【実施例】
【0069】
≪実施例1≫
図5に示す配置で炭素鋼板(JIS−S45C)同士を重ね合わせ、上側の炭素鋼板から回転ツールを圧入して点接合を施した。ここで、回転ツールにはWC−Ni超硬合金製の円柱状ツール(φ12mm,プローブなし)を用い、炭素鋼板の板厚は1.0mm又は1.5mmとした。回転ツールの回転速度は30rpm又は50rpm、荷重は12ton又は15ton、接合時間は10秒又は30秒とした。なお、上述のとおりFeの再結晶温度は〜500℃であり、炭素鋼であるS45Cの再結晶温度は約600℃である。
【0070】
供試材として用いた炭素鋼板は、400℃、500℃、600℃の各温度における焼き戻し処理で硬度(強度)を変化させている。
図5に各温度で焼き戻し処理を行った炭素鋼板のSEM写真及びEBSD結晶粒界像を示す。なお、SEM観察及びEBSD測定にはFE−SEM(日本電子株式会社製JSM−7001FA)及びTSL社製のOIM data Collection ver5.31を用いた。
【0071】
図6において、焼き戻し温度の上昇に伴う小角粒界及び炭化物の減少が認められ、400℃の場合は450HV、500℃の場合は350HV、600℃の場合は300HVとなっていた。なお、一般的にビッカース硬度の約3倍が引張強度(MPa)となることから、400℃の場合は1350MPa、500℃の場合は1050MPa、600℃の場合は900MPaの引張強度を有する高張力鋼に相当する。
【0072】
≪実施例2≫
回転ツールに工具鋼製(日立金属,YXR33)の円柱状ツール(φ12mm,プローブ:φ4mm,長さ1.8mm)を使用し、回転ツールの回転速度を50rpm、荷重を15ton、接合時間を10秒としたこと以外は実施例1と同様にして、点接合を施した。
【0073】
≪実施例3≫
回転ツールに工具鋼製(JIS−SKD61)の円柱状ツール(φ12mm,プローブ:φ4mm,長さ1.8mm)、被接合材に低炭素鋼板(JIS−SPCC)を用い、回転ツールの回転速度を50rpm、荷重を6ton、接合時間を60秒としたこと以外は実施例1と同様にして、点接合を施した。
【0074】
≪実施例4≫
図5に示す配置で、アルミニウム合金板(JIS−A6061−T6)同士を重ね合わせ、上側のアルミニウム合金板から回転ツールを圧入して点接合を施した。ここで、回転ツールにはWC−Ni超硬合金製の円柱状ツール(φ12mm,プローブなし)を用い、アルミニウム合金板の板厚は1.0mmとした。回転ツールの回転速度は30〜50rpm、荷重は3.5〜8ton、接合時間は20秒又は30秒とした。なお、上述のとおりAlの再結晶温度は150〜240℃であり、アルミニウム合金であるA6061の再結晶温度は250〜350℃である。
【0075】
≪実施例5≫
回転ツールの形状をφ12mm,プローブ:φ4mm,長さ1mmとした以外は実施例4と同様にして、点接合を施した。
【0076】
≪実施例6≫
板厚3mmの純アルミニウム板(A1050 H24)に回転ツールを圧入して移動させることで、線状の処理領域を形成させた。回転ツールにはWC−Ni超硬合金製の円柱状ツール(φ12mm,プローブ:φ4mm,長さ0.9mm)を用いた。また、回転ツールの回転速度は50rpm、移動速度は10mm/minとし、回転ツールの位置制御にて摩擦攪拌処理を施した。
【0077】
≪実施例7≫
回転速度を10rpmとした以外は実施例6と同様にして、摩擦攪拌処理を施した。
【0078】
≪実施例8≫
回転速度を5rpmとした以外は実施例6と同様にして、摩擦攪拌処理を施した。
【0079】
≪比較例1≫
回転速度を200〜1200rpm、荷重を4.5ton、接合時間を10秒とした以外は実施例1と同様にして、点接合を施した。
【0080】
≪比較例2≫
回転ツールにWC−Ni超硬合金製の円柱状ツール(φ12mm,プローブ:φ4mm,長さ1.8mm)を用いた以外は比較例1と同様にして、点接合を施した。
【0081】
≪比較例3≫
回転速度を2500rpm、荷重を0.4ton、接合時間を1.2秒とした以外は実施例4と同様にして、点接合を施した。
【0082】
[接合部の断面観察]
接合部における欠陥形成の有無及び接合界面の状況等を確認するため、接合部の断面を光学顕微鏡によって観察した。
【0083】
実施例1で得られた接合部(30rpm,15ton,30s)の断面写真を
図7に示す。回転ツールの圧入によって上側の炭素鋼板に凹部が形成されており、当該凹部の下方において、上側の炭素鋼板と下側の炭素鋼板が接合されている。ここで、当該接合領域に欠陥等は認められず、良好な接合が達成されていることが分かる。
【0084】
実施例2で得られた接合部の断面写真を
図8に示す。プローブを有する回転ツールの圧入によって、上側の炭素鋼板に当該回転ツールの底面形状に対応した凹部が形成されており、当該凹部の下方において、上側の炭素鋼板と下側の炭素鋼板が接合されている。ここで、当該接合領域に欠陥等は認められず、良好な接合が達成されていることが分かる。
【0085】
実施例3で得られた接合部の断面写真を
図9に示す。プローブを有する回転ツールの圧入によって、上側の炭素鋼板に当該回転ツールの底面形状に対応した凹部が形成されており、当該凹部に破断した回転ツールのプローブ部が埋没している。当該凹部の下方において、上側の炭素鋼板と下側の炭素鋼板が接合され、当該接合領域に欠陥等は認められず、良好な接合が達成されていることが分かる。
【0086】
実施例4で得られた接合部(40rpm,7ton,30s)の断面写真を
図10に示す。実施例1で得られた接合部と同様に、上側のアルミニウム合金板に凹部が形成されており、当該凹部の下方において、上側のアルミニウム合金板と下側のアルミニウム合金板が接合されている。ここで、当該接合領域に欠陥等は認められない。
【0087】
実施例5で得られた接合部(40rpm,6ton,20s)の断面写真を
図11に示す。実施例2で得られた接合部と同様に、プローブを有する回転ツールの圧入によって、上側のアルミニウム合金板に当該回転ツールの底面形状に対応した凹部が形成されており、当該凹部の下方において、上側のアルミニウム合金板と下側のアルミニウム合金板が接合されている。ここで、当該接合領域に欠陥等は認められず、良好な接合が達成されていることが分かる。
【0088】
実施例6〜8で得られた攪拌部の表面写真を
図12に示す。何れの条件においても線状の攪拌領域が形成されていることが分かる。また、摩擦攪拌は良好に達成されており、溝状欠陥等は確認されない。
【0089】
実施例6で得られた接合部の断面写真を
図13に示す。断面写真においても欠陥は確認されず、回転ツールの回転速度を極めて遅く設定した場合であっても、良好な攪拌部が形成されることが分かる。
【0090】
比較例1で得られた接合部(400rpm,4.5ton,10s)の断面写真を
図14に示す。実施例1で得られた接合部と同様に、上側の炭素鋼板に凹部が形成されており、当該凹部の下方において、上側の炭素鋼板と下側の炭素鋼板が接合されている。ここで、当該接合領域に欠陥等は認められない。
【0091】
[硬度測定]
上記実施例及び比較例で得られた接合部の断面について、ビッカース硬度試験を行った。なお、ビッカース硬度測定は荷重:0.1kgf、荷重負荷時間:15sの条件で行った。
【0092】
図15及び
図16に、炭素鋼板の母材硬度を350HV及び450HVとした場合の硬度分布(接合部水平方向)を示す。炭素鋼板の母材硬度が350HVの場合、実施例1で得られた接合部においては母材硬度未満の軟化領域(熱影響部)が存在しない。また、炭素鋼板の母材硬度が450HVの場合は僅かに軟化した領域が存在するものの、比較例1で得られた接合部と比較すると硬度低下が明確に低減されている。
【0093】
実施例1及び比較例1で得られた接合部の最低硬さについて、回転ツールの回転速度との関係を
図17に示す。比較例1で得られた接合部(200〜1200rpm)の最低硬さは接合条件に依らず母材の硬さよりも大幅に低い値となっているが、実施例1で得られた接合部の最低硬さは高い値を示している。
図17において、回転速度を80rpmとした場合は接合部の硬度低下が効果的に抑制されている。特に、回転速度を50rpmとすると当該抑制効果が顕著であり、更に、回転速度を30rpmとした場合は母材からの硬度低下が殆ど認められない。
【0094】
実施例1及び比較例1で得られた接合部の最低硬さについて、母材硬さとの関係を
図18に示す。比較例1で得られた接合部については母材硬さからの硬度低下が顕著であるが、実施例1で得られた接合部に関しては硬度低下が明確に低減されている。特に、回転速度を30rpmとした場合は、母材硬さが350HVまでは硬度低下が生じていない。
【0095】
図19及び
図20に、実施例3及び実施例4で得られた接合部の硬度分布(接合部水平方向)を示す。固相接合である摩擦攪拌接合を用いた場合であっても、従来のアルミニウム合金板(JIS−A6061−T6)接合部では軟化領域(熱影響部)の形成が不可避であったが、実施例3及び実施例4で得られた接合部には母材硬度未満の軟化領域(熱影響部)が認められない。
【0096】
図21に、実施例6で得られた接合部の硬度分布(接合部水平方向)を示す。なお、攪拌部の上部、中部、下部においてそれぞれ測定している。供試材として用いた純アルミニウムはO材ではなくH24材であるが、攪拌部の硬度は母材と比較して大幅に高い値を示している。加えて、接合部に母材硬度未満の軟化領域(熱影響部)は認められない。
【0097】
[引張試験]
上記実施例及び比較例で得られた継手に関して、せん断引張強度を測定した。測定には引張試験機(SHIMADZU Autograph AGS−X 10kN)を用い、クロスヘッド速度1mm/minで継手のせん断引張強度を測定した。
【0098】
実施例2及び比較例2で得られた継手のせん断引張強度を
図22に示す。比較例2で得られた継手は軟化領域(熱影響部)から破断することから、せん断引張強度は約8kNに留まっている。これに対し、軟化領域(熱影響部)が形成されない実施例2で得られた継手は、約12kNのせん断引張強度を有している。
【0099】
実施例3で得られた継手に関し、接合条件を6ton、50rpm、30秒とした場合のせん断引張強度は5.5kN、接合条件を7ton、40rpm、30秒とした場合のせん断引張強度は4.8kNであった。これに対し、比較例3で得られた継手のせん断引張強度は2.7kNであり、実施例3では従来の摩擦攪拌点接合と比較して大幅に高いせん断引張強度を有する継手が得られていることが分かる。
【0100】
[接合部の微細組織観察]
接合部における結晶粒の粒径及び形状を確認するため、接合部の断面のEBSD測定を行った。なお、EBSD測定にはFE−SEM(日本電子株式会社製JSM−7001FA)及びTSL社製のOIM data Collection ver5.31を用いた。
【0101】
実施例1及び実施例2で得られた接合部に関し、接合界面近傍の方位マップ像を
図23及び
図24にそれぞれ示す。どちらの接合界面近傍においても再結晶によって微細等軸粒が生成しており、平均結晶粒系は1μmを大幅に下回っている(実施例1:0.25μm,実施例2:0.33μm)。
【0102】
比較例3で得られた接合部に関し、接合界面近傍の方位マップ像を
図25に示す。母材の平均結晶粒径が20μmであるのに対し、接合界面近傍に生成した微細等軸粒の平均結晶粒径は0.24μmとなっている。
【0103】
[接合温度測定]
熱画像カメラ(CINO社製 CPA−T640)を用い、上記実施例及び比較例における接合温度の測定を行った。
【0104】
実施例1及び比較例1における接合最高温度とツール回転速度の関係を
図26に示す。実施例1における接合最高温度は比較例1の場合と比較して劇的に低下しており、300℃近傍の低温で炭素鋼板の接合が達成されていることが分かる。また、当該結果は、炭素鋼板(S45C)が本来有する再結晶温度(約600℃)未満の接合温度が実現されていることを示している。
【0105】
実施例3における接合中の温度変化を
図27に示す。接合開始から接合温度は上昇し、接合時間終了時に最高温度となっているが、40rpmの場合は92.1℃、30rpmの場合は69.9℃と、極めて低い温度に留まっていることが分かる。また、当該結果は、アルミニウム合金板(A6061)が本来有する再結晶温度(250〜350℃)未満の接合温度が実現されていることを示している。