特許第6579862号(P6579862)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6579862
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】レンチナン含量が高いシイタケ
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/14 20060101AFI20190912BHJP
   C12P 1/02 20060101ALI20190912BHJP
   C12Q 1/6895 20180101ALI20190912BHJP
   C12N 15/56 20060101ALI20190912BHJP
   A61K 36/07 20060101ALI20190912BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20190912BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20190912BHJP
   A61K 31/716 20060101ALI20190912BHJP
   C12N 9/24 20060101ALI20190912BHJP
【FI】
   C12N1/14 FZNA
   C12P1/02 B
   C12Q1/6895 Z
   C12N15/56
   A61K36/07
   A61P35/00
   A61P37/04
   A61K31/716
   C12N9/24
【請求項の数】6
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2015-167693(P2015-167693)
(22)【出願日】2015年8月27日
(65)【公開番号】特開2016-47047(P2016-47047A)
(43)【公開日】2016年4月7日
【審査請求日】2018年4月9日
(31)【優先権主張番号】特願2014-173214(P2014-173214)
(32)【優先日】2014年8月27日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2014, Vol.62, No.32, p.8153−8157に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、独立行政法人科学技術振興機構研究成果展開事業、研究成果最適展開支援プログラム、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-01865
(73)【特許権者】
【識別番号】390025793
【氏名又は名称】岩手県
(73)【特許権者】
【識別番号】000242024
【氏名又は名称】株式会社北研
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】坂本 裕一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 志穂
(72)【発明者】
【氏名】枝 克昌
(72)【発明者】
【氏名】山内 隆弘
(72)【発明者】
【氏名】金野 尚武
(72)【発明者】
【氏名】後藤 史和
【審査官】 福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−312618(JP,A)
【文献】 特開2006−271218(JP,A)
【文献】 日本農芸化学会2013年度大会講演要旨集(オンライン),2013年 3月 5日,p. 2C16A05 (WEB ONLY)
【文献】 J. Agric. Food Chem.,2010年,Vol. 58,pp. 4331-4335
【文献】 木材保存,2013年,Vol.39, No.2,p.60-70
【文献】 神戸大学農学部学術報告,2002年 2月,Vol. 26,pp. 39-42
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−15/90
C12P 1/00−41/00
C12Q 1/00− 3/00
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大している、シイタケ菌であって、
exo‐β‐1,3‐グルカナーゼ(EXG2)のアミノ酸配列において、710番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸への置換を含む、変異型EXG2を有する、前記シイタケ菌
【請求項2】
子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて、2倍以上である、請求項1に記載のシイタケ菌。
【請求項3】
収穫後4日における子実体におけるレンチナン残存率が80%以上である、請求項1又は2に記載のシイタケ菌。
【請求項4】
NITE P−01865として寄託されたものである、請求項1〜のいずれか1項に記載のシイタケ菌。
【請求項5】
請求項1〜のいずれか1項に記載のシイタケ菌を栽培して子実体を形成させ、該子実体を回収することを含む、レンチナンの製造方法。
【請求項6】
子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大しているシイタケ菌の検出方法であって、EXG2のアミノ酸配列において、710番目のアミノ酸残基における置換変異の有無を検出し、710番目のアミノ酸残基にアスパラギン酸への置換変異が存在する場合、子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大しているシイタケ菌であると認定する工程を含む、上記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子実体におけるレンチナン含量が高いシイタケ菌に関する。
【0002】
また、本発明は、収穫後の子実体におけるレンチナンの分解が抑制されたシイタケ菌に関する。
【背景技術】
【0003】
シイタケ(Lentinula edodes)は、担子菌類のキシメジ科シイタケ属に属し、古くから現在に至るまで、優秀な食用菌として用いられ、日本においては古来より栽培されている。
【0004】
シイタケに含まれるβ−1,3−1,6−グルカンであるレンチナンは、摂取により免疫機能を活性化させ、抗癌活性を示すことが知られており(非特許文献1)、今日では抗ガン剤の有効成分として認可され、実際に臨床で使用されている。
【0005】
しかしながら、レンチナンはシイタケの収穫後〜保存過程において、exo‐β‐1,3‐グルカナーゼ(EXG2)の働きにより分解されてしまうために、収量が一定しない、又は収量が十分でないといった問題があった。
【0006】
当該分野においては、レンチナンの分解を抑制し、レンチナンを効率的に製造することができる新たな手段が求められていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】千原吾郎、2.レンチナン.キノコの化学、生化学.水野卓、川合正允編、学会出版センター東京.323−333(1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、子実体におけるレンチナン含量が高いシイタケ菌を提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明は、収穫後の子実体におけるレンチナンの分解が抑制されたシイタケ菌を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、変異型のEXG2を有するシイタケ菌が、子実体における高いレンチナン含量を有すること、並びに、収穫後の子実体におけるレンチナンの分解が抑制されていることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の特徴を有する。
[1] 子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大している、シイタケ菌。
[2] 子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて、2倍以上である、[1]のシイタケ菌。
[3] 収穫後4日における子実体におけるレンチナン残存率が80%以上である、[1]又は[2]のシイタケ菌。
[4] exo‐β‐1,3‐グルカナーゼ(EXG2)のアミノ酸配列において、710番目のアミノ酸残基における置換変異を含む、変異型EXG2を有する、[1]〜[3]のいずれかのシイタケ菌。
[5] 変異型EXG2が、710番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸への置換を含む、[4]のシイタケ菌。
[6] NITE P−01865として寄託されたものである、[1]〜[5]のいずれかのシイタケ菌。
[7] [1]〜[6]のいずれかのシイタケ菌を栽培して子実体を形成させ、該子実体を回収することを含む、レンチナンの製造方法。
[8] 子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大しているシイタケ菌の検出方法であって、EXG2のアミノ酸配列において、710番目のアミノ酸残基における置換変異の有無を検出し、710番目のアミノ酸残基に置換変異が存在する場合、子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大しているシイタケ菌であると認定する工程を含む、上記方法。
[9] 710番目のアミノ酸残基における置換変異が、アスパラギン酸への置換である、[8]の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、子実体におけるレンチナン含量が高いシイタケ菌を提供することができる。
【0013】
また、本発明によれば、収穫後の子実体におけるレンチナンの分解が抑制されたシイタケ菌を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は野生型EXG2の立体構造及び710番目のアミノ酸残基の位置を示す模式図である。
図2図2はTILLING法によるexg2遺伝子変異株の検出結果を示す。左半分と右半分で同じ菌株に由来するPCT産物が電気泳動されており、「700」は蛍光ダイラベルにて5’末端標識したPCR産物、「800」は蛍光ダイラベルにて3’末端標識したPCR産物を示す。丸印は変異の発生を示す。
図3図3はMu789株のexg2遺伝子の塩基配列(配列番号3)を示す。下線は変異部位を示す。
図4図4は野生型のEXG2のアミノ酸配列(配列番号1)とMu789株のEXG2のアミノ酸配列(配列番号2)のアライメント結果を示す。
図5図5は、変異検出用プライマーを用いたPCR法によるexg2遺伝子変異株の検出結果を示す。各レーンについて、PCRに用いたプライマーと菌株を以下に示す。レーン1:変異検出用プライマー、野生型菌株、レーン2:コントロールプライマー、野生型菌株、レーン3:変異検出用プライマー、野生型菌株、レーン4:変異検出用プライマー、野生型菌株、レーン5:変異検出用プライマー、Mu789型菌株、レーン6:コントロールプライマー、Mu789型菌株、レーン7:変異検出用プライマー、Mu789型菌株、レーン8:コントロールプライマー、Mu789型菌株。M:マーカー。
図6図6は、変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(a,bおよびc)、野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(d,e,fおよびg)、ならびにexg2の変異をヘテロに持つMu789株(h)の子実体の収穫した直後(D0)及び収穫から4日目(D4)におけるグルカナーゼ活性の測定結果を示す。
図7図7は、変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(a,bおよびc)、野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(d,e,fおよびg)、ならびにexg2の変異をヘテロに持つMu789株(h)の子実体の収穫から4日目(D4)におけるEXG2発現量の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.本発明のシイタケ菌
本発明のシイタケ菌は、子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大していることを特徴とする。
【0016】
本発明において「シイタケ菌」とは、特記しない限り、子実体、担子胞子、一次菌糸、二次菌糸等、シイタケの生活環に含まれる任意の形態やその一部(プロトプラストを含む)を意味する。
【0017】
本発明において「子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大している」とは、子実体に含まれるレンチナン量が、従来品種の子実体に含まれるレンチナン量と比べて顕著に高い、例えば、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、2倍以上、又はそれ以上であることを意味する。
【0018】
本明細書において「従来品種」とは、従来公知のシイタケ菌が挙げられ、例えば、公知の、市販若しくは登録品種、野生株、突然変異株、及び遺伝子組換え株が挙げられる。従来品種として、例えば、市販株H600株、SR−1株(品種登録番号18247)、EXG2抑制遺伝子組換え株(ivr−exg2株:特開2006−271218号公報)等が挙げられるが、これらに限定はされない。以下、本明細書において「従来品種」とは、同じ意味で使用する。
【0019】
子実体におけるレンチナン含有量はタンパク質定量に用いられる公知の手法(例えば、ウェスタンブロッティング法、酵素免疫測定法(ELISA)等)により測定することができる。好ましくは、ELISA法を利用する。ELISA法にて使用する抗レンチナン抗体はモノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよい。ELISA法は、2種類のモノクローナル抗体を使用するサンドイッチELISA法を用いてもよい。収穫直後の子実体及び収穫から4日後の子実体をそれぞれ分析試料とし、破砕した分析試料より水系溶媒を用いてタンパク質を抽出し試料原液を得、これを定量性を示す濃度まで希釈(例えば、原液から1000倍希釈、好ましくは10倍希釈から1000倍希釈、より好ましくは原液〜100倍希釈、さらに好ましくは、原液〜50倍希釈)してELISA法に供することができる。
【0020】
好ましくは、本発明のシイタケ菌は、収穫直後の子実体(乾燥重量)において、およそ6mg/g以上、およそ7mg/g以上、およそ8mg/g以上、およそ9mg/g以上、又は、およそ10mg/g以上の量にてレンチナンを含有する。
【0021】
また、本発明のシイタケ菌は、収穫から4日後の子実体におけるレンチナン残存率がおよそ80%、およそ85%、およそ90%、又はそれ以上である。子実体におけるレンチナン残存率は、収穫直後の子実体におけるレンチナン含量及び、収穫から4日後の子実体におけるレンチナン含量をそれぞれ同様に測定し、求められたこれらの値から残存率を得ることができる。
【0022】
さらに、本発明のシイタケ菌は、変異型EXG2を有する。変異型EXG2は、710番目のアミノ酸残基における置換変異を含む。710番目のアミノ酸残基は野生型EXG2の立体構造において、活性中心に存在し(図1)、710番目のアミノ酸残基における置換変異はEXG2の活性に影響を及ぼし得る。また、710番目のアミノ酸残基における置換変異はEXG2の発現量を低下させ、それによって子実体におけるEXG2の活性を低下させ得る。
【0023】
本発明において、変異型EXG2は、野生型EXG2のアミノ酸配列において710番目のアミノ酸残基が、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、アルギニン、ヒスチジン、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、アスパラギン、グルタミンに、好ましくは、アスパラギン酸又はグルタミン酸に、特に好ましくはアスパラギン酸に置換されたアミノ酸配列を有する。変異型EXG2は710番目のアミノ酸残基以外にも、一又は複数のアミノ酸残基が、欠失、置換、挿入及び/又は付加されてなる変異を有していてもよい。
【0024】
本発明における「シイタケ菌」には、子実体におけるレンチナン含量が従来品種と比べて増大している特徴を有する限り、本発明のシイタケ菌と、同一若しくは異なる近交系や従来品種との交配により得られたシイタケ菌も含まれる。
【0025】
さらに、本発明のシイタケ菌には、NITE P−01865として寄託されたシイタケ菌も含まれる。
【0026】
本発明のシイタケ菌は、シイタケ菌の一般的な栽培方法に従って栽培・繁殖させることができる。
【0027】
2.本発明のシイタケ菌の製造方法
本発明のシイタケ菌は、突然変異誘発法や遺伝子組換え手法を利用して製造することができる。
【0028】
突然変異誘発法を利用する方法においては、担子胞子、または一次菌糸、二次菌糸、若しくはそれらのプロトプラストの形態を有するシイタケ菌を、公知の突然変異誘発処理(例えば、突然変異誘発剤(メタンスルホン酸エチル(EMS)、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)等)を用いた化学的処理や、照射線(UV線、γ線、X線、重イオンビーム(窒素イオンビーム、炭素イオンビーム、ネオンイオンビーム、アルゴンイオンビームなど))等を用いた物理的処理)に付すことにより行うことができる。
【0029】
突然変異誘発に用いるシイタケ菌は特定の品種に限定されることなく、従来品種又は従来品種に由来するものを利用することができる。シイタケ菌は、二次菌糸又はそのプロトプラストの形態のシイタケ菌を利用することが好ましい。二核菌糸体を用いることで、片核のどちらかのリーサルな遺伝子に変異が入った場合でも、もう一方の核が存在するために生存可能となる確立が増し、強い変異処理を与えることが可能となる。
【0030】
突然変異誘発剤の使用量や照射線の照射条件は、用いる突然変異誘発剤や照射線の種類や対象となるシイタケ菌の形態や量などに応じて適宜決定することができ、突然変異誘発処理されたシイタケ菌の生存率や正常生育率を目安として、決めることができる。例えば、二次菌糸のプロトプラストに対して、UV線を照射して突然変異誘発処理を行う場合、処理されたシイタケ菌の生存率が1%程度となるように、UV線を照射することができる。
【0031】
変異誘発処理されたシイタケ菌は通常のシイタケ栽培の手順で栽培することができ、以下に記載する評価選抜方法によって、子実体におけるレンチナン含量が増大されている目的のシイタケ菌を選抜することができる。
【0032】
遺伝子組換え手法を利用する方法においては、シイタケ菌のEXG2のアミノ酸配列において一又は複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加が生じるように、EXG2をコードする遺伝子(以下、「exg2遺伝子」と記載する。)に変異を導入することにより行うことができる。exg2遺伝子に導入される変異は、EXG2のアミノ酸配列に上記変異を生じるものである限り特に限定されず、一又は複数の塩基を置換、欠失、挿入、及び/又は付加することにより行うことができる。具体的には、シイタケ菌のEXG2のアミノ酸配列における710番目のアミノ酸残基が、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、アルギニン、ヒスチジン、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、アスパラギン、グルタミンに、好ましくは、アスパラギン酸又はグルタミン酸に置換されるように、特に好ましくは、710番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸に置換されるように、exg2遺伝子の710番目のアミノ酸をコードする塩基配列に変異を導入する。
【0033】
exg2遺伝子への変異の導入は相同組換え手法を利用する公知の手法により行うことができる。例えば、相同組換え法によるダブルクロスオーバー等が挙げられる。簡単に説明すると、宿主となるシイタケ菌に由来するexg2遺伝子を、遺伝子導入のために当業者に公知である一般的なベクターにクローニングする。シイタケ菌のexg2遺伝子は、公開されたデータベース(Genbank等)に開示されており(例えばAB192345)、本発明においてはこれらの遺伝子配列情報を利用することができる。例えば、本発明において、exg2遺伝子として、以下(a)−(c)のポリペプチドをコードする塩基配列を含むか、当該塩基配列よりなるものを利用することができる:
(a) 配列番号1で示されるアミノ酸配列を含むか、当該アミノ酸配列よりなるポリペプチド;
(b) 配列番号1で示されるアミノ酸配列において、一又は複数個のアミノ酸の欠失、置換、挿入及び/又は付加を有するアミノ酸配列を含むか当該アミノ酸配列よりなり、かつレンチナン分解活性を有するポリペプチド;
(c) 配列番号1で示されるアミノ酸配列と、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むか当該アミノ酸配列よりなり、かつレンチナン分解活性を有するポリペプチド。
【0034】
ここで、「複数個」とは、10個、9個、8個、7個、6個、5個、4個、3個、または2個を意味する。また、アミノ酸配列の比較は、公知の手法によって行うことができ、例えば、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等を例えば、デフォルトの設定で用いて実施できる。さらに、「レンチナン分解活性」は、公知の手法を用いて測定することが可能であり、すなわち、ソモギネルソン法により行うことができる。
【0035】
exg2遺伝子は塩基配列情報に基づいてプライマー又はプローブを設計・合成し、当該プライマー又はプローブを用いて宿主となるシイタケ菌に由来するcDNAライブラリ又はゲノムライブラリをスクリーニングすることにより得ることができる。
【0036】
ベクターとしては、シイタケ菌の形質転換用として一般的に公知であるベクターであれば良く、例えば、pLGベクター(特開2000−069975号公報、特開2001−157586号公報、Hirano,T.et al.,Mol.Gen.Genet.263,1047−1052、2000)、pLTベクター、pCHSベクター、pChGベクター(特開2001−321182号公報)、pChG−Gateway(農芸化学会2013年度大会、2C16a05)などを好適に利用できる。
【0037】
クローニングされたexg2遺伝子の塩基配列に変異を導入し、変異を有するexg2遺伝子を含むDNA構築物を調製する。変異の導入は例えば、PCR法に基づく変異導入法などを利用することができる。このDNA構築物を宿主となるシイタケ菌に導入することにより、DNA構築物上の変異を有するexg2遺伝子と当該宿主染色体上のexg2遺伝子とが相同組換えを生じ、宿主のexg2遺伝子に変異を導入することができる。
【0038】
上記のようにして構築したベクターを宿主となるシイタケ菌へ導入する形質転換法としては、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、REMI法(Sato,T.et. al.,Biosci.Biotech.Biochem.,62,2346−2350,(1998)、及び特開平11−155568号)等、シイタケ菌にベクターを導入することが可能な公知の手法を用いて行うことができる。
【0039】
例えば、本発明において、変異を有するexg2遺伝子としては、EXG2は710番目のアミノ酸残基が、アスパラギン酸に置換されている変異型EXG2、すなわち以下(a’)−(c’)のポリペプチドをコードする塩基配列を含むか、当該塩基配列よりなるものを利用することができる:
(a’) 配列番号2で示されるアミノ酸配列を含むか、当該アミノ酸配列よりなるポリペプチド;
(b’) 配列番号2で示されるアミノ酸配列において、一又は複数個のアミノ酸の欠失、置換、挿入及び/又は付加を有するアミノ酸配列を含むか当該アミノ酸配列よりなるポリペプチド;
(c’) 配列番号2で示されるアミノ酸配列と、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むか当該アミノ酸配列よりなるポリペプチド。
【0040】
ただし、上記(b’)及び(c’)のポリペプチドは、710番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸として維持/保持されており、野性型のEXG2(例えば、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド)と比べて、レンチナン分解活性が低下している、又は欠失している。
【0041】
「レンチナン分解活性が低下している」とは、野性型のEXG2(例えば、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド)のレンチナン分解活性の60%以下、50%以下、40%以下、30%以下、20%以下、10%以下、5%以下のレンチナン分解活性を有することを意味する。
【0042】
このような変異型EXG2をコードする、変異を有するexg2遺伝子としては、例えば以下の塩基配列を含むか、当該塩基配列よりなるものを利用することができる:
(a’’) 配列番号3で示される塩基配列;
(b’’) 配列番号3で示される塩基配列において、1から数個の塩基の欠失、置換、付加又は挿入を有する塩基配列;
(c’’) 配列番号3で示される塩基配列に相補的な配列からなる塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることが可能な塩基配列;
(d’’) 配列番号3で示される塩基配列と、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の同一性を有する塩基配列。
【0043】
ここで「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個、あるいは1個又は2個である。また、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、例えば、ナトリウム濃度が、10mM〜300mM、好ましくは20〜100mMであり、温度が25℃〜70℃、好ましくは42℃〜55℃での条件をいう。
【0044】
ただし、上記(b’’)、(c’’)及び(d’’)の塩基配列は、2128−2130番目の塩基からなるコドンはアスパラギン酸をコードするものとして維持/保持されており、野性型のEXG2(例えば、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド)と比べて、レンチナン分解活性が低下している、又は欠失しているポリペプチドをコードする。
【0045】
このようにして得られた変異が導入された遺伝子組換えシイタケ菌は通常のシイタケ栽培の手順で栽培することができ、以下に記載する評価選抜方法によって、子実体におけるレンチナン含量が増大されている目的のシイタケ菌を得ることができる。
【0046】
3.本発明のシイタケ菌の評価選抜方法
上記手法により製造されたシイタケ菌より、子実体におけるレンチナン含量が増大されている目的のシイタケ菌を以下の手法により評価・選抜することができる。
【0047】
評価・選抜の手法は、目的のシイタケ菌を検出できる方法であればよく、特に限定されないが以下の手法を組み合わせて用いることによって、効率的に目的のシイタケ菌を評価・選抜することができる。
【0048】
(1st.スクリーニング:exg2遺伝子における変異の検出)
exg2遺伝子における変異の有無の確認は、塩基配列の解析に用いられる公知の手法を用いて行うことができるが、TILLING(Targeting Induced Local Lesions In Genomes)法を用いることによって、多数の検体を処理することが可能であり、集団の中からexg2遺伝子に変異を有する菌株が存在するか否かを容易に識別でき、効率的にexg2遺伝子に変異を有する菌株を選抜することができる。TILLING法は公知の手法で行うことができる。すなわち、上記手法により製造されたシイタケ菌のDNAを鋳型として、exg2遺伝子に特異的なプライマーを用いてPCRを行い、exg2遺伝子のDNA断片を得る。得られたexg2遺伝子のDNA断片を、別個の2〜3株より同様に調製されたexg2遺伝子のDNA断片と合わせるか、野生型のexg2遺伝子のDNA断片と合わせ、熱変性して一本鎖とした後、再度アニーリングさせる。この時、変異を有するDNA断片が存在する場合には、変異型DNA断片と野生型DNA断片との間で塩基対のミスマッチが生じる。アニーリングさせたDNA断片をミスマッチ塩基対を認識して切断する酵素(例えばCEL1等)で処理することによって、塩基対を形成していない部位のみが切断され、増幅したDNA断片とは異なる長さのDNA断片が生成される。酵素処理後のDNA断片を電気泳動し、異なる長さのDNA断片を検出することによって、exg2遺伝子に変異を有する菌株を選抜することができる。
【0049】
exg2遺伝子に変異を有する菌株を選抜した後、選抜された菌株を以下の2nd.スクリーニングに付すことにより、目的のシイタケ菌を効率的に評価・選抜することができる。
【0050】
(2nd.スクリーニング:子実体におけるレンチナン含有量の測定)
子実体におけるレンチナン含有量は、上記手法により測定することができる。本発明においては、収穫直後の従来品種の子実体と比較して、収穫直後の子実体におけるレンチナン含有量が多い場合に、目的のシイタケ菌として評価・選抜することができる。好ましくは上記手法により測定された、収穫直後のレンチナン含有量が、同様に測定された従来品種の収穫直後の子実体におけるレンチナン含有量と比較して、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、2倍以上、又はそれ以上であるシイタケ菌を選抜する。
【0051】
あるいは、本発明においては、収穫直後の子実体(乾燥重量)におけるレンチナン含量が、およそ6mg/g以上、およそ7mg/g以上、およそ8mg/g以上、およそ9mg/g以上、又は、およそ10mg/g以上の量にてレンチナンを含有するシイタケ菌を選抜する。
【0052】
また、本発明においては、収穫から4日後の子実体におけるレンチナン残存率が、およそ80%、およそ85%、およそ90%、又はそれ以上であるシイタケ菌を選抜する。
【0053】
このようにして得られた目的のシイタケ菌は通常のシイタケ栽培の手順で栽培することができ自殖交配を行い得られたシイタケ菌に対して、さらに上記の評価選抜を行う。この工程を一以上繰り返すことによって、子実体におけるレンチナン含量が安定して増大されている目的のシイタケ菌系統を得ることができる。
【0054】
4.本発明のシイタケ菌の検出方法
上記手法により製造・確立された後は、本発明のシイタケ菌はPCR法によりexg2遺伝子における変異の有無を確認することによって検出することができる。exg2遺伝子における変異とは、EXG2のアミノ酸配列における710番目のアミノ酸残基が、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、アルギニン、ヒスチジン、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、アスパラギン、グルタミンに、好ましくは、アスパラギン酸又はグルタミン酸に置換される変異、特に好ましくは、710番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸に置換される変異を意味する。好ましくは、exg2遺伝子における、2128番目の塩基置換、より好ましくは2128番目の塩基のグアニンへの置換を意味する。
【0055】
PCR法は、変異検出用のプライマーを用いて行うことができ、変異検出用のプライマーは、フォワードプライマー又はリバースプライマーの3’末端にexg2遺伝子における変異塩基を含む。変異検出用のプライマーは、変異塩基の3’側にさらに一又は複数の塩基が付加されていてもよい。ここで「複数」とは2〜3個を意味する。付加される塩基は、プライマーが鋳型DNAにアニーリングした際に、野生型の鋳型DNAと塩基対を形成しない塩基が好ましい。プライマーとしては、例えば、下記実施例にて詳述される配列番号10及び配列番号11で表わされる塩基配列からなるものを使用することができる。
【0056】
PCR条件は、変異型のexg2遺伝子を選択的に増幅・検出できる条件であればよく、特に限定されることなく適宜決定することができる。
【実施例】
【0057】
以下に実施例を示し、本発明をさらに詳しく説明する。しかしながら、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0058】
1.変異株の作出
(種菌)
種菌(親株)として、公益財団法人岩手生物工学研究センター保有の交雑株、シイタケ(Lentinula edodes)SR−1株(二核菌糸体)を使用した。
【0059】
種菌は9cmシャーレに作製した0.25×MYPG寒天培地(0.25%麦芽エキス,0.1%酵母エキス,0.1%ペプトン,0.5%グルコース,1.5%アガー)に植菌し、23℃で静置培養を行い、以下の実験に用いた。
【0060】
(プロトプラストの調製)
種菌の菌糸を寒天培地より薄く掻き取り、寒天培地8枚分の菌糸を100mlの0.25×MYPG液体培地(2本)へ植菌し23℃、170rpmにて2週間振とう培養を行った。培養後にガラスフィルター(ガラス濾過器P250、柴田科学)によって菌糸を回収し、0.5×MYPG液体培地(0.5%麦芽エキス,0.2%酵母エキス,0.2%ペプトン,1.0%グルコース)へ移した。
【0061】
次いで、菌糸をポリトロンホモジナイザーを用いて破砕し、φ100μmカットのセルストレイナーに通しφ100μm以下の菌糸だけを回収し、それを0.5×MYPG液体培地(0.5%麦芽エキス,0.2%酵母エキス,0.2%ペプトン,1.0%グルコース)中、25℃にて6日間、静置培養を行った(25ml×8枚シャーレ)。
【0062】
静置培養後、菌糸をφ100μmカットのセルストレイナーで回収し、50S−0.6Mバッファー[50mMコハク酸エステル,0.6Mマンニトール(pH5.6)]で洗浄し、再度φ100μmカットのセルストレイナーで菌糸を回収した。
【0063】
回収後の菌糸は重量を測定した後、菌糸1gに対して10mlの酵素液[2.5%Cellulase Onozuka RS(Yakult)、4.2U Chiticase(Sigma)/50S−0.6M バッファー]を加えて懸濁し、28℃にて4時間振とうすることで酵素反応を行った。
【0064】
酵素反応後、酵素処理液を40μmのセルストレイナーで濾過し、菌糸の残渣を取り除いた後、2700rpmの低速で10分間遠心分離して上清を取り除き、プロトプラストを回収した。
【0065】
回収したプロトプラストを、STCバッファー[10mM Tris−HCl(pH7.5),10mM CaCl,1.2Mソルビトール]に再懸濁し、プロトプラスト液を得た。
【0066】
プロトプラスト液はヘマトメーターを用いてプロトプラストの計測を行い、最終的に1×10個/100μlとなるように調整した。
【0067】
(変異株の作出)
プロトプラスト液に対しUVを照射し、変異株を作出した。SR−1株はプロトプラスト化することで、核の構成をそのまま維持する二核菌糸体と、片方の核が脱落する一核菌糸体が得られるが、本実験では、二核菌糸体を用いた。
【0068】
UV照射の条件は、プロトプラストの生存率が約1%となるように設定した。一般的に、プロトプラストの再生率は約1%となることから、1×10個のプロトプラストにUVを照射し、再生するプロトプラストが1000個程度となるようなUV照射の条件を設定した。具体的には、東芝社製殺菌ランプ(TOSHIBA GL15)を使用し、光源から約40cmの位置で3分間UV照射を行った。
【0069】
(TILLING法によるexg2遺伝子変異株の検出方法)
菌糸からのゲノムDNAの回収はDNeasy Plant Mini Kit(Qiagen)を用いた。手順はQiagenのプロトコールに従って行った。
【0070】
TILLING用の1st PCRのためのプライマーには、以下のプライマーセットを使用した。
【0071】
プライマーセットの配列は下記の通り。
フォワードプライマー:GCTACGGACTGACCTCGGACAGCAGCATGTTTTGCCTCTT (配列番号4)
リバースプライマー:CTGACGTGATGCTCCTGACGACAGGGACGTCATTTCGTGT (配列番号5)
【0072】
1st PCRはExTaq(TaKaRa)を用いて行った。組成と反応条件を以下に示す:
TILLING用のPCR組成[10×ExTaqバッファー 2μl、2.5mM dNTP mix 1.6μl、フォワードプライマー(10μM)0.2μl,リバースプライマー(10μM)0.2μl、精製後DNA(3μl)、12.9μl滅菌水、Ex Taq 0.1μl/合計20μl]
PCR反応条件:[95℃ 2分間、(95℃ 1分間、55℃ 1分間、72℃ 1分30秒間)×35サイクル、72℃ 7分間、10℃にて保管]。
【0073】
1st PCR後のPCR産物はillustra ExoProStar(GE)を用いて精製した。精製方法を以下に示す。
ExoProStarは20倍に希釈し、使用した。(50μlエキソヌクレアーゼI、50μlアルカリフォスフォターゼ、900μl水)
【0074】
PCR産物2μlと希釈液2μlを混合し、37℃で30分間、酵素反応を行い、その後85℃で10分間、酵素を失活させた。反応液に96μlの水を加えて25倍に希釈し、2nd PCRのテンプレートとした。
【0075】
2nd PCRの蛍光プライマーは以下のプライマーセットを用いた。
プライマーセットの配列は下記の通り。
フォワードプライマー:GCTACGGACTGACCTCGGAC (配列番号6)
リバースプライマー:CTGACGTGATGCTCCTGACG (配列番号7)
【0076】
蛍光ラベルしたプライマーはUni Lab U2は700の蛍光ダイラベル(IRD)にて5’末端へ標識し、Uni Lab L2は800の蛍光ダイラベル(IRD)にて5’末端標識した。2nd PCRを行う際には、Uni Lab U2の蛍光ラベル:非ラベル=3:7、Uni Lab L2の蛍光ラベル:非ラベル=4:6に混合した物を用いた。
【0077】
2nd PCRはExTaq(TaKaRa)を用いて行った。組成と反応条件を以下に示す:
TILLING用のPCR組成[10×ExTaqバッファー 2μl、2.5mM dNTP mix 1.6μl、フォワードプライマー(10μM)0.4μl,リバースプライマー(10μM)0.4μl、精製後DNA(4μl)、11.5μl滅菌水、Ex Taq 0.06μl/合計20μl]
PCR反応条件:[95℃ 2分間、(95℃ 1分間、55℃ 1分間、72℃ 1分30秒間)×35サイクル、72℃ 7分間、次いで、(99℃ 10分間、70℃ 0.2〜0.3分間)×70サイクル、10℃にて保管]。
【0078】
PCR後の産物は以下のとおり、CEL Iヌクレアーゼで処理した(96穴プレートを使用)。
【0079】
CEL I酵素液:滅菌水1800μl、CELIバッファー 315μl(CEL Iバッファーは1M MgSO、1M HEPES(pH7.5)、2M KCl、dHO/100mlをオートクレーブ滅菌した後に10%Triton X(w/v)200μl、BSA(20mg/ml)1μlを添加したものを用いた)、CEL I酵素7.5μl/96サンプル。
【0080】
上記PCR産物に上記のCEL I酵素液(20μl)を添加した。シェーカーにて軽く混合し、45℃で15分間、酵素反応を行い、その後、0.15MのEDTA(5μl)を添加して、酵素反応を停止した。
【0081】
CEL Iヌクレアーゼ処理反応後のサンプルは水膨潤Sephadex G50によって精製を行った。水膨潤Sephadex G50は次の通り調製を行った。
【0082】
Sephadex G50を適量カラムローダー上に加え、付属のヘラで広げながら充填していき、余分なSephadexは取り除いた。カラムローダー上部に、精製用96穴プレート(Milipore社 MultiScreen HTS)をガイドピンに合わせて逆さにセットし、ローダーとプレートをしっかり手で固定したままひっくり返し、Sephadexをカラムプレート側へ移した。Sephadexが充填されたプレートカラムへ、346μlの水を加え室温で1時間放置し、ゲルを膨潤させた。プレートホルダー(Millipore社 Centrifuge Alignment Frame)を用いてカラムプレートをセットし、460xgで5分間遠心し、余分な水分を除去することで作製した。
【0083】
カラムプレートの下にサンプル回収用の96well Reaction Plateをセットし、CEL Iヌクレアーゼ処理反応後のサンプルをゲルの中央にのせ、460xgで2間遠心し、サンプルを精製した。
【0084】
次いで、サンプルを1×Tillingローディングバッファー(脱イオンホルムアミド25ml、0.5M EDTA 500μl、BPB 6mg)3.5μlと混合し、85℃で1時間、加熱・乾燥させ、液量を15μl程度として、これを電気泳動へ用いた。
【0085】
電気泳動用のゲルは、KBplus Gel Matrix(KB+6.5% Gel Matrix 500ml LI−COR Biosciences)20ml、150μl 10%APS、15μl TEMEDを混合して作製した。電気泳動バッファーにはTBE(108g Tris、55gホウ酸、9.2g EDTA)を使用した。
【0086】
電気泳動及び波形の解析はLI−COR Biosciences社のDNA Analyzerを使用して行った。
【0087】
(結果)
本研究では、UV照射したプロトプラストから再生した二核菌糸体935株(Mu001株〜Mu935株)を得ることができた。
【0088】
得られた菌糸体よりゲノムDNAを抽出し、抽出したDNAを3菌株ずつ等量ずつ混合して、TILLING用のテンプレートとした。上記のとおり、フォワードプライマー、及びリバースプライマーをプライマーセットとして上記TILLING用のPCR(上記1st及び2nd PCR)を行い、得られたPCR産物をCELIヌクレアーゼにより処理し、電気泳動を行った。
【0089】
その結果、Mu597、Mu693、Mu789株より抽出したゲノムDNAを含むテンプレートに関して、他のテンプレートとは異なるバンドパターンが得られた。さらに、Mu597株、Mu693株、Mu789株より抽出したゲノムDNAを個別にテンプレートとして用いて、上記TILLING用PCR(上記1st及び2nd PCR)に付して得られた産物を電気泳動したところ、Mu789株より抽出したゲノムDNAにのみ、特異的なバンドパターンが得られた(図2)。
【0090】
次に、Mu789株より抽出したゲノムDNAをテンプレートに、標識されていないフォワードプライマー、及びリバースプライマーを使用するPCRを行い、得られたバンドを精製し、塩基配列を決定した。親株であるSR−1株では、exg2遺伝子の2128番目の塩基がチミジンであるのに対して、Mu789株のexg2遺伝子では2128番目の塩基がグアニンに置換されていることが明らかになった(図3)。Mu789株のexg2遺伝子の塩基配列について、アミノ酸変換したところ、Mu789株における2128番目の塩基置換は、EXG2タンパク質における710番目のアミノ酸置換を伴うものであり、710番目のアミノ酸残基がチロシンよりアスパラギン酸に変異していることが明らかとなった(図4)。
【0091】
なお、本発明者らはMu789株を、2014年6月6日に独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(〒292−0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 122号室)に受託番号NITE P−01865として寄託した。
【0092】
2.子実体の保存試験
(子実体の形成及びサンプリング)
植菌後103日間23℃の恒温室で菌糸を培養した後、一晩菌床全体を水に浸漬し、次いで、湿度90%以上の12時間日長、15℃のインキュベーター内に静置して発生操作を行った。菌傘の膜が切れた段階で子実体を収穫し、25℃のデシケーター内に保存して、保存試験を行った。
【0093】
デシケーターには、飽和塩化アンモニウム水溶液を入れて、デシケーター内が湿度約80%になるようにした。子実体は収穫した直後(収穫0日目)、収穫から4日目(収穫4日目)でサンプリングを行った。子実体は、柄、傘、ひだに分けてサンプリングし、液体窒素で凍結させた。mRNA抽出用のサンプルは、乳鉢で細かく粉砕した後、Fast Red Pro用のチューブ(Lysing Matrix C;Q−Bio gene)に入れて−80℃で保存した。
【0094】
(レンチナンの測定)
サンプリング後の子実体(柄、傘、ひだを含む)を、凍結乾燥後、乳ばちでパウダー状になるまですりつぶした。0.5gを測りとった後、10倍量の水を加え、オートクレーブで121℃にて20分間、熱水抽出した。抽出液をろ紙一枚、ガーゼ3枚を重ねたガラスフィルター(ガラス濾過器P250、柴田科学)で吸引ろ過し、ろ液に等量のエタノールを加えて、一時間以上4℃でエタノール沈澱を行った。遠心後、ペレットを100%エタノールで2回洗浄し、ペレットを凍結乾燥した。ペレットの総重量を測り、細かく砕いた後、1mgを測りとり、1時間以上20mlの水で膨潤させた後、オートクレーブで121℃、15分処理して完全に溶解させ、抗原溶液とした。
【0095】
50μg/ml抗原溶液(100μl)をマイクロプレート(ELISA用)に入れ、37℃にて2時間静置して、抗原を吸着させたのち、プレートに入っている抗原溶液を捨てて、PBS−T(0.02% Tween 20を含むPBS:NaCl 137mM;NaHPO 8.1mM;KCl 2.68mM;KHPO 1.47mM)で3回洗浄した。
【0096】
そこに、1%のブロッキング溶液(1%スキムミルクを含むPBS)を各200μl入れ、20℃にて120分間インキュベーションしてブロッキングを行った。
【0097】
一方、抗原溶液(適当な希釈系列と、発色用ポジティブコントロールとしてレンチナンを入れないものを作っておく)と等量の一次抗体(レンチナン抗体:100倍希釈)をまぜ、5℃(氷上)で30分インキュベーションを行い、一次抗体を抗原溶液中の抗原と事前に反応させ、抗原−抗体溶液を得た。
【0098】
プレートのブロッキング溶液を捨てて、PBS−Tで3回洗浄した。このプレートに抗原−抗体溶液を各100μl分注し、20℃で60分間インキュベーションし、事前の反応で結合しなかった抗体とプレート上の抗原とを反応させた。抗原−抗体溶液を捨て、PBS−Tで洗浄した後、二次抗体(rabbit IgG抗体:2000倍希釈)を200μl入れ、20℃で90分インキュベーションして、一次抗体と二次抗体を反応させた。
【0099】
二次抗体の反応後、基質溶液[o−フェニレンジアミン5mg,30%H 5μlを含む0.1Mクエン酸バッファー(pH5.0),10ml]100μlを分注し、発色用ポジティブコントロールが発色するまで5〜10分間、20℃の暗所でインキュベーションした。反応停止液(4N HSO)50μlを分注し、酵素反応を停止させ、マイクロプレートリーダーで492nmの吸光度を測定し、子実体におけるレンチナン量を求めた。
【0100】
(結果)
Mu789株の子実体を上記のとおり形成し、そのレンチナン量及び収穫後のレンチナン量を測定した。比較対象として、収穫後のレンチナン分解が明らかになっている市販株(H600株)、Mu789株の親株であるSR−1株、SR−1株においてexg2株をRNAi法により抑制したivr−exg2株(EXG2抑制モデル株:特開2006−271218号公報)の子実体におけるレンチナン量を、同様に測定した。結果を表1に示す。
【0101】
【表1】
【0102】
市販株、親株及びEXG2抑制モデル株の収穫直後のレンチナン量がおよそ5mg/g程度であったのに対し、Mu789株の収穫直後のレンチナン量はおよそ10mg/gと他の菌株よりレンチナン量が顕著に多いことが明らかになった。
【0103】
また、保存後(収穫から4日後)のレンチナン残存率は、市販株及び親株において50〜60%程度となり、EXG2抑制モデル株においておよそ75%程度であった。一方、Mu789株のレンチナン残存率はおよそ90%程度であった。
【0104】
Mu789株は、従来の公知の株と比べて、レンチナン含量が高いと共に、収穫後のレンチナン残存率も高いことが明らかとなった。これらの結果は、Mu789株におけるEXG2の活性は顕著に抑制されていることを示す。
【0105】
3.PCRによる変異株検出
Mu789株を育種親として利用するために、単胞子由来の菌株から、Mu789株と同様に変異を有する菌株を選抜する手法の確立を試みた。
【0106】
Mu789株の子実体をひだを下にして薬包紙に静置し、落下した胞子を回収した。回収した胞子は滅菌水で適当な濃度に希釈して、MYPG培地に播種し、発芽した菌糸を単胞子分離株として単離した。
【0107】
得られた単胞子分離株の菌糸を楊枝で回収し、KAPA 3G plant PCR kitにより、ダイレクトPCRを行った。PCR反応液の調製及びPCR条件はKAPA 3G plant PCR kit(日本ジェネティクス株式会社)のプロトコールに従った。使用したプライマーの配列は下記の通り。
フォワードプライマー:AGCAGCATGTTTTGCCTCTT (配列番号8)
リバースプライマー:ACAGGGACGTCATTTCGTGT (配列番号9)
【0108】
変異検出用のプライマーは、フォワードプライマーの3’末端側に上記2128番目の塩基変異を含み、さらに、野生型の配列では増幅されないように、その3’末端側に、野生型のexg2遺伝子における対応する位置にある塩基とは異なる、さらにもう一塩基を追加したプライマーを設計した。すなわち、フォワードプライマーは野生株とは3’末端が2塩基置換され、Mu789株とは3’末端が1塩基置換されている。変異検出用の各プライマーの配列は下記のとおり。コントロールのプライマーは、下線部に野生型に由来するTAを有するものを用いた。
フォワードプライマー:TGAACAGGTGCCGGACTTGC (配列番号10)
リバースプライマー:TGTACAGGGACGTCATTTCG (配列番号11)
(下線は野生型ではTA)
【0109】
ダイレクトPCRの結果得られたPCR産物を鋳型として、変異検出PCRを行った。PCRはExTaq(TaKaRa)を用いて行った。組成と反応条件を以下に示す:
変異検出PCRの組成[10×ExTaqバッファー 1μl、2.5mM dNTP mix 0.8μl、フォワードプライマー(10μM)0.2μl,リバースプライマー(10μM)0.2μl、精製後DNA(2μl)、5.77μl滅菌水、Ex Taq 0.03μl/合計10μl]
PCR反応条件:[95℃ 2分間、(95℃ 1分間、60℃ 1分間、72℃ 30分間)×35サイクル、72℃ 7分間、10℃にて保管]。
【0110】
菌株の対照として、野生型であるSR−1株を用いて、同様の操作を行った。
ダイレクトPCRの結果得られた各PCR産物を電気泳動した結果を、図5に示す。野生型に対し、変異検出用のプライマーを用いた場合(レーン1及び3)においては、コントロールのプライマーを用いた場合(レーン2及び4)と比較して明瞭なバンドが確認されなかった。一方、変異株であるMu789株に対し、変異検出用のプライマーを用いた場合(レーン5及び7)においては、Mu789株に対しコントロールのプライマーを用いた場合(レーン6及び8)と比較して明瞭なバンドが確認された。すなわち、変異検出用のプライマーを用いたPCRを行うことによって変異株を検出できることが明らかとなった。
【0111】
4.変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株の解析
(I)方法
(i)子実体の形成及びサンプリング
Mu789株の子実体より単胞子分離を行い、変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株と野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株の作出を行った。すなわち、上記「2.子実体の保存試験」で得られたMu789株の子実体より、落下した胞子を回収し、滅菌水に懸濁した。得られた懸濁液を最小寒天培地に塗布した後、再生した菌糸を分離した。再生した菌糸については、顕微鏡下でクランプ結合の有無を確認し、クランプ結合のない一核菌糸のみを単離した(単胞子分離株)。
【0112】
得られた単胞子分離株について、上記「3.PCRによる変異株検出」に記載の変異検出手法を用いて、変異型のexg2遺伝子を持つ菌株と野生型のexg2遺伝子を持つ菌株とに分けた。次いで、変異型のexg2遺伝子を持つ菌株同士、および野生型のexg2遺伝子を持つ菌株同士でそれぞれ交配を行い、クランプ結合を確認することで交配した二核菌糸をそれぞれ得た。
【0113】
得られた二核菌糸を上記「2.子実体の保存試験」と同様の手法を用いて子実体の形成及びサンプリング、ならびに、保存試験を行った。
【0114】
(ii)グルカナーゼ活性の測定
収穫した直後(収穫0日目)、及び収穫から4日目(収穫4日目)の子実体のヒダ部分を液体窒素で粉砕したのち、200mM酢酸ナトリウムを加えて、グルカナーゼの抽出を行った。得られた抽出液を遠心分離し、上澄みを酵素液とした。グルカナーゼ活性は、酵素液と1%ラミナリン基質液を混合し、37℃にて30分間反応を行い、生成された還元糖量を4−ヒドロキシ−ベンゾヒドラジド(PAHBAH)法を用いて測定した。なお、グルカナーゼ活性は、酵素液中のタンパク質をブラッドフォード(Bradford)法を用いて定量し、タンパク質1mgあたりのunit(U/mgタンパク質)であらわす。
【0115】
(iii)EXG2発現量の測定
前記酵素液を用いてウスタンブロッティングを行い、EXG2発現量を確認した。はじめに、全ての酵素液のタンパク質濃度が等しくなるように、200mM酢酸ナトリウムで調整し、調整した酵素液とSDSサンプルバッファーを混合、煮沸し、5〜20%グラジエントSDS−PAGEを行った。泳動したタンパク質はiBlot(登録商標)Gel Transfer Device(Thermo Fisher Scientific Inc.)を使用し、ゲルからメンブレンに転写した。抗体反応には、一次抗体にEXG2−rabbit抗体、二次抗体にanti−Rabbit抗体を用いた。検出はECL Prime Western Blotting Detection Reagent(GEヘルスケア)を使用し、化学発光法にてバンドを確認した。
【0116】
(II)結果
交配により、変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株を3菌株(a,bおよびcと記載する)、野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株を4菌株(d,e,fおよびgと記載する)を得、それぞれより子実体を得た。これら子実体と、exg2の変異をヘテロに持つMu789株(hと記載する)の子実体について、収穫した直後、及び収穫から4日目のグルカナーゼ活性の測定を行った。
【0117】
結果を図6に示す。
結果、野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(d,e,fおよびg)の全てにおいて、収穫直後(D0)よりも収穫から4日目(D4)のグルカナーゼ活性が高くなった。
【0118】
一方、変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(a,bおよびc)では、収穫から4日目のグルカナーゼ活性は、収穫直後と比較してほとんど変化せず、またその活性は野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(d,e,fおよびg)の収穫から4日目のグルカナーゼ活性と比較して、著しく低い活性を示した。
【0119】
また、exg2の変異をヘテロに持つMu789株(h)の収穫から4日目のグルカナーゼ活性には、変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(a,bおよびc)より高く、野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(d,e,fおよびg)より低い値を示した。
【0120】
次いで、各菌株の子実体について、収穫から4日目のEXG2発現量の測定を行った。
結果を図7に示す。
結果、全ての菌株でEXG2の発現が確認できたが、変異型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(a,bおよびc)では、野生型のexg2遺伝子をホモに持つ菌株(d,e,fおよびg)に比べてEXG2発現量が少なかった。
【0121】
以上の結果より、変異型のexg2遺伝子により、EXG2の発現が抑制され、それによりグルカナーゼ活性が低下することが示された。すなわち、Mu789株においては、exg2遺伝子の変異に起因してEXG2の発現が抑制され、その結果、子実体におけるレンチナン含量及び収穫後のレンチナン残存率の増大を生じることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]