発明者】
【氏名】ラナ・モータディ
(72)【発明者】
【氏名】ダニエル・ジェフリー・エレーラ
【合議体】
【審判長】 亀ヶ谷 明久
【審判官】 松本 要
【審判官】 池渕 立
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−152376(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F1/00-8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式Iに従った試薬複合体であって、
・X
は酸化状態0である0価金属であり、Xは水素化物であり、yは0よりも大きく4以下の整数値または小数値であり、
前記水素化物は、2元素金属水素化物、2元素メタロイド水素化物、複合金属水素化物、及び複合メタロイド水素化物よりなる群から選択される1種であり、
前記試薬複合体は、前記試薬複合体から金属ナノ粒子を生成するためのものであり、
前記金属ナノ粒子は、前記0価金属からなる、試薬複合体。
【請求項2】
0価金属は、0価遷移金属または0価ポスト遷移金属のうちの少なくとも1つである、請求項1に記載の試薬複合体。
【請求項3】
0価金属はマンガンまたは錫である、請求項1に記載の試薬複合体。
【請求項4】
36eVまたは484eVを中心とするX線光電子分光ピークを有する、請求項3に記載の試薬複合体。
【請求項5】
水素化物は複合金属水素化物または複合メタロイド水素化物である、請求項1に記載の試薬複合体。
【請求項6】
水素化物は水素化ホウ素リチウムである、請求項1に記載の試薬複合体。
【請求項7】
0価金属を含有する調合物と水素化物との混合物をボールミル粉砕するステップを含む、式Iに従った試薬複合体を製造する方法であって、
・X
は酸化状態0である0価金属であり、Xは水素化物であり、yは0よりも大きく4以下の整数値または小数値であり、
前記水素化物は、2元素金属水素化物、2元素メタロイド水素化物、複合金属水素化物、及び複合メタロイド水素化物よりなる群から選択される1種であり、
前記試薬複合体は、前記試薬複合体から金属ナノ粒子を生成するためのものであり、
前記金属ナノ粒子は、前記0価金属からなる、方法。
【請求項8】
水素化物は、複合金属水素化物または複合メタロイド水素化物である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
水素化物は水素化ホウ素リチウムである、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
水素化物と0価金属を含有する調合物とは実質的に等モル比で混合される、請求項7に記載の方法。
【請求項11】
水素化物は、0価金属を2倍以下のモル過剰で含有する調合物と混合される、請求項7に記載の方法。
【請求項12】
前記ボールミル粉砕するステップは、1−3/4インチ、3−1/2インチおよび5−1/4インチの316ステンレス鋼玉軸受を用いて、ステンレス鋼の気密ボールミルジャーにおいて、400rpmで、4時間、プラネタリボールミルで行われる、請求項7に記載の方法。
【請求項13】
無酸素の環境において、無水の環境において、または無酸素および無水の環境において実行される、請求項7に記載の方法。
【請求項14】
0価金属を含有する調合物は、遷移金属の調合物またはポスト遷移金属の調合物である、請求項7に記載の方法。
【請求項15】
0価金属を含有する調合物はマンガンまたは錫の調合物である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
636eVまたは484eVを中心とするX線光電子分光ピークを有する、式Iに従った試薬複合体を生成する、請求項15に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
技術分野
本発明は、概して、1つ以上の水素化物分子と安定的に複合された0価金属からなる合成物に関し、特に、水素化ホウ素リチウムと複合された0価マンガンまたは錫に関し、また、複合体を合成するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
背景
金属またはメタロイドが直接水素に結合されている化合物である水素化物は、化学およびエネルギ技術において多種多様な公知の用途および開発中の用途を有する比較的活動的な分子である。このような用途には、還元剤、水素化触媒、乾燥剤、強塩基、充電式バッテリ内の成分、および場合によっては燃料電池技術における固体水素貯蔵媒体としての用途が含まれる。
【0003】
金属ナノ粒子、すなわち、100nm未満の寸法を有する純粋な形または合金形の元素金属の粒子は、それらの対応するバルク金属と比較して、特有の物理的特性、化学的特性、電気的特性、磁気的特性、光学的特性、および他の特性を有する。そのため、これら粒子は、中でも、化学、医薬、エネルギおよび高性能電子機器などの分野において用いられているかまたは開発されている。
【0004】
金属ナノ粒子のための合成方法は、典型的には、「トップダウン(top-down)」または「ボトムアップ(bottom-up)」であることを特徴とし、さまざまな化学的アプローチ、物理的アプローチ、さらには生物学的アプローチを含む。トップダウン技術は、さまざまなエネルギ入力を用いて、マクロスケールの金属粒子をナノスケールの粒子に物理的に分解することを含む。ボトムアップ方法は、分離された原子、分子またはクラスタからナノ粒子を形成することを含む。
【0005】
トップダウン式金属ナノ粒子合成のための、物理的力による方法には、マクロスケール金属粒子の粉砕、マクロスケール金属のレーザアブレーションおよびマクロスケール金属の放電加工が含まれていた。ボトムアップ合成に対する化学的アプローチは、一般に、核生成種粒子または自己核生成を用いて金属塩を0価金属に還元すること、および金属ナノ粒子に成長させることを含む。
【0006】
これらの方法の各々はいくつかの状況においては有効になり得るが、不利点を有するかまたは状況に応じて適用不可能にもなる。直接粉砕方法では、入手可能な粒子のサイズが制限される可能性があり(20nmよりも小さい粒子の生成がしばしば困難であり)、合金の化学量論比が制御不能となる可能性がある。他の物理的方法は、コストが高くなるかまたは工業規模的に容認できない可能性がある。一方、化学還元技術は、たとえば、金属カチオンが化学的還元に耐性のある状況においては役に立たない可能性がある。Mn(II)はたとえば実質的にはその場での化学還元に影響されず、このため、このアプローチをMnまたはMn含有ナノ粒子の調合に適用することができなくなる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
概要
水素化物と複合された0価金属の組成物、およびこの組成物の合成方法が提供される。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一局面においては、以下の式に従った試薬複合体が開示される。
・X
ここで、Mは0価金属であり、Xは水素化物であり、yは0よりも大きな整数値または小数値である。いくつかの変形例においては、0価金属は遷移金属またはポスト遷移金属であってもよく、水素化物は複合メタロイド水素化物であってもよく、yは4以下であってもよい。場合によっては、0価金属はマンガンまたは錫であってもよく、水素化物は水素化ホウ素リチウムであってもよく、yは1または2であってもよい。
【0009】
別の局面においては、試薬複合体を合成するための方法が開示される。当該方法は、水素化物を0価金属を含有する調合物と混合するステップと、混合物をボールミル粉砕するステップとを含む。いくつかの変形例においては、0価金属は、遷移金属またはポスト遷移金属であってもよく、水素化物は複合メタロイド水素化物であってもよく、金属水素化物は、0価金属を含有する調合物と、約1:1から4:1までの化学量論比で混合されてもよい。場合によっては、0価金属を含有する調合物は、マンガンまたは錫の調合物であってもよく、水素化物は水素化ホウ素リチウムであってもよく、金属水素化物は、0価金属を含有する調合物と、約1:1から2:1までの化学量論比で混合されてもよい。
【0010】
別の局面においては、0価金属を含有する調合物を水素化物と混合して混合物を生成するステップと、混合物をボールミル粉砕して複合体を生成するステップとを含む方法によって合成される試薬複合体を含む組成物が提供される。
【0011】
図面の簡単な説明
本発明のさまざまな局面および利点は、添付の図面と併せて読まれる実施形態の以下の説明から明らかになり、より容易に認識されるだろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】LiBHのホウ素X線光電子スペクトルを示す図である。
図1B】試薬複合体を合成するための開示方法によって合成されるMn・LiBH複合体のホウ素X線光電子スペクトルを示す図である。
図1C】試薬複合体を合成するための開示方法によって合成されるMn・(LiBH複合体のホウ素X線光電子スペクトルを示す図である。
図2A】Mn粉末のマンガンX線光電子スペクトルを示す図である。
図2B】試薬複合体を合成するための開示方法によって合成されるMn・(LiBH複合体のマンガンX線光電子スペクトルを示す図である。
図2C図2AのMn粉末のX線光電子スペクトルと図2BのMn・(LiBH複合体のX線光電子スペクトルとの重ね合わせを示す図である。
図3A】試薬複合体を合成するための開示方法によって合成されるMn・LiBH複合体のX線粉末回折走査を示す図である。
図3B】試薬複合体を合成するための開示方法によって合成されるMn・(LiBH複合体のX線粉末回折走査を示す図である。
図4図1の方法によって合成されるMn・LiBH複合体と、試薬複合体を合成するための開示方法によって合成されるMn・(LiBH複合体とのFT−IRスペクトルの重ね合わせを示す図である。
図5A】Sn粉末の錫X線光電子スペクトルを示す図である。
図5B】試薬複合体を合成するための開示方法によって合成されるSn・(LiBH複合体の錫X線光電子スペクトルを示す図である。
図5C図5AのSn粉末のX線光電子スペクトルと図5BのSn・(LiBH複合体のX線光電子スペクトルとの重ね合わせを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
詳細な説明
水素化物と複合された0価金属の組成物および当該組成物を合成する方法を説明する。0価金属は、代替的には、酸化状態0の金属として、または元素金属として記載され得る。
【0014】
「金属」は、ここで用いられる場合、アルカリ土類金属、アルカリ金属、遷移金属、またはポスト遷移金属を指し得る。「遷移金属」という語は、3族〜12族のうちいずれかのDブロック金属を指し得る。「ポスト遷移金属」という語は、13族〜16族の金属を指し得る。
【0015】
「水素化物」という語は、ここで用いられる場合、2元素金属水素化物(たとえばNaHもしくはMgH)、2元素メタロイド水素化物(たとえばBH)、複合金属水素化物(たとえばLiAlH)、または複合メタロイド水素化物(たとえばLiBHもしくはLi(CHCHBH)であり得る。いくつかの例においては、水素化物はLiBHであるだろう。「メタロイド」という語は、ホウ素、シリコン、ゲルマニウム、ヒ素、アンチモン、テルル、またはポロニウムのうちのいずれかを指し得る。上述の水素化物という語は、いくつかの変形例においては、対応する重水素化物またはトリチウム化物を含み得る。
【0016】
式Iに従った複合体を含む試薬複合体が開示される。
・X
ここで、Mは、0価金属を含有する調合物から得られる0価金属であり、Xは水素化物であり、yは0よりも大きな整数値または小数値である。
【0017】
試薬複合体の用途として、純粋なものであれ合金化されたものであれ、金属ナノ粒子のボトムアップ合成における反応物としての用途が含まれ得る。試薬複合体は、種々の例においては、さまざまな金属のいずれかからなり、さまざまなナノ粒子サイズのいずれかからなる金属ナノ粒子を生成するのに有用であり得る。場合によっては、試薬複合体は、実質的に金属酸化物を含まない金属ナノ粒子を生成するのに有用であり得る。
【0018】
ここで式Iを参照すると、0価金属は如何なる0価金属であってもよい。いくつかの局面においては、0価金属は、0価遷移金属または0価ポスト遷移金属であり得る。好適な遷移金属は、カドミウム、コバルト、銅、クロム、鉄、マンガン、金、銀、白金、チタン、ニッケル、ニオブ、モリブデン、ロジウム、パラジウム、スカンジウム、バナジウム、および亜鉛を含むが、これらに限定されない。好適なポスト遷移金属は、アルミニウム、ガリウム、インジウム、錫、タリウム、鉛またはビスマスを含む。場合によっては、0価金属はマンガンまたは錫であってもよい。
【0019】
さまざまな局面においては、試薬複合体に組込まれるような水素化物は、2元素金属水素化物、2元素メタロイド水素化物、複合金属水素化物、または複合メタロイド水素化物を含む如何なる水素化物であってもよい。いくつかの変形例においては、水素化物は複合メタロイド水素化物であってもよい。場合によっては、水素化物はホウ化水素であってもよい。場合によっては、水素化物は水素化ホウ素リチウムであってもよい。
【0020】
式Iによって表わされる試薬複合体は、1つ以上の水素化物分子と複合された1個の0価金属原子などの、個々の分子実体の複合体であってもよい。代替的には、式Iによって表わされる試薬複合体は、塩水素化物と相互作用する0価金属原子などの離散分子、水素化物分子が散在している0価金属原子のクラスタなどの分子クラスタ、または、0価金属のクラスタ、水素化物分子で表面コーティングされたクラスタ、または塩水素化物分子が散りばめられたクラスタとして存在してもよい。
【0021】
式Iに従った値yは、試薬複合体中の0価金属原子に対する水素化物分子の化学量論比を規定し得る。yの値は、0よりも大きい如何なる整数値または小数値を含み得る。場合によっては、yは4以下の整数値または小数値であってもよい。場合によっては、yは2以下の整数値または小数値であってもよい。場合によっては、yは1以下の整数値または小数値であってもよい。
【0022】
試薬を合成するための方法は、0価金属を含有する調合物と水素化物との混合物をボールミル粉砕するステップを含む。結果として生じる試薬は、この明細書中においては代替的に試薬複合体と称されており、式Iに従った複合体を含む。
【0023】
・X
ここで、Mは、酸化状態0では、0価金属を含有する調合物から得られる少なくとも1つの金属原子であり、Xは水素化物分子であり、yは0よりも大きい整数値または小数値である。
【0024】
0価金属を含有する調合物は、実質的に0価金属からなる如何なる組成物であってもよい。多くの場合、0価金属を含有する調合物は、高い表面積対質量比を有する形状の0価金属を含むだろう。場合によっては、0価金属は、−325メッシュの粒径を有する粉末形状で存在するだろう。0価金属を含有する調合物は、高多孔性の0価金属、ハニカム構造を備えた0価金属、または高い表面積対質量比を有する他の何らかの調合物であり得ることが企図される。
【0025】
場合によっては、0価金属を含有する調合物は0価遷移金属を含み得る。好適な遷移金属は、カドミウム、コバルト、銅、クロム、鉄、マンガン、金、銀、白金、チタン、ニッケル、ニオブ、モリブデン、ロジウム、パラジウム、スカンジウム、バナジウムおよび亜鉛を含むが、これらに限定されない。場合によっては、0価金属を含有する調合物はポスト遷移金属を含んでもよい。好適なポスト遷移金属は、アルミニウム、ガリウム、インジウム、錫、タリウム、鉛またはビスマスを含む。
【0026】
0価金属は、遷移金属であろうと、ポスト遷移金属であろうと、アルカリ金属であろうと、アルカリ土類金属であろうと、酸化状態0となるだろうことが理解されるはずである。「0価」および「酸化状態0」は、この明細書中において用いられる場合、材料が実質的に、但し必ずしもそうであるわけではないが、完全な0の酸化状態を呈し得ることを意味するものと解釈される。たとえば、0価金属を含有する調合物は、酸化物などのいくつかの表面不純物を含み得る。
【0027】
「高い表面積対質量比」という語句は、広範囲の表面積対質量比を包含し得るものであって、一般には、採用される0価金属を含有する調合物の表面積対質量比は、試薬を合成するための方法の時間的制約によって必要となるものであろうことが企図される。一般に、0価金属を含有する調合物の表面積対質量比が高ければ高いほど、試薬を合成するための方法がより早く終了することになるだろう。0価金属を含有する調合物が0価金属の粉末でできている場合、0価金属の粉末の粒径が小さければ小さいほど、試薬を合成するための方法がより早く終了することになるだろう。
【0028】
試薬を合成するための方法のいくつかの変形例においては、水素化物と0価金属を含有する調合物とは、ボールミル粉砕ステップ中、0価金属を含有する調合物に含まれる金属原子に対する水素化物分子の化学量論比が1:1で存在し得る。他の変形例においては、化学量論比は、2:1、3:1、4:1またはそれ以上であってもよい。いくつかの変形例においては、0価金属を含有する調合物中の元素金属原子に対する水素化物の化学量論比はまた、2.5:1などの分数量を含み得る。
【0029】
式Iによって表わされる試薬複合体は、1つ以上の水素化物分子と複合された1個の0価金属原子などの、個々の分子実体の複合体であってもよい。代替的には、式Iによって表わされる試薬複合体は、分子クラスタとして、たとえば、水素化物分子が散りばめられた0価金属原子のクラスタ、または0価金属のクラスタ、水素化物分子で表面コーティングされたクラスタ、または塩水素化物分子が散りばめられたクラスタとして存在してもよい。
【0030】
以下の段落において記載されるいくつかの分析的アプローチにより、試薬を合成するための方法を評価することができ、かつ、式Iに従った試薬複合体の形成を決定することができる。これらの記載されるアプローチは、方法の性能を評価することができる手段、または、式Iに従った試薬複合体の形成を決定することができる手段についての網羅的なリストは提示していない。
【0031】
図1A図1Bおよび図1Cは、未複合の水素化物(LiBH)および式Iに従ったLiBHを含有する2つの試薬複合体のホウ素領域におけるX線光電子分光(XPS:x-ray photoelectron spectroscopy)走査を示す。ここで、yは、図1Bおよび図1Cにおけるそれぞれの1および2を示す。太い実線は未加工のXPSデータを示し、細い実線は調整されたデータを示す。破線および/または点線はデコンボリューションされた個々のピークを示す。図1Aにおける未複合のLiBHは、191.60eVおよび187.25eVを中心とする2つの大きなピークと、190.21eVおよび185.92eVを中心とする2つのより小さなピークを示す。
【0032】
ここで図1B図1Aと比較すると、0価マンガンを含有する等モル量の調合物とともにLiBHをボールミル粉砕することにより、実質的に、ホウ素ピークのうち3つのピークがなくなり、186.59eVを中心とするピークだけが残る。LiBHのホウ素XPSスペクトルにおける変化は、0価金属の調合物とともにボールミル粉砕することによって起こるものであり、式Iに従った複合体が形成されたことを示していると理解することができる。図1Cとの比較から分かるように、等モル量ではなく、2倍のモル過剰の0価マンガンとともにLiBHをボールミル粉砕することにより、189.92eVを中心とするホウ素ピークが再び現われることとなる。これは、LiBHの一部が複合されていないことを示す可能性がある。
【0033】
図2Aは、0価マンガン金属を含有する調合物のXPS走査を示す。図2Bは、2倍のモル過剰のLiBHと複合された図2Aの0価マンガン金属を含有する、式Iによって表わされる試薬複合体のXPS走査を示す。太い実線は未加工のXPSデータを示し、細い実線は調整されたデータを示す。破線および/または点線はデコンボリューションされた個々のピークを示す。図2Aに見られるように、0価マンガン金属を含有する調合物のスペクトルは2つの広いピークを含み、その各々は、デコンボリューション後に観察可能な3つの成分ピークからなっている。ここで図2Aを参照し、〜639eVから642eVのスペクトル領域に注目すると、0価マンガン金属を含有する調合物についての3つの成分ピークは、公開されている参考文献に基づくと、酸化マンガン種(640.52eVおよび641.90eV)ならびに0価マンガン(639.05eV)に割当てることができる。図2Bにおいて表わされるボールミル粉砕された試薬複合体は、641.90eVで酸化物ピークがなくなったが、640.52eVでは(わずかな変化の後に640.77eVで現われる図2Bの実際のピークと同じものとみなされる)酸化物ピークを維持し、(わずかな変化の後)639.05eVで0価マンガンピークを維持する。しかしながら、637.75eVおよび636.06eVの成分ピークでは新しい位相が観察される。これら後者の2つは、水素化物と複合されたマンガンに割当てることができる。マンガン粉末と、ボールミル粉砕されたMn・(LiBH試薬複合体とについて得られたマンガンXPSデータの重ね合わせが図2Cに示される。この比較により、少なくとも1つの酸化物種がなくなること、および全体的により低い電子結合エネルギへと変化することが明らかにされる。
【0034】
図3Aおよび図3Bは、試薬複合体のXRDスペクトルを示し、この場合、0価マンガン金属を含有する調合物は、等モル量または2倍のモル過剰のLiBHとともにそれぞれボールミル粉砕された。両方の回折解析では、20nmの平均最大寸法を有するマンガン粒子が存在していることが示唆されている。どちらの回折解析も、LiBHの形跡を示していない。
【0035】
試薬複合体Mn・LiBHおよびMn・(LiBHについてのFT−IR走査の重ね合わせが図4に示される。両方のスペクトルは、BHのIRアクティブモードに対応する2299cm−1、1230cm−1および1092cm−1で顕著な特徴を有する。図1Bおよび図1Cの結果は、試薬を合成するための方法のボールミル粉砕ステップの結果として、真性の水素化ホウ素リチウム中のホウ素の状態に関して、ホウ素の電子的変化が起こったことを強く示唆しており、図4における結果は、BHの四面体構造が当該方法によって本質的に変化しないままであることを示している。この結果はさらに、水素化物が式Iの複合体におけるその本質的な構造および作用を維持することを示唆している。
【0036】
図5Aにおいては、0価金属の異なる調合物についてのXPS走査が示される。この調合物は0価錫金属からなる。図5Bは試薬複合体の対応するXPS走査を示しており、ここでは、0価錫金属が2倍のモル過剰の水素化物、LiBHと複合されている。図5Aおよび図5Bにおいては、太い実線は未加工のXPSデータを表わし、細い実線は調整されたデータを示す。さまざまな破線および/または点線は、ピークディコンボリューションから得られる個々の成分ピークを表わす。0価錫金属の調合物における495.14eVおよび486.72eVでの2つの大きなピークならびに493.18eVおよび485.03eVでの2つの小さなピーク(図5A)は、水素化物とともにボールミル粉砕した後、実質的に変化および/または消滅する。これらの位置においては、試薬複合体Sn・(LiBHは、492.30eVおよび483.80eVで大きなピークを有し、495.53eV、494.00eV、487.25eVおよび485.69eVで小さなピークを有する(図5B)。
【0037】
図5Cに示される、0価錫金属を含有する調合物と0価錫および水素化物を含む対応する試薬複合体とについての調整されたXPSデータの重ね合わせは、また、水素化物との0価錫の複合体形成が、錫領域XPSにおいて、より低い電子結合エネルギへのスペクトルシフトに付随して起こることを示している。
【0038】
式Iによって上述される試薬複合体も開示される。
・X
ここで、Mは0価金属を含有する調合物から得られる0価金属であり、Xは水素化物であり、yは0よりも大きな整数値または小数値であり、試薬を合成するための方法によって準備されるものであり、加えて、0価金属を含有する調合物とともに水素化物をボールミル粉砕するステップを含む試薬合成方法によって準備されるものである。
【0039】
0価金属は如何なる0価金属であってもよい。いくつかの局面においては、0価金属は、0価遷移金属または0価ポスト遷移金属であってもよい。好適な遷移金属は、カドミウム、コバルト、銅、クロム、鉄、マンガン、金、銀、白金、チタン、ニッケル、ニオブ、モリブデン、ロジウム、パラジウム、スカンジウム、バナジウム、および亜鉛を含むが、これらに限定されない。好適なポスト遷移金属は、アルミニウム、ガリウム、インジウム、錫、タリウム、鉛、またはビスマスを含む。場合によっては、0価金属はマンガンまたは錫であってもよい。
【0040】
さまざまな局面においては、試薬複合体に組込まれるような水素化物は、2元素金属水素化物、2元素メタロイド水素化物、複合金属水素化物、または複合メタロイド水素化物を含む如何なる水素化物であってもよい。いくつかの変形例においては、水素化物は複合メタロイド水素化物であってもよい。場合によっては、水素化物はホウ化水素であってもよい。場合によっては、水素化物は水素化ホウ素リチウムであってもよい。
【0041】
式Iによって表わされる試薬複合体は、1つ以上の水素化物分子と複合された1個の0価金属原子などの、個々の分子実体の複合体であってもよい。代替的には、式Iによって表わされる試薬複合体は、分子クラスタとして、たとえば、水素化物分子が散りばめられた0価金属原子のクラスタ、または0価金属のクラスタ、水素化物分子で表面コーティングされたクラスタ、または塩水素化物分子が散りばめられたクラスタとして存在してもよい。
【0042】
式Iに従った値yは、試薬複合体中の0価金属原子に対する水素化物分子の化学量論比を規定し得る。yの値は、0よりも大きな如何なる整数値または小数値をも含み得る。場合によっては、yは4以下の整数値または小数値であってもよい。場合によっては、yは2以下の整数値または小数値であってもよい。場合によっては、yは1以下の整数値または小数値であってもよい。
【0043】
0価金属を含有する調合物は、実質的に0価金属からなる如何なる組成物であってもよい。多くの場合、0価金属を含有する調合物は、高い表面積対質量比を有する形状の0価金属を含むこととなる。場合によっては、0価金属は、−325メッシュの粒径を有する粉末形状で存在するだろう。0価金属を含有する調合物は、高多孔性の0価金属、ハニカム構造を備えた0価金属、または高い表面積対質量比を有する他の何らかの調合物であり得ることが企図される。
【0044】
以下の例に関して本発明をさらに例示する。これらの例が、本発明の具体的な実施形態を示すために提供されるものであって、本発明の範囲を限定するものと解釈されるべきではないことが理解されるはずである。
【実施例】
【0045】
例1
−325メッシュ粒径を有する1部のマンガン金属粉末を、マンガン金属および水素化ホウ素リチウム粉末の質量が合計で10グラム未満となる1部または2部のLiBHと混ぜ合わせ、1−3/4インチ、3−1/2インチおよび5−1/4インチの316ステンレス鋼玉軸受を用いて、250mLのステンレス鋼の気密ボールミルジャーにおいて、(Fritsch pulervisette 7のプラネタリ遊星ボールミルを用いて)400rpmで4時間、プラネタリボールミルでボールミル粉砕する。
【0046】
例2
−325メッシュ粒径を有する1部の錫金属粉末を、錫金属および水素化ホウ素リチウム粉末の質量が合計で10グラム未満となる1部または2部のLiBHと混ぜ合わせ、1−3/4インチ、3−1/2インチおよび5−1/4インチの316ステンレス鋼玉軸受を用いて、250mLのステンレス鋼の気密ボールミルジャーにおいて、(Fritsch pulervisette 7のプラネタリボールミルを用いて)400rpmで4時間、プラネタリボールミルでボールミル粉砕する。
【0047】
上述の説明は、現在、最も実用的な実施形態とみなされるものに関する。しかしながら、その開示がこれらの実施形態に限定されるべきではなく、むしろ、添付の特許請求の精神および範囲内に含まれるさまざまな変更例および同等の構成を包含するように意図されたものであって、この範囲が、法の下で可能となるような変更および同等の構成をすべて包含するように最も広く解釈されるべきものと理解されるべきである。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図2C
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図5C