特許第6580329号(P6580329)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6580329未分化細胞から分化細胞および/または分化細胞の産生物を取得する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6580329
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】未分化細胞から分化細胞および/または分化細胞の産生物を取得する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/078 20100101AFI20190912BHJP
【FI】
   C12N5/078ZNA
【請求項の数】9
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-15746(P2015-15746)
(22)【出願日】2015年1月29日
(65)【公開番号】特開2015-198644(P2015-198644A)
(43)【公開日】2015年11月12日
【審査請求日】2018年1月11日
(31)【優先権主張番号】特願2014-72092(P2014-72092)
(32)【優先日】2014年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】小林 英司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 利幸
(72)【発明者】
【氏名】赤間 健司
(72)【発明者】
【氏名】堀 信康
(72)【発明者】
【氏名】柴山 正樹
(72)【発明者】
【氏名】相原 祐希
(72)【発明者】
【氏名】門脇 正和
【審査官】 西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−171865(JP,A)
【文献】 特開2013−075888(JP,A)
【文献】 特表2004−513889(JP,A)
【文献】 特表2004−528021(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0064537(US,A1)
【文献】 岩崎史嵩 ほか,"温阻血肝臓の移植利用を目指した新規臓器灌流培養システムの応用",Organ Viology,2012年,Vol. 19, No.2,p. 74 (204)
【文献】 松野直徒 ほか,"腎臓移植における灌流装置および灌流保存液",腎疾患治療薬マニュアル,2013年 4月30日,pp. 877-881
【文献】 Haruko Obokata, et al.,Nature,2014年 7月,Vol.511,p.112,doi: 10.1038/nature13598
【文献】 Haruko Obokata, et al.,Nature,2014年 7月,Vol.511,p.112,doi: 10.1038/nature13599
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
A01N 1/00−65/48
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
灌流されている臓器または生体組織に、血小板前駆細胞を導入する工程と、
導入された前記血小板前駆細胞を前記臓器または生体組織と共に灌流培養することにより、前記血小板前駆細胞を分化させ、分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を得る工程と、
得られた分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を含む灌流培養液を回収する工程と、
回収された前記灌流培養液に含まれる分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得する工程と
を含み、
前記臓器または生体組織が、脾臓、肝臓、腎臓または骨であり、前記分化した細胞が成熟巨核球であり、前記産生物が血小板である、
分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得する方法。
【請求項2】
臓器または生体組織が、脱細胞化されていない、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
血小板前駆細胞が、ヒト由来の血小板前駆細胞である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
血小板前駆細胞が、巨核球前駆細胞、巨核芽球および前巨核球からなる群より選択される少なくとも一つである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
臓器または生体組織が、ヒト以外の動物の臓器または生体組織である、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
臓器または生体組織が骨であり、
分化した細胞が成熟巨核球であり、
分化した細胞の産生物が血小板である、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
導入工程が、灌流液に血小板前駆細胞を添加することによって行われる、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
導入工程の前に、臓器の保存状態を判定することで導入工程への移行の可否を決定する工程を更に含む請求項1〜のいずれかに1項に記載の方法。
【請求項9】
決定工程において、灌流液中の乳酸脱水素酵素、乳酸、灌流圧、酸化還元電位及び溶存酸素から選択される少なくとも一つを測定することで臓器の保存状態を判定する、請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未分化細胞から分化細胞および/または分化細胞の産生物を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞などの未分化細胞を所望の細胞に分化させる技術は、再生医療や様々な疾患の予防/治療薬のスクリーニングなどに応用可能な技術として期待されている。
【0003】
従来、幹細胞からインビトロまたはインビボで分化細胞またはその産生物を得る方法が知られている。
インビトロで分化細胞またはその産生物を得る方法は、例えば特許文献1〜3に記載されている。
特許文献1には、脱メチル化剤(5−アザシチジンおよび5−アザ−2’デオキシシチジンなど)およびヒストン脱アセチル化酵素阻害剤のような細胞の後成的状態を変化させる薬剤の存在下で胚性幹細胞などを培養し、種々の増殖因子またはサイトカインの存在下で培養することによって一次胚葉を産生する方法が記載されている。
【0004】
特許文献2には、所望の組織および臓器由来の細胞と体性幹細胞を共培養することを特徴とする、体性幹細胞の体細胞への分化を誘導する方法が記載されている。同文献に開示される方法では、共培養のために所望組織および臓器に由来する分化後の細胞を準備する必要がある。
【0005】
特許文献3には、血管芽細胞を、種々の増殖因子またはサイトカインを含む培地で培養することによって巨核球を生成する方法、および生成した巨核球を培養して血小板を産生する方法が記載されている。
【0006】
インビボで分化細胞またはその産生物を得る方法は、例えば特許文献4に記載されている。
特許文献4には、ヒト由来の内臓細胞または内臓幹細胞を、ヒト以外の動物の特定の導管を介して投入し、ヒト以外の動物の特定の部位に移植させて増殖、分化させた後、ヒト由来の内臓細胞を集める、ヒト内臓細胞の製造方法が記載されている。同文献には、移植した内臓細胞または内臓幹細胞をある程度増殖させた後、例えばFACS(fluorescence-activated cell sorter)を用いて表面抗原の違いによってヒト細胞と動物細胞を分離することができることが記載されている。
【0007】
また、特許文献5には、幹細胞を用いて、患者に移植するための固形臓器を得る方法が記載されている。同文献には、界面活性剤を含む細胞破壊媒体を臓器に灌流することにより脱細胞化された臓器を作製し、この脱細胞化された臓器に対し、間葉系幹細胞(MSC)などの再生細胞の集団を、再生細胞が該脱細胞化された臓器の内部もしくは表面で生着、増殖、および/または分化する条件下で接触させることにより臓器を作製する方法が記載されている。
【0008】
さらに、特許文献6には、幹細胞が生体内で所望の組織を構成する細胞へ分化し得るか否かを評価する方法が記載されている。同文献に記載の方法では、評価対象となる幹細胞を非ヒト哺乳動物の所望の組織の原基中に移植した後、該組織原基をインビトロで培養し、移植された幹細胞に由来する細胞の組織原基における分散の程度を指標として、該幹細胞が生体内で当該組織を構成する細胞に分化し得る可能性を判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2013−512658号公報
【特許文献2】特表2004−135625号公報
【特許文献3】特表2013−512676号公報
【特許文献4】特開2002−171865号公報
【特許文献5】特表2009−505752号公報
【特許文献6】特開2012−19690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1および3に記載の方法では、幹細胞を、所定の物質を含む培地で培養することにより、分化細胞あるいはその産生物を得る方法が記載されているが、培養細胞を複数回にわたって継代する必要があるなど、培養条件が煩雑である。
また、特許文献2に記載の方法では、幹細胞を分化させるため、共培養するための分化した細胞を準備する必要がある。そのため、分化した細胞の取得や培養が困難な場合、結果として幹細胞を目的の細胞に分化させることができない。
さらに、特許文献4に開示されたようなインビボで幹細胞から分化細胞を得る方法では、得られる分化細胞に宿主細胞の混入を避けることができず、その後の精製工程が負担となる。
そして、特許文献5では、界面活性剤を含む細胞破壊媒体で臓器を灌流することにより脱細胞化する必要があり、操作が煩雑である。
加えて、特許文献6に記載の方法は、移植する幹細胞が移植に適切か否かを判断することを目的とするため、分化細胞を回収することを想定したものではない。
そこで、本発明は、操作が簡便で、かつ、分化細胞の取得が容易な、未分化細胞から分化細胞および/または分化細胞の産生物を取得する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、灌流されている臓器または生体組織に未分化の細胞を導入し、臓器または生体組織と共に灌流培養することにより、上記の課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
かくして、本発明によれば、
灌流されている臓器または生体組織に、未分化の細胞を導入する工程と、導入された未分化の細胞を臓器または生体組織と共に灌流培養することにより、未分化の細胞を分化させ、分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を得る工程と、得られた分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を含む灌流培養液を回収する工程と、回収された灌流培養液から分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得する工程とを含む、分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得する方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、分化細胞および/またはその産生物を容易に取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】灌流培養システムの模式図である。
図2】MSCから分化した細胞におけるRunx2骨芽細胞分化マーカーの発現量を示すグラフである。縦軸はβ-actin発現量で補正したRunx2の相対発現量(単位なし)である。横軸は、回収した灌流液画分の番号を表し、「vitro MSC」はインビトロ培養細胞を表す。
図3】回収した灌流培養液上清の血小板サイズ画分を用いるFACS解析の結果である。
図4】巨核球誘導K562細胞から血小板が放出される様子を示す蛍光顕微鏡写真である。
図5】回収した血小板の透過型顕微鏡写真である。
図6】回収後の灌流液中の血小板様体数と乳酸脱水素酵素活性との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得する方法は、灌流されている臓器または生体組織に、未分化の細胞を導入する工程を含む。
ここで、「導入」とは、未分化の細胞を、臓器または生体組織の内部または表面と接触可能な状態に置くことまたは近接させることをいう。例えば、未分化の細胞と臓器または生体組織とが互いに接している状態に置くこと、未分化の細胞と臓器または生体組織とが同一の液体を介して存在する状態に置くこと(すなわち、未分化の細胞と生体組織とを同一の液体中に置くこと)などが挙げられる。より具体的には、灌流液に未分化の細胞を添加した後、該未分化の細胞を臓器または生体組織の内部に送り込むこと、未分化の細胞を含む液体を臓器または生体組織の動脈または静脈を介して該臓器または生体組織の内部に注入または注射すること、臓器または生体組織を浸漬した液体に未分化の細胞を添加することなどが挙げられる。本実施形態においては、灌流液に未分化の細胞を添加することにより臓器または生体組織に未分化の細胞が導入され得る。
【0016】
未分化の細胞は、灌流されている臓器または生体組織に導入される。
灌流液の種類は、細胞の生命維持に適したものであれば特に限定されないが、例えば培地(具体的にはRPMI培地(Roswell Park Memorial Institute medium)、MEM培地(Minimum Essential Media)、DMEM培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium)、Ham's F-12培地など)、生理食塩水、臓器保存液(UW液(University of Wisconsin solution)、ET-Kyoto液など)などが挙げられる。灌流液には、例えば細胞の生命維持などに必要な添加物、例えば赤血球、血漿、血清、アミノ酸などが含まれていてもよい。灌流液の流速は、導入した未分化の細胞が臓器または生体組織から放出される流速であれば特に限定されない。臓器等の灌流において一般的に用いられる流速、例えば0.01 mL/min以上100 mL/min以下、好ましくは0.1 mL/min以上20 mL/min以下であり得る。灌流時の温度は、特に限定されない。例えば4℃以上40℃以下、好ましくは20℃以上38℃以下、より好ましくは35℃以上37℃以下であり得る。灌流時間は、特に限定されない。例えば1分以上3000分以下、好ましくは15分以上1500分以下、より好ましくは60分以上1000分以下、一層好ましくは100分以上800分以下、より一層好ましくは200分以上600分以下であり得る。なお、ここでの灌流時間とは、未分化の細胞の導入前に行われる灌流にかける時間の総和をいう。
【0017】
なお、未分化の細胞を導入する際には、灌流は停止されていてもよい。停止時間は、好ましくは0.1分以上1200分以下、より好ましくは0.1分以上500分以下、更に好ましくは0.1分以上200分以下、一層好ましくは0.1分以上100分以下であり得る。停止時間における未分化の細胞の導入のタイミングは、特に限定されないが、通常、灌流を停止したときから60分以内、より好ましくは30分以内、更に好ましくは10分以内、一層好ましくは5分以内に未分化の細胞が導入され得る。
【0018】
本実施形態では、未分化の細胞の導入は、図1に示す灌流培養システムを用いて行われ得る。この灌流培養システムは、主に、臓器または生体組織として用いられるブタ脾臓101、灌流液ボトル201、送液ポンプ202、廃液ポンプ301、それらを繋ぐチューブ501〜506、三方活栓701および702から構成され得る。
【0019】
本実施形態においては、未分化の細胞を含む溶液は、チューブ502の端にある未分化細胞導入口aから注入され、三方活栓701、チューブ503に入り得る。その後、灌流培養液の流速を適切に調節することにより、短胃動静脈を結紮されたブタ脾臓101の動脈に繋がれたチューブ503から未分化の細胞がブタ脾臓101に導入され得る。このとき、チューブ503のブタ脾臓101側には、事前の灌流によりチューブ503の内部に存在していた灌流液と、チューブ503に注入された未分化の細胞を含む溶液との間に空気の層が形成され得る。また、チューブ503の送液ポンプ202側にも、注入された未分化の細胞を含む溶液と、灌流培養液との間に空気の層が形成され得る。本実施形態においては、灌流培養液の流速を適切に調節することにより、注入された未分化の細胞を含む溶液が、ブタ脾臓101に導入され得る。この導入とは、注入された未分化の細胞を含む溶液と送液ポンプ側に形成された空気の層との境界面が、チューブ503とそれに繋がれたブタ脾臓101の動脈との境界面と一致するまで送液することを意味する。この導入は、目視によって確認することができる。なお、このときの灌流培養液の流速は、未分化の細胞の導入を目視によって確認することが不可能とならない流速であれば特に限定されない。例えば0.01 mL/min以上100 mL/min以下、好ましくは0.1 mL/min以上20 mL/min以下であり得る。導入は、未分化の細胞を導入口aに注入したときから好ましくは0秒以上10分以下、より好ましくは0秒以上60秒以下の時間が経過した後に行われ得る。
【0020】
また別の実施形態においては、未分化の細胞を含む溶液は、チューブ502の端にある未分化細胞導入口aから注入され、三方活栓701、チューブ503に入り得る。その後、灌流培養液の流速を適切に調節することにより、短胃動静脈を結紮されたブタ脾臓101の動脈に繋がれたチューブ503から未分化の細胞がブタ脾臓101に導入され得る。このとき、未分化の細胞を含む溶液をチューブ503に注入することにより、事前の灌流により内在していた灌流液を脾臓に流入させ、その後、送液ポンプ202により未分化の細胞を含む溶液量分だけ灌流培養液を灌流することにより、未分化の細胞が脾臓内に導入され得る。なお、このときの灌流培養液の流速は、未分化の細胞の溶液量に応じて送液ポンプにより制御することが不可能とならない流速であれば、特に限定されないが、例えば0.01 mL/min以上100 mL/min以下、好ましくは0.1 mL/min以上20 mL/min以下であり得る。導入は、未分化の細胞を導入口aから注入したときから好ましくは0秒以上10分以下、より好ましくは0秒以上60秒以下の時間が経過した後に行われ得る。
【0021】
未分化の細胞としては、生体内の発生学的な細胞系譜上で最終分化に至っていない細胞であれば特に制限されず、例えば、幹細胞、前駆細胞が挙げられる。幹細胞としては、ES細胞(Embryonic Stem cells)、クローンES細胞、iPS細胞(induced Pluripotent Stem cells)、MUSE細胞(MUltiliniage-differentiating Stress Enduring cells)、STAP細胞(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells)、間葉系幹細胞、神経幹細胞、上皮幹細胞、肝幹細胞、生殖幹細胞、造血幹細胞、骨格筋幹細胞が挙げられ、特にiPS細胞、間葉系幹細胞が好ましい。未分化の細胞は、ヒト由来の細胞であることが好ましい。本実施形態では、未分化の細胞は、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(MSC;Mesenchymal Stem Cell)であり得る。
【0022】
前駆細胞としては、血小板前駆細胞、肝臓前駆細胞、心臓前駆細胞および神経前駆細胞などが挙げられる。血小板前駆細胞としては、巨核球前駆細胞、巨核芽球および前巨核球などが挙げられる。肝臓前駆細胞としては、肝芽細胞、肝前駆細胞、肝星細胞前駆細胞、肝幹前駆細胞、肝臓の血管内皮前駆細胞および肝臓の中皮細胞前駆細胞などが挙げられる。心臓前駆細胞としては、心筋前駆細胞および心臓の血管内皮前駆細胞などが挙げられる。神経前駆細胞としては、ニューロン前駆細胞、グリア前駆細胞および脳神経系の血管内皮前駆細胞などが挙げられる。前駆細胞は、血小板前駆細胞が好ましく、巨核芽球または前巨核球が特に好ましい。
【0023】
臓器または生体組織は、灌流に適したものであれば特に限定されないが、ヒト以外の動物、例えばブタ、マウス、ニワトリなどの臓器または生体組織が好ましい。
臓器としては、心臓、肝臓、肺、骨格筋、脳、膵臓、脾臓、腎臓、小腸、子宮、および膀胱などが挙げられる。
生体組織としては、骨、軟骨、関節(例えば、膝、肩、もしくは股関節)、気管、または脊髄や、角膜、眼球、皮膚、血管などが挙げられる。
【0024】
分化した細胞としては、生体内の発生学的な細胞系譜上で最終分化に至った細胞であれば特に限定されない。具体的には、成熟巨核球、骨芽細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、肝細胞、肝中皮細胞、胆管上皮細胞、肝星細胞、肝類洞内皮細胞、クッパー細胞、ピット細胞、血管内皮細胞、膵管上皮細胞、膵導管細胞、腺房中心細胞、腺房細胞、ランゲルハンス島、心筋細胞、線維芽細胞、平滑筋細胞、1型肺胞上皮細胞、2型肺胞上皮細胞、クララ細胞、線毛上皮細胞、基底細胞、杯細胞、神経内分泌細胞、クルチッキー細胞、尿細管上皮細胞、尿路上皮細胞、円柱上皮細胞、糸球体上皮細胞、糸球体内皮細胞、蛸足細胞、メサンギウム細胞、神経細胞、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトなどが挙げられる。
【0025】
分化した細胞は、培養に用いる臓器または生体組織を形成する細胞とは異系の細胞であることが好ましい。異系の細胞とは、培養に用いる臓器または生体組織を形成する細胞群、および構成細胞に至るまでの細胞系譜に存在する前駆細胞または体性幹細胞と異なる細胞である。ここで、臓器または生体組織を形成する細胞群とは、血液に含まれる細胞のような臓器または生体組織を本質的に構成しない細胞を除く、臓器または生体組織そのものを構成する細胞の集団をいう。
本実施形態では、臓器または生体組織としてブタ脾臓が用いられ得る。また、本実施形態では、分化した細胞は、脾臓とは異系の骨芽細胞であり得る。
【0026】
なお、同系の細胞とは、回収された細胞が、培養に用いる臓器または生体組織を形成する細胞群、および構成細胞に至るまでの細胞系譜に存在する前駆細胞または体性幹細胞と同一の細胞である。
本実施形態では、臓器または生体組織として脾臓が用いられ得るが、この場合、同系の細胞とは、脾臓を形成する細胞と同系の細胞、例えば内脾細胞および脾臓の血管内皮細胞であり得る。
【0027】
分化した細胞の産生物は、分化した細胞が有する機能により産生される物質である。例えば、分化した細胞が成熟巨核球である場合、成熟巨核球は血小板産生能を有することから、分化した細胞の産生物は血小板であり得る。分化した細胞の産生物としては、成熟巨核球により産生される血小板のほかに、肝細胞により産生される胆汁などが挙げられる。
【0028】
上記のようにして導入された未分化の細胞を臓器または生体組織と共に灌流培養することにより、未分化の細胞を分化させ、分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を得る。
灌流培養は、特に限定されず、当業者に公知の方法を用いて行うことができる。
灌流培養液の種類は、特に限定されないが、RPMI培地(Roswell Park Memorial Institute medium)、MEM培地(Minimum Essential Media)、DMEM培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium)、Ham's F-12培地などが挙げられる。灌流培養液には、例えば細胞の生命維持などに必要な添加物、例えば赤血球、血漿、血清、アミノ酸などが含まれていてもよい。灌流培養液の流速は、臓器等の灌流において一般的に用いられる流速であれば特に限定されない。例えば0.01 mL/min以上100 mL/min以下、好ましくは0.1 mL/min以上20mL/min以下であり得る。灌流時の温度は、特に限定されない。例えば4℃以上40℃以下、好ましくは20℃以上38℃以下、より好ましくは35℃以上37℃以下であり得る。灌流培養時間は、特に限定されない。例えば0.01時間以上100時間以下、好ましくは0.1時間以上10時間以下、より好ましくは0.1時間以上3時間以下であり得る。なお、ここでの灌流培養時間とは、未分化の細胞の導入後に行われる灌流培養にかける時間の総和をいう。
【0029】
なお、灌流培養液は、未分化の細胞を導入する前の臓器または生体組織の灌流において用いる灌流液と同一であってもよく、この場合、灌流培養液の流速および温度などは、未分化の細胞を導入する前の臓器または生体組織の灌流において用いる灌流液と同一であってもよい。
また、灌流培養において、送液は停止されていてもよい。この場合、灌流培養時間とは、未分化の細胞の導入後に行われる灌流培養にかける時間および送液を停止する時間の総和をいう。送液の停止時間は、灌流培養により分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を得ることを妨げなければ特に限定されない。好ましくは、未分化の細胞を臓器または生体組織に導入したときから0.01時間以上100時間以下、より好ましくは0.1時間以上10時間以下、更に好ましくは0.1時間以上3時間以下であり得る。送液を停止するタイミングは、特に限定されないが、例えば、未分化の細胞を臓器または生体組織に導入したときと同時であってもよいし、未分化の細胞を臓器または生体組織に導入したときから0.01秒以上1000秒以下、好ましくは0.1秒以上100秒以下の時間が経過した後、より好ましくは60秒後、更に好ましくは30秒後、一層好ましくは10秒後であってもよい。
【0030】
次に、灌流培養液を回収する。灌流培養液を回収する方法としては、特に限定されず、当業者に公知の方法を用いることができる。このような方法としては、例えば、臓器または生体組織に繋がれたチューブから灌流培養液を容器、例えば試験管などに流し込むことなどが挙げられる。
本実施形態では、図1に示す灌流培養システムにおいて、ブタ脾臓101と廃液ポンプ301とをつなぐ三方活栓702に繋がれたチューブ505の端にある回収口bから灌流培養液が採取され得る。
【0031】
さらに、回収された灌流培養液に含まれる分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得する。分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得する方法としては、特に限定されず、当業者に公知の方法を適宜選択して用いることができる。このような方法としては、例えば、遠心分離、濾過およびクロマトグラフィーなどが挙げられる。
例えば、分化した細胞として成熟巨核球を回収する場合、適切な条件下で遠心分離することなどによって成熟巨核球を回収することができる。分化した細胞が成熟巨核球である場合、その産生物である血小板を回収してもよい。この場合、血小板は、適切な条件下で遠心分離することなどによって回収することができる。
【0032】
なお、上記の導入工程の前に、臓器の保存状態を判定することで導入工程への移行の可否を決定する工程(決定工程)を更に行ってもよい。臓器の鮮度が低下すると、臓器の分化誘導能も低下する傾向がある。したがって、臓器の保存状態(鮮度)を判定することは、その臓器が所望の分化誘導能を維持しているか否か、すなわちその臓器を用いて十分な量の所望の分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を取得することができるか否かを示す指標となり得る。臓器の保存状態が良好であると判定された場合は、導入工程へと進み、臓器の保存状態が良好ではないと判定された場合は、導入工程以降の工程を行わないことを決定することができる。臓器の保存状態が良好でないと判定された場合であっても、その臓器を用いて導入工程以降の工程を行うことは可能である。しかしながら、この場合、十分な量の所望の分化した細胞および/または分化した細胞の産生物を得ることができないことがある。この場合、保存状態が良好でないと判定された臓器を新鮮な臓器に置き換えることが好ましい。
【0033】
決定工程は、例えば、臓器の鮮度を反映する少なくとも1つのマーカーの活性および/または濃度などを測定し、得られた測定値および/または当該測定値に基づいて得られた値(例えば比の値など)を基準値と比較することなどによって行うことができる。このようなマーカーとしては、当業者に公知の細胞死マーカー、例えば乳酸脱水素酵素(LDH)の量、濃度、活性値、比活性値、乳酸の量、濃度、灌流圧、酸化還元電位および溶存酸素の量などが挙げられる。灌流圧を指標とする場合、臓器に導入する際の灌流液の水圧と、臓器から導出する際の灌流液の水圧との変化量(例えば、差、比の値)などを用いることができる。酸化還元電位を指標とする場合、臓器に導入する際の灌流液の酸化還元電位と、臓器から導出する際の灌流液の酸化還元電位との変化量(例えば、差、比の値)などを用いることができる。LDHが細胞死マーカーとして用いられることは、例えばCell Biochemistry and Function (1984) No. 2, Vol.3, p.144-148に記載されている。乳酸が細胞死マーカーとして用いられることは、例えばThe American Journal of Surgery (1996) No.171, Vol.2, 221-226に記載されている。灌流圧が細胞死マーカーとして用いられることは、例えば特開2013−75888に記載されている。溶存酸素が細胞死マーカーとして用いられることは、例えばEuropean Journal of Applied Microbiology and Biotechnology (1981) No.12, p.193-197に記載されている。また、上記の基準値は、判定対象となる臓器の摘出当日における上記のマーカーの活性および/または濃度などの測定値そのものであってもよいし、複数の臓器について摘出当日に測定された上記のマーカーの活性および/または濃度などの値に基づいて得られた値、例えば平均値、比の値などであってもよい。
【0034】
本実施形態において、乳酸脱水素酵素活性値を用いる場合、例えば以下の様にして決定工程を実行することができる。まず、摘出当日の臓器を本実施形態の灌流培養システムに設定し、摘出当日の灌流液の乳酸脱水素酵素活性を測定する。測定された値を活性値Aとする。次に、未分化細胞を導入し灌流培養を行う前(例えば、摘出から数日後)に灌流液の乳酸脱水素酵素活性を測定する。測定された値を活性値Bとする。活性値Aと活性値Bは何れも未分化細胞導入前に測定することが好ましい。決定工程は、活性値Aと活性値Bの変化量(例えば、活性値A−活性値B、活性値B/活性値Aなど)に基づいて、臓器の保存状態を判定することによって行われ得る。上記の比の値(B/A)が好ましくは0.5以上1以下、より好ましくは0.6以上1以下、更に好ましくは0.7以上1以下、一層好ましくは0.8以上1以下である場合、臓器の保存状態は良好であると判定され得る。この場合、次の導入工程に移行することができると決定され得る。一方、上記の比の値(B/A)が0.5を下回る場合、臓器の保存状態は良好でないと判定され得る。この場合、当該臓器では次の導入工程に移行することができない、あるいは導入工程に移行することが好ましくないと決定され得る。上記の比の値は、同一の臓器について摘出当日に測定された乳酸脱水素酵素活性と使用直前に測定された乳酸脱水素酵素活性との比の値であり得る。乳酸脱水素酵素活性は、当業者に公知の方法によって測定することができる。本実施形態において、乳酸脱水素酵素活性の測定は、490 nmの吸光を測定することによって行われ得る。
【実施例】
【0035】
以下、実施例によって本発明の具体例を示すが、以下の実施例は本発明の例示にすぎず、本発明は以下の実施例のみに限定されない。
【0036】
参考例1:ブタ脾臓の灌流培養システム
まず、本発明者らは、下記の実施例で用いる灌流培養システムを構築した。図1に示すように、この灌流培養システムは、灌流対象となる臓器または生体組織を備えた灌流部100、灌流培養液を灌流部100に導入するための送液部200、灌流部100から排出された灌流培養液を回収するための回収部300、灌流部100を撮影するための撮像部400、各構成要素を繋ぐチューブ501〜506、灌流培養を行うためのインキュベータ600および各チューブを繋ぐ三方活栓701および702から構成されている。
【0037】
a) 灌流部100
臓器または生体組織101として、ここでは、ブタ脾臓を用いた。まず、ケタラールで麻酔したブタ(LWD系、30 kg程度)から脾臓を摘出し、短胃動静脈を結紮した後、チューブ503(アトム多用途チューブ、アトムメディカル株式会社製、外径2.0 mm)を用いて動脈を、チューブ504(サフィード延長チューブ、テルモ株式会社製)を用いて静脈をカニュレーションした。その後、カニュレーションしたブタ脾臓101に、シリンジ(50 mL用、テルモ株式会社製)を用いて、動脈にカニュレーションしたチューブから20 mL/min程度の速度で、ヘパリン1 mLを添加した500 mLの生理食塩水のうち50mLを脾臓内に導入し、静脈にカニュレーションしたチューブから導入したヘパリン入り生理食塩水が出てくることを確認した。続けて、ヘパリン入り生理食塩水50 mLを再度循環させた後、使用時まで4℃にて保冷保管した。
ブタ脾臓を使用する際には、生理食塩水103が入った開放系の容器102にガーゼを用いてブタ脾臓101を固定し、これを37℃で保持されたインキュベータ600(日立製作所製、NRB-32A)に配置して灌流部100を構築した。灌流液はブタ脾臓101の動脈にカニュレーションされたチューブ503から導入し、静脈にカニュレーションされたチューブ504から排出した。
【0038】
b) 送液部200
送液部200は、主に、チューブ501(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)に繋がった灌流液ボトル201(5 L、アズワン株式会社2002-5000SD)と、チューブ501を取り付けた送液用ポンプ202(ヤマト科学、マスターフレックス送液ポンプ07528-10)とから構成されている。送液用ポンプ202は、チューブ501および503を介してブタ脾臓101と繋げた。チューブ501とチューブ503との間には三方活栓701(テルモ社製、タイプR型、コック仕様360°、TS−TR2K)を設けた。三方活栓701を設けることにより、それに繋いだチューブ502(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)を介して未分化の細胞を灌流液に混入させることが可能となる。灌流液ボトル201には、灌流培養液(RPMI培地;Roswell Park Memorial Institute medium)を入れた。この灌流培養液は、RPMI-1640 medium Hepes modification (Sigma社製、R5886)に10%(終濃度) FBS(Hyclone社製)、50倍希釈Antibiotic-Antimycotic (Gibco社製、15240-062)、2mM(終濃度) L-Glutamin (Sigma社製、G7513)を加え、調整した溶液である。灌流培養液は、送液用ポンプ202により10 mL/minで灌流液ボトル201から送液し、チューブ501および503を介してブタ脾臓101に導入した。
【0039】
c) 回収部300
回収部300は、三方活栓702(テルモ社製、タイプR型、コック仕様360°、TS−TR2K)に繋がれたチューブ504、チューブ505(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)およびチューブ506(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)と、チューブ506を介して三方活栓702と繋がった廃液ボトル301(Thermo Scientific社、2250-0020)から主に構成されている。ブタ脾臓101から排出された灌流培養液は、チューブ504を介して三方活栓702に入り、チューブ506を介して廃棄ボトル301に流入させた。三方活栓702を切り替えることにより、それに繋がったチューブ505を介して、回収口bから灌流培養液を回収することができる。
【0040】
d) 撮像部400
撮像部400として、ここでは、灌流対象となる臓器または生体組織101(ここでは、ブタ脾臓)の状態を撮影するためのビデオカメラ(Canon社製、ivis)を用いた。これを用いることにより、灌流部100を撮影することができる。
【0041】
実施例1:ヒト骨髄由来MSCの分化
参考例1で作製した灌流培養システムを用いてヒト骨髄由来Mesenchymal stem cell(以下「MSC」ともいう。Promo cell社Lot#:1080202.3)をブタ脾臓101に導入することで、分化細胞が得られるか否かを検証した。
まず、MSCBM Bullet kit(Lonza社製)を用いてMSCを37℃で24日培養した。また、RPMI-1640 medium Hepes modification (Sigma社製、R5886)に10%(終濃度) FBS(Hyclone社製)、50倍希釈Antibiotic-Antimycotic(Gibco社製、15240-062)、2mM(終濃度) L-Glutamin (Sigma社製、G7513)を加え、灌流液を調製した。
得られた灌流液を10 ml/minでブタ脾臓101に灌流させ、MSCを導入する30秒前にブタ脾臓101から排出される灌流液を回収口bから10 ml回収し(画分NCとする)、三方活栓701を切り替えることにより灌流液の送液を一時停止し、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を入れた後、シリンジを用いて、未分化細胞導入口aから2 mlのMSC(3 x 106cells/ml)を注入した。このとき、チューブ503内において、灌流液とMSC溶液との間には、送液停止後MSC溶液注入前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。MSC注入後、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を再び入れた。灌流液の流速を10ml/minに調整した後、三方活栓701を切り替え、灌流液の送液を再開した。このとき、チューブ503内において、MSC溶液と送液ポンプ側の灌流液との間には、MSC溶液注入後送液再開前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。すなわち、チューブ503内において、MSC溶液が、ブタ脾臓101側の空気の層と、送液ポンプ側の空気の層との間に存在する状態とした。送液再開後、MSC溶液と送液ポンプ側の空気の層との境界と、チューブ503と動脈との境界とが一致することが目視によって確認できるまで送液を続けることにより、ブタ脾臓101にMSCを導入した。MSCの導入を確認した後、再び送液を停止し、その状態で3時間静置した。その後、10ml/minの流速で灌流培養を再開し、ブタ脾臓101から排出される灌流培養液を10 mlずつ6画分回収した。
臓器に導入する前のMSCを、灌流液を用いてインビトロで37℃、5%二酸化炭素存在化で3時間培養することにより得られた細胞(以下、インビトロ培養細胞ともいう)、並びに、回収された6画分および画分NCに含まれる細胞を、それぞれPBSでウォッシュしペレット化した。RNeasy mini kit (QIAGEN社)を用いてペレット30 mgからRNAを回収し、High Capacity cDNA synthesis kit (ABI社)を用いて逆転写を行い、cDNAを作製した。
MSCの分化マーカー(骨芽細胞分化マーカーRunx2、軟骨細胞分化マーカーSOX9および脂肪細胞分化マーカーPPARγ)につき、ABI7500装置(ABI社)を用いて、上記で作製したcDNAおよびTaqman Gene Expression Assays(ABI社の型番:Hs00231692_m1、Hs01001343_g1、Hs01115513_m1)を用いるreal-time PCR測定を行った。また、サンプル間のmRNA量の補正のため、配列番号1および2で表されるプライマー、および、5'末端をフルオレセイン(FAM)および3'末端をテトラメチルローダミン(TAMRA)で蛍光標識したTaqman probe (ABI社;配列番号3)を用いたこと以外は同様にして、内在性コントロール遺伝子であるβ-actinのreal-time PCR測定を行った。
【0042】
結果を図2に示す。図2は、画分NCをバックグラウンド値としてRunx2発現量を補正し、補正後のRunx2発現量を内在性コントロール遺伝子であるβ-actin発現量でノーマライゼーションした結果を示す。図2から明らかなように、回収した6画分に含まれる細胞におけるRunx2骨芽細胞分化マーカーの発現量が、インビトロ培養細胞における発現量と比較して大きく増加していた。なお、Runx2と同様にしてSOX9およびPPARγ発現量の測定を試みたが、SOX9軟骨細胞分化マーカー及びPPARγ脂肪細胞分化マーカーの発現は検出できなかった。この結果から、MSCの骨芽細胞分化が誘導されていることが示された。
【0043】
実施例2:巨核球誘導K562細胞の分化及び血小板産生
参考例1に記載されたとおりにして作製した灌流培養システムを用いて巨核球誘導K562細胞をブタ脾臓101に導入することで、巨核球誘導K562細胞の分化及び血小板が産生されるか否かを検証した。
まずK562細胞(ヒト慢性骨髄性白血病細胞株;ATCC,CCL-243)をRPMI-1640 (Sigma社製、R8758)に10%(終濃度) FBS(胎児ウシ血清、Hyclone社製)、100倍希釈Antibiotic-Antimycotic(Gibco社製、15240-062)、5μM(終濃度)SB202190(Sigma社製、S7067)、10ng/μl(終濃度)PMA(ホルボール12-ミリステート13-アセテート、Sigma社製、P1585)を加えた培養液で3日間培養し、巨核球系分化を起こした。本細胞を巨核球誘導K562細胞とする。巨核球誘導K562細胞はブタ脾臓の導入前にCFSE(同仁科学341−06443)で染色を行った。
灌流液を10 ml/minでブタ脾臓101に灌流させ、巨核球誘導K562細胞を導入する30秒前にブタ脾臓101から排出される灌流液を回収口bから10 ml回収し(画分NCとする)、三方活栓701を切り替えることにより灌流液の送液を一時停止し、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を入れた後、シリンジを用いて、未分化細胞導入口aから10mlの巨核球誘導K562細胞(2 x 106 cells/ml)を注入した。このとき、チューブ503内において、灌流液と巨核球誘導K562細胞溶液との間には、送液停止後巨核球誘導K562細胞溶液注入前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。巨核球誘導K562細胞注入後、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を再び入れた。灌流液の流速を10ml/minに調整した後、三方活栓701を切り替え、灌流液の送液を再開した。このとき、チューブ503内において、巨核球誘導K562細胞溶液と送液ポンプ側の灌流液との間には、巨核球誘導K562細胞溶液注入後送液再開前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。すなわち、チューブ503内において、巨核球誘導K562細胞溶液が、ブタ脾臓101側の空気の層と、送液ポンプ側の空気の層との間に存在する状態とした。送液再開後、巨核球誘導K562細胞溶液と送液ポンプ側の空気の層との境界と、チューブ503と動脈との境界とが一致することが目視によって確認できるまで送液を続けることにより、ブタ脾臓101に巨核球誘導K562細胞を導入した。巨核球誘導K562細胞の導入を確認した後、再び送液を停止し、その状態で15時間静置した。その後、10ml/minの流速で灌流培養を再開し、ブタ脾臓101から排出される灌流培養液を30mlずつ3画分回収した。灌流培養液を回収後、ブタ脾臓を回収し切片を作成した。
回収した灌流培養液のうち10mlを200gで5分遠心し、上清を回収することでPRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)を回収した。PBS10mlで洗浄し、PBS/1%BSA溶液1mlに懸濁してFACS Calibur(ベクトン・ディッキンソン社製)で血小板サイズ画分におけるCFSEの蛍光シグナルを測定した。
【0044】
結果を図3に示す。図3から明らかなように巨核球誘導K562細胞を導入した場合には、回収した灌流培養液から血小板サイズ画分にCFSEの蛍光シグナルが検出された。また細胞系譜上で血小板を産生することの無いヒト急性T細胞性白血病細胞由来細胞株であるJurkat細胞(ATCC,TIB-152)を導入した場合には、回収した灌流培養液から血小板サイズ画分にCFSEの蛍光シグナルは巨核球誘導K562細胞を導入した場合と比較して有意に少なかった。なお同様にして画分NCを測定した場合は、蛍光シグナルは全く検出されなかった。
【0045】
作成した切片を蛍光顕微鏡(KEYENCE社製BZ-9000)にて蛍光観察を実施した。結果を図4に示す。図4の矢印で示されるように、導入した巨核球誘導K562細胞からは血小板が放出されている様子が確認された。
【0046】
回収した灌流培養液のうち10mlを200gで5分遠心し、上清を回収することでPRPを回収した。PBSで10ml洗浄し、グルタルアルデヒド(GA)固定液1mlに懸濁して透過型電子顕微鏡(日立製H-7500)にて観察した。結果を図5に示す。図5に示されるように、血小板に特異的な内部構造(顆粒や開放小管系)が確認され、回収された粒子が血小板であることがわかった。
【0047】
実施例3:灌流液中の乳酸脱水素酵素活性値とブタ臓器の分化能の関係
参考例1に記載されるとおりにして作製した臓器灌流培養システムを用いて、摘出から細胞導入までの時間の異なるブタ脾臓に対し、灌流液中の乳酸脱水素酵素活性と分化誘導産物量を測定した。
摘出当日、1日後、3日後のブタ脾臓を図1の臓器灌流培養システムに設置した。生理食塩水を10mL/minで3時間灌流させ、その後、灌流液を10mL/minで1時間灌流した。CSFEで蛍光染色した巨核球を導入する30秒前にブタ脾臓101から排出される灌流液を回収口bから10 mL回収した。三方活栓701を切り替えることにより灌流液の送液を一時停止し、シリンジを用いて、未分化細胞導入口aからCSFEで蛍光染色した巨核球(3×106cells)溶液を注入した。その状態で、約12時間静置し、その後、10mL/minの流速で灌流を再開し、ブタ脾臓101から排出される灌流培養液を10 mLずつ6画分回収した。
巨核球導入前に回収した灌流液は、真空濃縮遠心機(Spin Dryer mini VC-155, TITEC)で粉末化し、PBSを加えて20倍濃縮した。濃縮後の溶液にLDH Cytotoxicity Detection Kit(TAKARA)の反応液を添加し、吸光光度計(VERSAmix、Molecular Devices)で490nmの吸収を測定することで、LDHの活性を求めた。
また、静置後に回収した回収液は、PBS/1%BSAに置換後、FACS Verse(BD)を用いて解析し、血小板と同じサイズの画分でCSFEの染色を示す画分を血小板様体としてカウントした。
【0048】
図6に、摘出当日、1日後、3日後のブタ脾臓における巨核球導入前の灌流液中の乳酸脱水素活性および血小板様体の割合を、摘出当日を1として示している。乳酸脱水素酵素の活性依存的に血小板様体数が変化していることが確認できた。乳酸脱水素酵素活性がブタ脾臓の分化誘導能を示す指標として有効であることが示された。
【符号の説明】
【0049】
100.灌流部
101.臓器または生体組織
102.容器
103.生理食塩水
200.送液部
201.灌流液ボトル
202.送液用ポンプ
300.回収部
301.廃液ボトル
400.撮像部
501〜506.チューブ
600.インキュベータ
701および702.三方活栓
a.未分化細胞導入口
b.灌流液回収口
矢印.灌流液の流れ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]