(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
対物レンズと、電圧の印加によって光の制御を行なう光学素子と、前記対物レンズの前記光学素子の反対側に配置された被照射物と、前記対物レンズとの距離を制御する制御回路と、を有する光学装置であって、
前記制御回路は、あらかじめ測定した前記被照射物と前記対物レンズとの距離に対する前記光学素子への印加電圧値を複数記憶するメモリを備え、
前記メモリは、
複数の前記印加電圧値に基づいて、隣接する二つの前記印加電圧値の間を補完する2次以上の曲線近似式と、
複数の前記印加電圧値に基づいて、最小の距離に対する前記印加電圧値よりも小さい距離の範囲について、前記最小の距離に対する前記印加電圧値と前記最小の距離の次に小さい距離に対する前記印加電圧値とによる第1の一次近似式と、
複数の前記印加電圧値に基づいて、最大の距離に対する前記印加電圧値よりも大きい距離の範囲について、前記最大の距離に対する前記印加電圧値と前記最大の距離の次に大きい距離に対する前記印加電圧値とによる第2の一次近似式と、を有し、
前記制御回路は、前記被照射物と前記対物レンズとの距離に応じて、前記曲線近似式と前記第1の一次近似式と前記第2の一次近似式とから前記光学素子に印加する電圧値を算出する算出手段を有する
ことを特徴とする光学装置。
【背景技術】
【0002】
対物レンズを備えた光学装置において、対物レンズは、カバーガラス直下での結像性能が最も良くなるように設計されていることが多い。そのため、被照射物をカバーガラスの直下に置いて被照射物の深部を観察する場合、カバーガラス直下から被照射物の深部の観察位置までの距離に応じて、被照射物に照射する光に収差が発生し、解像度の低下が生じる。そこで、解像度の低下を防ぐために、被照射物に照射する光の収差を補正する光学装置が利用されている。
【0003】
上記光の収差を補正する手段として、電気的に制御される光学素子が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。
【0004】
特許文献1に記載の光学素子は、電圧を印加することで透過する光に位相分布を与えることができ、電圧を調整して光学装置に発生する収差の位相分布と逆極性の位相分布を作ることによって、発生した収差を打ち消すことができる。
ここで、光学素子を制御する電圧値は、発生する収差の位相分布と逆極性となるように観察位置の深さ方向に応じてその都度調整する必要がある。その調整は手動又は自動で行われるが、いずれの場合も測定条件(深さ)を変える毎に行うことは、非常に煩雑で時間がかかってしまう。特に、光学装置がレーザ顕微鏡であって被照射物が生体試料の場合、被照射物にレーザが照射され続ける時間が長くなると、生体試料そのものにダメージが加わったり、生体試料に付加した蛍光色素が退色してしまったりする問題がある。
【0005】
調整に要する時間を短くすることを目的として、例えば、特許文献2が知られている。特許文献2では、本測定(本観察)の前にあらかじめ深さ方向に対する実測値について間隔をあけて数点測定し、この測定によって得られた実測値の間は、2次以上の曲線近似式を用いて制御している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を用いて本発明の光学装置の具体的な実施形態を詳述する。
説明にあっては、実施形態において用いる図面は模式図とし、寸法や形状は実際の形状を正確に反映したものではなく、図面を見やすく、また、理解しやすくするため一部誇張しており、発明に直接関係しない一部の要素は省略している。
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る光学装置10の概略構成図である。光源1からの出射光は、コリメート光学系2により平行光に調整され、その平行光は光学素子5を透過した後、対物レンズ6によってステージ8の上に置かれた被照射物7上に集光される。
【0014】
被照射物7により反射又は散乱した光や被照射物により発生した蛍光等、被照射物の情報を含んだ反射光は、光路を逆にたどり、対物レンズ6、光学素子5を通過してビームス
プリッタ―3で反射され、第2の光学系であるコンフォーカル光学系9で再び共焦点ピンホール11上に集光される。そして、共焦点ピンホール11が、被照射物の観察位置以外からの光をカットするので、撮像素子12はS/N比の良好な画像を得ることができる。撮像素子12が捉えた画像は、入力配線13aを介して制御回路13に取り込まれる。
【0015】
焦点位置(深さ)ごとの画像を得るため、光学素子5と対物レンズ6とを一体で動かす駆動部4が設けられており、対物レンズ6と被照射物7との間の距離Zを任意に変えることができる。駆動部4の動作は、制御回路13が出力配線13bを介して制御する。また、駆動部4を複数設け、光学素子5と対物レンズ6とをそれぞれ別々に移動させるように制御してもよい。対物レンズ6と被照射物7との間の距離Zは、ステージ8を上下に動かすことで変えてもよい。
【0016】
ここで、対物レンズ6は、一般的に被照射物7がカバーガラス15の下に配置されると想定し、カバーガラス15の直下での結像性能が最も良くなるように設計されていることが多い。そのため、カバーガラス15直下から被照射物7の深部の観察位置までの距離に応じて、収差が発生する。さらに、カバーガラス15の製造誤差による厚さのずれ等による収差も発生し、それらの収差が結像性能の低下をもたらしている。
【0017】
光学素子5は、当該光学素子5に電圧を印加することにより透過する光を位相変調し、上述した収差の位相分布と逆極性の位相分布を与えることで、発生した収差を打ち消す。これにより光学装置10の収差補正を行うことができ、解像度の高い画像を取得することができる。光学素子5は、対物レンズの瞳位置に配置されることが好ましく、対物レンズの瞳面及びその共役面の何れにも配置できない場合、例えば対物レンズ6の光源側で、なるべく対物レンズ6の近傍に配置されることが好ましい。光学素子5の動作は、制御回路13が出力配線13cを介して制御する。光学素子5の詳細については後述する。
【0018】
次に被照射物7の深さにより発生する収差について、
図2を用いて詳細に説明する。
図2は
図1に示す対物レンズ6と被照射物7の模式図であり、被照射物7の深さにより発生する収差を模式的に示した図である。
図2(a)は収差が無いときの結像状態を示し、
図2(b)は収差が発生したときの結像状態を示す。
【0019】
図2(a)は、一様な屈折率の媒質(被照射物7の存在しない空気だけの状態とした)を観察する場合の光200を示している。光200はカバーガラス15の直下である被照射物7との境界面7aで収差なく一点に集光していることが示されている。これに対し
図2(b)は、被照射物7の内部を観察している場合の光210を示している。対物レンズ6に接している媒質(空気)と被照射物7の境界面7aにおいて、光210は屈折し、発生する収差により光210は一点に集光していない。このように被照射物7の表面ではなく被照射物7の内部を観察するときに収差が発生する。
【0020】
次に、上述したような収差を打ち消す位相分布を与える光学素子5について、
図3〜
図7を用いて詳細に説明する。以降では光学素子5として液晶素子を用いたものとして説明を行う。
図3は光学素子5の平面図であり、
図4は光学素子5の液晶の駆動を説明するための断面図であり、
図5は発生する収差の位相分布を示すグラフであり、
図6は光学素子5に形成される電極パターンと、当該電極パターンによって得られる位相分布を示すグラフであり、
図7は
図6の電極パターンの接続図である。
【0021】
図3は、光学素子5の構成を示す平面図である。光学素子5を構成する液晶素子30は、透明基板31、32によって液晶が挟持されており、シール部材33で、液晶が漏れないように周辺部が封止されている。
【0022】
透明基板31、32の互いに対向する側の面には、光軸を中心とする同心円状の透明な輪帯電極35が複数形成されて光変調領域34を成しており、この光変調領域34が透過する光の位相を変調する。ここで、
図3の輪帯電極35を示す円形の実線は、輪帯電極間の隙間を表している。なお、透明基板31、32の一方については、光変調領域34全体を覆うように透明電極が形成されていてもよい。
【0023】
光変調領域34は、対物レンズ6の瞳径に合わせて決定されたサイズを有する。そして、制御回路13が、透明な輪帯電極35に印加する電圧を制御することで、光学素子5を透過する光に所望の位相分布を与えることが出来る。
【0024】
制御回路13は、後述するようにプロセッサとメモリと、プロセッサからの駆動信号に応じて出力する電圧を変更可能な駆動回路とを有する。
【0025】
図4は、
図3の光学素子5の光変調領域34の一部における断面模式図を示している。光学素子5では、透明基板31、32間に液晶分子44が挟持されている。透明基板31、32の互いに対向する側の表面には透明電極43、43a、43bが形成されている。
図4では、右側半分の電極43aと電極43の間に電圧が印加された状態(電圧ON)が示され、左側半分の電極43bと電極43の間には電圧が印加されていない状態(電圧OFF)が示されている。
【0026】
液晶分子44は、細長い分子構造を持ち、ホモジニアス配向されている。すなわち、2枚の基板31、32に挟持された液晶分子44は、その長軸方向がお互いに平行となり、かつ、基板31、32の液晶層に接する面と平行に並んでいる。液晶分子44は、その長軸方向における屈折率と長軸と直交する方向における屈折率とが異なり、一般に、液晶分子44の長軸方向に平行な偏光成分(異常光線)に対する屈折率n
eは、液晶分子の短軸方向に平行な偏光成分(常光線)に対する屈折率n
oよりも高い。そのため、液晶分子44をホモジニアス配向させた光学素子5は、1軸性の複屈折素子として振舞う。
【0027】
液晶分子44は、誘電率異方性を持ち、一般に液晶分子長軸が電界方向に向く力が働く。つまり、
図4で示したように、液晶分子を挟持する2枚の基板31,32に設けられた電極間に電圧が印加されると、液晶分子の長軸方向は、2枚の基板に平行な状態から、電圧に応じて基板の表面に直交する方向に傾いてくる。そのため、液晶素子30の液晶層の厚さがdであると、液晶素子30の、電圧が印加された領域と印加されていない領域を通る光の間に、光路差Δnd(=n
φd―n
od)が生じる。ここで、n
o≦n
φ≦n
eである。そして、位相差は、2πΔnd/λとなる。λは、液晶層と透過する光の波長である。
【0028】
次に、光学素子5を透過する光に所望の位相分布を与える方法について、発生する収差の典型である3次球面収差を例として詳細に述べる。
図5は、3次球面収差の位相分布を表した位相分布曲線500を示している。ここで考えている収差は、点対称性の位相分布を持っており、位相分布の断面図を示している。縦軸は位相差の正の最大値を「1」として位相差を正規化した値を表し、横軸は光変調領域34の径の最大値を「1」として正規化した値を表す。すなわち、横軸における「0」の位置は、光軸上であることを表す。
【0029】
したがって、光学素子5が作るべき位相分布は、3次球面収差を表す位相分布曲線500の逆極性の位相分布である。
図6は輪帯電極35によって得られる位相分布を説明するための図であり、
図6(a)は、発生する収差の位相分布の逆位相と、光学素子5を透過することによって与えられる位相分布を示すグラフであり、
図6(b)は
図3の輪帯電極35部分のみを示したものであり、
図6(a)は
図6(b)の一点鎖線上の位相分布を示
している。ここで
図6(a)は、縦軸が位相であり、横軸が位置である。そして、横軸の中心は
図3に示す光変調領域34の中心に対応する。
【0030】
図6(a)に示すように、位相分布曲線510は
図5の位相分布曲線500の逆極性の位相分布であり、位相分布線520は輪帯電極群350によって与えられる位相分布である。
【0031】
次に、
図6と
図7を用いて、輪帯電極35の形状と電圧印加方法を説明する。まず、
図6(a)に示す位相分布曲線510を等位相間隔で分割する。等位相線と位相分布曲線510の交点を
図3に示す光変調領域34に投影した点を、隣り合う輪帯電極35間のスペースとして、輪帯電極35の形状を決める。得られた形状が輪帯電極群350である。
図6中の各輪帯電極35の外形線が輪帯電極間のスペースを示している。各輪帯電極35は引き出し電極を介して
図1の出力配線13cと接続され、制御回路13と電気的に接続している。
【0032】
このようにして決めた輪帯電極群350では、隣接する輪帯電極35間の電圧の差が同一ステップになるので、
図7の接続図に示すように、それぞれ隣接する輪帯電極35間を同一の電気抵抗を持つ抵抗体Rによって接続することで駆動が容易になる。
【0033】
図7は光学素子5がn個の輪帯電極35を有しており、それぞれの輪帯電極35をC1、C2、・・、Cm、・・、C(n−1)、Cnとする(
図6(b)では、n=9)。そして、隣接する輪帯電極35同士は抵抗体Rによって接続されている。中心の輪帯電極C1と最外周の輪帯電極Cnに同一の電圧VAを印加し、位相変調量が最大となる位置に対応する輪帯電極Cm(
図6(b)では、輪帯電極C5)に電圧VBを印加することによって、
図6(a)に示すような位相分布曲線510に近似する位相分布線520を形成することができる。
【0034】
以上の結果、光学素子5は、発生した収差である位相分布曲線500の逆極性に近い位相分布線520を発生することにより、発生した収差を打ち消すことができるので、光学装置10が取得する画像の解像度が低下しない。また、光学素子5の応答時間が短いので、発生した収差を短時間で補正でき、その結果、測定時間を短縮することが可能となる。
【0035】
次に、
図8を用いて、光学装置10の対物レンズ6と被照射物7との間の距離Zを変えて深さごとの画像を取得する動作について説明する。この測定によって得た複数の画像から3次元画像を生成することができるため、生体観察では非常に重要な測定である。
【0036】
まず、観察の前準備として予備測定のサンプリング動作を行う。
はじめに、被照射物7の内部の観察したい任意の深さ位置に焦点が合うように、対物レンズ6と被照射物7との間の距離Zを設定する。次に
図1に示す光学装置10の撮像素子12が捉えた像の明るさが最大となるように、手動で光学素子5に印加する印加電圧値(VA、VB)を決める。このとき、距離Zは固定したままであるが、光学素子5の制御に合わせて距離Zがずれる場合は、ずれ量を補正するように駆動部4を必要に応じて動作させてもよい。この測定によって決まった印加電圧値(VA、VB)は、制御回路13が持つメモリ14(
図1参照)に保存される。
この動作を被照射物7の内部の、観察予定の深さ範囲の中の複数点の距離に対して、同様の測定を行い、それぞれの距離Zで決めた印加電圧値をメモリ14に保存する。
【0037】
図8は、対物レンズ6と被照射物7との間の距離Zと各距離Zにおける印加電圧値を示すグラフであり、
図8に示す測定点P1〜P6は、上述したサンプリング動作で得られた任意の距離Zのときの光学素子に印加する最適な印加電圧値を示しており、測定点P1は
距離Z1における最適な印加電圧値V1を、測定点P2は距離Z2における最適な印加電圧値V2を、測定点P3は距離Z3における最適な印加電圧値V3を、測定点P4は距離Z4における最適な印加電圧値V4を、測定点P5は距離Z5における最適な印加電圧値V5を、測定点P6は距離Z6における最適な印加電圧値V6をそれぞれ示す。
【0038】
図8において距離Z1のときは被照射物7の内部の深い位置を測定し、距離Z6のときは被照射物7の内部の浅い位置を測定したことを意味する。
【0039】
あらかじめ測定をして印加電圧値を得た測定点P1〜P6における距離Z1〜Z6の範囲L2においては、たとえば印加電圧値V1〜V6を用いた曲線近似式72を求めて、メモリ14に保存する。範囲L2においては、2次以上の曲線近似式72を用いることで信頼性の高い収差補正を行うことができる。
【0040】
しかし、範囲L2以外の範囲であって、距離Z1よりも距離が小さい(つまり、被照射物7のカバーガラス15側を基準として観察深さが深い)範囲L1や距離Z5よりも大きい(つまり、被照射物7のカバーガラス15側を基準として観察深さが浅い)範囲L3に上述した曲線近似式72をあてはめると、印加電圧値は
図8の曲線81や83のように大きくずれてしまう。したがって、この曲線近似式72を適用すると正確な収差補正ができない。
【0041】
そこで、範囲L1にある距離Zにおける印加電圧値Vについては、最小の距離Z1である測定点P1の印加電圧V1と、測定点P1に隣接した、すなわち、測定点P1の次に小さい距離Z2の測定点P2の印加電圧値V2とから作成した第1の一次近似式71を用いる。当該第1の一次近似式71はメモリ14に保存され、光学装置10の距離Zが範囲L1である場合には、この第1の一次近似式71に従って収差補正を行う。第1の一次近似式71は次の式(1)の通りである。
V=(V2−V1)/(Z2−Z1)×(Z−Z1)+V1 ・・・(1)
【0042】
範囲L1においては、上記式(1)を用いることで、発生する収差の位相分布と光学素子5による位相分布との誤差を少なくすることができる。
【0043】
また、範囲L3にある距離Zにおける印加電圧値Vについては、最大の距離Z6である測定点P6の印加電圧値V6と、測定点P6に隣接した、すなわち、測定点P6の次に大きい距離Z5の測定点P5の印加電圧値V5とから作成した第2の一次近似式73を用いる。当該第2の一次近似式73はメモリ14に保存され、光学装置10の距離Zが範囲L3である場合には、この第2の一次近似式73に従って収差補正を行う。第2の一次近似式73は次の式(2)の通りである。
V=(V6−V5)/(Z6−Z5)×(Z−Z6)+V6 ・・・(2)
【0044】
範囲L3においては、上記式(2)を用いることで、発生する収差の位相分布と光学素子5による位相分布との誤差を少なくすることができる。
【0045】
制御回路13は、駆動部4を制御して距離Zを設定し、制御回路13の算出手段16(
図1参照)は、距離Zに応じてメモリに保存された第1の一次近似式71、曲線近似式72、第2の一次近似式73から適切な近似式を選択して、最適な印加電圧値を求めて、光学素子5にその印加電圧値を印加する。これにより、観察範囲の全範囲にわたって生じる収差の位相分布と光学素子5による位相分布との誤差を少なくすることができ、撮像素子12は解像度の高い画像を取得することができる。
【0046】
以上、説明したとおり、実測した測定点の範囲については曲線近似式72を、実測した
測定点以外の範囲については上述した第1の一次近似式71及び第2の一次近似式73を用いて収差補正を行うことにより、実測値を持つ範囲L2に加えて、実測値を持たない、範囲L1および範囲L3でも正確な収差補正ができ、発生した収差による解像度の低下が無い画像を短時間で得ることができる。
【0047】
なお、光源はコヒーレントで直線偏波であるレーザが好ましい。光源にランプを用いるときは、偏光子を光路上に配設するとよい。