特許第6578146号(P6578146)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6578146
(24)【登録日】2019年8月30日
(45)【発行日】2019年9月18日
(54)【発明の名称】スリップ制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20190909BHJP
   B60T 8/1761 20060101ALI20190909BHJP
   B60L 9/18 20060101ALI20190909BHJP
   B60T 8/1755 20060101ALN20190909BHJP
【FI】
   B60L15/20 Y
   B60T8/1761
   B60L15/20 S
   B60L9/18 P
   !B60T8/1755 Z
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-138442(P2015-138442)
(22)【出願日】2015年7月10日
(65)【公開番号】特開2017-22870(P2017-22870A)
(43)【公開日】2017年1月26日
【審査請求日】2018年6月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086793
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅士
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(72)【発明者】
【氏名】水貝 智洋
(72)【発明者】
【氏名】平田 淳一
【審査官】 橋本 敏行
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−058555(JP,A)
【文献】 特開平03−217335(JP,A)
【文献】 特開平05−319057(JP,A)
【文献】 特開2005−351165(JP,A)
【文献】 国際公開第2015/072384(WO,A1)
【文献】 特開平08−207607(JP,A)
【文献】 特開2004−155412(JP,A)
【文献】 特開2011−061946(JP,A)
【文献】 米国特許第05168950(US,A)
【文献】 中国特許出願公開第103189729(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L1/00−3/12
7/00−13/00
15/00−58/40
B60T7/12−8/1769
8/32−8/96
B60W10/00−10/30
30/00−50/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪回転速度と車速を用いてスリップ率を算出するスリップ率演算手段と、この算出されたスリップ率の大きさがスリップ率制限値の大きさを超えないようにスリップ率制御を行なうスリップ率制御手段と、前記スリップ率制限値の大きさを変更可能なスリップ率制限値変更手段とを備えたスリップ制御装置であって、
車体のピッチング振動を検出するピッチング振動検出手段を設け、前記スリップ率制限値変更手段は、1輪以上の車輪につき前記スリップ率制御手段によるスリップ率制御が実行されているときに前記ピッチング振動検出手段により車体のピッチング振動を検出した場合に、スリップ率制御が実行されている車輪の内の少なくとも1輪以上の、加速時は前輪、減速時は後輪のスリップ率制限値の絶対値を低下させ、前記スリップ率制限値変更手段は、アクセル操作手段またはブレーキ操作手段の操作量の減少に応じて、低下したスリップ率制限値の絶対値を徐々に上昇させ所定の値に戻すことを特徴とするスリップ制御装置
【請求項2】
請求項に記載のスリップ制御装置において、前後加速度検出手段により検出された車体の前後加速度の信号につき、車体のピッチング固有振動数付近の周波数成分を通過させる特性を有するバンドパスフィルタを設け、前記ピッチング振動検出手段は、前記バンドパスフィルタでフィルタ処理された前後加速度からピッチング振動の発生有無を判定するスリップ制御装置。
【請求項3】
請求項に記載のスリップ制御装置おいて、前記スリップ率制限値変更手段は、前記バンドパスフィルタでフィルタ処理された前後加速度の振幅の低減に応じて、低下したスリップ率制限値の絶対値を徐々に上昇させ所定の値に戻すスリップ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両のタイヤスリップを抑制し、かつ車両姿勢の安定性を確保するためのスリップ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車体の加速時または減速時に車輪がスピンまたはロックするのを防止するスリップ制御装置が公知である。また、加速時または減速時には車体の前後が上下に逆位相で振動するピッチング振動が発生する場合が有り、ピッチング振動を抑制、またはピッチング振動のスリップ率制御への影響を低減するスリップ制御装置が提案されている。(例えば,特許文献1,2)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−20323
【特許文献2】特開平2013−225975
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
車両が加速する際には、車両が前上がりになるいわゆるスクウォートが生じるが、その加速時にタイヤがスリップしトラクション制御により駆動トルクが緩められると、スクウォート解消方向への力が車体に作用する。その結果、車体の前後が上下に逆位相で振動するピッチング振動が発生し、乗り心地が悪化するという問題がある。
また、減速する際には、車両が前下がりになるいわゆるノーズダイブが生じるが、その減速時にタイヤがスリップしアンチロックブレーキ制御により制動トルクが緩められると、ノーズダイブ解消方向への力が車体に作用し、車両がピッチング振動し、やはり乗り心地が悪化するという問題がある。
いずれの場合にも、車体のピッチング振動により各車輪にかかる荷重が変化し、スリップ率及び制駆動トルクの波形にピッチング振動周波数成分が含まれてしまい、ピッチング振動が持続する場合がある。
【0005】
特許文献1では、アンチロックブレーキ制御手段による制御開始から所定期間の間のブレーキ液圧を、その所定期間に後続する期間に比較して、ロック浅めに(ブレーキ液圧を減圧気味に)補正している。これにより、制動に伴うノーズダイブが発生し始めても、ノーズダイブが緩和され、車両のピッチング運動も抑制され、乗り心地が低下するのを防止できる。しかし、ピッチング振動の発生有無に関わらず制動力が緩められるため、制動性能が低下する。
【0006】
特許文献2では、バンドエリミネイトフィルタを用いて、スリップ率および駆動トルクに含まれる車体のピッチング振動周波数成分を除去している。これにより、ピッチング振動周波数成分が、車輪のスリップ制御に及ぼす影響を低減できる。しかし、フィードバック制御に用いる物理量をフィルタ処理しているため、フィルタにより遅れが生じ、制御精度が悪化したり、システムを不安定にしたりする可能性がある。
【0007】
この発明の目的は、加速または減速する際などに発生するタイヤスリップを抑制するとともに、車体のピッチング振動も抑制することができるスリップ制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前提構成のスリップ制御装置12は、車輪回転速度と車速を用いてスリップ率を算出するスリップ率演算手段16と、この算出されたスリップ率の大きさがスリップ率制限値の大きさを超えないようにスリップ率制御を行なうスリップ率制御手段17と、前記スリップ率制限値の大きさを変更可能なスリップ率制限値変更手段18とを備えたスリップ制御装置であって、
車体のピッチング振動を検出するピッチング振動検出手段19を設け、前記スリップ率制限値変更手段18は、1輪以上の車輪につき前記スリップ率制御手段17によるスリップ率制御が実行されているときに前記ピッチング振動検出手段19により車体のピッチング振動を検出した場合に、スリップ率制御が実行されている車輪の内の少なくとも1輪以上の、加速時は前輪2、減速時は後輪3のスリップ率制限値の絶対値を低下させることを特徴とする。
【0009】
この構成によると、スリップ率演算手段16と、スリップ率の大きさがスリップ率制限値の大きさを超えないように制御するスリップ率制御手段17とを備えるため、加速または減速する際などに発生するタイヤスリップを抑制することができる。
また、スリップ率制限値変更手段18を設け、スリップ率制御の実行中に車体のピッチング振動を検出した場合に、スリップ率制御が行われている車輪の内の少なくとも1輪以上の車輪のスリップ率制限値の大きさを低下させるようにしたため、車体のピッチング振動も抑制することができる。
【0010】
このように、加速時または減速時等にスリップ制御が作動し、ピッチング振動が発生した場合にも、ピッチング振動を低減することができる。
また、ピッチング振動が検出されない場合は、最大の前後力が発生可能なスリップ率に制御されるので、最大の加速または減速性能を発揮することができる。
ピッチング振動が検出され、ピッチング振動抑制モードに移行した場合にも、ピッチング振動が発生している期間のみスリップ率を低下させその後は所定の値へ戻すようにすれば、加速または減速性能が殆ど低下することもない。
【0011】
速時には、前輪の荷重が減少するため前輪のスリップ率が振動的になり易く、減速時には後輪の荷重が減少するため後輪のスリップ率が振動的になりやすい。よって、加速時は前輪、減速時は後輪のスリップ率制限値の絶対値を低下させることで、効果的にピッチング振動を抑制できる。
【0012】
この発明において、前後加速度検出手段14により検出された車体の前後加速度の信号につき、車体のピッチング固有振動数付近の周波数成分を通過させる特性を有するバンドパスフィルタ20を設け、前記ピッチング振動検出手段19は、前記バンドパスフィルタ20でフィルタ処理された前後加速度からピッチング振動の発生有無を判定するようにしても良い。
車体のピッチング固有振動数付近の周波数成分によってピッチング振動の発生有無を判定するので、各種の振動の中からピッチング振動を抽出でき、ピッチング振動の発生有無の判定を、精度良くかつ簡単に行うことができる。
【0013】
この場合に、前記スリップ率制限値変更手段18は、前記バンドパスフィルタ20でフィルタ処理された前後加速度の振幅の低減に応じて、低下したスリップ率制限値の絶対値を徐々に上昇させ所定の値に戻すようにしても良い。
ピッチング振動の低減に伴い、スリップ率制限値の大きさを徐々に上昇させることで、再びピッチング振動が発生することなくスリップ率制限値を所定の値へ戻すことができ、発生し得る最大の制動または駆動力を再び発生できる。前記「所定の値」は、設計により任意に定められる。
【0014】
この発明のスリップ制御装置12は、前記前提構成において、前記スリップ率制限値変更手段18は、アクセル操作手段13aまたはブレーキ操作手段13bの操作量の減少に応じて、低下したスリップ率制限値の絶対値を徐々に上昇させ所定の値に戻す。
アクセル操作量の減少に応じてスリップ率制限値の大きさを徐々に上昇させ基準スリップ率制限値の値に戻すことで、再びピッチング振動が発生することなく、制駆動力を回復させることができる。前記「所定の値」は、設計により任意に定められる。
【発明の効果】
【0015】
この発明のスリップ制御装置は、車輪回転速度と車速を用いてスリップ率を算出するスリップ率演算手段と、この算出されたスリップ率の大きさがスリップ率制限値の大きさを超えないようにスリップ率制御を行なうスリップ率制御手段と、前記スリップ率制限値の大きさを変更可能なスリップ率制限値変更手段とを備えたスリップ制御装置において、車体のピッチング振動を検出するピッチング振動検出手段を設け、前記スリップ率制限値変更手段は、1輪以上の車輪につき前記スリップ率制御手段によるスリップ率制御が実行されているときに前記ピッチング振動検出手段により車体のピッチング振動を検出した場合に、スリップ率制御が実行されている車輪の内少なくとも1輪以上の、加速時は前輪、減速時は後輪のスリップ率制限値の絶対値を低下させ、前記スリップ率制限値変更手段は、アクセル操作手段またはブレーキ操作手段の操作量の減少に応じて、低下したスリップ率制限値の絶対値を徐々に上昇させ所定の値に戻すため、加速または減速する際などに発生するタイヤスリップを抑制するとともに、車体のピッチング振動も抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】この発明の第1の実施形態に係るスリップ制御装置を搭載した車両の概略説明図である。
図2】同スリップ制御装置の概念構成のブロック図である。
図3】同スリップ制御装置におけるスリップ率制限値の変更例の説明図である。
図4】低μ路で急加速をした場合の動作説明を、同実施形態の制御を行った場合と行わない場合とを比較して示す説明図である。
図5】この発明の他の実施形態に係るスリップ制御装置を適用する車両の概略説明図である。
図6】前記他の実施形態に係るスリップ制御装置の概念構成のブロック図である。
図7】インホイールモータ駆動装置の一例の概略構成の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
この発明の第1の実施形態を、図1図4図7と共に説明する。この実施形態は、4輪にインホイールモータ駆動装置を備える電気自動車に適用した例である。
図1において、車両1の前輪となる車輪2,2および後輪となる車輪3,3にインホイールモータ駆動装置IWMが設けられている。インホイールモータ駆動装置IWMは、例えば図7に示すように、モータ4、減速機6、および車輪用軸受7を有し、これらの一部または全体が、前記車輪2,3内に配置される。モータ4の回転は、減速機6および車輪用軸受7を介して車輪2,3に伝達される。車輪用軸受7のハブ輪7aのフランジ部には摩擦ブレーキ8を構成するブレーキロータ8aが固定され、同ブレーキロータ8aは車輪2,3と一体に回転する。モータ4は、例えば、ロータ4aのコア部に永久磁石が内蔵された埋込磁石型同期モータである。このモータ4は、ハウジング4cに固定したステータ4bと、回転出力軸9に取り付けたロータ4aとの間にラジアルギャップを設けたモータである。各インホイールモータ駆動装置IWMは、車輪2,3の車輪回転速度を検出する車輪速センサ5を内蔵している。
【0018】
図1において、車両1には、4輪の各インホイールモータ駆動装置IWMを制御するインバータ装置11と、上位コントローラ10とを備える。上位コントローラ10は、例えば、車両1の全体の協調制御、統括制御等を行うECU(電気制御ユニット)等であり、アクセル操作手段13aおよびブレーキ操作手段13baの操作量の検出値に基づき、適切な制駆動トルクを演算し、各インバータ装置11へ分配する制駆動力分配手段10aを備える。前記アクセル操作手段13aおよびブレーキ操作手段13bは、それぞれアクセルペダルおよびブレーキぺダル等であり、そのストローク量、踏み込み量が前記操作量となる。制駆動力分配手段10aは、この他に姿勢制御等のために、他のセンサの検出値を加味して制駆動トルクを演算するものであっても良い。図1では、前記アクセル操作手段13aおよびブレーキ操作手段13bの操作量を検出するセンサと前記他のセンサとを総称して各種センサ13と称して一つのブロックで示している。
【0019】
スリップ制御装置12は、各車輪2,3のスリップを制御する装置であり、前記上位コントローラ10とは別の、または前記上位コントローラ10の一部として設けられる。スリップ制御装置12には、車両1の前後加速度を計測する前後加速度センサ14と車速を検出する車速検出手段15とが検出した前後加速度および車速の検出値が入力される。車速検出手段15は、各車輪2,3の回転速度を前記車輪速センサ5(図7参照)でそれぞれ検出し、それらの中で減速時には最も高い、加速時には最も低い速度を車体の速度とする方法や、車輪回転速度の加速度の積分による方法、前記2者を組み合わせた方法などで車速を検出する。なお、前記車速検出手段15は、モータ4(図7参照)の回転を検出するセンサ(図示せず)の出力から車輪2,3の車輪回転速度を検出するものであっても良い。
【0020】
図2は、スリップ制御装置12の制御ブロック図である。スリップ制御装置12は、スリップ率演算手段16、スリップ率制御手段17、およびスリップ率制限値変更手段18を備え、さらにピッチング振動検出手段19、バンドパスフィルタ20を備える。
【0021】
上位コントローラ10から出力される各車輪2,3のトルク指令値は、前述のように、アクセルペダルのストローク量またはブレーキペダルの踏力等から算出される駆動トルクまたは制動トルクの指令値である。制動トルクは負の値となる。
【0022】
前記スリップ率演算手段16は、車輪回転速度ωと車速Vとから、次式により各輪のスリップ率λ(λ,λ,λ,λ)を算出する。
【数1】

ここで、rはタイヤ半径である。スリップ率λはタイヤの滑り度合いを表しており、グリップ状態ではλ=0、ロック時はλ>0であり、ホイルスピン時(空転)はλ<0とする。
【0023】
前記スリップ率制御手段17は、各車輪2,3のスリップ率演算手段16で演算されたスリップ率を監視し、いずれかの車輪のスリップ率の大きさがスリップ率制限値λ(上限値(<0))、または下限値(<0)を超えた場合、その超えた車輪につき、スリップ率制限値内(下限値以上かつ上限値以下)になるよう前記車輪の制動トルクまたは駆動トルクを制御する(スリップ率制御)。具体的には、いずれかの車輪のスリップ率の大きさがスリップ率制限値λを超えた場合、スリップ率λとスリップ率制限値λとの偏差に基づくPID演算を制御器21で行い、PID演算値KPID1,KPID2,KPID3,KPID4を得る。
【0024】
【数2】
ここで、K,K,Kは、それぞれ比例演算,積分演算,微分演算のゲイン定数である。
【0025】
前記スリップ率演算手段16は、各車輪2,3に、トルク指令値にPID演算値(KPID1,KPID2,KPID3,KPID4)を足して、トルク指令出力値T〜Tを算出する。トルク指令値T(T〜T)が負の場合、すなわち回生ブレーキをかけている場合は、そのブレーキ力を緩め、トルク指令出力値T(T〜T)が正の場合は駆動トルクを緩める。これにより、スリップ率λがスリップ率制限値λであるスリップ率上限値以下(または下限値以上)になるよう前記車輪の制駆動トルク(制動トルクまたは駆動トルク)が制御され、車輪のロックまたはスピンを抑制できる。
【0026】
前記ピッチング振動検出手段19は、車体のピッチング振動を検出する。この場合に、前後加速度センサ14の出力信号にバンドパスフィルタ20を通して、ピッチング振動周波数成分を抽出する。ここで、バンドパスフィルタ20は、車体のピッチング固有振動数を通過帯域として持つように設計する。ピッチング振動検出手段19は、そのフィルタ処理された前後加速度から、ピッチング振動を検出する。すなわち、ピッチング振動状態にあるか否かを判断する。例えば、前後加速度が0を中心に所定の閾値以上の振幅で所定の回数以上変動した場合に、ピッチング振動状態にあると判定する。
【0027】
スリップ率制限値変更手段18は、1輪以上の車輪につき前記スリップ率制御手段17によるスリップ率制御が実行されているときに、前記ピッチング振動検出手段19により車体のピッチング振動を検出した場合、スリップ率制御が実行されている車輪の内の少なくとも1輪以上の車輪のスリップ率制限値(絶対値)の大きさを低下させる。
この場合に、加速時にはスリップ率制御が実行されている車輪のスリップ率下限値を予め定められた基準スリップ率制限値−λ(<0)より上昇(下限値の大きさは減少) させ、減速時にはスリップ率制御が実行されている車輪のスリップ率上限値を予め定められた基準スリップ率制限値λ(<0)より低下させる(この制御を「ピッチング振動抑制モード」と称する場合がある)。
【0028】
加速時には、前輪の荷重が減少するため前輪のスリップ率が振動的になりやすく、減速時には後輪の荷重が減少するため後輪のスリップ率が振動的になりやすい。よって、加速時は前輪、減速時は後輪のスリップ率制限値の絶対値を低下させることで、効果的にピッチング振動を抑制できる。
なお、荷重が増加する車輪(加速時は後輪、減速時は前輪) のスリップ率制限値は変更しないので、加速・減速性能も殆ど低下しない。一般的に車輪のスリップ率が大きくなると発生可能な前後力は飽和するため、前後力がおおよそ飽和するスリップ率を前記基準スリップ率制限値λとして設定する。
【0029】
その後、後述のように、前後加速度の振幅の減少に応じて、スリップ率制限値の絶対値を徐々に上昇( 下限値を低下、または上限値を上昇) させ基準スリップ率制限値の値へ戻す。
【0030】
スリップ率制限値(絶対値)の大きさが低下すると、実スリップ率の大きさも低下し、実スリップ率に含まれるピッチング振動周波数成分の大きさも低下する。これにより、制駆動トルクに含まれるピッチング振動周波数成分の大きさも低下し、ピッチング振動が低減する。
4輪ともスリップ率制御が実行されている場合、スリップ率制限値変更手段18は、加速時には前輪のみ、減速時には後輪のみのスリップ率制限値(絶対値)の大きさを低下させる。加速時には前輪、減速時には後輪の荷重が減少し、ピッチング振動による荷重変動によってスリップ率が影響を受けやすいため、効果的にピッチング振動を低減できると同時に、荷重が増加する車輪(加速時には後輪,減速時には前輪)のスリップ率は低下させないため、加速または減速性能の低下を抑えることができる。
【0031】
スリップ率制限値変更手段18は、バンドパスフィルタ20でフィルタ処理された前後加速度の振幅の低減に応じて、スリップ率制限値(絶対値)の大きさを徐々に上昇(下限値を低下、または上限値を上昇)させ、基準スリップ率制限値の値に戻す。または、アクセルまたはブレーキの踏込量(操作量)の減少に応じて、スリップ率制限値(絶対値)の大きさを徐々に上昇させ基準スリップ率制限値の値に戻す。これにより、再びピッチング振動が発生することなく、制駆動力を回復させることができる。
【0032】
上記の制御により、車体のピッチング振動が検出された場合には、スリップ率制限値(絶対値)の大きさが低下し、スリップ制御により実スリップ率の大きさも低下するので、スリップ率に含まれるピッチング振動周波数成分の振幅が低減する。これにより制駆動トルクに含まれるピッチング振動周波数成分の振幅も低減し、ピッチング振動が低減する。ピッチング振動の低減に伴い、スリップ率制限値(絶対値)の大きさを徐々に上昇させるので、再びピッチング振動が発生することなく所定の値へ戻すことができ、発生し得る最大の制動または駆動力を再び発生できる。
車体のピッチング振動が検出されない場合は、ピッチング振動抑制モードには移行しないので、加速または減速性能が低下することがない。ピッチング振動が検出され、ピッチング振動抑制モードに移行した場合にも、ピッチング振動が発生している期間のみスリップ率を低下させその後は所定の値へ戻すので、加速または減速性能が殆ど低下することもない。
【0033】
図3にスリップ率制限値の変更例を示す。ピッチング振動が検出されない場合は、基準スリップ率制限値、すなわち最大の前後力が発生可能なスリップ率に制御されるので、最大の加速または減速性能を発揮することができる。ピッチング振動が検出され、ピッチング振動抑制モードに移行した場合にも、ピッチング振動が発生している期間のみ、スリップ率を低下させ、その後は所定の値へ戻すので,加速または減速性能が殆ど低下することがない。
【0034】
低μ路で停車から急加速をした場合の、この実施形態の制御(「本制御」と称する)の動作例を図4に示す。本制御の適用がない場合、加速開始後から前後加速度が大きく振動し、ピッチング振動が発生している。本制御を適用した場合、加速開始直後はピッチング振動が発生するが、ピッチング振動を検出してスリップ率下限値を上昇させることにより、前後加速度の振動の振幅が低減し、ピッチング振動を抑制している。
【0035】
なお、上記実施形態では、4輪にインホイールモータ駆動装置IWMを備える電気自動車を用いて説明したが,各輪独立に制動力または駆動力を制御可能な車両であれば、他の形態でも本制御法を適用できる。
【0036】
例えば、減速時の制御については、各輪に摩擦ブレーキ8を搭載した車両(図5図6)にも適用可能である。この場合は、スリップ制御装置12で算出した制動力指令値を各輪の油圧制御装置31へ送る。各車輪の油圧制御装置31は、受信した制動力指令値の制動力を発生するよう各輪独立に摩擦ブレーキ8を制御する。なお、図5図6の実施形態において、特に説明する事項の他は、図1図4と共に前述した第1の実施形態と同様である。
【0037】
図5では、各輪個別に計4つの油圧制御装置31を記載しているが、1つの油圧制御装置内に4輪分の油圧回路を備え、バルブ等を用いて各輪の油圧を制御する構成でも良い。また,インホイールモータ駆動装置IWMを搭載した車両において、減速時にインホイールモータ駆動装置IWMによる回生ブレーキと摩擦ブレーキ8を併用する場合には、インホイールモータ駆動装置と摩擦ブレーキを協調制御し、スリップ率を制御しても良い。また,左右独立に駆動トルクを制御できる前輪駆動車でも,駆動時に本制御を適用することができる.
【0038】
以上、実施形態に基づいてこの発明を実施するための形態を説明したが、今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。この発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0039】
1…車両
2,3…車輪
4…モータ
5…車輪速センサ
8…摩擦ブレーキ
10…上位コントローラ
11…インバータ装置
12…スリップ制御装置
13a…アクセル操作手段
13b…ブレーキ操作手段
14…前後加速度センサ(前後加速度検出手段)
15…車速検出手段
16…スリップ率演算手段
17…スリップ率制御手段
18…スリップ率制限値変更手段
19…ピッチング振動検出手段
20…バンドパスフィルタ
IWM…インホイールモータ駆動装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7