(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Cu:60.0〜66.0%、Pb:0.05〜0.50%、Sn:0.20〜0.90%、Si:0.01〜0.50%を含有し、Fe:0.60%以下、P:0.15%以下の1種以上を、Fe、Pの合計含有量が0.02%以上となるように含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する銅合金の棒材であって、α相とβ相からなるマトリックス中にPb濃化粒子が分散しており、長手方向に垂直な断面の組織観察において、α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度がα相の面積に対して180個/mm2以上である金属組織を有し、β相中のSn濃度βSn(質量%)とSi濃度βSi(質量%)が下記(1)式の関係を満たす低Pb黄銅棒材。
3βSn+2βSi≧4.0 …(1)
熱間押出工程において、鋳造材を300℃から700℃までの平均昇温速度が20℃/min以下となるように昇温して700〜850℃に保持した後、熱間押出加工に供する請求項2に記載の低Pb黄銅棒材の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
Biを含有する快削黄銅はリサイクル性が悪いという欠点がある。快削黄銅には現在でもPbを含有するCu−Zn−Pb系合金が多く使用されており、その切屑を主体とするスクラップが多量に発生している。Bi含有黄銅のスクラップは、快削黄銅スクラップの大部分を占めるCu−Zn−Pb系合金スクラップと混合して処理することができず、分別が必要となる。切粉などの細かい切屑を分別管理するには手間が掛かり、そのことがBi含有快削黄銅を用いた切削部品のコストを増大させる要因となっている。また、多量のSiを添加することによって快削性を付与した高Si快削黄銅も、Cu−Zn−Pb系合金スクラップと一緒に処理することが困難であり、Bi含有黄銅と同様にリサイクル性が悪い。
【0007】
本発明は、Pb含有量を低減した黄銅棒材において、リサイクル性を損なわずに、Pbを多量に含有する従来一般的な快削黄銅の長所である「優れた熱間加工性」および「快削性」を実現すること、および「耐脱亜鉛性」を改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
Pbを多量に含有する従来一般的なCu−Zn−Pb系の快削黄銅材料は、α相とβ相からなるマトリックス中に多数のPb濃化粒子が分散した金属組織を呈する。Pb濃化粒子は融点が低いので、切削時に発生する切屑は、切削の加工熱によりPb濃化粒子の部分で容易に脆化作用を生じ、細かく分断された切屑形態となる。すなわち、切屑中に多量に存在するPb濃化粒子の脆化作用によって良好な切削性(快削性)が得られている。黄銅中のPb含有量を低減すればPb濃化粒子の存在個数が減少するので、それに伴って切削性は劣化するのが一般的である。
【0009】
発明者らは詳細な研究の結果、黄銅中のPb含有量を低減した場合であっても、α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数を十分に確保すれば、良好な切削性が維持できることを見出した。すなわち、β相中やα相とβ相の界面に存在するPb濃化粒子を減らし、α相の内部にできるだけ多くのPb濃化粒子を存在させることにより、少ないPb含有量においても優れた切屑分断効果を得ることができるのである。低Pb黄銅の場合、熱間押出の条件を工夫することによって、α相内部に多数のPb濃化粒子が分散した組織状態の黄銅棒材を実現できることがわかった。
【0010】
一方、耐脱亜鉛性については、適量のSnおよびSiを含有させたうえで、脱亜鉛の生じやすいβ相中にそれらの元素をバランス良く配合させたときに、安定して優れた耐脱亜鉛性を呈することがわかった。その場合、低Pb黄銅における上記の切削性付与効果を阻害することはない。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0011】
上記目的を達成するために、本発明では、質量%で、Cu:60.0〜66.0%、Pb:0.05〜0.50%、Sn:0.20〜0.90%、Si:0.01〜0.50%を含有し、Fe:0.60%以下、P:0.15%以下の1種以上を、Fe、Pの合計含有量が0.02%以上となるように含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる化学組成を有する銅合金の棒材であって、α相とβ相からなるマトリックス中にPb濃化粒子が分散しており、長手方向に垂直な断面の組織観察において、α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度がα相の面積に対して180個/mm
2以上である金属組織を有し、β相中のSn濃度β
Sn(質量%)とSi濃度β
Si(質量%)が下記(1)式の関係を満たす低Pb黄銅棒材が提供される。
3β
Sn+2β
Si≧4.0 …(1)
【0012】
Pb濃化粒子は、粒子中に含有される元素のうちPbの質量割合が最も多い粒子であり、多くの場合Pb相からなるものである。β相は黄銅材料のマトリックス(金属素地)を構成する主要な金属相であり、α相よりもZn濃度が高い相である。上記組成範囲の銅合金の場合、金属組織中のα相とβ相の識別およびPb濃化粒子の同定は、EPMA(電子線マイクロアナライザ)による分析によって行うことができる。α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度、および上記(1)式左辺の「3β
Sn+2β
Si」は、それぞれ以下のようにして測定することができる。
【0013】
〔α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度の測定方法〕
棒材長手方向に垂直な断面内に無作為に設けた観察視野についてEPMA(電子線マイクロアナライザ)による面分析を行い、マトリックス(金属素地)をα相領域とβ相領域に分離してα相領域の面積を求めるとともに、α相領域内に粒子の全体像が観測されるPb濃化粒子の数をカウントする、という操作を合計測定面積が0.10mm
2以上となるように重複しない複数の観察視野について行い、全観察視野における前記Pb濃化粒子の合計カウント数をα相領域の合計面積で除した値(個/mm
2)を、α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度とする。
この場合、α相領域の合計面積には、その中に存在するPb濃化粒子部分の面積が含まれる。α相とβ相の界面(以下「α/β界面」という)に存在するPb濃化粒子は「α相領域内に粒子の全体像が観測されるPb濃化粒子」には該当しないため、カウント対象とならない。上記のEPMA分析によりカウントされるPb濃化粒子は、観察面上での粒子径(長径)が0.5μm以上のPb濃化粒子に相当するものである。
【0014】
〔3β
Sn+2β
Siの測定方法〕
棒材長手方向に垂直な断面内に無作為に設けた観察視野において、無作為に選択したβ相表面の1点にEPMA(電子線マイクロアナライザ)により電子ビームを照射して点分析を行い、その測定データに基づいて定量化されたSn濃度β
Sn(質量%)とSi濃度β
Si(質量%)の値を用いて3β
Sn+2β
Siの値を算出する、という操作を重複しない3視野以上の観察視野について行い、各視野で算出された3β
Sn+2β
Siの値の相加平均値を当該棒材の「3β
Sn+2β
Si」とする。
この場合、電子ビームを照射する位置は「β相表面」であるから、β相領域内のPb濃化粒子が表面に存在する部分には電子ビームが当たらないようにして点分析が行われる。
【0015】
上記の低Pb黄銅棒材は、上記化学組成を有する鋳造材に熱間押出加工を施す工程、および仕上熱処理を施す工程を経て製造することができる。仕上熱処理は、本発明で対象とする棒材製品の製造過程で最後に施される熱処理である。
【0016】
熱間押出工程では、熱間押出ダイスとして、押出方向最前部から最狭隘部までの押出方向長さLが2mm以上であるダイスを使用し、押出開始時の材料温度を700〜850℃、下記(2)式で定義される加工速度εを70〜140
min-1とする条件で鋳造材に熱間押出加工を施す。鋳造材を300℃から700℃までの平均昇温速度が20℃/min以下となるように昇温して700〜850℃に保持した後、熱間押出加工に供することがより好ましい。
ε=[(A
0−A
1)/A
0]×(V
0/L) …(2)
ここで、A
0は熱間押出前の材料の熱間押出方向に垂直な断面積(mm
2)、A
1は熱間押出後の材料の熱間押出方向に垂直な断面積(mm
2)、V
0は熱間押出前の材料の押出速度(mm/min)、Lは熱間押出ダイスの押出方向最前部から最狭隘部までの押出方向長さ(mm)である。
【0017】
仕上熱処理工程では、熱間加工材または冷間加工材に、加熱保持温度を400〜600℃、上記温度での保持時間を30min以上、加熱保持後の冷却過程で400℃から200℃までの平均冷却速度を0.2〜10.0℃/secとする条件の熱処理を施す。
ここで、熱間加工材とは、熱間押出(鋳造材に対して施される前述の熱間押出を含む)や、熱間鍛造等の熱間加工を施して得られたままの組織状態を有する材料を意味する。冷間加工材とは、冷間引抜や、冷間鍛造等の冷間加工を施して得られたままの組織状態を有する材料を意味する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、低Pb含有量でありながら従来のPb含有快削黄銅と同等の熱間加工性や快削性を有し、耐脱亜鉛性に優れ、かつリサイクル性に優れた銅合金棒材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
〔化学組成〕
本発明ではCu−Zn系銅合金(黄銅)を対象とする。以下において、化学組成に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
CuおよびZnは、黄銅の基本成分である。脱亜鉛腐食は主としてβ相で生じる。本発明ではβ層中のSn濃度およびSi濃度を高めることによって耐脱亜鉛性を改善する。種々検討の結果、その耐脱亜鉛性向上効果を十分に享受するためには、60.0%以上のCu含有量を確保することが極めて有効であることがわかった。一方、Cu含有量が66.0%を超えて多くなると高温域でのβ相生成量が減少して熱間加工性が低下する。従って、本発明ではCu含有量が60.0〜66.0%の銅合金を対象とする。Cuと後述の成分元素を除く残部はZnおよび不可避的不純物である。
【0021】
Pbは、快削性を向上させる元素である。従来一般的な快削黄銅はPbを1〜4%と多量に含有している。Pbは人体に有害であることから、本発明ではPb含有量を0.05〜0.50%の範囲に低減した化学組成を適用する。水洗器具等の部品に用いた場合のPb溶出量はPb含有量が高くなるほど多くなり、その程度は0.50%を超えると特に大きくなる。0.30%以下のPb含有量とすることがより好ましい。Pbは銅合金中に析出してPb濃化粒子を形成する。特にα相内部に分散したPb濃化粒子は切削加工において切屑の分断に大きく寄与する。種々検討の結果、0.05%以上のPb含有量を確保したときに、後述の熱間押出条件を適用することによって、Pb濃化粒子による切削性の向上効果を発揮させることができる。0.10%以上のPb含有量とすることがより好ましい。
【0022】
Snは、β相の耐脱亜鉛性を向上させる作用の大きい元素である。また、材料の強度向上にも有効な元素である。Sn含有量が0.20%より少ないと耐脱亜鉛性を十分に向上させることが難しくなる。一方、Sn含有量が過剰に多くなると硬くて脆いγ相が析出しやすくなり、材料の延性が低下する要因となる。Sn含有量は0.20〜0.90%の範囲とすることが望ましく、0.30〜0.70%の範囲とすることがより好ましい。
【0023】
Siは、耐応力腐食割れ性を向上させる作用を有し、また、β相の耐脱亜鉛性を向上させる作用を有する元素である。これらの作用を十分に発揮させるためには0.01%以上のSi含有量を必要とする。一方、Siの亜鉛当量は10と高く、多量のSi含有はβ相の増大を招く。種々検討の結果、Si含有量は0.50%以下の範囲に制限される。Si含有量のより好ましい範囲は0.05〜0.40%であり、0.20%以下のSi含有量に管理してもよい。
【0024】
Fe、Pは、黄銅材料の強度向上に寄与する。さらにPは黄銅材料の耐脱亜鉛性向上にも寄与する。切削部品として使用される種々の用途を考慮すると、Fe:0.60%以下、P:0.15%以下の1種以上を、Fe、Pの合計含有量が0.02%以上となるように含有することが望ましい。Fe:0.02〜0.60%、P:0.02〜0.15%の範囲でこれらの1種以上を含有することがより好ましい。
【0025】
〔金属組織〕
本発明で対象とする上記の黄銅組成域では、常温でマトリックス(金属素地)がα相とβ相の複相組織となる。α相はβ相よりもCuに富み比較的軟質である。β相はα相よりもZnに富み比較的硬質である。α相とβ相は主成分であるCuおよびZnの濃度が異なるので、EPMAの面分析データを画像処理することによって明瞭に区別することができる。本発明で対象とする銅合金棒材においては、長手方向に垂直な断面において、α相:β相の面積比は概ね4:1〜19:1の範囲となる。
本発明に従う黄銅棒材は、Pbを0.05%以上含有しているので、そのPbはPb濃化相を形成してマトリックス中に析出する。
【0026】
α相はβ相に比べ常温の強度が低いので、これらの相を含む黄銅に塑性加工を施すとα相での変形が優先的に生じる。切削加工においては切屑内でせん断変形が生じており、主にα相で変形が起きる。一方、Pb濃化粒子は融点が低いので切削時の加工熱により容易に軟化または溶融し、切屑の脆化を引き起こす機能を発揮する。Pb濃化粒子が、切屑内での大きな変形を担うα相中に多く分散しているほど、切屑の微細分断化が容易に起こり、切削性は向上する。詳細な検討の結果、EPMAを用いた前述の測定方法による「α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度」が180個/mm
2以上であるとき、従来一般的な快削黄銅に比べ実用上遜色のないレベルの優れた切削性が得られることがわかった。上記Pb濃化粒子の個数密度が200個/mm
2以上であることがより効果的である。Pb含有量を上記のように低減した黄銅であっても、後述の熱間押出工程を経ることによってα相中に多くのPb濃化粒子を分散させることが可能となる。α相中のPb濃化粒子の数が多くなるほど切削性は向上する傾向を示すが、過剰に存在させる必要はない。上記Pb濃化粒子の個数密度は例えば900個/mm
2以下とすればよく、800個/mm
2以下としてもよい。
【0027】
図1に、Cu、ZnおよびPb含有量が本発明規定範囲に有ある黄銅棒材(熱間押出、冷間引抜、熱処理の工程で製造されたもの)の長手方向に垂直な断面についてのEPMAによる面分析画像を例示する。これは、CuおよびPbの特性X線検出強度により作成されたカラーマッピング画像をモノクロ化して掲載したものである。白く見える斑点状の部分がPb濃化粒子に相当する。
【0028】
図2に、
図1と同様の黄銅棒材断面について、EPMAにより測定されたZnの特性X線による面分析データを画像処理して、マトリックス(金属素地)をα相領域とβ相領域に二分して表示した画像を例示する。白い部分がα相領域、黒い部分がβ相領域である。このような画像からα相領域の面積を求めることができる。また、このα相領域にPb濃化粒子の存在位置を重ね合わせることによって、α領域内に粒子の全体像が観測されるPb濃化粒子の数をカウントすることができる。
【0029】
耐脱亜鉛性を向上させるためには、β相中に十分な量のSnおよびSiが存在していることが望ましい。発明者らの詳細な検討によれば、EPMAを用いた前述の測定方法による「3β
Sn+2β
Si」が下記(1)式を満たすように組織調整されているとき、耐脱亜鉛性の顕著な改善効果が得られることが確かめられた。β
Snの係数3と、β
Siの係数2は、SnおよびSiの耐脱亜鉛性向上作用への寄与度を考慮して設定したものである。
3β
Sn+2β
Si≧4.0 …(1)
上記(1)式に代えて下記(1)’式を適用することがより効果的である。
3β
Sn+2β
Si≧5.0 …(1)’
化学組成を上述の範囲に調整した黄銅において、仕上熱処理を後述の条件で実施することにより、上記(1)式あるいは(1)’式を満たす組織状態を得ることができる。
【0030】
〔製造方法〕
本発明に従う切削性に優れた黄銅棒材は、鋳造材に熱間押出加工を施す工程、および、熱間加工材または冷間加工材に仕上熱処理を施す工程を経て製造することができる。例えば、半連続鋳造あるいは連続鋳造、熱間押出、冷間引抜、仕上熱処理を順次施す工程が採用できる。必要に応じて、熱間押出後に、さらに熱間鍛造等の熱間加工プロセスを加えることもできる。熱間加工後、あるいは熱処理後には、酸化スケールを除去するために、適宜、酸洗が施される。最終的に得られる本発明対象の黄銅棒材は、円形断面であってもよいし、異形断面であってもよい。それらの断面積は、例えば15〜15000mm
2である。熱間押出、仕上熱処理以外の工程については、特にこだわる必要はなく、従来公知の手法が適用できる。
【0031】
〔熱間押出工程〕
鋳造材に対して最初に施す熱間加工を熱間押出によって行い、かつ、その熱間押出加工条件を工夫することによって、Pb含有量を低減した黄銅であっても、α相中に多数のPb濃化粒子を分散させた組織状態を得ることができる。
【0032】
Cu−Zn系銅合金中に含有されているPbは、鋳造後の状態において、α/β界面にPb濃化相として多く存在する。これらのPb濃化相は熱間押出の加工によって分断され、通常は、熱間押出材においてもα/β界面上にPb濃化粒子が多く分布すると考えられる。熱間押出後の冷却およびその後の熱処理によってα相は成長しようとするが、α/β界面上にPb濃化粒子が分散していると、それらの粒子の存在箇所ではα/β界面の移動(α相の成長)が妨げられ、それらの粒子をα相の内部に取り込むことが難しい。その結果、最終的にPb濃化粒子の多くはα/β界面上に残留して存在することになる。この場合、切削加工時に切屑の分断に大きく寄与するα相内部のPb濃化粒子が少ないため、切削性の顕著な改善は望めない。
【0033】
本発明では、熱間押出加工時に、鋳造組織のα/β界面上に存在するPb濃化相をできるだけ凝集粗大化させ、α/β界面の移動を阻害しにくい粗大なPb濃化粒子として存在させることにより、α相の成長過程(α/β界面の移動過程)で面積を増していくα相内にPb濃化粒子の多くを取り込むという思想で、切削性の向上を狙う。
【0034】
Pb濃化相を凝集粗大化させるためには、熱間押出加工の温度を高めに設定することが有利となる。種々検討の結果、押出開始時の材料温度を700〜850℃とすることが望ましい。高温での酸化を抑制する観点からは、押出開始時の材料温度を700〜800℃とすることが効果的である。
【0035】
また、熱間押出時に動的再結晶粒の発生をできるだけ抑えることが、Pb濃化相の凝集粗大化に極めて有効であることがわかった。動的再結晶粒の発生が少ないことは結晶粒界面積の増大が少ないことを意味する。結晶粒界面積の増大が少ないほど、α/β界面に存在しているPb濃化相の迅速な凝集に有利となり、粗大なPb濃化粒子が形成される。動的再結晶を生じにくくするためには、熱間押出時の加工速度(ひずみ速度)が過大にならないように、熱間押出条件をコントロールすることが重要となる。
【0036】
図3に、熱間押出加工時の工具と素材(被加工材)の断面構造の一例を模式的に示す。ビレット、ブルームなどの素材1がコンテナ2により周囲方向への変形を拘束された状態でステム3によりダイス4に向けて一方向に押し込まれ、ダイス4によって素材1の径が減じられる。
【0037】
図4に、熱間押出ダイスの断面形状の一例を模式的に示す。図中の矢印方向に素材(ビレットなど)が導入される。ダイスに対する素材の進行方向(図中の矢印に平行な方向)を「押出方向」と呼ぶ。押出方向に垂直な断面の断面積(以下単に「断面積」と呼ぶことがある)が減じ始める押出方向位置を「押出方向最前部」と呼び、図中に符号5で示してある。また、ダイスの最狭隘部を符号6で示してある。押出ダイスは用途に応じて種々の形状のものがあるが、ここでは押出方向最前部5から最狭隘部6までの押出方向長さLが2mm以上であるダイスを使用することが好ましい。前記Lが2〜50mmの範囲にあるダイスを使用することがより好ましい。なお、
図4のダイス形状は一例であり、後述(2)式を満たす熱間押出加工が可能なダイスであれば、設備仕様や目的の断面形状に応じて適切な形状のダイスを使用することができる。
【0038】
発明者らの検討によれば、熱間押出時の動的再結晶を抑制するために、下記(2)式で定義される加工速度εが70〜140
min-1となる条件で熱間押出を行うことが極めて有効であることがわかった。
ε=[(A
0−A
1)/A
0]×(V
0/L) …(2)
ここで、A
0は熱間押出前の材料の熱間押出方向に垂直な断面積(mm
2)、A
1は熱間押出後の材料の熱間押出方向に垂直な断面積(mm
2)、V
0は熱間押出前の材料の押出速度(mm/min)である。Lは押出方向最前部から最狭隘部までの押出方向長さである。
加工速度εが140min
-1を超えると、動的再結晶が起こりやすくなることに起因してPb濃化粒子の凝集粗大化が生じにくくなり、α相の成長過程でα相の内部に十分な量のPb濃化粒子を取り込むことが難しくなる。加工速度εは130min
-1以下とすることがより好ましい。一方、加工速度εを過度に小さくすることは、生産性の低下を招く。また、加工に長時間を要すると加工中の材料温度低下が著しくなり、好ましくない。そのため加工速度εは70min
-1以上の範囲とすることが望ましく、80min
-1以上とすることがより好ましい。
【0039】
熱間押出の前に行う鋳造材の加熱を利用して、α/β界面上にPbをできるだけ多く集めておくことがより効果的である。そのためには鋳造材の昇温過程および加熱保持過程においてα/β界面の移動を伴う相変態を十分に生じさせることが有効である。界面移動によってα相内またはβ相内に存在する微細なPb粒子をα/β界面に収集することができる。
【0040】
昇温過程では、300℃から700℃までの平均昇温速度が20℃/min以下となるように700℃以上の温度域まで昇温することが望ましい。上記平均昇温速度を15℃/min以下とすることがより効果的である。このようにゆっくりと昇温することでα相が成長し、それに伴うα/β界面の移動をPb収集に利用することができる。過剰に遅い昇温速度とすることは生産性低下を招くので、上記昇温速度は3℃/min以上の範囲で設定すればよい。
【0041】
700℃まで昇温した後の保持温度は700〜850℃とすることが好ましく、700〜800℃とすることがより好ましい。また、上記温度範囲における材料保持時間(材料の表面温度が上記温度範囲に保持される時間)は10min以上を確保することが好ましく30min以上とすることがより好ましい。この加熱保持によりβ相の成長を進行させることができ、それに伴うα/β界面の移動を利用してPbの更なる回収が可能となる。また、β相の生成量を多くすることによって熱間押出時の熱間加工性が向上するというメリットも享受できる。過剰に長い保持時間とすることは生産性低下を招くので、上記保持時間は300min以下の範囲で設定すればよい。
【0042】
〔仕上熱処理〕
上述の熱間押出を終えた材料、あるいは必要に応じて更に熱間鍛造などの熱間加工や、冷間引抜などの冷間加工を施した材料に対して、仕上熱処理を施す。その際、加熱保持温度を400〜600℃、上記温度での保持時間を30min以上、加熱保持後の冷却過程で400℃から200℃までの平均冷却速度を0.2〜10.0℃/secとする条件の熱処理を施すことによって、上記(1)式を満たす組織状態の材料を作り分けることができる。冷却速度の制御は例えば水冷やファン冷却の条件を調整することによって行うことができる。上記温度での保持時間が過剰に長くなると生産性が低下するので、保持時間は5h以内の範囲で設定すればよい。
【実施例】
【0043】
〔鋳造・熱間押出〕
表1に示す銅合金を誘導炉で溶解し、半連続鋳造により直径80mmの円形断面を持つ鋳造材を得た。その鋳造材(ビレット)を炉に装入して所定温度で加熱保持した後、炉から取り出し、
図3に示す構成の装置により熱間押出加工を施し、直径24mmの円形断面を有する棒状の熱間押出材を得た。
【0044】
ここでは、押出方向最前部から最狭隘部までの押出方向長さLが5mmの熱間押出ダイスを使用した。表2に加熱条件および押出条件を示してある。表2中の「押出温度」は押出開始時の材料温度である。炉から取り出した後、速やかに熱間押出を開始したので、この押出温度は加熱保持温度とほぼ同じであるとみなしてよい。表2中の「昇温速度」については、押出温度が700℃以上の例では加熱保持温度も700℃以上であるので300℃から700℃までの平均昇温速度を示してあり、押出温度が700℃未満の例では加熱保持温度も700℃未満であるので300℃から加熱保持温度までの平均昇温速度を示してある。加熱時の昇温は所定の加熱保持温度までの刻々の昇温速度が概ね一定となるようにコントロールした。表2中の「加工速度ε」は上述(1)式により算出した値である。熱間押出加工後は、冷却ファンで空気を送風して材料温度が300℃になるまで10℃/secで冷却し、その後は大気中で自然冷却した。このようにして熱間押出材を得た。
【0045】
〔アプセット試験〕
得られた熱間押出材(常温まで冷却したもの)から高さ20mmの円柱試料(直径24mm×高さ20mm)を切り出し、アプセット試験を行って熱間鍛造性を評価した。アプセット試験は、所定の温度に加熱した試料をプレス機によって予め定められたアプセット率まで押し潰す試験である。押し潰された後の試料に生じている割れの発生程度から、熱間鍛造性を評価することができる。
図5にアプセット試験後の試料外観の参考写真を例示する。積み重ねた4種類のサンプルのうち、上2例は割れが発生しなかったもの、下2例は割れが発生したものである。アプセット率は下記(3)式により定まる。
アプセット率(%)=(h
0−h
1)/h
0×100 …(3)
ただし、h
0は試験前の試料高さ(mm)、h
1は試験後の試料高さ(mm)である。
ここでは、h
0=20mmであり、アプセット率は70%とした。各熱間押出材につき610℃、650℃、690℃の3水準の温度で試験を実施した。試験後の試料表面を観察して割れの発生有無を判定し、3水準全ての温度で割れが発生しなかった材料を○(熱間鍛造性;良好)、それ以外の材料を×(熱間鍛造性;不良)と評価した。結果を表2に示す。
【0046】
〔冷間引抜・仕上熱処理〕
上記の熱間押出材(直径24mm)に冷間引抜加工を施して直径23mmとした後、一部の例を除き、表2に示す保持温度・保持時間で仕上熱処理を施した。仕上熱処理の冷却過程ではいずれの例も400℃から200℃までの平均冷却速度が0.2〜10.0℃/secとなる冷却条件とした。このようにして得られた黄銅棒材の供試材について以下のことを調べた。
【0047】
〔α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度の測定〕
供試材の長手方向に垂直な断面について、前掲の「α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度の測定方法」に従って、EPMA分析装置(日本電子株式会社製、JXA−8200)により加速電圧15.0kV、照射電流3.0×10
-8Aの条件でZnとPbの特性X線を用いて面分析を行い、α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度を求めた。SEMにより倍率600倍で無作為に選択した重複しない5視野を測定した。合計測定面積は約0.15mm
2である。α相領域の面積はEPMAにより測定されたZnの特性X線による面分析データを画像処理解析して求めた。なお、Pb濃化粒子について倍率7500倍の組成像からサイズの確認を行ったところ、カウントしたPb濃化粒子は小さいものでも直径(長径)0.5μm以上であった。結果を表2に示す。
【0048】
〔切削試験〕
供試材(直径23mmの丸棒材)の外周を旋盤加工し、発生した切屑の分断性によって切削性を評価した。切削条件は以下の5水準とした。
[1]回転数1030rpm、切込量1.0mm、送り速度0.13mm/rev.
[2]回転数1030rpm、切込量1.0mm、送り速度0.23mm/rev.
[3]回転数1030rpm、切込量1.0mm、送り速度0.34mm/rev.
[4]回転数1800rpm、切込量1.0mm、送り速度0.34mm/rev.
[5]回転数1030rpm、切込量0.5mm、送り速度0.13mm/rev.
【0049】
発生した切屑を、(A)針形状片、(B)1巻以下、(C)2巻前後、(D)3巻以上、の4種類に分類した。
図6に、各分類の切屑形状を模式的に示す。切屑の分断性はA>B>C>Dの順でAが最も良好であり、Dが最も悪い。Dの切屑が発生する場合は、切屑がバイト等の工具に絡みつく可能性があり、連続で加工を行う際に機械的トラブルが発生したり製品表面を損傷させたりする恐れがある。また、切屑が嵩ばるため、屑処理性が悪いという問題もある。一方、Aの場合には、Dのような問題は回避される反面、飛散した切屑の回収に却って手間が掛かることもある。ここでは、上記5水準の切削条件のうち1つでもDに分類される切屑が発生した材料は×(切削性;不良)、5水準のいずれの条件においてもA〜Cに分類される切屑のみが発生した材料は○(切削性;良好)と評価した。結果を表2に示す。
【0050】
〔3β
Sn+2β
Siの測定〕
供試材の長手方向に垂直な断面について、前掲の「3β
Sn+2β
Siの測定方法」に従って、EPMAによりβ相表面の点分析を行い、3β
Sn+2β
Siの値を求めた。使用したEPMA分析装置は日本電子株式会社製、JXA−8200であり、加速電圧15.0kV、照射電流3.0×10
-8A、ビーム径1μmの条件で点分析を行った。Sn濃度β
Sn(質量%)およびSi濃度β
Si(質量%)への定量化は、EPMA装置に内蔵のソフトウエアにより行った。ここでは半定量分析で行ったが、検量線を用いた定量分析結果と良好な対応関係が得られることを確認している。1つの試料につき重複しない3視野(倍率1000倍にて無作為に選択)で求めた3β
Sn+2β
Siの値を相加平均して、その値を当該試料の「3β
Sn+2β
Si」とした。
【0051】
〔耐脱亜鉛性の調査〕
ISO6506に準拠して、供試材から切り出した試料を、CuCl
2・2H
2O濃度12.7g/L、液温75℃±3℃に調整した試験液に24h浸漬した後、脱亜鉛深さを測定した。棒材の長手方向(熱間押出方向)に垂直な切断表面(以下、「試験面」という)から、棒材長手方向への脱亜鉛深さを、試験面に垂直な断面を観察することによって調べた。観察領域の範囲は試験面平行方向10mmの範囲とし、最大脱亜鉛深さが200μm以下の試料を○(耐脱亜鉛性;良好)、最大脱亜鉛深さが200μmを超える試料を×(耐脱亜鉛性;不良)と評価した。結果を表2に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
本発明例のものはいずれも、α相の内部に存在するPb濃化粒子の個数密度が180個/mm
2以上であり、Pb含有量を低減しているにもかかわらず、良好な切削性を有する。熱間鍛造性にも問題はなかった。さらに、3β
Sn+2β
Siの値が(1)式を満たしており、耐脱亜鉛性も良好であった。これらはBiや多量のSiを含有しないのでリサイクル性も良好である。
【0055】
これに対し、比較例No.21は仕上熱処理を行っておらず、またNo.22は仕上熱処理温度が低すぎたので、これらはいずれも3β
Sn+2β
Siの値が低くなり、耐脱亜鉛性は改善されなかった。No.3はSn含有量が低いため、仕上熱処理条件を適正化しても(1)式を満たす3β
Sn+2β
Siを得ることができず、耐脱亜鉛性が悪かった。No.24はCu含有量が少なすぎるためβ相の量が増大し、(1)式を満たす3β
Sn+2β
Siが得られず、耐脱亜鉛性が悪かった。No.25は熱間押出条件が適正条件範囲を外れたので、α相内部のPb濃化粒子の数を十分に確保することができず、切削性に劣った。また、Cu含有量が少なすぎるため、No.24と同様に耐脱亜鉛性が悪かった。No.26はPbを多量に含有する快削黄銅においてSnを含有させ、本発明で規定する製造条件での製造を試みたものである。この場合、切削性および耐脱亜鉛性は改善できたものの熱間鍛造性が悪かった。また、この材料はPbの溶出を低減するというニーズには対応できない。