(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6579163
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】プロセスの状態診断方法及び状態診断装置
(51)【国際特許分類】
G05B 23/02 20060101AFI20190912BHJP
【FI】
G05B23/02 302V
【請求項の数】11
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-130762(P2017-130762)
(22)【出願日】2017年7月4日
(65)【公開番号】特開2018-14093(P2018-14093A)
(43)【公開日】2018年1月25日
【審査請求日】2018年2月21日
(31)【優先権主張番号】特願2016-134040(P2016-134040)
(32)【優先日】2016年7月6日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平田 丈英
【審査官】
永田 和彦
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2013/011745(WO,A1)
【文献】
特許第4922265(JP,B2)
【文献】
特許第5651998(JP,B2)
【文献】
特許第5499900(JP,B2)
【文献】
国際公開第2016/038803(WO,A1)
【文献】
特開2011−141475(JP,A)
【文献】
特表2012−528392(JP,A)
【文献】
特表2010−522942(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/082322(WO,A1)
【文献】
Kohonen, Teuvo,外2名,“Statistical Pattern Recognition with Neural Networks: Benchmarking Studies”,IEEE International Conference on Neural Networks,1988年,Volume I,p. 61‐68
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 9/00−23/02,
G06Q 50/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断方法であって、
前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとしてデータベースに格納し、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似する逸脱指標パターンが前記データベースに格納されている場合、類似する逸脱指標パターンに対応する変数の実績値が得られた時の前記プロセスに関する情報を提示することを特徴とするプロセスの状態診断方法。
【請求項2】
前記情報には、類似する逸脱指標パターンに対応する変数の実績値が得られた時の前記プロセスの条件に関する情報が含まれることを特徴とする請求項1に記載のプロセスの状態診断方法。
【請求項3】
前記逸脱指標パターンを構成する要素数をmとしたとき、各逸脱指標パターンをm次元空間上の点として捉え、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンに対応する点と前記データベースに格納されている逸脱指標パターンに対応する点との間の距離に基づいて類似する逸脱指標パターンを抽出することを特徴とする請求項1又は2に記載のプロセスの状態診断方法。
【請求項4】
類似する逸脱指標パターンに対応する変数の実績値が得られた時の前記プロセスに関する情報を類似度が高い順にランキング形式で提示することを特徴とする請求項1〜3のうち、いずれか1項に記載のプロセスの状態診断方法。
【請求項5】
主成分分析又は部分的最小二乗法を利用して前記データベースに格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮することを特徴とする請求項1〜4のうち、いずれか1項に記載のプロセスの状態診断方法。
【請求項6】
プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断方法であって、
前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとしてデータベースに格納し、前記逸脱指標パターンを構成する要素数をmとしたとき、各逸脱指標パターンをm次元空間上の点として捉え、m次元空間上の距離に基づいてデータベースに格納されている逸脱指標パターンを複数のクラスに分類し、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似性が高いクラスをm次元空間上の距離に基づいて抽出し、類似性が高いクラスに分類されている逸脱指標パターンに対応する変数の実績値が得られた時の前記プロセスに関する情報を提示することを特徴とするプロセスの状態診断方法。
【請求項7】
主成分分析又は部分的最小二乗法を利用して前記データベースに格納されている逸脱指標パターンの次元を前記クラス毎に圧縮することを特徴とする請求項6に記載のプロセスの状態診断方法。
【請求項8】
サポートベクターマシン、学習ベクトル量子化法、決定木、又は、ディープラーニングを用いて類似性が高いクラスを抽出することを特徴とする請求項6又は7に記載のプロセスの状態診断方法。
【請求項9】
各サブモデルに付与された信頼度に応じて前記逸脱指標を修正するステップを含むことを特徴とする請求項1〜8のうち、いずれか1項に記載のプロセスの状態診断方法。
【請求項10】
プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断装置であって、
前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとして格納するデータベースと、
新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似する逸脱指標パターンが前記データベースに格納されている場合、類似する逸脱指標パターンに対応する変数の実績値が得られた時の前記プロセスに関する情報を提示する状態診断部と、
を備えることを特徴とするプロセスの状態診断装置。
【請求項11】
プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断装置であって、
前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとして格納すると共に、各逸脱指標パターンは、逸脱指標パターンを構成する要素数をmとしたとき、各逸脱指標パターンをm次元空間上の点として捉え、m次元空間上の距離に基づいて複数のクラスに分類されているデータベースと、
新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似性が高いクラスをm次元空間上の距離に基づいて抽出し、類似性が高いクラスに分類されている逸脱指標パターンに対応する変数の実績値が得られた時の前記プロセスに関する情報を提示する状態診断部と、
を備えることを特徴とするプロセスの状態診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製造プロセス等のプロセスの状態診断方法及び状態診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
製造プロセス、発電プロセス、搬送プロセス、廃液処理プロセス等のプロセスの状態、特に異常状態を診断する方法としては、モデルベースアプローチとデータベースアプローチとがある。モデルベースアプローチは、プロセスにおける物理的又は化学的な現象を数式で表現したモデルを構築し、構築したモデルを用いてプロセスの状態を診断するアプローチである。一方、データベースアプローチは、プロセスで得られた操業データから統計解析的なモデルを構築し、構築したモデルを用いてプロセスの状態を診断するアプローチである。
【0003】
鉄鋼プロセスのような製造プロセスでは、1つの製造ラインで多品種、多サイズの製品が製造されるため、操業パターンが無数に存在する。また、高炉のような製造プロセスでは、鉄鉱石やコークス等のような自然物を原材料として用いるために、製造プロセスのばらつきが大きい。このため、鉄鋼プロセスのような製造プロセスの製造状態を診断する場合、モデルベースアプローチのみによるアプローチでは限界がある。
【0004】
データベースアプローチとしては、過去の異常発生時の操業データをデータベース化して現在の操業データとの類似性を判定する診断方法や、逆に正常時の操業データをデータベース化して現在の操業データとの違いを判定する診断方法がある。ところが、鉄鋼プロセスのような製造プロセスでは、製造に用いられる設備点数が多い上に、特に日本のように老朽化が進んだ設備が多い場合、過去に前例のないトラブルが発生することが少なくない。このため、過去のトラブル事例をベースとする前者のような診断方法では異常状態の予知に限界がある。
【0005】
一方、後者の診断方法としては、特許文献1〜4に記載されているものがある。具体的には、特許文献1,2には、正常時の操業データを用いて作成されたモデルによる予測に基づき製造プロセスの異常状態を予知又は検知する方法が記載されている。また、特許文献3,4には、正常時の操業データからパターンを抽出、ライブラリ化し、取得した操業データとライブラリ化されたパターンとの違いを判定することにより、いつもと違う状況を早期に検知する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2013/011745号
【特許文献2】特許第4922265号公報
【特許文献3】特許第5651998号公報
【特許文献4】特許第5499900号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、鉄鋼プロセスのような製造プロセスでは、無数の操業パターンや製造プロセスのばらつきを完全に網羅したモデルを構築することは困難であるために、モデルを利用して製造プロセスの製造状態を精度よく予測することは困難である。このため、特許文献1,2記載の方法では、製造プロセスの異常状態の予知又は検知の精度を向上させることが困難である。また、特許文献3,4記載の方法では、製造プロセスの操業パターンが無数に存在する場合、操業の度毎にパターンの数やその分布状態が増大するために、取得した操業データとライブラリ化されたパターンとの違いを判定するために多くの労力が必要となり、診断を効率的に行うことが困難になる。このため、製造プロセスの製造状態を精度よく、且つ、効率的に診断可能な技術の提供が期待されていた。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、プロセスの状態を精度よく、且つ、効率的に診断可能なプロセスの状態診断方法及び状態診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断方法であって、前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとしてデータベースに格納し、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似する逸脱指標パターンが前記データベースに格納されている場合、類似する逸脱指標パターンに関する過去の情報を提示することを特徴とする。
【0010】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、上記発明において、前記情報には、類似する逸脱指標パターンが得られた時の前記プロセスの条件に関する情報が含まれることを特徴とする。
【0011】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、上記発明において、前記逸脱指標パターンを構成する要素数をmとしたとき、各逸脱指標パターンをm次元空間上の点として捉え、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンに対応する点と前記データベースに格納されている逸脱指標パターンに対応する点との間の距離に基づいて類似する逸脱指標パターンを抽出することを特徴とする。
【0012】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、上記発明において、類似する逸脱指標パターンに関する過去の情報を類似度が高い順にランキング形式で提示することを特徴とする。
【0013】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、上記発明において、主成分分析又は部分的最小二乗法を利用して前記データベースに格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮することを特徴とする。
【0014】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断方法であって、前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとしてデータベースに格納し、前記逸脱指標パターンを構成する要素数をmとしたとき、各逸脱指標パターンをm次元空間上の点として捉え、m次元空間上の距離に基づいてデータベースに格納されている逸脱指標パターンを複数のクラスに分類し、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似性が高いクラスをm次元空間上の距離に基づいて抽出し、類似性が高いクラスに分類されている逸脱指標パターンに関する情報を提示することを特徴とする。
【0015】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、上記発明において、主成分分析又は部分的最小二乗法を利用して前記データベースに格納されている逸脱指標パターンの次元を前記クラス毎に圧縮することを特徴とする。
【0016】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、上記発明において、サポートベクターマシン、学習ベクトル量子化法、決定木、又は、ディープラーニングを用いて類似性が高いクラスを抽出することを特徴とする。
【0017】
本発明に係るプロセスの状態診断方法は、上記発明において、各サブモデルに付与された信頼度に応じて前記逸脱指標を修正するステップを含むことを特徴とする。
【0018】
本発明に係るプロセスの状態診断装置は、プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断装置であって、前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとして格納するデータベースと、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似する逸脱指標パターンが前記データベースに格納されている場合、類似する逸脱指標パターンに関する情報を提示する状態診断部と、を備えることを特徴とする。
【0019】
本発明に係るプロセスの状態診断装置は、プロセスの状態を予測する複数のサブモデルの予測誤差から該サブモデル毎に算出される前記プロセスの正常状態からの逸脱指標を用いて前記プロセスの状態を診断するプロセスの状態診断装置であって、前記サブモデル毎に算出された前記逸脱指標を要素とするパターンを逸脱指標パターンとして格納すると共に、各逸脱指標パターンは、逸脱指標パターンを構成する要素数をmとしたとき、各逸脱指標パターンをm次元空間上の点として捉え、m次元空間上の距離に基づいて複数のクラスに分類されているデータベースと、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似性が高いクラスをm次元空間上の距離に基づいて抽出し、類似性が高いクラスに分類されている逸脱指標パターンに関する情報を提示する状態診断部と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係るプロセスの状態診断方法及び状態診断装置によれば、プロセスの状態を精度よく、且つ、効率的に診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、7個の逸脱指標パターン及び異常発生時に取得した変数の実績値を用いて求めた逸脱指標パターンを示す図である。
【
図3】
図3は、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断処理の流れを示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、逸脱指標パターンをクラスに分類する方法を説明するための概念図である。
【
図5】
図5は、本発明の第2の実施形態である製造プロセスの製造状態診断処理の流れを示すフローチャートである。
【
図7】
図7は、逸脱指標パターンDB内に格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮する前における本発明に係るプロセスの状態診断方法の効果を示す図である。
【
図8】
図8は、逸脱指標パターンDB内に格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮した後における本発明に係るプロセスの状態診断方法の効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して、本発明の第1及び第2の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置について説明する。なお、本実施形態は、鉄鋼設備等の製造設備の製造プロセスの製造状態を診断する処理に本発明を適用したものであるが、本発明は、発電設備の発電プロセス、搬送設備の搬送プロセス、及び廃液処理設備の廃液処理プロセス等のその他のプロセスの状態を診断する処理にも同様にして適用することができる。
【0023】
[第1の実施形態]
まず、
図1を参照して、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置について説明する。
【0024】
〔装置構成〕
図1は、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置の構成を示すブロック図である。
図1に示すように、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置1は、鉄鋼設備等の製造設備の製造プロセスの製造状態を診断する装置であり、入力部11、出力部12、外部装置13、記憶部14、及び制御部15を主な構成要素として備えている。
【0025】
入力部11は、後述するサブモデルによる予測や原因推定を行う診断対象の実操業データを情報・制御系ネットワークを介して受信する装置である。入力部11は、受信した診断対象の実操業データを制御部15に入力する。
【0026】
出力部12は、表示装置や印刷装置等の出力装置によって構成され、制御部15の各種処理情報を出力する。
【0027】
外部装置13は、電気通信回線を介して情報通信可能な形態で制御部15に接続されている。外部装置13は、操業データベース(操業DB)13aを備えている。操業DB13aには、製造プロセスの過去の操業時に取得された複数種類の変数の時系列データのうち、正常操業時に取得された複数種類の変数の時系列データが電気通信回線を介して読み取り可能な形態で格納されている。また、操業DB13aには、過去の操業時における製造プロセスの製造条件に関する情報も複数種類の変数の時系列データと関連付けして記憶されている。
【0028】
記憶部14は、ハードディスク装置等の記憶装置によって構成され、制御部15に接続されている。記憶部14には、サブモデルデータベース(サブモデルDB)14a及び逸脱指標パターンデータベース(逸脱指標パターンDB)14bが記憶されている。サブモデルDB14aは、製造プロセス及び/又は製造プロセスにおいて製造中の製品の状態を示す時系列の予測値を算出する数式をサブモデルとして格納している。逸脱指標パターンDB14bは、各サブモデルの逸脱指標を要素とする逸脱指標パターンを格納している。なお、主成分分析又は部分的最小二乗法(PLS)を用いて逸脱指標パターンDB14b内に格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮することにより、典型的な逸脱指標パターンのみを抽出しておくようにしてもよい。サブモデル、逸脱指標、及び逸脱指標パターンの詳細については後述する。
【0029】
制御部15は、CPU(Central Processing Unit)等の演算処理装置によって構成され、製造プロセスの製造状態診断装置1全体の動作を制御する。制御部15は、演算処理装置がコンピュータプログラムを実行することによって、逸脱指標算出部15a及び製造状態診断部15bとして機能する。これら各部の機能については後述する。
【0030】
〔サブモデルの構成〕
次に、サブモデルDB14aに格納されているサブモデルの構成について説明する。
【0031】
本実施形態において、サブモデルとは、製造プロセス及び/又は製造プロセスにおいて製造中の製品の状態を示す時系列の予測値を算出する数式のことを意味する。複数種類のサブモデルを構築することにより、製造プロセス全体で1つのモデルを構築するよりも異常状態の早期検知及び原因推定が容易になる。ここで、時系列の予測値を求める既知の数式が存在する製造プロセス及び/又は製造プロセスにおいて製造中の製品の状態については、その既知の数式をサブモデルとして用いることができる。一方、時系列の予測値を求める数式が存在しない製造プロセス及び/又は製造プロセスにおいて製造中の製品の状態については、製造プロセスの正常操業時に取得した自身以外の複数の変数を用いて統計解析的な処理によって求められた回帰式をサブモデルとして用いる。また、各サブモデルには、所定の評価期間におけるサブモデルの予測誤差(予測値と実績値との差分値)に応じて信頼度(予測誤差が小さくなるのに応じて大きくなる値)が付与されている。なお、算出された信頼度が低い場合には、サブモデルの構成を見直すことが望ましい。また、サブモデルは、製造プロセスに含まれる発電設備や搬送設備の状態量を各種センサーの検出値や他の状態量、設定値から推定するモデルであっても構わない。
【0032】
〔逸脱指標パターンの構成〕
次に、
図2を参照して、逸脱指標パターンの構成について説明する。
【0033】
本発明において、逸脱指標とは、正常操業時に取得した変数の実績値と対応するサブモデルから算出された変数の予測値との差分値(予測誤差)のことを意味し、逸脱指標パターンとは、各サブモデルから求められた逸脱指標を要素として含むパターンのことを意味する。
図2(a)〜(g)は、7個の逸脱指標パターンを示す。また、
図2(h)には、参考のために、偶然過去に数回発生した異常時に取得した変数の実績値を用いて求めた逸脱指標パターンを示す。
図2において、横軸はサブモデルの番号(1〜222)を示し、縦軸は逸脱指標の値を示している。
【0034】
図2(a)〜(g)に示すように、正常操業時であっても逸脱指標の値が大きいサブモデルがあることがわかる。これは、鉄鋼プロセスのような製造プロセスでは、無数の操業パターンや製造プロセスのばらつきを完全に網羅したモデルを構築することが困難であるためである。また、逸脱指標パターンの形状には幾つかのパターンがあり、その形状は
図2(h)に示す異常発生時の逸脱指標パターンの形状とも異なることがわかる。そこで、本発明では、以下に示す通り、逸脱指標パターンDB14bに格納されている逸脱指標パターンと新たに取得した変数の実績値から求められた逸脱指標パターンとを比較することによって、製造プロセスの製造状態を診断する。なお、
図2(a)〜(g)に示す正常操業時の逸脱指標パターンには製造プロセスの軽微な異常状態も含まれている。このため、新たに取得した変数の実績値から求められた逸脱指標パターンが軽微な異常状態の逸脱指標パターンと類似している場合には、現在の製造プロセスの製造状態が将来的に重大なトラブルに繋がる可能性がある予兆として捉えることもできる。
【0035】
〔製造状態診断処理〕
次に、
図3を参照して、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置1による製造プロセスの製造状態診断方法について説明する。
【0036】
図3は、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断処理の流れを示すフローチャートである。
図3に示すフローチャートは、入力部11が制御部15に実操業データを入力したタイミングで開始となり、製造状態診断処理はステップS1の処理に進む。
【0037】
ステップS1の処理では、逸脱指標算出部15aが、操業DB13aから処理対象時刻において製造プロセスから取得された複数種類の変数の実績値のデータ(変数データ)を読み込む。これにより、ステップS1の処理は完了し、製造状態診断処理はステップS2の処理に進む。
【0038】
ステップS2の処理では、逸脱指標算出部15aが、ステップS1の処理において読み込まれた複数種類の変数の実績値のデータを用いて、処理対象時刻における製造プロセスの状態が正常操業時における製造プロセスの状態とどの程度異なるかを示す値を逸脱指標としてサブモデル毎に算出する。具体的には、まず、逸脱指標算出部15aは、サブモデルDB14aからサブモデルのデータを読み出し、変数の実績値のデータを対応するサブモデルに代入することによって変数毎に処理対象時刻における予測値を算出する。次に、逸脱指標算出部15aは、変数間の絶対量や単位の違いを規格化するために複数種類の変数の実績値及び予測値のデータを正規化する。そして、逸脱指標算出部15aは、処理対象時刻における変数の正規化された予測値と正規化された実績値との差分値を逸脱指標としてサブモデル毎に算出する。なお、サブモデル毎に信頼度が異なる場合には、逸脱指標はサブモデルの信頼度を考慮した値とすることが望ましい。具体的には、変数の予測値を算出する度毎に予測誤差の値を更新し、信頼度(例えば1/(直近区間の正規化予測誤差+1)。なお、現時点の正規化予測誤差(逸脱指標)=(現時点の予測誤差−サブモデル作成時の予測誤差平均値)/サブモデル作成時の予測誤差標準偏差)に比例した重みを逸脱指標に乗算することが望ましい。ここで、予測誤差に1を加算した理由は、予測誤差がゼロに近い場合に重みが非常に大きな値になることを防ぐためである。また、信頼度の計算式は一例であって、シナリオの内容や計算式は製造プロセスに応じて適宜変更してもよい。これにより、ステップS2の処理は完了し、製造状態診断処理はステップS3の処理に進む。
【0039】
ステップS3の処理では、製造状態診断部15bが、ステップS2の処理において算出された逸脱指標を要素とする逸脱指標パターンに類似する逸脱指標パターンが逸脱指標パターンDB14b内に格納されているか否かを判別する。具体的には、逸脱指標パターンの要素数(=サブモデル数)がm個ある場合、製造状態診断部15bは、各逸脱指標パターンをm次元空間上の1点として捉え、ステップS2の処理において算出された逸脱指標を要素とする逸脱指標パターンに対応する点と逸脱指標パターンDB14b内に格納されている逸脱指標パターンに対応する点との間の距離を算出する。そして、製造状態診断部15bは、算出された距離が所定値以下である逸脱指標パターンが逸脱指標パターンDB14b内に格納されている場合、類似する逸脱指標パターンが逸脱指標パターンDB14b内に格納されていると判別する。
【0040】
判別の結果、類似する逸脱指標パターンが逸脱指標パターンDB14b内に格納されている場合(ステップS3:Yes)、製造状態診断部15bは、製造状態診断処理をステップS4の処理に進める。一方、類似する逸脱指標パターンが逸脱指標パターンDB14b内に格納されていない場合には(ステップS3:No)、製造状態診断部15bは、一連の製造状態診断処理を終了する。
【0041】
ステップS4の処理では、製造状態診断部15bが、ステップS3の処理において算出された距離が所定値以下である逸脱指標パターン毎に、対応する変数の実績値が得られた時の製造プロセスの製造条件及び/又は製品(品質やトラブル等)に関する情報を操業DB13aから読み出し、読み出した情報を出力部12に出力する。なお、この際、製造状態診断部15bは、類似度が高い(=距離が短い)逸脱指標パターンの順にランキング形式で製造プロセスの製造条件及び/又は製品に関する情報を出力してもよい。オペレータは、出力部12に出力された過去の情報に基づいて、評価対象の製造プロセスの製造状態を判定する。これにより、ステップS4の処理は完了し、一連の製造状態診断処理は終了する。
【0042】
以上の説明から明らかなように、本発明の第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断処理では、製造状態診断部15bが、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似する逸脱指標パターンが逸脱指標パターンDB14bに格納されている場合、類似する逸脱指標パターンに関する過去の情報を提示する。すなわち、正常時に作成した複数のサブモデルからの逸脱指標を一旦求めた上で、複数の逸脱指標を逸脱指標パターンとしてライブラリ化し、ライブラリ化した逸脱指標パターンに基づき製造プロセスの製造状態を判定するので、製造プロセスの製造状態を精度よく診断できる。また、操業パターンが無数に存在するような製造プロセスであっても、ライブラリに蓄積された逸脱指標パターンを効率的に解析しやすくなるので、製造プロセスの製造状態を効率的に診断することができる。
【0043】
[第2の実施形態]
次に、本発明の第2の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置について説明する。
【0044】
〔装置構成〕
本発明の第2の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置は、
図1に示す第1の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置1と同じ構成を有している。但し、本実施形態では、逸脱指標パターンDB14b内に格納されている逸脱指標パターンは、人手又は決定木を用いることによって、m次元空間上(mは逸脱指標パターンの要素数)の距離に基づいて予め複数のクラスに分類されている。例えば、
図4(a)に示す逸脱指標パターン(m次元空間上における点P1に対応)は
図4(i)に示すクラスC1に分類され、
図4(b)に示す逸脱指標パターン(m次元空間上における点P2に対応)は
図4(i)クラスC2に分類され、
図4(c)に示す逸脱指標パターン(m次元空間上における点P3に対応)は
図4(i)クラスC3に分類される。なお、主成分分析又は部分的最小二乗法(PLS)を用いて逸脱指標パターンDB14b内に格納されている逸脱指標パターンの次元をクラス毎に圧縮することにより、クラス毎に典型的な逸脱指標パターンのみを抽出しておくようにしてもよい。
【0045】
〔製造状態診断処理〕
次に、
図5を参照して、本発明の第2の実施形態である製造プロセスの製造状態診断装置による製造プロセスの製造状態診断方法について説明する。
【0046】
図5は、本発明の第2の実施形態である製造プロセスの製造状態診断処理の流れを示すフローチャートである。
図5に示すフローチャートは、入力部11が制御部15に実操業データを入力したタイミングで開始となり、製造状態診断処理はステップS11の処理に進む。
【0047】
ステップS11の処理では、逸脱指標算出部15aが、操業DB13aから処理対象時刻において製造プロセスから取得された複数種類の変数の実績値のデータ(変数データ)を読み込む。これにより、ステップS11の処理は完了し、製造状態診断処理はステップS12の処理に進む。
【0048】
ステップS12の処理では、逸脱指標算出部15aが、ステップS11の処理において読み込まれた複数種類の変数の実績値のデータを用いて、処理対象時刻における製造プロセスの状態が正常操業時における製造プロセスの状態とどの程度異なるかを示す値を逸脱指標としてサブモデル毎に算出する。具体的には、まず、逸脱指標算出部15aは、サブモデルDB14aからサブモデルのデータを読み出し、変数の実績値のデータを対応するサブモデルに代入することによって変数毎に処理対象時刻における予測値を算出する。次に、逸脱指標算出部15aは、変数間の絶対量や単位の違いを規格化するために複数種類の変数の実績値及び予測値のデータを正規化する。そして、逸脱指標算出部15aは、処理対象時刻における変数の正規化された予測値と正規化された実績値との差分値を逸脱指標としてサブモデル毎に算出する。これにより、ステップS12の処理は完了し、製造状態診断処理はステップS13の処理に進む。
【0049】
ステップS13の処理では、製造状態診断部15bが、m次元空間上(mは逸脱指標パターンの要素数)の距離に基づいてステップS12の処理において算出された逸脱指標を要素とする逸脱指標パターンとの類似度(類似性)が高いクラスがあるか否かを判別する。具体的には、製造状態診断部15bは、決定木、サポートベクターマシン、学習ベクトル量子化法、又は、ディープラーニング(深層学習)を用いて、m次元空間上の距離に基づいて類似度が高いクラスがあるか否かを判別する。ここで、決定木とは、教師あり機械学習の一つであり、if-thenルール方式を用いたクラス分類を扱う一般的な方法である。過去のデータに対して変数別逸脱指標のセットを説明変数とし、クラスを目的変数とし、決定木学習を行うことにより、
図6に示すような決定木においてif-thenルールで示される分類条件1〜3を自動生成することができる。また、サポートベクターマシンとは、Vapnikにより提案された教師あり機械学習であり、クラス分類を扱う方法である(非特許文献1:V.N.Vapnik, The Nature of Statistical Learning Theory (2nd edition), Springer-Verlag, New York(1999)参照)。サポートベクターマシンは基本的に2クラス分類を扱うため、例えば
図6に示す条件1〜3の部分のそれぞれに適用する方法が考えられる。条件1では、クラス1とそれ以外の2クラスへの分類、条件2ではクラス1を除いた上でクラス2とそれ以外の2クラスへの分類といった方法が考えられる。このとき、説明変数に関しては、決定木と同様、変数別逸脱指標のセットを与えればよい。また、学習ベクトル量子化法とは、Kohonenらにより提案された教師あり機械学習であり、クラス分類を扱う方法である(非特許文献2:T.Kohonen.et.al, Statistical Pattern Recognition with Neural Networks : Benchmarking Studies, Pro-ceeding of The Second Annual IEEE ICNN, Vol.1, 1988参照)。また、ディープラーニングとは、多層のネット構造を有する学習方法であり、層毎に学習する点に特徴を有している。ディープラーニングは、囲碁における人工知能や画像認識分野等において高い成果を上げている。学習ベクトル量子化法は、多クラス分類を扱えるので、決定木と同様、変数別逸脱指標のセットを説明変数とし、クラスを目的変数とすればよい。なお、ディープラーニングは、2クラス分類及び多クラス分類のどちらも扱うことができる。判別の結果、類似するクラスがある場合(ステップS13:Yes)、製造状態診断部15bは、製造状態診断処理をステップS14の処理に進める。一方、類似するクラスがない場合には(ステップS13:No)、製造状態診断部15bは、一連の製造状態診断処理を終了する。
【0050】
ステップS14の処理では、製造状態診断部15bが、類似度が高いクラスに分類されている逸脱指標パターンに対応する変数の実績値が得られた時の製造プロセスの製造条件及び/又は製品(品質やトラブル等)に関する情報を操業DB13aから読み出し、読み出した情報を出力部12に出力する。なお、そして、オペレータは、出力部12に出力された過去の情報に基づいて、評価対象の製造プロセスの製造状態を判定する。これにより、ステップS14の処理は完了し、一連の製造状態診断処理は終了する。
【0051】
以上の説明から明らかなように、本発明の第2の実施形態である製造プロセスの製造状態診断処理では、製造状態診断部15bが、新たに得られた変数の実績値から算出された逸脱指標パターンと類似性が高いクラスをm次元空間上の距離に基づいて抽出し、類似性が高いクラスに分類されている逸脱指標パターンに関する過去の情報を提示する。すなわち、正常時に作成した複数のサブモデルからの逸脱指標を一旦求めた上で、複数の逸脱指標を逸脱指標パターンとしてライブラリ化し、ライブラリ化した逸脱指標パターンに基づき製造プロセスの製造状態を判定するので、製造プロセスの製造状態を精度よく診断できる。また、操業パターンが無数に存在するような製造プロセスであっても、ライブラリに蓄積された逸脱指標パターンを効率的に解析しやすくなるので、製造プロセスの製造状態を効率的に診断することができる。
【実施例】
【0052】
図7は、逸脱指標パターンDB内に格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮する前における本発明に係るプロセスの状態診断方法の効果を示す図である。
図8は、逸脱指標パターンDB内に格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮した後における本発明に係るプロセスの状態診断方法の効果を示す図である。
図7,
図8において、横軸は評価対象の逸脱指標パターンの番号(テストNo.)を示し、縦軸は正常操業時に得られた7個の逸脱指標パターン(パターンNo.1〜7)と異常発生時に得られた1個の逸脱指標パターン(パターンNo.8)とを示している。また、図中、棒グラフは人によるプロセスの状態の診断結果を示し、折れ線は本発明に係るプロセスの状態診断方法を利用したプロセスの状態の診断結果を示している。本例では、評価対象の逸脱指標パターンが正常操業時に得られた7個の逸脱指標パターンと異常発生時に得られた1個の逸脱指標パターンのうちのどの逸脱指標パターンに類似するかを診断することによって、評価対象の逸脱指標パターンが得られた時のプロセスの状態を診断した。
【0053】
図7に示す例では、テストNo.1の逸脱指標パターン以外、人による診断結果と本発明に係るプロセスの状態診断方法を利用したプロセスの状態の診断結果とが一致していることがわかる。このことから、本発明に係るプロセスの状態診断方法によれば、プロセスの状態を精度よく診断できることが確認された。また、
図8に示す例では、全ての評価対象の逸脱指標パターンについて、人による診断結果と本発明に係るプロセスの状態診断方法によるプロセスの状態の診断結果とが一致した。このことから、逸脱指標パターンDB内に格納されている逸脱指標パターンの次元を圧縮することにより、プロセスの状態をより精度よく診断できることが確認された。
【0054】
以上、本発明者によってなされた発明を適用した実施の形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述及び図面により本発明は限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者等によりなされる他の実施の形態、実施例及び運用技術等は全て本発明の範疇に含まれる。
【符号の説明】
【0055】
1 製造プロセスの製造状態診断装置
11 入力部
12 出力部
13 外部装置
13a 操業データベース(操業DB)
14 記憶部
14a サブモデルデータベース(サブモデルDB)
14b 逸脱指標パターンデータベース(逸脱指標パターンDB)
15 制御部
15a 逸脱指標算出部
15b 製造状態診断部