(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、建築や土木の分野において、鋼構造物(建物や橋梁等)の骨組みを構成する鋼材どうしの接合構造として、高力ボルト等の締付け具で鋼材を締付け、この締め付けた圧縮力により生じる摩擦抵抗で鋼材どうしを接合する摩擦接合が一般的に利用されている。
一般的な摩擦接合では、母材(柱や梁、筋交いなど)や添板(スプライスプレート)、ガセットプレートなどの鋼材の接合面に以下のような加工を施して摩擦係数を確保している。すなわち、サンダーやグラインダーなどにより黒皮を除去した後に放置して赤錆を発生させるか、またはショットブラスト加工などにより接合面を粗くする方法が用いられている。
しかし、このような方法によって得られる接合面の摩擦係数は、比較的小さい上に安定した摩擦抵抗が確保し難いため、設計する上で安全側に捉えた低い値(例えば、浮き錆を除去した赤錆面の場合でμ=0.45、ブラスト処理面の場合でμ=0.45など)を採用せざるを得ず、部材断面が大きくなった場合には、合理的な設計が実現し難く、その解決が望まれている。
【0003】
このような問題を解決するための一例として、特許文献1に記載の高力ボルト摩擦接合構造が知られている。この高力ボルト摩擦接合構造は、高力ボルトによって鋼材どうしを接合するに際し、接合部を構成する鋼材の接合面のうち少なくとも一方の接合面に複数の気孔を含むようにアルミ溶射処理等の金属溶射処理を施し、当該金属溶射層の気孔率を5%以上、30%以下としたものである。
このような高力ボルト摩擦接合構造によれば、金属溶射層が形成された一方の接合面と、他方の接合面間の摩擦力が増大され、摩擦抵抗を確実に高めて合理的な設計を実現することができる。これにより、例えば、高力ボルト等の締付け具の数量を減らすことができ、また、接合面の面積を小さくすることができるので、摩擦接合構造のコンパクト化が図れる。
【0004】
また、前記問題を解決するための他の例として、特許文献2に記載の高力ボルト摩擦接合用スプライスプレートが知られている。これは、摩擦接合面に金属溶射による溶射層を形成した高力ボルト摩擦接合用スプライスプレートにおいて、溶射層のうち表面側に位置する表面側溶射層の気孔率が、前記表面側溶射層よりもスプライスプレート母材との界面側に位置する界面側溶射層の気孔率が大きいものである。
このような高力ボルト摩擦接合用スプライスプレートによれば、高力ボルト摩擦接合において、高い摩擦抵抗、具体的にはすべり係数(摩擦係数)0.7以上を合理的に安定して得ることができ、高力ボルト摩擦接合の接合強度および寿命を高いレベルで安定させることができる。
【0005】
また、上述したアルミ溶射処理のような、摩擦係数が接触圧に依存する摩擦面処理を接合面に施した高力ボルト摩擦接合部では、接触圧が低いほど摩擦係数が高くなり、また添板厚が厚いほど、母材表面への接触圧分布領域が大きくなることが知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上述したアルミ溶射処理のような、摩擦係数が接触圧に依存する摩擦面処理を接合面に施した高力ボルト摩擦接合部では、すべり係数が高力ボルト径、高力ボルト強度、添板厚、溶射層厚に依存することが知られている。また、添板厚が小さくなると、すべり係数が小さくなり、十分な効果が得られない場合がある。
そこで、本発明者は、高力ボルト摩擦接合部におけるすべり係数について鋭意研究したところ、すべり係数が、上述した高力ボルト径、高力ボルト強度、添板厚、溶射層厚に加え、さらに、高力ボルト1本当たりの摩擦面長さにも依存することが実験的に明らかになった。
そして、この実験に基づいて、本発明者は、すべり係数μと高力ボルト1本当たりの摩擦面長さと、添板厚との関係を定式化した。これにより本発明者は、合理的な高力ボルト本数、高力ボルト配置ができるため、経済的な高力ボルト摩擦接合部を提供できるという知見を得るに至った。
【0008】
本発明は、このような知見に基づいてなされたもので、合理的な高力ボルト本数、高力ボルト配置ができる高力ボルト摩擦接合部の設計方法およびそれに基づいて設計された高力ボルト摩擦接合部を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明の高力ボルト接合部の設計方法は、摩擦係数が接触圧に依存する摩擦面処理を施した高力ボルト摩擦接合部の設計方法であって、
応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さをl
b(mm)、
添板厚をt
s(mm)、
すべり係数をμとすると、
l
b≦1.35×2×r
0の場合、以下の(1)式を満足し、
l
b>1.35×2×r
0の場合、以下の(2)式を満足することを特徴とする。
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×l
b+0.24 (1)
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×(1.35×2×r
0)+0.24 (2)
但し、
l
b=(2×e
1+(n−1)×p)/n
前記高力ボルトが六角ボルトの場合:r
0=r
2
前記高力ボルトがトルシアボルトの場合:r
0=r
1/2+r
2/2
r
1(頭部側)=Dh
1/2+t
s
r
2(ナット側)=Dn
1/2+t
ws/2+t
s
e
1:応力方向の縁端距離(mm)
p:応力方向の高力ボルト間距離(mm)
n:応力方向の高力ボルト本数
r
0:接触圧分布半径(mm)
Dh
1:トルシアボルトの頭部側座面径(mm)
Dn
1:ナットの座面径(mm)
t
ws:座金厚(mm)
とする。
【0010】
ここで、応力方向とは、母材どうしをその長手方向に添板を使用して接続した場合における母材の長手方向のことを意味している。
また、応力方向の縁端距離とは、応力方向に対する母材端部からそれに最も近いボルト孔中心までの距離、および、添板端部からそれに最も近いボルト孔中心までの距離を意味する。
【0011】
本発明においては、例えば、母材の有効断面または全断面に対する降伏耐力を接合部の設計外力とした場合、添板幅を母材幅と設定することで必要最小限の添板厚tsを算出することができる。また、使用する高力ボルト径・高力ボルト強度を選定し目標とするすべり係数μ
tを設定することで、高力ボルトの許容摩擦力が決まり、設計外力と高力ボルトの許容摩擦力から必要な高力ボルト本数nを算出することができる。これらの条件と前記(1)、(2)式を用いることで、目標とする応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
bt)を設定することができる。
摩擦面長さ(l
b)は、l
b=(2×e
1+(n−1)×p)/nで規定されるので、これによって、目標とする応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
bt)より、応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
b)が大きくなるよう高力ボルトの応力方向の縁端距離(e
1)、および応力方向の高力ボルト間距離(p)を決定する。ここで、2e
1≧pとするのが望ましい。
応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
b)から、前記(1)、(2)式を用いてすべり係数μを求め、すべり係数μが目標とするすべり係数μtより大きいことを確認する、または、高力ボルトの許容摩擦力が設計外力より大きいことを確認することで、合理的な高力ボルト本数、高力ボルト配置ができる高力ボルト摩擦接合部を設計できる。
高力ボルトの許容摩擦力が設計外力より大きくならない場合や、e
1およびpが適切に設定できない場合は、再度、添板厚、高力ボルト径、高力ボルト強度等を選定し直し、高力ボルト摩擦接合部を設計する。
(1)、(2)式は、高力ボルト摩擦接合部の設計において必要となるすべり係数すべてに用いてもよいし、特定のすべり係数に用いてもよい。
【0012】
前記高力ボルト摩擦接合部の設計方法では、応力方向に沿って高力ボルトを配置する場合のみについてのすべり係数について説明したが、実際の高力ボルト摩擦接合では、応力方向および応力方向と直交する応力直交方向に沿ってそれぞれ高力ボルトを配置する場合が多い。
そこでこの場合において、本発明の高力ボルト接合部の設計方法は、摩擦係数が接触圧に依存する摩擦面処理を施した高力ボルト摩擦接合部の設計方法であって、
応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さをl
b(mm)、
応力直交方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さをw
b(mm)、
添板厚をt
s(mm)、
すべり係数をμとすると、
l
b≦1.35×2×r
0、w
b≦1.35×2×r
0の場合、以下の(3)式を満足し、
l
b>1.35×2×r
0、w
b≦1.35×2×r
0の場合、以下の(4)式を満足し、
l
b≦1.35×2×r
0、w
b>1.35×2×r
0の場合、以下の(5)式を満足し、
l
b>1.35×2×r
0、w
b>1.35×2×r
0の場合、以下の(6)式を満足することを特徴とする。
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×(l
b+w
b−1.35×2×r
0)+0.24 (3)
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×w
b+0.24 (4)
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×l
b+0.24 (5)
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×1.35×2×r
0+0.24 (6)
但し、
l
b=(2×e
1+(n−1)×p)/n
w
b=(2×e
2+(m−1)×g)/m
前記高力ボルトが六角ボルトの場合:r
0=r
2
前記高力ボルトがトルシアボルトの場合:r
0=r
1/2+r
2/2
r
1(トルシアボルトの頭部側)=Dh
1/2+t
s
r
2(ナット側)=Dn
1/2+t
ws/2+t
s
e
1:応力方向の縁端距離(mm)
p:応力方向の高力ボルト間距離(mm)
n:応力方向の高力ボルト本数
e
2:応力直交方向の縁端距離(mm)
g:応力直交方向の高力ボルト間距離(mm)
m:応力直交方向の高力ボルト本数
r
0:接触圧分布半径(mm)
Dh
1:トルシアボルトの頭部側座面径(mm)
Dn
1:ナットの座面径(mm)
t
ws:座金厚(mm)
とする。
【0013】
ここで、応力直交方向とは、母材どうしをその長手方向に添板を使用して接続した場合における母材の長手方向と直交する方向のことを意味している。
また、応力直交方向の縁端距離とは、母材端部からそれに最も近いボルト孔の中心までの距離のことを意味する。
【0014】
本発明においては、例えば、母材の有効断面または全断面に対する降伏耐力を接合部の設計外力とした場合、添板幅を母材幅と設定することで必要最小限の添板厚t
sを算出することができる。また、使用する高力ボルト径・高力ボルト強度を選定し目標とするすべり係数μ
tを設定することで、高力ボルトの許容摩擦力が決まり、設計外力と高力ボルトの許容摩擦力から必要な高力ボルト本数を算出することができ、列数n、行数mを設定することができる。
これらの条件と前記(3)式〜(6)式を用いることで、目標とする応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
bt)および応力直交方向における高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(w
bt)を設定することができる。
摩擦面長さ(l
b)は、l
b=(2×e
1+(n−1)×p)/nで規定されるので、これによって、目標とする応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
bt)より、応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
b)が大きくなるよう高力ボルトの応力方向の縁端距離(e
1)、および応力方向の高力ボルト間距離(p)を決定する。ここで、2e
1≧pとするのが望ましい。
摩擦面長さ(W
b)は、W
b=(2×e
2+(m−1)×g)/mで規定されるので、これによって、目標とする応力直交方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(W
bt)より応力直交方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(W
b)が大きくなるよう高力ボルトの応力直交方向の縁端距離(e
2)、および応力直交方向の高力ボルト間距離(g)を決定する。ここで、2e
2≧gとするのが望ましい。
応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(l
b)および設計に用いる応力直交方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さ(W
b)から、前記(3)〜(6)式を用いてすべり係数μを求め、すべり係数が目標とするすべり係数より大きいことを確認する、あるいは、高力ボルトの許容摩擦力が設計外力より大きいことを確認することで、合理的な高力ボルト本数、高力ボルト配置ができる高力ボルト摩擦接合部を設計できる。
高力ボルトの許容摩擦力が設計外力より大きくならない場合や、e
1およびp、e
2およびg、が適切に設定できない場合は、再度、添板厚、高力ボルト径、高力ボルト強度等を選定し直し、高力ボルト摩擦接合部を設計する。
(3)〜(5)式は、高力ボルト摩擦接合部の設計において必要となるすべり係数すべてに用いてもよいし、特定のすべり係数に用いてもよい。
【0015】
また、本発明の高力ボルト摩擦接合部は、上述した設計方法により設計されたものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明による設計方法を用いることで、合理的な高力ボルト本数、高力ボルト配置とした高力ボルト摩擦接合部を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態について説明する。
(第1の実施の形態)
図1および
図2は第1の実施の形態の高力ボルト摩擦接合部を示すもので、
図1は正面図、
図2は下面図である。
図1および
図2において、符号1は被接合材、符号2は添板を示す。本実施の形態では、被接合材1はH形鋼のフランジである。なお、被接合材1はH形鋼のウエブであってもよいし、その他の鋼材等であってもよい。
本実施の形態では、H形鋼どうしをその長手方向に接続する際に、両H形鋼を所定の隙間をもって同軸に配置したうえで、片側フランジ(被接合材、母材)1,1どうしを添板2によって接続している。
【0019】
この場合、片側フランジ(被接合材)1を挟んで上下一対の添板2,2を配置し、当該添板2,2を、隣り合う片側フランジ1,1に掛け渡すようにして、それぞれの片側フランジ1の上下面に当接したうえで、当該片側フランジ1,1に接合している。
片側フランジ1の添板2との接合面1aは、表面粗さ(最大高さRz)が50μm以上となるように、ブラスト処理されている。または、片側フランジ1の接合面1aは、酸化鉄(赤錆、黒皮など)により覆われていてもよい。
【0020】
添板2の片側フランジ1との接合面2aには摩擦面処理が施されている。この摩擦面処理は、溶射金属が定着する程度に下地処理された上に、低強度金属であるアルミが溶融した状態で吹き付けられ、アルミ溶射層が形成されたものとなっている。下地処理は、例えば、表面粗さ(最大高さRz)が50μm以上となるようにブラスト処理されている。
アルミ溶射層は、高力ボルト5が挿通されるボルト孔を中心にとした接合面上の円周内に形成されている。この円周の直径は、例えば高力ボルト5の軸径の3倍に設定されている。また、アルミ溶射層の厚さは、200μm以上、500μm以下の範囲内で設定され、例えば、300μmとなっている。
本実施の形態では、高力ボルト5はトルシアボルトであるが、六角ボルトであってもよい。また、高力ボルトの強度は引張強さで1400MPaであるが、800〜1400MPaのいずれの強度でもよい。
【0021】
アルミ溶射層中には、図示しない複数の気孔が、全体に亘って均一に分散して形成されており、アルミ溶射層の体積に対する複数の気孔の全容積の割合を示す気孔率は、5%以上、30%以下の範囲内で設定され、例えば、21%となっている。なお、アルミ溶射層は、アルミ成分が99.5%のワイヤ形状の溶射材料を用いてアーク溶射法により形成される。
【0022】
このようにして添板2の接合面2aに形成されたアルミ溶射層は、接触圧(平均接触圧)が低いほど摩擦係数が高くなるような摩擦面処理を施したものとなっている。
このような添板2と片側フランジ1との接合部は、摩擦係数が接触圧に依存する摩擦面処理を施した高力ボルト摩擦接合部となっている。言い換えれば、接触圧が低いほど摩擦係数が高くなるような摩擦面処理を施した高力ボルト摩擦接合部となっている。
なお、片側フランジ1および添板2,2に挿通された高力ボルト5には、座金7が外挿されるとともにナット8が螺合されて締め付けられている。この締め付けた圧縮力により生じる摩擦抵抗でフランジ1と添板2とが摩擦接合されている。
【0023】
上述したように、高力ボルト摩擦接合部におけるすべり係数は、高力ボルトのボルト径、ボルト強度、添板厚、溶射層厚に加え、さらに、高力ボルト1本当たりの摩擦面長さにも依存することを、本発明者が実験的に明らかにしている。
そして、この実験に基づいて、以下のように、すべり係数μと、高力ボルト1本当たりの摩擦面長さと、添板厚との関係を定式化した。
【0024】
すなわち、本実施の形態の高力ボルト摩擦接合部は、応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さをl
b(mm)、応力直交方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さをw
b(mm)、添板厚をt
s(mm)、すべり係数をμとすると、l
b≦1.35×2×r
0、w
b≦1.35×2×r
0の場合であり、以下の(3)式を満足している。
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×(l
b+w
b−1.35×2×r
0)+0.24 (3)
【0025】
但し、
l
b=(2×e
1+(n−1)×p)/n
w
b=(2×e
2+(m−1)×g)/m
高力ボルトが六角ボルトの場合:r
0=r
2
高力ボルトがトルシアボルトの場合:r
0=r
1/2+r
2/2
r
1(頭部側)=Dh
1/2+t
s
r
2(ナット側)=Dn
1/2+t
ws/2+t
s
e
1:応力方向の縁端距離(mm)
p:応力方向の高力ボルト間距離(mm)
n:応力方向の高力ボルト本数
e
2:応力直交方向の縁端距離(mm)
g:応力直交方向の高力ボルト間距離(mm)
m:応力直交方向の高力ボルト本数
r
0:接触圧分布半径(mm)
Dh
1:トルシアボルトの頭部側座面径(mm)
Dn
1:ナットの座面径(mm)
t
ws:座金厚(mm)
とする。
【0026】
ここで、六角ボルトとは
図3(a)に示すボルト頭形状を有するもので、トルシアボルトとは
図3(b)に示すボルト頭形状を有するものである。トルシアボルトのボルト頭側座面径Dh
1は、
図3(b)に示すように、頭部5aの下面と面一な円の径である。また、ナットの座面径Dn
1とは
図3(c)に示すようにナット下面から突出して設けられている座面5bの径である。
【0027】
また、応力方向とは、
図1および
図2に示すように、被接合材である母材(フランジ)1,1どうしをその長手方向に添板2を使用して接続した場合における母材(フランジ)1,1の長手方向(
図1および
図2において左右方向)のことを意味している。
応力直交方向とは、
図1および
図2に示すように、母材(フランジ)1,1どうしをその長手方向に添板2を使用して接続した場合における母材(フランジ)1,1の長手方向と直交する方向(
図2において上下方向)のことを意味している。
【0028】
応力方向の縁端距離(e
1)とは、母材(フランジ)1,1どうしをその長手方向に添板2を使用して接続した場合において、母材(フランジ)1,1の長手方向における添板2の一方の端部に位置する高力ボルト5と、添板2の一方の端との間の距離および添板2の他方の端部に位置する高力ボルト5と、母材(フランジ)1の接合端との間の距離のことを意味する。
また、応力直交方向の縁端距離(e
2)とは、母材(フランジ)1,1どうしをその長手方向に添板2を使用して接続した場合において、母材(フランジ)1,1の長手方向と直交する方向における添板2の端部に位置する高力ボルト5と、添板2の一方の端との間の距離のことを意味する。
【0029】
また、前記(2)式のl
b≦1.35×2×r
0は、応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さの最大値を意味しており、l
bがこれ以上になると(1)式において、すべり係数μが一定となる。これはl
bが十分大きく隣り合う高力ボルト間で接触圧分布の重なりが生じない場合には、すべり係数μとl
bとの相関が無くなるためである。
同様に、前記(3)式のw
b≦1.35×2×r
0は、応力直交方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さの最大値を意味しており、w
bがこれ以上になると(1)式において、すべり係数μが一定となる。
【0030】
ここで、前記実験に基づく、添板厚ごとの、高力ボルト1本当たりの摩擦面長さl
bとすべり係数μとの関係について
図4に示す。
図4に示すように、摩擦面長さl
bが長くなるにしたがって、すべり係数は高くなっていき、摩擦面長さl
bが所定の最大値を超えると一定となるのが分かる。
つまり、摩擦面長さl
bがl
b>1.35×2×r
0となると、すべり係数μは、μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×(1.35×2×r
0)+0.24と一定となる。
また、図示は省略するが、高力ボルト1本当たりの摩擦面長さw
bとすべり係数μについての関係も同様となり、摩擦面長さw
bが長くなるにしたがって、すべり係数は高くなっていき、摩擦面長さw
bが所定の最大値を超えると一定となる。
つまり、摩擦面長さw
bがw
b>1.35×2×r
0となると、すべり係数μは、μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×1.35×2×r
0+0.24と一定となる。
また、l
b>1.35×2×r
0、w
b≦1.35×2×r
0の場合、μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×w
b+0.24となり、l
b≦1.35×2×r
0、w
b>1.35×2×r
0の場合、μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×l
b+0.24 となる。
また、摩擦面長さ(継手長)l
b、w
bが小さくなると、添板の長さが短くなり、鋼重量を減らすことができる。
さらに、すべり係数μが大きくなると、高力ボルト本数を減らすことができる。
【0031】
また、すべり係数μと添板厚t
sとは正の相関関係にあることが分かる。これは、添板厚が大きくなると、接触圧分布半径r
0が大きくなり、その結果、ボルト張力が同じ場合には接触圧が相対的に小さくなり、すべり係数が大きくなるためである。
【0032】
図1および
図2を用いて、具体的な設計例を示す。前提として、母材幅Wb=200mm、母材厚tb=36mm、母材・添板とも降伏点が325MPaの鋼材、高力ボルト5は1400MPa級の径24mmのトルシアボルト、応力直交方向の高力ボルト本数はm=2、としている。添板については、添板幅を母材と同じ200mmとし、母材と同等以上の降伏耐力を有するように添板厚を選定するとts=19mmとなる。すべり係数を0.7に設定すると、必要な高力ボルト本数は、母材有効断面での降伏耐力bPey=(200mm−2×26mm)×36mm×325MPa/1000=1732kNを高力ボルト1本のすべり耐力Ps=349kN×2面×0.7=489kNで除した数値3.54以上必要となるので4本となる。すなわち、応力方向の高力ボルト本数はn=2となる。ここで母材幅と添板幅が決定しているので、Wb=200mm/2=100mmとなる。e
2とgについては、2e
2≧gの関係を踏まえると、e
2=50mm、g=100mmと設定することができる。また。e
1とpについては、上記の条件と(1)式より、l
b=58.53mmとなる。ここで、r
1=43mm/2+19mm=40.5mm、r
2=38mm/2+6mm/2+19mm=41mm、r
0=40.5mm/2+41mm/2=40.75mmを用いている。2e
1≧pの関係を踏まえつつ、e
1とpを設定すれば、e
1=30mm、p=60mmとすることで、合理的な添板の長さを得ることができる。この例では、ボルト径、添板厚ts、応力直交方向の高力ボルト本数m、すべり係数μを設定して高力ボルト本数および応力方向のe
1とpを設定したが、高力ボルト配置を先に決めてすべり係数と高力ボルト本数を決定してもよい。
【0033】
なお、本実施の形態では、応力直交方向の高力ボルト本数mが2の場合を例にとって説明したが、mが1の場合でかつフランジ1の幅方向(応力直交方向)に十分な摩擦面長さ(w
b)を確保できる場合には、前記(3)式において、摩擦面長さ(w
b)が最大値である1.35×2×r
0となるので、前記(1)式は、
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×l
b+0.24となる。
したがって、この場合、この式に基づいて同様な設計を行うことで、合理的な高力ボルトの軸径、高力ボルト本数、高力ボルト配置をした高力ボルト摩擦接合部を設計することができる。
【0034】
また、本実施の形態では、高力ボルト5を応力方向および応力直交方向に沿って一直線上に配置することで、2列2行の直列配置としたが、
図5に示すように、フランジ1の幅方向の長さが長い場合、千鳥状に配置してもよい。
図5は、千鳥状に配置して4列2行とした場合の例である。
この場合、応力方向における高力ボルト間距離は応力方向における距離pを採用するのではなく、応力方向と交差する斜め方向の距離p
mを採用するとともに、このような千鳥状の配置を1行とみなして、応力方向における高力ボルトの本数n(n=4)とする。
また、1行の幅を同行で隣り合う高力ボルト間の距離g
1とし、当該方向において、隣り合う行間の距離を応力直交方向の高力ボルト間の距離g
2として、w
b=(2×e
2+(m−1)×g2+m×g1)/mとして設計すればよい。
【0035】
したがって、応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さl
bおよび応力直交方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さw
bは以下のようになる。
l
b=(2×e
1+(n−1)×p
m)/n
w
b=(2×e
2+m×g
1+(m−1)×g
2)/m
なお、高力ボルト5を千鳥状に配置した場合でも、第1の実施の形態と同様の効果を得ることができる。
【0036】
本実施の形態の高力ボルト摩擦接合部は、例えば
図6に示すように、H形鋼からなる鋼製梁16,16どうしを添板22,23によって接続する場合において、当該添板22と鋼製梁16のフランジ16bとを摩擦接合する場合および添板23とウエブ16aとを摩擦接合する場合に適用できる。
この場合、例えば、隣り合うフランジ16b,16bの上下面に添板22を掛け渡して当接したうえで、高力ボルト5を、座金7およびナット8によって締め付けることによって、添板22とフランジ16bを高力ボルト摩擦接合することができる。
また、隣り合うウエブ16a,16aの両表面に添板23を掛け渡して当接したうえで、高力ボルト5を座金7およびナット8によって締め付けることによって、添板23とウエブ16aを高力ボルト摩擦接合することができる。
【0037】
次に、
図7を参照して、本発明に係る、摩擦係数が接触圧に依存する摩擦面処理(アルミ溶射処理)を施した高力ボルト摩擦接合部の設計方法によって設計した高力ボルト摩擦接合部と、通常の設計方法によって設計した高力ボルト摩擦接合部とを比較して、本発明の効果を明確にする。
【0038】
図7の左欄に示すように、通常のブラスト処理等が施された添板とフランジの摩擦面のすべり係数μはμ=0.45である。
これに対し、本発明では、添板は摩擦係数が接触圧に依存する摩擦面処理(アルミ溶射処理)が施されている。
なお、添板とウエブとの接合は、通常のブラスト処理等が施された添板を使用した。
【0039】
そして、添板とフランジとの摩擦面において、応力方向の高力ボルト1本当たりの摩擦面長さをl
b(mm)、応力直交方向のボルト1本当たりの摩擦面長さをw
b(mm)、添板厚をt
s(mm)、すべり係数をμとし、上述した(1)式〜(3)式を満たすように高力ボルト摩擦接合部を設計した。
なお、添板厚は36mm、フランジ厚は37mmである。
【0040】
まず、
図7の右欄に示すように、高力ボルトとしてトルシアボルトを使用した。
トルシアボルトの場合
r
0=r
1/2+r
2/2
頭側 r
1=41/2+36=56.5mm
ナット側 r
2=38/2+6/2+36=58mm
したがって、
r
0=56.5/2+58/2=57.25mmとなる。
【0041】
また、摩擦面長さl
bは、
l
b=(2×e
1+(n−1)×p
m)/n
=(2×40+(4−1)×60.2)/4=65.15mm
l
b≦1.35×2×57.25=154.575mmとなる。
【0042】
摩擦面長さw
bは、
w
b=(2×e
2+m×g
1+(m−1)×g
2)/m
=(2×33+40+(1−1)×40)/1=106mm
w
b≦1.35×2×57.25=154.575mmとなる。
【0043】
したがって、すべり係数μは、
μ=14×10
−3×t
s+4×10
−3×(l
b+w
b−1.35×2×r
0)+0.24
=14×10
−3×36+4×10
−3×(65.15+106−1.35×2×57.25)+0.24
=0.504+0.0663+0.24=0.81
ここで、計算上はすべり係数0.81を採用できるが、安全側に0.7を採用した。
なお、高力ボルト本数nの算出式は周知のため省略している。
【0044】
図7に示すように、本発明では、従来に比して、添板とフランジの摩擦面において、すべり係数が大きくなることで、高力ボルトの本数が少なくなり、さらにフランジ側の添板の長さが短くなっているのが分かる。