(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記窒素化合物層の表面は、1.0μm〜8.0μmの範囲にある算術平均粗さRaと、3μm〜40μmの範囲にある十点平均粗さRzとを備える、請求項1に記載の軟窒化鋼部材。
請求項1〜3のいずれかに記載の軟窒化鋼部材からなり、摩擦材が接着される被接着面と、塗膜が形成される被塗装面とを備え、該被接着面には、前記窒素拡散層、前記窒素化合物層、前記ポーラス層、および前記リン酸塩皮膜が形成されている、プレッシャプレート。
プレッシャプレートと、該プレッシャプレートの表面に接着される摩擦材とにより構成され、前記プレッシャプレートが、請求項1〜3のいずれかに記載の軟窒化鋼部材からなる、ブレーキパッド。
前記ガス軟窒化処理において、アンモニアガスと浸炭性ガスとからなる混合ガス雰囲気を用い、処理温度を500℃〜600℃の範囲に、処理時間を0.1時間〜4時間の範囲に設定する、請求項6または7に記載の軟窒化鋼部材の製造方法。
前記化成処理工程の前に、ブラスト処理により、前記鋼部材の表面の少なくとも一部を粗面化するとともに、該鋼部材の表面の少なくとも一部に存在する酸化皮膜を除去する、粗面化工程がさらに設けられる、請求項6〜8のいずれかに記載の軟窒化鋼部材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
自動車などのディスクブレーキの主要部品であるブレーキパッドは、鉄系金属製のプレッシャプレートと、このプレッシャプレートの表面に接着される摩擦材とにより構成される。
【0003】
このようなディスクブレーキでは、車輪とともに回転するディスクブレーキロータを挟むようにブレーキパッドが配置され、ブレーキパッドをディスクブレーキロータに押圧し、摩擦力を発生させることで制動力を得ている。このとき、ブレーキパッドのプレッシャプレートと摩擦材との間には大きなせん断力が作用するため、プレッシャプレートと摩擦材との接着には、そのせん断力に耐え得る接着強度が要求される。
【0004】
このため、摩擦材を接着する前のプレッシャプレートの表面には、ドライブラストやウェットブラストなどのブラスト処理が施されている場合があり、この場合、その表面が粗面化されると同時に、錆や酸化皮膜などが除去される。粗面化による凹凸構造の存在により、プレッシャプレートと摩擦材との接着時に、接着剤が凹部に入り込み、そのアンカー効果によって高い接着強度が得られる。しかしながら、プレッシャプレートのような鋼部材の表面から錆や酸化皮膜などが除去されても、外部から水などが浸入してしまうと、プレッシャプレートと摩擦材との接着界面に錆や酸化皮膜が容易に発生するため、この錆や酸化皮膜に起因して、摩擦材との接着強度が低下してしまうという問題がある。
【0005】
このため、特開2003−148528号公報や特許第4563285号公報に記載されているように、ショットブラスト処理により粗面化したプレッシャプレートの表面に、化成処理を施して、リン酸塩皮膜を形成し、製造工程中における錆や酸化皮膜の発生を防止する一次防錆効果をプレッシャプレートに付与することが行われている。しかしながら、リン酸塩皮膜の形成のみでは、使用環境によっては、プレッシャプレートの表面に錆や酸化皮膜が発生し、摩擦材との接着強度が低下する場合があり、十分な耐食性(恒久的な防錆効果)を確保することは困難である。
【0006】
これに対して、ショットブラスト処理および化成処理に代替して、摩擦材を接着する前のプレッシャプレートの表面に、軟窒化処理を施すことが行われている。この軟窒化処理には、塩浴軟窒化処理とガス軟窒化処理がある。たとえば、特許第3124433号公報には、塩浴軟窒化処理により、プレッシャプレートの表面に窒素化合物層を形成する技術が記載されている。この塩浴軟窒化処理では、プレッシャプレートの表層部の鉄成分が塩浴中に溶出することに起因して、プレッシャプレートの表面粗さを大きく改善して、接着強度を大幅に向上させることができる。しかしながら、塩浴軟窒化処理では、シアン化合物を使用する必要があり、安全面または環境保護の面で問題がある。
【0007】
一方、特公昭53−47218号公報には、プレッシャプレートを、吸熱変成ガスとアンモニアガスとからなる混合ガス雰囲気中で、500℃〜650℃の処理温度、および0.5時間〜8時間の処理時間で、ガス軟窒化処理を施す技術が記載されている。
図9に示すとおり、ガス軟窒化処理によれば、プレッシャプレート1の表面に、表面粗さ(JIS B0601:1994)が5μm〜50μmで、微細な凹凸を有するポーラス層4を備え、耐食性に優れた窒素化合物層3を形成することができるため、接着強度と耐食性を同時に得ることができる。しかしながら、ガス軟窒化処理のみによって、プレッシャプレートの表面粗さを十分に改善することは困難である。
【0008】
特許第4563285号公報には、プレッシャプレートの表面に、ショットブラスト処理を施した後、さらにその表面にガス軟窒化処理を施す技術が記載されている。ただし、この場合も、プレッシャプレートの表面には錆や酸化皮膜が容易に発生するため、ショットブラスト処理後でガス軟窒化処理までの間に、ごく薄い酸化皮膜が再形成され、ガス軟窒化処理における窒素の浸透が妨げられる場合がある。
【0009】
特開2012―251216号では、プレッシャプレートの表面に存在する酸化皮膜をフッ素系ガスによりフッ化膜に置換するとともに、その下の鉄素地もフッ化した状態で、ガス軟窒化処理を施す技術が記載されている。この場合、酸化皮膜による影響は緩和されるものの、フッ化膜の存在下でガス軟窒化処理が行われるため、窒素の浸透は改善されるものの、残留フッ化物の影響により、十分な厚さの窒素化合物層を形成することはできない。
【0010】
特開2015−117777号公報では、プレッシャプレートの被接着面に存在する酸化皮膜を除去した後、酸化皮膜が形成されないように、被接着面に乾燥や洗浄を施して、被接着面に酸化皮膜が形成されない状態で、ガス軟窒化処理を行っている。このような表面の清浄度がきわめて高い状態では、被接着面が活性状態にあるといえることから、ガス軟窒化処理において、より多くの窒素をより深い位置まで浸透させて、窒素化合物層をより厚く形成することにより、その耐食性を向上させることができる。
【0011】
ここで、プレッシャプレートには、摩擦材が接着される被接着面以外の部分には、塗装が施され、この塗装面は環境下に長期間にわたって晒されることとなる。したがって、プレッシャプレートの表面のうち、この塗装面を形成する部分においては、窒素化合物層に対して優れた耐食性が要求される。しかしながら、塗装面などの劣化により、窒素化合物層が直接環境下に長期間にわたって晒されると、窒素化合物層の耐食性に問題を生ずる場合がある。また、被接着面に関しても、摩擦材の接着までに特殊な条件下でプレッシャプレートが放置された場合には、窒素化合物層の耐食性に同様に問題が生ずる場合がある。
【0012】
なお、特許第5520535号には、鋼部材に対し軟窒化処理後に形成される窒素化合物層の上に、リン酸塩皮膜などの保護膜を形成することが記載されている。この保護膜は、鋼部材の上に軟窒化処理により形成された窒素化合物層をそのまま高周波焼き入れすることによる窒素化合物層の損傷や消失の防止を図るものである。ただし、この技術でも、窒素化合物層の形成前に鋼部材の表面に生じた錆や酸化皮膜の影響については考慮されていない。
【発明を実施するための形態】
【0025】
従来、プレッシャプレートの被接着面などを含む、鋼部材の表面に、軟窒化処理を施す場合、その前処理として、ショットブラスト処理などによる粗面化処理や錆および酸化皮膜の除去などの処理が行われている。これは、鋼部材の表面に酸化皮膜などが存在した場合、これに起因して、軟窒化処理において窒素が鋼部材の内部まで十分に浸透しないと考えられるためである。また、フッ化処理により酸化皮膜をフッ化膜に置換した場合、酸化皮膜と比較して窒素の浸透が見られるものの、フッ化物(フッ素化合物)の残留のため、鋼部材の表面に窒素拡散層および窒素化合物層が十分に形成されない。このような事情から、軟窒化処理の前処理としてリン酸塩処理によるリン酸塩皮膜を予め形成してしまうことに関しても、窒素の浸透の阻害要因になると考えられたため、これまで検討がなされることはなかった。
【0026】
本発明者らは、プレッシャプレートの被接着面のみならず、塗装が施され、塗装を介して長期間にわたって環境下に晒される被塗装面に対しても施される軟窒化処理に関して、窒素化合物層による耐食性の向上について鋭意検討した結果、軟窒化処理の前処理として、リン酸塩処理を施した場合に、窒素の鋼部材内部への浸透を妨げることなく、かつ、水素還元雰囲気において熱処理が施されたリン酸塩皮膜を窒素化合物層の最表部に存在させることにより、窒素化合物層による耐食性をさらに改善させることが可能となるとの知見を得た。本発明は、このような知見に基づいて完成したものである。
【0027】
(1)軟窒化鋼部材の製造方法
本発明による軟窒化鋼部材の製造方法は、1)鋼部材の表面に、リン酸塩を用いた化成処理により、0.05μm以上の前記鋼部材の表面からの厚さを有する、リン酸塩皮膜を形成する、化成処理工程と、2)前記リン酸塩皮膜が形成された鋼部材に、ガス軟窒化処理により、5μm〜30μmの範囲の前記鋼部材の表面からの厚さを有する、窒素化合物層を形成する、ガス軟窒化処理工程とを備える。
【0028】
[鋼部材]
本発明の軟窒化鋼部材の製造方法の原材料となる鋼部材は、特に限定されず、機械構成部品として使用される、炭素鋼、低合金綱、中合金鋼、高合金綱、鋳鉄などを広く含む。特に、本発明の軟窒化鋼部材の製造方法は、ブレーキパッドを構成するプレッシャプレートに好適に適用される。この場合、SAPH400やSAPH440などの自動車用熱間圧延板や、SPFH590などの自動車用加工熱間圧延高張力鋼板などが好適に適用される。
【0029】
[化成処理]
本発明では、ガス軟窒化処理の前処理として、鋼部材の表面に、リン酸塩を用いた化成処理を施し、鋼部材の表面にリン酸塩皮膜を形成する。リン酸塩皮膜としては、リン酸鉄皮膜、リン酸亜鉛皮膜、およびリン酸マンガン皮膜が例示される。ただし、鋼板などの鋼部材へのリン酸塩皮膜の形成にはリン酸鉄を用いることが最も好ましい。また、スラッジの減少により、排水処理装置の小規模化を図る観点からも、リン酸鉄を用いることが好ましい。
【0030】
この化成処理は、所定のリン酸塩被覆処理用の溶液を用いて行われる。この化成処理により、鋼部材の表面に、鋼部材の表面から、0.05μm以上の厚さ、好ましくは、0.1μm以上、さらに好ましくは0.2μm以上の厚さのリン酸塩皮膜を、化学反応により形成する。なお、本発明において、リン酸塩皮膜の厚さの上限は特に限定されるものではないが、化成処理との関係におけるリン酸塩皮膜の種類により規制される。たとえば、リン酸鉄皮膜の場合には2.0μm程度が、リン酸亜鉛皮膜の場合には5.0μm程度が、リン酸マンガン皮膜の場合には15μm程度が、それぞれ上限値となる。
【0031】
また、化成処理によるリン酸塩皮膜の形成については、皮膜質量あるいは色味によって規制することも可能であり、皮膜質量によって規制する場合、リン酸鉄皮膜では、0.2g/m
2〜1.2g/m
2の範囲、好ましくは、0.3g/m
2〜1.0g/m
2の範囲、さらに好ましくは、0.4g/m
2〜0.8g/m
2の範囲であり、リン酸亜鉛皮膜では、3g/m
2〜8g/m
2の範囲、好ましくは、3.5g/m
2〜7g/m
2の範囲、さらに好ましくは、4g/m
2〜6g/m
2の範囲であり、リン酸マンガン皮膜では、3g/m
2〜20g/m
2の範囲、好ましくは、3.5g/m
2〜15g/m
2の範囲、さらに好ましくは、4g/m
2〜10g/m
2の範囲である。一方、色味によって規制する場合には、リン酸塩皮膜の色味が青ないしは紫の範囲となるようにする。
【0032】
[ガス軟窒化処理]
本発明では、化成処理において、鋼部材の表面に化学反応によりリン酸塩皮膜を形成した状態で、この鋼部材に対して、無酸素状態かつ水素ガスによる還元雰囲気のガス窒化炉内で、ガス軟窒化処理を施す。このガス軟窒化処理により、鋼部材の表面にリン酸塩皮膜が存在する状態にも拘わらず、窒素がリン酸塩皮膜を含む鋼部材の表層部に、該リン酸塩皮膜がない状態と同様の深い位置まで浸透する。このメカニズムは、その解明はなされていないものの、以下のように推定される。
【0033】
すなわち、ガス軟窒化処理は水素ガスによる還元雰囲気で行われるため、鋼部材の表面に存在するリン酸が酸化されないために、鋼部材の表面がリン酸の酸化物で覆われることがなく、また、鋼部材を構成する鉄も酸化されず、酸化鉄が生成しないため、鋼部材の表面に鉄元素が露出している状態となる。リン酸塩皮膜には、その表面積に対して数パーセント程度のピンホールが存在し、このピンホールを通じて、アンモニアガスの分解による発生期の窒素元素と鋼部材の鉄元素との接触が妨げられず、内部鉄素地と発生期の窒素との反応が進行するものと考えられる。炉内が還元雰囲気であることから、リン酸が酸化されずに、たとえば、リン酸鉄皮膜の場合、リン酸がFe(H
2PO
4)
2の形態で存在し、ガス軟窒化処理の炉内温度において、窒化鉄の生成反応と、ポリリン酸の重合反応が同時に進行しているものと考えられる。
【0034】
本発明の軟窒化鋼部材の製造方法では、従来と同様のガス窒化炉を使用することができる。また、ガス軟窒化処理の条件としては、対象となる鋼部材の材質やガス軟窒化炉の性能に応じて適宜選択されるべきものであるが、窒素拡散層および窒素化合物層の厚さを所定の範囲に制御する観点から、以下のような条件で行うことが好ましい。
【0035】
すなわち、ガス軟窒化処理における処理温度は、500℃〜600℃の範囲とすることが好ましく、530℃〜590℃の範囲とすることがより好ましい。処理温度が500℃未満の場合には、十分な厚さを有する窒素拡散層および窒素化合物を形成することができない。一方、600℃を超える場合には、素材中に硬くて脆いオーステナイトが形成され、窒素拡散層および窒素化合物層が安定して形成されなくなる可能性がある。
【0036】
上記処理温度での保持時間は、好ましくは0.5時間〜4時間の範囲、より好ましくは1時間〜3時間の範囲とする。処理時間が0.5時間未満では、十分な厚さを有する窒素拡散層および窒素化合物層を形成することができない。一方、処理時間が4時間を超えても、窒素拡散層および窒素化合物層はそれ以上ほとんど成長しないため、生産性が悪化する。
【0037】
窒素供給源としては、窒化性ガスであるアンモニア(NH
3)ガスを使用することができる。一方、炭素供給源としては、浸炭性ガスであれば特に限定されることはなく、たとえば、メタノール(CH
3OH)などアルコールを含む炭化水素、あるいは、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO
2)などを使用することができる。特に、低コストで、効率的に、窒素拡散層および窒素化合物層を形成する観点から、NH
3とCH
3OHの混合ガスにより、窒素および炭素を供給することが好ましい。この場合、NH
3の流量を4.5m
3/h〜5.5m
3/hの範囲とし、CH
3OHの流量を0.03L/h〜0.10L/hの範囲とすることが好ましい。
【0038】
ガス窒化炉内の圧力は、一般的なガス軟窒化処理と同様に、大気圧よりも0.2kPa〜1.0kPa程度、通常は0.5kPa〜0.7kPa程度大きくなるように調整することが好ましい。また、ガス窒化炉内は、酸素濃度が3%未満の無酸素状態で、かつ、水素ガスによる還元雰囲気(水素雰囲気)とすることが好ましい。上述の通り、鋼部材の表面に存在するリン酸塩皮膜を構成するリン酸および鋼部材の表面における鉄元素の酸化を防止するとともに、リン酸塩皮膜におけるポリリン酸の重合反応などと考えられる所定の反応を進行させるためである。
【0039】
なお、本発明の軟窒化鋼部材の製造方法においても、ガス軟窒化処理において、窒化ポテンシャル(K
N)が制御される。窒化ポテンシャル(K
N)とは、反応に寄与する反応種の窒素ポテンシャルを意味し、K
N=P(NH
3)/P(H
2)
3/2(P(HN
3)はアンモニアの濃度(分圧)であり、P(H
2)
3/2は水素の濃度(分圧)である)で定義される。軟窒化鋼部材の耐食性を向上させるためには、ε相を形成させる必要があり、このε相を得るためには、適切な窒化ポテンシャルでの制御が必要とされるためである。具体的には、500℃〜600℃の範囲の処理温度では、500℃の場合にはK
Nが2以上、550℃の場合にはK
Nが1.3以上、580℃の場合にはK
Nが1.0以上、600℃の場合にはK
Nが0.7以上それぞれ必要とされる。
【0040】
[粗面化処理]
本発明のガス軟窒化処理方法を、ブレーキパッドを構成するプレッシャプレートの被接着面に適用する場合など、その表面に粗面化処理が必要とされる鋼部材に適用する場合には、任意的に、前記化成処理工程の前に、ブラスト処理、より具体的には、ウェットブラストあるいはドライブラストによる、粗面化工程を設けることができる。このようなブラスト処理による、鋼部材の表面の少なくとも一部を粗面化するとともに、この鋼部材の表面の少なくとも一部、特にプレッシャプレートの被接着面から、酸化皮膜などを除去して、その表面を清浄化および活性化させると同時に、この鋼部材の表面に、次述するような算術平均粗さRaおよび十点平均粗さRzを備える凹凸構造を備えた窒素化合物層(より具体的にはポーラス層)を形成することができる。
【0041】
ブラスト処理のうち、ドライブラストは、処理後にプレッシャプレートなどの鋼部材の表面を洗浄する必要がある。また、ドライブラストは大量の粉塵の発生を伴い、作業者の健康を守り、安全性を確保するためには、集塵設備の稼働が必須となる。さらに、ドライブラストは乾式の処理であり、酸化皮膜が除去された直後から表面の酸化が進行するため、酸化皮膜が存在しない状態で、ガス軟窒化処理をすること困難となる場合がある。これに対して、ウェットブラストは湿式の処理であるため、粗面化処理と同時に、処理面の洗浄を行うことができ、処理後の洗浄工程を省略することが可能である。また、粉塵の発生に起因する問題は存在せず、処理中に酸化が進行するということもない。このため、粗面化処理としては、ウェットブラストを採用することが好ましい。
【0042】
なお、ウェットブラストを行う際には、任意のウェットブラスト装置を使用することができるが、処理後の鋼部材の表面の粗さ分布を狭く管理するためには、平置き式のウェットブラスト装置を用いることが好ましい。
【0043】
本発明において、ブラスト処理の条件は、特に限定されることはないが、本発明をプレッシャプレートの被接着面など大きなせん断力が作用する鋼部材の表面に適用する場合には、具体的には、プレッシャプレートと摩擦材とを高い接着強度で接着するためには、ガス軟窒化処理後において、プレッシャプレートなどの鋼部材の表面の算術平均粗さRaを1.2μm〜8.0μmの範囲とし、かつ、十点平均粗さRzを3μm〜40μmの範囲とすることが好ましい。このため、ブラスト処理後かつガス軟窒化処理前において、プレッシャプレートなどの鋼部材の表面の算術平均粗さRaを、好ましくは0.5μm〜10μmの範囲、より好ましくは1.0μm〜7.0μmの範囲とし、かつ、十点平均粗さRzを、好ましくは3μm〜40μmの範囲、より好ましくは8μm〜37μmの範囲とする。なお、算術平均粗さRaおよび十点平均粗さRzは、表面粗さ測定機により測定することができる。
【0044】
鋼部材の表面の算術平均粗さRaおよび十点平均粗さRzを上記範囲に制御するための条件は、鋼部材の材質や大きさ、研磨材(投射材)の種類、ブラスト装置の性能などに応じて適宜選択される。
【0045】
なお、研磨材としては、球形粒子状のショットやビーズ、または、角のある非球形粒子状のグリッドなどから適宜選択することができる。ホワイトアルミナ、褐色アルミナ、黒色炭化ケイ素、緑色炭化ケイ素などのコランダムからなるグリッド、特に残留不純物の少ないホワイトアルミナを使用することが好ましい。研磨材としてグリッドを使用する場合、粒度(グリッド番号)が、#24〜#100の範囲、好ましくは#36〜#80の範囲、より好ましくは#46〜#60の範囲にあるものを使用する。
【0046】
また、研磨材を投射するためのエア圧は、0.1MPa〜0.5MPaの範囲、好ましくは0.2MPa〜0.45MPaの範囲、より好ましくは0.3MPa〜0.4MPaの範囲とする。さらに、ブラスト処理の処理時間は、ブラスト装置の能力ないしはノズルの形状などにより決定されるが、通常、1秒〜600秒の範囲、好ましくは1.5秒〜450秒の範囲、より好ましくは2秒〜300秒の範囲に設定すればよい。なお、通常の量産型のブラスト装置を用いた場合、1秒〜20秒程度の範囲で十分である。
【0047】
ウェットブラストにより粗面化処理をする場合には、グリッド濃度(スラリー濃度)を、5質量%〜30質量%の範囲、好ましくは10質量%〜25質量%の範囲、より好ましくは15質量%〜20質量%の範囲とする。この場合、処理液として、水道水、あるいは、トップアルクリーン(奥野製薬工業株式会社製)やケミクリーナ(日本シー・ビー・ケミカル株式会社製)などのアルカリ水溶液を使用する。この処理液の温度を、研磨材と混合した状態で、5℃〜90℃の範囲に、好ましくは20℃〜70℃の範囲に調整する。また、ウェットブラストによる処理後に鋼部材の表面を、その酸化を防止しつつ、乾燥する手段としては、真空乾燥、圧縮空気乾燥、熱風乾燥などを挙げることができる。また、乾燥工程の前後において、金属への腐食性が小さい炭化水素系洗浄液で表面に残存する水分を完全に除去することが好ましい。このような炭化水素系洗浄液としては、エタノール、オクタノール、イソプロピルアルコール(IPA)などのアルコール系混合物を挙げることができ、特に、水分除去効果が高く、高沸点のオクタノール系混合物を使用することが好ましい。
【0048】
(2)軟窒化鋼部材
図1に示すように、本発明の軟窒化鋼部材1aは、鋼部材1aの少なくとも一部に形成された窒素拡散層2と、窒素拡散層2の上に形成され、5μm〜30μmの範囲の鋼部材1aの表面からの厚さを有する、窒素化合物層3と、窒素化合物層3の最表部に形成され、3μm〜20μmの範囲の鋼部材1aの表面からの厚さを有する、ポーラス層4と、窒素化合物層3の最表部に形成され、0.05μm以上の鋼部材1aの表面からの厚さを有するリン酸塩皮膜5とを備え、リン酸塩皮膜5が、水素還元雰囲気において熱処理されており、その結果、リン酸塩皮膜5においてポリリン酸の重合反応などの所定の反応が生じていることを特徴とする。
【0049】
[窒素拡散層]
窒素拡散層は、ガス軟窒化処理の際に、母材である鋼部材中に、窒素が浸透して、窒素が過飽和に固溶することにより形成される層である。窒素拡散層の厚さは、10μm〜500μmの範囲、好ましくは20μm〜200μmの範囲となる。十分な防錆効果を得る観点から、窒素拡散層の厚さは20μm以上あることが好ましい。一方、その厚さが500μmを超えると、プレッシャプレートなど軟窒化鋼部材が適用される機械構成部品の寸法精度が悪化したり、窒素拡散層の形成に要する時間が長時間となって、生産性が悪化したりするおそれがある。
【0050】
なお、窒素拡散層とは、JIS G0562で定められている実用硬化層深さ(プラクティカル、ND−P)と同一であり、母材の硬さよりHV50高い硬さまでの深さを意味する。また、窒素拡散層の厚さは、300℃で焼戻し処理を行い、その際に、Fe
4N(γ′)の針状結晶が析出した部分の厚さを測定することにより求めることができる。
【0051】
[窒素化合物層]
窒素化合物層は、Fe
3Nなどから構成される層であり、優れた耐食性を有する。特に、本発明では、鋼部材の表面にリン酸塩皮膜が存在している状態でガス軟窒化処理を行っているにも拘わらず、鋼部材の表面に酸化皮膜が存在しない状態と同様に、窒素化合物層を厚く形成することができるため、その分、耐食性もより優れたものとなっている。
【0052】
窒素化合物層の厚さは、5μm〜30μmの範囲、好ましくは5μm〜25μm、より好ましくは7μm〜20μmの範囲である。窒素化合物層の厚さが5μm未満では、この窒素化合物層の最表部に形成される細孔が、窒素化合物層を貫通し、窒素拡散層まで達することがあるため、十分な耐食性を得ることができない可能性がある。一方、30μmを超えても、それ以上の効果が得られず、ガス軟窒化処理に要する時間が長時間となり、生産性が悪化する。なお、窒素化合物層の厚さは、鋼部材の断面をナイタール液により処理した後、この断面を光学顕微鏡で観察することにより測定することができる。
【0053】
[ポーラス層]
ポーラス層は、窒素化合物層の最表部に形成され、ガス軟窒処理により母材中に侵入した窒素原子が、母材内部で再結合し、窒素ガスとして放出される際に形成される無数の細孔からなる層である。本発明では、鋼部材の表面にリン酸塩皮膜が存在するものの、その影響を受けることなく、その表面に酸化皮膜が存在しない場合と同様に、酸化皮膜が存在する状態でガス軟窒化処理を行ったものと比べて、より多くの窒素を、より深い位置まで浸透させることができる。このため、より多くの細孔が、より深い位置まで形成されたポーラス層を形成することができる。なお、このようなポーラス層は、窒素化合物層の最表部に形成されるため、このポーラス層を構成する細孔が、窒素化合物層を貫通して、窒素拡散層まで到達することはなく、このポーラス層または細孔の存在によって、耐食性が低下することはない。
【0054】
ポーラス層は、ガス軟窒化処理による窒素化合物層の形成に伴って、窒素化合物層の最表部に形成されるものであり、ポーラス層の厚さは任意である。通常、5μm〜30μmの範囲の厚さの窒素化合物の形成に伴い、ポーラス層の厚さは3μm〜20μmの範囲となるが、好ましくは5μm〜15μmの範囲、より好ましくは7μm〜10μmの範囲に調整される。ポーラス層の厚さは、窒素化合物層の厚さと同様の方法により測定することができる。
【0055】
[リン酸塩皮膜]
本発明の軟窒化鋼部材では、窒素化合物層の最表部にリン酸塩皮膜が形成されている。リン酸塩皮膜は、窒素化合物層の形成に先立って、化成処理工程により鋼部材の表面に形成される。その後、ガス軟窒化処理工程において、窒素が、このリン酸塩皮膜の存在に拘わらず、鋼部材の内部に侵入して、窒素拡散層および窒素化合物層を形成する。したがって、リン酸塩皮膜は、鋼部材の表面にとどまって、軟窒化処理工程の後では、窒素化合物の最表部に存在する。かかるリン酸塩皮膜の存在により、窒素化合物層が厚く形成されることと相乗して、窒素化合物層の耐食性を向上させることができる。
【0056】
リン酸塩皮膜を構成するリン酸塩としては、リン酸鉄、リン酸亜鉛、およびリン酸マンガンのいずれでもよいが、軟窒化鋼部材との相性の観点から、このリン酸塩皮膜は、リン酸鉄により構成されることが好ましい。
【0057】
また、本発明では、リン酸塩皮膜は、リン酸塩処理後に、ガス軟窒化処理の工程において、ガス軟窒化処理炉内において、無酸素状態かつ水素による還元雰囲気において熱処理される。この結果、本発明のリン酸塩皮膜では、リン酸が酸化されることなく、リン酸塩皮膜を構成するリン酸が高分子化する、すなわち、ポリリン酸の重合反応などの所定の反応が生じているものと考えられる。より具体的には、推定ではあるが、本発明のリン酸塩皮膜は、ポリリン酸塩を含む、もしくはポリリン酸塩により全体が構成される点で、単にリン酸塩処理により形成されたリン酸塩皮膜とは相違するものと考えられる。
【0058】
このことは、
図5(A)および
図5(B)に示す、単にリン酸塩処理によりリン酸鉄皮膜が形成されている鋼部材に関して、その酸素の走査型X線光電子分光分析(XPS)によるナロースキャンスペクトルを示すグラフ、および、そのリンのXPSによるナロースキャンスペクトルを示すグラフにおいて、いずれも二リン酸のピークしか検出されないのに対して、
図3(A)および
図3(B)に示す、リン酸塩処理後に、無酸素状態かつ水素による還元雰囲気において熱処理されたリン酸鉄皮膜が形成された鋼部材に関して、その酸素のXPSによるナロースキャンスペクトルを示すグラフにおいて、二リン酸のピークのほかに、酸化鉄のピークが見られること、および、そのリンのXPSによるナロースキャンスペクトルを示すグラフにおいて、二リン酸のピークのほか、単独のリン(P)のピークが見られることから理解される。
【0059】
このように、本発明の軟窒化鋼部材では、窒素化合物層の最表部にリン酸塩皮膜が形成されていることのみならず、このリン酸塩皮膜からXPSにより、リン(P)と二リン酸などのメタリン酸化合物を含むリン酸化合物のピークが検出されることを特徴とする。リン(P)がリン酸化合物としてではなく、単独のリン(P)として検出されることから、本発明者らは、リン酸化合物が重合する、ポリリン酸の重合反応が進行したものと推定したものである。なお、ポリリン酸塩が存在する場合には、フィルム状の皮膜として存在すると考えられる。
【0060】
なお、走査型X線光電子分光分析(XPS)は、固体試料にX線を照射することにより、試料表面から数nmの深さの領域で放出される光電子のエネルギを分析、試料表面に存在する元素の組成や化学結合状態の測定を可能とするものである。
【0061】
現時点では、鋼部材の最表部(窒素化合物層を構成するポーラス層)に形成されていると考えられるポリリン酸の構造は不明であるが、たとえば、化成処理によりリン酸塩皮膜を形成しただけの場合と、化成処理後、リン酸塩皮膜にガス軟窒化処理工程において化学反応を生じさせた場合では、リン酸が高分子化していることなどに起因して、XPSにおいて単独のリン(P)のピークが検出されることが確認される。
【0062】
したがって、本発明の軟窒化鋼部材におけるリン酸塩皮膜と、たとえば、軟窒化処理を行った後に、その保護膜として形成されたリン酸塩皮膜とでは、その後に軟窒化鋼部材に熱処理がなされるといった特殊な事情がない限りにおいて、(1)XPSにより、リン(P)とリン酸化合物のピークが検出されるか否か、(2)軟窒化鋼部材の最表部(窒素化合物層を構成するポーラス層)にリンが、リン酸化合物の形態ではなく、単独で存在しているか否か、(3)軟窒化鋼部材の最表部にリンとリン酸塩化合物との皮膜が形成されているか否か、あるいは、(4)軟窒化鋼部材の最表部にポリリン酸塩が存在する(ポリリン酸塩を含む、もしくはポリリン酸塩により構成される)か否かのいずれかによって、明確に区別される。
【0063】
このように、本発明の無酸素状態かつ水素による還元雰囲気において熱処理されリン酸塩皮膜は、上述のような構成を備えると考えられるが、このような構成により、軟窒化鋼部材の表面の被覆による水、酸素のなどが遮断されるという効果が得られ、窒素化合物層の存在による耐食性をさらに向上させることができる。
【0064】
なお、リン酸塩皮膜の厚さは、その耐食性向上の効果との関係から、0.05μm以上、好ましくは、0.1μm以上、さらに好ましくは0.2μm以上である。なお、上述のように、リン酸塩皮膜の厚さの上限は、リン酸塩の種類と化成処理の条件により制約され、リン酸鉄皮膜の場合には2.0μm程度が、リン酸亜鉛皮膜の場合には5.0μm程度が、リン酸マンガン皮膜の場合には15μm程度が、それぞれ上限値となる。これらの上限値を超えて、リン酸塩皮膜を形成することは可能ではあるが、この場合には、接着剤との密着性の低下が生じたり、皮膜が厚くなりすぎて、内部に発生擦る欠陥(ヒビ)に起因して、皮膜剥がれが生じ、軟窒化鋼部材の表面において、鉄素地露出を招いたりするおそれがある。
【0065】
このリン酸塩皮膜の厚さは、高周波グロー放電発光分光分析(GDS)による深さ方向の元素分析によって測定することができる。
【0066】
[窒素化合物層の表面粗さ]
本発明の軟窒化鋼部材において、プレッシャプレートの被接着面など大きなせん断力が作用する鋼部材の表面を除いては、その表面粗さについては任意である。ただし、軟窒化鋼部材の表面に、優れた耐食性のみならず、十分なアンカー効果を奏することが要求される場合には、軟窒化処理工程において、必要とされる表面粗さとなるようにその条件を設定する、および/または粗面化処理を設けることによって、適切に窒素化合物層の表面粗さを調整する必要がある。
【0067】
この場合、窒素化合物層の表面粗さは、算術平均粗さRaで1.0μm〜8.0μmの範囲、好ましくは1.2μm〜6.5μmの範囲、より好ましくは1.5μm〜5.0μmの範囲とし、かつ、十点平均粗さRzで3μm〜40μmの範囲、好ましくは11μm〜35μmの範囲、より好ましくは12μm〜30μmの範囲とする。窒素化合物層の表面の平均粗さが、算術平均粗さRaで1.0μm未満、または、十点平均粗さRzで3μm未満の場合には、十分なアンカー効果が得られず、プレッシャプレートの用途などでは十分な耐食性および塗膜強度を得ることができない場合がある。一方、窒素化合物層の表面の平均粗さが、算術平均粗さRaで8.0μmを超え、または、十点平均粗さRzで40μmを超えると、凹凸構造の凸部が、塗料を塗布することにより形成される塗膜から突出し、同様に、十分な塗膜強度を得ることができない場合がある。
【0068】
なお、本発明の軟窒化鋼部材において、プレッシャプレートの被接着面など大きなせん断力が作用する鋼部材の表面については、ブラスト処理などによる粗面化処理が施されるが、この場合には、上述したように、鋼部材の表面の算術平均粗さRaを1.2μm〜8.0μmの範囲、好ましくは1.5μm〜6.5μmの範囲、より好ましくは1.7μm〜5.0μmの範囲とし、かつ、十点平均粗さRzを3μm〜40μmの範囲、好ましくは11μm〜35μmの範囲、より好ましくは12μm〜30μmの範囲とすることが好ましい。窒素化合物層の表面の平均粗さが、算術平均粗さRaで1.2μm未満、または、十点平均粗さRzで3μm未満の場合には、ブラスト処理による十分なアンカー効果が得られず、プレッシャプレートの用途などでは十分な接着強度を得ることができない場合がある。一方、窒素化合物層の表面の平均粗さが、算術平均粗さRaで8.0μmを超え、または、十点平均粗さRzで40μmを超えると、凹凸構造の凸部が、接着剤を塗布することにより形成される接着層から突出し、同様に、十分な接着強度を得ることができない場合がある。
【0069】
ブラスト処理が施されている場合、窒素化合物層の表層部のうち、最も突出した部分(最凸部)と最も凹んだ部分(最凹部)との高低差(垂直方向の距離)を、5μm〜50μmの範囲、好ましくは10μm〜30μmの範囲とすることが好ましい。最凸部と最凹部の高低差がこのような範囲にあることにより、窒素化合物層のポーラス層の作用と併せて、接着強度および耐食性を一層向上させることができる。
【0070】
[プレッシャプレート]
本発明が好適に適用可能な軟窒化鋼部材の用途としては、自動車用ディスクブレーキのブレーキパッドを構成するプレッシャプレートがある。プレッシャプレートは、摩擦材が接着され、アンカー効果がより重要となる被接着面と、被接着面以外で、塗装が施され、この塗装面を介して環境下に長期間にわたって晒され、耐食性がより重要となる被塗装面とにより構成される。本発明のガス軟窒化処理方法は、これらの被接着面および被塗装面のいずれにも適用可能である。
【0071】
特に、プレッシャプレートの被接着面としては、ブラスト処理により形成された凹凸構造の最表部に、ガス軟窒化処理により形成された無数の細孔からなるポーラス層とリン酸塩皮膜が存在する複雑な構造を採用し、プレッシャプレートと摩擦材との接着時に、これらの間に高いアンカー効果を作用させることが好ましい。
【0072】
本発明のプレッシャプレートを用いたブレーキパッドは、本発明のプレッシャプレートと、このプレッシャプレートの被接着面に接着剤を介して接着された摩擦材とから構成される。このため、本発明のブレーキパッドでは、プレッシャプレートの被接着面に、摩擦材を高い接着強度で強固に接着することが可能となる。また、このプレッシャプレートの表面は優れた耐食性を備えるため、被接着面では、錆の発生による接着強度の低下が効果的に防止されるとともに、被塗装面でも、長期間にわたって優れた耐食性が維持され、錆の発生や錆の発生による製品の美感の喪失といった問題の発生が防止される。
【実施例】
【0073】
以下、実施例を用いて、本発明をさらに詳細に説明する。
【0074】
(実施例1)
実施例および比較例においては、試料として、厚さ1.6mm、幅25mm、長さ100mmのSAPH400鋼板(自動車構造用熱間圧延鋼板)を用いた。
【0075】
この鋼板を、有機溶剤により脱脂し、乾燥した後、この鋼板を平置き式の手動ウェットブラスト装置(マコー株式会社製、ココット)に投入し、ホワイトアルミナ製のグリッド(グリッド番号:#60)とアルカリ洗浄液(日本シー・ビー・ケミカル株式会社製、ケミクリーナ576)とからなる、濃度が15体積%のスラリーを用いて、ウェットブラストを実施した。ブラスト処理後の鋼板の表面粗さを、表面粗さ測定機(株式会社小坂研究所製、サーフコーダーSE2300/DR−250X)により測定した結果、算術平均粗さRaは2.0μmであり、十点平均粗さRzは15μmであった。
【0076】
この鋼板を、1.0質量%のリン酸鉄含有処理溶液(ミリオン化学株式会社製、グランダーDH−40L)中に浸漬し、常温〜50℃の温度で、3分間程度の浸漬処理を行い、化成処理後の鋼板を乾燥させた。
【0077】
乾燥後、直ちに、この鋼板をガス軟窒化炉(株式会社不二越製、EQ−6S)に投入し、処理温度を570℃、この処理温度における保持時間を100分、窒化ポテンシャル(K
N)を1.6としてガス軟窒化処理を行った。このとき、窒素供給源として5.0m
3/hのアンモニアを、炭素供給源として0.05L/hのメタノールを使用した。
【0078】
ガス軟窒化処理終了後、鋼板を室温まで冷却した後、鋼板の表面粗さを同様に測定した結果、算術平均粗さRaは2.2μmであり、十点平均粗さRzは17μmであった。
【0079】
ガス軟窒化処理後の鋼板について、走査型X線光電子分光分析装置(アルバック・ファイ株式会社製、Quantera SXM、照射X線:単色化AlKα、X線出力25W、X線プロープ径:100μm)を用いて、ワイドスキャン測定(パスエネルギー:280eV)、およびナロースキャン測定(パスエネルギー:55eV)を行った。次に得られたデータについて、データ処理を、帯電補正:表面の炭素 C1s 284.eVの条件で行った。
【0080】
その結果、ナロースキャンスペクトルにおいて、酸素についてB.E.(O1s)=531.6eVのほかに、B.E.(O1s)=529.6eVのピークが観察され、また、リンについて、B.E.(P2p)=133.6eVのほか、B.E.(P2p)=128.8eVのピークが観察された。この結果から、リン酸鉄皮膜にポリリン酸(メタリン酸:P
2O
7−3)が含有されていることが確認された。
【0081】
次に、鋼板をエタノールと硝酸(3体積%)を混合して得られたナイタール液により処理した後、この鋼板の断面を光学顕微鏡で観察することにより、窒素化合物層の厚さ、およびポーラス層の厚さの厚さをそれぞれ測定した。また、マーカス型高周波グロー放電発表面分析(GDS)装置(株式会社堀場製作所製、GD−Profiler2)を用いたGDSにより、鋼板の表面から内部方向の元素分析を行って、リン酸鉄皮膜の厚さを測定した。その結果、窒素化合物層の厚さ、ポーラス層の厚さ、リン酸鉄皮膜の厚さは、それぞれ14μm、7μm、および0.8μmであった。GDSによる元素分析の測定結果を
図6に示す。
【0082】
さらに、マイクロビッカース硬さ試験機(旧株式会社明石製作所(現株式会社ミツトヨ)製、MVK−G1)を用いた硬度測定、および鋼板に対して300℃での焼戻し処理を施し、その際に、Fe
4N(γ′)の針状結晶が析出した部分の厚さの測定により、窒素拡散層の厚さを特定した。その結果、窒素拡散層の厚さは、300μmであった。
【0083】
次に、複合サイクル試験機(スガ試験機株式会社製、CYP−90)を用いて、鋼板に5質量%塩水の連続噴霧(温度35℃)を24時間継続する連続塩水噴霧試験を行い、0時間後(試験開始前)、6時間経過後、および24時間経過後のそれぞれについて、錆重量をそれぞれ測定した。その結果を表1に示す。
【0084】
(実施例2〜6)
軟窒化処理における処理温度を500℃、550℃、560℃、580℃、および、600℃としたこと以外は、実施例1と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。これらの化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。また、実施例4について、鋼板の断面を光学顕微鏡により観察して得られた表面近傍の断面を示す概略図を
図1に示す。さらに、実施例4について、XPSによるワイドスキャン測定およびナロースキャン測定(酸素とリン)により得られた鋼板のスペクトルグラフを、
図2、
図3(A)、および
図3(B)にそれぞれ示す。
【0085】
(実施例7)
リン酸鉄含有処理溶液の代わりに、3質量%のリン酸亜鉛含有処理溶液(日本パーカライジング株式会社製、パルボンドSX35)を用いて、常温〜50℃の温度で、6分間程度の浸漬処理を行ったこと以外は、実施例1と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。
【0086】
(実施例8)
ウェットブラスト処理を行うことなく、化成処理後の鋼板を乾燥させて、この鋼板にガス軟窒化処理を行ったこと以外は、実施例1と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。
【0087】
(実施例9)
ウェットブラスト処理を行うことなく、化成処理後の鋼板を乾燥させて、この鋼板にガス軟窒化処理を行ったこと以外は、実施例7と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。
【0088】
(実施例10)
浸漬処理の時間を1分間程度として、リン酸鉄皮膜の厚さを0.2μmとしたこと以外は、実施例1と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。
【0089】
(実施例11)
浸漬処理の時間を10分間程度として、リン酸鉄皮膜の厚さを1.4μmとしたこと以外は、実施例1と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。
【0090】
(比較例1)
化成処理を行うことなく、脱脂処理およびウェットブラスト処理の後に、鋼板にガス軟窒化処理を行ったこと以外は、実施例1と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。この比較例では、ガス軟窒化処理前に鋼板の表面に錆が発生し、ガス軟窒化処理の際にこの錆が還元されて発生した付着物が鋼板の表面に生成するという問題が生じた。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。
【0091】
(比較例2)
ウェットブラスト処理および化成処理を行うことなく、脱脂処理後に、鋼板にガス軟窒化処理を行ったこと以外は、実施例1と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。この比較例では、耐食性の観点では問題は生じなかったものの、接着性能の低下という問題が生じた。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。また、比較例2についてのGDSによる元素分析の測定結果を
図7に示す。
【0092】
(比較例3)
ウェットブラスト処理および化成処理を行うことなく、脱脂処理後に、ガス軟窒化処理に代替して、シアン濃度約20%、570℃の処理温度および100分の処理時間という条件で、塩浴軟窒化処理を行ったこと以外は、実施例1と同様にして、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。
【0093】
(比較例4)
脱脂処理後、ウェットブラスト処理を行うことなく、化成処理のみを行い、ガス軟窒化処理を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。また、また、比較例4について、鋼板の断面を光学顕微鏡により観察して得られた表面近傍の断面を示す概略図を
図9に示す。さらに、比較例4について、XPSによるワイドスキャン測定およびナロースキャン測定(酸素とリン)により得られた鋼板のスペクトルグラフを、
図4、
図5(A)、および
図5(B)にそれぞれ示す。さらに、比較例4についてのGDSによる元素分析の測定結果を
図8に示す。加えて、比較例4についてのGDSによる元素分析の測定結果を
図8に示す。
【0094】
(比較例5)
ウェットブラスト処理、化成処理およびガス軟窒化処理の何れの処理も行うことなく、脱脂処理後の鋼板について、塩水噴霧試験を行い、その評価を行った。その化成処理の条件、軟窒化処理の条件、および連続塩水噴霧試験の結果を、それぞれ表1に示す。
【0095】
(比較例6)
浸漬処理の時間を通常よりも過度に長く延長して、リン酸亜鉛皮膜の厚さを5.5μmとしたこと以外は、実施例7と同様に、軟窒化された鋼板を得て、その評価を行った。この比較例6では、耐食性の観点では問題は生じなかったものの、接着剤との密着性が低下して、接着性能が低下することが想定される。
【0096】
【表1】