【実施例】
【0035】
以下、実施例によって本発明の具体例を示すが、以下の実施例は本発明の例示にすぎず、本発明は以下の実施例のみに限定されない。
【0036】
参考例1:ブタ脾臓の灌流培養システム
まず、本発明者らは、下記の実施例で用いる灌流培養システムを構築した。
図1に示すように、この灌流培養システムは、灌流対象となる臓器または生体組織を備えた灌流部100、灌流培養液を灌流部100に導入するための送液部200、灌流部100から排出された灌流培養液を回収するための回収部300、灌流部100を撮影するための撮像部400、各構成要素を繋ぐチューブ501〜506、灌流培養を行うためのインキュベータ600および各チューブを繋ぐ三方活栓701および702から構成されている。
【0037】
a) 灌流部100
臓器または生体組織101として、ここでは、ブタ脾臓を用いた。まず、ケタラールで麻酔したブタ(LWD系、30 kg程度)から脾臓を摘出し、短胃動静脈を結紮した後、チューブ503(アトム多用途チューブ、アトムメディカル株式会社製、外径2.0 mm)を用いて動脈を、チューブ504(サフィード延長チューブ、テルモ株式会社製)を用いて静脈をカニュレーションした。その後、カニュレーションしたブタ脾臓101に、シリンジ(50 mL用、テルモ株式会社製)を用いて、動脈にカニュレーションしたチューブから20 mL/min程度の速度で、ヘパリン1 mLを添加した500 mLの生理食塩水のうち50mLを脾臓内に導入し、静脈にカニュレーションしたチューブから導入したヘパリン入り生理食塩水が出てくることを確認した。続けて、ヘパリン入り生理食塩水50 mLを再度循環させた後、使用時まで4℃にて保冷保管した。
ブタ脾臓を使用する際には、生理食塩水103が入った開放系の容器102にガーゼを用いてブタ脾臓101を固定し、これを37℃で保持されたインキュベータ600(日立製作所製、NRB-32A)に配置して灌流部100を構築した。灌流液はブタ脾臓101の動脈にカニュレーションされたチューブ503から導入し、静脈にカニュレーションされたチューブ504から排出した。
【0038】
b) 送液部200
送液部200は、主に、チューブ501(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)に繋がった灌流液ボトル201(5 L、アズワン株式会社2002-5000SD)と、チューブ501を取り付けた送液用ポンプ202(ヤマト科学、マスターフレックス送液ポンプ07528-10)とから構成されている。送液用ポンプ202は、チューブ501および503を介してブタ脾臓101と繋げた。チューブ501とチューブ503との間には三方活栓701(テルモ社製、タイプR型、コック仕様360°、TS−TR2K)を設けた。三方活栓701を設けることにより、それに繋いだチューブ502(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)を介して未分化の細胞を灌流液に混入させることが可能となる。灌流液ボトル201には、灌流培養液(RPMI培地;Roswell Park Memorial Institute medium)を入れた。この灌流培養液は、RPMI-1640 medium Hepes modification (Sigma社製、R5886)に10%(終濃度) FBS(Hyclone社製)、50倍希釈Antibiotic-Antimycotic (Gibco社製、15240-062)、2mM(終濃度) L-Glutamin (Sigma社製、G7513)を加え、調整した溶液である。灌流培養液は、送液用ポンプ202により10 mL/minで灌流液ボトル201から送液し、チューブ501および503を介してブタ脾臓101に導入した。
【0039】
c) 回収部300
回収部300は、三方活栓702(テルモ社製、タイプR型、コック仕様360°、TS−TR2K)に繋がれたチューブ504、チューブ505(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)およびチューブ506(C-フレックス ポンプチューブ ヤマト科学社製、製品番号6424-25)と、チューブ506を介して三方活栓702と繋がった廃液ボトル301(Thermo Scientific社、2250-0020)から主に構成されている。ブタ脾臓101から排出された灌流培養液は、チューブ504を介して三方活栓702に入り、チューブ506を介して廃棄ボトル301に流入させた。三方活栓702を切り替えることにより、それに繋がったチューブ505を介して、回収口bから灌流培養液を回収することができる。
【0040】
d) 撮像部400
撮像部400として、ここでは、灌流対象となる臓器または生体組織101(ここでは、ブタ脾臓)の状態を撮影するためのビデオカメラ(Canon社製、ivis)を用いた。これを用いることにより、灌流部100を撮影することができる。
【0041】
実施例1:ヒト骨髄由来MSCの分化
参考例1で作製した灌流培養システムを用いてヒト骨髄由来Mesenchymal stem cell(以下「MSC」ともいう。Promo cell社Lot#:1080202.3)をブタ脾臓101に導入することで、分化細胞が得られるか否かを検証した。
まず、MSCBM Bullet kit(Lonza社製)を用いてMSCを37℃で24日培養した。また、RPMI-1640 medium Hepes modification (Sigma社製、R5886)に10%(終濃度) FBS(Hyclone社製)、50倍希釈Antibiotic-Antimycotic(Gibco社製、15240-062)、2mM(終濃度) L-Glutamin (Sigma社製、G7513)を加え、灌流液を調製した。
得られた灌流液を10 ml/minでブタ脾臓101に灌流させ、MSCを導入する30秒前にブタ脾臓101から排出される灌流液を回収口bから10 ml回収し(画分NCとする)、三方活栓701を切り替えることにより灌流液の送液を一時停止し、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を入れた後、シリンジを用いて、未分化細胞導入口aから2 mlのMSC(3 x 10
6cells/ml)を注入した。このとき、チューブ503内において、灌流液とMSC溶液との間には、送液停止後MSC溶液注入前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。MSC注入後、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を再び入れた。灌流液の流速を10ml/minに調整した後、三方活栓701を切り替え、灌流液の送液を再開した。このとき、チューブ503内において、MSC溶液と送液ポンプ側の灌流液との間には、MSC溶液注入後送液再開前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。すなわち、チューブ503内において、MSC溶液が、ブタ脾臓101側の空気の層と、送液ポンプ側の空気の層との間に存在する状態とした。送液再開後、MSC溶液と送液ポンプ側の空気の層との境界と、チューブ503と動脈との境界とが一致することが目視によって確認できるまで送液を続けることにより、ブタ脾臓101にMSCを導入した。MSCの導入を確認した後、再び送液を停止し、その状態で3時間静置した。その後、10ml/minの流速で灌流培養を再開し、ブタ脾臓101から排出される灌流培養液を10 mlずつ6画分回収した。
臓器に導入する前のMSCを、灌流液を用いてインビトロで37℃、5%二酸化炭素存在化で3時間培養することにより得られた細胞(以下、インビトロ培養細胞ともいう)、並びに、回収された6画分および画分NCに含まれる細胞を、それぞれPBSでウォッシュしペレット化した。RNeasy mini kit (QIAGEN社)を用いてペレット30 mgからRNAを回収し、High Capacity cDNA synthesis kit (ABI社)を用いて逆転写を行い、cDNAを作製した。
MSCの分化マーカー(骨芽細胞分化マーカーRunx2、軟骨細胞分化マーカーSOX9および脂肪細胞分化マーカーPPARγ)につき、ABI7500装置(ABI社)を用いて、上記で作製したcDNAおよびTaqman Gene Expression Assays(ABI社の型番:Hs00231692_m1、Hs01001343_g1、Hs01115513_m1)を用いるreal-time PCR測定を行った。また、サンプル間のmRNA量の補正のため、配列番号1および2で表されるプライマー、および、5'末端をフルオレセイン(FAM)および3'末端をテトラメチルローダミン(TAMRA)で蛍光標識したTaqman probe (ABI社;配列番号3)を用いたこと以外は同様にして、内在性コントロール遺伝子であるβ-actinのreal-time PCR測定を行った。
【0042】
結果を
図2に示す。
図2は、画分NCをバックグラウンド値としてRunx2発現量を補正し、補正後のRunx2発現量を内在性コントロール遺伝子であるβ-actin発現量でノーマライゼーションした結果を示す。
図2から明らかなように、回収した6画分に含まれる細胞におけるRunx2骨芽細胞分化マーカーの発現量が、インビトロ培養細胞における発現量と比較して大きく増加していた。なお、Runx2と同様にしてSOX9およびPPARγ発現量の測定を試みたが、SOX9軟骨細胞分化マーカー及びPPARγ脂肪細胞分化マーカーの発現は検出できなかった。この結果から、MSCの骨芽細胞分化が誘導されていることが示された。
【0043】
実施例2:巨核球誘導K562細胞の分化及び血小板産生
参考例1に記載されたとおりにして作製した灌流培養システムを用いて巨核球誘導K562細胞をブタ脾臓101に導入することで、巨核球誘導K562細胞の分化及び血小板が産生されるか否かを検証した。
まずK562細胞(ヒト慢性骨髄性白血病細胞株;ATCC,CCL-243)をRPMI-1640 (Sigma社製、R8758)に10%(終濃度) FBS(胎児ウシ血清、Hyclone社製)、100倍希釈Antibiotic-Antimycotic(Gibco社製、15240-062)、5μM(終濃度)SB202190(Sigma社製、S7067)、10ng/μl(終濃度)PMA(ホルボール12-ミリステート13-アセテート、Sigma社製、P1585)を加えた培養液で3日間培養し、巨核球系分化を起こした。本細胞を巨核球誘導K562細胞とする。巨核球誘導K562細胞はブタ脾臓の導入前にCFSE(同仁科学341−06443)で染色を行った。
灌流液を10 ml/minでブタ脾臓101に灌流させ、巨核球誘導K562細胞を導入する30秒前にブタ脾臓101から排出される灌流液を回収口bから10 ml回収し(画分NCとする)、三方活栓701を切り替えることにより灌流液の送液を一時停止し、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を入れた後、シリンジを用いて、未分化細胞導入口aから10mlの巨核球誘導K562細胞(2 x 10
6 cells/ml)を注入した。このとき、チューブ503内において、灌流液と巨核球誘導K562細胞溶液との間には、送液停止後巨核球誘導K562細胞溶液注入前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。巨核球誘導K562細胞注入後、シリンジを用いて空気を注入することにより三方活栓701の未分化細胞導入口aからチューブ503内に空気を再び入れた。灌流液の流速を10ml/minに調整した後、三方活栓701を切り替え、灌流液の送液を再開した。このとき、チューブ503内において、巨核球誘導K562細胞溶液と送液ポンプ側の灌流液との間には、巨核球誘導K562細胞溶液注入後送液再開前にチューブ503内に入った空気の層が形成されていた。すなわち、チューブ503内において、巨核球誘導K562細胞溶液が、ブタ脾臓101側の空気の層と、送液ポンプ側の空気の層との間に存在する状態とした。送液再開後、巨核球誘導K562細胞溶液と送液ポンプ側の空気の層との境界と、チューブ503と動脈との境界とが一致することが目視によって確認できるまで送液を続けることにより、ブタ脾臓101に巨核球誘導K562細胞を導入した。巨核球誘導K562細胞の導入を確認した後、再び送液を停止し、その状態で15時間静置した。その後、10ml/minの流速で灌流培養を再開し、ブタ脾臓101から排出される灌流培養液を30mlずつ3画分回収した。灌流培養液を回収後、ブタ脾臓を回収し切片を作成した。
回収した灌流培養液のうち10mlを200gで5分遠心し、上清を回収することでPRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)を回収した。PBS10mlで洗浄し、PBS/1%BSA溶液1mlに懸濁してFACS Calibur(ベクトン・ディッキンソン社製)で血小板サイズ画分におけるCFSEの蛍光シグナルを測定した。
【0044】
結果を
図3に示す。
図3から明らかなように巨核球誘導K562細胞を導入した場合には、回収した灌流培養液から血小板サイズ画分にCFSEの蛍光シグナルが検出された。また細胞系譜上で血小板を産生することの無いヒト急性T細胞性白血病細胞由来細胞株であるJurkat細胞(ATCC,TIB-152)を導入した場合には、回収した灌流培養液から血小板サイズ画分にCFSEの蛍光シグナルは巨核球誘導K562細胞を導入した場合と比較して有意に少なかった。なお同様にして画分NCを測定した場合は、蛍光シグナルは全く検出されなかった。
【0045】
作成した切片を蛍光顕微鏡(KEYENCE社製BZ-9000)にて蛍光観察を実施した。結果を
図4に示す。
図4の矢印で示されるように、導入した巨核球誘導K562細胞からは血小板が放出されている様子が確認された。
【0046】
回収した灌流培養液のうち10mlを200gで5分遠心し、上清を回収することでPRPを回収した。PBSで10ml洗浄し、グルタルアルデヒド(GA)固定液1mlに懸濁して透過型電子顕微鏡(日立製H-7500)にて観察した。結果を
図5に示す。
図5に示されるように、血小板に特異的な内部構造(顆粒や開放小管系)が確認され、回収された粒子が血小板であることがわかった。
【0047】
実施例3:灌流液中の乳酸脱水素酵素活性値とブタ臓器の分化能の関係
参考例1に記載されるとおりにして作製した臓器灌流培養システムを用いて、摘出から細胞導入までの時間の異なるブタ脾臓に対し、灌流液中の乳酸脱水素酵素活性と分化誘導産物量を測定した。
摘出当日、1日後、3日後のブタ脾臓を
図1の臓器灌流培養システムに設置した。生理食塩水を10mL/minで3時間灌流させ、その後、灌流液を10mL/minで1時間灌流した。CSFEで蛍光染色した巨核球を導入する30秒前にブタ脾臓101から排出される灌流液を回収口bから10 mL回収した。三方活栓701を切り替えることにより灌流液の送液を一時停止し、シリンジを用いて、未分化細胞導入口aからCSFEで蛍光染色した巨核球(3×10
6cells)溶液を注入した。その状態で、約12時間静置し、その後、10mL/minの流速で灌流を再開し、ブタ脾臓101から排出される灌流培養液を10 mLずつ6画分回収した。
巨核球導入前に回収した灌流液は、真空濃縮遠心機(Spin Dryer mini VC-155, TITEC)で粉末化し、PBSを加えて20倍濃縮した。濃縮後の溶液にLDH Cytotoxicity Detection Kit(TAKARA)の反応液を添加し、吸光光度計(VERSAmix、Molecular Devices)で490nmの吸収を測定することで、LDHの活性を求めた。
また、静置後に回収した回収液は、PBS/1%BSAに置換後、FACS Verse(BD)を用いて解析し、血小板と同じサイズの画分でCSFEの染色を示す画分を血小板様体としてカウントした。
【0048】
図6に、摘出当日、1日後、3日後のブタ脾臓における巨核球導入前の灌流液中の乳酸脱水素活性および血小板様体の割合を、摘出当日を1として示している。乳酸脱水素酵素の活性依存的に血小板様体数が変化していることが確認できた。乳酸脱水素酵素活性がブタ脾臓の分化誘導能を示す指標として有効であることが示された。