(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0024】
<1.油井管の材料について>
実施形態に係る油井管は、ステンレス鋼からなる。以下、実施形態に係る油井管の材料として用いられるステンレス鋼について説明する。
【0025】
ステンレス鋼のマトリクス組織は、フェライト相と、焼戻しマルテンサイト相及びオーステナイト相(以下、実質マルテンサイト相という)とを含む。マトリクス組織において、フェライト相及び実質マルテンサイト相が圧延方向(長さ方向)に沿って延びかつ層状に配列される場合、ステンレス鋼は低温靱性に優れる。一方、マトリクス組織において、フェライト相が網目状に不規則に分布する場合、ステンレス鋼の低温靱性は低い。ステンレス鋼が鋼板の場合、圧延により延びた鋼板の中心軸を圧延方向とする。ステンレス鋼が鋼管の場合、鋼管の中心軸を圧延方向とする。
【0026】
ここで、本発明者等は、ステンレス鋼のフェライト相及び実質マルテンサイト相が、長さ方向に長く伸びることを特徴とする、ミクロ組織層状度を、ミクロ組織画像を2次元離散フーリエ変換することにより、肉厚方向及び長さ方向の両方を評価して定量化することができることを見出した。以下、この点について詳述する。
【0027】
ステンレス鋼の任意の板幅方向に垂直な断面から、観察倍率100倍であって1mm×1mmのミクロ組織画像を光学顕微鏡を用いて、グレースケール(256階調)にて撮影して得る。ミクロ組織画像の一例を
図1に示す。
図1では、ミクロ組織画像をxy座標系に配置している。
図1中のy軸は長さ方向であり、x軸は長さ方向に垂直な肉厚方向である。
図1において、灰色部分が実質マルテンサイト相であり、実質マルテンサイト相の粒の間に位置する白い部分がフェライト相である。ミクロ組織画像は、x軸方向にM=1024個の画素を有し、y軸方向にN=1024個の画素を有する。つまり、ミクロ組織画像は、M×N=1024×1024の画素数を有する。
【0028】
ミクロ組織画像から各画素(x、y)(x=0〜M−1、y=0〜N−1)の2次元データf(x,y)を得る。f(x,y)は座標(x,y)の画素のグレースケールでの階調を表す。得られた2次元データに対して、式(5)で定義される2次元離散フーリエ変換(2D DFT)を実施する。M−1=1023、N−1=1023である。
【数4】
【0029】
ここで、F(u,v)は、2次元データf(x,y)の2次元離散フーリエ変換後の2次元周波数スペクトルである。周波数スペクトルF(u,v)は一般に複素数であり、2次元データf(x,y)の周期性及び規則性の情報を含む。換言すれば、周波数スペクトルF(u,v)は、
図1に示すようなミクロ組織画像内における、フェライト相及び実質マルテンサイト相の組織の周期性及び規則性に関する情報を含む。
【0030】
図2は、
図1に示すミクロ組織画像の対数周波数スペクトル図である。
図2の横軸はv軸であり、縦軸はu軸である。
図2の周波数スペクトル図は、白黒階調画像(グレースケール画像)であり、周波数スペクトルの最大値が白色、最小値が黒色である。周波数スペクトルの高い部分(
図2中の白色部分)は、例えば
図2の場合、u軸に延びた形状であり、境界は明確ではない。
【0031】
ここで、周波数スペクトル図の周波数スペクトルF(u,v)において、u軸上のスペクトルの絶対値の総和Suは、式(3)で定義される。周波数スペクトルF(u,v)において、v軸上のスペクトルの絶対値の総和Svは、式(4)で定義される。さらに、Svに対するSuの比は、式(2)で定義されるβである。なお、Su,Svは、(u,v)空間で座標(0,0)のスペクトル強度を含まない。
【数5】
【0032】
また、同様の方法により、
図3,5,7に示すステンレス鋼のミクロ組織画像を得る。さらに、
図3,5,7に示すミクロ組織画像各々から対数周波数スペクトル図を求める。
図4は、
図3に示すミクロ組織画像の対数周波数スペクトル図であり、
図6は、
図5に示すミクロ組織画像の対数周波数スペクトル図であり、
図8は、
図7に示すミクロ組織画像の対数周波数スペクトル図である。以下、
図1に示すミクロ組織を、組織1といい、
図3に示すミクロ組織を、組織2といい、
図5に示すミクロ組織を、組織3といい、
図7に示すミクロ組織を、組織4という。
【0033】
組織1の画像(
図1)と組織2の画像(
図3)とを比較すると、組織1は組織2よりもフェライト相及び実質マルテンサイト相が圧延方向(長さ方向)に延びた形状である。さらに、組織1は、組織2よりもフェライト相及び実質マルテンサイト相の積層周期(肉厚方向に並ぶ周期)が短く、規則的である。組織1の画像と組織3の画像(
図5)とを比較すると、組織1及び組織3のいずれも、各相が長さ方向に延びた形状である。さらに、組織3は、組織1と同様に、積層周期が短く、規則的である。組織3の画像と組織4の画像(
図7)とを比較すると、組織3は組織4よりも各相が長さ方向に延びた形状である。さらに、組織3は、組織4よりも積層周期が短く、規則的である。
【0034】
また、組織1〜組織4各々の対数周波数スペクトル図はいずれも、白色部分がu軸に沿って延びる。しかしながら、組織1及び組織4は、組織2及び組織4に比べて白色部分のv軸方向の幅が狭い。βは、組織1が2.024であり、組織2が1.458であり、組織3が2.183であり、組織4が1.395である。要するに、βが低いほど、白色部分はu軸方向に短くなり、v軸方向に広がる。
【0035】
また、延性脆性の遷移温度は、組織1が−82℃であり、組織2が−12℃であり、組織3が−109℃であり、組織4が−19℃である。なお、遷移温度は後述の実施例と同じ条件での結果である。
図9は、βと遷移温度(℃)との関係を示す図である。
図9は、次の方法により得られた。化学組成は後述の本実施形態の範囲内であり、βが異なる複数のステンレス鋼を製造した。各ステンレス鋼に対して、後述の低温靱性評価試験を実施して、遷移温度を得て、
図9を作成した。
図9中の直線は
図9中の全てのプロットから最小2乗法により得た線であり、R
2は相関関数である。
【0036】
このように、βが大きくなると、低温靱性に優れる傾向があることが分かった。以上より、βは、前記層状度を指標するものと考えることができる。
【0037】
本発明者等は、前述の知見に基づいて、実施形態に係る油井管に用いるステンレス鋼を完成させた。以下、当該ステンレス鋼について説明する。
【0038】
実施形態に係る油井管用のステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.001〜0.06%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.01〜2.0%、P:0.03%以下、S:0.005%未満、Cr:15.5〜18.0%、Ni:2.5〜6.0%、V:0.005〜0.25%、Al:0.05%以下、N:0.06%以下、O:0.01%以下、Cu:0〜3.5%、Co:0〜1.5%、Nb:0〜0.25%、Ti:0〜0.25%、Zr:0〜0.25%、Ta:0〜0.25%、B:0〜0.005%、Ca:0〜0.01%、Mg:0〜0.01%、及びREM:0〜0.05%を含有する。さらに、Mo:0〜3.5%、及びW:0〜3.5%からなる群から選択された1種又は2種を式(1)を満たす範囲で含有する。残部がFe及び不純物からなる。マトリクス組織が、体積率で、40〜70%の焼戻しマルテンサイト相と、10〜50%のフェライト相と、1〜15%のオーステナイト相とを有する。マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上である。
1.0≦Mo+0.5W≦3.5 (1)
【0039】
ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である。
【数6】
【0040】
ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数7】
【0041】
式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数8】
【0042】
式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。
【0043】
このステンレス鋼は、βが1.55以上であることで、延性脆性の遷移温度が−30℃以下となる。その結果、このステンレス鋼は、低温靱性に優れる。さらに、このステンレス鋼は、高強度を有し、高温での耐SCC性及び常温での耐SSC性に優れる。
【0044】
上記ステンレス鋼の化学組成は、質量%で、Cu:0.2〜3.5%、及びCo:0.05〜1.5%からなる群から選択された1種又は2種を含有してもよい。
【0045】
上記ステンレス鋼の化学組成は、質量%で、Nb:0.01〜0.25%、Ti:0.01〜0.25%、Zr:0.01〜0.25%、及びTa:0.01〜0.25%からなる群から選択された1種又は2種以上を含有してもよい。
【0046】
上記ステンレス鋼の化学組成は、質量%で、B:0.0003〜0.005%、Ca:0.0005〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、及びREM:0.0005〜0.05%からなる群から選択された1種又は2種以上を含有してもよい。
【0047】
[化学組成]
実施形態に係る油井管用のステンレス鋼は、以下の化学組成を有する。以降、元素に関する「%」は、質量%を意味する。
【0048】
C:0.001〜0.06%
炭素(C)は鋼の強度を高める。しかしながら、C含有量が多すぎれば、焼戻し後の硬度が高くなり過ぎ、耐SSC性が低下する。さらに、本実施形態の化学組成では、C含有量が増加するに従い、Ms点が低下する。そのため、C含有量が増加するに従い、オーステナイトが増加しやすくなり、降伏強度が低下しやすくなる。したがって、C含有量は、0.06%以下である。C含有量は、好ましくは0.05%以下であり、さらに好ましくは0.03%以下である。また、製鋼工程における脱炭処理に掛かるコストを考慮すれば、C含有量は0.001%以上である。C含有量は、好ましくは0.003%以上であり、さらに好ましくは、0.005%以上である。
【0049】
Si:0.05〜0.5%
シリコン(Si)は鋼を脱酸する。しかしながら、Si含有量が多すぎれば、鋼の靱性及び熱間加工性が低下する。Si含有量が多すぎればさらに、フェライトの生成量が増加し、降伏強度が低下しやすくなる。したがって、Si含有量は0.05〜0.5%である。Si含有量は、好ましくは0.5%未満であり、さらに好ましくは0.4%以下である。Si含有量は、好ましくは0.06%以上であり、さらに好ましくは、0.07%以上である。
【0050】
Mn:0.01〜2.0%
マンガン(Mn)は、鋼を脱酸及び脱硫し、熱間加工性を高める。Mn含有量が少なすぎれば、上記効果が有効に得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、焼入れ時にオーステナイトが過剰に残留しやすくなり、鋼の強度を確保することが困難になる。したがって、Mn含有量は0.01〜2.0%である。Mn含有量は、好ましくは1.0%以下であり、さらに好ましくは0.6%以下である。Mn含有量は、好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.04%以上である。
【0051】
P:0.03%以下
リン(P)は不純物である。Pは鋼の耐SSC性を低下する。したがって、P含有量はなるべく少ない方が好ましい。P含有量は0.03%以下である。P含有量は、好ましくは0.028%以下、さらに好ましくは0.025%以下である。また、P含有量は可能な限り低減することが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、P含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0008%以上である。
【0052】
S:0.005%未満
硫黄(S)は不純物である。Sは鋼の熱間加工性を低下する。したがって、S含有量はなるべく少ない方が好ましい。S含有量は0.005%未満である。S含有量は、好ましくは0.003%以下であり、さらに好ましくは0.0015%以下である。また、S含有量は可能な限り低減することが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、S含有量は、好ましくは0.0001%以上であり、さらに好ましくは0.0003%以上である。
【0053】
Cr:15.5〜18.0%
クロム(Cr)は鋼の耐食性を高める。具体的には、Crは腐食速度を低くし、鋼の耐SCC性を高める。C含有量が少なすぎれば、上記効果が有効に得られない。一方、Cr含有量が多すぎれば、鋼中のフェライト相の体積率が増加して鋼の強度が低下する。したがって、Cr含有量は15.5〜18.0%である。Cr含有量は、好ましくは17.8%以下であり、さらに好ましくは17.5%以下である。Cr含有量は、好ましくは16.0%以上であり、さらに好ましくは16.3%以上である。
【0054】
Ni:2.5〜6.0%
ニッケル(Ni)は鋼の靱性を高める。Niはさらに、鋼の強度を高める。Ni含有量が少なすぎれば、上記効果が有効に得られない。一方、Ni含有量が多すぎれば、オーステナイトが多く生成し、その結果、鋼の強度が低下する。したがって、Ni含有量は2.5〜6.0%である。Ni含有量は、好ましくは6.0%未満であり、さらに好ましくは5.9%以下である。Ni含有量は、好ましくは3.0%以上であり、さらに好ましくは3.5%以上である。
【0055】
V:0.005〜0.25%
バナジウム(V)は、鋼の強度を高める。しかしながら、V含有量が多すぎれば、靱性が低下する。したがって、V含有量は0.005〜0.25%とする。V含有量は、好ましくは0.20%以下であり、さらに好ましくは0.15%以下である。V含有量は、好ましくは0.008%以上であり、さらに好ましくは0.01%以上である。
【0056】
Al:0.05%以下
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。しかしながら、Al含有量が多すぎれば、鋼中の介在物が増加して鋼の靱性が低下する。そのため、上限は0.05%とする。Al含有量は、好ましくは0.048%以下であり、さらに好ましくは0.045%以下である。Al含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.001%以上である。
【0057】
N:0.06%以下
窒素(N)は鋼の強度を高める。しかしながら、N含有量が多すぎれば、オーステナイトが過剰に生成し、鋼中の介在物も増加する。その結果、鋼の靱性が低下する。したがって、N含有量は0.06%以下である。N含有量は、0.05%以下であり、さらに好ましくは0.03%以下である。N含有量は可能な限り低減することが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、N含有量は、好ましくは0.001%以上であり、さらに好ましくは0.002%以上である。
【0058】
O:0.01%以下
酸素(O)は不純物である。Oは鋼の靭性及び耐食性を低下させる。したがって、O含有量は0.01%以下である。O含有量は、好ましくは0.01%未満であり、より好ましくは0.009%以下、さらに好ましくは0.006%以下である。O含有量は可能な限り低減することが好ましいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、O含有量は、好ましくは0.0001%以上であり、さらに好ましくは0.0003%以上である。
【0059】
Mo:0〜3.5%、W:0〜3.5%
モリブデン(Mo)及びタングステン(W)は互いに置換可能な元素であり、両方を含有してもよく、一方だけを含有してもよい。Mo及びWは、少なくとも一方を含有することが必須である。これらの元素は鋼の耐SCC性を高める。一方、これらの元素の含有量が多すぎれば、その効果が飽和する。したがって、Mo含有量は0〜3.5%であり、W含有量は0〜3.5%であり、Mo及びWからなる群から選択された1種又は2種を式(1)を満たす範囲で含有する必要がある。Mo含有量は、好ましくは3.3%以下であり、さらに好ましくは3.0%以下である。Mo含有量は、好ましくは0.01%以上であり、さらに好ましくは0.03%以上である。W含有量は、好ましくは3.3%以下であり、さらに好ましくは3.0%以下である。W含有量は、好ましくは0.01%以上であり、さらに好ましくは0.03%以上である。
1.0≦Mo+0.5W≦3.5 (1)
【0060】
本実施形態によるステンレス鋼の化学組成は、下記の選択元素を含有しても良い。すなわち、下記の元素は、いずれも本実施形態によるステンレス鋼に含有されていなくても良い。また、一部だけが含有されていても良い。
【0061】
Cu:0〜3.5%、Co:0〜1.5%
銅(Cu)及びコバルト(Co)は互いに置換可能な元素である。これらの元素は選択元素である。これらの元素は、焼戻しマルテンサイト相の体積分率を増加させ、鋼の強度を高める。さらに、Cuは焼戻し時にCu粒子として析出し、その強度をさらに高める。これらの元素の含有量が少なすぎれば、上記効果が有効に得られない。一方、これらの元素の含有量が多すぎれば、鋼の熱間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は0〜3.5%とし、Co含有量は0〜1.5%とする。さらに、上記効果を十分に得るためには、Cu:0.2〜3.5%及びCo:0.05〜1.5%からなる群から選択された1種又は2種を含有することが好ましい。Cu含有量は、好ましくは3.3%以下であり、さらに好ましくは3.0%以下である。Cu含有量は、好ましくは0.3%以上であり、さらに好ましくは0.5%以上である。Co含有量は、好ましくは1.0%以下であり、さらに好ましくは0.8%以下である。Co含有量は、好ましくは0.08%以上であり、さらに好ましくは0.1%以上である。
【0062】
Nb:0〜0.25%、Ti:0〜0.25%、Zr:0〜0.25%及びTa:0〜0.25%
ニオブ(Nb)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びタンタル(Ta)は互いに置換可能な元素である。これらの元素は選択元素である。これらの元素は鋼の強度を高める。これらの元素は鋼の耐孔食性及び耐SCC性を向上させる。これらの元素が少しでも含有されれば、上記効果が得られる。しかしながら、これらの元素の含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.25%であり、Ti含有量は0〜0.25%であり、Zr含有量は0〜0.25%であり、Ta含有量は0〜0.25%である。さらに、上記効果を十分に得るためには、Nb:0.01〜0.25%、Ti:0.01〜0.25%、Zr:0.01〜0.25%、及びTa:0.01〜0.25%からなる群から選択された1種又は2種を含有することが好ましい。Nb含有量は、好ましくは0.23%以下であり、さらに好ましくは0.20%以下である。Nb含有量は、好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。Ti含有量は、好ましくは0.23%以下であり、さらに好ましくは0.20%以下である。Ti含有量は、好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。Zr含有量は、好ましくは0.23%以下であり、さらに好ましくは0.20%以下である。Zr含有量は、好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。Ta含有量は、好ましくは0.24%以下であり、さらに好ましくは0.23%以下である。Ta含有量は、好ましくは0.02%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。
【0063】
Ca:0〜0.01%、Mg:0〜0.01%、REM:0〜0.05%及びB:0〜0.005%
カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、希土類元素(REM)及びボロン(B)は互いに置換可能な元素である。これらの元素は選択元素である。これらの元素は製造時の熱間加工性を改善する。これらの元素が少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca、Mg及びREMの含有量が多すぎれば、酸素と結合して合金の清浄性を著しく低下させ、耐SSC性を劣化させる。また、B含有量が多すぎれば、鋼の靭性を低下させる。したがって、Ca含有量は0〜0.01%であり、Mg含有量は0〜0.01%であり、REM含有量は0〜0.05%であり、B含有量は0〜0.005%である。また、上記効果を十分に得るためには、Ca:0.0005〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、REM:0.0005〜0.05%及びB:0.0003〜0.005%からなる群から選択された1種又は2種を含有することが好ましい。Ca含有量は、好ましくは0.008%以下であり、さらに好ましくは0.005%以下である。Ca含有量は、好ましくは0.0008%以上であり、さらに好ましくは0.001%以上である。Mg含有量は、好ましくは0.008%以下であり、さらに好ましくは0.005%以下である。Mg含有量は、好ましくは0.0008%以上であり、さらに好ましくは0.001%以上である。REM含有量は、好ましくは0.045%以下であり、さらに好ましくは0.04%以下である。REM含有量は、好ましくは0.0008%以上であり、さらに好ましくは0.001%以上である。B含有量は、好ましくは0.0045%以下であり、さらに好ましくは0.004%以下である。B含有量は、好ましくは0.0005%以上であり、さらに好ましくは0.0008%以上である。
【0064】
REMとは、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)及びランタノイドの合計17元素の総称である。本実施形態において、REM含有量とは、上述の17元素の1種又は2種以上の総含有量を意味する。
【0065】
なお、本実施形態によるステンレス鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物とは、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、原料として利用される鉱石やスクラップから混入する元素、又は製造過程の環境等から混入する元素を意味する。
【0066】
[ミクロ組織]
本実施形態によるステンレス鋼のマトリクス組織は、体積率で、40〜70%の焼戻しマルテンサイト相と、10〜50%のフェライト相と、1〜15%のオーステナイト相とを有する。以降、マトリクス組織のこれらの体積率(分率)に関する%は、体積%を意味する。
【0067】
マトリクス組織中のフェライト相の体積率(フェライト分率:%)、オーステナイト相の体積率(オーステナイト分率:%)及び焼戻しマルテンサイト相の体積率(マルテンサイト分率:%)は次の方法で測定する。
【0068】
[フェライト分率の測定方法]
ステンレス鋼の任意の位置からサンプルを採取する。ステンレス鋼の断面に相当するサンプルの表面(以下、観察面という)を研磨する。王水とグリセリンとの混合溶液を用いて、研磨された観察面をエッチングする。エッチングにより白く腐食された部分がフェライト相であり、このフェライト相の面積率を、JIS G0555(2003)に準拠した点算法で測定する。測定された面積率は、フェライト相の体積分率に等しいと考えられるため、これをフェライト分率(%)と定義する。
【0069】
[オーステナイト分率の測定方法]
オーステナイト分率は、X線回折法を用いて求める。ステンレス鋼の任意の位置から、15mm×15mm×2mmのサンプルを採取する。サンプルを用いて、フェライト相(α相)の(200)面及び(211)面、オーステナイト相(γ相)の(200)面、(220)面及び(311)面の各々のX線強度を測定し、各面の積分強度を算出する。算出後、α相の各面とγ相の各面との組み合わせ(合計6組)毎に、以下の式(6)を用いて体積率Vγを求める。各面の体積率Vγの平均値を、オーステナイト分率(%)と定義する。
Vγ=100/{1+(Iα×Rγ)/(Iγ×Rα)} (6)
【0070】
ここで、Iαはα相の積分強度であり、Rγはγ相の結晶学的理論計算値であり、Iγはγ相の積分強度であり、Rαはα相の結晶学的理論計算値である。
【0071】
[マルテンサイト分率の測定方法]
マトリクス組織のうち、フェライト相及びオーステナイト相以外の残部を、焼戻しマルテンサイト相の体積率(マルテンサイト分率)と定める。つまり、マルテンサイト分率(%)は100%からフェライト分率(%)及びオーステナイト分率(%)を引いた値である。
【0072】
[β]
本実施形態のステンレス鋼は、式(2)で定義されるβが1.55以上である。βは、次の方法で求める。ステンレス鋼の任意の板幅方向に垂直な断面(鋼管の場合は、管軸に平行な肉厚断面)から、マトリクス組織を100倍の倍率で撮影する。得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表す。したがって、グレースケール(256階調)で表されるミクロ組織画像は、ステンレス鋼のうち、肉厚方向及び長さ方向を含む面での断面から得られる。さらに、2次元離散フーリエ変換を用いて、グレースケールで表されるミクロ組織画像から、式(2)で定義されるβを求める。
【数9】
【0073】
ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数10】
【0074】
式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数11】
【0075】
式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。
【0076】
上述のとおり、βと低温靱性とは
図9に示す関係を有する。本発明の一実施形態によるステンレス鋼は、マトリクス組織から求めたβが1.55以上であれば、
図9に示すとおり、延性脆性の遷移温度が−30℃以下となる。したがって、本発明の一実施形態によるステンレス鋼は通常要求される−10℃において優れた低温靱性を示す。βは、好ましくは、1.6以上であり、さらに好ましくは、1.65以上である。
【0077】
以上のことから、本実施形態によるステンレス鋼は、高強度を有し、高温での耐SCC性及び常温での耐SSC性に優れ、かつ優れた低温靱性を有する。
【0078】
[製造方法]
本実施形態のステンレス鋼の製造方法の一例を説明する。上述の化学組成を有する鋼素材(スラブ、ブルーム、ビレット等の鋳片又は鋼片)を適切な温度範囲においてなるべく高い圧延率で熱間圧延することにより、βが1.55以上のマトリクス組織が得られる。本例では、ステンレス鋼の製造方法の一例として、ステンレス鋼板の製造方法について説明する。
【0079】
上述の化学組成を有する鋼素材を準備する。素材は、連続鋳造により製造された鋳片であってもよいし、鋳片又はインゴットを熱間加工して製造された板材であってもよい。
【0080】
準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入し、加熱する。加熱された素材を熱間圧延して、中間材(熱間圧延後の鋼素材)を製造する。このとき、熱間圧延工程での圧延率40%以上とする。ここで、圧延率(r:%)は、次の式(7)で定義される。
r={1−(熱間圧延後の鋼素材の肉厚/熱間圧延前の鋼素材の肉厚)}×100 (7)
【0081】
熱間圧延時における鋼材温度(圧延開始温度)を1200〜1300℃にする。ここでいう鋼材温度とは、素材の表面温度を意味する。素材の表面温度は、例えば、熱間圧延開始時に測定される。素材の表面温度は、素材の軸方向に沿って測定された表面温度の平均である。素材を加熱炉にて、例えば、1250℃の加熱温度で均熱した場合、鋼材温度は実質的に加熱温度に等しくなり、1250℃になる。さらに、熱間圧延終了時の鋼材温度(圧延終了温度)は、1100℃以上が好ましい。
【0082】
製造工程中、複数の熱間圧延工程が存在する場合、圧延率は、1100〜1300℃の鋼材温度の素材に対して連続して実施された熱間圧延工程の累積の圧延率を意味する。
【0083】
熱間圧延時に鋼材温度が1100℃を下回る場合、熱間加工性の低下により鋼材表面に多量の疵が発生することがある。したがって、鋼材の加熱温度は高い方が好ましい。一方、層状度を高めるためには高い圧延率で圧延することが好ましい。
【0084】
熱間圧延後の素板(中間材)に対して焼入れ及び焼戻しを実施する。中間材に焼入れ及び焼戻しを実施することにより、ステンレス鋼板の降伏強度を758MPa以上にすることができる。さらに、マトリクス組織が焼戻しマルテンサイト相を有する。
【0085】
好ましくは、焼入れ工程では、中間材を一旦常温近傍の温度まで冷却する。そして、冷却された中間材を850〜1050℃の温度範囲に加熱する。加熱された中間材を、水等で冷却し、焼入れしてステンレス鋼板を製造する。好ましくは、焼戻し工程では、焼入れ後の中間材を650℃以下の温度に加熱する。つまり、焼戻し温度は好ましくは650℃以下である。焼戻し温度が650℃を超えると、鋼中にオーステナイトが増加し、強度が低下しやすくなるからである。好ましくは、焼戻し工程では、焼入れ後の中間材を500℃を超えた温度に加熱する。つまり、焼戻し温度は好ましくは500℃を超えた温度である。
【0086】
以上の製造工程により、βが1.55以上であるステンレス鋼板が製造される。ステンレス鋼は、鋼板に限定されず、鋼板以外の他の形状であってもよい。好ましくは、素材を1200〜1250℃の温度で所定時間均熱し、その後、圧延率50%以上で圧延終了温度1100℃以上の熱間圧延を実施する。この場合、表面疵の発生を抑えつつ高い層状度をもつステンレス鋼材を得ることができる。
【0087】
<2.油井管の材料と構造との関係について>
本発明者等は、油井管の材料と構造との関係について検討を重ね、以下のような知見を得た。
【0088】
油井管の材料として13%Cr鋼を用いた場合、優れた耐食性を確保することができる。一方、ねじ継手によって複数連結される油井管では、密封性能をできるだけ向上させることが好ましい。本発明者等は、鋭意検討の結果、油井管のねじ継手に設けられたシール面の傾きを緩やかにすれば、密封性能を向上させることができるとの知見を得た。
【0089】
本発明者等は、シール面のテーパ比が密封性能に大きな影響を与えると考えた。そこで、本発明者等は、有限要素法による数値シミュレーション解析を行い、シール面のテーパ比と密封性能との関係を調査した。
【0090】
図10は、解析結果に基づいて作成したグラフである。
図10において、シール面のテーパ比と密封性能との関係を実線で示す。テーパ比は、管軸を含む平面で切断した油井管の断面で見て、シール面に含まれる直線状の部分のテーパ比である。
【0091】
図10において、密封性能は、ねじ継手に引張荷重が負荷されていない状態でシール部(ピンのシール面及びボックスのシール面)に発生する接触面圧の値と、油井管自体が降伏する極限の引張荷重をねじ継手に負荷した状態でシール部に発生する接触面圧の値とを対比した数値で示されている。当該数値が小さくなるほど、引っ張りによって密封性能が低下することを意味する。
【0092】
図10より、シール面のテーパ比が大きくなるほど、密封性能が低下していることがわかる。すなわち、シール面の傾きが急になるほど密封性能が低下する。よって、密封性能を向上させるためには、シール面の傾きを緩やかにすればよい。
【0093】
本発明者等は、密封性能以外の性能とシール面の傾きとの関係についても検討した。その結果、本発明者等は、シール面の傾きが耐焼きつき性能にも影響を与えることを見出した。
【0094】
本発明者等は、有限要素法による数値シミュレーション解析により、シール面のテーパ比と耐焼きつき性能との関係を導き出した。
図10において、シール面のテーパ比と耐焼きつき性能との関係を一点鎖線で示す。
【0095】
図10において、耐焼きつき性能は、シール部のピーク接触面圧を締結開始から完了までにわたって積分した値の逆数で示されている。積分値は、摩擦係数が一定であるとの仮定の下、シール面同士の接触が最も強くなる局所的な点において、締結開始から完了までの間に摩擦によって発生するエネルギー(熱エネルギーとほぼ等しい)に相当する。よって、積分値の逆数が大きくなるほど、締結時において摩擦によって発生するエネルギーが小さくなり、ゴーリングが生じにくく耐焼きつき性能が高いということができる。
【0096】
図10より、シール面のテーパ比が大きくなるほど、耐焼きつき性能が高くなっていることがわかる。すなわち、シール面の傾きが急になるほど耐焼きつき性能が高くなる。シール面の傾きを急にして耐焼きつき性能を向上させた場合は密封性能が低下し、シール面の傾きを緩やかにして密封性能を向上させた場合は耐焼きつき性能が低下する。すなわち、耐焼きつき性能は、密封性能とトレードオフの関係にあることがわかる。
【0097】
本発明者等は、13%Cr鋼で油井管を構成した場合、耐焼きつき性能が特に悪化してしまうことを見出した。本発明者等は、焼きつき発生への懸念から、油井管の材料が13%Cr鋼のままでは、シール面の傾きを緩やかにして密封性能を向上させることは困難であると考えた。
【0098】
ステンレス鋼は、Cr含有量が多いほど熱伝導率が低く、熱がこもりやすいと考えられている。しかしながら、本発明者等は、前述の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼の場合、Cr含有量が15.5%以上であるにもかかわらず、13%Cr鋼よりも熱伝導率が高くなるとの知見を得た。このことから、本発明者等は、当該ステンレス鋼からなる油井管であれば、他の油井管又はカップリングとの摺動時に発生する熱を効率的に放散させることができ、シール面の傾きを緩やかにしても焼きつきの発生を抑制することが可能になるとの着想に至った。本発明者等は、さらに検討を進め、特に好ましいシール面の傾きを見出した。
【0099】
上述した通り、シール面のテーパ比が小さくなるほど密封性能は高くなる。しかしながら、本発明者等は、シール面のテーパ比が1/10になった時点で密封性能向上の効果が飽和することを新たに見出した。すなわち、
図10に示す通り、シール面のテーパ比が1/10以上であればテーパ比が小さくなるほど密封性能が向上するが、テーパ比が1/10未満ではテーパ比をそれ以上小さくしても密封性能の向上は望めない。一方、耐焼きつき性能は、シール面のテーパ比が1/10未満であっても、テーパ比の下降に伴って低下する。本発明者等は、この結果から、シール面のテーパ比は1/10以上であることが好ましいと結論づけた。
【0100】
図10に示すように、シール面のテーパ比が大きくなるほど耐焼きつき性能は高くなる。一方、対応するシール面同士を360°均一に接触させるためには、締結が完了する直前におけるシール部の接触面圧の変動が少ないことが好ましい。
図11に、締結完了の直前におけるシール部の接触面圧の変化の程度とシール面のテーパ比との関係を示す。
図11より、テーパ比が1/3以下ではシール部の接触面圧は締結完了の直前でも変動しないが、テーパ比が1/3よりも大きくなると締結完了の直前にシール部の接触面圧が急上昇することがわかる。このようなシール部の接触面圧の急上昇は、円周方向における接触面圧の不均一を招き、密封性能を低下させる。よって、シール面のテーパ比は1/3以下であることが好ましい。
【0101】
以上の知見に基づき、本発明者等は、実施形態に係る油井管を完成させた。
【0102】
一実施形態に係る油井管は、前述の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼からなる。油井管は、他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される。油井管は、管本体と、ピンとを備える。ピンは、管本体の少なくとも一方の端に連続して形成される。ピンは、他の油井管のボックス又はカップリングのボックスに挿入される。ピンは、雄ねじ部と、ピンシール面とを有する。雄ねじ部は、ピンの外周に形成されている。ピンシール面は、雄ねじ部よりもピンの先端側においてピンの外周に形成されている。ピンシール面は、直線部を含む。直線部は、管軸を含む平面で切断した油井管の断面で見て、ピンの先端側に向かうにつれて管軸に近づくように管軸に対して斜行する。直線部のテーパ比は、1/10〜1/3である。
【0103】
上記実施形態に係る油井管は、前述の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼からなる。このため、ピンシール面がボックスと摺動したときに発生する熱を効率的に放散させることができ、焼きつきの発生を抑制することができる。また、ピンシール面は、密封性能の向上に効果的なテーパ比1/3〜1/10を有する直線部を含んでいる。よって、当該油井管によれば、優れた密封性能及び耐焼きつき性能の双方を確保することができる。
【0104】
他の実施形態に係る油井管も、前述の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼からなる。油井管は、他の油井管と連結される。油井管は、管本体と、ボックスとを備える。ボックスは、管本体の一方の端に連続して形成される。ボックスは、他の油井管のピンが挿入される。ボックスは、雌ねじ部と、ボックスシール面とを有する。雌ねじ部は、ボックスの内周に形成されている。ボックスシール面は、雌ねじ部よりも管本体側においてボックスの内周に形成されている。ボックスシール面は、直線部を含む。直線部は、管軸を含む平面で切断した油井管の断面で見て、雌ねじ部側に向かうにつれて管軸から遠ざかるように管軸に対して斜行する。直線部のテーパ比は、1/10〜1/3である。
【0105】
上記他の実施形態に係る油井管も、前述の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼からなる。このため、ボックスシール面がピンと摺動したときに発生する熱を効率的に放散させることができ、焼きつきの発生を抑制することができる。また、ボックスシール面は、密封性能の向上に効果的なテーパ比1/3〜1/10を有する直線部を含んでいる。よって、当該油井管によれば、優れた密封性能及び耐焼きつき性能の双方を確保することができる。
【0106】
以下、油井管の構造について、
図12〜
図15を参照しつつ説明する。図中同一及び相当する構成については同一の符号を付し、同じ説明を繰り返さない。説明の便宜上、各図において、構成を簡略化又は模式化して示したり、一部の構成を省略して示したりする場合がある。
【0107】
図12は、一実施形態に係る油井管10の概略構成を示す側面図である。油井管10は、「1.油井管の材料について」において説明した化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼からなる。油井管10は、管本体11と、ピン12と、ボックス13とを備える。ピン12は、管本体11の管軸方向の一方の端に連続して形成されている。ボックス13は、管本体11の管軸方向の他方の端に連続して形成されている。
【0108】
図13は、油井管10の一方の端部の拡大断面図である。
図13に示すように、ピン12は、雄ねじ部121と、ピンシール面122と、ピンショルダ面123とを備える。
【0109】
雄ねじ部121及びピンシール面122は、ピン12の外周に形成されている。ピンシール面122は、雄ねじ部121よりもピン12の先端側に配置されている。ピンショルダ面123は、ピン12の先端面に設けられる。すなわち、ピン12において、雄ねじ部121、ピンシール面122、及びピンショルダ面123は、管本体11側から先端側に向かってこの順で配置されている。
【0110】
ピンシール面122は、直線部122aを含む。直線部122aは、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、ピン12の先端側に向かうにつれて管軸CLに近づくように管軸CLに対して斜行する直線状の部分である。すなわち、ピンシール面122は、ピン12の先端に向かって徐々に縮径する円錐台の周面を含んでおり、当該円錐台の周面によって直線部122aが構成される。
【0111】
本実施形態では、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、ピンシール面122が直線部122aのみで構成されている。ただし、ピンシール面122は、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、直線部122aと、1種以上の円弧及び/又は他の直線部との組み合わせによって構成されていてもよい。
【0112】
直線部122aは、そのテーパ比C
pが1/10〜1/3となるように構成されている。テーパ比C
pは、以下の式(8)で表される。
C
p=(D
p2−D
p1)/L
p (8)
【0113】
式(8)において、D
p1,D
p2は、それぞれ、P
p1,P
p2におけるピンシール面122の直径(外径)であり、L
pは、P
p1とP
p2との管軸方向の距離である。P
p1,P
p2は、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、直線部122a上の任意の点であるが、P
p1はP
p2よりもピン12の先端側に位置している。したがって、P
p1におけるピンシール面122の直径D
p1よりも、P
p2におけるピンシール面122の直径D
p2の方が大きい。
【0114】
図14は、油井管10の他方の端部の拡大断面図である。
図14に示すように、ボックス13は、雌ねじ部131と、ボックスシール面132と、ボックスショルダ面133とを備える。
【0115】
雌ねじ部131及びボックスシール面132は、ボックス13の内周に形成されている。ボックスシール面132は、雌ねじ部131よりも管本体11側に配置されている。ボックスショルダ面133は、管本体11側のボックス13の端面に設けられる。すなわち、ボックス13において、雌ねじ部131、ボックスシール面132、及びボックスショルダ面133は、油井管10の端側から管本体11側に向かってこの順で配置されている。
【0116】
ボックスシール面132は、直線部132aを含む。直線部132aは、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、雌ねじ部131側に向かうにつれて管軸CLから遠ざかるように管軸CLに対して斜行する直線状の部分である。すなわち、ボックスシール面132は、雌ねじ部131に向かって徐々に拡径する円錐台の周面を含んでおり、当該円錐台の周面によって直線部132aが構成されている。
【0117】
本実施形態では、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、ボックスシール面132が直線部132aのみで構成されている。ただし、ボックスシール面132は、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、直線部132aと、1種以上の円弧及び/又は他の直線部との組み合わせによって構成されていてもよい。
【0118】
直線部132aは、そのテーパ比C
bが1/10〜1/3となるように構成されている。テーパ比C
bは、以下の式(9)で表される。
C
b=(D
b2−D
b1)/L
b (9)
【0119】
式(9)において、D
b1,D
b2は、それぞれ、P
b1,P
b2におけるボックスシール面132の直径(内径)であり、L
bは、P
b1とP
b2との管軸方向の距離である。P
b1,P
b2は、管軸CLを含む平面で切断した油井管10の断面で見て、直線部132a上の任意の点であるが、P
b2はP
b1よりも雌ねじ部131側に位置している。したがって、P
b1におけるボックスシール面132の直径D
b1よりも、P
b2におけるボックスシール面132の直径D
b2の方が大きい。
【0120】
上記の構造を有する油井管10を複数連結する場合、一の油井管10のピン12(
図11及び
図12)が他の油井管10のボックス13(
図11及び
図14)に挿入され、ピン12とボックス13とが締結される。したがって、油井管10において、ボックス13の雌ねじ部131、ボックスシール面132、及びボックスショルダ面133は、それぞれ、ピン12の雄ねじ部121、ピンシール面122、及びピンショルダ面123と対応するように形成されている。
【0121】
雌ねじ部131は、雄ねじ部122を構成するねじと噛み合うねじで構成されている。ボックスシール面132は、締結状態において、ピンシール面122に接触する。ボックスショルダ面133は、締結状態において、ピンショルダ面123に接触する。
【0122】
ピンシール面122及びボックスシール面132は、干渉量を有する。すなわち、ピンシール面122は、ボックスシール面132の内径よりもわずかに大きい外径を有する。このため、ピンシール面122及びボックスシール面132は、ボックス13に対するピン12のねじ込みに伴って互いに接触し、締結状態では嵌め合い密着して締まりばめの状態となる。これにより、ピンシール面122及びボックスシール面132は、メタル−メタル接触によるシール部を形成する。
【0123】
ピンショルダ面123及びボックスショルダ面133は、ボックス13に対するピン12のねじ込みにより、互いに接触して押し付けられる。ピンショルダ面123及びボックスショルダ面133は、このような互いの押圧接触によってショルダ部を形成する。
【0124】
以上のように、本実施形態に係る油井管10では、ピンシール面122及びボックスシール面132に緩やかな傾斜面が設けられている。具体的には、管軸CLを含む油井管10の断面で見て、ピンシール面122は、直線部122aのテーパ比が1/10〜1/3となるように構成されている。同様に、ボックスシール面132も、直線部132aのテーパ比が1/10〜1/3となるように構成されている。上述した通り、このテーパ比の範囲であれば、密封性能を効果的に向上させることができる。
【0125】
また、本実施形態に係る油井管10は、「1.油井管の材料について」において説明した化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼からなる。当該ステンレス鋼は、13%Cr鋼と比べて高い熱伝導率を有し、熱がこもりにくい。このため、本実施形態に係る油井管10では、ピンシール面122が他の油井管10のボックスシール面132と摺動したときに発生する熱を効率的に放散させることができ、焼きつきの発生を抑制することができる。
【0126】
したがって、本実施形態に係る油井管10によれば、優れた密封性能及び耐焼きつき性能の双方を確保することができる。
【0127】
本開示に係る油井管の構造は、上記のものに限定されない。例えば、
図12に示す油井管10において、ピンシール面122は、直線部122aのテーパ比が1/10〜1/3となるように構成されている。ボックスシール面132も、直線部132aのテーパ比が1/10〜1/3となるように構成されている。しかしながら、ピンシール面122及びボックスシール面132のどちらか一方がこのような直線部を含んでいなくてもよい。すなわち、ピンシール面122及びボックスシール面132のどちらか一方を、管軸CLの周りに円弧を回転させた回転体の周面のみ、あるいはテーパ比が1/10未満もしくは1/3よりも大きい円錐台の周面のみで構成してもよいし、これらを1種以上組み合わせたもののみで構成してもよい。
【0128】
油井管10では、ピンショルダ面123がピン12に設けられ、ボックスショルダ面133がボックス13に設けられている。しかしながら、ピン12及びボックス13は、それぞれ、ピンショルダ面123及びボックスショルダ面133を備えていなくてもよい。
【0129】
油井管10では、管本体11の一方の端にピン12が連続して形成され、他方の端にボックス13が連続して形成されている。しかしながら、
図15に示すように、管本体11の両端の各々にピン12が連続して形成されていてもよい。
【0130】
図15に示すように、油井管10Aは、管本体11の管軸方向の各端に接続されたピン12,12を備える。油井管10Aは、ボックス13を備えていない。油井管10Aは、管状のカップリング20を介して他の油井管10Aと連結される。カップリング20は、管軸方向の両端部の各々においてボックス21を有する。一方のボックス21に一の油井管10Aのピン12を挿入して締結し、他方のボックス21に他の油井管10Aのピン12を挿入して締結することにより、2つの油井管10Aが連結される。
【0131】
特に図示しないが、カップリング20の各ボックス21は、ピン12の雄ねじ部121及びピンシール面122(
図13)に各々対応する雌ねじ部及びボックスシール面を有する。ピン12がピンショルダ面123を有する場合、各ボックス21は、ピンショルダ面123に対応するボックスショルダ面をさらに有する。
【0132】
各ボックス21のボックスシール面は、油井管10のボックスシール面132(
図15)と同様の構成を有していてもよいが、異なる構成を有していてもよい。すなわち、各ボックス21のボックスシール面は、管軸CLを含むカップリング20の断面で見て、テーパ比が1/10〜1/3の直線部を有していてもよいし、当該直線部を有していなくてもよい。
【0133】
以上、実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【実施例】
【0134】
以下、実施例によって本開示をさらに詳しく説明する。ただし、本開示は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0135】
<1.油井管の材料について>
表1に示す化学組成を有する鋼種A〜Vの鋼を溶製し、インゴットを製造した。鋼種A〜Vの化学組成は、本実施形態の範囲内である。各インゴットを熱間鍛造して、幅100mm、高さ30mmの板材を製造した。製造された板材を、番号1〜36の鋼素材として準備した。なお、表1に示す化学組成において、各元素の含有量は質量%であり、残部はFe及び不純物である。
【0136】
【表1】
【0137】
準備された複数の素材を加熱炉で加熱した。加熱された素材を加熱炉から抽出し、抽出後速やかに熱間圧延を実施し、番号1〜36の中間材を製造した。熱間圧延時の素材各々の鋼材温度を、表2に示す。本実施例においては、素材を加熱炉にて十分な時間で加熱したため、鋼材温度は加熱温度に等しかった。各番号の熱間圧延での圧延率を、表2に示す。
【0138】
【表2】
【0139】
番号1〜36各々の中間材に対して、焼入れ及び焼戻しを実施した。焼入れ温度は、950℃であった。焼入れ温度での保持時間(熱処理時間)は15分であった。水冷により、中間材に焼入れを実施した。焼戻し温度は、番号1、23〜30、32、33の中間材が550℃であり、番号2〜22、31、34〜36の中間材が600℃であった。焼戻し温度での保持時間は30分であった。以上の製造工程により、各番号の鋼板を製造した。
【0140】
[ミクロ組織観察試験]
番号1〜36各々の鋼板を幅中央で長さ方向に切断した。切断面(長さ方向をy軸、肉厚方向をx軸とする)のうち、鋼板の中心部分からミクロ組織観察用のサンプルを採取した。採取されたサンプルから、上述の方法で面積率を測定し、フェライト相の体積率と定義した。さらに、オーステナイト相の体積率を、上述のX線回折法により求めた。さらに、焼戻しマルテンサイト相の体積率を、フェライト相の体積率及びオーステナイト相の体積率を用いて上述の方法により求めた。
【0141】
さらに、観察面内の任意の位置から、観察倍率100倍であって1mm×1mmのミクロ組織画像(たとえば
図1に示すような画像)を得た。得られたミクロ組織画像を用いて、上述の方法により、各番号の鋼板のβを算出した。
【0142】
[降伏強度評価試験]
番号1〜36各々の鋼板の肉厚方向の中央部分から、引張試験用の丸棒を採取した。丸棒の長手方向は、鋼板の圧延方向に平行な方向(L方向)であった。丸棒の平行部の直径は6mmであり、標点間距離は40mmであった。採取された丸棒に対して、JIS Z2241(2011)に準拠して、室温で引張試験を実施し、降伏強度(0.2%耐力)を求めた。
【0143】
[低温靱性評価試験]
低温靱性評価試験としてシャルピー衝撃試験を実施した。番号1〜36各々の鋼板の肉厚方向の中央部分から、ASTM E23に準拠したフルサイズ試験片を採取した。試験片の長手方向は、板幅方向に平行であった。採取された試験片を用いて、20℃〜−120℃の温度範囲においてシャルピー衝撃試験を実施し、吸収エネルギー(J)を測定し、延性脆性の破面遷移温度を求めた。
【0144】
[高温耐SCC性評価試験]
番号1〜36各々の鋼板から、4点曲げ試験片を採取した。試験片の長さは75mmであり、幅は10mmであり、厚さは2mmであった。試験片に4点曲げによるたわみを付与した。このとき、ASTM G39に準拠して、試験片に与えられる応力が試験片の0.2%オフセット耐力と等しくなるように、試験片のたわみ量を決定した。30bar(3.0MPa)のCO
2と0.01bar(1kPa)のH
2Sとが加圧封入された200℃のオートクレーブを番号1〜36各々に準備した。たわみをかけた試験片をオートクレーブに収納した。試験片は、オートクレーブ内で25mass%のNaCl溶液に720時間浸漬した。溶液は、0.41g/lのCH
3COONaを含有したCH
3COONa+CH
3COOH緩衝系によりpH4.5に調整した。浸漬後の試験片に対して応力腐食割れ(SCC)の発生の有無を観察した。具体的には、試験片に対して、引張応力が付加された部分の断面を100倍の倍率で光学顕微鏡を用いて観察し、割れの有無を判定した。表3において、割れ無しが○であり、割れ有りが×であり、○の場合が×の場合よりも耐SCC性に優れる。さらに、試験片に対して、試験前の重量及び浸漬後の重量の変化量に基づいて、腐食減量を求めた。得られた腐食減量から年間腐食量(mm/Year)を計算した。
【0145】
[常温での耐SSC性評価試験]
番号1〜36各々の鋼板から、NACE TM0177 METHOD A用の丸棒試験片を採取した。試験片の直径は6.35mmであり、平行部の長さは25.4mmであった。試験片の軸方向に引張応力を負荷した。このとき、NACA TM0177−2005に準拠して、試験片に与えられる応力が、試験材の実測の降伏応力の90%になるように調整した。試験片は、0.01bar(1kPa)のH
2Sと0.99bar(0.099MPa)のCO
2とを飽和させた25mass%のNaCl溶液に720時間浸漬した。溶液は、0.41g/lのCH
3COONaを含有したCH
3COONa+CH
3COOH緩衝系によりpH4.0に調整した。さらに、溶液の温度は25℃に調整した。浸漬後の試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、番号1〜36の試験片のうち、試験中に破断した試験片、及び破断しなかった試験片の各々に対して、平行部を肉眼にて観察し、クラック又は孔食の発生の有無を判定した。表3において、クラック又は孔食の発生が無い場合が○であり、クラック又は孔食の発生がある場合が×であり、○の場合が×の場合よりも耐SSC性に優れる。
【0146】
[試験結果]
表3に試験結果を示す。番号1〜36の鋼板はいずれも、フェライト相の体積率(α分率)、オーステナイト相の体積率(γ分率)及び焼戻しマルテンサイト相の体積率(M分率)が、本実施形態の範囲内であった。番号1〜36の鋼材はいずれも、降伏強度が758MPa以上であり、年間腐食量が0.01mm/Year以下であり、耐SCC性及び耐SSC性が優れた。
【0147】
【表3】
【0148】
番号1、4、7、10、12〜16、19〜36の各鋼材はいずれも、βが1.55以上であった。これらの鋼材は遷移温度が−30℃以下であり、低温靭性に優れる。
【0149】
また、番号2、3、5、6、8、9、11、17、18の各鋼材はいずれも、βが1.5未満であり、遷移温度が−30℃を上回った。これらの鋼材は低温靭性に劣る。
【0150】
<2.油井管の材料と構造との関係について>
本開示の範囲内の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼について、油井管に適用した場合の耐焼きつき性能を確認するため、ファレックス試験及びメイクブレイク試験を実施した。
【0151】
[ファレックス試験]
(試験条件)
実施例1−1、実施例1−2、比較例1−1、及び比較例1−2に係る試験片をそれぞれ3つずつ準備し、ファレックス試験機を用いた摩耗試験を実施した。共通の試験条件を以下に示す。試験終了条件は、摩擦係数0.2以上とした。
・試験面圧:2GPa
・ジャーナルピンの回転数:3rpm
・ジャーナルピン側の潤滑剤:シェル社製HP APIモディファイド スレッド コンパウンド タイプ3
・V型ブロック側の潤滑剤:なし
【0152】
実施例1−1に係る試験片は、本開示の範囲内の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼からなり、表面処理(サンドブラスト加工)が施されたものである。実施例1−2に係る試験片は、実施例1−1に係る試験片と同じステンレス鋼からなるが、表面処理が施されていない。表4に、実施例1−1及び1−2の試験片を構成するステンレス鋼の主な元素の含有量を示す。表4において、各元素の含有量は質量%で示されている。
【0153】
【表4】
【0154】
比較例1−1に係る試験片は、本開示の範囲外の化学組成を有するステンレス鋼からなり、表面処理(サンドブラスト加工)が施されたものである。比較例1−2に係る試験片は、比較例1−1に係る試験片と同じステンレス鋼からなるが、表面処理が施されていない。比較例1−1及び1−2に係る試験片を構成するステンレス鋼は、質量%で11.9800のCrを含有する。
【0155】
(評価)
実施例1−1、実施例1−2、比較例1−1、及び比較例1−2の各々について、各試験片の試験開始から終了までの時間(試験終了時間)及びその平均を表5に示す。
【0156】
【表5】
【0157】
表5より、試験片に表面処理を施した実施例1−1及び比較例1−1を比較すると、実施例1−1の方が比較例1−1よりも試験終了時間が長いことがわかる。試験片に表面処理を施さなかった実施例1−2及び比較例1−2についても、実施例1−2の方が比較例1−2よりも試験終了時間が長いことがわかる。特に、実施例1−2は、比較例1−2と比べて試験終了時間が大幅に延びている。このことから、本開示の範囲内の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼は、摩耗が生じにくく、油井管に適用したときに耐焼きつき性能を向上させることができると予想される。
【0158】
[メイクブレイク試験]
(試験条件)
実施例2−1〜2−3として、実施例1−1及び1−2と同じステンレス鋼からなる油井管を使用し、締結と解体とを繰り返すメイクブレイク試験を実施した。比較例2−1〜2−3として、比較例1−1及び1−2と同じステンレス鋼からなる油井管を使用して、同様のメイクブレイク試験を実施した。共通の試験条件を以下に示す。
・油井管の寸法:外径177.8mm、肉厚14.99mm
・表面処理:ピン及びボックスともにサンドブラスト加工あり
・メイクアップトルク:34500N−m+0/−1360
・回転数:2rpm
・メイクブレイク回数:10回
【0159】
実施例2−1及び比較例2−1で使用した潤滑剤はShell Type 3、実施例2−2及び比較例2−2で使用した潤滑剤はBESTOLIFE社製API Modified 304−STである。実施例2−3及び比較例2−3では、いわゆる環境配慮型の潤滑剤(JET LUBE社製SEAL GUARD)を使用した。環境配慮型の潤滑剤は、重金属を含まず、潤滑性能が比較的低い潤滑剤である。
【0160】
(試験結果)
実施例2−1では、1回目でネジ底に軽微なゴーリングが発生したが、手入れを実施した後、ゴーリングも疵の発生もなく10回までメイクブレイクを完了した。
【0161】
実施例2−2では、1回目及び2回目でネジ底にスジ状の痕が発生したが、手入れを実施し、その後、さらに疵が発生することなく10回までメイクブレイクを完了した。
【0162】
実施例2−3では、1回目でネジ部にゴーリングが発生したため、メイクブレイク試験を中止した。しかし、シール部については性能が維持されていた。
【0163】
比較例2−1では、1回目、2回目、5回目にネジ底に軽微なゴーリング・スジ状の痕が発生し、2回目、4回目、9回目にネジ荷重面に軽微なゴーリング・変形が発生したが、その都度、手入れを実施して試験を続行し、10回のメイクブレイクを完了した。
【0164】
比較例2−2では、1回目、2回目、4回目にネジ底にスジ状の痕が発生し、1回目、3回目にネジ荷重面に軽微なゴーリングが発生し、8回目にはネジの各面で軽微なゴーリングが発生し、10回目にはネジ挿入面で変形が発生したが、その都度手入れを実施して試験を続行し、10回のメイクブレイクを完了した。
【0165】
比較例2−3では、1回目でネジ部及びシール部の全周にゴーリングが発生したため、メイクブレイク試験を中止した。
【0166】
(評価)
実施例2−1及び2−2と比較例2−1及び2−2とを比較すると、明らかに、比較例2−1及び2−2の方が損傷の発生回数が多い。また、実施例2−3及び比較例2−3は、どちらも1回目のブレイクアウト後にメイクブレイク試験を中止したが、比較例2−3ではシール部が損傷しているのに対し、実施例2−3ではシール部に損傷が発生しておらず、密封性能が維持されている。よって、本開示の範囲内の化学組成及びマトリクス組織を有するステンレス鋼によって油井管を構成すれば、締結及び解体時の損傷を抑制することができ、耐焼きつき性能を確保できることがわかる。