【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年2月13日金沢工業大学扇が丘キャンパスにおいて開催された金沢工業大学平成26年度プロジェクトデザインIII公開発表審査会で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 金沢工業大学平成26年度プロジェクトデザインIII公開発表審査会予稿集(平成27年2月13日)金沢工業大学発行第18−19ページに発表
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
培養槽に、親水性の基質を含む水溶液と、前記水溶液よりも比重の小さい複数の合成高分子微粒子と、前記水溶液中で前記複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材と、微生物と、を添加し、前記水溶液により形成される水層の液面に、前記微生物、当該微生物を下側から浮力により保持する前記複数の合成高分子微粒子、および前記バインダー材を含む複合層を形成するステップと、
前記複合層中の微生物を生体触媒として、前記親水性の基質を反応させるステップと、を含み、
前記バインダー材は、エーテル化度が20〜30mol%のカルボキシル化されたセルロース、またはエーテル化度が60〜70mol%のブチラール基とヒドロキシ基とアセチル基を有するポリビニルアルコール誘導体であることを特徴とする物質変換方法。
培養槽に、水溶液と、微生物と、前記水溶液よりも比重の小さい複数の合成高分子微粒子と、前記水溶液中で前記複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材と、を添加して混合し、前記水溶液により形成される水層の液面に、前記微生物、当該微生物を下側から浮力により保持する前記複数の合成高分子微粒子、および前記バインダー材を含む複合層を形成するステップを含み、前記バインダー材は、エーテル化度が20〜30mol%のカルボキシル化されたセルロース、またはエーテル化度が60〜70mol%のブチラール基とヒドロキシ基とアセチル基を有するポリビニルアルコール誘導体であることを特徴とするバイオリアクターの製造方法。
【背景技術】
【0002】
微生物の有する多様な酵素を物質変換に利用する発酵法並びに物質変換法は、医薬品原料や化粧品原料、化成品や電子材料などの有用化合物の生産、バイオディーゼルやバイオガスなどのエネルギー、あるいはテトラクロロエチレンやベンゾ[a]ピレンなどの有害難分解性物質の分解除去など、幅広い産業分野への応用が期待されている。
【0003】
これらの応用分野のうち、発酵に微生物を利用する際に大きな問題となる現象として、カタボライト抑制(非特許文献1)とフィードバック阻害(非特許文献2)が挙げられる。前者は、グルコースのような容易に代謝され得る炭素源が培地中に大量に存在する際に、標的とする発酵産物の生産が遺伝子レベルで抑制される現象であり、標的物質の生産性を向上させる上で極めて大きな障壁となる。このカタボライト抑制を回避する施策としては、易代謝性の炭素源の添加を低レベルで維持させる流加培養法(非特許文献3)あるいは連続添加法(非特許文献4)、カタボライト抑制を誘導するレプレッサータンパク質の遺伝子破壊(非特許文献5)や固体培養法の適用(非特許文献6)などの諸法が挙げられる。特に易代謝性の炭素源の添加レベルを低く維持する前二者の方法は、実際の工業生産の場においてもしばしば利用されている。
【0004】
しかしながら、これらの対策のうち、スケールアップが困難な固体培養法は大量生産を指向する工業生産には不向きであり、流加培養法や連続添加法には培養管理が煩雑であるといった問題点がある。また、レプレッサータンパク質遺伝子の破壊株の創製も面倒であり、得られた破壊株の安定性にも難がある。
【0005】
これらの方法とは別に本発明者らは、中空微粒子を用いて液体培地の液面に形成させたカビ−中空微粒子複合マット上に疎水性有機溶媒を重層し、生産される脂溶性二次代謝物を該有機層中に蓄積させる抽出液面固定化システム(非特許文献7)において、上記のカタボライト抑制が発現しないことを報告した(非特許文献8)。さらにこのシステムでは、カビ−中空微粒子複合マット上に重層した疎水性有機溶媒が抽出溶媒として機能するため、発酵生産されてくる脂溶性二次代謝物は菌体内に蓄積されることなく連続的に菌体内から有機層へと抽出される。その結果、これら二次代謝物は菌体内に過剰に蓄積されることがないため、フィードバック阻害は全く問題とはならない(非特許文献7)。
【0006】
一方、中空微粒子をカビによる微生物変換に応用したバイオリアクターとして、液−液界面バイオリアクタ−がある(非特許文献7、特許文献1)。該バイオリアクターでは、上記の抽出液面固定化システムと同様に、中空微粒子を巻き込んで形成されたカビ−中空微粒子複合マットの上部に疎水性有機溶媒を重層する。この有機層中に微生物変換反応に供する脂溶性基質を溶解させ、反応によって生成する脂溶性産物を有機層に高濃度で蓄積させることができる。液−液界面バイオリアクターはこれまでに、カビを用いた加水分解(非特許文献9)、不斉還元〈非特許文献10)、位置・立体選択的水酸化(非特許文献11)、位置・立体選択的エポキシ化(非特許文献12)などの諸反応に適用され、通常の液体培養法をはるかに凌ぐ産物濃度や光学純度を達成してきた。
【0007】
微生物変換で用いられる反応基質は一般に微生物に対して強い毒性を発揮するため、通常の液体培養法では高濃度の基質添加直後に生体触媒たる微生物は死滅してしまう。そのため、反応が有意に進行することはない。これに対し液−液界面バイオリアクターでは、重層溶媒が毒性基質あるいは産物のリザーバーとして機能するため、高濃度の毒性基質の変換であっても変換反応は効率的に進行し、結果として多量の脂溶性産物を有機層中に蓄積させることができる。例えば液−液界面バイオリアクターを用いて、毒性基質であるβ−カリオフィレンをNemania aeneaで位置・立体選択的にエポキシ化した場合、強毒性の産物である(−)−β−カリオフォレンオキサイドの蓄積濃度は、その致死濃度の実に150倍もの高値に達する(非特許文献12)。
【0008】
さらには、カビ−中空微粒子複合マットで生産される水溶性の発酵産物や酵素を液体培地側に生産・蓄積させる液面固定化システム(非特許文献7、特許文献1)は、特に酵素の生産に有効であり、液体培養法の2倍以上の酵素生産性を達成できる(非特許文献13、14)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のように抽出液面固定化システムでは、カタボライト抑制とフィードバック阻害といった実際の工業生産で常に問題となる、2つの大きな障害を一挙に克服することができる。また、液−液界面バイオリアクターは、基質や生成物の水不溶性の問題と微生物毒性の問題との両者を克服することができる有効なデバイスである。
【0012】
しかし、これら両システムは、栄養菌糸を発達させて中空微粒子を取り込む形で、細胞−中空微粒子複合マットを形成させ得る糸状菌(カビ)のみにその適用が限られている。したがって、細菌や酵母、藻類のような糸状菌以外の微生物には適用不可能であるという問題があった。
【0013】
具体的には、カビ以外の微生物であっても、静置条件下であれば、液体培地液面の中空微粒子層の表面に微生物のバイオフィルムを形成させることが可能である。しかし、カビ菌糸のネットワークが中空微粒子を巻き込んで布状のカビ−中空微粒子複合マットを安定的に形成できるのに対し、細菌や酵母のような微生物ではそのようなネットワーク構造を形成させることができない。従って、菌糸を形成しない微生物では、わずかな振動によってバイオフィルム並びに中空微粒子層が崩壊してしまう。また、菌糸を形成しない微生物では、バイオフィルム上に有機溶媒を重層させた場合には、
図1(A)において矢印で示したように、静置条件下であっても速やかにバイオフィルムと中空微粒子層が崩壊してしまう。
【0014】
また、抽出液面固定化システムで用いられる中空微粒子はポリアクリロニトリル製であり、平均粒径10〜200μm、比重は0.06〜0.50と軽量で微小という特徴があった。これらの中空微粒子は、スチレン等の有機溶媒に対して耐溶剤性を示す一方、水に対して非常に安定であった。すなわち、水中に投入された中空微粒子は何ら変化を来すことなく安定に、その形態や表面性状を保ったまま密集して層状を形成する。そのため、互いの微粒子間には何ら接着力および粘着力は働かず、この中空微粒子層は物理的に極めて不安定であって、わずかな衝撃によってもその層状構造は崩壊してしまうという問題があった。
【0015】
特に、上記の抽出液面固定化システムや液−液界面バイオリアクターでは、菌体−中空微粒子複合マットの上に疎水性有機溶媒を重層する。しかし、微生物が菌糸を形成しない細菌や放線菌、酵母や微細藻類の場合、カビのように多数の栄養菌糸が中空微粒子を取り込んで、物理的に強固な複合マットを形成することはできず、かつ、中空微粒子同土が接着または粘着されない。その結果、
図1に示したように、バイオフィルム/中空微粒子層は容易に崩壊を来す。このような状態になると発酵生産や微生物変換を行わせることは実質的に不可能となるという問題があった。
【0016】
放線菌を含む細菌や酵母、あるいは微細藻類や植物細胞は、抗生物質や抗ガン剤、抗炎症剤などの医薬品原料や化粧品原料、あるいはバイオ燃料の生産源として極めて重要である。そのため、これら微生物を上記の抽出液面固定化システム及び液−液界面バイオリアクターに適用できれば、製薬業界や化粧品業界、化学工業界などの幅広い産業分野に対し、大きなインパクトを与えることが期待できる。
【0017】
本発明はこうした状況に鑑みてなされており、その目的とするところは、菌糸を形成しない微生物を生体触媒とした場合であっても、基質を効率良く物質変換する技術、並びに生物活性二次代謝物やバイオ燃料を発酵生産させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の物質変換方法は、培養槽に、親水性の基質を含む水溶液と、水溶液よりも比重の小さい複数の合成高分子微粒子と、水溶液中で複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材と、微生物と、を添加し、水溶液により形成される水層の液面に、微生物、当該微生物を下側から浮力により保持する複数の合成高分子微粒子、およびバインダー材を含む複合層を形成するステップと、複合層中の微生物を生体触媒として、親水性の基質を反応させるステップと、を含む。なお、本明細書中で物質変換とは、微生物を生体触媒として、基質を別の物質に変換することをいう。具体的には、たとえば栄養源でもあるグルコースを基質として用いて、代謝によりクエン酸に変換することをいう。
【0019】
この態様によると、菌糸を形成しない微生物を生体触媒とした場合であっても、基質を効率良く物質変換することができる。また、菌糸を形成しない微生物を抽出液面固定化システムに用いた場合であっても、カタボライト抑制とフィードバック阻害という問題を効果的に回避することができる。物質変換に最適な親水/疎水バランスや荷電状態は、使用する微生物、発酵および微生物変換反応の種類によって大きく異なることが想定される。しかし、たとえば合成高分子微粒子とバインダー材の組み合わせや配合量を任意に設定して任意の割合で混合すれば、液体培地の液面に形成される高分子微粒子層の荷電状態を任意に変動させることができる。そのため、本実施の形態の物質変換方法を用いれば、微生物や発酵および微生物変換反応の種類に応じたオーダーメイドな物質変換を容易に行うことができる。
【0020】
物質変換方法において、バインダー材は、カルボキシル化されたセルロース、またはブチラール基とヒドロキシ基とアセチル基を有するポリビニルアルコール誘導体であってもよい。この態様によると、バインダー材が複数の合成高分子微粒子を効率的にまとめることによって、微生物を長期間にわたって保持することができる。
【0021】
物質変換方法において、バインダー材は、エーテル化度が20〜30mol%のセルロース、またはエーテル化度が60〜70mol%のポリビニルアルコール誘導体であってもよい。この態様によると、バインダー材の水溶液への不溶性と複数の合成高分子微粒子の結合性のバランスが最適となる結果、微生物を長期間にわたって安定的に保持することができる。
【0022】
物質変換方法において、微生物は、糸状菌以外の微生物であってもよい。この態様によると、様々な微生物を利用することによって、従来の糸状菌では行うことのできなかった物質変換を行うことができる。
【0023】
物質変換方法において、疎水性の有機溶媒を含む有機層を、複合層の液面に重層するステップをさらに含んでもよい。この態様によると、疎水性の基質を物質変換させることができる。
【0024】
物質変換方法において、親水性の基質が微生物により親水性の化合物に変換されて、当該化合物が水層に蓄積されてもよい。この態様によると、親水性の基質を用いて物質変換により親水性の生成物を得ることができる。
【0025】
物質変換方法において、親水性の基質が微生物により疎水性の化合物に変換されて、当該化合物が有機層に蓄積されてもよい。この態様によると、親水性の基質を用いて物質変換により疎水性の生成物を得ることができる。
【0026】
本発明の別の態様も、物質変換方法である。この物質変換方法は、培養槽に、親水性の基質を含む水溶液と、水溶液よりも比重の小さい複数の合成高分子微粒子と、水溶液中で複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材と、微生物と、を添加し、水溶液により形成される水層の液面に、微生物、当該微生物を下側から浮力により保持する複数の合成高分子微粒子、および水溶液中で当該複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材を含む複合層を形成するステップと、疎水性の基質および疎水性の有機溶媒を含む有機層を、複合層の上面に重層するステップと、複合層中の微生物を生体触媒として、疎水性の基質を反応させるステップと、を含む。
【0027】
本発明の別の態様は、バイオリアクターの製造方法である。このバイオリアクターの製造方法は、培養槽に、水溶液と、微生物と、水溶液よりも比重の小さい複数の合成高分子微粒子と、水溶液中で複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材と、を添加して混合し、水溶液により形成される水層の液面に、微生物、当該微生物を下側から浮力により保持する複数の合成高分子微粒子、および水溶液中で当該複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材を含む複合層を形成するステップを含む。
【0028】
本発明の別の態様は、バイオリアクターである。このバイオリアクターは、培養槽と、培養槽に収容された水溶液と、微生物を含み水溶液の液面に形成された複合層と、を備え、複合層は、水溶液よりも比重が小さく微生物を下側から浮力により保持する複数の合成高分子微粒子と、水溶液中で複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材と、を含む。
【0029】
なお、上述した各要素を適宜組み合わせたものも、本件特許出願によって特許による保護を求める発明の範囲に含まれうる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、微生物を用いて基質を効率良く物質変換することができる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において重複する説明は適宜省略する。
【0033】
[第1の実施の形態]
本実施の形態の物質変換方法は、培養槽12に、親水性の基質を含む水溶液と、水溶液よりも比重の小さい複数の合成高分子微粒子と、水溶液中で複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材と、微生物と、を添加し、水溶液により形成される水層20の液面に、低比重の合成高分子微粒子/バインダー材/微生物菌体を含む複合層30を形成するステップと、複合層30中の微生物を生体触媒として、親水性の基質Xを反応させるステップと、を含む。
【0034】
図2(A)は、第1の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。
【0035】
本実施の形態の物質変換方法では、バイオリアクター10を使用する。バイオリアクター10は、培養槽12と、低比重の合成高分子微粒子/バインダー材/微生物菌体を含む複合層30とを含む。培養槽12は、糸状菌を培養して物質変換を行うための培養反応器である。水層20は、水と微生物に供給される栄養源とを含む水溶液である液体培地から形成される。また、本実施の形態では、水層20は微生物を生体触媒として物質変換される親水性の基質Xも含む。親水性の基質Xは、栄養源自体であってもよい。複合層30は、複数の合成高分子微粒子と、水溶液中で複数の合成高分子微粒子をまとめるバインダー材を含む。複数の合成高分子微粒子は、水溶液よりも比重が小さく、バインダー材によりまとめられた状態にて微生物を水溶液の液面に浮かせることができる。本明細書中で比重とは、中空構造を有する微粒子の場合にはその内部に含まれる気体も考慮した値をいう。一方、真比重とは、微粒子を粉末にした場合の比重、つまり内部に含まれる気体を考慮しない値をいう。
【0036】
(合成高分子微粒子)
本実施の形態に使用される合成高分子微粒子として、たとえば上述した特許文献1(特開2008−29251号公報)に記載の中空微粒子が挙げられる。合成高分子微粒子は、約10〜約200μm、比重は約0.06〜約0.50と軽量で微小であるものが好ましい。素材的にはポリアクリロニトリルやポリスチレンなどの合成高分子をエマルジョン重合もしくは懸濁重合した後、熱膨張などの工程によって微粒子内部に空洞を持たせたものが好ましい。また、比重調製材としてタルクや炭酸カルシウムなどの無機材の微粉をコートしたものであってもよい。これらの性質を満たす合成高分子微粒子として、例えばAdvancell HB−2051(積水化学工業株式会社製、平均粒径20μm、真比重0.5)、MFL−80GCA(松本油脂製薬株式会社製、炭酸カルシウムコート型、平均粒径20μm、真比重0.2)、MFL−80GTA(松本油脂製薬株式会社製、炭酸カルシウムコート型、平均粒径20μm、真比重0.2)が挙げられる。
【0037】
(バインダー材)
図1(A)に経時的に示したように、複合層30として中空微粒子である合成高分子微粒子のみを用いて微生物を保持した場合、液面に形成された複合層30は物理的に極めて脆弱であり、その表面並びに層中に複合層30を形成させても容易に崩壊してしまう。特に、複合層30上に疎水性の有機層40を重層する場合、複合層30は速やかに崩壊する。
【0038】
微生物として菌糸を形成しない微生物を用いて物質変換を行う場合、合成高分子微粒子の脆弱性を改善して物理的な強度を付加するためには、当該微粒子同士を接着もしくは密着させることが有効である。そのため、複合層30に接着材料あるいは粘着材料(以下、バインダー材と称する)を配合させることが有効である。
【0039】
しかし、合成高分子微粒子が常時水と疎水性有機溶媒に接触しているため、このバインダー材には(1)水と疎水性有機溶媒の両者に対して溶解せずに粘着力を保持し続けること、(2)合成高分子微粒子と同程度以下の粒径であること(過度に大きすぎないこと)、(3)合成高分子微粒子の液面浮上に伴って液面に形成される複合層30中に取り込まれ得ること、(4)細菌、放線菌、酵母、微細藻類などの使用される微生物に対して毒性を発現しないこと、などのいくつかの制約が課せられる。
【0040】
( 1 )の制約は物理的に非常に厳しい。タッキファイヤーのような粘着材は分子レベル、より厳密にはカルボキシル基やヒドロキシ基のような極性官能基の存在によってその接着・粘着性が発揮されるが(非特許文献15)、このような分子レベルでの接着・粘着性の付与には、タッキファイヤ一分子の水中あるいは有機層中での溶解・拡散が伴うため、長期に渡って合成高分子微粒子同士を接着・粘着させておくことは不可能である。事実、ポリビニルアルコールのような水溶性高分子は水に完全に溶解してしまうため、複合層30を物理的に安定に保つことはできないことが確認されている。また、テルペン樹脂や低分子量スチレン樹脂のような通常の固体状タッキファイヤーは凝集力が強すぎるため、微粉状に粉砕しても強く凝集してしまい、分級はおろか水中に分散することすら不可能である。従って、有機溶媒に対する安定性はもちろん、水に対しても完全には溶解せずに、微粒子表面のみが水和して粘着力を発揮できる材料の探索が不可欠となった。
【0041】
(2)の粒径については粉砕と分級によって所望の範囲、例えば10μm〜200μmの範囲に容易に設定できることが条件となる。200μm以上の粒径では合成高分子微粒子とともに液面に浮上させることは不可能となるため、(3)の制約、すなわち、複合層30中に取り込まれて微粒子同士を粘着させるという所期の目的を達することができない。さらに、条件の(4)を満たすことができなければ、発酵や微生物変換反応に供することは不可能である。
【0042】
上記したような長時間に渡って合成高分子微粒子同士を水中で粘着させ得る微粒子であるバインダー材について、鋭意探索・検討を行った。寒天やデンプン、アルギン酸やゼラチンなどの水溶性天然高分子、ポリビニルアルコールやポリアクリレートなどの水溶性合成高分子、及び変性デンプンやカルボキシメチルセルロースなどの水溶性半合成高分子は、添加後の一定時間は複合層30の物理的安定化をもたらすが、それらの水溶性が高すぎるため、複合層30を長時間安定化させることは困難であることが確認された。特に、抽出液面固定化システムや液−液界面バイオリアクターの態様における複合層30に疎水性有機溶媒を重層した場合、複合層30は静置条件下であっても容易に崩壊してしまう。
【0043】
これらの水溶性高分子と比較して、本発明者は、(1)軽度にカルボキシル化されたセルロース、または(2)ブチラール基とヒドロキシ基とアセチル基を有するポリビニルアルコール誘導体が、長期に渡って水中で粘着性を保持して、複合層30に物理的強度を与えることを見出した。本実施の形態でセルロースが「軽度にカルボキシル化された」とは、エーテル化度(単位)が約0.20〜約0.30(約20〜約30mol%)であることをいう。
【0044】
前者(1)は半合成高分子であり、セルロースのC−6位のヒドロキシ基が部分的にカルボキシメチル化されたポリマーであり、水に対して不溶であるにもかかわらず、その微粒子表面は水和されて膨潤し、粘着力を発揮する。また、材料がセルロースであるために、食品や試料用の添加物や化粧品原料として使用されるほど、人体に対しても微生物に対しても無害である。このような製品として、たとえば日本製紙株式会社製のサンローズSLDシリーズが挙げられる。なお、本願明細書では、半合成高分子も合成高分子の一種とする。
【0045】
後者(2)は、完全な合成高分子であり、ポリビニルアルコールとアルデヒド類を反応させて合成されたポリビニルアセタール樹脂を基体とし、アルデヒドの鎖長によって種々物性の異なる材料である。環状のアセタール構造に加えて少量のアセチル基並びにヒドロキシ基も生成しており、多くの製品は極性溶媒である水と非極性溶媒であるヘキサンの両者に対して不溶である。一方で、多くの商品の表面は水中で水和して、5〜8%相当の水分を含んで粘着力を発揮することができる。このような製品として、たとえば積水化学工業株式会社のエスレックB並びにKシリーズが挙げられる。
【0046】
加えて、バインダー材は、以下の特性を有することが好ましい。
・平均分子量:約1万〜約5万(ダルトン)、好ましくは約2万〜約4万
・エーテル化度(mol%):軽度にカルボキシル化されたセルロースの場合、約20〜約30mol%。ブチラール基とヒドロキシ基とアセチル基を有するポリビニルアルコール誘導体の場合、約50〜約80mol%、好ましくは約60〜約70mol%
・粘度(mPa・s):約5〜約70mPa・s、好ましくは約10〜約60mPa・s
・ガラス転移温度(℃):約50〜約80℃、好ましくは約60〜約70℃。なお、ガラス転移温度とは、加熱に伴い、高分子がガラス状の硬い状態からゴム状の柔らかい状態に変化する現象が起る温度をいう。
・軟化点(℃):約100〜約160℃、好ましくは約125〜約150℃。なお、軟化点とは、温度上昇によって軟化し、変形を始める時の温度をいう。
・粘着力(gf/cm
2):バインダー材を一度イソプロパノールで溶解し、脱溶剤によって薄膜に成形して測定したと想定すると、180℃剥離で約50〜約300gf/cm
2、好ましくは約100〜約200gf/cm
2
・溶解性(不溶性)および吸水率(%):エスレックB並びにKシリーズ(積水化学工業株式会社)では約1〜約20%(w/w)、好ましくは約2〜約10%。サンローズSLDシリーズ(日本製紙株式会社)では約5〜約30%、好ましくは約10〜約20%
・非極性有機溶媒(ヘキサン、スチレンなど)に対して不溶
【0047】
複数の合成高分子微粒子同士の粘着を促すバインダー材としては上記の半合成あるいは合成高分子材料が好適であるが、合成高分子微粒子に対するこれらの配合量に留意する必要がある。バインダー材の配合量が多いほど複合層30の安定性は向上するが、過剰に入れすぎた場合には、複合層30への取り込み率の低下や調製コストの上昇をもたらすことになる。バインダー材の比重は1.0前後のものが多いため、それ自体に液面浮上性はないか非常に小さい。したがって、バインダー材を過剰量配合した場合には、合成高分子微粒子によって浮上せしめられるバインダー材の量は限られているため、残余のものは培養器の底部に沈降することになる。
【0048】
合成高分子微粒子に対するバインダー材の配合比は合成高分子微粒子の比重並びに粒径により異なるが、例えば、比重0.23、平均粒径20mmの中空微粒子(マツモトマイクロスフェアー MFL−81GTA、松本油脂製薬工業)1gに配合するバインダー量は50mgで十分であり、比重0.50、平均粒径20mmの中空微粒子(Advancell HB−2051、積水化学工業)1gに配合するバインダ一量は25mgで十分である。合成高分子微粒子とバインダー材の比率は、約5:約1であることが好ましく、約40:約1であることがより好ましい。これにより、複数の合成高分子微粒子の浮上性をある程度維持しつつ、合成高分子微粒子の接着に寄与することのないバインダー材を減らすことによって、バインダー材を有効に利用することができる。
【0049】
(水溶液)
水層20を形成させる水溶液として使用できる液体培地には特に制約はなく、目的物質の生産のために好適な組成とpHのものを使用すればよい。例えば炭素・エネルギー源としてはグルコースやスクロース等の単糖類、可溶性デンプン等の多糖類、グリセロールなどのポリオール類が利用できる。微生物として微細藻類を用いる場合は、炭素・エネルギー源を加えずに培養に供することもできる。窒素源についても特に制約はなく、硝酸アンモニウムや塩化アンモニウムなどの無機態窒素源、ペプトンやソイトンなどの有機態窒素源、他の添加剤として酵母エキスやアミノ酸類、ビタミン類やりン酸塩などを適宜使用すればよい。なお、微生物として微細藻類を用いる場合は光照射を行う必要があるが、光照射条件についても特に制約はなく、例えば1500Lux光を12時間照射/12時間暗所の条件で照射すればよい。
【0050】
(微生物)
適用可能な微生物についても特に制約はなく、細菌であればBacillus属やEscherichia属、放線菌であればStreptomyces属やRhodococcus属、酵母であればSaccharomyces属やCandida属、微細藻類であればChlorella属やChlorococcum属等を代表例として挙げることができる。このような様々な微生物を利用することによって、従来の糸状菌では行うことのできなかった物質変換を行うことができる。なお、カビについても本実施の形態の物質変換方法は十分に適用可能である。例えばAspergillus属やPenicillium属などのほとんど全ての属種について適用可能である。
【0051】
(製造方法)
次に、バイオリアクター10の製造方法を説明する。本実施の形態では、まず複数の合成高分子微粒子とバインダー材とを予め混合しておく。この混合物に培地と使用菌株の細胞懸濁液を所定の配合比になるように加えて混合し、所定量を培養槽12に分注して静置する。その結果、複数の合成高分子微粒子が密集して液面浮上することによって、微生物及びバインダー材微粒子も共に浮上し、液体培地液面に低比重合成高分子微粒子/バインダー材/微生物菌体を含む複合層30が形成される。
図1(B)に、複合層30にバインダー材を用いて製造されたバイオリアクター10の例を示す。左から右に向かって経時的に示すように、バインダー材を用いない場合(
図1(A))と比べて、複合層30が安定的に形成されている。
【0052】
添加する培地と種菌懸濁液の比率については、本培養系は通常のフラスコ培養やジャーファーメンターによる培養とは異なり、配合する種菌量、合成高分子微粒子の量、バインダー材の量は、培地当りの設定とはならず液体培地液面の面積に依存して決定される。なぜなら、本培養系における微生物増殖速度、物質生産速度、物質処理速度は液体培地の液量に依存するのではなく、液面積に全て依存するためである。従って、液面積換算で設定できる植菌量は1cm
2当り約5〜約100μl、好ましくは約10〜約50μl、合成高分子微粒子の量は比重により異なり、例えば比重0.06の中空微粒子(MMF−DE−1:松本油脂製薬工業)の波面積1cm
2当りの配合量は約2〜約50mg、好ましくは約5〜約20mg、バインダー材の配合量は合成高分子微粒子の配合量に依存するが、液面積1cm
2当り概ね約0.5〜約10mg、好ましくは約1〜約5mgの範囲である。
【0053】
なお、
図2(A)に示したバイオリアクター10が製造できるのであれば、各物質を加える順序はここで示したものに限られない。たとえば複数の合成高分子微粒子とバインダー材とをあとで混合してもよい。また、公知の滅菌方法を用いて適宜滅菌を行ってもよい。
【0054】
(物質変換)
次に、バイオリアクター10を用いた物質変換について説明する。複合層30の上面にバイオフィルムとして形成された複合層30中の微生物の働きにより、親水性の基質Xは、糸状菌を生体触媒として、目的物である生成物X’に物質変換される。なお、物質変換時、つまり微生物の培養時には、バイオリアクター10は静置してもよいし、低速にて回転されてもよい。
【0055】
微生物と親水性の基質Xとを適宜組み合わせることにより、様々な生成物X’が得られる。親水性の基質Xとしてたとえば液体培地中の栄養源を用いることにより、抗生物質等の有用二次代謝物、有機酸やアミノ酸等の一次代謝物、さらには、グルコシダーゼやリパーゼ等の有用酵素を効率的に生産し、水層20中に高濃度で蓄積させることができる。
【0056】
本実施の形態の物質変換方法を用いた物質変換の例としては、たとえば栄養源でもあるグルコースを基質として用いて、クエン酸を生成する反応が挙げられる。
【0057】
以上、本実施の形態の物質変換方法によれば、菌糸を形成しない微生物を生体触媒とした場合であっても、基質を効率良く物質変換することができる。また、菌糸を形成しない微生物を抽出液面固定化システムに用いた場合であっても、カタボライト抑制とフィードバック阻害という問題を効果的に回避することができる。物質変換に最適な親水/疎水バランスや荷電状態は、使用する微生物、発酵および微生物変換反応の種類によって大きく異なることが想定される。しかし、たとえば合成高分子微粒子とバインダー材の組み合わせや配合量を任意に設定して任意の割合で混合すれば、液体培地の液面に形成される高分子微粒子層の荷電状態を任意に変動させることができる。そのため、本実施の形態の物質変換方法を用いれば、微生物や発酵および微生物変換反応の種類に応じたオーダーメイドな物質変換を容易に行うことができる。
【0058】
(第2の実施の形態)
図2(B)は、第2の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。
【0059】
本実施の形態では、第1の実施の形態のバイオリアクター10において、複合層30の上面に有機層40を積層した構造を有する。有機層40は、微生物に対して実質的に毒性を示さない疎水性の有機溶媒を含む。
【0060】
有機層40と水層20との液/液界面に位置する複合層30中の微生物は、水層20から栄養源と水、有機層40に接した大気から酸素の供給をそれぞれ受けて活発な代謝活動を続け、標的とする生成物X’を高濃度で生産および蓄積することができる。本実施の形態では、親水性の基質Xから疎水性の二次代謝物である生成物X’が有機層40に蓄積される。
【0061】
本実施の形態の物質変換方法を用いた物質変換の例としては、たとえば基質としてグルコースを用いてγ−デカラクトンを生成する発酵が挙げられる。
【0062】
複合層30上に重層する有機溶媒としては、微生物に対して実質的に毒性を示さず生育を阻害しない溶媒を用いることが好ましい。このような疎水性の有機溶媒としては、3以上、好ましくは4以上のLogP値を有する疎水性の有機溶媒であれば特に制約はない。ただし、ヒトに対する毒性が低いこと、反応基質や標的とする脂溶性産物の溶解性に優れること、適度な沸点を有し、揮発性に乏しいこと、安価であることなどの条件を満たすことが好ましい。有機溶媒として、例えばデカンやドデカンのような中鎖ノルマルパラフィン類、ヘキシルエーテルやイソアミルエーテルのような中鎖脂肪族エーテル類、KF−96L−1CSのような低粘性ジメチルシリコンオイルなどを好適に使用することができる。
【0063】
以上、本実施の形態の物質変換方法によっても、第1の実施の形態と同様の効果が得られる。加えて、有機層40が疎水性の二次代謝物の抽出溶媒層およびリザーバー層として機能するため、生成物阻害あるいはフィードバック阻害を効果的に回避することができる。
【0064】
(第3の実施の形態)
図2(C)は、第3の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。
【0065】
本実施の形態では、水層20ではなく有機層40に疎水性の基質Xを加える点が、第2の実施の形態のバイオリアクター10とは異なる。
【0066】
本実施の形態のバイオリアクター10によると、疎水性の基質Xから疎水性の生成物X’が生成され、有機層40に蓄積される。
【0067】
本実施の形態の物質変換方法を用いた物質変換の例としては、たとえば微生物としてPichia kluyveri NBRC 1165、基質としてシトロネロールを用いて酢酸シトロネリルを生成させる反応(実施例2)、微生物としてCandida viswanathii NBRC 10321、基質としてシトロネロールを用いてシトロネル酸を生成させる反応(実施例3)、微生物としてRhodococcus equi NBRC3730、基質として2−オクタノールを用いて2−オクタノンを生成させる反応(実施例4)が挙げられる。
【0068】
以上、本実施の形態の物質変換方法によっても、第2の実施の形態と同様に、有機層40は反応溶媒として機能するだけでなく、基質Xや生成物X’のリザーバーとして機能する。つまり、疎水性の基質Xは微生物に対して毒性を有することが多いが、有機層40により微生物と接する基質Xの濃度が希釈される。そのため、微生物の生存に影響を与えない基質Xとして、様々な物質を選択することができる。また、有機層40中に添加できる基質Xの濃度および有機層40中に蓄積される生成物X’の濃度は、従来の液体培養法と比較して飛躍的に向上する。本実施の形態の物質変換方法によると、複合層30と有機層40の界面に位置する微生物は生育を阻害されずに活発に代謝活動を行うことができる。そのため、酸化還元反応のような補酵素要求性の反応や誘導酵素反応等も問題なく触媒することができる。本実施の形態の物質変換方法によると、不活性炭素の水酸化反応のような高難易度な微生物変換反応も効率的に進行させることができる。また、本実施の形態の物質変換方法によると、生成物の回収も有機層40からの取り出しのみで済む。そのため、煩雑な溶媒抽出工程を省略することができる。
【0069】
(第4の実施の形態)
図2(D)は、第4の実施の形態に係る物質変換方法を模式的に示す図である。
【0070】
本実施の形態では、第3の実施の形態と同様に、有機層40に疎水性の基質Xを加える。一方、本実施の形態のバイオリアクター10によると、疎水性の基質Xから親水性の生成物X’が水層20に蓄積される点が、第3の実施の形態とは異なる。
【0071】
本実施の形態の物質変換方法を用いた物質変換の例としては、たとえば基質としてフルオロベンゼンを用いてフルオロカテコールを生成する反応が挙げられる。
【0072】
以上、本実施の形態の物質変換方法によっても、第3の実施の形態と同様の効果が得られる。
【0073】
なお、第1〜4の実施の形態では、水層20の液面にあらかじめ中空微粒子/バインダー材層を形成させ、その上に微生物を載せることにより、複合層30を形成してもよい。この形成方法は、特に、多数の微生物を対象とした、微生物あるいは酵素のスクリーニング法として有効である。上述した各実施の形態では、液体培養法と比較して高い物質生産性を有している。また、通気や撹拌操作が不要であり、さらには溶媒抽出工程を省略できる。そのため、この形成方法は、多数の微生物を対象とした大規模スクリーニングに威力を発揮する。
【0074】
[用途]
上述した物質変換方法は、例えば、乳酸や酪酸等の有機酸やγ−デカラクトン等の香料原料、あるいはウルソデオキシコール酸やビタミンD3等の医薬品原料の生産などに適用することが想定される。微生物を適宜選択することにより、これらの生産を容易に効率化することができる。
【0075】
微生物は様々な酵素の高生産性微生物として有用である。微生物は、たとえばアミラーゼやセルラーゼ等の糖質分解酵素の他、プロテアーゼ、リパーゼ等の高生産に好適である。上述した物質変換方法にこれら微生物を用いることにより、液体培養法はもちろん固体培養法をも凌ぐ生成物の高収率が達成可能となる。
【0076】
一方、微生物変換への分野への応用としては、一般的な反応種、例えば、エステルの加水分解、アルコールやアルデヒドの酸化、ケトンやオレフィンの還元等に限定されるものではない。例えば、不活性炭素の水酸化やエポキシ化反応等、様々な反応種に利用することが可能である。
【実施例】
【0077】
以下、本発明を実施例によってさらに詳しく説明する。なお、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0078】
以下、実施例1−1〜1−5と比較例1−1〜1−4では、バインダー材のスクリーニングを行った。また、実施例2〜4では、基質としてそれぞれシトロネロール、シトロネロール、2−オクタノールを用いて、微生物を生体触媒として物質変換を行った実験結果を示す。また、比較例2〜4として、基質としてそれぞれ実施例1〜4と同じ物質を用いてエマルジョン培養系および水−有機溶媒二相系にて物質変換を行った実験結果を示す。実施例2と重複する操作は記載を適宜省略する。
【0079】
(実施例1−1〜1−5と比較例1−1〜1−4)
水中においても長期にわたって溶解しない反面、表面が水和されて粘着性を発現する微粒子(バインダー材)を広範にスクリーニングした。
【0080】
内径30mm、容積50mlのガラス製バイアルに、合成高分子微粒子としてポリアクリロニトリル製中空微粒子(HB−2051、積水化学工業)300mg、供試バインダー材(0、5、10、15、20、25、30mgの7水準)及び0.005%ローズベンガル水溶液15mlを120rpmで60分間回転振盪させて混和し、l夜放置して中空微粒子とバインダー材を含む複合層を液面に形成させた。供試バインダー材として、サンローズSLD−F1(日本製紙)(実施例1−1)、サンローズSLD−FM(日本製紙)(実施例1−2)、エスレックBL−S’DA−C51(積水化学工業)(実施例1−3)エスレックBL−1BC−H47(積水化学工業)(実施例1−4)、エスレックBL−1HCJ−740(積水化学工業)(実施例1−5)、寒天(比較例1−1)、カルボキシメチルセルロースナトリウム(比較例1−2)、アルギン酸ナトリウム(比較例1−3)、ポリビニルアルコール(比較例1−4)の9種を用いた(いずれも100μmメッシュパス)。ローズベンガル水溶液の液面に形成された複合層の上にデカンを2ml重層して60rpmで24時間回転振盪させ、複合層の状態を目視で観察した。
【0081】
実施例1−1〜1−5の配合系では、5mg以上の配合量であれば中空微粒子とバインダー材を含む複合層は崩壊しなかった。したがって、これらのバインダー材は、菌糸を形成しない微生物を水中で保持するためにも使用できることが示された。一方、比較例のバインザー材(比較例1−1〜1−4)の配合系では、30mgの配合量であっても複合層は崩壊した。
【0082】
(実施例2)
内径30mm、容積50mlのガラス製バイアルに合成高分子微粒子としてポリアクリロニトリル製中空微粒子(HB−2051、積水化学工業)を300mg、バインダー材としてサンローズSLD−F1あるいはSLD−FM(日本製紙)を20mg、微生物としてPichia kluyveri NBRC 1165の1日培養液を200μl配合し、1日間静置培養して中空微粒子/バインダー材/微生物菌体を含む複合層を形成させた。その後、この複合層上に基質および有機層とし10% シトロネロール/デカン溶液を3ml重層し、30℃、10日間、60rpmの回転振盪条件下で反応させた。
【0083】
10日間培養で生成した有機層中の目的物質である酢酸シトロネリルの濃度をガスクロマトグラフィーで定量した結果、5.8g/Lの蓄積濃度が確認された。
【0084】
(比較例2)
比較対象として、P.kluyveri NBRC 1165の1日培養液に直接シトロネロールを10%レベルで添加するエマルジョン培養系(比較例2−1)と、10%シトロネロール/デカン溶液を三角フラスコ中の同株の1日培養液に添加して振盪培養する水−有機溶媒二相系(比較例2−2)を採用した。
【0085】
その結果、エマルジョン培養系ではシ卜ロネロールの強毒性が発現し、酢酸シトロネリルの生成は全く認められなかった。水−有機溶媒二相系においてもシトロネロールの強毒性を十分には回避できず、生成した酢酸シトロネリルのデカン層中における蓄積濃度はわずか0.1g/Lであった。
【0086】
(実施例3)
内径30mm、容積50mlのガラス製バイアルに合成高分子微粒子としてポリアクリロニトリル製中空微粒子(MFL−80GTA、松本油脂製薬工業)を200mg、バインダー材としてエスレックBL−1BC−H47(積水化学工業)を10mg、微生物としてCandida viswanathii NBRC 10321の1日培養液を100μl配合し、1日間静置培養して中空微粒子/バインダー材/微生物菌体を含む複合層を形成させた。その後、この複合層上に基質/有機層として10%シトロネロール/デカン溶液を3ml重層し、30℃、14日間、60rpmの回転振盪条件下で反応させた。
【0087】
14日間培養で生成した有機層中の目的物質であるシトロネル酸の濃度をガスクロマトグラフィーで定量した結果、38.7g/Lの蓄積濃度が確認された。
(比較例3)
比較対象として、C. viswanathii NBRC 110321の1日培養液に直接シトロネロールを10%レベルで添加するエマルジョン培養系(比較例3−1)と10%シトロネロール/デカン溶液を三角フラスコ中の同株の1日培養液に添加して振盪培養する水−有機溶媒二相系(比較例3−2)を採用した。
【0088】
その結果、エマルジョン培養系ではシトロネロールの強毒性が発現し、シトロネル酸の生成は全く認められなかった。水−有機溶媒二相系においてもシトロネロールの強毒性を十分には回避できず、生成したシ卜ロネル酸のデカン層中における蓄積濃度はわずか0.3g/Lであった。
【0089】
(実施例4)
内径30mm、容積50mlのガラス製バイアルに合成高分子微粒子としてポリアクリロニトリル製中空微粒子(MFL−80GCA、松本油脂製薬工業)を200mg、バインダー材としてエスレックBL−1HCJ−740(積水化学工業)を20mg、微生物としてRhodococcus equi NBRC3730の1日培養液を100μl配合し、1日間静置培養して中空微粒子/バインダー材/微生物菌体を含む複合層を形成させた。その後、この複合層上に基質/有機層として5%の2−オクタノール/KF−96L−1CS(ジメチルシリコンオイル、信越化学工業)溶液を3ml重層し、30℃、10日間、60rpmの回転振盪条件下で反応させた。
【0090】
10日間培養で生成した有機層中の目的物質2−オクタノンの濃度をガスクロマトグラフィーで定量した結果、33.7g/Lの蓄積濃度が確認された。
図3には、実施例4および比較例4−1,4−2における目的物質2−オクタノンの生成濃度を示す。
【0091】
(比較例4)
比較対象として、Rhodococcus equi NBRC3730の1日培養液に直接2−オクタノールを5%レベルで添加するエマルジョン培養系(比較例4−1)と、5%の2−オクタノール/KF−96L−1CS溶液を三角フラスコ中の同株の1日培養液に添加して振盪培養する水−有機溶媒二相系(比較例4−2)を採用した。
【0092】
その結果、エマルジョン培養系では2−オクタノールの強毒性が発現し、2−オクタノンの生成は全く認められなかった(
図3)。水−有機溶媒二相系においても2−オクタノールの強毒性を十分には回避できず、生成した2−オクタノンの有機層中における蓄積濃度はわずか0.9g/Lであった(
図3)。
【0093】
本実施例おける合成高分子微粒子とバインダー材とを適度な配合比にて使用すれば、長期にわたって複合層を安定化させることができること、また本実施例の物質変換方法を使用すれば、従来の液体培地法や水−有機溶媒二相系反応法をはるかに凌駕する物質生産が可能となることが確認された。
【0094】
以上、本発明を上述の実施の形態を参照して説明したが、本発明は上述の実施の形態に限定されるものではなく、実施の形態の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて実施の形態における組合せや工程の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうる。