(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態を図面に関連づけて説明する。以下の実施の形態において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。また、同種の部材を区別するために、添え字を用いることがある。
【0023】
実施の形態の説明を分かりやすくするため、
図4を参照して、次の語句を定義する。以下の語句の定義は、本願明細書の全体および図面の全体を参酌することでより明確となる。
1)中心軸Cは、例えば、プラズマ加速装置1の中心を表す軸である。
2)座標系は、X軸、Y軸およびZ軸を持つ直交座標系である。X軸は、例えば、回転対称軸であり、中心軸Cに一致している。
3)「下流側」とは、例えば、X軸の正(+)方向の側を指す。例えば、ガス供給口14の下流側とは、ガス供給口14から見てX軸の正方向の側という意味である。「上流側」は、下流側の反対の意である。
4)径方向は、例えば、中心軸C(X軸)上の任意の点から中心軸C(X軸)の外部にある任意の点に向かう方向であり、かつ、中心軸C(X軸)に垂直な方向である。
【0024】
1.本願発明者によって認識された事項
プラズマ加速装置として、ホールスラスタの他にイオンスラスタが知られている。イオンスラスタおよびホールスラスタに関して、本願発明者は、次のような事項を認識した。
【0025】
(イオンスラスタ)
イオンスラスタについて述べる。
図1は、イオンスラスタ3aの構成例を示す模式的な縦断面図である。
図1に示すように、イオンスラスタ3aは、壁部30、アノード31と、電源32と、グリッド電極33と、中和器34と、供給口35と、噴出口面36とを備える。
図1の例では、グリッド電極33は、第1グリッド電極(スクリーングリッド電極)331と、第2グリッド電極(アクセルグリッド電極)332と、第3グリッド電極(ディセルグリッド電極)333とで構成されている。簡単に言えば、イオンスラスタ3aは、電場(静電場)を利用して、プラズマ化された推進剤のイオンを加速するように構成されている。
図1の説明では、内壁301から第1グリッド電極331までの間の領域をプラズマ発生領域と呼ぶ。
【0026】
イオンスラスタ3aの作動原理は、大別すると、3つのステップに分けられる。1つ目のステップは、プラズマの発生に関する。
図1に示すように、推進剤(例えば、キセノンガス)が供給口35からプラズマ発生領域に供給される。アノード31とプラズマ発生・放電用カソード(不図示)が電源32からプラズマ発生用の電力の供給を受けているため、推進剤がアノード31とプラズマ発生・放電用カソード間の放電によってプラズマ化される。その結果、プラズマ発生領域は、プラズマ化された推進剤を構成するイオン(陽イオンi)と電子(e)によって満たされる。
【0027】
2つ目のステップは、イオンの抽出に関する。
図1の例では、第1グリッド電極331は、プラズマ発生領域内のプラズマに対して負の電位をとなるように電源に接続されている。第2グリッド電極332は、電源32から負電圧の供給を受けている。第3グリッド電極333は、第2グリッド電極332の電位よりも高い正の電位になるように接続されている。その結果、プラズマ発生領域内のイオンが第2グリッド電極332に向けて加速される。3つのグリッド電極(331−333)の各々の孔を通過したイオンは、下流側に向かって運動する。つまり、プラズマ発生領域内のプラズマ中からイオンが抽出される。抽出されたイオンは、イオンビームI
beamとして、噴出口面36から下流側に向けて噴射される。
【0028】
3つ目のステップは、噴出口面36から噴出されたイオンの中和に関する。上述のイオンの抽出によって、プラズマ発生領域内の電子数がプラズマ発生領域内のイオン数よりも多くなっている。その結果、イオンスラスタ3a(壁部30)が負に帯電する。イオンスラスタ3aの電気的中性を保つため、中和器34が用いられる。中和器34は、イオンスラスタの噴出口面36よりも下流側に配置されており、電源32から負電圧の供給を受けることで電子を放出する。イオンビームI
beamのイオンが中和器34から放出された電子と結合することで、イオンビームI
beamが中和される。
【0029】
イオンスラスタには、次のような課題がある。第1に、グリッド電極が消耗しやすい。その理由の一つは、次の通りである。プラズマ発生領域内の全てのイオンが3つのグリッド電極(331−333)の各々の孔を通過するとは限らない。一部のイオンは、いずれかのグリッド電極に衝突する。このことは、グリッド電極の消耗を招くだけではなく、イオンスラスタの寿命を縮める。第2に、イオンスラスタのサイズを変えることなく、イオンスラスタの推進力を上げることが難しい。このことは、次の理由に起因している。イオンスラスタの推進力は、
図1のイオンビームI
beamの流れによって発生する電流(イオンビーム電流と呼ばれる。)に比例する。したがって、イオンスラスタのサイズが同じであるならば、イオンビーム電流が増えるほど、イオンスラスタの推進力も上がる。イオンビーム電流自体を増やすためには、プラズマを発生させるための推進剤の供給量が増えればよい。しかしながら、空間電荷制限則により、イオンビーム電流の大きさに上限があることが知られている。言い換えれば、イオンスラスタのサイズが同じであるならば、イオンスラスタの推進力に制限がある。
【0030】
(アニュラ型ホールスラスタ)
ホールスラスタについて述べる。ホールスラスタには、いくつかの種類がある。ここでは、アニュラ型を例に挙げる。
図2は、アニュラ型ホールスラスタ3bの構成例を示す模式的な縦断面図である。
図2に示すように、アニュラ型ホールスラスタ3bは、加速チャネルを構成するための壁部30と、アノード31と、電源32と、中和器34と、供給口35と、噴出口面36と、磁場発生体37とを備える。簡単に言えば、アニュラ型ホールスラスタ3bは、電場と磁場の相互作用を利用して推進剤をプラズマ化し、電子のドリフト電流(磁場に捕捉され、電場の影響を受けて運動する電子によって発生する電流)と磁場との相互作用を利用してプラズマ中のイオンを加速するように構成されている。
【0031】
図2に示すアニュラ型ホールスラスタ3bは、次の点で、
図1に示すイオンスラスタ3aと異なる。1つ目は、推進剤をプラズマ化するために、電場と磁場の相互作用に起因するホール電流(電子のホール運動)を利用することである。ホール電流J
Hを発生させるため、互いに直交する軸方向電場E
xと径方向磁場B
rが与えられる。2つ目は、ホール電流J
Hによってプラズマ化された推進剤のイオンがローレンツ力によって加速されることである。ローレンツ力は、ホール電流J
Hと径方向磁場B
rとの相互作用の一つである。なお、このローレンツ力の大きさは電界によってイオンに作用する静電力に等しい。
図2の例では、加速チャネルと呼ばれる領域で、ホール電流J
Hの発生およびイオンの加速が行われる。
【0032】
ホール電流J
Hの発生に必要な径方向磁場B
rは、磁場発生体37によって得られる。
図2の例では、径方向磁場B
rは、壁部30の中心軸Cから側壁302の方向の磁場である。
図2の例では、磁場発生体37の一部分は、中心軸Cを沿って配置されている。磁場発生体37の他の部分は、円筒状の側壁302に沿って配置されている。
【0033】
一方、ホール電流J
Hを発生させるために利用される軸方向電場E
xは、アノード31および中和器34によって得られる。
図2の例では、アノード31の一部分は、内周側内壁301
1に配置されている。アノード31の他の部分は、外周側内壁301
2に配置されている。
【0034】
アニュラ型ホールスラスタ3bの作動原理は、大別すると、4つのステップに分けられる。1つ目のステップは、ホール電流の発生に関する。
図2に示すように、中和器34から放出された電子は、軸方向電場E
xによって加速チャネルへ進入する。加速チャネルへ進入した電子は、径方向磁場B
rに捕捉され、E×Bドリフト運動を行う。その結果、加速チャネル内の電子は、中心軸Cの周りを回転する。電子の回転運動により、中心軸Cの周りにホール電流J
Hが発生する。
【0035】
2つ目のステップは、推進剤のプラズマ化に関する。推進剤が供給口35から加速チャネルに供給されると、推進剤がホール電流J
Hの電子と衝突することで、推進剤がプラズマ化される。その結果、加速チャネルは、プラズマ化された推進剤を構成するイオン(i)と電子(e)によって満たされる。
【0036】
3つ目のステップは、イオンの加速に関する。プラズマ化された推進剤のイオンは、ローレンツ力を受けて、噴出口面36に向けて加速される。その後、加速されたイオンは、イオンビームI
beamとして、噴出口面36から下流側へ向けて噴射される。
【0037】
4つ目のステップは、
図1に示すイオンスラスタの場合と同様に、噴出口面36から噴出されたイオンの中和に関する。アニュラ型ホールスラスタ3bにおいても、中和器34によって、イオンビームI
beamが中和される。
【0038】
上述のように、ホールスラスタは、グリッド電極を必要としない。したがって、ホールスラスタは、空間電荷制限則によるイオンビーム電流の制限を受けないという利点を持つ。その反面、ホールスラスタには、次のような課題がある。
【0039】
第1に、イオンビームのエネルギー損失が発生する。その理由の一つは、加速チャネル内のプラズマの一部が側壁に衝突するためである。この衝突は、イオンビームのエネルギー損失だけではなく、側壁自体の劣化も引き起こす。
【0040】
第2に、イオンビームは径方向に拡散しやすい。このことは、推進力の低下を招く。その理由としては、加速チャネル内の全てのイオンが軸方向運動量(X軸方向の運動量)を持つとは限らないからである。一部のイオンは、径方向運動量(径方向の運動量)を持っている。そのため、イオンビームが径方向に拡散しやすい。
【0041】
第3に、アニュラ型ホールスラスタの場合、ホールスラスタの大型化が難しい。言い換えれば、ホールスラスタの構造上、推進力を大きくすることに限界がある。このことは、次の理由に基づく。所望のイオンビームを得るためには、加速チャネル内のプラズマ圧力(プラズマ化された推進剤の圧力)を適切な値に保つことが求められる。しかしながら、
図2に示すグリッド幅Wの取り得る値は、グリッド間(磁場発生体37と側壁302との間)にかかる磁場の強さに反比例するというラーマ半径による制限があることが分かっている。そのため、ホールスラスタのサイズに関して、設計の自由度が低い。
【0042】
(シリンドリカル型ホールスラスタ)
ホールスラスタの種類には、アニュラ型の他に、シリンドリカル型がある。シリンドリカル型について述べる。
図3は、シリンドリカル型ホールスラスタ3cの構成例を示す模式的な縦断面図である。構成および作動原理に関して、
図3に示すシリンドリカル型ホールスラスタ3cは、
図2に示すアニュラ型ホールスラスタ3bと類似している。両者の間の大きな相違点は、磁場の分布である。
図2の例では、加速チャネル内に径方向磁場Brが発生する。これに対し、
図3の例では、加速チャネル内にカスプ磁場のような形状の磁場が発生する。このような磁場を発生させるため、内周側内壁301
1に配置されている磁場発生体37の形状が
図3に示すものと異なっている。
【0043】
アニュラ型ホールスラスタと比べると、シリンドリカル型ホールスラスタは、その構造上、(放電室の体積)/(放電室の表面積)が大きい。そのため、放電室の壁にイオンが衝突することによる壁面の損耗が発生しにくい。その反面、シリンドリカル型ホールスラスタには、イオンビームのエネルギー損失およびイオンビームの拡散に加え、次のような課題がある。中和器34から放出された一部の電子は、軸方向電場E
xによって、アノード31に向かう。その結果、当該電子の運動によって、チャネル内に放電電流が発生しやすい。放電電流は、スラスタの推力効率の低下を招く。
【0044】
本願発明者は、以上の課題に着目し、推力効率の高いプラズマ加速装置について検討した。
【0045】
2.第1の実施の形態
2.1.概要
(プラズマ加速装置の基本構成)
図4は、プラズマ加速装置1の基本構成を模式的に示す一部切欠き斜視図である。プラズマ加速装置1は、推進剤Gを使ってイオンビームを発生させ、そのイオンビームをプラズマ加速装置1の下流側に噴射することで推進力を得る。イオンを加速させると言う点においては、プラズマ加速装置1は、
図1から
図3の例と類似している。ただし、プラズマ加速装置1は、イオンビームを加速させるためのグリッドを必要とせず、また、必ずしも、磁場発生体を噴出口面よりも下流側に配置する必要もない。言い換えれば、プラズマ加速装置1の下流側にある解放された領域(空間)でイオンビームを発生させることが可能となる。
【0046】
図4の例では、プラズマ加速装置1は、カソード11と、アノード12と、電源13と、ガス供給口14と、第1磁場発生体15とを備える。カソード11は、プラズマ加速領域REG(加速チャネルとも呼ばれる。)の上流側領域REG
UPに電子を供給する。電源13は、カソード11とアノード12との間に電圧を印加する。ガス供給口14は、カソード11よりも外周側(径方向の外側)に配置されており、推進剤Gをプラズマ加速領域REGに供給する。第1磁場発生体15は、プラズマ加速装置1の下流側に末広がり状磁場Bを発生させる。
【0047】
図1から
図3の例と比べると、
図4の例では、カソード11、ガス供給口14および第1磁場発生体15がプラズマ加速領域REGよりも上流側に配置されている。よって、中和器としてのカソード11がプラズマ加速装置1の下流側に設けられていない。なお、アノード12は、プラズマ加速領域REGに面している。
【0048】
本願明細書では、説明を分かりやすくするため、プラズマ加速領域REGが上流側領域REG
UPと下流側領域REG
DOWNとに分けられている。プラズマ加速領域REGの詳細については、改めて述べる。
【0049】
(プラズマ加速装置の作動原理)
図5から
図9を参照して、プラズマ加速装置1の作動原理を説明する。なお、
図5から
図9の各々は、
図4に示すプラズマ加速装置1の模式的な縦断面図(X−Y平面に平行な面における断面図)である。
【0050】
まず、第1磁場発生体15によって発生する末広がり状磁場について、簡単に述べる。
図5に示すように、軸方向磁場B
x(X軸方向成分)は、上流側領域REG
UPにおいては、X軸の負方向から正方向に向かうにつれて、単調に減少する。これに対し、径方向磁場B
r(末広がり状磁場の径方向成分)は、上流側領域REG
UPにおいては、X軸の負方向から正方向に向かうにつれて、単調に増加する。
図5の説明では、末広がり状の磁場とは、軸方向(中心軸方向)に沿って配向した磁力線が下流側に向かうにつれて径方向に広がる(拡散する)磁場を言う。なお、カソード11の近傍の点P
1では、径方向磁場B
rが無視できるほど小さいとみなすことができる。
【0051】
1)
図5に示すように、カソード11から末広がり状磁場中Bに電子(e)が供給されると、電子は次のように運動する。カソード11から放出される電子は、径方向運動量よりも大きな軸方向運動量を持っている。そのため、多くの電子は、上流側領域REG
UPの上流側から下流側の方向に運動する。また、一般的に、電子(e)は、磁力線を横切って運動しにくい。このため、電子がアノード12に向かうことが抑制される。その結果、電力消費が抑えられ、プラズマ加速装置の推力効率が向上する。
【0052】
電力消費が抑えられる理由の一つは、電子がアノード12に向かうことが抑制されるために、電子の循環が起こりにくいためである。もし電子の循環が起こった場合、アノード12に向かう電子は、次のような振る舞いをするであろう。(a)アノード12に向かう電子は、やがてアノード12に流入する。(b)アノード12に流入した電子は、アノード12とカソード11との間の電気的経路を通って、カソード11から放出される。(c)カソード11から放出された電子は、再びアノード12に向かう。以後、上述の(a)から(c)が繰り返される。上述の電子の循環は、カソード11とアノード12との間の電気的経路でジュール熱が発生する原因となり得る。ジュール熱の発生は、電力消費の原因となり、プラズマ加速装置の推力効率の低下を招く。
【0053】
2)
図6に示すように、カソード11とアノード12との間に電圧が印加されると、プラズマ加速領域REGに電場Eが発生する。
図6に示す電場Eの方向は、アノード12からカソード11へ向かう方向である。例えば、点P1の周囲における電場Eの方向は、アノード12から中心軸Cへ向かう方向である。
【0054】
カソード11から放出された全ての電子が中心軸Cに平行に運動するとは限らない。一部の電子は、電場Eの影響により、末広がり状磁場Bを横切って径方向に運動する。径方向に移動した電子は、E×Bドリフト運動を行って、中心軸Cの周りを回転する。電子の回転運動により、中心軸Cの周り(φ方向)にホール電流J
Hが発生する。換言すれば、ホール電流J
Hは、末広がり状磁場Bの軸方向磁場と、カソード11とアノード12との間に発生した電場Eの相互作用により発生する。
【0055】
3)
図7に示すように、ガス供給口14から推進剤(中性ガス)Gがプラズマ加速領域REGに供給されると、次のような現象が起こる。ガス供給口14からの推進剤Gは、ホール電流J
Hの発生源である電子と衝突する。その衝突によって、推進剤Gがプラズマ化する。換言すれば、推進剤とホール電流J
Hとの相互作用により、推進剤がプラズマ化される。プラズマ中の電子の一部は、アノード12に流入する。アノード12に流入した電子は、カソード11へ流れ、再びカソード11から放出される。
【0056】
4)
図8に示すように、推進剤Gのプラズマ化が進むと、次のような現象が起こる。第1に、プラズマ中の電子の一部がE×Bドリフト運動を行って、中心軸Cの周りを回転する。このため、ホール電流J
Hが強化される。その結果、プラズマの発生がさらに強化される。第2に、荷電粒子は、磁力線に沿って、磁力線の周りをらせん状に移動する。このため、プラズマ中のイオン(i)は、磁力線に沿う方向に運動量成分を持つ。第3に、下流側領域REG
DOWNにおける電子の存在により、下流側領域REG
DOWNにある点P
2の周囲の電位は、低下する。以上のことから、
図8に示すように、アノード12から下流側領域REG
DOWNの電子に向かう方向に電場Eが発生する。その結果、プラズマ中のイオンが電場Eの方向に加速する。このイオンの流れがイオンビームI
beamとなる。イオンビームI
beamは、下流側領域REG
DOWNにおいて径方向に拡散しないように、プラズマ加速領域REGの上流側から下流側の方向に流れる。
【0057】
5)
図9に示すように、プラズマ化された推進剤のイオンが電場Eの方向に加速する。その結果、イオンは下流側領域REG
DOWNの電子と結合する。つまり、イオンビームI
beamのイオンが中和される。なお、電子と結合したイオンは、中性粒子である。プラズマ加速装置1は、イオンビームI
beamの流れと反対の方向に推進力を得る。
【0058】
以上述べたように、プラズマ加速装置が
図4に示す構成をとるので、プラズマ加速装置の下流側にある領域(空間)でイオンビームが発生する。その結果、プラズマ加速装置の推力効率が向上する。
【0059】
推力効率が向上するという主な理由は、次の通りである。1つ目は、イオンビームが壁面と衝突しないか、または、その衝突の頻度が少ないことにある。そのため、イオンビームのエネルギー損失が抑制される。特に、プラズマ加速領域REGを囲む壁面(例えば、円筒状の壁面)を設けない場合、イオンビームのエネルギー損失が抑制されるという効果が大きい。
【0060】
2つ目は、プラズマ加速装置の構造上、空間電荷制限則によるイオンビーム電流の制限がないことである。これに加え、グリッド幅によるイオンビーム電流の制限もない。したがって、イオンビーム電流の増加を図りやすい。また、グリッド電極が不要なので、グリッドの損耗が抑制され、グリッド面積によって推力の上限が抑制されない。そのため、プラズマ加速装置のサイズの大型化が容易となる。
【0061】
3つ目は、イオンビームが径方向に発散しにくいためである。
図9に示すように、電場の方向がアノード12から下流側領域REG
DOWNの電子に向う方向である。そのため、イオンビームが中心軸に向かって集束しやすい。
【0062】
2.2.プラズマ加速装置の構成例
図10は、プラズマ加速装置1の構成例を模式的に示す図である。ここで、
図10の(A)は、プラズマ加速装置1の模式的な縦断面図である。
図10の(B)は、
図10の(A)に示すX
1−X
1における矢視図(X軸の正方向から負方向に見た背面図)である。
【0063】
図10に示すように、プラズマ加速装置1は、カソード11と、アノード12と、電源13と、ガス供給口14と、第1磁場発生体15とに加え、筐体(ハウジング)10と、推進剤タンク16とを更に備える。
図10に示すように、プラズマ加速装置1がコントローラ17を備えていてもよい。
【0064】
(筐体)
筐体10は、絶縁部材(例えば、絶縁性セラミックス)で形成されている。
図10の例では、筐体10の外観の形状は、円筒形状(本願明細書では、円筒形状は、略円筒形状を含む。)である。詳細には、筐体10は、プラズマ加速領域REGに接する第1壁部101と、側壁部102と、第1壁部101に対向する第2壁部103と、電子放出口104とを含む。電子放出口104は、カソード11から供給される電子が放出される電子放出口であって、第1壁部101に配置されている。
図10の例では、電子放出口104は、カソード11を設置するために、第1壁部101の中央(具体的には、後述の内周側壁部101
2の中央)に設けられた開口部である。なお、
図10の例では、電源13の一部が筐体10から露出しているが、電源13の全体が筐体10に収納されていてもよい。このことは、推進剤タンク16についても同様である。
【0065】
以下の説明では、第1壁部101が2つの壁部に分けて呼ばれることがある。一つは、外周側壁部101
1と呼ばれ、ガス供給口14よりも外周側にある部分である。もう一つは、内周側壁部101
2と呼ばれ、ガス供給口14と電子放出口104との間にある部分である内周側壁部101
2は、単に絶縁壁と呼ばれることがある。なお、第1壁部101は、中心軸Cに垂直な壁面を有する壁部である(本願明細書では、垂直は、略垂直を含む)。外周側壁部101
1は、中心軸Cに垂直な壁面を有する。外周側壁部101
1と同様に、内周側壁部101
2は、中心軸Cに垂直な壁面を有する。
図10の(A)に示す例では、内周側壁部101
2の下流側端面(プラズマ加速領域REGに接する面)は、外周側壁部101
1の下流側端面(プラズマ加速領域REGに接する面)よりも上流側に配置されている。代替的に、内周側壁部101
2の下流側端面が外周側壁部101
1の下流側端面と一致していてもよい。
【0066】
(カソード)
カソード11は、電子の放出源としての役割だけではなく、中和器の役割も備えている。カソード11は、例えば、ホローカソードである。代替的に、カソード11は、フィラメントカソードであってもよいし、高周波放電を適用した電子源であってもよい。カソード11は、電源13から電圧(電力)の供給を受け、カソード電極111からの電子が孔部112を通過して末広がり状磁場中に放出されるように構成されていればよい。
図10の例では、カソード11は、カソード電極111と、孔部112とを備えている。カソード11は、電源13に接続されている。さらに、カソード11は、アノード12に間接的かつ電気的に接続されている。
【0067】
カソード11の配置は、次の通りである。
図10の例では、カソード11は、アノード12(具体的には、アノード12の下流側端面121)よりも上流側に配置され、かつ内周側壁部101
2の中央(電子放出口104)に配置されている。詳細には、カソード11の孔部112は、縦断面視で、アノード12の下流側端面121よりも上流側に配置されている。また、カソード11の孔部112の第1方向(X軸の正方向)に沿った位置は、電子放出口104の第1方向に沿った位置と一致している。更に、カソード11の先端部分(孔部112)の第1方向に沿った位置が内周側壁部101
2(具体的には、内周側壁部101
2のプラズマ加速領域REGに接する面)の第1方向に沿った位置と一致している。なお、孔部112の位置は、
図10の例に限定されない。例えば、カソード11の孔部112は、縦断面視で、ガス供給口14よりも上流側に配置されていてもよい。また、
図10の例では、カソード11が中心軸C上に配置されているとも言える。
【0068】
なお、上述の
図4から
図9はカソード11が電源13から負電圧の供給を受けている場合を示しているが、
図4から
図9はカソード11が電子の供給源であることを模式的に表しているのに過ぎない。
【0069】
(アノード)
アノード12は、導電体で形成されており、電場をプラズマ加速領域REGに発生させる役割をもつ。アノード12は、下流側端面121と、上流側端面122とを備える。上流側端面122は、下流側端面121と反対の面である。アノード12は、背面視で(X軸の正方向から負方向に見て)、リング形状(本願明細書では、リング形状は、略リング形状を含む。)を有する。アノード12は、電源13に接続されている。なお、アノード12の周方向に沿って、アノード12が一定間隔で分断されていてもよい。
【0070】
アノード12の配置は、次の通りである。
図10の(A)に示す例では、アノード12は、第1壁部101上に設けられている。上述したように、内周側壁部101
2の下流側端面が外周側壁部101
1の下流側端面よりも上流側に配置されているので、アノード12は、ガス供給口14よりも下流側に位置することとなる。詳細には、ガス供給口14から放出される推進剤の一部がアノード12の上流側端面122の一部に当るように、上流側端面122の一部が、外周側壁部101
1上に配置されている。したがって、
図10の(A)に示す例では、アノード12の全体がカソード11よりも下流側に位置している。
【0071】
図10の(A)に示す例では、第1壁部101(具体的には、内周側壁部101
2)とアノード12の下流側端面121との間の距離Lは、例えば、アノード12の内径Rの1/3以下である(L≦R/3)。望ましくは、距離Lは、例えば、アノード12の内径Rの1/5以下である(L≦R/5)。距離Lがアノード12の内径Rの1/3以下であるため、プラズマがアノード12に衝突する可能性が低減される。
【0072】
なお、アノード12は、次のように配置されていてもよい。
図10の例では、アノード12の配置が外周側壁部101
1の一方の端に片寄っているが、外周側壁部101
1の中央にアノード12が配置されていてもよい。つまり、アノード12の上流側端面122の全体が外周側壁部101
1に接していてもよい。この場合、アノード12の全体が、ガス供給口14よりも外周側に配置されている。
図10の例では、アノード12が外周側壁部101
1の上に直接配置されているが、例えば、両者の間に薄いスペーサーが配置されていてもよい。代替的または付加的に、アノード12が内周側壁部101
2上に配置されていてもよい。
【0073】
(電源)
電源13は、例えば、燃料電池である。いわば、電源13は、プラズマ加速装置1への電力の供給源である。電源13は、電圧源および/または電流源によって構成されていてもよい。
図10の例では、電源13は、カソード11に負電圧を供給(印加)し、アノード12に正電圧を供給するように構成されている。この他、電源13は、コントローラ17に電力を供給し、電流を第1磁場発生体15に供給してもよい。
【0074】
(ガス供給口)
ガス供給口14は、ガス流路141を介してガス配管161に接続されている。ここで、ガス流路141は、推進剤タンク16から供給される推進剤Gが流れる流路であって、ガス供給口14から上流側に延伸している。
図10の例では、背面視で(X軸の正方向から負方向に見て)、ガス供給口14は、リング形状を有する。また、
図10の(A)に示す例では、ガス供給口14は、中心軸Cに対して垂直な面である。
【0075】
ガス供給口14の配置は、次の通りである。
図10の例では、ガス供給口14は、第1磁場発生体15よりも下流側に配置されている。ガス供給口14は、カソード11よりも外周側に配置されている。
図10に示す例では、ガス供給口14の全体が、外周側壁部101
1の下流側端面の位置で、アノード12の上流側端面122によって覆われている。代替的に、ガス供給口14の一部が、外周側壁部101
1の下流側端面の位置で、アノード12の上流側端面122によって覆われていてもよい。なお、ガス供給口14の配置は、次のように表現されてもよい。プラズマ加速領域REGの上流側領域REG
UPからプラズマ加速領域REGの下流側領域REG
DOWNに向かう方向を第1方向と定義する。代替的に、カソード11から放出される電子の運動方向を第1方向と定義してもよい。第1方向という表現を用いた場合、ガス供給口14は、第1磁場発生体15よりも第1方向の側に配置されている。
【0076】
(推進剤)
推進剤Gは、プラズマ化前の推進剤またはプラズマ化後の推進剤である。以下の説明では、推進剤Gがプラズマ化前の推進剤である場合を例に挙げる。推進剤Gがプラズマ化後の推進剤である場合については、後述する。推進剤Gは、例えば、希ガスである。具体的には、推進剤Gは、例えば、キセノンガスである。代替的に、推進剤Gは、アルゴンガスであってもよいし、クリプトンガスであってもよい。推進剤Gは、電子がイオンから電離しやすいガスであればよい。例えば、水素ガスは希ガスではないが、水素ガスは電離しやすい性質を持つ。したがって、水素ガスを推進剤として利用してもよい。
【0077】
(第1磁場発生体)
第1磁場発生体15は、例えば、電磁コイルである。代替的に、第1磁場発生体15は、永久磁石であってもよい。第1磁場発生体15として、リング形状(背面視)の電磁コイルを用いる場合、電磁コイルに投入する電力を変えることで、磁場の強度を調整することが可能となる。更には、末広がり状磁場の発生のオン/オフを制御することも可能となる。一方、第1磁場発生体15として永久磁石を用いる場合、末広がり状磁場を発生させるために電力を必要としない。以下の説明では、断りがない限り、第1磁場発生体15が電磁コイルである場合を例に挙げる。この場合、第1磁場発生体15は、次のように説明される。第1磁場発生体15自体は、コイルで形成されている。
図10の例では、カソード11は、第1磁場発生体15(コイル)の内周側に配置される。第1磁場発生体15は、電源13から電流が供給されている期間、末広がり状磁場Bを発生させる。末広がり状磁場Bについては、改めて説明する。
【0078】
第1磁場発生体15の配置は、次の通りである。第1磁場発生体15は、ガス供給口14よりも上流側に配置されている。第1磁場発生体15は、次のように表現されてもよい。第1磁場発生体15は、第1壁部101(具体的には、内周側壁部101
2)よりも上流側に配置されている。つまり、第1方向と反対の方向を第2方向と定義するとき、第1磁場発生体15は、プラズマ加速領域REGの第2方向の側にある端よりも第2方向の側に配置されている。
【0079】
なお、
図10の(A)に示す例では、第1磁場発生体15は、プラズマ加速領域REGよりも上流側にある筐体10の内部に配置されており、プラズマ加速領域REGを囲むように配置されていない。
【0080】
(推進剤タンク)
推進剤タンク16は、推進剤Gを収容するタンクである。推進剤タンク16は、ガス配管161に接続されている。ガス配管161は、ガス流路141に接続されている。推進剤タンク16には、例えば、バルブ(図示しない)が接続されている。バルブが駆動されることにより、ガス配管161に推進剤Gが供給される。
【0081】
(コントローラ)
コントローラ17は、例えば、マイクロコンピュータおよびメモリで構成されている。コントローラ17は、プラズマ加速装置1の全体の動作を制御する役割を持つ。
図10の例では、コントローラ17の制御対象は、大別して、2つである。1つ目は、電源13の制御である。コントローラ17は、電源13(電圧源)のオン/オフを制御することにより、カソード11とアノード12との間に電圧を印加するタイミング(期間)を制御する。更に、コントローラ17は、電源13(電流源)のオン/オフを制御することにより、第1磁場発生体15へ電流を供給するタイミングを制御する。2つ目は、推進剤タンク16のバルブの制御である。イオンビームの発生期間に、コントローラ17は、推進剤タンク16のバルブを制御することで、推進剤Gをガス配管161に供給する。なお、コントローラ17は、プラズマ加速装置1の外部(例えば、宇宙機の機体)に設けられていてもよい。
【0082】
2.3.末広がり状磁場
以下に、末広がり状磁場について述べる。
図11は、末広がり状磁場を説明するための図である。説明を分かりやすくするために、第1磁場発生体15の一方の側がN極151であり、他方の側がS極152であるとする。
図11の例では、内周側壁部101
2の下流側端面101B(単に、第1壁部の後面101Bとも呼ぶ)の側がN極151となるように、第1磁場発生体15に電流が流れている。周知の通り、第1磁場発生体15によって発生した末広がり状磁場の磁力線は、N極151から出て、ループを描くようにS極152へ戻る。
【0083】
図11の例では、末広がり状磁場Bは、中心軸C(X軸)に関して回転対称性を持つ。更に、
図11の例では、末広がり状磁場Bの回転対称軸C1は、中心軸Cに一致している。末広がり状磁場Bの成分は、2つの成分に分解される。1つは、軸方向成分(B
x)である。軸方向成分は、中心軸Cに平行な成分であって、軸方向磁場B
x(第1の軸方向磁場)とも呼ばれる。もう1つは、径方向成分(B
r)である。径方向成分は、中心軸Cに垂直な成分であって、径方向磁場B
r(第1の径方向磁場)とも呼ばれる。
【0084】
磁力線Φ
B1の形状を説明するために、磁力線Φ
B1上の3点を考える。1つ目の点P
Aは、第1壁部の後面101Bの近傍にある。1つ目の点P
Aでは、軸方向磁場B
xは、径方向磁場B
rよりも非常に大きい。なお、点P
Aでは、径方向磁場B
rを無視してもよい。この場合、軸方向磁場のみが存在するとみなしてもよい。2つ目の点P
Bは、1つ目の点P
Aよりも下流にある。2つ目の点P
Bでは、軸方向磁場B
xは、1つ目の点P
Aにおける軸方向磁場B
xよりも小さい。径方向磁場B
rは、1つ目の点P
Aにおける径方向磁場B
rよりも大きい。3つ目の点P
Cは、磁力線Φ
B1の変曲点である。3つ目の点P
Cでは、軸方向磁場B
xは、ゼロである。径方向磁場B
rは、2つ目の点P
Bにおける径方向磁場B
rよりも大きい。
【0085】
以上をまとめると、末広がり状磁場は、次のように表現されてもよい。
図11に示すように、末広がり状磁場Bは、軸回転対称磁場である。第1壁部の後面101Bよりも下流側において、末広がり状磁場Bは、変曲点を持つ。軸方向磁場B
xは、単調に減少し、変曲点で最小値のゼロをとる。一方、径方向磁場B
rは、軸方向磁場B
xが変曲点でゼロをとるまで、単調に増加する。
【0086】
(電子の流路)
電子の流路という言葉を用いて、第1磁場発生体を表現することができる。
図11を参照して、電子の流路について述べる。説明を簡単にするため、
図11に示すように、X−Y面において、回転対称軸C
1の近傍に2つの磁力線があると仮定する。2つの磁力線のうちの一方は、上述の磁力線Φ
B1である。他方は、回転対称軸C
1に関して磁力線Φ
B1に対称な磁力線Φ
B2である。
図11に示すように、カソード11から放出された電子のうちの大部分は、磁力線Φ
B1および磁力線Φ
B2によって囲まれた領域CHを通過する。この領域CHを電子の流路と呼ぶ。
【0087】
電子の流路という言葉を用いれば、第1磁場発生体15は、次のように表現される。第1磁場発生体15は、末広がり状磁場Bによって形成される電子の流路をプラズマ加速領域に形成する。電子の流路は、電子放出口104からプラズマ加速領域の下流側へ向かって伸びている。
【0088】
(プラズマ加速領域)
プラズマ加速領域REGは、上流側領域REG
UPと下流側領域REG
DOWNとに分けられると述べた。
図4から
図11の例では、上流側領域REG
UPの距離(X軸方向)は、例えば、電子の流路の長さ(例えば、X軸方向において、30cm以上、100cm以下)である。しかしながら、上流側領域REG
UPおよび下流側領域REG
DOWNの区別は、説明を分かりやすくするためのものにすぎない。なお、上流側領域REG
UPは、プラズマ加速領域REGのうちで、軸方向磁場B
xが径方向磁場B
rよりも大きな領域であると定義されてもよい。下流側領域REG
DOWNは、プラズマ加速領域REGのうちで、軸方向磁場B
xが径方向磁場B
rよりも小さな領域であると定義されてもよい。
【0089】
2.4.プラズマ加速方法
プラズマ加速器を用いるプラズマ加速方法について述べる。
図12は、プラズマ加速方法の一例を示すフローチャートである。
図12の例では、プラズマ加速方法は、ステップST1からST8で構成される。以下の説明では、例えば、
図4も参照されたい。
【0090】
1)ステップST1:
第1磁場発生体15がプラズマ加速領域REGに末広がり状磁場Bを発生させる。
2)ステップST2:
電源13によって、カソード11と前記アノードとの間に電圧が印加される。
3)ステップST3:
カソード11から供給される電子が末広がり状磁場中Bに供給される。
4)ステップST4:
推進剤Gがガス供給口14からプラズマ加速領域REGに供給される。
5)ステップST5:
末広がり状磁場Bと、カソードとアノードとの間に発生した電場の相互作用により、ホール電流が発生する。
6)ステップST6:
プラズマ加速領域REGに供給される推進剤Gがホール電流の電子と衝突することにより、プラズマ加速領域REGにプラズマが発生する。
7)ステップST7:
プラズマ加速領域REGに発生したプラズマ中のイオンが、アノード12と末広がり状磁場B中の電子とによって形成される電場を用いて加速する。
8)ステップST8:
加速されたイオンが末広がり状磁場中Bの電子と衝突することにより、イオンが中和される。
【0091】
上述の説明では、推進剤がプラズマ化前の推進剤である場合について述べた。推進剤がプラズマ化後の推進剤である場合、ステップST5およびステップST6は、実行されなくてもよい。推進剤がプラズマ化後の推進剤である場合、プラズマ化後の推進剤がガス供給口からプラズマ加速領域に供給される。この場合、例えば、公知のプラズマ発生装置をプラズマ加速装置の上流側に設け、当該プラズマ発生装置によって発生したプラズマがガス供給口からプラズマ加速領域に供給されればよい。
【0092】
上述の説明では、磁場発生体から出た磁力線は、プラズマ加速領域を通って磁場発生体に戻る。言い換えれば、プラズマ加速領域における末広がり状磁場は、X軸の正方向の軸方向成分を持っている。末広がり状磁場の方向は、逆でもよい。つまり、プラズマ加速領域における末広がり状磁場は、X軸の負方向の軸方向成分を持っていてもよい。
【0093】
第1の実施の形態によれば、グリッド電極が不要であり、グリッドの損耗をなくすことができる。また、第1の実施の形態によれば、末広がり形状のノズル部を省略することが可能となる。更に、イオンビームが径方向に発散しにくい。そのため、イオンビームのエネルギー損失が抑制され、プラズマ加速装置の推力効率が向上する。
【0094】
3.第2の実施の形態
3.1.概要
第2の実施の形態は、プラズマ加速装置の推進力の方向を変える方法に関する。以下に、推進力の方向を変える2つの方法を例示する。
【0095】
第1の方法は、所望する推進力の方向に応じて、磁場発生体自体の向きを変える方法である。磁場発生体の向きが変われば、磁場発生体の向きに応じて、末広がり状磁場の発生位置が変わる。末広がり状磁場の発生位置が変われば、末広がり状磁場の発生位置に応じて、得られる推進力の方向も変わる。
【0096】
第2の方法は、末広がり状磁場の発生位置を変えるために、複数の磁場発生体を用いる方法である。末広がり状磁場の発生位置が変わるという点において、第2の方法は、第1の方法と同じである。ただし、第2の方法の場合、複数の磁場発生体の各々に、対応する末広がり状磁場の発生位置が割り当てられている。複数の磁場発生体は、それぞれ異なる位置にあるが、各磁場発生体の位置は、固定されている。
【0097】
(第1の方法)
第1の方法について説明する。
図13は、推進力の方向を変える第1の方法を説明するための模式図である。
図13に示すように、例えば、X軸に対して斜め方向の推進力Fを得たい場合がある。
図13の例では、推進力Fは、負のX軸成分F
xと、負のY軸成分F
yを持っている。X軸成分F
xの大きさは、例えば、負のY軸成分F
yの大きさと同じである。
図13に示す推進力Fを得たい場合、推進力Fと反対の方向に末広がり状磁場Bを形成すればよい。換言すれば、所望の推進力Fが得られるように、末広がり状磁場の回転対称軸を設定すればよい。
【0098】
図13に示す回転対称軸C
2は、新たに設定された回転対称軸である。
図13の例では、回転対称軸C
2は、初期の回転対称軸C
1から原点Oの周りに45度回転している(X軸からY軸の方向)。ここで、原点Oは、例えば、中心軸Cと第1壁部の後面101Bとの交点である。したがって、第1磁場発生体15によって発生する末広がり状磁場Bも原点Oの周りに45度回転している。第1の方法では、回転対称軸C2を持つ末広がり状磁場Bが発生するように、第1磁場発生体15の向きが変えられる。
【0099】
図13の例では、プラズマ加速装置1aは、第1の実施の形態におけるプラズマ加速装置1の構成要素に加え、向き変更機構18を更に備える。向き変更機構18は、第1磁場発生体15の向きを変えることができるように、例えば、モータ、複数種類の歯車によって構成されている。向き変更機構18は、回転対称軸C
2を持つ末広がり状磁場Bが発生するように、第1磁場発生体15の角度を変える。
図13の例では、向き変更機構18は、第1磁場発生体15を初期位置(2点鎖線を参照)から45度回転させる(X軸の正方向からY軸の負方向)。
【0100】
向き変更機構18によって、第1磁場発生体15の向きを変えることにより、第1磁場発生体15によって発生する末広がり状磁場Bが原点Oの周りに45度回転する。
図11の説明で述べたように、
図13に示す末広がり状磁場Bも、軸方向磁場B
x(第2の軸方向磁場)と、径方向磁場B
r(第2の径方向磁場)とに分解される。また、第1磁場発生体15の向きの変化に伴い、プラズマ加速領域REGも、原点Oの周りに45度回転する。
【0101】
カソード11から放出された電子は、
図13に示す末広がり状磁場Bに供給される。その結果、プラズマ加速領域REGでイオンビームが発生することに変わりはない。なお、カソード11の角度が第1磁場発生体15と一緒に変えられてもよい。即ち、向き変更機構18が、カソード11の向きと、第1磁場発生体15の向きとの両方を変更してもよい。
【0102】
(第2の方法)
第2の方法について説明する。上述の第1の方法の場合、所望する推進力の方向に応じて、磁場発生体自体の向きが変わる。そのため、プラズマ加速装置の構造の制約を受けるかもしれない。その場合、第2の方法が有効である。
【0103】
図14は、推進力の方向を変える第2の方法を説明するための模式図である。
図14の例では、プラズマ加速装置1bは、第1磁場発生体15
1に加え、第2磁場発生体15
2を更に備える。第2磁場発生体15
2は、
図14に示す末広がり状磁場Bが発生するように、第1磁場発生体15
1のよりも上流側に配置されている。ただし、第1磁場発生体15
1の位置も、第2磁場発生体15
2の位置も、固定されている。例えば、
図14に示す末広がり状磁場Bを得たい場合、第1磁場発生体15
1への電流の供給が停止され、第2磁場発生体15
2へ電流が供給される。その結果、
図14に示す末広がり状磁場Bが得られる。また、第2磁場発生体15
2によって発生する第2の軸方向磁場の向きは、第1磁場発生体15
1によって発生する第1の軸方向磁場の向きと異なっている。代替的に、第1磁場発生体15
1および第2磁場発生体15
2の両方に電流が供給されてもよい。
【0104】
3.2.第2の方法を適用したプラズマ加速装置
以下に、第2の方法を適用したプラズマ加速装置の構成例について述べる。
図15は、プラズマ加速装置1bの構成例を模式的に示す図である。ここで、
図15の(A)は、プラズマ加速装置1bの模式的な縦断面図である。
図15の(B)は、
図15の(A)に示すX
2−X
2における矢視図である。
【0105】
図15に示すプラズマ加速装置1bは、
図10に示す構成要素と同じ構成要素を備えている。ただし、次の点で、プラズマ加速装置1bは、
図10に示すプラズマ加速装置1と異なる。1つ目は、複数の磁場発生体が設けられていることである。2つ目は、複数の磁場発生体の各々に電源が設けられていることである。以下に順を追って説明する。
【0106】
(磁場発生体)
図15の例では、プラズマ加速装置1bは、第1磁場発生体15
1および第2磁場発生体15
2に加え、第3磁場発生体15
3、第4磁場発生体15
4、および第5磁場発生体15
5を備える。第1から第5磁場発生体15
1−15
5の各々の構成は、
図10に示す第1磁場発生体15の構成と同じであってもよい。なお、第2から第5磁場発生体15
2−15
5を一つの磁場発生体(第2の磁場発生体)とみなしてもよい。
【0107】
図15の(A)に示すように、第1磁場発生体15
1の位置は、
図10に示す第1磁場発生体15の位置と同じである。第2から第5磁場発生体15
2−15
5の各々の配置は、次の通りである。
図15の(A)に示すように、第2から第5磁場発生体15
2−15
5は、第1磁場発生体15
1よりも上流側にそれぞれ配置されている。
図15の(B)に示すように、プラズマ加速装置1bをX軸の正方向から負方向に見ると、第2から第5磁場発生体15
2−15
5が周方向(φ方向)に等間隔で配置されている。このことは、次のように言い換えてもよい。X軸の正方向から負方向にプラズマ加速装置1aを見ると、筐体10の内部の領域が周方向に(φ方向)4つに分割されている。一つの領域に1個の磁場発生体が配置されるように、第2から第5磁場発生体15
2−15
5の各々は、分割された4つの領域のうちの対応する領域に配置されている。
【0108】
図15は、第2磁場発生体15
2が作動している場合を示している。この場合、作動対象外の磁場発生体は、作動を停止している。所望する推進力の方向に応じて、例えば、第2磁場発生体15
2および第3磁場発生体15
3の両方が作動してもよい。代替的に、第1磁場発生体15
1と、第2から第5磁場発生体15
2−15
5のうちの少なくとも一つとが作動していてもよい。
【0109】
(電源)
図15の例では、プラズマ加速装置1bは、第1電源13
1、第2電源13
2、第3電源13
3、第4電源13
4、および第5電源13
5を備える。第1から第5電源13
1−13
5は、第1から第5磁場発生体15
1−15
5にそれぞれ電流を供給する。例えば、第2磁場発生体15
2が作動対象である場合、第2電源13
2が第2磁場発生体15
2に電流を供給する。このとき、作動対象外の電源は、電流の供給を停止している。
【0110】
例えば、第2磁場発生体15
2が作動対象である場合、プラズマ加速装置1bの動作は、次のように動作する。コントローラ17は、電流の供給を開始する指示を第2電源13
2に与える。第2電源13
2は、コントローラ17の指示を受けて、第2磁場発生体15
2に電流を供給する。その結果、第2磁場発生体15
2によって、
図15に示す末広がり状磁場Bが発生する。
【0111】
なお、プラズマ加速装置1bは、次のように構成されていてもよい。例えば、電源の個数は、一個であってもよい。この場合、例えば、スイッチが新たに設けられる。一個の電源(例えば、15
1)は、第1から第5磁場発生体15
1−15
5の各々と電気的に接続される。したがって、この場合、5つの電気的経路がある(例えば、一つは、電源と第1磁場発生体15
1との間の電気的経路である。)。スイッチは、コントローラ17の指示を受けて、5つの電気的経路のうちから対象の電気的経路を選択する。例えば、作動対象の磁場発生体が第2磁場発生体15
2である場合、スイッチは、電源と第2磁場発生体15
2との間の電気的経路を選択すればよい。
【0112】
第1磁場発生体15
1以外の磁場発生体の個数は、3個でもよいし、6個でもよいし、8個でもよい。
図15の場合と同様に、3個、6個または8個の磁場発生体が周方向に等間隔で配置されればよい。推進力の方向を精度よく制御することができる。
【0113】
第2の実施の形態によれば、第1の実施の形態の効果と同じ効果が得られるだけではなく、次の効果も得ることができる。磁場発生体自体の向きを変える第1の方法、または、複数の磁場発生体を用いる第2の方法により、プラズマ加速装置の推進力の方向を変えることができる。取り分け、プラズマ加速装置が宇宙機に適用される場合、推進力の方向を変えるためのジンバル機構が不要である。
【0114】
4.第3の実施の形態
第3の実施の形態は、アノードの配置に関する。上述の第1の実施の形態では、アノードが外周側壁部に配置されている。アノードは、次のように配置されてもよい。
図16は、プラズマ加速装置1cの構成例を模式的に示す一部切欠き斜視図である。
図16の例では、アノード12が内周側壁部101
2に配置されている。言い換えれば、アノード12は、カソード11よりも外周側にあり、ガス供給口14よりも内周側にある。
【0115】
第3の実施の形態は、第1の実施の形態の効果または第2の実施の形態の効果と同じ効果をもたらすだけではなく、次のような効果も期待される。第1の実施の形態と比較すると、
図16に示すアノード12の直径(内径)は、
図4に示すアノード12の直径(内径)よりも小さい。そのため、電磁力学によれば、電場の強さは、2点間の距離(Δr)と、当該2点間の電位差(ΔV)とによって決まる(|ΔV/Δr|)。第1の実施の形態と比較すると、アノード12に供給される電圧が同じであるならば、アノード12の近傍の電界は増大する。その結果、より大きなホール電流を発生させることが可能となる。
【0116】
なお、アノード12は、次のように配置されていてもよい。
図16の例では、アノード12の配置が内周側壁部101
2の一方の端に片寄っているが、内周側壁部101
2の中央にアノード12が配置されていてもよい。
図16の例では、アノード12が内周側壁部101
2の上に直接配置されているが、例えば、両者の間に薄いスペーサーが配置されていてもよい。また、アノード12が内周側壁部101
2の上に加え、外周側壁部101
1の上に設けられていてもよい。
【0117】
5.第4の実施の形態
第4の実施の形態は、第1磁場発生体の配置およびアノードの配置に関する。上述の第1の実施の形態では、カソードが第1磁場発生体(コイル)の内周側に配置される。電磁コイルとしての第1磁場発生体は、次のように配置されていてもよい。
図17は、プラズマ加速装置1dの構成例を模式的に示す一部切欠き斜視図である。
図17の例では、第1磁場発生体15は、カソード11よりも上流側に配置されている。アノード12の直径(内径)が
図10に示すアノードの直径(内径)よりも大きい。更に、ガス供給口14からX軸の正方向に離れた位置で、ガス供給口14は、アノード12の上流側端面122の一部によって覆われていない。第4の実施の形態も、第1の実施の形態の効果、第2の実施の形態の効果または第3の実施の形態の効果と同じ効果をもたらす。
【0118】
なお、第1磁場発生体15がカソード11よりも上流側に配置され、アノード12が
図4に示すように配置されていてもよい。これとは逆に、第1磁場発生体15が
図4に示すように配置され、アノード12の直径(内径)が
図10に示すアノードの直径(内径)よりも大きくてもよい。
【0119】
6.第5の実施の形態
第5の実施の形態は、第1磁場発生体に永久磁石を適用する場合に関する。
図18は、プラズマ加速装置1eの構成例を模式的に示す一部切欠き斜視図である。
図18の例では、永久磁石として、リング磁石15aが用いられている。リング磁石15aのN極側が第1壁部101に面している。カソード11は、リング磁石15aの内周側に配置されている。第5の実施の形態も、第1の実施の形態の効果、第2の実施の形態の効果または第3の実施の形態の効果と同じ効果をもたらす。なお、第5の実施形態を
図15に示す第2の実施の形態(複数の磁場発生体を用いる方法)と組み合わせる場合、リング磁石15a以外の磁場発生体(15
2−15
5)は、磁場の発生のオン/オフを制御可能な電磁コイルであることが望ましい。また、
図18の例では、リング磁石15aがガス供給口14よりも内周側に設けられているが、リング磁石15aがガス供給口14よりも外周側に設けられていてもよい。
【0120】
7.第6の実施の形態
第6の実施の形態は、第5の実施の形態で述べた永久磁石の配置に関する。永久磁石は、次のように配置されてもよい。
図19は、プラズマ加速装置1fの構成例を模式的に示す一部切欠き斜視図である。
図19の例では、永久磁石として、円柱型磁石15bが用いられている。円柱型磁石15bは、カソード11よりも上流側に配置されている。円柱型磁石15bのN極側が第1壁部101に面している。第6の実施の形態も、第1の実施の形態の効果、第2の実施の形態の効果または第3の実施の形態の効果と同じ効果をもたらす。なお、第6の実施形態を
図15に示す第2の実施の形態(複数の磁場発生体を用いる方法)と組み合わせる場合、円柱型磁石15b以外の磁場発生体(15
2−15
5)は、磁場の発生のオン/オフを制御可能な電磁コイルであることが望ましい。
【0121】
8.第7の実施の形態
第7の実施の形態は、第1磁場発生体の配置に関する。第1の実施の形態では、第1磁場発生体がガス供給口よりも内周側に配置されている。電磁コイルとしての第1磁場発生体は、次のように配置されていてもよい。
図20は、プラズマ加速装置1gの構成例を模式的に示す一部切欠き斜視図である。
図20の例では、ガス供給口14がカソード11よりも外周側に配置され、第1磁場発生体15がガス供給口14よりも外周側に配置されている。言い換えれば、カソード11およびガス供給口14が第1磁場発生体15の内周側に配置されている。そのため、
図20に示す第1磁場発生体15の直径(内径)は、
図4に示す第1磁場発生体15の直径(内径)よりも大きい。また、
図20の例では、第1磁場発生体15の直径(内径)は、アノード12の直径(内径)よりも大きい。第1磁場発生体15の直径(内径)がアノード12の直径(内径)より大きい場合、第1磁場発生体15の一部がプラズマ加速領域REGの一部を囲んでいてもよい。代替的に、第1磁場発生体15の直径(内径)が、アノード12の直径(内径)と同じであってもよい。第7の実施の形態も、第1の実施の形態の効果、第2の実施の形態の効果または第3の実施の形態の効果と同じ効果をもたらす。
【0122】
9.第8の実施の形態
第8の実施の形態は、プラズマ加速装置の適用例に関する。上述の第1から第7の実施の形態で述べたプラズマ加速装置は、宇宙機に適用することができる。
図21は、宇宙機2の構成例を示す模式図である。
図21の例では、宇宙機2は、プラズマ加速装置1(1aから1gのいずれでもよい)と、機体20と、第1太陽電池23
1と、第2太陽電池23
2とを備える。プラズマ加速装置1は、機体20の後面22に取り付けられている。第1太陽電池23
1は、機体20の第1側面21
1に取り付けられている。第2太陽電池23
2は、機体20の第2側面21
2に取り付けられている。プラズマ加速装置1がイオンビームを噴射することによって、宇宙機2の軌道や宇宙機2の姿勢が変わる。なお、2つ以上のプラズマ加速装置1が機体20の後面22に取り付けられていてもよい。
【0123】
以上、全ての実施の形態について説明した。本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、本発明に種々の変更を加えることができる。技術的な矛盾が生じない限り、全ての実施の形態を好適に組み合わせることができる。