特許第6579377号(P6579377)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6579377
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】車両用操舵装置
(51)【国際特許分類】
   B62D 6/00 20060101AFI20190912BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20190912BHJP
   B62D 101/00 20060101ALN20190912BHJP
   B62D 113/00 20060101ALN20190912BHJP
   B62D 119/00 20060101ALN20190912BHJP
【FI】
   B62D6/00
   B62D5/04
   B62D101:00
   B62D113:00
   B62D119:00
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-233717(P2015-233717)
(22)【出願日】2015年11月30日
(65)【公開番号】特開2017-100513(P2017-100513A)
(43)【公開日】2017年6月8日
【審査請求日】2018年10月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100087701
【弁理士】
【氏名又は名称】稲岡 耕作
(74)【代理人】
【識別番号】100101328
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 実夫
(74)【代理人】
【識別番号】100086391
【弁理士】
【氏名又は名称】香山 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】應矢 敏明
(72)【発明者】
【氏名】岡田 光太郎
【審査官】 飯島 尚郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−186100(JP,A)
【文献】 特開2008−174160(JP,A)
【文献】 特開2007−307972(JP,A)
【文献】 特開2006−298112(JP,A)
【文献】 米国特許第06561308(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 101/00 −137/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
左転舵輪および右転舵輪を個別に転舵するための左転舵機構および右転舵機構を含み、操向のために操作される操舵部材と前記左転舵機構および右転舵機構とが機械的に結合されておらず、前記左転舵機構が左転舵モータによって駆動され、前記右転舵機構が右転舵モータによって駆動される車両用操舵装置であって、
前記左転舵輪の転舵角の目標値である左目標転舵角および前記右転舵輪の転舵角の目標値である右目標転舵角を設定する目標転舵角設定手段と、
前記左転舵輪の転舵角である左転舵角を取得する左転舵角取得手段と、
前記右転舵輪の転舵角である右転舵角を取得する右転舵角取得手段と、
前記左転舵角と前記左目標転舵角との差である左転舵角偏差が小さくなるように前記左転舵モータを制御する左モータ制御手段と、
前記右転舵角と前記右目標転舵角との差である右転舵角偏差が小さくなるように前記右転舵モータを制御する右モータ制御手段と、
前記左転舵角偏差と前記右転舵角偏差との差の絶対値が第1閾値以上になったときに、異常が発生したと判定する判定手段とを含む、車両用操舵装置。
【請求項2】
前記左転舵角偏差の時間変化率の絶対値および前記右転舵角偏差の時間変化率の絶対値の少なくとも一方が第2閾値未満となったときに、異常が発生したと判定する判定手段をさらに含む、請求項1に記載の車両用操舵装置。
【請求項3】
前記左転舵角偏差の絶対値が第3閾値よりも大きくかつ前記左転舵角偏差の時間変化率の絶対値が第4閾値未満となったとき、または前記右転舵角偏差の絶対値が前記第3閾値よりも大きくかつ前記右転舵角偏差の時間変化率の絶対値が前記第4閾値未満となったときに、異常が発生したと判定する判定手段をさらに含む、請求項1に記載の車両用操舵装置。
【請求項4】
車速を取得する車速取得手段と、
前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第1閾値を変更させる手段とをさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の車両用操舵装置。
【請求項5】
車速を取得する車速取得手段と、
前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第1閾値を変更させる手段と、
前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第2閾値を変更させる手段と、
をさらに含む、請求項2に記載の車両用操舵装置。
【請求項6】
車速を取得する車速取得手段と、
前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第1閾値を変更させる手段と、
前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第3閾値を変更させる手段と、
前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第4閾値を変更させる手段と、
をさらに含む、請求項3に記載の車両用操舵装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、左右の転舵輪を個別に転舵するための左右の転舵機構を含み、操向のために操作される操舵部材と左右の転舵機構とが機械的に結合されておらず、左右の転舵機構が左右の転舵モータによって個別に駆動される車両用操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動運転に代表される高度運転支援機能を成立させるとともに、エンジンルームのレイアウトの自由度向上を目的とした、中間シャフトを使用しないステア・バイ・ワイヤシステムの有効性が評価され始めている。そして、エンジンルームのレイアウトの更なる自由度向上を図るために、下記特許文献1,2に示すように、ラックアンドピニオン機構等を含むステアリングギヤ装置を使用せず、左右の転舵輪を個別の転舵アクチュエータで制御する左右独立転舵システムが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−174160号公報
【特許文献2】特開2015−20586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ステア・バイ・ワイヤシステムでは、実転舵角が目標転舵角に等しくなるように転舵モータがフィードバック制御される。そして、実転舵角に対する実転舵角の偏差が所定値以上になると、何らかの異常が発生したと判定して、フェール処理されるのが一般的である。フェール処理では、例えば、転舵モータが停止状態にされる。
この発明の目的は、新規な方法で異常が発生したか否かを判定できる車両用操舵装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1に記載の発明は、左転舵輪(3L)および右転舵輪(3R)を個別に転舵するための左転舵機構(5L)および右転舵機構(5R)を含み、操向のために操作される操舵部材(2)と前記左転舵機構および右転舵機構とが機械的に結合されておらず、前記左転舵機構が左転舵モータ(4L)によって駆動され、前記右転舵機構が右転舵モータ(4R)によって駆動される車両用操舵装置(1)であって、前記左転舵輪の転舵角の目標値である左目標転舵角および前記右転舵輪の転舵角の目標値である右目標転舵角を設定する目標転舵角設定手段(42)と、前記左転舵輪の転舵角である左転舵角を取得する左転舵角取得手段(30)と、前記右転舵輪の転舵角である右転舵角を取得する右転舵角取得手段(30)と、前記左転舵角と前記左目標転舵角との差である左転舵角偏差が小さくなるように前記左転舵モータを制御する左モータ制御手段(43L〜49L,32L)と、前記右転舵角と前記右目標転舵角との差である右転舵角偏差が小さくなるように前記右転舵モータを制御する右モータ制御手段(43R〜49R,32R)と、前記左転舵角偏差と前記右転舵角偏差との差の絶対値が第1閾値以上になったときに、異常が発生したと判定する判定手段(50)とを含む、車両用操舵装置である。なお、括弧内の英数字は後述の実施形態における対応構成要素等を表すが、むろん、この発明の範囲は当該実施形態に限定されない。以下、この項において同じ。
【0006】
この構成では、左転舵角偏差と右転舵角偏差との差の絶対値が第1閾値以上になったときに、異常が発生したと判定される。これにより、左転舵モータおよび右転舵モータのうちのいずれか一方が故障した場合や、左モータ制御手段または右モータ制御手段うちのいずれか一方に異常が発生した場合に、異常が発生したと判定することができる。
この構成によれば、両転舵モータおよびこれらの制御手段に異常がなく、路面の摩擦係数の増大、左右転舵輪のタイヤ空気圧の低下等によって、転舵モータのフィードバック制御の追従性が一時的に低下しただけである場合には、左転舵角偏差および右転舵角偏差は共に大きくなるため、異常が発生したと判定されにくい。これにより、転舵モータのフィードバック制御の追従性が一時的に低下しただけであるにも拘わらず、異常が発生したと誤判定されるのを抑制できる。
【0007】
請求項2に記載の発明は、前記左転舵角偏差の時間変化率の絶対値および前記右転舵角偏差の時間変化率の絶対値の少なくとも一方が第2閾値未満となったときに、異常が発生したと判定する手段(50)をさらに含む、請求項1に記載の車両用操舵装置である。
請求項3に記載の発明は、前記左転舵角偏差の絶対値が第3閾値よりも大きくかつ前記左転舵角偏差の時間変化率の絶対値が第4閾値未満となったとき、または前記右転舵角偏差の絶対値が前記第3閾値よりも大きくかつ前記右転舵角偏差の時間変化率の絶対値が前記第4閾値未満となったときに、異常が発生したと判定する手段(50)をさらに含む、請求項1に記載の車両用操舵装置である。
【0008】
請求項4に記載の発明は、車速を取得する車速取得手段(30)と、前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第1閾値を変更させる手段(51)とをさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の車両用操舵装置である。
請求項5に記載の発明は、車速を取得する車速取得手段(30)と、前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第1閾値を変更させる手段(51)と、前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第2閾値を変更させる手段(51)とをさらに含む、請求項2に記載の車両用操舵装置である。
【0009】
請求項6に記載の発明は、車速を取得する車速取得手段(30)と、前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第1閾値を変更させる手段(51)と、前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第3閾値を変更させる手段(51)と、前記車速取得手段によって取得された車速に応じて前記第4閾値を変更させる手段(51)とさらに含む、請求項3に記載の車両用操舵装置である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、この発明の一実施形態に係る車両用操舵装置の構成を説明するための図解図である。
図2図2は、ECUの電気的構成を示すブロック図である。
図3図3は、転舵モータ制御部の構成例を示すブロック図である。
図4図4は、異常判定部の動作を説明するためのフローチャートである。
図5図5は、車速Vと第1閾値αとの関係を示すグラフである。
図6図6は、車速Vと第2閾値βとの関係を示すグラフである。
図7図7は、車速Vと第3閾値γとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下では、この発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、この発明の一実施形態に係る車両用操舵装置の構成を説明するための図解図であり、左右独立転舵システムが採用されたステア・バイ・ワイヤシステムの構成が示されている。
この車両用操舵装置1は、運転者が操向のために操作する操舵部材としてステアリングホイール2と、左転舵輪3Lおよび右転舵輪3Rと、ステアリングホイール2の回転操作に応じて駆動される左転舵モータ4Lおよび右転舵モータ4Rと、左転舵モータ4Lの駆動力に基づいて左転舵輪3Lを転舵する左転舵機構5Lと、右転舵モータ4Rの駆動力に基づいて右転舵輪3Rを転舵する右転舵機構5Rとを備えている。
【0012】
ステアリングホイール2と左転舵機構5Lおよび右転舵機構5Rとの間には、ステアリングホイール2に加えられた操舵トルクが左転舵機構5Lおよび右転舵機構5Rに機械的に伝達されるような機械的な結合はなく、ステアリングホイール2の操作量(操舵角または操舵トルク)に応じて左転舵モータ4Lおよび右転舵モータ4Rが駆動制御されることによって、左転舵輪3Lおよび右転舵輪3Rが転舵されるようになっている。左転舵機構5Lおよび右転舵機構5Rとしては、例えば、特許文献2に開示されたサスペンション装置や、特許文献1に開示された転舵装置を用いることができる。
【0013】
この実施形態では、転舵モータ4L,4Rが正転方向に回転されると、右方向に車両を換向させる方向(右転舵方向)に転舵輪3L,3Rの転舵角が変化し、転舵モータ4L,4Rが逆転方向に回転されると、左方向に車両を換向させる方向(左転舵方向)に転舵輪3L,3Rの転舵角が変化するものとする。
ステアリングホイール2は、車体側に回転可能に支持された回転シャフト6に連結されている。この回転シャフト6には、ステアリングホイール2に作用する反力トルク(操作反力)を発生する反力モータ7が設けられている。この反力モータ7は、例えば、回転シャフト6と一体の出力シャフトを有する電動モータにより構成されている。
【0014】
回転シャフト6の周囲には、回転シャフト6の回転角(ステアリングホイール2の操舵角θh)を検出するための操舵角センサ8が設けられている。この実施形態では、操舵角センサ8は、回転シャフト6の中立位置(基準位置)からの回転シャフト6の正逆両方向の回転量(回転角)を検出するものであり、中立位置から右方向への回転量を例えば正の値として出力し、中立位置から左方向への回転量を例えば負の値として出力する。
【0015】
また、回転シャフト6の周囲には、運転者によってステアリングホイール2に付与される操舵トルクThを検出するためのトルクセンサ9が設けられている。この実施形態では、トルクセンサ9によって検出される操舵トルクTは、右方向への操舵のためのトルクが正の値として検出され、左方向への操舵のためのトルクが負の値として検出され、その絶対値が大きいほど操舵トルクの大きさが大きくなるものとする。
【0016】
左転舵機構5Lの近傍には、左転舵輪3Lの転舵角δを検出するための左転舵角センサ10Lが備えられている。右転舵機構5Rの近傍には、右転舵輪3Rの転舵角δを検出するための右転舵角センサ10Rが備えられている。車両には、さらに、車速Vを検出するための車速センサ11が設けられている。
操舵角センサ8、トルクセンサ9および車速センサ11、左転舵角センサ10L、右転舵角センサ10R、左転舵モータ4L、右転舵モータ4Rおよび反力モータ7は、電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)30にそれぞれ接続されている。ECU30は、左転舵モータ4L、右転舵モータ4Rおよび反力モータ7を制御する。
【0017】
図2は、ECU30の電気的構成を示すブロック図である。
ECU30は、マイクロコンピュータ31と、マイクロコンピュータ31によって制御され、左転舵モータ4Lに電力を供給する駆動回路(インバータ回路)32Lと、左転舵モータ4Lに流れるモータ電流を検出する電流検出部33Lとを含む。ECU30は、さらに、マイクロコンピュータ31によって制御され、右転舵モータ4Rに電力を供給する駆動回路(インバータ回路)32Rと、右転舵モータ4Rに流れるモータ電流を検出する電流検出部33Rとを含む。ECU30は、さらに、マイクロコンピュータ31によって制御され、反力モータ7に電力を供給する駆動回路(インバータ回路)34と、反力モータ7に流れるモータ電流を検出する電流検出部35とを含む。
【0018】
マイクロコンピュータ31は、CPUおよびメモリ(ROM、RAM、不揮発性メモリなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、左転舵モータ4Lの駆動回路32Lおよび右転舵モータ4Rの駆動回路32Rを制御するための転舵モータ制御部40と、反力モータ7の駆動回路34を制御するための反力モータ制御部60とを備えている。
【0019】
反力モータ制御部60は、トルクセンサ9によって検出される操舵トルクTh、操舵角センサ8によって検出される操舵角θh、車速センサ11によって検出される車速Vおよび電流検出部35によって検出されるモータ電流に基づいて、反力モータ7の駆動回路34を駆動する。例えば、反力モータ制御部60は、操舵トルクTh、操舵角θhおよび車速Vに基づいて、反力モータ7に発生させるべき反力トルクの目標値である目標反力トルクを演算する。そして、反力モータ制御部60は、目標反力トルクに応じた反力トルクが反力モータ7から発生するように、反力モータ7の駆動回路34を駆動する。
【0020】
転舵モータ制御部40は、操舵角センサ8によって検出される操舵角θh、車速センサ11によって検出される車速V、左転舵角センサ10Lおよび右転舵角センサ10Rによってそれぞれ検出される左転舵角δおよび右転舵角δならびに電流検出部33L,33Rによってそれぞれ検出されるモータ電流に基づいて、転舵モータ4L,4Rの駆動回路32L,32Rを駆動する。以下、転舵モータ制御部40について、詳しく説明する。
【0021】
図3は、転舵モータ制御部40の構成例を示すブロック図である。
転舵モータ制御部40は、角速度演算部41L,41Rと、目標転舵角設定部42と、転舵角偏差演算部43L,43Rと、PI制御部(転舵角)44L,44Rと、角速度偏差演算部45L,45Rと、PI制御部(角速度)46L,46Rと、電流偏差演算部47L,47Rと、PI制御部(電流)48L,48Rと、PWM(Pulse Width Modulation)制御部49L,49Rと、異常判定部50とを含む。
【0022】
角速度演算部41Lは、左転舵角センサ10Lによって検出される左転舵角δを時間微分することによって、左転舵角δの角速度(左転舵角速度)ωを演算する。角速度演算部41Rは、右転舵角センサ10Rによって検出される右転舵角δを時間微分することによって、右転舵角δの角速度(右転舵角速度)ωを演算する。
目標転舵角設定部42は、操舵角θhおよび車速Vに基づいて、左転舵輪3Lの転舵角の目標値である左目標転舵角δと、右転舵輪3Rの転舵角の目標値である右目標転舵角δとを設定する。
【0023】
転舵角偏差演算部43Lは、目標転舵角設定部42によって設定される左目標転舵角δと、左転舵角センサ10Lによって検出される左転舵角δとの偏差Δδ(=δ−δ)を演算する。転舵角偏差演算部43Rは、目標転舵角設定部42によって設定される右目標転舵角δと、右転舵角センサ10Rによって検出される右転舵角δとの偏差Δδ(=δ−δ)を演算する。
【0024】
PI制御部44Lは、転舵角偏差演算部43Lによって演算される左転舵角偏差Δδに対するPI演算を行なうことにより、左転舵角速度の目標値である左目標転舵角速度ωを演算する。PI制御部44Rは、転舵角偏差演算部43Rによって演算される右転舵角偏差Δδに対するPI演算を行なうことにより、右転舵角速度の目標値である右目標転舵角速度ωを演算する。
【0025】
角速度偏差演算部45Lは、PI制御部44Lによって演算される左目標転舵角速度ωと、角速度演算部41Lによって演算される左転舵角速度ωとの偏差Δω(=ω−ω)を演算する。角速度偏差演算部45Rは、PI制御部44Rによって演算される右目標転舵角速度ωと、角速度演算部41Rによって演算される右転舵角速度ωとの偏差Δω(=ω−ω)を演算する。
【0026】
PI制御部46Lは、角速度偏差演算部45Lによって演算される左転舵角速度偏差Δωに対するPI演算を行なうことにより、左転舵モータ4Lに流すべき電流の目標値である左目標モータ電流Iを演算する。PI制御部46Rは、角速度偏差演算部45Rによって演算される右転舵角速度偏差Δωに対するPI演算を行なうことにより、右転舵モータ4Rに流すべき電流の目標値である右目標モータ電流Iを演算する。
【0027】
電流偏差演算部47Lは、PI制御部46Lによって演算される左目標モータ電流Iと、電流検出部33Lによって検出される左モータ電流Iとの偏差ΔI(=I−I)を演算する。電流偏差演算部47Rは、PI制御部46Rによって演算される右目標モータ電流Iと、電流検出部33Rによって検出される右モータ電流Iとの偏差ΔI(=I−I)を演算する。
【0028】
PI制御部48Lは、電流偏差演算部47Lによって演算される左モータ電流偏差ΔIに対するPI演算を行なうことにより、左転舵モータ4Lに流れる左モータ電流Iを左目標モータ電流Iに導くための左モータ駆動指令値を生成する。PI制御部48Rは、電流偏差演算部47Rによって演算される右モータ電流偏差ΔIに対するPI演算を行なうことにより、右転舵モータ4Rに流れる右モータ電流Iを右目標モータ電流Iに導くための右モータ駆動指令値を生成する。
【0029】
PWM制御部49Lは、左モータ駆動指令値に対応するデューティ比の左PWM制御信号を生成して、駆動回路32Lに供給する。これにより、左モータ駆動指令値に対応した電力が左転舵モータ4Lに供給されることになる。PWM制御部49Rは、右モータ駆動指令値に対応するデューティ比の右PWM制御信号を生成して、駆動回路32Rに供給する。これにより、右モータ駆動指令値に対応した電力が右転舵モータ4Rに供給されることになる。
【0030】
転舵角偏差演算部43LおよびPI制御部44Lは、角度フィードバック制御手段を構成している。この角度フィードバック制御手段の働きによって、左転舵輪3Lの転舵角δが、目標転舵角設定部42によって設定される左目標転舵角δに近づくように制御される。また、角速度偏差演算部45LおよびPI制御部46Lは、角速度フィードバック制御手段を構成している。この角速度フィードバック制御手段の働きによって、左転舵角速度ωが、PI制御部44Lによって演算される左目標転舵角速度ωに近づくように制御される。また、電流偏差演算部47LおよびPI制御部48Lは、電流フィードバック制御手段を構成している。この電流フィードバック制御手段の働きによって、左転舵モータ4Lに流れるモータ電流Iが、PI制御部46Lによって演算される左目標モータ電流Iに近づくように制御される。
【0031】
同様に、転舵角偏差演算部43RおよびPI制御部44Rは、角度フィードバック制御手段を構成している。この角度フィードバック制御手段の働きによって、右転舵輪3Rの転舵角δが、目標転舵角設定部42によって設定される右目標転舵角δに近づくように制御される。また、角速度偏差演算部45RおよびPI制御部46Rは、角速度フィードバック制御手段を構成している。この角速度フィードバック制御手段の働きによって、右転舵角速度ωが、PI制御部44Rによって演算される右目標転舵角速度ωに近づくように制御される。また、電流偏差演算部47RおよびPI制御部48Rは、電流フィードバック制御手段を構成している。この電流フィードバック制御手段の働きによって、右転舵モータ4Rに流れるモータ電流Iが、PI制御部46Rによって演算される右目標モータ電流Iに近づくように制御される。
【0032】
次に、異常判定部50の動作について詳しく説明する。
図4は、異常判定部50の動作を説明するためのフローチャートである。図4の処理は、所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
異常判定部50は、転舵角偏差演算部43Lによって演算された左転舵角偏差Δδと、転舵角偏差演算部43Rによって演算された右転舵角偏差Δδとを取得する(ステップS1)。
【0033】
次に、異常判定部50は、次式(1)で示される第1条件を満たしているか否かを判別する。
|Δδ−Δδ|≧α …(1)
前記式(1)において、|Δδ−Δδ|は、左転舵角偏差Δδと右転舵角偏差Δδとの差の絶対値である。また、α(>0)は、予め設定された第1閾値である。後述するように、第1閾値αは、車速Vに応じて変更されてもよい。
【0034】
異常判定部50は、「左転舵角偏差Δδと右転舵角偏差Δδとの差の絶対値|Δδ−Δδ|が第1閾値α以上である」ときに第1条件を満たしていると判別する。例えば、左転舵モータ4Lおよび右転舵モータ4Rのうちのいずれか一方が故障した場合や、左転舵モータ4Lの制御系または右転舵モータ4Rの制御系のうちのいずれか一方に異常が発生した場合には、第1条件を満たすことになる。ただし、両転舵モータ4L,4Rおよびこれらの制御系に異常がなく、路面の摩擦係数の増大、左右転舵輪のタイヤ空気圧の低下等によって、フィードバック制御の追従性が一時的に低下しただけである場合には、ΔδおよびΔδは共に大きくなるため、第1条件は満たさない。
【0035】
ステップS2において、第1条件を満たしていないと判別された場合(ステップS2:NO)、つまり、|Δδ−Δδ|がα未満である場合には、異常判定部50は、ステップS3に移行する。
ステップS3では、異常判定部50は、次式(2)で示される第2条件を満たしているか否かを判別する。
【0036】
|dΔδ/dt|<β and |Δδ|>γ
or
|dΔδ/dt|<β and |Δδ|>γ …(2)
前記式(2)において、|dΔδ/dt|は、左転舵角偏差Δδの時間微分値の絶対値であり、左転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値を表している。|dΔδ/dt|は、右転舵角偏差Δδの時間微分値の絶対値であり、右転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値を表している。β(>0)は、予め設定された第2閾値である。γ(>0)は、予め設定された第3閾値である。後述するように、第2閾値βおよび第3閾値γは、車速Vに応じて変更されてもよい。
【0037】
異常判定部50は、「左転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値|dΔδ/dt|が第2閾値βよりも小さくかつ左転舵角偏差Δδの絶対値|Δδ|が第3閾値γよりも大きい」か、または「右転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値|dΔδ/dt|が第2閾値βよりも小さくかつ右転舵角偏差Δδの絶対値|Δδ|が第3閾値γよりも大きい」ときに、第2条件を満たしていると判別する。
【0038】
つまり、左転舵角偏差Δδの絶対値がγよりも大きいにも拘わらず、左転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値がβよりも小さい場合または右転舵角偏差Δδの絶対値がγよりも大きいにも拘わらず、右転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値がβよりも小さい場合には、第2条件を満たすことになる。例えば、左転舵モータ4Lおよび右転舵モータ4Rのうちの少なくとも一方が故障した場合や、左転舵モータ4Lの制御系または右転舵モータ4Rの制御系の少なくとも一方に異常が発生した場合には、第2条件を満たすことになる。
【0039】
ステップS3において、第2条件を満たしていないと判別された場合(ステップS3:NO)、異常判定部50は、異常が発生していないと判定し、今演算周期での処理を終了する。
前記ステップS2において、第1条件を満たしていると判別された場合(ステップS2:YES)、つまり、|Δδ−Δδ|がα以上である場合には、異常判定部50は、異常が発生していると判別し、フェール処理を行う(ステップS4)。フェール処理では、左転舵モータ4Lおよび右転舵モータ4Rを停止状態にさせる。例えば、異常判定部50は、転舵モータ4L,4Rに電流が供給されないように、PWM制御部49L,49Rを制御する。
【0040】
前記ステップS3において、第2条件を満たしていると判別された場合(ステップS3:YES)、つまり、|dΔδ/dt|がβよりも小さくかつ|Δδ|が値γよりも大きいか、または|dΔδ/dt|がβよりも小さくかつ|Δδ|がγよりも大きい場合には、異常判定部50は、異常が発生していると判別し、フェール処理を行う(ステップS4)。
【0041】
前記実施形態によれば、「左転舵角偏差Δδと右転舵角偏差Δδとの差の絶対値|Δδ−Δδ|が第1閾値α以上である」ときに、異常が発生したと判定することができる。また、左転舵角偏差Δδの絶対値がγよりも大きいのにも拘わらず、左転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値がβよりも小さい場合または右転舵角偏差Δδの絶対値がγよりも大きいのにも拘わらず、右転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値がβよりも小さい場合に、異常が発生したと判定することができる。したがって、左転舵モータ4Lおよび右転舵モータ4Rのうちの少なくとも一方が故障した場合や、左転舵モータ4Lの制御系または右転舵モータ4Rの制御系の少なくとも一方に異常が発生した場合に、異常が発生したと判定することができる。
【0042】
以上、この発明の一実施形態について説明したが、この発明はさらに他の形態で実施することもできる。たとえば、前述の実施形態では、第1閾値α、第2閾値βおよび第3閾値γは固定されているが、第1閾値α、第2閾値βおよび第3閾値γを車速Vに応じて変更するようにしてもよい。具体的には、図3に破線で示すように、閾値変更部51を設ける。閾値変更部51は、車速センサ11によって検出された車速Vに応じて第1閾値α、第2閾値βおよび第3閾値γを変更する。
【0043】
より具体的には、閾値変更部51は、車速Vと第1閾値αとの関係を記憶したマップに基づいて、車速Vに対応した第1閾値αを設定する。図5は、車速Vと第1閾値αとの関係を示すグラフである。第1閾値αは、車速の低速範囲では大きな値となり、低速範囲外では、低速範囲での値よりも小さいほぼ一定の値となるように設定されている。これは、車両がほぼ停止している状態で行われる据え切り操作時においては、負荷が大きくなり、制御の追従性が遅くなる(転舵角偏差Δδ,Δδの絶対値が大きくなる)ため、異常が発生してなくても、第1条件が満たされやすくなる。そこで、据え切り操作時に第1条件が満たされにくくなるように、車速が低速のときに第1閾値αを大きくしている。
【0044】
また、閾値変更部51は、車速Vと第2閾値βとの関係を記憶したマップに基づいて、車速Vに対応した第2閾値βを設定する。図6は、車速Vと第2閾値βとの関係を示すグラフである。第2閾値βは、車速の低速範囲では小さな値となり、車速が低速範囲を超えると急激に大きくなり、その後、緩やかに増加するように設定されている。これは、車両がほぼ停止している状態で行われる据え切り操作時においては、負荷が大きくなり、制御の追従性が遅くなる(転舵角偏差Δδ,Δδの時間変化率の絶対値が小さくなる)ため、異常が発生してなくても、第2条件が満たされやすくなる。そこで、据え切り操作時において第2条件が満たされにくくなるように、車速が低速のときに第2閾値βを小さくしている。
【0045】
また、閾値変更部51は、車速Vと第3閾値γとの関係を記憶したマップに基づいて、車速Vに対応した第3閾値γを設定する。図7は、車速Vと第3閾値γとの関係を示すグラフである。第3閾値γは、車速の低速範囲では大きな値となり、車速が低速範囲を超えると急激に小さくなり、その後、緩やかに減少するように設定されている。この理由は、据え切り操作時に第2条件が満たされにくくなるように、車速が低速のときに第3閾値γを大きくしている。
【0046】
前述の実施形態では、図4のステップS3に用いられる第2条件は、前記式(2)で示される条件である。しかし、第2条件は、次式(3)で示される条件であってもよい。
|dΔδ/dt|<β
or
|dΔδ/dt|<β …(3)
この場合には、異常判定部50は、「左転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値|dΔδ/dt|が第2閾値βよりも小さい」か、または「右転舵角偏差Δδの時間変化率の絶対値|dΔδ/dt|が第2閾値βよりも小さい」ときに、第2条件を満たしていると判別する。
【0047】
前述の実施形態では、図4のステップS2で第1条件を満たしていないと判別された場合には(ステップS2:NO)、図4のステップS3に移行している。しかし、図4のステップS2で第1条件を満たしていないと判別された場合には(ステップS2:NO)、異常判定部50は、異常が発生していないと判定し、今演算周期での処理を終了するようにしてもよい。つまり、図4のステップS3を省略してもよい。
【0048】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0049】
1…車両用操舵装置、2…ステアリングホイール、3L…左転舵輪、3R…右転舵輪、4L…左転舵モータ、4R…右転舵モータ、5L…左転舵機構、5R…右転舵機構、30…ECU、31…マイクロコンピュータ、40…転舵モータ制御部、42…目標転舵角設定部、43L,43R…転舵角偏差演算部、44L,44R…PI制御部、50…異常判定部、51…閾値変更部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7