特許第6582272号(P6582272)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6582272
(24)【登録日】2019年9月13日
(45)【発行日】2019年10月2日
(54)【発明の名称】細胞分級用チップ
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/49 20060101AFI20190919BHJP
   G01N 37/00 20060101ALI20190919BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20190919BHJP
【FI】
   G01N33/49 A
   G01N37/00 101
   G01N33/50 P
【請求項の数】14
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2019-520755(P2019-520755)
(86)(22)【出願日】2018年10月17日
(86)【国際出願番号】JP2018038728
(87)【国際公開番号】WO2019078277
(87)【国際公開日】20190425
【審査請求日】2019年4月24日
(31)【優先権主張番号】特願2017-202907(P2017-202907)
(32)【優先日】2017年10月19日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】517000955
【氏名又は名称】株式会社 TL Genomics
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】久保 知大
(72)【発明者】
【氏名】綾野 まどか
【審査官】 磯田 真美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−017429(JP,A)
【文献】 特表平11−508182(JP,A)
【文献】 特表2016−518131(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/027832(WO,A1)
【文献】 特開2014−223082(JP,A)
【文献】 特表平06−509178(JP,A)
【文献】 HUANG, R. et al.,A microfluidics approach for the isolation of nucleated red blood cells (NRBCs) from the peripheral blood of pregnant women,PRENATAL DIAGNOSIS,2008年,Vol. 28,pp. 892-899
【文献】 MIZUNO, M. et al.,Magnetophoresis-Integrated Hydrodynamic Filtration System for Size- and Surface Marker-Based Two-Dimensional Cell Sorting,analytical chemistry,2013年 6月,Vol. 85,pp. 7666-7673
【文献】 SAJEESH, P. et al.,Characterization and sorting of cells based on stiffness contrast in a microfluidic channel,RSC Advances,2016年,Vol. 6,pp. 74704-74714
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 − 33/98
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液試料中の細胞を水力学的に分級するためのマイクロ流路単位を、備えるチップであって、
前記マイクロ流路単位は、血液試料が流れる主流路と、前記主流路の側方に接続する副流路と、前記副流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する除去流路と、前記除去流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する回収流路とが平面的に展開してなるパターンを有しており、
前記副流路から前記主流路内に流れ出す液体が前記主流路を流れる細胞を前記除去流路及び前記回収流路の側に向かって押し込み、
前記押し込まれた細胞のうち無核赤血球を含む流体が前記除去流路に進入することで、血液試料から無核赤血球が除去され、
前記無核赤血球が除去されて残った細胞のうち標的細胞を含む流体が前記回収流路に進入することで血液試料から標的細胞が取得され、
前記回収流路一本ごとの前記主流路と前記回収流路との間の接続部の断面における単位時間当たりの流量が、前記除去流路一本ごとの前記主流路と前記除去流路との間の接続部の断面における単位時間当たりの流量に比べて大きく、
同一の前記パターンを有する前記マイクロ流路単位が高さ方向に繰り返し積層されており、
前記マイクロ流路単位の有する前記主流路の入口、前記副流路の入口、前記除去流路の出口、前記回収流路の出口及び前記主流路の出口は各層を横断的に貫く柱流路によってそれぞれまとめられるように前記柱流路に接続されている、
チップ。
【請求項2】
前記マイクロ流路単位が各層に1個ずつ設けられている、
請求項1に記載のチップ。
【請求項3】
前記チップを平面視したときに各層の前記マイクロ流路単位のパターンの向き及び位置が揃っている、
請求項2に記載のチップ。
【請求項4】
前記主流路及び前記副流路の前記入口がそれぞれ接続される前記柱流路が前記チップの上面に開口を有し、さらに
前記除去流路、前記回収流路及び前記主流路の前記出口がそれぞれ接続される前記柱流路が前記チップの下面に開口を有することで、
前記血液試料が前記チップの上面から下面に向かって前記チップを通り抜ける、
請求項3に記載のチップ。
【請求項5】
前記マイクロ流路単位を有する層が等間隔に連続的に積層されている、
請求項4に記載のチップ。
【請求項6】
前記主流路と前記除去流路との接続部において前記除去流路の内接径が4〜19μmであり、
前記主流路と前記回収流路との接続部において前記回収流路の内接径が20〜30μmである、
請求項1に記載のチップ。
【請求項7】
前記マイクロ流路単位において、
前記回収流路及び前記除去流路の少なくともいずれかの断面積はその下流に進むほど大きくなる、
請求項1に記載のチップ。
【請求項8】
血液試料を分画することで細胞数を尺度として標的細胞の濃縮された画分を取得するための、請求項4に記載のチップの使用であって、
前記血液試料は、全血そのもの又は全血と比較した場合に細胞数を尺度として標的細胞が濃縮されていないものである、
使用。
【請求項9】
前記主流路が接続される前記柱流路への前記血液試料の流入量が8〜25μl/分である、
請求項8に記載の使用。
【請求項10】
前記副流路が接続される前記柱流路への前記液体の単位時間当たりの流入量が、前記主流路が接続される前記柱流路への前記血液試料の単位時間当たりの流入量の1〜2倍である、
請求項9に記載の使用。
【請求項11】
前記血液試料を前記チップに注入する間に注入を待つ血液試料を攪拌するとともに、撹拌した血液試料を順次前記チップに注入する、
請求項8に記載の使用。
【請求項12】
前記血液試料が母体血の全血又はこれを単に希釈したものであり、
前記標的細胞が胎児由来有核赤血球である、
請求項8に記載の使用。
【請求項13】
請求項12に記載のチップの使用に基づき有核赤血球の濃縮された画分Aを取得し、
画分Aを白血球及び核酸に対して特異的に標識するとともに、標識した前記画分A中の血球を少なくともセルソーティングによって選別することで、白血球に対して特異的な標識により標識された血球が排除されているとともに核酸に対して特異的な標識により標識された血球が濃縮されている画分Bを取得し、
前記画分B中の血球に含まれる染色体の解析を行うことで、非侵襲的出生前遺伝学的検査における診断に供するデータを取得する、
方法。
【請求項14】
染色体の解析が、蛍光in situハイブリダイゼーション法、次世代シークエンス法又はマイクロアレイ法による解析である請求項13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血液試料中の希少な標的細胞を濃縮するための細胞分級用チップに関する。
【背景技術】
【0002】
血液試料中の希少な標的細胞を濃縮するとともに血液試料から分離する方法の背景技術を説明するにあたり非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT, Noninvasive prenatal genetic testing)を例示する。NIPTは、胎児の染色体の検査法の一つである。この検査法は羊膜に対する穿刺を伴わないことが特徴である。羊膜に対する穿刺を伴う方法に比べて母体及び胎児への負担が小さいことからNIPTは世界中で急速に普及を始めている。
【0003】
NIPTの一態様として胎児の染色体を診断する手法が開発中である。そこで染色体を得るために胎児由来有核赤血球(以下、単に有核赤血球ということもある。)をマイクロ流路チップによって母体血から分離することが試みられている。有核赤血球は希少な標的細胞の一種である。
【0004】
特許文献1にはマイクロ流路チップを用いる濃縮方法が記載されている。この方法では血液を幅1μmのスリットに通すことで赤血球と白血球を透過させる。有核赤血球はスリットの手前に滞留させる。滞留させた有核赤血球はチップから取り出す。
【0005】
特許文献2には水力学的サイズに基づいて粒子を決定論的に誘導するチャネルを具えるデバイスで有核赤血球を濃縮した後、その磁気的性質を変化させてから磁界を印加して分離することでさらに有核赤血球を濃縮する方法が示されている(段落[0083],[0202])。ここで「水力学的サイズ」とは、流動、障壁構造(例:柱状)、あるいは他の粒子と相互作用した時の粒子の有効サイズを意味する(段落[0041])。
【0006】
特許文献2ではさらに、有核赤血球の濃縮された血球群に対して、それらの細胞核を蛍光in situハイブリダイゼーション法(FISH, Fluorescence in situ hybridization)により観察することで有核赤血球を同定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5311356号公報
【特許文献2】特開2009−511001号公報
【特許文献3】特開2005−205387号公報
【特許文献4】特開2007−175684号公報
【特許文献5】特許第4091123号公報
【特許文献6】特表第2007−530629号公報
【特許文献7】特許第5857537号公報
【特許文献8】特許第5308834号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】上出泰山、梅原永能、左合治彦 著、「母体血中からの胎児有核赤血球の効率的回収に向けた新たな試み」、成医会、東京慈恵会医科大学雑誌(Tokyo Jikeikai Medical Journal)、2015年、130(1):11-17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1ではチップで処理可能な試料液の体積は「μl」のオーダーに留まる。このためチップでの濃縮処理に先立って密度勾配遠心分離法等による分離をすることが好ましいとされている(同文献、段落[0040])。特許文献1のチップは白血球や無核の赤血球を大量に含む全血を処理するのに適していないと考えられる。
【0010】
特許文献2ではデバイスによって水力学的サイズに基づく濃縮を行っている。水力学的サイズに基づく濃縮は全血に適用可能である。しかしながら磁気的性質によるさらなる濃縮を必要とする。
【0011】
出生前診断を行う場合、被験対象の母体血試料は言うまでもなく限られた量しか採血できない。また出生前診断を行うことのできる期間が、被験対象である妊婦ごとに限られた期間しかないことは産科医学的に明らかである。さらに血液中の胎児由来の有核赤血球の数は極めて少ない。従来の濃縮方法ではこのような希少細胞の濃縮を十分に行うことができない。NIPTに限らず、同様の問題は全血中の希少な標的細胞を濃縮したい場合にも生じる。NIPTにおける胎児由来有核赤血球の濃縮はその典型例と言える。
【0012】
本発明は細胞分級用のマイクロ流路チップによって全血中の希少な標的細胞を濃縮する技術において、その効率の改善手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
<1>
血液試料中の細胞を水力学的に分級するためのマイクロ流路単位を、備えるチップであって、
前記マイクロ流路単位は、血液試料が流れる主流路と、前記主流路の側方に接続する副流路と、前記副流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する除去流路と、前記除去流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する回収流路とが平面的に展開してなるパターンを有しており、
前記副流路から前記主流路内に流れ出す液体が前記主流路を流れる細胞を前記除去流路及び前記回収流路の側に向かって押し込み、
前記押し込まれた細胞のうち無核赤血球を含む流体が前記除去流路に進入することで、血液試料から無核赤血球が除去され、
前記無核赤血球が除去されて残った細胞のうち標的細胞を含む流体が前記回収流路に進入することで血液試料から標的細胞が取得され、
前記回収流路一本ごとの前記主流路と前記回収流路との間の接続部の断面における単位時間当たりの流量が、前記除去流路一本ごとの前記主流路と前記除去流路との間の接続部の断面における単位時間当たりの流量に比べて大きく、
同一の前記パターンを有する前記マイクロ流路単位が高さ方向に繰り返し積層されており、
前記マイクロ流路単位の有する前記主流路の入口、前記副流路の入口、前記除去流路の出口、前記回収流路の出口及び前記主流路の出口は各層を横断的に貫く柱流路によってそれぞれまとめられるように前記柱流路に接続されている、
チップ。
<2>
前記マイクロ流路単位が各層に1個ずつ設けられている、
<1>に記載のチップ。
<3>
前記チップを平面視したときに各層の前記マイクロ流路単位のパターンの向き及び位置が揃っている、
<2>に記載のチップ。
<4>
前記主流路及び前記副流路の前記入口がそれぞれ接続される前記柱流路が前記チップの上面に開口を有し、さらに
前記除去流路、前記回収流路及び前記主流路の前記出口がそれぞれ接続される前記柱流路が前記チップの下面に開口を有することで、
前記血液試料が前記チップの上面から下面に向かって前記チップを通り抜ける、
<3>に記載のチップ。
<5>
前記マイクロ流路単位を有する層が等間隔に連続的に積層されている、
<4>に記載のチップ。
<6>
前記主流路と前記除去流路との接続部において前記除去流路の内接径が4〜19μmであり、
前記主流路と前記回収流路との接続部において前記回収流路の内接径が20〜30μmである、
<1>に記載のチップ。
<7>
前記マイクロ流路単位において、
前記回収流路及び前記除去流路の少なくともいずれかの断面積はその下流に進むほど大きくなる、
<1>に記載のチップ。
<8>
血液試料を分画することで細胞数を尺度として標的細胞の濃縮された画分を取得するための、<4>に記載のチップの使用であって、
前記血液試料は、全血そのもの又は全血と比較した場合に細胞数を尺度として標的細胞が濃縮されていないものである、
使用。
<9>
前記主流路が接続される前記柱流路への前記血液試料の流入量が8〜25μl/分である、
<8>に記載の使用。
<10>
前記副流路が接続される前記柱流路への前記液体の単位時間当たりの流入量が、前記主流路が接続される前記柱流路への前記血液試料の単位時間当たりの流入量の1〜2倍である、
<9>に記載の使用。
<11>
前記血液試料を前記チップに注入する間に注入を待つ血液試料を攪拌するとともに、撹拌した血液試料を順次前記チップに注入する、
<8>に記載の使用。
<12>
前記血液試料が母体血の全血又はこれを単に希釈したものであり、
前記標的細胞が胎児由来有核赤血球である、
<8>に記載の使用。
<13>
<12>に記載のチップの使用に基づき有核赤血球の濃縮された画分Aを取得し、
画分Aを白血球及び核酸に対して特異的に標識するとともに、標識した前記画分A中の血球を少なくともセルソーティングによって選別することで、白血球に対して特異的な標識により標識された血球が排除されているとともに核酸に対して特異的な標識により標識された血球が濃縮されている画分Bを取得し、
前記画分B中の血球に含まれる染色体の解析を行うことで、非侵襲的出生前遺伝学的検査における診断に供するデータを取得する、
方法。
<14>
染色体の解析が、蛍光in situハイブリダイゼーション法、次世代シークエンス法又はマイクロアレイ法による解析である<13>に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、細胞分級用のマイクロ流路チップによって全血中の希少な標的細胞を濃縮する技術において、その効率の改善手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】血球分離チップの平面図である。
図2】血球分離チップの模式図である。
図3】セルソーターの模式図である。
図4】密度勾配積層遠心の結果の模式図である。
図5】Hoechst33342の蛍光強度分布を示す。
図6】母体血における免疫標識の蛍光強度分布を示す。
図7】一般血における免疫標識の蛍光強度分布を示す。
図8】増幅したSRY遺伝子配列のDNAの電気泳動像である。
図9】血球の染色像である。
図10】増幅したSRY遺伝子配列のDNAの電気泳動像である。
図11】血球分離チップの平面図である。
図12】多層型の血球分離チップの立体図である。
図13】Fr2の免疫標識の蛍光強度分布を示す。
図14】Fr2の免疫標識の蛍光強度分布を示す。
図15】増幅したSRY遺伝子配列のDNAの電気泳動像である。
図16】血球分離チップの立体図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施形態では、血液試料中の細胞を水力学的に分級するためのマイクロ流路単位を備えるチップの詳細を、特にその使用の観点から説明する。具体的にはチップを使用して血液試料中の標的細胞を濃縮する工程を例にとって説明する。標的細胞とは濃縮を受ける細胞種のことである。ここでいう濃縮とは細胞数を尺度としてその細胞の頻度を高めることをいう。本実施形態では、標的細胞の例として有核赤血球いわゆる赤芽球を濃縮する。ここで血液試料とは全血それ自体でもよい。血液試料は、全血に比べて細胞数を尺度として有核赤血球が濃縮されていない試料、いわゆる未漉縮試料でもよい。血液試料は、少なくとも無核赤血球すなわち成熟赤血球と標的細胞とを含有する。
【0017】
[採血]
本実施形態において出発材料はヒトの妊婦の母体血試料である。妊婦は月経後胎齢が10週から33週であることが好ましい。月経後胎齢は最終月経初日を1日目として、満日数又は満週数で表したものである。月経後胎齢は受精後胎齢に2週を加えたものとして算出してもよい。母体血又はこれを希釈したものは血液試料の一例である。本実施形態に係るチップやその使用を母体血以外に適用することができる。以下の実施形態の説明において母体血を血液試料に置き換えてもその技術的内容を解釈してもよい。
【0018】
母体血試料は母体血そのものでもよい。母体血試料は、母体血に何らかの化学的、又は物理的処理を行うことで、保存やその後の処理の効率化に適するような変化を与えられた母体血でもよい。係る処理には、例えばアポトーシス阻害剤といった保存剤の添加、温度の調整、血球の沈殿を防ぐための試薬の添加、並びにエアークッションで振盪の物理的ダメージから血球を保護することが含まれるがこれらに限定されない。
【0019】
本実施形態において母体血とは妊婦から採取された血液を指す。母体血は通常の医学的方法により、妊婦から採取することが出来る。採取した母体血に対してすぐに有核赤血球の濃縮を行ってもよい。また採血を行った場所から濃縮処理を行う場所に、母体血を輸送してから有核赤血球の濃縮を行ってもよい。母体血に対して所望の保存的処理を行ってもよい。
【0020】
必要な母体血の量は次のように考えられる。10mlの母体血には約3×1010個の血球が含まれていると考えられている。また同体積の母体血には約36〜2168個の有核赤血球が含まれていると考えられている(非特許文献1)。
【0021】
上記有核赤血球の割合を鑑み、出発材料となる母体血の量は0.01〜100mlでもよい。母体血の量は0.01、0.02、0.03、0.04、0.05、0.06、0.07、0.08、0.09、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、30、40、50、60、70、80、90mlでもよい。
【0022】
[胎児由来細胞]
本実施形態において、濃縮された胎児由来細胞を取得することを目的とする。以下に胎児由来細胞として母体血に含まれる有核赤血球について説明する。
【0023】
本実施形態において、血球とは血液細胞を指す。血液は血球及び血漿を含有する。一説において、ヒトの血球のうち、赤血球が大部分を占め、他に白血球や血小板が占めると言われる。母体血は、胎児由来の有核赤血球を含有する。
【0024】
本実施形態において有核赤血球は赤芽球であり、好ましくは細胞分裂能を喪失した赤芽球である。赤血球は造血幹細胞が分化するとともに成熟することで生じる。分化及び成熟の過程で、造血幹細胞から順に、骨髄系前駆細胞、赤血球・巨核球系前駆細胞、前期赤芽球系前駆細胞(BFU−E)、後期赤芽球系前駆細胞(CFU−E)、前赤芽球、好塩基性赤芽球、多染性赤芽球、正染性赤芽球、網赤血球、及び赤血球が現われる。
【0025】
赤芽球には前赤芽球、好塩基性赤芽球、多染性赤芽球、及び正染性赤芽球が含まれる。正染性赤芽球が網赤血球に分化する過程で血球中から核が失われる。正染性赤芽球は通常、細胞分裂能を喪失している。
【0026】
有核赤血球は通常、骨髄中にある。しかしながら上述したとおり、ごく微量の有核赤血球が血液中に見られる。また母体血中には、母体由来及び胎児由来の有核赤血球がごく微量見られる。母体血中においては通常、胎児由来の有核赤血球の数は、母体由来の有核赤血球の数よりも少ない。
【0027】
[有核赤血球の濃縮]
本実施形態の方法により胎児由来細胞を濃縮する。胎児由来細胞の濃縮とは、母体血試料から、全血球を基準として、好ましくは全赤血球を基準として胎児由来細胞の濃縮された画分を取得することを言い、本実施形態において胎児由来細胞が濃縮されていることとは、画分中の全血球に占める胎児由来細胞の割合が向上していることを指す。好ましくは赤血球に占める有核赤血球の割合が向上していることを指す。
【0028】
胎児由来細胞の濃縮された画分の取得は、マイクロ流路チップを用いて行う。以下、マイクロ流路チップを血球分離チップということもある。ただしこれは便宜的な名称である。血球分離チップはその立体的構造に基づき血中の血球以外の浮遊細胞を分離することもできる。チップの材質は適宜選択できるがPDMSなどのシリコーンが好ましい。
【0029】
血球分離チップは細胞の大きさ、可塑性および形状などの性質を基準として母体試料中の血球を分画するものである。血球分離チップの有するマイクロ流路単位のパターンは特許文献3及び特許文献4に記載の水力学的分級の理論に基づいている。
【0030】
図1に血球分離チップの一例として血球分離チップ50の平面図を示す。血球分離チップ50は入口51、主流路52、副流路53並びに出口54a−d及び55を有する。主流路52は入口51の出口55に向かって順に流路56a〜dを有する。流路56a〜dは入口51から出口55まで一つながりとなっている。
【0031】
図1に示す入口51は母体血を入れたシリンジ57と接続される。シリンジ57からは、所定の流量で母体血を入口51に送る。母体血は入口51を経由して流路56aに入る。
【0032】
母体血は攪拌することが出来、例えば、図1におけるシリンジ57のような送液容器の中に撹拌子を入れ、それを外部の力の作用で物理的に動かすことにより、容器内の希釈血液が常に攪拌された状態を保つことができる。これにより、血球の容器内での沈降による血球分布の偏りが生じることなく、従って長時間一定の血球濃度を保ったまま送液できる。撹拌は定期的に行ってもよい。撹拌は連続的に行ってもよい。撹拌は少なくとも血液試料をチップに注入する間に、チップへの注入を待つ血液試料に対して行う。撹拌した血液試料を順次前記チップに注入する。
【0033】
母体血は予め希釈しておくことが出来る。希釈率は適宜選択できるが、2〜500倍が好ましく、4〜50倍が好ましく、5〜10倍が好ましい。希釈はリン酸緩衝生理食塩水で行う。一回の分画で例えば5〜15mlの母体血希釈液を処理できる。
【0034】
母体血希釈液の単位時間当たりの流量は適宜選択できるが、マイクロ流路単位あたり0.1〜500μl/分が好ましく、0.5〜50μl/分がさらに好ましく、1〜25μl/分が特に好ましい。流量は2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23及び24μl/分のいずれかでもよい。流量とは主流路への血液試料の流入量である。
【0035】
後述のように、複数マイクロ流路単位を有する血球分離チップを用いる場合には、流量はマイクロ流路単位の数に応じて適宜増加させることが出来るが、前記流量に血液分離チップの個数を乗じた流量が好ましい。
【0036】
図1に示す血球分離チップ50は副流路53を有する。副流路53はシリンジ58と接続されている。シリンジ58にはPBS(リン酸塩緩衝食塩水)が入れられている。シリンジ58内に圧力をかけることでPBSは副流路53を通じて流路56bに流入する。PBSは例であり、血液試料中の細胞に対して浸透圧やpHによるダメージを与えにくい液体であればPBSに代えて使用できる。
【0037】
副流路53の流量は、主流路への血液試料の単位時間当たりの流量の1〜10倍が好ましく、1〜5倍がさらに好ましく、1〜2倍が特に好ましい。副流路53における流量とは副流路53への液体、ここではPBSの流入量である。
【0038】
図1に示す分岐流路59a−dはいずれも主流路52から分岐する流路である。流路56c中において、上流側から順に分岐流路59a,b,c及びdがこの順で主流路52から分岐する。分岐流路59a−dは主流路52を挟んで副流路53の反対側に位置する。
【0039】
図1に示す分岐流路59a−dはいずれも主流路52から分岐する細流路を複数個有する。各細流路は主流路52の上流から下流に向かって並ぶ。分岐流路59a−dはそれぞれ出口54a−dに達する。分岐流路59a−d中の各細流路はそれぞれ出口54a−dの手前で合流する。流路56dは出口55に達する。
【0040】
図2には、血球分離チップ50による、血球の分別の過程を模式的に表している。図1に示したように分岐流路59a−dはそれぞれ複数の細流路を有する。図2中では説明を簡単にするため、各分岐流路59a−dにはそれぞれ細流路が一本ずつ示されている。
【0041】
図2に示す主流路52の上流から母体血が流れてくる。母体血は血球を大量に含んでいる。血球は流路56bに達する。一方、副流路53を流れてきたPBSは、主流路52を流れる血球を、主流路52の側方から押し込む。流路56b-cにおいて、分岐流路59a−d側に血球が押しやられる。副流路を流れる液体は母体血を押さえつける。
【0042】
図2に示す流路56aにおいて、主流路52の副流路53と対向する側には分岐流路59a−dが配置されている。分岐流路59a−dのそれぞれが有する細流路の内接径は、これらの並ぶ順に大きくなる。ここで内接径は細流路の直交断面における内接円の直径である。例えば、分岐流路59a−dの細流路の内接径はそれぞれ8、12、15及び25μmであってもよい。細流路の断面は四角形、他の多角形でも円形でもよいが、四角形が好ましい。
【0043】
図1及び2に示す血球分離チップ50では分岐流路を4個設けた。図1における分岐流路59a−dがこれに当てはまる。
【0044】
分岐流路の数は2以上であれば特に限定されない。例えば分岐流路を少なくとも2個としてもよい。係る2個の分岐流路は上流側の細流路で構成されるものと下流側の細流路で構成されるものに分類される。上流の細流路の内接径は4〜19μmでもよく、12〜19μmが好ましい。上流の細流路の内接径は13、14、15、16、17、及び18μmのいずれかでもよいが、好ましくは14,15,16μmのいずれか、より好ましくは15μmである。内接径は主流路52と細流路との接続部における内接径である。細流路の断面積はその下流に進むほど大きくなってもよく、その最下流で最も大きくなってもよい。図11における分岐流路59aが上流側の細流路で構成された分岐流路に当てはまる。上流側の細流路は無核赤血球の除去流路と言える。副流路により押し込まれた血球のうち無核赤血球が除去流路に進入することで、血液試料から無核赤血球が除去される。
【0045】
また下流の細流路の内接径は20〜30μmでもよい。下流の細流路の内接径は21、22、23、24、25、26、27、28、29及び29μmのいずれかでもよいが、好ましくは23,24,25,26,27μmのいずれか、さらに好ましくは24,25,26μmのいずれか、特に好ましくは25μmである。内接径は主流路52と細流路との接続部における内接径である。細流路の断面積はその下流に進むほど大きくなってもよく、その最下流で最も大きくなってもよい。図11における分岐流路59dが下流側の細流路で構成された分岐流路に当てはまる。下流側の細流路は有核赤血球の回収流路と言える。無核赤血球が除去されて残った血球のうち有核赤血球が回収流路に進入することで血液試料から有核赤血球が画分として取得される。
【0046】
図2に示す分岐流路59a−dには副流路53によって押しやられた血球が流れ込む。各分岐流路に流れ込む血球の径は、その分岐流路の細流路の内接径よりもやや小さい。図中には分岐流路59aの細流路の内接径よりもやや小さい血球として顆粒39が示されている。顆粒39は出口54aに至る。図中には分岐流路59b,cの細流路の内接径よりもやや小さい血球として無核赤血球42が示されている。無核赤血球42は出口54b,cに至る。
【0047】
有核赤血球の径の大きさは11〜13μmと考えられる。図中には分岐流路59dの細流路の内接径よりもやや小さい血球として有核赤血球41が示されている。さらに白血球43が示されている。有核赤血球41及び白血球43は出口54dに至る。
【0048】
図2に示す分岐流路59a−dに取り込まれなかった血球はフロースルー(FT)として、血漿とともに流路56dを通過するとともに、図15に示す出口55に至る。例えば凝集した血球などがフロースルーに含まれる。出口54a−d及び出口55には流体を受け止めるリザーバーがそれぞれ設けられる。
【0049】
図2に示す出口54a−dに接続された各リザーバーには画分Fr1−4がそれぞれ分取される。フロースルーは画分Fr5として図1に示す出口55に接続されたリザーバーに分取される。
【0050】
本実施形態の血球分離チップには複数のマイクロ流路単位が含まれていてもよい。マイクロ流路単位はパターンを有している。パターンは、図2に示すように主流路52と、副流路53と、除去流路59a−cと、回収流路59dとが平面的に展開してなる。
【0051】
図12に示すチップ20は層L01から層L10までの10層を有する多層チップである。各層はマイクロ流路単位を有する。チップ20中の最も上の層は、最も上の層である層L01に対する蓋である。層L01〜L10は等間隔に連続的に積層されている。図中では層L01から層L03における間隔が大きくなっている。しかしながら、これは図中においてマイクロ流路単位のパターン形状を見やすくするための表現手法に過ぎない。層L09と層L10との間において同様である。チップ20の層数は例示である。チップ20はマイクロ流路単位を有する層を2〜200個、好ましくは5〜50個、さらに好ましくは5〜20個、特に好ましくは8〜10個有する。層数は3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18及び19個のいずれかでもよい。
【0052】
各層の前記マイクロ流路単位の有する前記主流路の入口、前記副流路の入口、前記除去流路の出口、前記回収流路の出口及び前記主流路の出口は、それぞれの層に個別に接続されていてもよい。図12に示すようにこれらの入口及び出口は各層を横断的に貫く柱流路にそれぞれまとめて接続されていてもよい。柱流路は全層を貫いていてもよい。
【0053】
図12において柱流路22及び柱流路23がチップの上面に開口を有する。柱流路22は主流路の入口51に接続する。柱流路23は副流路の入口61に接続する。さらに柱流路24a、柱流路24d及び柱流路25がチップの下面に開口を有する。柱流路24aは除去流路の出口54aに接続する。柱流路24dは回収流路の出口54dに接続する。柱流路25は回収流路の出口55に接続する。血液試料はチップ20の上面から下面に向かってチップ20を通り抜ける、
【0054】
図12に示すように各層の有する前記マイクロ流路単位は縦方向に互いに重なり合うことでマイクロ流路スタックを形成させ、各層の前記マイクロ流路単位の有する前記主流路の入口、前記副流路の入口、前記除去流路の出口、前記回収流路の出口及び前記主流路の出口が各層を横断的に貫く柱流路にそれぞれまとめて接続されている場合は、主流路の入口の底層はふさがっていてもよく、主流路の出口の一方がふさがっていてもよい。主流路の出口の最上層又は最下層がふさがっていてもよい。
【0055】
血球分離チップは前記マイクロ流路単位を一層の中に複数有していてもよい。その場合、その層は1〜200個、好ましくは5〜50個、さらに好ましくは10〜20個有していてもよい。
【0056】
各層のマイクロ流路単位の有する主流路の入口、副流路の入口、及び主流路の出口は、マイクロ流路単位ごとに接続されていてもよいし、複数のマイクロ流路単位にまとめて接続されていてもよい。チップを平面視したときに各層のマイクロ流路単位のパターンの向き及び位置が揃っていることが好ましい。
【0057】
各層のマイクロ流路単位の有する主流路の入口が一本の柱流路にまとめられている場合、単位時間当たりの血液試料の流量は適宜選択できる。流量はマイクロ流路単位あたり0.8〜500μl/分が好ましく、4〜200μl/分がさらに好ましく、8〜25μl/分が特に好ましい。流量は1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23及び24μl/分のいずれかでもよい。流量とは柱流路への血液試料の流入量である。
【0058】
また各層のマイクロ流路単位の有する副流路の入口が一本の柱流路にまとめられている場合、副流路の柱流路に導入される液体の単位時間当たりの流量を次のようにしてもよい。当該流量は、主流路の柱流路に導入される血液試料の単位時間当たりの流量の1〜10倍が好ましく、1〜5倍がさらに好ましく、1〜2倍が特に好ましい。当該流量は1.1、1.2、1.3、1.4、1.5、1.6、1.7、1.8及び1.9倍のいずれかでもよい。液体はPBSでもよい。
【0059】
本実施形態の濃縮方法には、密度を利用した方法に比べて利点がある。一つは血球の密度に対する採血後の経過時間による影響は大きいが、血球の大きさに対する影響は小さい点である。これは採血する場所が、血球を分画処理する場所から遠くても本実施例の方法を実施しやすいことを表す。他の一つは、大きさによる分画は、例えば上記血球分離チップの操作のように、容易な操作で行うことが可能な点である。
【0060】
[画分Aの蛍光標識]
本実施形態の血球分離チップを用いて有核赤血球が濃縮された画分(以下、画分Aということもある)からセルソーティングにより更に有核赤血球を濃縮してもよい。
【0061】
画分Aを、少なくとも白血球及び核酸に対して特異的に標識する。赤血球に対して特異的に標識してもよい。標識(lavel or laveling)は磁気標識でも蛍光標識でもよく、蛍光標識が好ましい。標識は直接標識でも間接標識でもよい。間接標識はタグと二次抗体によるものでもよく、ビオチン−アビジン結合によるものでもよい。
【0062】
白血球特異的な標識は免疫標識でもよい。係る標識はCD45のような白血球に特異的な抗原に対する標識でもよい。抗原は糖鎖抗原でもよい。
【0063】
赤血球に対して特異的な標識は赤血球の表面に特異的な標識でもよい。赤血球に対して特異的な標識は免疫標識でもよい。免疫標識は抗体による標識でもよい。免疫標識の標的抗原は糖鎖抗原でもよい。標識はCD71及びCD235a(GPA, Glycophorin A)のような赤血球に特異的な抗原に対する抗体によるものでもよい。
【0064】
赤血球に対して特異的な免疫標識は未熟な赤血球に対して特異的な標識でもよい。ヘモグロビンの胚イプシロングロビン鎖のような未熟な赤血球に特徴的なペプチド鎖を標的抗原とする免疫標識でもよい。係る免疫標識用の抗体は特許文献5に記載されている。
【0065】
核酸に対して特異的な標識により、有核赤血球の有する核が特異的に標識される。核酸に対して特異的な標識は染料標識でもよい。標識される核酸はDNAが好ましい。染料は蛍光染料でもよい。核は蛍光染料により蛍光標識してもよい。蛍光染料はHoechst33342でもよい。
【0066】
また胎児有核赤血球上に存在する表面抗原と反応するが、妊婦の赤血球細胞上の表面抗原とは反応しない抗体を用いてもよい。抗体はモノクローナル抗体でもよい。例えば特許文献6に記載の抗体、4B9でもよい。係る抗体は上記の赤血球に対して特異的な免疫標識や核酸に対して特異的な標識とともに用いてもよい。係る抗体を用いることで、核酸に対して特異的な標識に依拠せずとも、有核赤血球に対して特異的な標識を行うことが出来る。
【0067】
なお上記いずれかの標識を行う前に、画分A中の血球に対して組織学的な架橋固定をしてもよい。あるいは全ての標識を行う前に架橋固定を行ってもよい。また係る状態で下記のセルソーティングによる分画を行ってもよい。血球を架橋固定することで、血球同士が凝集することを予防できる。したがってセルソーティングによる分取が精度よくできる。
【0068】
画分A中の血球に対して組織学的な架橋固定を行わない状態で、下記に述べるような分画、すなわちセルソーティングによる分画を行ってもよい。
【0069】
例えば、血球の架橋固定を行うことなく、核酸に特異的な標識と、赤血球特異的な免疫標識とを同時に行ってもよい。さらにこれらの標識を行った後に血球を架橋固定してもよい。さらに架橋固定された血球に対して、白血球特異的な免疫標識を行ってもよい。
【0070】
[セルソーティングによる有核赤血球のさらなる濃縮]
標識した画分A中の血球をセルソーティングによって選別することで有核赤血球をさらに濃縮することができる。セルソーティングでは例えば細胞を選別するために用いられる装置(セルソーター)を使用する。標識が蛍光標識であれば、セルソーティングによる選別の方法は蛍光標示式細胞分取法(FCM)でもよい。セルソーティングによる選別の方法は磁気標識による細胞分取法でもよい。本実施形態ではセルソーティングの原理及びセルソーターの機種は特に限定されない。
【0071】
一態様において、FCMはセルアナライザーに分取装置が加わったもの、一例としてセルソーターによって行う。一態様において、セルソーターは、細胞を連続的に流れる流体に乗せるとともに、細胞に対して励起光を照射して得た細胞の蛍光をもって個々の細胞の特徴を同定する。この同定はセルアナライザーの機能でもある。同定により得られた情報に基づきセルソーターは、さらに細胞を液滴に閉じ込めた状態にするとともに、特定の細胞を有する液滴を収集することで、特定の細胞を分取する。
【0072】
一態様において、セルソーターは、細胞を連続的に流れる流体に乗せるとともに、細胞に対して励起光を照射して得た細胞の蛍光をもって個々の細胞の特徴を同定する。同定により得られた情報に基づき、セルソーターは、細胞を引き続き連続的に流れる流体に乗せた状態で特定の細胞を有する画分を分取する。
【0073】
このような液滴を用いないセルソーターとして、後述する図3及び特許文献7に記載のようなパルス流を分取に利用するセルソーターが知られている。また特許文献8に記載のような流体のゾル−ゲル転移を分取に利用するセルソーターが知られている。
【0074】
このような液滴を用いないセルソーターは細胞を流体に乗せたまま、分取容器内に細胞を導くことが出来るので細胞が損傷しにくい。また容器に細胞を導くまでの工程において、流体を流路チップ内に閉じ込めることで、流体の飛沫による装置や環境の汚染を防止しやすい。
【0075】
セルソーティングでは赤血球に対して特異的な標識により標識された血球を取得するように血球を選別することが好ましい。有核赤血球は赤血球であるから、赤血球に対して特異的な標識により、有核赤血球を、白血球を始めとする他の血球と区別できる。白血球に対して特異的な標識により標識された白血球を画分Aから排除してもよい。
【0076】
セルソーティングでは有核の血球に対して特異的な標識により標識された血球を取得するように血球を選別することが好ましい。有核赤血球は核を有するから、核酸に対して特異的な標識により、有核赤血球を無核の赤血球を始めとする他の血球と区別できる。
【0077】
セルソーティングでは、これらの標識を組み合わせることで、有核赤血球の純度が高められた画分を取得する。赤血球に対して特異的な標識による分取と、核酸に対して特異的な標識による分取とは同時に行ってもよい。またいずれかを先におこなってもよい。例えば赤血球に対して特異的な磁気標識により選別を行った後、核酸に対して特異的な蛍光標識により選別を行うことで画分Bを取得してもよい。
【0078】
[追加的な細胞選別]
画分A中の血球を蛍光標識した場合は、セルソーティングとしてFACS(商標)を用いることが好ましい。またセルソーティングによる処理後も蛍光標識は残存しているので、これを有効に利用してもよい。
【0079】
例えばセルソーティングで得られた1回目の画分に対してさらに追加的に蛍光を利用して細胞を分取してもよい。例えば得られた1回目の画分に対してさらにセルソーティングによる選別を繰り返して2回目以降の画分を取得してもよい。これにより最終的に上記画分Bを得てもよい。
【0080】
[診断用のデータの提供]
【0081】
本実施形態の方法により血液試料から効率的に、また短時間のうちに有核赤血球を濃縮することができる。特に、血液試料として母体血を用いた場合、短時間のうちに胎児由来有核赤血球を濃縮することができる。胎児由来有核赤血球の核ゲノムを蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH, Fluorescence in situ hybridization)、次世代シークエンス法(NGS, Next generation sequencing)及びマイクロアレイ法のいずれかで解析してもよい。解析により、染色体の数、染色体の構造及び核ゲノムDNAの塩基配列に関するデータを取得できる。かかるデータを胎児の染色体疾患の検査又は診断をするために用いることができる。かかる検査は非侵襲的出生前遺伝学的検査である。
【0082】
in situハイブリダイゼーション法は、蛍光物質や酵素などで標識したオリゴヌクレオチドプローブを用い、目的の遺伝子とハイブリダイゼーションさせたのち、当該プローブを検出することにより、目的とする遺伝子の発現解析を行うものである。そのうち蛍光物質で標識するものを蛍光in situハイブリダイゼーション法と呼ばれる。蛍光in situハイブリダイゼーション法により診断用のデータを取得できる。診断用のデータは染色体数的異常や微小欠損症、例えばダウン症、エドワーズ症候群、22q11.2欠損症候群の有無を判定するのに役立つ。
【0083】
濃縮された有核赤血球をin situハイブリダイゼーション法で解析することで診断用のデータを得てもよい。例えば、21番染色体に特異的なDNA配列を元にした蛍光プローブを用いてFISHを行うことでダウン症の診断に供するデータを取得することができる。
【0084】
次世代シークエンス法はDNAの塩基配列を高速で読み取るものである。濃縮された胎児由来有核赤血球に含まれる核ゲノムDNAの塩基配列をNGSで読み取ることで、診断用のデータを得ることができる。診断用のデータは染色体数的異常や微小欠損症、例えばダウン症、エドワーズ症候群、及び22q11.2欠損症候群の有無を判定するのに役立つ。
【0085】
胎児由来有核赤血球の核ゲノムDNAをマイクロアレイ法により解析することで診断用のデータを得てもよい。マイクロアレイ法は、基板上の微小なスポットに対して、各ゲノムDNA又はその増幅DNAに蛍光標識などを施したものをハイブリダイズさせることで行う。スポットには遺伝子配列を有する合成DNAが予め吸着されている。診断用のデータは染色体数的異常や微小欠損症、例えばダウン症、エドワーズ症候群、及び22q11.2欠損症候群の有無を判定するのに役立つ。
【0086】
胎児由来有核赤血球中の染色体の半分は母体と同一の染色体である。このためFISH、NGS及びマイクロアレイ法での解析にあたりバックグラウンドの母体染色体配列のシグナルの影響が大きい。一方で母体血に含まれる有核赤血球の量は非常に少ない。一方で本実施形態の方法は有核赤血球を効率よく濃縮することができる。したがって本実施形態の方法はこれらの解析手段に用いる胎児由来有核赤血球を調製するのに適する。
【実施例】
【0087】
以下、本実施形態を実施例によりさらに詳細に説明する。これらの実施例は本発明を限定的に解釈するためのものではない。
【0088】
[参考例1]
<採血>
本参考例および後述の実施例では適切な手続の下、母体血及び一般血の提供を受けた。母体血は、試験研究用として妊娠33週の妊婦から提供されたものである。胎児の性別は男性である。本実施例において用いられた一般血は、試験研究用として妊婦ではない人から提供されたものである。母体血及び一般血の採取は医療機関においてなされた。これらの血液は適正な管理の下、発明者らの研究室に輸送された。
【0089】
本参考例では母体血20mlを出発材料として使用し、採血後2時間で処理を開始した。
【0090】
全自動セルカウンターTC20(BIORAD)で測定したところ、母体血10mlには3.16×1010個の血球が含まれていた。母体血をPBS(リン酸塩緩衝食塩水)で2倍に希釈した。
【0091】
<有核赤血球の濃縮>
母体血中の有核赤血球を密度勾配遠心法で濃縮した。ここで濃縮とは、有核赤血球以外の血球を除去することである。濃縮において母体血から除去される血球は無核の赤血球であることが好ましい。濃縮において母体血から血小板も除去されることがさらに好ましい。
【0092】
密度勾配積層遠心により有核赤血球の濃縮された画分Aが得られた。濃縮後において、画分A中における全血球に対する有核赤血球の割合は、母体血試料中における全血球に対する有核赤血球の割合よりも大きくなる。
【0093】
密度勾配積層遠心による分画は以下のように行った。パーコール及び食塩水を用いて密度1.085g/ml及び1.075g/mlの等張液を作成した。遠心管にこれらを順に積層した後、さらに母体血10mlを重層した。係る遠心管を20℃、1750Gで30分間遠心した。
【0094】
図4に密度勾配積層遠心の結果の模式図が表されている。遠心管46には上から順に、層45a〜fが形成されている。層45aには血漿が濃縮されている。層45bには白血球43が濃縮されている。層45a及びbの密度は1.075g/mlよりも小さいと考えられる。層45cは密度1.075g/mlの等張液の層である。
【0095】
図4に示す層45dには有核赤血球41が濃縮されている。層45dの密度は1.075g/mlよりも大きく、1.085g/mlよりも小さいと考えられる。層45dを分取するとともに血球を洗浄することで有核赤血球を含む画分を得た。かかる画分を試料1とした。試料1中の血球数を、全自動セルカウンターTC20を用いて測定した。血球数は約9.95×10個であった。
【0096】
図4に示す層45eは密度1.085g/mlの等張液の層である。層45fには無核赤血球42が濃縮されている。層45fの密度は1.085g/mlよりも大きいと考えられる。
【0097】
試料1の半分量を画分Aとして用い、以下の蛍光標識のステップを行った。
【0098】
<蛍光標識>
画分Aの血球をHoechst33342(Sigma−Aldrich製)、抗CD45-PE標識抗体(Miltenyi-Biotec製、クローン名:5B1)、及び抗CD235a-FITC標識抗体(Miltenyi-Biotec製、クローン名:REA175)で同時に染色した。染色に際して血球の架橋固定は行わなかった。染色は4℃で、10分間行った。染色後、血球の懸濁液を4℃、300Gの条件で10分間遠心することで標識された血球を回収した。
【0099】
抗体の希釈に際し、抗CD45-PE標識抗体と緩衝液との間の体積の比(希釈率)を1:10とした。また、抗CD235a-FITC標識抗体と緩衝液との間の体積の比(希釈率)を1:1099とした。
【0100】
セルソーティングで画分Aをさらに分画した。セルソーターとして図4の模式図に示すセルソーターを用いた。係るセルソーターは血球を蛍光検出するものである。
【0101】
まず図4に示す主流路47内に蛍光標識された画分Aを含む定常的な液体流を作る。液体流中の血球48aに励起光を投射して蛍光により標識のシグナルの有無を検出する。副流路49は主流路47と交差する。血球48aは主流路47と副流路49との交差点に向かって流れる。
【0102】
図4に示す血球48bはシグナルの検出された血球である。係る血球は主流路47内を流れて来て交差点に入る。副流路49では液体流と交差する方向にパルス流を生じることが出来る。上述のシグナルに基づき、血球48bを標的としてパルス流を発生させる。
【0103】
図4に示す血球48bを副流路49のパルス流に乗せることで、血球48bを主流路47の液体流から分離する。分離した血球48bを、逐次的に収集する。これにより収集された48bからなる画分Bが生成される。
【0104】
図4において、シグナルの無かった又は弱かった血球48cに対してはパルス流が付与されない。血球48cは主流路47内をそのまま液体流に乗って流れていく。
【0105】
係るセルソーターについては特許文献7に詳細が説明されている。また本実施例ではオンチップ・バイオテクノロジーから提供されるセルソーターを使用した(セルソーターの型式:On-chip−Sort MS6)。本参考例では細胞選別のためのセルソーターの動作条件は以下の通りであった。
【0106】
<セルソーティングによる分析>
図5はHoechst33342の蛍光強度分布を示す。縦軸は血球の出現頻度を表す。横軸はHoechstの蛍光シグナルの強度を表す。ピークが二つ表れている。出現頻度が強度40〜50の間で極小となった。係る範囲で境界値を定め、これより強度の大きい血球を有核の血球と推定した。また、これより強度の小さい血球を無核の血球と推定した。
【0107】
図6は母体血における免疫標識の蛍光強度分布を示す。図7は一般血における免疫標識の蛍光強度分布を示す。縦軸は抗CD235a抗体に結合したFITC(fluorescein isothiocyanate)の発光のシグナルの強度を表す。横軸は抗CD45抗体に結合したPE(phycoerythrin)の発光のシグナルの強度を表す。
【0108】
図6及び図7におけるAr1は、CD235a−FITCのシグナルが強く表れた集団を表す。Ar2は、CD45で標識された白血球の集団を表す。
【0109】
母体血の結果と一般血の結果との比較により、母体血では、一般血に比べてAr1に属する血球の数が多いことが分かった。
【0110】
図6において、Ar1の内、FITC(fluorescein isothiocyanate)の発光のシグナルの強度が1×10より大きいものを有核赤血球の候補とした。これは、予備実験においてバックグラウンドノイズ、すなわち白血球のFITCの発光のシグナル強度が1×10以下であったことによる。
【0111】
<分子生物学的解析>
画分Bの全体に対してNucleospin Tissue XS(タカラバイオ株式会社から購入)を使用して、DNA抽出を行った。
【0112】
本実施例ではDNA抽出で得られたDNAを鋳型としてPCR反応を行った。PCR反応ではEx-Taq polymeraseを使用した。図14は分子生物学的解析の結果を表す。図8に示される電気泳動像の内レーン1〜11はSRY遺伝子配列に対するPCRによる270bp長の増幅産物を表す。鋳型は以下の通りである。
【0113】
レーン1の左側には200bpのDNAラダーが示されている。
【0114】
レーン1:ヒト男性の標準DNA、200コピー。
【0115】
レーン2:ヒト女性の標準DNA、200コピー。
【0116】
レーン3:ヒト男性の標準DNA、0コピー。
【0117】
レーン4:ヒト男性の標準DNA、1コピー。
【0118】
レーン5:ヒト男性の標準DNA、4コピー。
【0119】
レーン6:ヒト男性の標準DNA、8コピー。
【0120】
レーン7:ヒト男性の標準DNA、16コピー。
【0121】
レーン8:ヒト男性の標準DNA、64コピー。
【0122】
レーン9:ヒト男性の標準DNA、100コピー。
【0123】
レーン10:試料1
図8に示す電気泳動像より、試料1には4〜16コピーのSRY遺伝子配列を有するDNAが含まれることが分かった。したがって、試料1には胎児由来の染色体DNAが含有されることが分かった。
【0124】
[実施例1]
<血球分離チップによる有核赤血球の濃縮>
実施例1では採血後2〜3時間経過した母体血0.3mlを使用し、有核赤血球の濃縮の図1および図2に示す血球分離チップによって行った。
【0125】
母体血は予め50倍に希釈した。希釈はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で行った。主流路への母体血希釈液の単位時間当たりの流量および副流路へのPBSの単位時間当たりの流量を血球分離チップ当たり25μl/分とした。血球分離チップによる分画は10時間行った。
【0126】
本実施例では、図2における分岐流路を4個設け(59a−d)、それぞれの細流路の内接径はそれぞれ8、12、15及び25μmであった。本実施例において細流路の断面は四角であった。
【0127】
<分画>
15mlの母体血希釈液を上記血球分離チップで分画した結果を表1に示す。係る母体血には300μlの母体血全血が含まれた。母体血全血中には1.43×109個の血球が含まれると考えられる。全自動セルカウンターTC20を用いて測定した。分岐流路1〜4並びにフロースルー5を通過した画分の血球数は表1の通りである。
【0128】
【表1】
【0129】
表1に示される画分Fr4中の血球は3.29×107個であった。密度勾配積層遠心の結果も考慮すると、係る画分には有核赤血球及び白血球に相当する血球が含まれていると解される。画分Fr4を上述の画分Aとして用いて、セルソーティングによる解析を行った。
【0130】
画分Bの分取は参考例1と同様に行った。まず画分Aに対してHoechst33342及びPE修飾抗CD45抗体による染色を行った。染色は細胞に対して架橋固定を含む固定処理をせずに行った。次にFITC修飾抗CD235a抗体による染色を行った。抗体の濃度は参考例1と同様に最適化した。
【0131】
画分Fr4の3.29×107個の血球をオンチップ社のセルソーターで選別した。Hoechst33342及びCD235aに対して陽性、かつCD45に対して陰性の血球を選別した。以上により661個の血球を含有する画分を得た。
【0132】
<一細胞レベルでの分離>
図9には上述のように染色した血球が示されている。図に示すように凝集の発生は抑えられていた。このため、血球を一細胞レベルで互いに分離可能なことが示された。本実施例において凝集が抑えられたことは染色する抗体濃度を最適化したことによると考えられる。
【0133】
<染色体DNAの抽出>
上記画分Bを、血球を約200個ずつ有する3つの画分に分けた。これらの画分には1〜2個の胎児由来の有核赤血球が含まれているものと期待された。
【0134】
各画分に対して、染色体DNAの抽出を行った。染色体DNAに対してMALBAC(Multiple Annealing and Looping Based Amplification Cycles)法による全ゲノム増幅を行った。これにより胎児由来のY染色体が増幅され、後の工程でSRY遺伝子の検出を容易にすることができた。増幅された染色体DNAを鋳型として、SRY遺伝子配列特異的にPCR増幅を行った。SRY遺伝子のPCR産物の電気泳動層を図10に示す。鋳型は以下の通りである。
【0135】
レーン1の左側には200bpのDNAラダーが示されている。
【0136】
レーン1:蒸留水。
【0137】
レーン2:ヒト男性の標準DNA、20ng。
【0138】
レーン3:ヒト女性の標準DNA、20ng。
【0139】
レーン4:MALBAC法による増幅産物1、450ng。
【0140】
レーン5:MALBAC法による増幅産物2、610ng。
【0141】
レーン6:MALBAC法による増幅産物3、700ng。
【0142】
レーン4の増幅産物1を鋳型としたPCRにおいては、SRYのバンドが見られた。他の増幅産物を鋳型としたPCRにおいては、SRYのバンドが見られなかった。以上より、画分Bを分画することで、胎児由来の血球を有する画分と、有しない画分とに分けられることが分かった。
【0143】
以上の事から、本実施例の血球分離チップにより有核赤血球を濃縮できることが確認された。
【0144】
[実施例2]
<血球分離チップによる有核赤血球の濃縮>
妊娠26週の43歳女性(胎児は男児)から提供された母体血をPBSで5倍に希釈し血球分離チップを用いて有核赤血球の濃縮を行った。約69時間経過後に希釈した母体血を用いた。
【0145】
用いた血球分離チップは実施例1で用いたものを改変したものである。実施例1で用いたチップは分岐流路を4つとフロースルーを備えていたが、本実施例では、内接径はそれぞれ15及び25μmである分岐流路を2つとフロースルーを備えたもの(図11、59a、d)を10層重ねたもの、すなわちマイクロ流路単位中では各流路が平面的に配置されており、分離チップはマイクロ流路単位を有する層を10個有し、各層の有する前記マイクロ流路単位は縦方向に互いに重なり合うことでマイクロ流路スタックを形成しており、階層流路において、各層のマイクロ流路単位の有する主流路の入口、副流路の入口、除去流路の出口、回収流路の出口及び主流路の出口は全層を貫く柱流路にそれぞれまとめて接続されていて、主流路の入口の底層はふさがり、前記主流路の出口の一方がふさがっているものを用いた(図12)。
【0146】
母体血希釈液の単位時間当たりの流量および副流路へのPBSの単位時間当たりの流量を血球分離チップあたり毎分50μlとし、60分間血球分離チップを用いて分画した。分岐流路1(Fr1)、分岐流路2(Fr2)およびフロースルー3(Fr3)を通過した画分の血球数は表2の通りである。
【0147】
【表2】
【0148】
得られたフラクション2には3.11×10個の血球が含まれると考えられた。全自動セルカウンターTC20を用いて測定した。
【0149】
<セルソーティングによる有核赤血球濃縮の確認>
母体血から得られた画分Fr2に含まれる血球3.11×10個のうち1/8量(0.40×10個)の血球を実施例1と同様にセルソーターで選別した。Hoechst33342及びCD235aに対して陽性、かつCD45に対して陰性の血球を選別した。以上により15429個の血球を含有する画分を得た(図13、Arエリア)。
【0150】
Fr2から新たに得たその1/8量の血球をセルソーターで分離し、21981個の血球を含有する画分を得た(図14、Arエリア)。
【0151】
得られた各画分から実施例1と同様に染色体DNAの抽出を行った。染色体DNAに対してMALBAC法による全ゲノム増幅を行った。増幅された染色体DNAをNucleoSpin Gel and PCR Clean-up(タカラバイオ株式会社から購入)による精製後この一部を鋳型として、SRY遺伝子配列特異的にPCR増幅を行った。SRY遺伝子のPCR産物の電気泳動像を図15に示す。鋳型は以下の通りである。
【0152】
[鋳型]
レーン5の右側には100bpのDNAラダーが示されている。
【0153】
レーン1:蒸留水。
【0154】
レーン2:市販のヒト男性の標準DNA、20ng。
【0155】
レーン3:市販のヒト女性の標準DNA、20ng。
【0156】
レーン4:母体血Fr2に含まれる染色体DNAのMALBAC法による増幅産物、10ng。
【0157】
レーン5:母体血Fr2に含まれる染色体DNAのMALBAC法による増幅産物、10ng。
【0158】
母体血からFr2画分に含まれる染色体DNAのMALBAC法による増幅産物を鋳型としたPCRにおいては、SRYのバンドが見られた。他の増幅産物を鋳型としたPCRにおいては、SRYのバンドが見られなかった。以上より、血球分離チップによる60分間の処理により胎児由来細胞を濃縮できることが分かった。
【0159】
また、参考例に示すように、密度勾配遠心法では、遠心管中に浮遊する画分を採取する必要があった。これに対して血球分離チップを用いた本実施例では、血球分離チップ自身で胎児由来細胞の濃縮された分画を分取することが出来た。
【0160】
[実施例3]
実施例2で用いた血球分離チップを図16に示すように改変して用いた。すなわち、マイクロ流路単位を有する層中に4個の前記マイクロ流路単位が形成され、前記層が10個であるものを用いて、実施例2に準じて有核赤血球を濃縮した。マイクロ流路単位を有する層中に2以上のマイクロ流路単位が形成されることで、血球分離チップ中には複数の前記マイクロ流路スタックが立ち並んでいる。入口が接続する柱流路が一本の統合柱流路として統合されている。
【0161】
分岐流路の内接径は実施例2で示したものと同一であり、母体血希釈液の単位時間当たりの流量および副流路へのPBSの単位時間当たりの流量を血球分離チップあたり毎分200μlとし、60分間血球分離チップを用いて分画した。
【0162】
その結果、実施例2で示したのと同様に有核赤血球を濃縮することができた。
【0163】
上記の実施形態及び実施例では標的細胞として有核赤血球を例に挙げて本発明を説明した。ここで標的細胞は血球でなくてもよい。標的細胞は例えばCTC(末梢循環腫瘍細胞)でもよい。この場合、血液試料はがんの検査が必要な対象、がん患者、又はがんの治療をすでに行った患者から採取してもよい。
【0164】
[実施例4] <多層チップの性能評価>
【0165】
多層チップの性能評価を以下のとおり行った。実施例2と同様に、マイクロ流路単位を有する層が等間隔に連続的に積層されている多層チップを用いて、全血を分画した。全血は妊婦ではない一般成人の全血である。全血を希釈したものを分画した。希釈率は5倍とした。
【0166】
多層チップは実施例2で説明したものと同一のマイクロ流路単位を有する。ただし、本実施例で使用した多層チップは、マイクロ流路単位を有する層が8個である点で実施例2の多層チップと異なる。また同一のマイクロ流路単位を有する単層チップを対照として使用した。
【0167】
主流路の入口をまとめる柱流路への希釈血の流入速度を毎分20μlとした。多層チップに流入した希釈血は各層の副流路のそれぞれに分かれて流入する。単層チップでは唯一の主流路への希釈血の流入速度を毎分20μlとした。各チップで分画の処理がなされた血液の体積は600μlである。
【0168】
上述の通り副流路にPBSを通すことで、主流路の血液の流れに対する押さえつけを行った。チップ中の層の数によらず、副流路の入口をまとめる柱流路へのPBSの流入速度を毎分20μl(弱い押さえつけ)又は40μl(強い押さえつけ)とした。単層チップでは唯一の副流路へのPBSの流入速度を毎分20μlとした。多層チップに流入したPBSは各層の副流路のそれぞれに分かれて流入する。各チップに導入されたPBSの体積は600μl又は1,200μlである。
【0169】
画分F1を分岐流路1(Fr1、幅15μm、図12の柱流路24aに相当)から取得した。画分F2を分岐流路2(Fr2,幅25μm、図12の柱流路24dに相当)から取得した。画分F3をフロースルー(Fr3、図12の柱流路に25相当)から取得した。各画分に含まれる血球を分析して表3に示す結果を得た。
【0170】
【表3】
【0171】
分析について説明する。画分F1からF3に回収された細胞数(C1)を全自動セルカウンターTC20(BIORAD)にて測定した。ただし、画分F1は予め400倍希釈してから細胞数を測定した。これは画分F1には脱核後の成熟赤血球を主として多くの細胞が含まれているからである。希釈率は100〜200倍でもよい。
【0172】
画分F1に対して溶血処理を施す。これにより、画分F1中の成熟赤血球を溶血する。白血球を初めとする有核の細胞は溶血処理後も残る。残った細胞の一部をFCMで解析した。画分F2では回収された細胞の一部をFCMで解析した。溶血後の画分F1と画分F2に対して蛍光核染色を行った。FCMにより核染色の陽性率(p)(%)を測定した。
【0173】
画分F1の分析では溶血処理後に残った細胞数(C2)を母数(C3)とした。画分F2の分析では多層チップで回収された細胞数(C1)を母数とした。母数(C3)に陽性率(p)(%)を乗じて、各画分中の有核細胞数(C4)を算出した。有核細胞数(C4)を元に、画分F1及び画分F2への有核細胞の分配比を求めた。画分F1及び画分F2の分配比の合計を100とする。またチップで回収された全細胞数に対する有核細胞数(C4)の割合を分画効率(%)として表に示した。
【0174】
弱い押さえつけ(毎分20μl)を適用したときの画分F2の陽性率(p)は、単層チップで4.86%であった。これに対して多層チップでは28.6%であった。この結果は単層チップでは太い方の分岐流路2に対して、多くの成熟赤血球が進入していることを表している。また多層チップでは成熟赤血球の分岐流路2への進入が緩和されていることを表している。
【0175】
弱い押さえつけ(毎分20μl)を適用したときの有核細胞の分配比(F1:F2)は単層チップで42.4:57.6であった。これに対して多層チップでは7.9:92.1であった。この結果は単層チップでは細い方の分岐流路1に対して、多くの有核細胞が進入していることを表している。また多層チップでは有核細胞の分岐流路1への進入が緩和されていることを表している。
【0176】
上記の結果より単層チップより多層チップの方が成熟赤血球と有核細胞とに対する水力学的な分級の精度が高いことが分かった。
【0177】
さらに分級の精度を高めるために強い押さえつけ(毎分40μl)を適用して分画を行った。画分F2の陽性率(p)は、単層チップで55.3%まで向上した。多層チップにても66.6%まで向上した。この結果は押さえつけを強くすることで成熟赤血球の分岐流路2への進入が緩和されていることを表している。
【0178】
強い押さえつけ(毎分40μl)を適用したときの有核細胞の分配比(F1:F2)は単層チップで21.5:78.5であった。多層チップでも4.6:95.4であった。これらの結果は押さえつけを強くすることで分級の精度を高められることを表している。
【0179】
強い押さえつけ(毎分40μl)を適用したときの分配比の向上は単層チップでは非常に大きいものであった。しかしながら多層チップでは分配比の大きな向上は見られなかった。これは弱い押さえつけ(毎分20μl)であっても、分配比がすでに十分に画分F2側に偏っていたことによると考えられる。以上より、チップの多層化は、押さえつけの強さに依存せずに分級精度を向上させることのできる手段であることが分かった。
【0180】
この出願は、2017年10月19日に出願された日本出願特願2017−202907を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【0181】
本発明の他の態様は以下に述べるものである。
[1]血球分離チップを使用して血液試料中の血球を分画することで全血が数を基準として有核赤血球の濃縮された画分を取得する方法であって、前記血液試料は、血液試料それ自体、又は前記血液試料に比べて全血が数を基準として有核赤血球が濃縮されていない未漉縮試料であり、
前記血球分離チップは、前記血液試料が流れる主流路と、前記主流路の側方に接続する副流路と、前記副流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する除去流路と、前記除去流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する回収流路と、を有するマイクロ流路単位を備え、
副流路から流れ出す液が前記主流路を流れる血球を前記除去流路及び前記回収流路の側に向かって押し込み、
前記押し込まれた血球のうち無核赤血球が前記除去流路に進入することで、前記血液試料から無核赤血球が除去され、
前記無核赤血球が除去されて残った血球のうち有核赤血球が前記回収流路に進入することで前記血液試料から有核赤血球が前記画分として取得され、
前記除去流路と前記回収流路の内接径が異なり、前記主流路と前記除去流路との接続部における前記除去流路の内接径が、前記主流路と前記回収流路との接続部における前記回収流路の内接径より低い数値である、方法、
[2]前記血液試料が母体血試料であり、前記有核赤血球が胎児由来有核赤血球である、[1]記載の方法、
[3]前記主流路と前記除去流路との接続部において前記除去流路の内接径が4〜19μmであり、
前記主流路と前記回収流路との接続部において前記回収流路の内接径が20〜30μmである、[1]記載の方法、
[4]前記主流路への血液試料の1分間時間当たりの流量が0.5〜50μlである、[1]記載の方法、
[5]前記副流路の流量が、前記主流路への血液試料の1分間当たりの流量の1〜10倍である、[1]記載の方法、
[6]前記マイクロ流路単位中では各流路が平面的に配置されており、前記分離チップは前記マイクロ流路単位を有する層を2〜200個有し、
各層の有する前記マイクロ流路単位は縦方向に互いに重なり合うことでマイクロ流路ス
タックを形成しており、
前記階層流路において、各層の前記マイクロ流路単位の有する前記主流路の注入口、前記副流路の注入口、前記除去流路の排出口、前記回収流路の排出口及び前記主流路の排出口は全層を貫く縦流路にそれぞれまとめて接続されている、[1]に記載の方法、
[7]前記主流路の注入口の底層はふさがり、前記主流路の排出口の最上層または最下層がふさがっている、[6]記載の方法、
[8]前記マイクロ流路単位を有する層中に2以上の前記マイクロ流路単位が形成されることで、前記血球分離チップ中には複数の前記マイクロ流路スタックが立ち並んでおり、前記注入口が接続する前記縦流路が一本の統合縦流路として統合されている、[6]記載の方法、
[9]前記血液試料を注入する間に前記血液試料を定期的に攪拌する、[1]に記載の方法、
[10]前記マイクロ流路単位において、
前記回収流路の前記内接径は前記回収流路の途中で拡大し、
前記除去流路の前記内接径は前記除去流路の途中で拡大している、
[1]に記載の方法、
[11]血球分離チップを使用して血液試料中の血球を分画することで全血が数を基準として有核赤血球の濃縮された画分Aを取得し、前記血液試料は、血液試料それ自体、又は前記血液試料に比べて全血が数を基準として有核赤血球が濃縮されていない未漉縮試料であり、
画分Aを白血球及び核酸に対して特異的に標識するとともに、標識した前記画分A中の血球を少なくともセルソーティングによって選別することで、白血球に対して特異的な標識により標識された血が排除されているとともに核酸に対して特異的な標識により標識された血球が濃縮されている画分Bを取得し、
前記画分B中の血球に含まれる染色体の解析を行うことで、非侵襲的出生前遺伝学的検査における診断に供するデータを取得する方法であって、
前記血球分離チップは、前記血液試料が流れる主流路と、前記主流路の側方に接続する副流路と、前記副流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する除去流路と、前記除去流路の下流において前記副流路とは反対側の前記主流路の側方に接続する回収流路と、を有するマイクロ流路単位を備え、
副流路から流れ出す液が前記主流路を流れる血球を前記除去流路及び前記回収流路の側に向かって押し込み、
前記押し込まれた血球のうち無核赤血球が前記除去流路に進入することで、前記血液試料から無核赤血球が除去され、
前記無核赤血球が除去されて残った血球のうち有核赤血球が前記回収流路に進入することで前記血液試料から有核赤血球が前記画分として取得され、
前記除去流路と前記回収流路の内接径が異なり、前記主流路と前記除去流路との接続部における前記除去流路の内接径が、前記主流路と前記回収流路との接続部における前記回収流路の内接径より低い数値である、方法、
[12]染色体の解析が、蛍光in situハイブリダイゼーシヨン法、次世代ゲノムシークエンス法またはマイクロアレイ法による解析である[11]記載の方法、
[13]前記血液試料が母体血試料であり、前記有核赤血球が胎児由来有核赤血球である、[11]記載の方法、
[14]前記主流路と前記除去流路との接続部において前記除去流路の内接径が4〜19μmであり、
前記主流路と前記回収流路との接続部において前記回収流路の内接径が20〜30μmである、[11]記載の方法、
[15]前記主流路への血液試料の1分間単位時間当たりの流量が0.5〜50μlである、[11]記載の方法、
[16]前記副流路の流量が、前記主流路への血液試料の1分間当たりの流量の1〜10倍である、[11]記載の方法、
[17]前記マイクロ流路単位中では各流路が平面的に配置されており、前記分離チップは前記マイクロ流路単位を有する層を2〜200個有し、
各層の有する前記マイクロ流路単位は縦方向に互いに重なり合うことでマイクロ流路スタックを形成しており、
前記階層流路において、各層の前記マイクロ流路単位の有する前記主流路の注入口、前記副流路の注入口、前記除去流路の排出口、前記回収流路の排出口及び前記主流路の排出口は全層を貫く縦流路にそれぞれまとめて接続されている、[11]に記載の方法、
[18]前記主流路の注入口の底層はふさがり、前記主流路の排出口の最上層または最下層がふさがっている、[17]記載の方法、
[19]前記マイクロ流路単位を有する層中に2以上の前記マイクロ流路単位が形成されることで、前記血球分離チップ中には複数の前記マイクロ流路スタックが立ち並んでおり、前記注入口が接続する前記縦流路が一本の統合縦流路として統合されている、[17]記載の方法、
[20]前記血液試料を注入する間に前記血液試料を定期的に攪拌する、[11]に記載の方法、
[21]前記マイクロ流路単位において、
前記回収流路の前記内接径は前記回収流路の途中で拡大し、
前記除去流路の前記内接径は前記除去流路の途中で拡大している、
[11]に記載の方法。
【符号の説明】
【0182】
20 チップ
22 主流路の入口をまとめる柱流路
23 副流路の入口をまとめる柱流路
24a 除去流路の出口をまとめる柱流路
24d 回収流路の出口をまとめる柱流路
25 主流路の出口をまとめる柱流路
39 顆粒
41 有核赤血球
42 無核赤血球
43 白血球
45a−f 層
46 遠心管
47 主流路
48a−c 血球
49 副流路
50 血球分離チップ
51 入口
52 主流路
53 副流路
54a−d 出口
55 出口
56a−d 流路
57 シリンジ
58 シリンジ
59a−d 分岐流路
61 入口
Fr1−5 画分
FT フロースルー
L01−L10 層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16