(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6584243
(24)【登録日】2019年9月13日
(45)【発行日】2019年10月2日
(54)【発明の名称】ピストンリング及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16J 9/26 20060101AFI20190919BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20190919BHJP
【FI】
F16J9/26 C
F02F5/00 R
F02F5/00 F
F02F5/00 N
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-174626(P2015-174626)
(22)【出願日】2015年9月4日
(65)【公開番号】特開2017-48899(P2017-48899A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年8月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(72)【発明者】
【氏名】井上 茂夫
【審査官】
山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−137080(JP,A)
【文献】
特開2012−107710(JP,A)
【文献】
特開平05−340473(JP,A)
【文献】
実開平03−108959(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/26
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周摺動面に硬質皮膜を被覆し多数の凹部を有するバレルフェイス形状のピストンリングであって、前記凹部が深さの異なる第1及び第2の二種類の凹部からなり、前記第1の凹部は、個々に独立し、前記第2の凹部よりも深く、前記外周摺動面に略平行な断面の面積が深さ方向に減少し、前記第2の凹部の一部がその他の前記第2の凹部の一部と連結していることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
請求項1に記載のピストンリングにおいて、前記第1の凹部の開口径が円相当径で100μm以上300μm未満、深さが100μm以上300μm未満であることを特徴とするピストンリング。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のピストンリングにおいて、前記第1の凹部が円錐形状又はピラミッド形状であることを特徴とするピストンリング。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のピストンリングにおいて、前記第2の凹部の開口径が円相当径で100μm未満、深さが1μm以上100μm未満であることを特徴とするピストンリング。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のピストンリングにおいて、前記第2の凹部の前記外周摺動面に略平行な断面の面積が深さ方向に減少していることを特徴とするピストンリング。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のピストンリングにおいて、前記二種類の凹部の合計開口面積率が20%以上80%未満であることを特徴とするピストンリング。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載のピストンリングにおいて、前記硬質皮膜がクロムめっき皮膜、イオンプレーティング皮膜及び窒化皮膜から選択された硬質皮膜であることを特徴とするピストンリング。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のピストンリングを製造する方法であって、前記硬質皮膜の被覆前に、前記第1の凹部が硬質圧子の押込み又はレーザー加工により形成されることを特徴とするピストンリングの製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載のピストンリングの製造方法において、前記硬質皮膜の被覆前又は被覆後に、前記第2の凹部が硬質圧子の押込み、レーザー加工、ショットブラスト、ショットピーニング、又はエッチングから選択された方法により形成されることを特徴とするピストンリングの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストンリングに関し、特に、摺動面の表面微細構造により摩擦特性及び潤滑特性を改善したピストンリング及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の機能部品として使用されているピストンリング(以下、単に「リング」ともいう。)には、ガスシール機能、伝熱機能、オイルコントロール機能の三つの機能が要求される。ガスシール機能を確保するために、すなわち、ピストン外周とシリンダ内壁との隙間をシールしてエンジンが所定の圧縮圧を保つため、リングがシリンダ内壁を垂直に押すための自己張力をもつようにリング形状が定められ、また、リングをピストンにセットする際に必要な合口部の合口隙間を最小にするようにリング周長が定められている。さらに、高温高圧の燃焼ガスによるピストン頂部の熱量を冷却されたシリンダ壁に伝達する伝熱機能を確保するためにリングは金属材料で製造され、オイルコントロール機能を確保するためにリングの外周面形状が定められている。
【0003】
ピストンリングの外周面形状に言及すれば、トップリング(ピストンの最も燃焼室側に装着されるリングで「第1圧力リング」ともいう。)は、外周面にリング軸に平行な断面において樽型の油膜潤滑機能に優れたバレルフェイス形状が採用されており、セカンドリング(トップリングのクランク室側に装着されるリングで「第2圧力リング」ともいう。)は、テーパーフェイス形状に加え、外周下面端のエッジをなるべくシャープにしてオイルの掻き下げ性能を向上させる形状が採用されている。また、オイルリングにおいては、張力を大きくし、且つシリンダ内壁との接触面積を小さくすることにより、単位面積当たりの面圧を高くしてオイル掻き性能をさらに向上させるように設計されている。
【0004】
近年、内燃機関では、オイル燃焼物による大気汚染等の環境問題やCO
2削減への対応のため、オイル消費の削減と燃費の改善が強く求められている。すなわち、ピストンリングには、上記の三つの機能の確保に加え、オイル消費特性及び燃費特性についてもさらなる向上が求められている。
【0005】
上記三つの機能を確保しつつ、オイル消費特性と燃費特性も満足させる方法として、第1にリング張力の最適化が挙げられる。リング張力が高すぎると、トップリングやオイルリングではガスシール特性やオイル消費は改善するが、リングがシリンダ内壁を摺動するとき、摩擦力が増加し、燃費が悪化する。さらに、オイルを掻き過ぎることにより潤滑性が低下し、最悪の場合はリングとシリンダが焼付いてしまうことになる。また、逆に、リング張力が低すぎると、ガスシール特性が低下し、燃焼ガスの吹き抜けが生じて出力低下が生じるし、オイル掻き性能が低下し、オイル消費が増加することになる。
【0006】
このため、リング張力は最適化する必要がある。しかし、燃焼室自体が時々刻々変化するので、最適張力もそれに対応して変化してしまう。最も重要な特性であるガスシール特性を確保するため、どうしても、リング張力は大きくなりがちであり、リングとシリンダ内壁との摩擦力増大という現象をもたらしやすい。この摩擦力の増加により燃費の低下や潤滑不足による焼付きが生じやすくなる。
【0007】
このように、リング張力の増加は、ガスシール特性の向上やオイル消費特性の向上というプラスの効果をもたらす一方、摩擦力増加による燃費特性の悪化、オイル掻き性能の向上による潤滑特性の悪化というマイナスの効果ももたらす。これらのプラスの効果とマイナスの効果はトレードオフの関係にあるので、最適なリング張力を見出し、全ての特性を好ましい方向にもっていくことは、困難であるようにみえる。
【0008】
このような情況において見えてくる課題は、「ガスシール特性やオイル消費特性を十分に確保した状態で、リングとシリンダ内壁間の摩擦力を低減し、潤滑特性を確保する手段を見いだせるか。」ということであり、別の表現をすれば「ガスシール特性やオイル消費特性を十分に確保するためにリング張力をある程度上げて潤滑油が不足するような摺動環境でも、摺動摩擦力低減や焼付きなどを防止できる潤滑特性を確保する手段を見いだせるか。」ということになる。
【0009】
例えば、リングのガスシール特性を確実に保証し、且つ、焼付きなどが生じないように潤滑を保証し、さらにリングとシリンダ壁間の摩擦力を低くする方法として、摺動面にディンプルなどの微細構造を付与する技術が公開されている。
【0010】
特許文献1は、オイル溜まりとして機能し潤滑性を向上させるための凹部をパルスレーザーで摺動面に形成し、当該凹部の径が100〜300μm、深さが100μm以上で、摺動面に占める面積割合が5〜50%としたピストンリングを開示している。ここで、深さが100μm以上とするのは、摩耗の進行に対しても凹部が消滅しないようにするためである。
【0011】
特許文献2も、低フリクション化に加え、ガスシール、オイルシール機能を低下させることのないというピストンリングを開示している。特許文献2は、凹部が形成されていない凹部非形成領域について着目し、凹部非形成領域のバレル幅領域面積に対する面積率が20〜85%で、全ての軸方向切断面において凹部非形成領域が存在することが必要であると教示している。また、凹部の寸法については、凹部の開口幅が0.19 mm×0.16 mm、深さが10μmとした実施例を開示している。
【0012】
また、特許文献3は、外周摺動面に形成された多数のディンプルは、深さが複数種類となるように形成され、深さの異なる複数種類のディンプルがピストンリングの周方向に交互に配設されたピストンリングを開示している。具体的には、径が100μm程度、深さが4〜5μm、2〜3μm、及び1〜1.5μmの三種類のディンプルを教示している。
【0013】
さらに、特許文献4は、硬質皮膜を被覆したピストンリングにおいても複数の凹部を形成する方法として、硬質皮膜被覆前のピストンリング母材にショットピーニングし、その後に硬質皮膜を被覆すれば、オイル溜まりとして作用し、摩耗を防止する微小ディンプルが硬質皮膜被覆後の外周摺動面にも形成できることを開示している。なお、微小ディンプルは、断面が略円弧状の直径0.1〜5μmの凹部であることも開示している。
【0014】
しかし、上記の先行技術は、いずれも、オイル溜まりとして作用する凹部を摺動面に形成して、潤滑油をいかに多量に保持し又は潤滑油をいかに長期に亘って保持して、結果的に摩擦力を低減するかというものであって、積極的に摩擦力を低減しようとするものでないのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平5-340473号公報
【特許文献2】特開2012-107710号公報
【特許文献3】特開2013-137080号公報
【特許文献4】特開2004-60873号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】古浜庄一、自動車エンジンのトライボロジ:潤滑、気密、熱負荷、ナツメ社、第5版(1984年)、83頁。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、優れたガスシール特性とオイル消費特性を維持した上で、リングとシリンダ内壁間の摩擦力を低減し、優れた潤滑特性を示すピストンリング及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
非特許文献1は、バレルフェイス形状のピストンリングが摺動する際に、シリンダ内壁とバレルフェイス面の間の潤滑油に発生する圧力分布が、
図7のようになることを開示している。すなわち、進行方向側のバレルフェイス部分で潤滑油が圧縮され、発生した圧縮力がリング張力を打ち消すことによって摩擦力が低減される。本発明者は、このようなリング張力を打ち消す圧縮力が、摺動面に形成する微細構造に関係して導入できないかどうかについて鋭意研究した結果、微細構造として形成する凹部を潤滑油のスクイーズ効果が発揮されやすい形状とすることによって、摺動面の微細構造に対応したミクロレベルで摩擦力を低減できることに想到した。
【0019】
また、摩擦力低減効果を有する凹部に加え、優れた潤滑特性を発揮させるために深さの浅い凹部を共存させるのが有効であることにも想到した。
【0020】
すなわち、本発明のピストンリングは、外周摺動面に硬質皮膜を被覆し多数の凹部を有するバレルフェイス形状のピストンリングであって、前記凹部が深さの異なる第1及び第2の二種類の凹部からなり、前記第1の凹部は、個々に独立し、前記第2の凹部よりも深く、前記外周摺動面に略平行な断面の面積が深さ方向に減少し
、前記第2の凹部の一部がその他の前記第2の凹部の一部と連結していることを特徴とする。前記第1の凹部の開口径は円相当径で100μm以上300μm未満、深さが100μm以上300μm未満であることが好ましい。また、前記第1の凹部は円錐形状又はピラミッド形状であることが好ましい。
【0021】
前記第2の凹部の開口径は円相当径で100μm未満、深さが1μm以上100μm未満であることが好ましく、また、前記第2の凹部の前記外周摺動面に略平行な断面の面積は深さ方向に減少していることが好ましい
。
【0022】
前記二種類の凹部の合計開口面積率は、20%以上80%未満であることが好ましい。
【0023】
また、前記硬質皮膜はクロムめっき皮膜、イオンプレーティング皮膜及び窒化皮膜から選択された硬質皮膜であることが好ましい。
【0024】
本発明のピストンリングの製造方法は、前記硬質皮膜の被覆前に、前記第1の凹部が硬質圧子の押込み又はレーザー加工により形成されることを特徴とする。また、前記硬質皮膜の被覆前又は被覆後に、前記第2の凹部が硬質圧子の押込み、レーザー加工、ショットブラスト、ショットピーニング、
又はエッチングから選択された方法により形成されることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明のピストンリングは、外周摺動面に形成された第1の凹部が、潤滑油のスクイーズ効果が発揮されやすい形状、すなわち、個々に独立し、リング/シリンダ内壁間隔に相当又はそれより深く、外周摺動面に略平行な断面の面積が深さ方向に減少した形状であるため、ミクロなレベルでリングの張力を打ち消し、摩擦低減効果を発揮することを可能にする。また、深さの浅い第2の凹部は優れた潤滑特性を発揮するので、第1の凹部と第2の凹部が共存することによって、摩擦力低減による燃費性能の向上と潤滑特性の向上による耐焼付き性の向上が同時に実現可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の第1の凹部の外周摺動面に垂直な断面形状の一例を示す図である。
【
図2】本発明の第1の凹部近傍においてリング/シリンダ内壁間の潤滑油に発生する圧縮力のミクロレベルの圧力分布を示す図である。
【
図4】本発明の第1及び第2の二種類の凹部を外周摺動面に配置した表面微細構造の一例を示す図である。
【
図5】摺動試験の試験条件を概念的に示す図である。
【
図6】実施例1の摺動試験のストライベック線図を示す図である。
【
図7】バレルフェイス形状のピストンリング摺動時におけるリング/シリンダ内壁間の潤滑油に発生する圧縮力の圧力分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[1] 外周摺動面の微細構造
本発明のピストンリングにおいては、外周摺動面に形成された多数の凹部は深さの異なる第1及び第2の二種類の凹部からなる。第1の凹部は摩擦力低下のための深さの深い凹部であり、第2の凹部は潤滑特性を確保するための深さの浅い凹部である。第1の凹部は、独立した凹部であり、摺動時に凹部の潤滑油が深さ方向に絞られ、いわゆるスクイーズ効果を発現して、潤滑油に発生する圧縮力を大きくするように、外周摺動面に略平行な断面の面積が深さ方向に減少するような形状とすることを特徴としている。この潤滑油に発生する圧縮力が、シリンダ内壁に作用するリング張力を打ち消す方向に作用し、摺動時の摩擦力を低減させることを可能にする。
図1は、第1の凹部(1)の外周摺動面(2)に垂直な断面形状の一例で、(逆)円錐形状を示している。スクイーズ効果の観点では、上記断面の面積減少率が大きいほど効果が大きいので、所定の開口サイズと深さの範囲内であれば、外周摺動面の内側に凸の凹部(例えば、半球状の凹部)よりも外側に凸の凹部の方が有効であると言える。しかし、外側に凸の凹部は先端の鋭いクラックとして作用し、硬質皮膜の欠けや剥離を引き起こす虞があるので、現実には好ましくない。第1の凹部(1)の形状としては、(逆)円錐形状又は(逆)ピラミッド形状とすることが好ましい。
【0028】
図2は、ピストンリングの外周摺動面(2)とシリンダ内壁(3)との摺動において、外周摺動面(2)に形成された第1の凹部(1)とシリンダ内壁(3)間に潤滑油が存在し、そのスクイーズ効果により潤滑油(4)に発生する圧縮力のミクロレベルの圧力分布(5)を模式的に示したものである。すなわち、バレルフェイス形状に対応した摩擦力の低減に加えて、外周摺動面(2)の微細構造に対応したミクロレベルでの摩擦力の低減が付加されることを示している。境界潤滑領域のような潤滑油の不十分な領域でも、外周摺動面(2)とシリンダ内壁(3)が近接すれば、その間に存在する潤滑油(4)と第1の凹部(1)の保持された潤滑油に圧縮力が発生する。スクイーズ効果によりミクロレベルで発生する圧力効果が十分発揮されるという観点から、第1の凹部(1)は、その開口径と深さが外周摺動面(2)とシリンダ内壁(3)間の隙間相当以上であり、また潤滑油が簡単に排出にされないような寸法であることが好ましい。具体的には、開口径が円相当径(開口面積と等しい面積をもつ円の直径)で100μm以上300μm未満、深さが100μm以上300μm未満であることが好ましい。開口径は120μm以上280μm未満、深さは120μm以上280μm未満であることが好ましく、それぞれ、140μm以上260μm未満、140μm以上260μm未満であることがさらに好ましい。
【0029】
本発明のピストンリングでは、上記の第1の凹部に加え、潤滑性確保のための深さの浅い第2の凹部を共存させることを特徴としている。第2の凹部は深さが浅いため、第1の凹部のようなスクイーズ効果による油圧発生効果は少ないが、潤滑油排出効果が大きい。寸法的には、開口径が円相当径で100μm未満、深さが1μm以上100μm未満であることが好ましい。開口径は5μm以上100μm未満、深さは2μm以上50μm未満であることがより好ましく、それぞれ、10μm以上100μm未満、3μm以上30μm未満であることがさらに好ましい。また、スクイーズ効果による圧縮力発生効果が小さいとはいえ、外周摺動面に略平行な断面の面積は深さ方向に減少していることが好ましい。
【0030】
本発明のピストンリングにおいて、上記第1の凹部はスクイーズ効果を発揮するため独立した凹部であることが必要であったが、第2の凹部は
、潤滑特性確保のため
、第2の凹部の一部がその他の第2の凹部の一部と連結している
ものとする。連結部を通して潤滑油が移動し、良好な潤滑特性を確保するようになる。もちろん、その場合は潤滑油が逃げてしまって、スクイーズ効果による圧縮力発生効果は期待できなくなる。
【0031】
上記第1及び第2の二種類の凹部は、合計開口面積率が20%以上80%未満であることが好ましい。但し、上記凹部が繋がってガスシールできなくなることがあってはならない。第1の凹部と第2の凹部の面積比の割合は、摩擦力低減を主とするか、潤滑性改善を主とするかに依存し、エンジン仕様に応じて決めるものとする。
【0032】
[2] 硬質皮膜
本発明のピストンリングはトップリング(第1圧力リング)として使用されることが好ましく、外周摺動面には硬質皮膜が被覆される。硬質皮膜はクロムめっき皮膜、イオンプレーティング皮膜及び窒化皮膜から選択された硬質皮膜であることが好ましい。硬質皮膜の厚さは、後述する第1及び第2の凹部の形成方法に関係し、厚すぎると特に第1の凹部を埋めて浅くしてしまうので被覆する皮膜厚さには留意する必要がある。イオンプレーティング皮膜では、60μm未満であることが好ましく、45μm未満であることがより好ましく、30μm未満であることがさらに好ましい。一方、窒化皮膜の場合は、母材の表層に窒素が拡散して形成されるので、第1及び第2の凹部が覆われることはなく皮膜厚さに制限はない。通常は、ビッカース硬さが700 HV0.1以上の拡散層の厚さが30μm以上あることが好ましく、50μm以上であればより好ましく、70μm以上であればさらに好ましい。また、クロムめっき皮膜に関しては、第1の凹部内で電場の打ち消しあいにより深さ方向に膜厚が薄くなり、開口径は少し狭くなっても、深さはほとんど変わらないため、用途によって分類することが好ましい。ガソリン車用リングでは、80μm未満であることが好ましく、60μm未満であることがより好ましく、40μm未満であることがさらに好ましい。また、ディーゼル車(特にヘビーデューティ)用リングでは120μm未満であることが好ましく、100μm未満であることがより好ましく、80μm未満であることがさらに好ましい。また、舶用リングでは350μm未満であることが好ましく、325μm未満であることがより好ましく、300μm未満であることがさらに好ましい。
【0033】
[3] 第1の凹部の形成方法
第1の凹部は、硬質圧子の押込み又はレーザー加工によって形成される。押込みによる方法として、ダイヤモンド圧子や超硬圧子を硬質皮膜被覆前のリング母材外周面に押付け、塑性変形させて凹部を形成する方法が優れており、凹部の開口径が100μm以上300μm未満、深さが100μm以上300μm以下の凹部を容易に形成することができる。ピラミッド形状や円錐形状の硬質圧子を用いて形成した凹部は、外周摺動面に略平行な断面の面積が深さ方向に効果的に減少しており、潤滑油が満たされ摺動したときスクイーズ効果による圧縮力が発生し、摩擦力を下げる効果を発現する。重要なことは、硬質皮膜被覆前の母材の段階で凹部形状を付与することである。硬質皮膜被覆後に凹部を形成すると、凹部の深さが100μm以上なので、硬質皮膜被覆後にクラックや剥離が生じたり、内部に破壊源となる欠陥を残したりして好ましくない。
【0034】
また、レーザー加工法は、レーザーの出力を上げてエネルギーを集中させれば100μm以上の凹部深さを得ることは可能である。また、深さに対応して焦点が小さくなるように調整すれば、凹部深さ方向に断面積が減少するような形状を得ることも可能である。
【0035】
[4] 第2の凹部の形成方法
第1の凹部と比較して、第2の凹部は開口径及び深さが100μm未満であるという違いだけなので、第1の凹部と同様に、硬質圧子の押込みやレーザー加工法を使用できる。但し、硬質圧子の押込みでは押込み深さを浅くし、レーザー加工法では出力を小さくする。また、第2の凹部は、ショットブラスト、ショットピーニング、エッチング等の方法でも形成することができる。さらに、第2の凹部は、最終的な凹部の寸法に留意さえすれば、硬質皮膜被覆前でも硬質皮膜被覆後でも形成することが可能である。硬質皮膜被覆前に凹部を形成した方が硬質皮膜に欠陥を導入しないという意味で優れているが、硬質皮膜の被覆が凹部の形状を大きく変化させてしまうような場合には、硬質皮膜被覆後に第2の凹部を形成することが好ましい。欠陥の導入を回避するため、例えば、レーザー加工法においては、パルスレーザーを採用して、熱負荷を極力小さくすることが行われてもよい。
【0036】
上記の凹部形成方法の中でも、硬質圧子の押込みとレーザー加工法は、第1及び第2の二種類の凹部を一工程で形成することが可能となる。その場合、配置された第1及び第2の凹部に対応して押込み荷重とレーザー出力の制御を行うことになる。
【実施例】
【0037】
以下の実施例及び比較例では、リング外周面に凹部を形成してエンジン試験を行う代わりに、摩擦力と焼付きを評価できる摺動試験を行った。摺動試験は、
図3に示すような、回転するディスク(7)上に、両端部にバレル状の接触面(5 mm×3.5 mm)を有するテストピース(45 mm×3.5 mm×4 mm)(6)を載せ、潤滑油(8)を滴下しながら、テストピース(6)に荷重Pを段階的に増加していく試験である。テストピース(6)の母材には、質量%で、C:0.85、Si:0.38%、Mn:0.34%、Cr:17.56%、Mo:1.0%、V:0.11%、残部Feからなる鋼材を使用し、ディスク(7)には、質量%で、C:1.00%、Si:2.10%、Mn:0.32%、P:0.16%、S:0.002%、Cr:1.36%、Ni:0.08%、残部Feからなる鋼材を使用した。テストピース(6)のバレル状接触面は、リングバレルフェイス面の曲率半径10〜30 mmを考慮し、曲率半径を20 mmとした。また、ディスク(7)は、焼入れ・焼戻しにより硬さを54.5〜56.0 HRCの範囲に調整し、研磨加工によりRz
JISで0.8〜1.2μmの範囲の表面粗さに仕上げた。
【0038】
実施例1
上記のテストピースのバレル状接触面に、第1の凹部として、円錐状の超硬針を押付け、塑性変形させることにより、
図4に示すように、開口径200μm、深さ200μmの円錐状の凹部(9)を、中心間距離400μmとして碁盤の目状に形成した。次に、硬質皮膜としてクロムめっき皮膜の形成を、原材料として、クロム酸250 g/L、硫酸1.1 g/L、フッ化物3.7 g/Lを用い、液温56℃、電流密度50 A/dm
2で3時間行い、Rz
JISが1.0〜1.5μmの範囲に入るように先端R研磨を行った。このとき、第1の凹部は開口径が約150μmで深さが約200μmであり、クロムめっき厚さは約100μmであり、硬さはビッカース硬さを5点測定した結果875〜913 HV0.1の範囲にあった。さらに、直径260μmの円形に開口したマスキング板を使用して、
図4の第2の凹部(10)に対応する位置にブラスト加工を行うことにより、碁盤の目状に配置された第1の凹部(9)の間の直径約260μmの円形内に、開口径10〜96μm、深さ1〜5μmの範囲の多数の第2の凹部(10)を形成した。これらの第2の凹部(10)には、独立した凹部は少なく、連結した凹部が多数存在していた。
【0039】
比較例1
比較例1のテストピースは、第1の凹部を形成することなく、実施例1と同様にクロムめっき皮膜を被覆し、先端R加工を施したままとした。
【0040】
実施例2
硬質皮膜として窒化皮膜を形成した以外は、実施例1と同様にして第1の凹部及び第2の凹部を有するテストピースを作製した。窒化皮膜は、NH
3ガス雰囲気、585℃で4.5時間の処理により形成し、平面研削盤R研磨により約25μmを研磨して表層の白層を除去し、最終的に専用治具でR仕上げを行った。このとき、第1の凹部は開口径が約175μmで深さが約175μmであり、得られた窒化皮膜の表面硬さは1120〜1175 HV0.1、表面粗さはRz
JISで0.3〜0.4μmの範囲にあり、硬さ700 HV0.1以上の拡散層の厚さは約75μmであった。また、ブラストにより形成された多数の第2の凹部は、開口径7〜73μm、深さ1〜4μmの範囲にあった。
【0041】
比較例2
比較例2のテストピースは、第1の凹部を形成することなく、実施例2と同様に窒化処理を行い、先端R仕上げを施したままとした。
【0042】
実施例3
硬質皮膜の被覆前に第2の凹部を形成し、硬質皮膜としてイオンプレーティングによるCrN皮膜を形成した以外は、実施例1と同様にして第1の凹部及び第2の凹部を有するテストピースを作製した。CrN皮膜は、蒸発源に金属Crを用い、真空排気後、N
2ガスを流しながら2.0 Paに調整した雰囲気で、アーク電流150 A、バイアス電圧 0 V、温度500℃で、380分間のイオンプレーティング処理により形成し、さらに、専用治具でのR研磨によりR仕上げを行った。このとき、第1の凹部は開口径が約180μmで深さが約200μmであり、第2の凹部は開口径が1〜50μmで深さが1〜2.5μmの範囲にあった。また、得られたCrN皮膜は、皮膜厚さ20μm、表面硬さが850〜1150 HV0.1、表面粗さがRz
JISで0.3〜0.4μmの範囲にあった。
【0043】
比較例3
比較例3のテストピースは、第1の凹部及び第2の凹部を形成することなく、実施例3と同様にイオンプレーティング処理を行い、先端R仕上げを施したままとした。
【0044】
摺動試験
摺動試験は、
図5に示すように、慣らし運転と本試験から構成され、本試験は摺動速度を一定としてテストピースに負荷する押付け荷重Pを焼付きが発生するまでステップ昇圧することによって行うものである。試験条件は以下の通りである。
1. 慣らし運転
摺動速度:0.5 m/秒、
押付け荷重:500 N、
潤滑油:日石モーターオイル(モーター P#20)、
潤滑油温度:100℃(オイルバス)、
潤滑油供給量:40 cc/分、
運転時間:2分。
2. 本試験
摺動速度:8 m/秒、
押付け荷重:初期100 Nから20 Nずつ、スカッフ発生まで昇圧する、
各荷重保持時間は30秒、
潤滑油:日石モーターオイル(モーター P#20)、
潤滑油温度:100℃(オイルバス)、
潤滑油供給量:40 cc/分、
焼付きトリガー:摩擦係数が0.1以上で焼付きと判断する。
【0045】
摩擦係数μ(=F/P)は押付け荷重Pとロードセル(
図3には図示しない)により測定した押付け荷重に垂直に発生する剪断荷重Fから求めることができ、焼付き応力σ(=Pmax/A)は焼付き荷重Pmaxと試験終了後に観察・測定した摺動面の接触面積Aからを求めることができる。
【0046】
実施例1の結果を、ストライベックパラメータS(=ηV/P、ここでηは潤滑油の粘度、Vは摺動速度、Pは押付け荷重)と摩擦係数μの関係として
図6に示すが、焼付きが生じた左端のμ値で摩擦力を評価し、焼付き応力σで潤滑性を評価した。その他の実施例や比較例においても、
図6のように、右から流体潤滑、混合潤滑、境界潤滑の三つの領域が明確に現れていた。なお、
図6の境界潤滑領域の頂部から左端にかけてμ値が低下しているのは、「なじみ現象(真実接触面積が増加し、摩擦係数が低下する)」によるものと考えられる。
【0047】
実施例1〜3及び比較例1〜3の結果を表1に示す。硬質皮膜が同じテストピースの組合せで比較すると、摺動面に凹部のない比較例に対して、摺動面の第1の凹部と第2の凹部を有する実施例1〜3は、焼付き面圧が4.2〜9.5%増加し、摩擦係数が0.001〜0.002程低下し、剪断荷重が減少した。焼付き面圧の向上は第1の凹部の存在によってもたらされ、剪断荷重の減少は第2の凹部の存在によってもたらされたと考えられる。
【0048】
【表1】
【符号の説明】
【0049】
1, 9 … 第1の凹部
2 … 外周摺動面
3 … シリンダ壁
4 … 潤滑油
5 … 潤滑油に発生した圧縮力
6 … テストピース
7 … ディスク
8 … 潤滑油
10 … 第2の凹部の存在領域