特許第6581904号(P6581904)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6581904リグノセルロース材料の生化学的変換プロセスからの液体残渣を使用する酵素カクテルの産生方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6581904
(24)【登録日】2019年9月6日
(45)【発行日】2019年9月25日
(54)【発明の名称】リグノセルロース材料の生化学的変換プロセスからの液体残渣を使用する酵素カクテルの産生方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/42 20060101AFI20190912BHJP
【FI】
   C12N9/42
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-516661(P2015-516661)
(86)(22)【出願日】2013年6月10日
(65)【公表番号】特表2015-519070(P2015-519070A)
(43)【公表日】2015年7月9日
(86)【国際出願番号】FR2013051340
(87)【国際公開番号】WO2013190214
(87)【国際公開日】20131227
【審査請求日】2016年6月1日
【審判番号】不服2018-7652(P2018-7652/J1)
【審判請求日】2018年6月5日
(31)【優先権主張番号】12/01730
(32)【優先日】2012年6月18日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】591007826
【氏名又は名称】イエフペ エネルジ ヌヴェル
【氏名又は名称原語表記】IFP ENERGIES NOUVELLES
(74)【代理人】
【識別番号】100106091
【弁理士】
【氏名又は名称】松村 直都
(74)【代理人】
【識別番号】100079038
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 彰
(74)【代理人】
【識別番号】100060874
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 瑛之助
(72)【発明者】
【氏名】ベン シャーバン ファデル
(72)【発明者】
【氏名】ルーレ シルヴァン
【合議体】
【審判長】 長井 啓子
【審判官】 中島 庸子
【審判官】 高堀 栄二
(56)【参考文献】
【文献】 J.Ind.Microbiol.,2011年,Vol.38,pp.791−802
【文献】 Biotechnol.Adv.,1984年,Vol.2,No.2,pp.161−181
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C12N 9/00-9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CiNii
CAPLUS/BIOSIS/MEDLINE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース分解性微生物を用いた酵素カクテルの産生方法であって、
次の2つの段階、
・ 炭素性増殖溶液の存在下、閉鎖リアクタ内での、前記微生物の増殖段階a)、
・ 炭素性基質の濃度が250〜400g/Lの範囲である炭素性産生溶液を供給して行われる前記酵素カクテルの産生段階であって、前記炭素性産生溶液が炭素性インデューサ基質を含む段階b)、
を含む方法において、
前記炭素性インデューサ基質が、リグノセルロース材料の前処理の工程から得られる液体残渣のみからなり、前記液体残渣は、C糖オリゴマーと、C及びC糖モノマーと、糖モノマー分解生成物とからなり、前記液体残渣は殺菌も除毒もpH調整をせずに用いられ、
前記液体残渣のC糖オリゴマーが前記液体残渣中に存在する糖全体の1〜50重量%を占め、且つ前記炭素性産生溶液中に存在する糖全体の0.3重量%〜10重量%の範囲を占め、前記セルロース分解性微生物はトリコデルマリーセイ種に属することを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記段階a)において使用される炭素性増殖溶液は、反応体積1リットル当たり10〜90gの範囲の炭素性基質の初期濃度を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記前処理工程は、予め前記リグノセルロース材料に硫酸水溶液を含浸させることを伴う、酸加水分解、酸蒸解、又は蒸気爆砕である、請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記液体残渣は、前記液体残渣の殺菌も除毒もpH調整もせずに用いられる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記段階b)において、前記インデューサ基質に他の非インデューサ炭素性基質が加えられる、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記他の非インデューサ炭素性基質は、グルコース、キシロース、及びサッカロースから、単独で又は混合物として選択される、請求項に記載の方法。
【請求項7】
前記炭素性産生溶液は、液体残渣と、グルコース、キシロース、及びサッカロースから、単独で又は混合物として選択される少なくとも1つの非インデューサ炭素性基質とからなり、前記液体残渣は、リグノセルロース材料の前処理工程から得られ、且つ殺菌も除毒もpH調整もせずに用いられ、前記液体残渣はC糖オリゴマーと、C及びC糖モノマーと、糖モノマー分解生成物とからなり、C糖オリゴマーは前記液体残渣中に存在する糖全体の1〜50重量%を占め、及び前記炭素性産生溶液中に存在する糖全体の少なくとも0.3重量%を占める、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
段階b)のために炭素性産生溶液を供給するための具体的な流量は、1時間当たり微生物1グラム当たり炭素性基質35〜65mgの範囲である、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース分解酵素及びヘミセルロース分解酵素の産生(production)に関し、特に、セルロース材料又はリグノセルロース材料からのエタノールの産生に関連した上記産生に関する。
【背景技術】
【0002】
1970年代以来、構成多糖類の発酵性糖への加水分解を経由した、リグノセルロース材料のエタノールへの転換が、膨大な研究の焦点となってきた。研究対象となり得る例としては、the National Renewable Energy Laboratoryによる参考文献(非特許文献1)がある。
【0003】
リグノセルロース材料は、セルロース材料(即ち90重量%超のセルロースから構成される)及び/又はリグノセルロース(即ちセルロースと、本質的にペントース及びヘキソースにより構成される多糖類であるヘミセルロースと、さらに、フェノール化合物を主体とした複雑な構造及び大きな分子量を有する巨大分子であるリグニンと、により構成される)である。
【0004】
木材、わら、トウモロコシの穂軸が最も広く使用されているリグノセルロース材料であるが、他の供給源、専用の森林の栽培、アルコール性糖(alcoholigenic sugar)及び穀類植物の残渣、製紙産業由来の生成物及び残渣、並びにリグノセロース材料の転換生成物を使用してもよい。それらは大抵、およそ35%〜50%のセルロース、20%〜30%のヘミセルロース、及び15%〜25%のリグニンによって構成される。
【0005】
リグノセルロース材料のエタノールへの生化学的変換プロセスは、物理化学的な前処理工程と、それに続く、酵素カクテルを使用した酵素的加水分解工程と、遊離した糖のエタノール発酵の工程(エタノール発酵と酵素的加水分解とは同時に行われてもよい)と、エタノールの精製工程とを含む。
【0006】
酵素カクテルは、セルロース分解酵素(セルラーゼとしても知られる)及び/又はヘミセルロース分解酵素の混合物である。セルロース分解酵素は、エンドグルカナーゼ、エキソグルカナーゼ、及びセロビアーゼの3つの主要なタイプの活性を有し、セロビアーゼはβグルコシダーゼとしても知られる。ヘミセルロース分解酵素は特に、キシラナーゼ活性を有する。
【0007】
酵素的加水分解は有効であり、温和な条件下で行われる。一方で、酵素のコストは未だに高く、リグノセルロース材料のエタノールへの転換のコストの20%〜50%を占めている。このため、このコストを削減するために以下のような膨大な研究、即ち、まず、高産生性の微生物を選択し、前記酵素の産生方法を改良することによる酵素産生の最適化について、そして次には、前処理工程を最適化し、これらの酵素の特異的活性を改良し、そして酵素的加水分解工程の実施を最適化することによる、加水分解における酵素量の削減について、研究が行われてきた。
【0008】
最近の10年間の間に、作用機構の理解及び酵素カクテルの発現を目的として膨大な研究が行われてきた。この狙いは、微生物を改変することによってリグノセルロース材料の加水分解に最も適したカクテルを排出させる(excrete)ことである。
【0009】
酵素カクテルの工業産生に最も広く利用されているセルロース分解性の微生物は真菌Trichoderma reesei.(トリコデルマリーセイ)である。インデューサ(inducer)炭素性基質、例えばセルロースの存在下で、野生株は、セルロースの加水分解に最も好適であると考えられる酵素カクテルの排出能を有する。リグノセルロース材料の加水分解に不可欠な性質を有する他のタンパク質、例えばキシラナーゼもまた、トリコデルマリーセイによって産生される。インデューサ基質の存在は、セルロース分解性及び/又はヘミセルロース分解性の酵素の発現にとって不可欠である。炭素性基質の性質は、酵素カクテルの組成に大きな影響を及ぼす。このことはキシロースの場合にも当てはまり、キシロースは、セルロース又はラクトースといった炭素性インデューサ基質と関連づけられた場合に、キシラーゼ活性と呼ばれる活性を著しく改善することができる。
【0010】
ラクトースは依然として、酵素カクテルの産生のための工業的方法において最も適切な基質のひとつである。しかしながら、そのコストは大幅にばらつき、酵素の価格のおよそ3分の1から3分の2を占めている。炭素性基質としてラクトースを使用する場合には、酵素カクテルの産生方法は炭素の外的供給源に依存する。このため、リグノセルロース材料の生化学的変換プロセスから得られる炭素性基質が使用できれば、大きな進歩となる。
【0011】
特許文献1には、前処理済みのリグノセルロース材料由来のモノマー形態のヘミセルロース・フラクションからの抽出物を、セルロース分解性微生物の増殖及び酵素の産生のための、非インデューサ炭素性基質として使用し得ることが開示されている。酵素の産生の場合には、セルラーゼを産生するためのインデューサ炭素性基質(ラクトース又はセルビオース)と混合する必要がある。
【0012】
特許文献2及び特許文献3には、セルラーゼの産生のため、並びに炭素の主要な供給源のために、インデューサ糖を含有する炭素性基質を使用する、トリコデルマリーセイからの酵素カクテルの産生について記載されている。この特許出願には、セルラーゼの産生を誘導するためには、3重量%のインデューサ糖で十分であることが記載されている。セルラーゼの産生量は、産生溶液中でキシロースを単独で使用する例と比較して4倍を超えて増加する。インデューサ糖としては、セルロースの加水分解により製造することが可能であるモノ、ジ、及びオリゴ糖(C糖)が記載されている。主な炭素供給源はヘミセルロースから、又は合成キシロースから得られる、モノ-、ジ、及びオリゴ糖を含む集合体である。
【0013】
特許文献4は、セルロース分解性及び/又はヘミセルロース分解性の酵素の産生方法を開示している。インデューサ基質は、グルコース又はセルロース加水分解産物と、ラクトースと、キシロース又はへミセルロース加水分解産物溶液との混合物であり、これらの3つのグループの構成成分を各々少なくとも10重量%有するものである。この文献では、インデューサ基質が上記に列挙した構成成分以外の他の糖を含まないことが示され、セルロース加水分解産物はセルロースの加水分解から得られたグルコースであり、ヘミセルロース加水分解産物はC糖の溶液である。
【0014】
特許文献5には、培地に溶解される酸素の圧力の変動を調整することに基づく、セルラーゼの産生方法について記載されている。この文献の開示によると、炭素性インデューサ基質は、ラクトース、キシロース、セルビオース、ソホース、単糖の発酵後に得られる残渣、及び/又は水溶性ペントース、即ち水溶性C糖の粗抽出物から選択される。
【0015】
非特許文献2は、セルロースの酸加水分解により生成されるオリゴ糖による誘導を教示しており、C糖オリゴマーにより構成される前記加水分解産物は、Ca(OH)の溶液によって塩基性となされた後、中和される。Cオリゴマー、特にセルビオースが果たすインデューサの役割もまた公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】欧州特許出願公開第1 690 944号明細書
【特許文献2】国際公開第09/026716号パンフレット
【特許文献3】国際公開第09/0061486号パンフレット
【特許文献4】仏国特許第2 962 444号明細書
【特許文献5】欧州特許出願公開第2 371 950号明細書
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Process Design and Economics for Biochemical Conversion of Lignocellulosic Biomass to Ethanol, Humbird et al., NREL/TP-5100-57764, May 2011)(リグノセルロースバイオマスのエタノールへの生化学的変換のためのプロセス設計及び経済)
【非特許文献2】Cellulase Production by Continuous Culture of Trichoderma reesei Rut C30 using acid hydrolysate prepared to retain more oligosaccharides for induction, Lo et al., Bioresource Technology 101 (2010) 717-723(誘導のためにより多くのオリゴ糖を残すように調製された酸加水分解産物を使用したトリコデルマリーセイRutC30の連続培養によるセルラーゼの産生)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的の1つは、容易に入手可能であり、リグノセルロース材料の加水分解のために適切な活性を有する酵素カクテルを産生できる、インデューサ炭素の新規な供給源を提案することである。特許文献1に比較して、本発明は、オリゴマーをも含有するヘミセルロース・フラクションの有利な使用について特許請求しており、このことは、インデューサ基質の添加をしなくて済むということを意味している。特許文献2と比較して、本発明は、加水分解すべきバイオマスの処理のために特に有効である酵素の混合物の発現に特に適した、非合成炭素の単一の供給源の使用を推奨している。本発明はまた、内部で副生成物をアップグレードすることを可能にする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、リグノセルロース材料の前処理からの液体残渣を酵素カクテルの産生を誘導するためのインデューサ炭素性基質として使用することを特徴とする、セルロース分解性微生物による酵素カクテルの産生方法に関する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の利点の1つは、リグノセルロース材料の変換のための生化学的プロセスに対する外部由来の炭素性基質の添加を削減又は省略できることである。他の利点は、酵素カクテルの産生のための前記生化学的変換プロセスからの液体残渣をアップグレードできることである。このようなアップグレードは、廃棄又は保存の前に再処理する必要のある流出物の生成量を削減できるということを意味する。
【0021】
インデューサオリゴマーを含有する液体残渣が酵素カクテルを産生するようにアップグレードされるので、前記カクテルのコストを削減できる。
【0022】
本発明の方法の更なる利点は、生化学的変換プロセスにおいて変換される前処理済みリグノセルロース材料の酵素的加水分解に特に好適な酵素カクテルを産生できることである。特に、得られる酵素のセルラーゼ活性に対してCオリゴマーが及ぼすプラスの効果が見出されている。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、セルロース分解性微生物を用いた酵素カクテルの産生方法であって、
次の2つの段階、
・ 炭素性増殖溶液の存在下、閉鎖リアクタ内での、前記微生物の増殖段階a)、
・ 炭素性基質の濃度が150〜400g/Lの範囲である炭素性産生溶液を供給して行われる前記酵素カクテルの産生段階であって、前記炭素性産生溶液が炭素性インデューサ基質を含む段階b)、
を含む方法において、
前記炭素性インデューサ基質が、リグノセルロース材料の前処理工程から得られる液体残渣であって、前記液体残渣は殺菌又はpH調整せずに用いられ、前記液体残渣のC糖オリゴマーが前記液体残渣中に存在する糖全体の少なくとも1重量%を占め、且つ前記炭素性産生溶液中に存在する糖全体の少なくとも0.3重量%を占めることを特徴とする、方法である。
【0024】
好ましくは、前記段階a)において使用される炭素性増殖溶液は、反応体積1リットル当たり10〜90gの範囲の炭素性基質の初期濃度を有する。
【0025】
好ましくは、前記前処理工程は、予め前記リグノセルロース材料に硫酸水溶液を含浸させることを伴う、酸加水分解、酸蒸解、又は蒸気爆砕(steam explosion)である。
【0026】
好ましくは、前記液体残渣は、前記液体残渣の殺菌もpH調整をせずに用いられる。より好ましくは、前記液体残渣は、前記液体残渣の殺菌も除毒もpH調整もせずに用いられる。
【0027】
好ましくは、C糖オリゴマーは、前記液体残渣中に存在する糖全体の1重量%〜50重量%の範囲を占める。
【0028】
好ましくは、前記インデューサ炭素性基質は、単独で、又は少なくとも1つの他の非インデューサ炭素性基質との混合物として用いられる。
【0029】
好ましくは、前記他の非インデューサ炭素性基質は、グルコース、キシロース、及びサッカロースから、単独で又は混合物として選択される。
【0030】
好ましくは、前記炭素性産生溶液は、液体残渣と、グルコース、キシロース、及びサッカロースから、単独で又は混合物として選択される少なくとも1つの非インデューサ炭素性基質とからなり、前記液体残渣は、リグノセルロース材料の前処理工程から得られ、且つ殺菌も除毒もpH調整もせずに用いられ、前記液体残渣は、C糖オリゴマーと、C及びC糖モノマーと、糖モノマー分解生成物とからなり、C糖オリゴマーは前記液体残渣中に存在する糖全体の少なくとも1重量%を占め、及び前記炭素性産生溶液中に存在する糖全体の少なくとも0.3重量%を占める。
【0031】
好ましくは、段階b)のために炭素性産生溶液を供給するための具体的な流量は、1時間当たり微生物1グラム当たり35〜65mgの炭素性基質の範囲である。
【0032】
好ましくは、セルロース分解性微生物は、トリコデルマ属、アスペルギルス属、ペニシリウム属、又はスエヒロタケ属に属する真菌株から選択される。
【0033】
好ましくは、セルロース分解性微生物はトリコデルマリーセイ種に属する。
【0034】
酵素カクテルの前記産生方法は液内培養(submerged culture)を用いて行われる。用語「液内培養」とは、液体培地内での培養を意味する。
【0035】
本発明の酵素カクテルの産生方法において使用されるセルロース分解性微生物は、例えばトリコデルマ属(Trichoderma)、アスペルギルス属(Aspergillus)、ペニシリウム属(Penicillium)、又はスエヒロタケ属(Schizophyllum)に属する、好ましくはトリコデルマリーセイ種に属する、セルロース分解性真菌株である。最も性能を発揮する工業的菌株は、突然変異選択方法によって酵素カクテルを改良するように変性されたトリコデルマリーセイ種に属する菌株、例えばIFP CL847株(仏国特許第2 555 803号)等である。遺伝子組換え技術によって改良された菌株もまた使用し得る。これらの菌株は、それらの増殖及び酵素の産生に適合する条件下で攪拌され通気された(aerated)リアクタ内で培養される。
【0036】
用語「炭素性基質」は、炭素性溶液中に含まれる全ての糖類を意味する。
【0037】
本発明の方法の前記段階a)において使用される前記微生物のための炭素性増殖基質は、溶解性の工業的糖から、好ましくは、グルコース、キシロース、リグノセルロース材料の酵素的加水分解からの糖モノマーをエタノール発酵した後に得られる液体残渣、及び前処理されたリグノセルロース材料から得られるモノマーの形態のヘミセルロース・フラクションからの抽出物から選択され、単独で又は混合物として使用される、炭素性基質を有利には含む、水溶液である。その性質に応じて、前記炭素性増殖溶液は、殺菌する前に閉鎖リアクタに導入されるか、別途殺菌されて、リアクタの殺菌後に閉鎖リアクタに導入される。
【0038】
好ましくは、前記炭素性増殖溶液は、前記段階a)において、反応体積1リットル当たり10〜90gの炭素性基質の範囲の初期濃度で使用される。
【0039】
好ましくは、前記段階a)は、30〜70時間の範囲、好ましくは30〜40時間の範囲の時間にわたり行われる。
【0040】
好ましくは、前記段階a)は、pH4.8及び温度27℃で操作される。
【0041】
好ましくは、前記段階a)は、閉鎖され且つ通気及び攪拌されたリアクタ内で行われる。通気は、0.1〜1の範囲、好ましくは0.3〜0.7の範囲のVVM(空気の体積流量(Nm/分)をm単位の反応体積で除したもの) を得るように、より好ましくは0.5のVVMを得るように、調節される。攪拌は、理論的飽和の20%〜80%の範囲、好ましくは30%〜50%の範囲、及びより好ましくは40%の値の溶解酸素の分圧を得るようになされる。
【0042】
本発明の前記段階b)において使用される前記微生物の産生のための炭素性溶液は、インデューサ炭素性基質を含む水溶液である。前記インデューサ炭素性基質は、C糖オリゴマーを含むリグノセルロース材料の前処理工程から得られる液体残渣である。
【0043】
本発明によれば、前記C糖オリゴマーは、前記炭素性産生溶液中に含有される糖全体の少なくとも0.3重量%を占める。好ましくは、前記C糖オリゴマーは、前記炭素性産生溶液中に含有される糖全体の0.3重量%〜50重量%の範囲、好ましくは0.3重量%〜20重量%の範囲、より好ましくは0.3重量%〜10重量%の範囲、 及び更により好ましくは0.3重量%〜6重量%の範囲を占める。
【0044】
好ましくは、前記インデューサ炭素性基質は、単独で、又は少なくとも1つの他の非インデューサ炭素性基質との混合物として用いられる。
【0045】
好ましくは、前記他の非インデューサ炭素性基質は、非インデューサ糖から選択され、好ましくはグルコース、サッカロース、及びキシロースから、単独で又は混合物として選択される。極めて好ましくは、前記他の炭素性基質はグルコース及びサッカロースから、単独で又は混合物として選択される。
【0046】
本発明によれば、本発明の前記段階b)において使用される前記炭素性産生溶液は、炭素性産生溶液1リットル当たり150〜400gの炭素性基質の濃度で調製される。前記段階b)のために炭素性産生溶液を供給するための具体的な流量は、有利には1時間当たり微生物1グラム当たり35〜65mgの炭素性基質、好ましくは1時間当たり微生物1グラム当たり35〜45mgの炭素性基質の範囲である。
【0047】
好ましくは、前記段階b)は、少なくとも30時間以上、好ましくは少なくとも100時間以上の時間にわたり行われる。
【0048】
好ましくは、前記段階b)は3〜5.5の範囲のpHで、20℃〜30℃の範囲の温度で操作される。
【0049】
好ましくは、前記段階b)は、通気され且つ攪拌されたリアクタ内で行われる。通気は、0.1〜1の範囲、好ましくは0.3〜0.7の範囲のVVMが得られるように、及びより好ましくは0.5のVVMが得られるように調節される。攪拌は20%〜80%の範囲、好ましくは30%〜50%の範囲、さらにより好ましくは40%の値の溶解酸素の分圧を得るようになされる。
【0050】
前記段階b)は、当業者には公知の供給バッチ及びケモスタット法(chemostat modes)に従って行ってよい。
【0051】
前記段階b)で使用される炭素性産生溶液中のインデューサ炭素性基質として使用されるC糖オリゴマーは、リグノセルロース材料の前処理工程から得られる液体残渣中に含まれる。
【0052】
リグノセルロース材料の前処理のための前記工程を使用して、セルロース・フラクションの酵素的加水分解に対する感受性を改善することができる。前記前処理工程は、例えば蒸気爆砕工程等の物理的前処理工程、又は化学的若しくは物理化学的工程である。好ましくは、前記前処理工程は、酸又は塩基前処理工程であり、例えば、前記材料にアルカリ水溶液を予め含浸させることを伴う、アルカリ加水分解、アルカリ蒸解、又は蒸気爆砕等である。好ましくは、前記前処理工程は、酸前処理工程であり、好ましくは前記材料に硫酸水溶液を予め含浸させることを伴う、酸加水分解、酸蒸解、又は蒸気爆砕である。極めて好ましくは、前処理工程は蒸気爆砕である。
【0053】
前記前処理からの流出物を、固体残渣からなる相及び液体残渣からなる相の2つの相に分離する。前記分離は、当業者に公知の任意の手段により達成され得る。一例として、前記分離は、遠心分離、フィルタープレス、デカンタージュ、又は液体相及び固体相の分離を可能にする任意の他の技術的手段により達成され得る。
【0054】
酸前処理の場合、操作条件(酸の量、湿度、温度、圧力、時間)は、当業者により、前処理されるリグノセルロース材料及び採用される技術に応じて調節される。前記操作条件は、例えば、麦わらよりもススキに対してより厳しくなる。これらの調節は、分解生成物(特にフルフラール、5−HMF)の形成を最小限に抑えつつ、モノマーの形態の、ヘミセルロースの完全な加水分解をもたらすことを意図している。この目的のため前処理工程を、2つの段階、即ちC糖オリゴマーを遊離するための第1段階と、それに続くこの遊離オリゴマーからモノマーを生成するための段階とに細分してもよい。(非特許文献1)。
【0055】
本発明によると、前記前処理工程は、当業者に公知の手段を用いて、液体残渣がC糖オリゴマーを含むように操作される。
【0056】
前記前処理工程から液体残渣中のC糖オリゴマーを得るために、前記前処理工程で採用される酸の量を削減することができる。前記前処理工程が操作される温度及び/又は圧力を、モノマーのみを遊離させるように最適化された条件と比較して低下させることも可能である。
【0057】
本発明によれば、リグノセルロース材料の前処理工程から得られる前記液体残渣中に含まれる前記C糖オリゴマーは、前記液体残渣中に存在する糖全体の1重量%〜100重量%、好ましくは1重量%〜50重量%の範囲、及びより好ましくは1重量%〜30重量%の範囲を占める。
【0058】
前記前処理工程から得られたC糖オリゴマーを含有する前記液体残渣は、前記液体残渣を殺菌したり前記残渣のpHを調整したりする必要なしに、インデューサ炭素の供給源として使用される。
【0059】
好ましい実施形態では、「固体」と称されるフラクションに相当する前処理されたリグノセルロース材料は、酵素的加水分解工程において加水分解される。この工程からの流出物は次いで、酵素的加水分解産物の糖モノマーのエタノール発酵工程において処理される。これらの処理は同じ装置又は異なる装置内で行われ得る。
【0060】
他の好ましい実施形態では、発酵工程と加水分解工程の少なくとも一部とが同時に行われる。これは、例えば、酵素的加水分解工程中にエタノール酵母を加えることによって、達成される。
【0061】
以下の実施例は、本発明を例示するが、本発明の範囲を限定するものではない。
実施例1(本発明によらない):グルコースによる酵素カクテルの産生
実施例1は、炭素性産生基質としてグルコースを用いた培養を提示する。それはセルラーゼ産生のリプレッサである。この実施例は、低度の酵素産生をもたらした。
【0062】
機械的に攪拌されるリアクタ内で酵素カクテルを産生した。無機培地(4Nと称する)は以下の組成を有していた:KOH 1.66g/L、85%HPO 2mL/L、(NHSO 2.8g/L、MgSO・7HO 0.6g/L、CaCl 0.6g/L、MnSO 3.2mg/L、ZnSO・7HO 2.8mg/L、CoCl・10HO 4.0mg/L、FeSO・7HO 10mg/L、Corn Steep 1.2g/L、消泡剤 0.5mL/L。
液体予備培養
炭素性増殖基質としてグルコースを30g/Lの濃度で用いた予備培養によって、微生物(トリコデルマリーセイCL847株)を増殖させた。この予備培養の無機培地はpHを緩衝するために5g/Lのフタル酸カリウムを追加した4N培地とした。接種菌の増殖を3日間続け、攪拌されるインキュベーター中で30℃にて行った。残存グルコース濃度が15g/L未満となったら、リアクタへの移し替えを行った。
増殖段階
4N培地を含有するリアクタを120℃で20分間殺菌した。グルコース炭素性増殖基質を、120℃から20分間殺菌してから、無菌方法で30g/Lの濃度を生ずるようにリアクタに加えた。リアクタにトリコデルマリーセイCL847株の液体予備培養物を10%(v/v)となるように接種した。操作条件は、温度27℃及びpH4.8(5.5mol/Lアンモニアを用いて調整)であった。通気は0.5VVMとし、攪拌を、pO(溶解酸素の圧力)に応じて200〜800rpmに強め、pOを30%に維持した。
産生段階
リアクタの炭素性増殖基質が消費されたら、250g/Lのグルコース炭素性産生基質を1時間当たり微生物1g当たり35〜45mgの流量で164時間連続注入した。操作条件は、温度25℃及びpH4(5.5mol/Lのアンモニアを用いて調整、このアンモニアはまた排出されるタンパク質の合成に必要な窒素を提供する)とした。溶解酸素含有量は攪拌を調節することによって30%に維持された。
【0063】
酵素の産生は、ろ過又は遠心分離によって微生物を分離した後ローリー法(Lawry method)及び標準BSAを用いて細胞外(extracellular)酵素をアッセイすることによってモニタリングした。測定されたセルロース分解活性を以下の通りであった。
・ エンドグルカナーゼ及びエキソグルカナーゼ酵素カクテルの全体的な活性をアッセイするためのろ紙活性(FPU:フィルターペーパーユニット)、
・ 特異的活性のためのアリールβグルコシダーゼ活性。
【0064】
FPU活性は、Whatman n°1ろ紙(IUPACバイオテクノロジカルコミッション(IUPAC biotechnological commission)により推奨される手順))により、初期濃度50g/Lで測定した。60分で2g/Lのグルコースの当量を遊離する(比色分析法)分析対象の酵素溶液のサンプルを決定した。ろ紙活性の原理は、DNSアッセイ(ジニトロサリチル酸)(IUPACバイオテクノロジカルコミッションにより推奨される手順)によってWhatman n°1ろ紙から得られる還元糖の量を決定することである。
【0065】
アリールβグルコシダーゼ活性を決定するために使用された基質は、パラニトロフェニル−β−D−グロコピラノシド(PNPG)であった。それはβグルコシダーゼによって開裂してパラニトロフェノールを遊離する。
【0066】
アリールβグルコシダーゼ活性の1単位は、1分当たりPNPGから1μmolのパラニトロフェノールを生成するのに必要な酵素の量として定義され、IU/mlで表される。
【0067】
特異的活性は、IU/mlで表される活性をタンパク質の濃度で割ることによって得られる。それらはIU/mgで表される。
【0068】
実施例1の最終的なマッシュ(mash)の分析測定により、以下のような結果が得られた。
【0069】
【表1】
【0070】
実施例2(本発明によらない):キシロースによる酵素の産生
実施例2は、炭素性産生基質としてキシロースを用いた培養を提示する。それはセルラーゼ産生のリプレッサである。この実施例は低度の酵素産生をもたらした。
【0071】
実施例1と同様の条件下で酵素を産生した。増殖段階の炭素性基質はラクトースとし、産生段階では純粋なキシロースとした。
【0072】
30時間の増殖後、最初の基質を消費した後、250g/Lのキシロース溶液を1時間当たり細胞1g当たり35mgの流量で164時間連続注入した。
【0073】
最終マッシュの分析測定を行い、以下の結果が得られた。
【0074】
【表2】
【0075】
実施例3(本発明によらない):ラクトースによる酵素の産生
実施例3は、炭素性産生基質としてラクトースを用いた培養を提示する。それはセルラーゼ産生のインデューサである。この実施例は高活性酵素の高い産生をもたらす。
【0076】
実施例1と同様の条件下で酵素を産生した。増殖段階及び産生段階の炭素性基質を純粋なラクトースとした。ラクトースはセルラーゼ産生の重要なインデューサである。それは、セルラーゼの産生において最も広く使用されている工業的基質である。
【0077】
30時間の増殖後、最初の基質を消費した後、250g/Lの供給バッチ溶液を1時間当たり細胞1g当たり35mgの流量で164時間連続注入した。
【0078】
最終マッシュの分析測定を行い、以下の結果を得た。
【0079】
【表3】
【0080】
実施例4(本発明による):C糖オリゴマーを含有する液体残渣100%による産生
実施例4は、 炭素性産生基質として液体残渣を使用した培養を提示する。この実施例は、酵素の産生と、実施例1及び2で得られるものよりも高い活性とをもたらした。そのことはつまり、単独で用いられた液体残渣がセルラーゼの産生を誘導することを示している。それは、特許文献2に記載されているものと同様な効果をもたらすが、液体残渣以外のインデューサ溶液は添加していない。
【0081】
実施例1と同様の条件下で酵素産生を行った。増殖段階の炭素性基質は、グルコースとした。産生段階の炭素性基質は、「液体残渣」として既知の、前処理後に得られる液体・フラクションとした。これは、0.65%のHSOを含浸させてから14.5バールで2分間蒸気爆砕(steam explosion)し、その後液相/固相分離をすることより前処理されたススキ(miscanthus)から得た。
【0082】
その組成は以下の通りであった。
【0083】
【表4】
【0084】
それを300g/Lに濃縮した。30時間の増殖後、最初の基質を消費した後、濃縮されたヘミセルロース加水分解産物を1時間当たり細胞1g当たり35mgの流量で連続注入した。
【0085】
最終マッシュの分析測定により以下の結果が得られた。
【0086】
【表5】
【0087】
実施例5(本発明による):異なる割合のオリゴマーを含む2つの異なる液体残渣による産生
実施例5は、炭素性産生基質として液体残渣をそれぞれ使用した2つの培養を提示する。この実施例は、酵素の産生と、及び実施例1及び2で得られるものよりも高い活性とをもたらした。そのことはC糖オリゴマーの含有が、得られる酵素の量及び活性にプラスの効果をもたらすということを示している。
【0088】
麦わらを蒸気爆砕して2つの別個の液体残渣を得た。蒸気爆砕の操作条件は14.5バールで2分間とした。0.64%のHSOを予め含浸させた麦わらから液体残渣C1を得た。0.32%のHSOを予め含浸させた麦わらから液体残渣C2を得た。
【0089】
液体残渣C2は、麦わらの含浸に使用した酸の量がより少なかったことに起因して、麦わらからのヘミセルロースの加水分解から得られたオリゴマーを、加水分解産物C1と比較して高い割合で含有していた。
【0090】
液体残渣C1及びC2の組成を、以下の表に詳しく示す。
【0091】
【表6】
【0092】
モノマーはグルコース、キシロース、アラビノース、マンノース、ガラクトース、及びラムノースの合計に相当する。オリゴマーは、C糖オリゴマー(例えば、キシロビオース、キシロトリオース、キシロアラビノース)の合計に相当する。分解糖(degraded sugars)は、フルフラール、5HMF、レブリン酸、及びギ酸の合計に相当する。
【0093】
250g/Lの合計糖濃度が得られるようにグルコースをC1及びC2加水分解産物に溶解することによって2つの供給バッチ溶液を調製した。
【0094】
実施例1と同様の条件下で実験を行った。
【0095】
得られた最終マッシュの分析測定により、以下の結果を得た。
【0096】
【表7】
【0097】
ヘミセルロース・フラクションから得られるオリゴマーをより多く含有していた供給バッチ溶液C2は、供給バッチ溶液C1よりも多くのタンパク質の生成をもたらし、酵素活性もより良好であった。この実施例では、酵素産生は、リグノセルロースバイオマスからのエタノールの製造プロセスのみから得ることが可能な炭素源を用いて行われ、グルコースはセルロース加水分解産物によって置き換えることが可能である。
実施例6(本発明によらない):C糖オリゴマーを含有しない液体残渣(ヘミセルロース分解性加水分解産物)による産生
実施例6は、実施例5の液体残渣C2から出発した場合、酵素の産生を誘導するのが実際にC糖オリゴマーである、ということを示している。
【0098】
実施例5の溶液C2を最初に酸加水分解に供してオリゴマーをモノマーに加水分解した。新しい溶液C3の組成は以下の通りであった。
【0099】
【表8】
【0100】
培養には実施例5と同様の条件を使用した。供給バッチ溶液は、250g/Lの全糖濃度が得られるようにグルコースをC3に溶解することによって調製した。最終マッシュの分析測定により、以下の結果が得られた。
【0101】
【表9】
【0102】
この実施例は、ヘミセルロース性オリゴマーが存在しない場合には、液体残渣はセルラーゼの産生を誘導しないということを示している。