(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態の一例を詳細に説明する。
【0015】
始めに、
図1を参照して本発明の実施形態の一例に係る偏心揺動型減速装置の全体構成から説明する。
【0016】
この偏心揺動型減速装置Gの入力軸12は、モータ14のモータ軸14Aと一体化されている。入力軸12には、キー16を介して2つの偏心部18を有するクランク軸20が連結されている。
【0017】
偏心部18の軸心O2、O3は、入力軸12の軸心O1に対してそれぞれ偏心している。この例では、偏心部18の偏心位相差は、180度である。偏心部18の外周には、ころ軸受22が配置されている。ころ軸受22の外周には2枚の外歯歯車24が揺動可能に組み込まれている。外歯歯車24を軸方向に2枚並列に備えているのは、必要な伝達容量の確保および回転バランス性の向上を意図したためである。外歯歯車24は、それぞれ内歯歯車30に内接噛合している。すなわち、この偏心揺動型減速装置Gは、外歯歯車24を揺動させるためのクランク軸20が、装置の径方向中央(入力軸12の軸心O1および内歯歯車30の軸心O1と同軸)に配置されている「センタクランクタイプ」と称される偏心揺動型の減速装置である。
【0018】
内歯歯車30は、ケーシング28(の後述するケーシング本体52)と一体化された内歯歯車本体32と、該内歯歯車本体32に形成されたピン溝34と、該ピン溝34に配置された外ピン(ピン部材)36と、を有している。外ピン36は、内歯歯車30の内歯を構成している。内歯歯車30の内歯の数(外ピン36の数)は、外歯歯車24の外歯の数よりもわずかだけ(この例では1だけ)多い。内歯歯車30の構成およびその製造方法については、後に詳述する。
【0019】
外歯歯車24には、その軸心(軸心O2、O3に同じ)からオフセットされた位置に、複数の貫通孔24Aが形成されている。この貫通孔24Aには、内ピン40が嵌入されている。内ピン40は、外歯歯車24の軸方向側部に配置されたフランジ体42の内ピン保持穴42Aに圧入・固定されている。フランジ体42は、出力軸44と一体化されている。出力軸44は、一対のテーパローラ軸受46によって支持されている。
【0020】
なお、この実施形態では、内ピン40には、摺動促進部材として、内ローラ48が外嵌されている。内ローラ48と外歯歯車24の貫通孔24Aの内周面との間には、偏心部18の偏心量の2倍に相当する大きさの隙間が確保されている。内ピン40(および内ローラ48)は、外歯歯車24を貫通しているため、該外歯歯車24の自転と同期した動きをする。
【0021】
一方、この偏心揺動型減速装置Gのケーシング28は、減速機構部50を収納するケーシング本体52と、出力軸44を収納する出力ケーシング体54と、を有している。ケーシング本体52の軸方向反負荷側には、(モータカバーとしても機能している)反負荷側カバー56が配置されており、出力ケーシング体54の軸方向負荷側には、負荷側カバー57が配置されている。偏心揺動型減速装置Gは、脚部58のボルト穴58Aを介して図示せぬボルトにより固定部材に固定される。
【0022】
内歯歯車30の内歯歯車本体32は、ケーシング本体52と一体化されている。つまり、内歯歯車本体32は、ケーシング本体52と同一の部材である。本明細書では、便宜上、内歯歯車本体32に統一して称することとする。内歯歯車30の構成は、後に詳述する。
【0023】
この偏心揺動型減速装置Gは、以上のような構成を有し、モータ14のモータ軸14Aを回転させることによって、入力軸12に連結されたクランク軸20の2つの偏心部18を回転させる。すると、外歯歯車24が揺動しながら内歯歯車30(具体的には、該内歯歯車30の内歯を構成している外ピン36)と噛合する。これにより、入力軸12が1回回転して外歯歯車24が1回揺動する毎に、該外歯歯車24は、内歯歯車30と外歯歯車24の歯数差(この例では1歯)分だけ自転する。この結果、この自転成分を内ピン40および内ローラ48を介してフランジ体42に伝達し、該フランジ体42と一体化されている出力軸44を減速回転させることができる。
【0024】
次に、内歯歯車30の近傍の構成について詳細に説明する。
【0025】
図2は、一部に要部拡大断面を含む内歯歯車本体32の断面図である。また、
図3は、
図2の矢視III方向から見た要部拡大断面図である。
【0026】
内歯歯車30は、前述したように、内歯歯車本体32と、該内歯歯車本体32に形成されたピン溝34と、該ピン溝34に配置され、内歯を構成する外ピン(ピン部材)36と、を有する。内歯歯車本体32は、全体が、ほぼリング状の部材で構成されている。内歯歯車本体32の軸方向両側部には、反負荷側カバー56とのインロー部を構成するための段差部32A、および出力ケーシング体54とのインロー部を構成するための段差部32Bが形成されている。つまり、内歯歯車本体32は、径方向厚さの大きい軸方向中央部(以下、軸中央部)32Cと、該軸中央部32Cの径方向厚さよりも径方向厚さの小さい軸方向端部(以下、軸端部)32E1、32E2を有している。
【0027】
なお、ここでの径方向厚さは、内歯歯車本体32の厚さ(内周面から外周面までの径方向の肉厚)を意味している。本実施形態においては、ピン溝34が形成されていない部分の内周面から外周面までの径方向の距離を径方向厚さとしている。なお、内歯歯車本体32の内周は軸と平行であるため、径方向厚さの大小は、内歯歯車本体32の外径(この例では、軸中央部32Cでd32C、軸端部32E1、32E2で、d32E1、d32E2)の大小と一致する概念である。
【0028】
この実施形態では、軸中央部32Cの径方向厚さは、W32C、軸端部32E1、32E2の径方向厚さは、W32E1、W32E2であり、W32C>W32E1=W32E2である。なお、以下、軸端部32E1、32E2については、単に軸端部32E、径方向厚さW32E1、W32E2については、単にW32Eと称することがある。
【0029】
内歯歯車本体32の内周には、ピン溝34が、周方向に等間隔に、内歯の歯数分だけ、それぞれが軸方向全長に亘って形成されている。ピン溝34には、内歯歯車30の内歯を構成する外ピン(ピン部材)36が配置される。ピン溝34は、軸と直角の断面がほぼ半円形状とされた溝であり、外ピン36は、該ピン溝34に隙間嵌めにて回転自在に配置される。
【0030】
なお、図において、符号35は、Oリング溝、符号32B1は、段差部32Bの面取り部、32Fは、内歯歯車本体32に反負荷側カバー56および出力ケーシング体54を連結するためのボルト孔である。
【0031】
以下、このピン溝34の構成を、その表面性状の説明と共に、より詳細に説明する。
【0032】
発明者らは、当該偏心揺動型減速装置Gの内歯歯車本体32のピン溝34、すなわち内歯歯車30の内歯を構成する外ピン36が回転可能に配置されるピン溝34に関し、試験を行った。具体的には、ピン溝34の製造方法を種々変えることによって複数の表面性状のピン溝34を形成し、各表面性状と必要な馴染み運転時間Hrとの関係を調査した。
【0033】
ここで、馴染み運転時間Hrとは、本来の偏心揺動型減速装置としての運転の前に行う運転を指す。馴染み運転は、出荷時あるいは納入後に所定の運転効率を確保するために行われることもあるが、その必要時間をできるだけ短縮することが課題となっている。なお、納入後、馴染み運転を行うことなく通常運転が行われることもあるが、この場合には、通常運転初期の段階が馴染み運転に相当することになる。本実施形態では、馴染み運転時間Hrは、「運転開始からケーシング28の外周の温度変化が1℃/hr以下となるまでの時間」と定義している。つまり、この試験での馴染み運転時間Hrは、「運転を開始することによってケーシング28の外周の温度が上昇し、その温度上昇が次第になだらかとなって、1時間に上昇する温度が1℃以下となるほどに熱的に安定する迄の時間」と定義している。
【0034】
この結果を
図4に示す。
図4の(A)は、ピン溝34の二乗平均平方根粗さRqと、必要な馴染み運転時間Hrとの関係を示したものである。この試験では、種々の二乗平均平方根粗さRqのピン溝34を得るために、ギヤシェーパ加工(●印)、バレル加工(○印)、およびスカイビング加工(◎印)による加工方法を採用している。
【0035】
なお、ここでのギヤシェーパ加工とは、ピニオンカッタと称する工具を往復動させ、一方向に進むときにワーク(内歯歯車本体32)を切削して戻るという工程を繰り返す加工方法を指している。また、ここでのバレル加工とは、バレルと称する容器内に砥材とワーク(内歯歯車本体32)と工作液を入れて、回転または振動させて表面の仕上げを行う加工方法を指している。なお、バレル加工では、前加工としてギヤシェーパ加工等によるピン溝の加工が予め行われる。
【0036】
また、ここでのスカイビング加工とは、「スカイビングカッターと称する工具とワーク(内歯歯車本体32)をある角度を持たせて回転(例えば同期回転)させ、発生する速度差によって創成する加工方法」を指している。本実施形態における内歯歯車本体32のピン溝34をスカイビング加工によって形成するには、例えば実用新案登録第3181136号に記載された加工機械に対し、本実施形態に係るピン溝34の加工に必要なカスタマイズを適宜施す(具体的には、工具を円弧形状を加工できるようにカスタマイズする)ことで、該加工機械を利用することができる。
【0037】
なお、試験対象のピン溝34の円弧の直径は6.0mm、軸方向長さは、40.5mm、内歯歯車本体32の素材は、FC200である。また、外ピン36の素材は、SUJ2であり、研削加工にて加工してある。外ピン36の表面の粗さは、二乗平均平方根粗さRq0.2μm程度である。
【0038】
試験条件は以下の通りである。
(a)内歯歯車30の製造後(ピン溝34の加工後)、偏心揺動型減速装置Gを運転する前の状態(一度も運転していない状態)において測定。
(b)TAYLOR HOBSON社製「フォームタリサーフ PGI840」を使用して、ピン溝34の軸方向に粗さ測定を行い、粗さ曲線を得て、当該粗さ曲線に基づいて後述する二乗平均平方根粗さRq、コア部のレベル差Rk、および突出谷部の平均深さRvkを得る。
(c)トラバースユニット精度に関しては、「駆動速度:0.25mm/sec」、「測定取込間隔:0.125μm」、「触針圧:80mgf」とし、フィルタ設定に関しては、「フォーム:LSライン」、「フィルタ:ガウシアン」、「カットオフ(Lc):0.8mm」、「カットオフ(Ls):0.0025mm」、「バンド幅:300:1」とし、スタイラス仕様に関しては、「先端半径:2μm」、「形状:60°円錐」として粗さを測定。
【0039】
なお、二乗平均平方根粗さRqとは、JIS B0601で定義されている粗さ曲線において基準長さに対して求められる二乗平均平方根粗さ(粗さ曲線の各位置ごとの高さ成分の値の二乗を平均して平方根を取った粗さ)を指している。
【0040】
そして、加工方法を変えたり、同じ加工方法でも、刃物を変えたり、送り速度を変えたりして、ピン溝34の表面に関して種々の二乗平均平方根粗さRqを得、該二乗平均平方根粗さRqと馴染み運転時間Hrとの相関を調べた。
【0041】
図4(A)のグラフより、二乗平均平方根粗さRqが1.5μm程度までは、該二乗平均平方根粗さRqが上昇するに従って、馴染み運転時間Hrは、緩やかにではあるが、少しずつ低減していくことがわかる(いずれも400時間を下回る値が維持されている)。この部分の二乗平均平方根粗さRqの加工を可能としているのは、本実施形態においては、スカイビング加工(◎印)およびバレル加工(○印)であった。
【0042】
しかし、二乗平均平方根粗さRqが1.5μmの近傍から馴染み運転時間Hrは上昇に転じ、二乗平均平方根粗さRqが1.6μm(
図4(A)に、点線で示す)よりも大きくなると、馴染み運転時間Hrは急激に上昇している(500時間から800時間を超えるレベルにまで急上昇している)。この結果は、「従来の加工(ギヤシェーパ加工:●印)では、馴染み運転時間Hrが長かった」ことを数値的に明確に裏付けている、と捉えることができる。
図4(A)の二乗平均平方根粗さRq−馴染み運転時間Hrのグラフから、馴染み運転時間Hrを短縮するには、ピン溝34の二乗平均平方根粗さRqは、1.6μm以下とすることが好ましいことがわかる。
【0043】
なお、ピン溝34の二乗平均平方根粗さRqが1.6μm以下では、馴染み運転時間Hrのばらつきも小さくなっている。これは、製品毎の個体差が小さいということを示している。つまり、二乗平均平方根粗さRqが1.6μm以下であるならば、(製造方法によらず)馴染み運転時間Hrに関して、安定して一定以上の好ましい結果が得られる。
【0044】
一方、
図4(B)のグラフは、「コア部のレベル差Rk」+「突出谷部の平均深さRvk」と、馴染み運転時間Hrとの関係を表している。「コア部のレベル差Rk」および「突出谷部の平均深さRvk」は、いずれも、JIS B0671−1に従って求められる粗さ曲線に対し、JIS B0671−2、あるいは、JIS B0671−2にて引用している他の規定等で、詳細に定義されている粗さの指標の一つである。なお、以降「コア部のレベル差Rk」+「突出谷部の平均深さRvk」は、単に(Rk+Rvk)と称する。なお、図の●印は、ギヤシェーパ加工、○印は、バレル加工、◎印は、スカイビング加工によるものである。
【0045】
図4の(B)のグラフから、(Rk+Rvk)は、5.0μm(
図4(B)に、点線で示す)の近傍までは、馴染み運転時間Hrは緩やかに低減してくる(400時間以下を維持している)ことが分かる。しかし、5.0μmを超えると馴染み運転時間Hrは急激に上昇し、やはり、500時間〜800時間程度掛かってしまっていることがわかる。この(Rk+Rvk)が5.0μm以下の表面粗さの加工を可能としているのは、この試験では、スカイビング加工(◎印)およびバレル加工(○印)である。なお、ピン溝34の(Rk+Rvk)が5.0μm以下では、馴染み運転時間Hrのばらつきも小さくなっている。つまり、(Rk+Rvk)が5.0μm以下であるならば、馴染み運転時間Hrに関して、安定して一定以上の好ましい結果が得られている。
【0046】
これらの試験から、馴染み運転時間Hrを短縮するには、二乗平均平方根粗さRqを指標とするならば、1.6μm以下、(Rk+Rvk)を指標とするならば、5.0μm以下となる表面粗さとなるように加工することが、好ましいと言える。そして、これらの表面粗さを有するピン溝34を得る加工方法として、スカイビング加工、あるいはバレル加工を採用することができる。
【0047】
本実施形態においては、馴染み運転時間Hrに関し、スカイビング加工およびバレル加工で良好な結果が得られ、ギヤシェーパ加工では良好な結果が得られなかった。しかし、馴染み運転時間Hrとの関係で重要なのは、二乗平均平方根粗さRqや、コア部のレベル差Rkおよび突出谷部の平均深さRvkであって、加工方法ではない。加工方法が同じであっても、加工条件(例えば、工具送り速度)、工具形状や工具精度等が変われば、二乗平均平方根粗さRqやコア部のレベル差Rk、突出谷部の平均深さRvkの値も変わってくる。したがって、例えばギヤシェーパ加工であっても、二乗平均平方根粗さRqを1.6μm以下、(Rk+Rvk)を5.0μm以下とできる可能性はあるし、一方、バレル加工であっても、二乗平均平方根粗さRqが1.6μmより大きくなったり、(Rk+Rvk)が5.0μmより大きくなったりする可能性はある。つまり、本発明においては、ピン溝34の加工方法は特に限定されない。
【0048】
一方、
図5(A)は、二乗平均平方根粗さRqと運転効率ηとの関係を示したグラフである。
図4と同様に、●印は、ギヤシェーパ加工、○印は、バレル加工、◎印は、スカイビング加工によるものである。
【0049】
ここで、運転効率ηの測定方法について説明する。偏心揺動型減速装置Gの入力軸12にモータ14を連結し、出力軸44に負荷としてのブレーキ装置を連結し、脚部58を床等の固定部材に固定する。この状態で、ブレーキ装置の負荷を偏心揺動型減速装置Gの定格トルクに設定し、モータ14を駆動する。そして、入力軸12における入力トルクと出力軸44における出力トルクを計測する。計測結果から、{出力トルク/(入力トルク×減速比)}×100%の算出式により、運転効率ηを算出する。
【0050】
図5(A)のグラフから明らかなように、二乗平均平方根粗さRqが0.5μm(
図5(A)に、点線で示す)より小さくなると、運転効率ηは急激に向上している(例えば、0.4μm以下では、94.0〜94.5%以上の運転効率ηが得られている)。しかし、二乗平均平方根粗さRqが0.5μmに近づくにつれて運転効率ηは、急激に低下し、二乗平均平方根粗さRqが0.5μm以上では、いずれの試験例でも93.5%未満しか得られていない。なお、二乗平均平方根粗さRqと運転効率ηは、0.5μm以上では、特に相関が見られない(二乗平均平方根粗さRqが変わっても、運転効率ηは、それに応じて増加あるいは低減するとは必ずしも言えない)。これらの結果から、運転効率ηを考慮するならば、二乗平均平方根粗さRqは、0.5μm以下が好ましいということになる。なお、二乗平均平方根粗さRqが0.5μm以下では、運転効率ηのばらつきが小さい(二乗平均平方根粗さRqが0.5μm以下であるならば、運転効率ηに関して、安定して一定以上の好ましい結果が得られている)。
【0051】
そして、この定性的傾向は、
図5(B)のグラフに示されるように、(Rk+Rvk)と運転効率ηとの関係にも表れている。すなわち、(Rk+Rvk)が1.4μm(
図5(B)に、点線で示す)より小さいときは、運転効率ηは、急激に向上している(例えば、1.3μm以下では、94.0〜94.5以上の運転効率がηが得られている)。しかし、(Rk+Rvk)が0.5μm以上では、(Rk+Rvk)と運転効率ηは、相関が殆どなく、(Rk+Rvk)が変わっても、運転効率ηは、最大でも93.5%は得られていない。この結果から、運転効率ηを考慮するならば、(Rk+Rvk)は、1.4μm以下が好ましいということになる。なお、(Rk+Rvk)が1.4μm以下では、運転効率ηのばらつきが小さい((Rk+Rvk)が1.4μm以下であるならば、運転効率ηに関して、安定して一定以上の好ましい結果が得られている)。
【0052】
結局、
図4と
図5の試験結果から考察すると、馴染み運転時間Hrを短縮するには、二乗平均平方根粗さRqを指標とするならば、1.6μm以下が好ましく、(Rk+Rvk)を指標とする場合は、5.0μm以下が好ましいことになる。加工方法としては、本実施形態においては、スカイビング加工、あるいはバレル加工を採用したものであった。
【0053】
そして、これに運転効率ηを考慮・加味すると、二乗平均平方根粗さRqを指標とするならば、0.5μm以下がより好ましく、(Rk+Rvk)を指標とするならば、1.4
μm以下がより好ましいことになる。加工方法としては、本実施形態においては、スカイビング加工を採用したものであった。
【0054】
つまり、加工方法に着目するならば、本実施形態においては、馴染み運転時間Hrが短く、かつ運転効率ηが高いのは、スカイビング加工によってピン溝34を形成したときである。すなわち、スカイビング加工によれば、二乗平均平方根粗さRqを、1.6μm以下とすることも、また、これに運転効率ηを考慮・加味して、さらに0.5μm以下とすることも可能であった。また、スカイビング加工ならば、(Rk+Rvk)を、5.0μm以下とすることも、また、これに運転効率ηを考慮・加味して、さらに1.4μm以下とすることも可能であった。
【0055】
なお、これらの加工方法に着目した「差別化」は、あくまで本実施形態における試験結果に基づいたものである。既に説明したように、馴染み運転時間Hrや運転効率ηに関して重要なのは、二乗平均平方根粗さRqや、コア部のレベル差Rkおよび突出谷部の平均深さRvk自体の値であって、加工方法ではない(加工方法が同じであっても、加工条件等が変われば、二乗平均平方根粗さRqや(Rk+Rvk)は変わってくる)。
【0056】
なお、発明者らの別の試験によれば、この偏心揺動型減速装置Gでは、ピン溝34の径方向深さを均一とせず、ピン溝34と外ピン36との間の一部に隙間を形成するようにすると、該隙間を、潤滑剤の導入部、あるいは保持部として活用することができ、ピン溝34と外ピン36間の潤滑性をより高めることができる。これにより、運転効率ηを一層高めることができる。
【0057】
一方、スカイビング加工は、加工時に工具側から内歯歯車本体32に対し大きなラジアル荷重が掛かるが、内歯歯車本体32の軸方向の一部に、径方向内側からラジアル荷重が掛かると、内歯歯車本体32が径方向外側に弾性変形してしまい易い。この弾性変形は、径方向厚さW32Eの小さな(剛性の低い)軸端部32Eにおいて、径方向厚さW32Cの大きな(剛性の高い)軸中央部32Cより著しく発生する。また、ピン溝34の軸端部32Eの方が、ピン溝34の軸中央部32Cより著しく発生する。
【0058】
そこで、この実施形態に係る偏心揺動型減速装置Gでは、
図2、
図3に示されるように、上記弾性変形の分を上回る程に、より変形しにくい軸中央部での設定切削代より、より変形しやすい軸端部での設定切削代を大きく設定している。つまり、軸端部32Eにおけるピン溝34の設定切削代を、軸中央部32Cにおけるピン溝34の設定切削代よりも、加工時の弾性変形の影響を相殺する分を超えて大きくするようにしている。これは、軸端部32Eの各部位における設定切削代をX、軸中央部32Cにおける設定切削代をY、加工時の軸端部32Eの各部位における弾性変形量をHとすると、X=Y+H+αに設定するということである。なお、本実施形態においては、加工完了後におけるピン溝34の径方向深さが、軸方向外側に向かうに従って徐々に増大するように「α」を設定する。
【0059】
この構成により、弾性変形の影響をより適正に相殺した上で、さらに軸端部32Eにおいて外ピン36との間に若干の隙間の確保された構成を実現することができる。この結果、生じさせた隙間δ34を潤滑剤の導入部あるいは保持部として機能させることができることから、馴染み運転時間Hrを一層短縮でき、運転効率ηを一層向上させることができる。また、強い負荷が掛かったときは、外ピン36は撓むことができるため、ピン溝34と外ピン36、および、外ピン36と外歯歯車24との接触部の噛合面圧が過度に上昇するのを抑制でき、バックラッシの低減と噛合面圧の低減を両立させることができる(もちろん、そのいずれか一方をより重視した設計としてもよい)。
【0060】
なお、「スカイビング加工を行う際の弾性変形の影響による不具合の解消」という点に着目するならば、スカイビング加工を行う際の設定切削代は、必ずしも加工時の弾性変形の影響を相殺する分を超えて大きくする必要はない。例えば、丁度、加工時の弾性変形の影響を相殺する分だけ大きくするようにしてもよい。これにより、スカイビング加工によって、内歯歯車のピン溝を加工していながら、径方向深さが均一のピン溝を形成することができる。また、「ピン溝の軸方向端部の径方向外側に、補強部材を嵌合させた状態で、ピン溝をスカイビング加工する」という手法も有効である。これにより、加工時の内歯歯車本体の弾性変形がほぼ抑えられるため、ピン溝と外ピンとの間に、隙間を形成しようとする場合も、また、隙間を零にしようとする場合も、より高い寸法精度で管理されたピン溝をスカイビング加工によって形成することができる。
【0061】
なお、このように、本発明は、内歯歯車の内歯歯車本体のピン溝を、スカイビング加工によって加工した場合に、多くのメリットを得ることができるが、本発明は、ピン溝をどのような加工方法によって形成するかについては、特に、限定されない。所望の二乗平均平方根粗さRq、コア部のレベル差Rk、突出谷部の平均深さRvkが得られるならば、スカイビング加工、バレル加工、ギヤシェーパ加工に限定されず、種々の加工方法を採用できる。例えば、運転効率ηの向上がそれほど要請されない用途にあっては、ピン溝の表面の二乗平均平方根粗さRqを、1.6μm以下とすることができる加工、あるいは、ピン溝の表面の(Rk+Rvk)を、5.0μm以下とすることができる加工であるならば、例えば、ギヤシェーパ加工とバレル加工を併用したものであってもよい。
【0062】
また、上記実施形態においては、偏心揺動型減速装置として、装置の径方向中央にクランク軸を1本備える「センタクランクタイプ」の偏心揺動型減速装置が例示されていた。しかしながら、偏心揺動型減速装置としては、装置の軸心から離れた位置に複数のクランク軸を備え、該複数のクランク軸を同期して回転させることによって、外歯歯車を揺動させる「振り分けタイプ」の偏心揺動型減速装置も公知である。本発明は、このような振り分けタイプの偏心揺動型減速装置においても、内歯歯車が、内歯歯車本体と、該内歯歯車本体に形成されたピン溝と、該ピン溝に配置されたピン部材と、を有する構成とされている限り、同様に適用可能である。
【0063】
また、上記実施形態において、内ピンに摺動促進部材として内ローラが外嵌されていたように、外ピンに対しても、摺動促進部材として外ローラを外嵌させるように構成した内歯歯車を有する偏心揺動型減速装置も公知である。この場合、内歯歯車本体には、当該外ローラが配置されるピン溝が形成されることになる。本発明は、このような外ローラが配置されるピン溝に対しても、当該外ローラを本発明のピン部材と捉えることで、同様に適用することが可能である。