【実施例】
【0037】
次に、実施例等により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【0038】
[実施例1]
<モノクローナル抗体の作製>
Lys5とLys8の2箇所が両方ともアセチル化されているヒトのヒストンH4(以下、「ヒトのヒストンH4のうち、アセチル化されていないもの」は単に「H4」ということがある。)の全長タンパク質を抗原として、マウスモノクローナル抗体を作製した。
具体的には、抗原タンパク質として、Lys5とLys8の2箇所が両方ともアセチル化されているヒストンH4(以下、「H4−K5acK8ac」ということがある。)のHisタグ付き全長タンパク質を用いた。H4−K5acK8acは、向井らの方法(Mukai, T. et al., Biochemical and biophysical research communications, vol.411, p.757-761,doi:Doi 10.1016/J.Bbrc.2011.07.020 (2011))に従い、大腸菌由来抽出液を用いた無細胞タンパク質発現系で製造した。得られた抗原タンパク質を、1mg/mLの濃度で50μLずつ、マウスに免疫した。免疫から24日間後に、免疫したマウスのリンパ節細胞を用いてハイブリドーマライブラリーを作製した。これらのハイブリドーマクローンのうち、H4−K5acK8acに特異的に結合する抗体を産生するクローンの有無を調べるために、ELISAプレートにHisタグ付きヒストンH4タンパク質を固定し、各培養上清のELISA反応性がアセチル化リジンの位置及び組み合わせに特異的かどうかを調べた。ELISAプレートへのHisタグ付きヒストンH4タンパク質の固定化は、H4、Lys5のみがアセチル化されているH4(以下、「H4−K5ac」ということがある。)、Lys8のみがアセチル化されているヒストンH4(以下、「H4−K8ac」ということがある。)、H4−K5acK8ac、及びLys8とLys12の2箇所が両方ともアセチル化されているヒストンH4(以下、「H4−K8acK12ac」ということがある。)の5種類のヒトのヒストンH4タンパク質のHisタグ付き全長タンパク質について、それぞれPBSバッファーに溶解したタンパク質溶液(1μg/mL)を調製し、各タンパク質溶液をELISAプレートに1日静置することにより行った。また、培養ハイブリドーマ上清の100倍希釈溶液をそれぞれ調製し、それをさらに3倍ずつ希釈系列を作製し、前記の各種のヒストンH4を固定したELISAプレートを用いてハイブリドーマ培養上清のヒストンH4に対する結合力価を調べた。この結果、H4−K5acK8acに対してのみ特異的に結合するマウスモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマとして、1A9D7株及び2A7D9株の2種類のクローンを得た。取得したハイブリドーマの1A9D7株及び2A7D9株のそれぞれの結果を
図1に示す。
図1A及び
図1Bの横軸は、培養上清の希釈倍率を示し、縦軸は495nmの吸光度値を示す。
図1に示すように、クローン1A9D7及びクローン2A7D9の培養上清抗体が、H4−K5acK8acに対して特異的に反応した。
【0039】
<ウェスタンブロッティング法によるH4−K5acK8acの検出>
クローン1A9D7及びクローン2A7D9の培養上清抗体が、ウェスタンブロッティング法でH4−K5acK8acタンパク質を特異的に検出できることを示した。
まず、抗原タンパク質として、H4(非アセチル化タンパク質)、H4−K5ac、H4−K8ac、H4−K5acK8ac、Lys8とLys12とLys16の3箇所が全てアセチル化されているヒストンH4(以下、「H4−K8acK12acK16ac」ということがある。)、Lys5とLys12とLys16の3箇所が全てアセチル化されているヒストンH4(以下、「H4−K5acK12acK16ac」ということがある。)、及びLys5とLys8とLys12とLys16の4箇所が全てアセチル化されているヒストンH4(以下、「H4−K5acK8acK12acK16ac」ということがある。)のHisタグ付き全長タンパク質を大腸菌由来抽出液を用いた無細胞タンパク質発現系で製造した。それぞれのH4タンパク質をNiアフィニティーレジン及び陽イオン交換カラムクロマトグラフィーにより精製したのち、100ngずつをSDS−PAGEにより展開した後にPVDF膜へ転写した。このPVDF膜に、クローン1A9D7又は2A7D9のハイブリドーマ細胞の培養上清を100倍希釈した一次抗体を用いてウェスタンブロッティングを行い、アセチル化H4タンパク質の検出を実施した。SDS−PAGEにより展開したゲルのCBB染色像とウェスタンブロットの結果を
図2に示す。
図2中、「1A9D7」は、クローン1A9D7の培養上清中の抗体を一次抗体としたウェスタンブロットの結果であり、「2A7D9」は、クローン2A7D9の培養上清中の抗体を一次抗体としたウェスタンブロットの結果である。また、各図中、各レーンに泳動したタンパク質は次の通りである;レーン1:H4(非アセチル化タンパク質)、レーン2:H4−K5ac、レーン3:H4−K85ac、レーン4:H4−K5acK8ac、レーン5:H4−K8acK12acK16ac、レーン6:H4−K5acK12acK16ac、レーン7:H4−K5acK8acK12acK16ac。
図2に示すように、作製した2つのクローンが産生する抗体は、ともに、ヒストンH4のLys5とLys8の一方がアセチル化されているタンパク質に対しては結合しないか若しくは結合しても極めて弱く、Lys5とLys8が両方ともアセチル化されているタンパク質に特異的に強く結合した。
【0040】
[実施例2]
ヒト肺がん由来培養細胞株であるH23細胞から抽出されたクロマチンに対して、実施例1において取得されたクローン1A9D7及びクローン2A7D9の培養上清抗体を用いて、ChIP−seqを行った。
まず、培養皿内の約1×10
6個のH23細胞を1%ホルムアルデヒド溶液で浸漬させ、10分間クロスリンクさせた。次いで、当該培養皿内の細胞から細胞核を分離した後、超音波ホモジナイザーCovaris S220(Covaris社製)を用いてクロマチンDNAの平均DNA長が200bpになるように細胞核中のDNAを剪断した。断片化したクロマチンDNAを洗浄した後、実施例1において取得されたクローン1A9D7又はクローン2A7D9の培養上清抗体を用いてクロマチンDNAを免疫沈降させた。
次いで、次世代シークエンサー技術用のDNAライブラリー調製は、NuGEN Mondrian装置を用いて2ngのDNAを10サイクル増幅して行った。このDNAライブラリーを用いたDNAの塩基配列決定は、シークエンサーHiSeq2500(Illumina社製)を用いた。マッピングとピークコーリングは、それぞれBWAとMACS2を用いて解析した。
ChIP−seq法では、比較対照のために、抗H4−K5ac抗体(製品番号:MABI0405)、抗H4−K8ac抗体(製品番号:MABI0408)、及び抗H3K27ac抗体(いずれも、株式会社医学生物学研究所製)を用いて同様に実験した。なお、「H3K27ac」は、「Lys27がアセチル化されているヒストンH3」を表す。
【0041】
各抗体を用いた実験は、それぞれ独立して2回行った。この結果、抗体で免疫沈降されたDNAが基準より30倍以上濃縮されたピーク(遺伝子)が、クローン1A9D7の培養上清抗体では、1回目の実験では1282ピーク、2回目の実験では1017ピークであり、クローン2A7D9の培養上清抗体では、1回目の実験では1564ピーク、2回目の実験では972であった。それぞれのピークに対して、ピークが存在するヒト染色体の名称、ピークの開始位置と終止位置、濃縮の度合い(fold enrichment)、転写開始位置(+1)に最も近い遺伝子の名称とその転写開始位置との距離(bp)等を調べた。
【0042】
図3A及び3Bに、クローン1A9D7の培養上清抗体で検出されたクロマチン領域ピークの検出例として、VDAC2遺伝子、Runx1遺伝子、c−Myc遺伝子、及びNotch1遺伝子の近傍領域を示した。これらの結果から、クローン1A9D7及びクローン2A7D9の培養上清抗体が、どちらも、ChIP−seqを実施可能なほど抗原に対する認識特異性と感度が高く、肺がん細胞で活性化したクロマチンの位置を高感度で識別できることが示された。
【0043】
[実施例3]
ヒトグリオブラストーマ由来培養細胞株であるU87−MG細胞に対して、実施例1において取得されたクローン1A9D7及びクローン2A7D9の培養上清抗体を用いて、細胞免疫染色を行い、Lys5とLys8の2箇所が両方ともアセチル化されている状態のヒストンH4タンパク質の細胞内局在を調べた。
接着培養したU87−MG細胞に対して、培養上清を除去した後に4% パラホルムアルデヒド溶液で30分間処理することにより固定化した。この固定化細胞をPBSバッファーで洗浄した後、0.4% Triton X−100で処理することにより、細胞を膜透過性にした。膜透過処理後の細胞を、クローン2A7D9の培養上清を1/300倍に希釈した抗体溶液と混合して室温で約12時間静置した後、PBSバッファーで3回洗浄した。洗浄後の細胞を、1/300倍に希釈したanti−mouse Alexa Fluor 546(Invitrogen社製、製品番号:11003)溶液
にDAPIを添加した溶液と混合して室温で2時間、暗所で静置した後、PBSバッファーで3回洗浄した。洗浄後の細胞を、共焦点顕微鏡(Zeiss LSM 510)で可視化してデジタル画像を取得した。
図4に、クローン2A7D9の培養上清抗体による染色像(左図)、DAPIによる核染色像(中図)、及び透過光画像(右図)を示す。
図4に示すように、クローン2A7D9の培養上清抗体により染色されたH4−K5acK8acは、細胞内局在が細胞核に限局され、細胞核内領域の大部分と一致した。
【0044】
[実施例4]
実施例1において取得されたクローン1A9D7及びクローン2A7D9の培養上清抗体と、H4−K5acK8acのN末端のテイルペプチドとのX線結晶構造解析を行った。
【0045】
<Fabフラグメント抗体の調製>
ハイブリドーマ(クローン1A9D7及びクローン2A7D9)を500mLのGIT培地で培養し、その培養上清に含まれるIgGをProtein Gカラムで回収した。溶出は、0.1 M Glycine−HCl(pH 2.7)で行い、1M Tris−HCl(pH 9.0)を加えて中和した。次に、純度を高めるために、IgGを陰イオン交換カラム(HiTrap Q)で精製した。陰イオン交換では、吸着したIgGをAバッファー[20mM Tris−HCl(pH8.5),10mM NaCl]で洗浄した後、Bバッファー[20mM Tris−HCl(pH8.5),1000mM NaCl]へ0〜100%、20CVのグラジエントをかけて、IgGを溶出させた。次に、IgGのパパイン消化を行った。予めシステインを添加して活性化したパパインビーズをIgGに添加して、37℃で9時間反応を行った。反応終了後、反応液を6000rpmで10分間遠心分離処理した後、0.45μmのフィルターを通すことによってパパインビーズを除去した。パパイン消化物をProtein Aカラムに通し、素通り画分を回収することでFabフラグメントを得た。最後にFabフラグメントをゲルろ過カラム(Hiload 16/600 Superdex 200)で精製した。溶媒は、Cバッファー[20mM Tris−HCl(pH8.0),150mM NaCl]を用いた。精製したFabフラグメントを限外ろ過で濃縮したものを、以降の結晶化実験に用いた。
【0046】
<軽鎖可変部(VL)と重鎖可変部(VH)のアミノ酸配列の同定>
クローン1A9D7及びクローン2A7D9から得られたFabフラグメントのうち、VLとVHのアミノ酸配列を、cDNAの塩基配列解析により決定した。
図5Aにクローン1A9D7が分泌生産するマウスモノクローナル抗体の重鎖可変部(配列番号1)と軽鎖可変部のアミノ酸配列(配列番号3)を、
図5Bにクローン2A7D9が分泌生産するマウスモノクローナル抗体の重鎖可変部(配列番号2)と軽鎖可変部(配列番号4)のアミノ酸配列を、それぞれ示す。この結果、CDRH1、CDRH3、CDRL2、及びCDRL3は、両クローン由来の抗体で同一のアミノ酸配列であったが、CDRH2は、5番目のアミノ酸が、クローン1A9D7の抗体ではグルタミン酸(E)であり、クローン2A7D9ではアラニン(A)であり、1個のアミノ酸が相違していた。また、CDRL1も、1番目のアミノ酸が、クローン1A9D7の抗体ではアルギニン(R)であり、クローン2A7D9ではリジン(K)であり、8番目のアミノ酸が、クローン1A9D7の抗体ではアスパラギン(N)であり、クローン2A7D9ではリジン(K)であり、2個のアミノ酸が相違していた。
【0047】
<Fabフラグメントの結晶化>
ヒトヒストンH4の第1〜12番目のアミノ酸からなり、Lys5とLys8がいずれもアセチル化されているペプチド(SGRGKacGGKacGLGK:Kacは側鎖アセチル化のリジンを示す。)を、化学合成で合成した。合成されたテイルペプチドとFabフラグメントを2:1のモル比で混合して結晶化を行った。結晶化は、市販の結晶化スクリーニングキットを用いて行った。複数の条件で結晶が得られたが、以下の条件で得られた結晶が最も高い分解能を示したため、これらを構造解析に用いた。
【0048】
クローン1A9D7が分泌生産する抗体のFabフラグメントとテイルペプチドとの複合体(1A9D7−Fabペプチド複合体)の結晶化条件:0.1M Imidazole(pH6.5), 0.15M Zinc acetate,17.5%(w/v) PEG3000。
クローン2A7D9が分泌生産する抗体のFabフラグメントとテイルペプチドとの複合体(2A7D9−Fabペプチド複合体)の結晶化条件:0.1M BisTris−HCl(pH8.0),0.2M Ammonium acetate,25%(w/v) PEG3350。
【0049】
<X線結晶構造解析>
得られた複合体の結晶について、放射光施設SPring−8のビームラインBL26B2にて反射データを測定した。データセット測定のパラメーターは以下の通りである。
カメラ長:150mm、
波長:1Å、
照射時間:4秒間、0−180度(0.5度きざみ)。
【0050】
回折データの指数付けからスケーリングまでは、HKL2000プログラムを用いて行った。位相は、PDB ID:1FJ1をモデルとして、Phaser MRプログラムを用いて分子置換法によって決定した。構造の精密化は、Phenix RefineとCootプログラムで行った。精密化した結晶構造の分解能は、1A9D7−Fabペプチド複合体が1.9Å、2A7D9−Fabペプチド複合体が1.8Åであった。1A9D7−Fabペプチド複合体の結晶構造を
図6Aに、2A7D9−Fabペプチド複合体の結晶構造を
図6Bに、それぞれ示す。また、
図6A及び
図6Bの結晶構造のうち、ヒストンH4のテイルペプチドのN末端付近の拡大図を、それぞれ
図7A及び
図7Bに示す。
【0051】
両者の構造解析の結果から、クローン1A9D7が分泌生産する抗体とクローン2A7D9が分泌生産する抗体のいずれも、CDRH1、CDRH3、CDRL2、及びCDRL3において、ヒストンH4のLys5及びLys8がアセチル化された領域を認識して結合することがわかった。複合体の結晶では、両抗体でアミノ酸配列が異なっていたCDRH2及びCDRL1は、いずれも、ヒストンH4のテイルペプチドから離れた位置に存在した。
【0052】
また、
図7Bに示すように、クローン2A7D9の抗体のFabフラグメントは、ヒストンH4テイルペプチドの1番目のセリン(S1)から8番目のアセチル化されたリジン(K8ac)までの領域を認識していた。また、クローン2A7D9の抗体の重鎖可変部の53番目のスレオニン(T53)のアミノ基は、ヒストンH4テイルペプチドN末端の1番目のセリンの側鎖と水素結合しており、軽鎖可変部の52番目のアスパラギン(N52)の側鎖は、ヒストンH4テイルペプチドN末端の1番目のセリンのアミノ基と水素結合している。このように、ヒストンH4テイルの1番目のセリンの認識に特異的に関わるクローン2A7D9が分泌生産する抗体中のアミノ酸が特定できた。
【0053】
図7Aに示すように、クローン1A9D7の抗体のFabフラグメントは、ヒストンH4テイルペプチドの4番目のグリシン(G4)から8番目のアセチル化されたリジン(K8ac)までの領域を認識していた。ヒストンH4ペプチドのN末端の領域(1〜3番目のアミノ酸残基)を認識しないのは、重鎖可変部の54番目のアミノ酸残基が、クローン2A7D9の抗体ではアラニン(A54)であるのに対して、クローン1A9D7の抗体ではグルタミン酸(E54)であるため、ヒストンH4テイルペプチドのN末端が入り込みにくい構造を形成しているためである。
【0054】
クローン2A7D9が分泌生産する抗体のほうが、クローン1A9D7が分泌生産する抗体よりもヒストンH4のN末端の認識領域が広いため、Lys5及びLys8がアセチル化されたヒストンH4に対する結合特異性がより優れていると期待できる。
【0055】
<Fabフラグメントの全長のアミノ酸配列の決定>
クローン1A9D7及びクローン2A7D9から得られたFabフラグメントについて、マウスモノクローナル抗体アイソタイプ判定試薬(IsoQuick(登録商標) Kit for mouse Monoclonal Isotyping;SIGMA−ALDRICH社製、製品番号:IS0Q5−1KT)を用いて判定したところ、両FabフラグメントともIgG2b/κのサブクラスと決定した。そこで、各フラグメントと抗原ペプチドとの複合体血漿構造を、IgG2b/κのFab(PDBID:1FJ1)をサーチモデルとして分子置換法で決定した結果、両Fabフラグメントの電子密度マップのアミノ酸配列は、PDBID:1FJ1のCH1及びCLのアミノ酸配列とどちらも齟齬がなく、完全に一致した。従って、クローン1A9D7及びクローン2A7D9から得られたFabフラグメントのCH1及びCLのアミノ酸配列は、マウスIgG2b/κのアミノ酸配列と同一と決定した。クローン1A9D7とクローン2A7D9から得られたFabフラグメントのうち、重鎖(VH−CH1)(IgG2b)と軽鎖(κ)のアミノ酸配列をそれぞれ表1に示す。
【0056】
【表1】