(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。まず本発明者らは、HICがMnS介在物を起点に発生しやすいことに着目した。その結果、脱硫作用を有する元素である希土類元素あるいはZrを鋼材に含有させることにより、MnSの生成を抑制し耐水素誘起割れ性を高めることが可能であることに想到した。更に、その脱硫作用を効果的に発揮させるために、後述する適切な含有量を見出すに至った。
【0029】
次に本発明者らは、HICが偏析部を起点に発生しやすいことに着目した。その結果、偏析のうち「水平割れ」、特に水平割れの最大開孔厚みに注目し、スラブの段階においてこれを所定の閾値以下に収めれば、耐水素誘起割れ性の高い鋼板が得られ、更には製品を早期に出荷できることを見出した。この点については後に詳述する。
【0031】
優れた耐HIC性を確保するには、鋼材の成分組成を制御する必要がある。更には、例えばラインパイプ用鋼材として求められるその他の特性として、高強度や優れた溶接性等を確保するにも、鋼板の成分組成を下記の通りとする必要がある。以下、前述した希土類元素およびZrをはじめ、各成分の規定理由について説明する。
【0032】
成分組成
C:0.02〜0.15%
Cは、母材および溶接部の強度を確保するために必要不可欠な元素であり、0.02%以上含有させる必要がある。C量は、好ましくは0.03%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。一方、C量が多すぎるとHAZ靭性と溶接性が劣化する。またC量が過剰であると、HICの起点や破壊進展経路となるNbCや島状マルテンサイトが生成しやすくなる。よってC量は0.15%以下とする必要がある。好ましくは0.12%以下、より好ましくは0.10%以下である。
【0033】
Si:0.02〜0.50%
Siは、脱酸作用を有すると共に、母材および溶接部の強度向上に有効な元素である。これらの効果を得るため、Si量を0.02%以上とする。Si量は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.15%以上である。しかし、Si量が多すぎると溶接性や靭性が劣化する。またSi量が過剰であると、島状マルテンサイトが生じてHICが発生・進展する。よってSi量は、0.50%以下に抑える必要がある。Si量は、好ましくは0.45%以下、より好ましくは0.35%以下である。
【0034】
Mn:0.6〜2.0%
Mnは、母材および溶接部の強度向上に有効な元素であり、本発明では0.6%以上含有させる。Mn量は、好ましくは0.8%以上であり、より好ましくは1.0%以上である。しかし、Mn量が多すぎると、MnSが生成されて耐水素誘起割れ性が劣化するだけでなくHAZ靭性や溶接性も劣化する。よってMn量の上限を2.0%とする。Mn量は、好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.5%以下、さらに好ましくは1.2%以下である。
【0035】
P:0%超0.030%以下
Pは、鋼材中に不可避的に含まれる元素であり、P量が0.030%を超えると母材やHAZ部の靭性劣化が著しく、耐水素誘起割れ性も劣化する。よって本発明ではP量を0.030%以下に抑える。P量は、好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.010%以下である。
【0036】
S:0%超0.003%以下
Sは、多すぎるとMnSを多量に生成し耐水素誘起割れ性を著しく劣化させる元素であるため、本発明ではS量の上限を0.003%とする。S量は、好ましくは0.002%以下であり、より好ましくは0.0015%以下、更に好ましくは0.0010%以下である。この様に耐水素誘起割れ性向上の観点からは少ない方が望ましい。
【0037】
Al:0.010〜0.08%
Alは強脱酸元素であり、Al量が少ないと、酸化物中のCa濃度が上昇、即ち、Ca系介在物が鋼板表層部に形成されやすくなり微細なHICが発生する。よって本発明では、Alを0.010%以上とする必要がある。Al量は、好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.030%以上である。一方、Al含有量が多すぎると、Alの酸化物がクラスター状に生成し水素誘起割れの起点となる。よってAl量は0.08%以下とする必要がある。Al量は、好ましくは0.06%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。
【0038】
Ca:0.0003〜0.0060%
Caは、硫化物の形態を制御する作用があり、CaSを形成することによってMnSの形成を抑制する効果がある。この効果を得るには、Ca量を0.0003%以上とする必要がある。Ca量は、好ましくは0.0005%以上であり、より好ましくは0.0010%以上である。一方、Ca量が0.0060%を超えると、Ca系介在物を起点にHICが多く発生する。よって本発明では、Ca量の上限を0.0060%とする。Ca量は、好ましくは0.0045%以下であり、より好ましくは0.0035%以下、さらに好ましくは0.0025%以下である。
【0039】
N:0.001〜0.01%
Nは、鋼組織中にTiNとして析出し、HAZ部のオーステナイト粒の粗大化を抑制し、さらにフェライト変態を促進させて、HAZ部の靭性を向上させる元素である。この効果を得るにはNを0.001%以上含有させる必要がある。N量は、好ましくは0.003%以上であり、より好ましくは0.0040%以上である。しかしN量が多すぎると、固溶Nの存在によりHAZ靭性がかえって劣化するため、N量は、0.01%以下とする必要がある。好ましくは0.008%以下であり、より好ましくは0.0060%以下である。
【0040】
O:0%超0.0045%以下
O、即ち酸素は、清浄度向上の観点から低いほうが望ましく、Oが多量に含まれる場合、靭性が劣化することに加え、酸化物を起点にHICが発生し、耐水素誘起割れ性が劣化する。この観点から、O量は0.0045%以下とする必要があり、好ましくは0.0030%以下、より好ましくは0.0020%以下である。
【0041】
質量比で示されるCa/S:2.0以上
前述の通り、Sは硫化物系介在物としてMnSを形成し、該MnSを起点にHICが発生する。このため、Caを添加して鋼中の硫化物系介在物をCaSとして形態を制御し、耐HIC性に対するSの無害化を図る。この作用効果を十分に発揮させるには、Ca/Sを2.0以上とする必要がある。Ca/Sは、好ましくは2.5以上、より好ましくは3.0以上である。尚、本発明で規定するCa量とS量からCa/Sの上限は17程度となる。
【0042】
(Ca−1.25S)/O ≦ 1.80
Ca系酸硫化物によるHICの発生を抑制するには、Ca系介在物の中でも特に凝集合体を形成しやすいCaOを抑制することが有効である。そしてそのためには、鋼中全Ca量から硫化物(CaS)として存在するCa分を差し引いたCa量(Ca−1.25S)が、O量に対して過剰とならないようにしなければならない。O量に対してCa量(Ca−1.25S)が過剰であると、酸化物系介在物としてCaOが形成され易くなり、該CaOの凝集合体(粗大なCa系介在物)が鋼板表層部に大量に形成されやすくなる。これらの粗大なCa系介在物はHICの起点となるため、優れた耐HIC性を得るには(Ca−1.25S)/Oを1.80以下とする必要がある。(Ca−1.25S)/Oは、好ましくは1.40以下、より好ましくは1.30以下、更に好ましくは1.20以下、特に好ましくは1.00以下である。尚、CaOと同様に凝集合体を形成しやすいAl
2O
3を抑制する観点から、(Ca−1.25S)/Oの下限値は0.1程度となる。
【0043】
REM:0%超0.02%以下
REM(Rare Earth Metal、希土類元素)は、前述の通り、脱硫作用によりMnSの生成を抑制し耐水素誘起割れ性を高めるのに有効な元素である。このような効果を発揮させるには、REMを0.0002%以上含有させることが好ましい。REM量は、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上である。一方、REMを多量に含有させても効果が飽和する。よってREM量の上限は0.02%とすることが必要である。鋳造時の浸漬ノズルの閉塞を抑えて生産性を高める観点からは、REM量を0.015%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.010%以下、更に好ましくは0.0047%以下である。尚、本発明において、上記REMとは、ランタノイド元素、即ちLaからLuまでの15元素と、スカンジウムおよびイットリウムを意味する。
【0044】
Zr:0%超0.010%以下
Zrは、脱硫作用により耐HIC性を向上させるとともに、酸化物を形成し微細に分散することでHAZ靭性の向上に寄与する元素である。これらの効果を発揮させるには、Zr量を0.0003%以上とすることが好ましい。Zr量は、より好ましくは0.0005%以上、更に好ましくは0.0010%以上、より更に好ましくは0.0015%以上である。一方、Zrを過剰に添加すると粗大な介在物を形成して耐水素誘起割れ性および母材靭性を劣化させる。よってZr量は0.010%以下とすることが必要である。Zr量は、好ましくは0.0070%以下、より好ましくは0.0047%以下、更に好ましくは0.0030%以下である。
【0045】
本発明の鋼板、鋼管の成分は、上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物からなる。また、上記元素に加えて更に、
(a)下記量のB、V、Cu、Ni、Cr、Mo、およびNbよりなる群から選択される1種類以上の元素を含有させることによって、強度や靭性をより高めたり、
(b)下記量のTiおよびMgよりなる群から選択される1種類以上の元素を含有させることによって、HAZ靭性の向上や、脱硫が促進されて耐HIC性をより改善することができる。以下、これらの元素について詳述する。
【0046】
B:0%超0.005%以下
Bは、焼入れ性を高め、母材および溶接部の強度を高めるとともに、溶接時に、加熱されたHAZ部が冷却する過程でNと結合してBNを析出し、オーステナイト粒内からのフェライト変態を促進するため、HAZ靭性を向上させる。この効果を得るには、B量を0.0002%以上含有させることが好ましい。B量は、より好ましくは0.0005%以上であり、更に好ましくは0.0010%以上である。しかし、B含有量が過多になると、母材とHAZ部の靭性が劣化したり、溶接性の劣化を招くため、B量は0.005%以下とすることが好ましい。B量は、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.0030%以下である。
【0047】
V:0%超0.1%以下
Vは、強度の向上に有効な元素であり、この効果を得るには0.003%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.010%以上である。一方、V含有量が0.1%を超えると溶接性と母材靭性が劣化する。よってV量は、0.1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.08%以下である。
【0048】
Cu:0%超1.5%以下
Cuは、焼入れ性を向上させて強度を高めるのに有効な元素である。この効果を得るにはCuを0.01%以上含有させることが好ましい。Cu量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。しかし、Cu含有量が1.5%を超えると靭性が劣化するため、1.5%以下とすることが好ましい。Cu量は、より好ましくは1.0%以下、更に好ましくは0.50%以下である。
【0049】
Ni:0%超1.5%以下
Niは、母材および溶接部の強度と靭性の向上に有効な元素である。この効果を得るためには、Ni量を0.01%以上とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。しかしNiが多量に含まれると、構造用鋼材として極めて高価となるため、経済的な観点からNi量は1.5%以下とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは1.0%以下、更に好ましくは0.50%以下である。
【0050】
Cr:0%超1.5%以下
Crは、強度の向上に有効な元素であり、この効果を得るには0.01%以上含有させることが好ましい。Cr量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。一方、Cr量が1.5%を超えるとHAZ靭性が劣化する。よってCr量は1.5%以下とすることが好ましい。Cr量は、より好ましくは1.0%以下、更に好ましくは0.50%以下である。
【0051】
Mo:0%超1.5%以下
Moは、母材の強度と靭性の向上に有効な元素である。この効果を得るには、Mo量を0.01%以上とすることが好ましい。Mo量は、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.10%以上である。しかし、Mo量が1.5%を超えるとHAZ靭性および溶接性が劣化する。よってMo量は1.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは1.0%以下、更に好ましくは0.50%以下である。
【0052】
Nb:0%超0.06%以下
Nbは、溶接性を劣化させることなく強度と母材靭性を高めるのに有効な元素である。この効果を得るには、Nb量を0.002%以上とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.010%以上、更に好ましくは0.020%以上である。しかし、Nb量が0.06%を超えると母材とHAZの靭性が劣化する。よって、本発明ではNb量の上限を0.06%とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.047%以下、更に好ましくは0.040%以下、より更に好ましくは0.030%以下である。
【0053】
Ti:0%超0.03%以下
Tiは、鋼中にTiNとして析出することで、溶接時のHAZ部でのオーステナイト粒の粗大化を防止しかつフェライト変態を促進するため、HAZ部の靭性を向上させるのに有効な元素である。さらにTiは、脱硫作用を示すため耐HIC性の向上にも有効な元素である。これらの効果を得るには、Tiを0.003%以上含有させることが好ましい。Ti量は、より好ましくは0.005%以上、更に好ましくは0.010%以上である。一方、Ti含有量が過多になると、固溶Tiの増加やTiC析出の増加により母材とHAZ部の靭性が劣化するため、0.03%以下とすることが好ましい。Ti量は、より好ましくは0.02%以下である。
【0054】
Mg:0%超0.01%以下
Mgは、結晶粒の微細化を通じて靭性の向上に有効な元素であり、また脱硫作用を示すため耐HIC性の向上にも有効な元素である。これらの効果を得るには、Mgを0.0003%以上含有させることが好ましい。Mg量は、より好ましくは0.001%以上である。一方、Mgを過剰に含有させても効果が飽和するため、Mg量の上限は0.01%とすることが好ましい。Mg量は、より好ましくは0.005%以下である。
【0055】
本発明の鋼板は、スラブの段階において、水平割れが存在しないか、水平割れの最大開孔厚みが閾値以下であって、耐水素誘起割れ性の高い鋼板である。ここで閾値とは、予め求められた、前記スラブを圧延して得た鋼板にHICが発生しない水平割れの最大開孔厚みを意味する。
【0056】
この様にスラブの段階で水平割れについて評価、特に水平割れの最大開孔厚みを所定の閾値以下とすることによって、耐水素誘起割れ性の高い鋼板が得られること、また製品を早期に出荷できることについて、以下説明する。
【0057】
まず、上記「水平割れ」から以下に詳述する。
【0058】
成分の偏析は、スラブの内部割れ部や中心偏析部に存在し、この成分の偏析度が高いほどHICが発生しやすいことが、例えば特開2007−136496号に記載の通り知られている。また偏析により、MA(Martensite−Austenite constituent、島状マルテンサイト)、パーライトバンド等の硬化組織が発生する。偏析度が高いほど硬化組織が発生しやすく、HICは硬化組織に沿って伝播、進展する。本発明では、特に内部割れ部の偏析度を考慮して、耐HIC性を評価する。
【0059】
なお、偏析は2次デンドライト樹間にも存在する。即ちミクロ偏析も生じうる。しかしこの2次デンドライト樹間は非常に小さく、HICが伝播・伸展しないため、品質上、問題とならない。そこで、本発明ではミクロ偏析を考慮しない。
【0060】
内部割れには「水平割れ」と「その他の内部割れ」とがあり、これらはロール間バルジングや冷却水のアンバランスや矯正通過時の変形が原因となって生じる。「水平割れ」は、
図1(a)に示すように、スラブの幅方向Wで幅端部からスラブ厚さD/2の範囲に存在する割れであり、スラブ幅方向及び鋳造方向に伝播した割れである。一方、「その他の内部割れ」は、
図1(a)に示すように、スラブ全幅に存在する割れであり、スラブ厚さ方向及びスラブ幅方向、またはスラブ厚さ方向及びスラブ鋳造方向に伝播した割れである。
【0061】
スラブを圧延すると、
図1(b)に示すように、「水平割れ」は伸展するが、「その他の内部割れ」は縮小する。上記割れを起点にHICが発生すると、「水平割れ」ではHICが伝播・伸展し易いが、「その他の内部割れ」ではHICが伝播・伸展しないため、品質上、問題とならない。また、HIC試験を実施したところ、「水平割れ」発生部ではHICが発生することがあったが、「その他の内部割れ」発生部ではHICが発生しなかった。そこで、本発明では、内部割れのうち「水平割れ」のみを考慮することとした。
【0062】
そして本発明では、この「水平割れ」の偏析度を、下記に説明する「最大開孔厚み」で評価する。「水平割れ」の発生位置は上記
図1(a)の通りであり、凝固時に固液界面で発生する割れである。「水平割れ」はデンドライト樹間に濃化溶鋼が進入して生じた偏析線を伴うものであり、この程度が著しい場合、偏析線に沿って開孔する。水平割れの偏析度と開孔厚み(開孔幅)には相関関係があり、開孔厚みが大きいほど水平割れの偏析度が高い傾向がある。つまり、最大開孔厚みと水平割れの偏析度には相関関係がある。HICは水平割れの偏析度が高いほど発生しやすいため、最大開孔厚みが大きいほどHICが発生しやすいと考えられる。これらのことから耐HIC性は「最大開孔厚み」によって判断でき、この最大開孔厚みを低減すれば、HICを抑制できる、との知見にまず至った。以下、この水平割れの最大開孔厚みを単に「最大開孔厚み」ということがある。
【0063】
なお、「開孔厚み」が数10μm程度である微細な水平割れは、圧延時に圧着されるため、製品段階でUT(Ultrasonic Testing)欠陥とならないが、HIC発生の原因となることがわかっている。これを考慮すると、HICは、開孔していることが原因で発生するのでなく、水平割れの偏析度が高いことで発生すると考えられる。
【0064】
そして本発明者らは、スラブの段階、つまり鋳造後であって圧延前の鋼片の、上記最大開孔厚みを用いて、圧延後の鋼板の耐HIC性を判断できれば、製品である鋼板に対してHIC試験を行う必要がなくなり、工程を省略できること、その結果、製品を早期に出荷できる、との知見に至った。
【0065】
以下では、最大開孔厚みの求め方と、最大開孔厚みを用いて圧延後の鋼板の耐HIC性を判断する際に用いる、最大開孔厚みの閾値tθと、について説明する。
【0066】
上記水平割れの最大開孔厚みの求め方について説明する。
【0067】
先ず、鋳造して得られたスラブを厚さ方向、即ち、
図2に示す通り、鋳造方向に対して垂直な方向に切断し、偏析部の水平割れを調査する。水平割れが発生する位置は、鋳造方向よりもスラブ幅方向及びスラブ厚さ方向にばらつきが生じやすい。そこで上記
図2の通り、鋳造方向に対して垂直な切断面を調査対象とすることにより、水平割れが最も悪化している部位を調査できる。
【0068】
図2のスラブ切断面で、スラブ幅Wの両端からそれぞれスラブ厚さD/2までの領域R1、R2に存在する水平割れの最大開孔厚みt1、t2を測定する。ここで、最大開孔厚みt1は領域R1における最大開孔厚みであり、最大開孔厚みt2は領域R2における最大開孔厚みである。また
図2において、前記領域R1とR2をあわせて第1の範囲、
図2の領域R3を第2の範囲ということがある。
【0069】
上記領域R1、R2を調査する理由は次の通りである。即ち、水平割れは、凝固がスラブの幅方向両端(狭面)から幅中央に向かって進行する過程で発生する。凝固時、領域R1、R2、即ち、第1の範囲では、狭面側(短辺側)の冷却の影響を受け、凝固が幅方向中央に向かって進行する。一方、幅方向両端からD/2分を除いた幅W−Dの領域R3、即ち第2の範囲では、狭面側(短辺側)の冷却の影響を殆ど受けないため、凝固が幅方向に殆ど進行しない。したがって、水平割れは領域R1、R2で発生すると考えられるため、本発明では上記の通り、領域R1、R2で水平割れを調査する。
【0070】
ここで、領域R1、R2のそれぞれに、2つ以上の水平割れが存在する場合、各領域R1、R2に存在する複数の開孔の厚みのうちの最大の開孔厚みを、最大開孔厚みt1、t2とする。例えば、領域R1に3つの水平割れが存在する場合、3つの水平割れのうち最も大きな開孔を有する水平割れを選択し、その水平割れの最も開孔している部分、即ち開孔厚みが最も厚い部分の、開孔厚みを「最大開孔厚みt1」とする。
【0071】
次に、スラブの耐HIC性評価に用いる閾値tθ、即ち、スラブを圧延して得た鋼板にHICが発生しない最大開孔厚みの求め方について説明する。
【0072】
上記閾値tθは、予め求めておくが、その方法は特に制限されない。閾値tθを求める方法として、予め、下記(i)〜(iii)の方法で求めることが挙げられる。以下、詳細について述べる。
(i)前記スラブの最大開孔厚みを測定する。
(ii)前記スラブと同一の鋳造条件で鋳造したスラブを圧延して得られる鋼板に対し、HIC試験を行う。
(iii)上記(i)で測定した最大開孔厚みと、上記(ii)のHIC試験結果とから、水素誘起割れの発生しない水平割れの最大開孔厚みを求める。
【0073】
上記最大開孔厚みを測定したスラブと同一の鋳造条件で鋳造したスラブを熱間圧延し、閾値測定用の鋼板を製造する。そして鋼板に対してHIC試験を行い、HIC発生の有無を調べる。HIC試験は、後述する実施例に示す通り、NACE(National Association of Corrosion and Engineer) standard TM0284−2003に規定された方法で行うことが挙げられる。
【0074】
上記「同一の鋳造条件」とは、i)鋳造速度が一定であること、ii)ノズル詰まり等の操業異常が発生していないこと、iii)冷却条件やロール隙間が同じであること等である。閾値tθを決定する際、「スラブを調査して得た偏析度」と「製品に対するHIC試験結果」とを対応させるが、これらの耐HIC性が異なると閾値を決定することができない。i)〜iii)の操業因子は、水平割れ及び中心偏析に大きな影響を与える結果、耐HIC性にも影響する。したがって、操業因子が異なれば耐HIC性も変わる。よって、HIC試験用の鋼板には、最大開孔厚みを調査したスラブと同一の鋳造条件(操業因子)で鋳造したスラブを用い、製造して得られた鋼板を用いることが好ましい。特には、最大開孔厚みを調査したスラブと、HIC試験用のスラブとが同一であることが好ましい。
【0075】
前記HIC試験では、前記
図2に示すスラブの領域R1、R2に対応する、製品(鋼板)の領域でHICが発生しているかを調べる。
図2に示すスラブを用いた圧延時の、圧延方向によって、耐HIC性評価対象の領域は、
図3に示す通り異なる。
【0076】
スラブを鋳造方向に圧延した場合、即ち、圧延方向が鋳造方向である場合、
図3(a)に示すように、圧延前後で幅は変化しないため、スラブ幅W=製品幅Wである。この場合、
図3(a)に示す通り「スラブの領域R1、R2」に対応する製品の領域は「製品の幅方向両端から製品幅D/2の範囲の領域R11、R12」であり、「スラブの領域R3」に対応する製品の領域は「製品の幅方向両端から製品幅D/2分を除く幅W−Dの範囲の領域R13」である。
【0077】
一方、スラブを幅方向に圧延した場合、即ち、圧延方向に幅方向が含まれる場合、
図3(b)に示すように、幅が圧延前W→圧延後Waに変化するため、スラブ幅W<製品幅Waとなる。この場合、
図3(b)に示す通り、スラブの領域R1、R2、R3に対応する領域R21、R22、R23は、圧延比、即ち、製品幅Wa/スラブ幅Wによって決まる。これらのうち領域R21、R22でHICが発生したかを確認する。
【0078】
そして『スラブの調査で得た「最大開孔厚みt1、t2」』と『製品に対するHIC試験結果』とから、HICが発生しない「最大開孔厚みの閾値tθ」を決定する。
【0079】
閾値tθを決定するとき、スラブと製品とで互いに対応する領域で得られた結果を対応させる。例えば、
(I)スラブを
図3(a)の通り鋳造方向に圧延した場合、HIC試験で、製品領域R11では「HIC発生有」、領域R12では「HIC発生無」であるとき、以下の通り判断する。
(I−1)製品領域R11の結果として、スラブ領域R1の最大開孔厚みt1のときに「HIC発生有」
(I−2)製品領域R12の結果として、スラブ領域R2の最大開孔厚みt2のときに「HIC発生無」
【0080】
(II)スラブを
図3(b)の通り幅方向に圧延した場合、HIC試験で、製品領域R21では「HIC発生有り」、領域R22では「HIC発生無し」であるとき、以下の通り判断する。
(II−1)製品領域R21の結果として、スラブ領域R1の最大開孔厚みt1のときに「HIC発生有」
(II−2)製品領域R22の結果として、スラブ領域R2の最大開孔厚みt2のときに「HIC発生無」
【0081】
上記の複数の結果から、HIC発生有無の境界となる最大開孔厚みの閾値tθを決定する。具体的に例えば、上記(I)の場合、最大開孔厚みt2が閾値tθとなる。また上記(II)の場合も、最大開孔厚みt2が閾値tθとなる。
【0082】
また、閾値tθの決定には、複数のスラブの水平割れ・最大開孔厚みの測定結果とHIC試験結果を用いることが好ましい。複数のスラブの水平割れ・最大開孔厚みの測定結果とHIC試験結果を用いることによって、より正確な閾値tθを得ることができ、HIC発生有無の誤判定を減らすことができる。
【0083】
偏析部や耐HIC性の調査は、スラブや製品の1断面から評価してもよく、2断面以上から評価してもよい。以下に、同一チャージのスラブの複数断面を調査した結果を
図4に示す。
図4において、例1は同一チャージの2断面を調査した例であり、例2は同一チャージの3断面を調査した例であり、いずれもAPIX65グレードに充当可能なスラブで調査を実施した結果である。
【0084】
上記
図4に示すように、例1では、2断面のいずれも最大開孔厚みが0mmであり、かつHIC試験では水平割れ部を起点にHICが発生しなかった。また例2では、3断面それぞれの最大開孔厚みが0.065mm、0.067mm、0.066mmであり、同様な厚みであった。また、全ての断面で、水平割れ部を起点にHICが発生した。
【0085】
このように、同一チャージでは、断面が異なっても略同じ結果が得られた。また、50チャージを各チャージにつき1断面ずつ調査した場合も、各チャージ間で略同じ結果が得られ、誤判定がなく、正確な評価ができることを別途確認している。
【0086】
上記
図4の例ではAPIX65グレードに充当可能なスラブを用いて実施したが、強度グレードが変わり、例えばAPIX70グレード以上でも、内部割れの形成やバラツキは変わらないため、調査断面数は限定されない。
【0087】
スラブの調査位置(調査面)は、下記実施例に示す通り定常部が好ましいが、非定常部でもよい。「非定常部」とは、鋳造条件の変化時に鋳造された部分であり、鋳造速度の上昇時といった鋳造初期や、鋳造速度の下降時といった鋳造末期に鋳造された部分等が挙げられる。非定常部で調査する場合、
図5に示すように、HIC試験を実施する部位に隣接する部分を調査することが好ましい。このような部分はHIC試験結果と同様な耐HIC性を示すため、より正確な評価を行うことができる。
【0088】
本発明の鋼板は、上記の通り、その圧延前の状態であるスラブの段階において、水平割れが存在しない、または、水平割れの最大開孔厚みが閾値tθ以下の鋼板である。この様に、スラブ切断面の前記領域R1、R2に水平割れが存在しない場合、水平割れ部の偏析度が低いため、水平割れ起因のHICが発生しない。また、スラブ切断面の前記領域R1、R2の水平割れの最大開孔厚みが閾値tθ以下の場合も、水平割れ部の偏析度が低いため、水平割れが原因のHICが発生しない。
【0089】
また本発明によれば、耐HIC性の評価に「水平割れの最大開孔厚み」を用いている。これから鋳片の内部品質を正確に評価できるため、この評価結果を基に鋳片の段階で耐HIC性を評価できる。これにより、数週間を要するHIC試験を省略できるため、製造から出荷までの期間を大幅に短縮することができる。
【実施例】
【0090】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0091】
表1−1、表1−2、
図6および
図7には、閾値tθを決定するための実験条件および実験結果を示す。APIX65グレード相当およびAPIX70グレード相当のスラブをそれぞれ21チャージずつ、ASMESA516グレード60相当、ASME SA516グレード65相当、およびASME SA516グレード70相当のスラブを、それぞれ1チャージずつ鋳造し、下記の通り水平割れを調査した。尚、前記の表1−1、表1−2、および後記の表3において、「X70」はAPI X70グレード、「X65」はAPI X65グレード、「SA516 60」はASME SA516グレード60、「SA516 65」はASME SA516グレード65、「SA516 70」はASME SA516グレード70を示す。
【0092】
ここで、表1−1および表1−2に示す条件を説明する。
<タンディッシュ内溶鋼の成分>
C、Mn、Nb、P、Caの濃度を発光分光分析法によって測定した。S濃度は低いため、発光分光分析法による測定が困難であった。そこで、S濃度の測定に燃焼−赤外線吸収法を用いた。
<鋳造条件>
・比水量
比水量=(鋳型直下から連鋳機最終ロールまでの単位時間当たりの全二次冷却水量[L/min.])/(単位時間当たりの鋳造鋳片質量[kg/min.])
・鋳造速度
鋳片の引き抜き速度[m/min.]であり、鋳片に接触するロール(メジャーロール)の直径(周長)と回転速度(単位時間当たりの回転数)から算出した。
【0093】
(鋳造)
本発明で規定の成分組成の範囲内であって、タンディッシュ内溶鋼の成分組成が表1−1および表1−2に示す通りである鋼を溶製し、連続鋳造により、厚みが280mmである鋳片、即ちスラブを得た。
【0094】
(水平割れの調査)
スラブを全長が10〜15mの位置であって定常部で切断し、下記の通り水平割れを調査した。ここで、「定常部」とは下記の条件を満たす部位である。水平割れ調査断面数は表1−1、表1−2に示す通りである。
1)鋳造速度が一定である。
2)浸漬ノズル詰まり等の操業異常が発生していない。
3)冷却条件が変化していない。
4)ロール隙間が変化していない。
【0095】
水平割れの調査手順
(1)スラブ切断面の幅方向両端からD/2の範囲を#800まで研磨した。
(2)研磨面を、ピクリン酸20g/L、塩化第二銅5g/L及び表面活性剤60ml/Lで腐食した。
(3)腐食面を目視で確認し、水平割れが存在する部分を40mm×70mmの大きさに切り出した。
(4)切り出した試料をバフ研磨し、1μm以下の粗さに仕上げた。
(5)EPMA(Electron Probe MicroAnalyser)を用いてビーム径20μmで試料中の水平割れ部のMn偏析度をライン分析した。この水平割れ部のMn偏析度をCmax(Mn)で示す。
(6)鋳造時に測定したタンディッシュ内溶鋼のMn濃度、即ちC
0(Mn)と、前記Cmax(Mn)から、Cmax(Mn)/C
0(Mn)を算出した。
(7)EPMA分析を実施した部分の水平割れを顕微鏡(20倍〜50倍)で観察し、開孔厚みを測定した。
【0096】
(圧延)
その後、APIX65グレード相当およびAPIX70グレード相当のスラブを、1050〜1250℃となるよう加熱した後、鋼板の表面温度で900℃以上、下記の通り計算により求められる鋼板平均温度が1000℃以上の累積圧下率が40%以上であり、かつ1パス当りの圧下率が10%以上であるパスが2パス以上になるよう熱間圧延を行う。その後さらに、700℃以上900℃未満の累積圧下率が20%以上となるよう熱間圧延を行い、圧延終了温度が700℃以上900℃未満となるようにした。その後、650℃以上の温度から水冷を開始し、350〜600℃の温度で停止し、更にその後、室温まで空冷して、板厚45mmの鋼板を得た。また、ASME SA516グレード60相当、ASME SA516グレード65相当およびASME SA516グレード70相当のスラブを、圧延終了温度が850℃以上になるように熱間圧延した後、室温まで空冷し、そして更に、850℃以上950℃以下の温度に再加熱して焼入れした後、600〜700℃で焼き戻し処理を行って、板厚40mmの鋼板を得た。なお、いずれもスラブ幅方向に圧延を実施しなかった。
【0097】
上記鋼板平均温度は、次の様にして求められる。即ち、圧延中の圧延パススケジュールやパス間の冷却方法(水冷あるいは空冷)などのデータに基づいて、板厚方向の任意の位置における温度を差分法など計算に適した方法を用いて計算し、求められた鋼片の表面から裏面までの温度の平均値を鋼板平均温度とする。鋼板平均温度について以下同じである。
【0098】
(HIC試験)
閾値tθ決定のために、本実施例では圧延後にHIC試験を行った。
(a)圧延後の製品からサンプルを切り出し、HIC試験を実施した。HIC試験はNACE standard TM0284−2003に規定された方法に従って実施した。
(b)HIC試験後、サンプルを3箇所で切断し、各断面(3断面)を顕微鏡で観察し、HICの有無を確認した。ここで
図3(a)に示した「製品の幅方向両端からD/2の範囲の領域R11、R12」で割れの有無を確認した。
【0099】
(最大開孔厚みの閾値tθの決定)
図6、7には『「水平割れ開孔厚み」及び「Cmax(Mn)/C
0(Mn)」』と、前記HIC試験により確認した「HIC発生の有無」との関係を示している。
図6は、表1−2に示す強度クラスがAPIX65グレード相当、ASME SA516グレード60相当およびASME SA516グレード65相当の成分でHICが発生する閾値tθを調査した結果であり、
図7は、表1−1および表1−2に示す強度クラスがAPIX70グレード相当およびASME SA516グレード70相当の成分でHICが発生する閾値tθを調査した結果である。
【0100】
図6から、APIX65グレードに充当可能なスラブでは、最大開孔厚み≦0.047mmのときHICが発生しなかったが、最大開孔厚み>0.047mmのときHICが発生することがあった。そこで、APIX65グレードに充当可能なスラブでは、最大開孔厚みの閾値tθを0.047mmとし、下記の通り判断した。
最大開孔厚み≦0.047mmのとき、HICが発生しないと判断する。
最大開孔厚み>0.047mmのとき、HICが発生すると判断する。
【0101】
また、ASMESA516グレード60、グレード65、および、ASTM A516グレード60、グレード65は、APIX65グレード相当の成分であるため、最大開孔厚みの閾値tθを0.047mmとし、下記の通り判断した。
最大開孔厚み≦0.047mmのとき、HICが発生しないと判断する。
最大開孔厚み>0.047mmのとき、HICが発生すると判断する。
【0102】
一方、
図7から、APIX70グレードに充当可能なスラブでは、最大開孔厚み≦0.043mmのときHICが発生しなかったが、最大開孔厚み>0.043mmのときHICが発生することがあった。そこで、APIX70グレードに充当可能なスラブでは、最大開孔厚みの閾値tθを0.043mmとし、下記の通り判断した。
最大開孔厚み≦0.043mmのとき、HICが発生しないと判断する。
最大開孔厚み>0.043mmのとき、HICが発生すると判断する。
【0103】
また、ASMESA516グレード70、および、ASTM A516グレード70は、APIX70グレード相当の成分であるため、最大開孔厚みの閾値tθを0.043mmとし、下記の通り判断した。
最大開孔厚み≦0.043mmのとき、HICが発生しないと判断する。
最大開孔厚み>0.043mmのとき、HICが発生すると判断する。
【0104】
なお、
図6、7ではいずれも、開孔していない、即ち最大開孔厚み=0mmの水平割れではHICが発生しなかった。
【0105】
(判定対象のスラブの耐HIC性評価)
判定対象のスラブの耐HIC性を、上記閾値tθを用い、下記の手順で評価した。まず表2に示す成分組成の鋼を溶製し、連続鋳造により、スラブ厚Dが280mmであってスラブ幅Wが2100mmである判定対象のスラブを得た。そしてこのスラブを用いて、下記の手順で評価した。
(1)判定対象のスラブ切断面の幅方向両端から幅D/2の範囲をフライス加工し、染色浸透探傷試験(JIS Z2343)を実施した。
(2)水平割れが検出されなかった場合、最大開孔厚みが検出下限以下(10μm程度以下)と判断した。この場合、最大開孔厚みは、閾値tθ以下、即ちAPIX65グレードでは0.047mm以下、APIX70グレードでは0.043mm以下であるため、水平割れ起因のHICが発生しないと判断した。
(3)水平割れが検出された場合、開孔していた部位をバフ研磨し、研磨面を20倍〜50倍の顕微鏡で観察して最大開孔厚みを、上述した通り測定した。
(3−1)そして、上記「最大開孔厚みの閾値tθの決定」で示した通り、APIX65グレードに充当可能なスラブでは、上記最大開孔厚みが閾値tθ:0.047mm以下のとき、水平割れ起因のHICが発生しない、即ちスラブの耐HIC性評価がOKであり、得られた鋼板は耐HIC性に優れていると判断した。一方、上記最大開孔厚みが閾値tθ:0.047mmを超えたとき、水平割れ起因のHICが発生する、即ちスラブの耐HIC性評価がNGであり、得られた鋼板は耐HIC性に劣ると判断した。
(3−2)APIX70グレードに充当可能なスラブでは、上記最大開孔厚みが閾値tθ:0.043mm以下のとき、水平割れ起因のHICが発生しない、即ちスラブの耐HIC性評価がOKであり、得られた鋼板は耐HIC性に優れていると判断した。一方、上記最大開孔厚みが閾値tθ:0.043mmを超えたとき、水平割れ起因のHICが発生する、即ちスラブの耐HIC性評価がNGであり、得られた鋼板は耐HIC性に劣ると判断した。
【0106】
その後、上記スラブを、1050〜1250℃となるよう加熱した後、表3の「熱間圧延・冷却方法」の欄に「TMCP」または「QT」と示す通り、2パターンの熱間圧延・冷却方法により、成分組成が種々の鋼板(9〜90mm板厚×2000〜3500mm幅×12000〜35000mm長さ)を得た。前記「TMCP」は、鋼板の表面温度で900℃以上、計算により求められる鋼板平均温度が1000℃以上の累積圧下率が40%以上であって、かつ1パス当りの圧下率が10%以上であるパスが2パス以上になるよう熱間圧延を行った。その後さらに、700℃以上900℃未満の累積圧下率が20%以上となるよう熱間圧延を行い、圧延終了表面温度が850℃となるようにした後、冷却開始表面温度:950℃から平均冷却速度:10℃/sで冷却を開始し、350〜600℃の温度で停止し、更にその後、室温まで空冷する方法である。前記「QT」は、圧延終了温度が850℃以上になるように熱間圧延した後室温まで空冷し、850℃以上950℃以下の温度に再加熱して焼入れした後、600〜700℃で焼き戻し処理を行う方法である。
【0107】
(HIC試験)
上記鋼板を用い、HIC試験を実施した。該HIC試験はNACE standard TM0284−2003に規定された方法に従って実施した。HIC試験後、サンプルを3箇所で切断し、各断面(3断面)を顕微鏡で観察し、HICの有無を確認した。その結果を表3に示す。
【0108】
【表1-1】
【0109】
【表1-2】
【0110】
【表2】
【0111】
【表3】
【0112】
表2および表3より次のことがわかる。No.1〜7、10、12および14〜17は、規定の成分組成を満たし、かつスラブの水平割れの最大開孔厚みが閾値tθ以下に抑えられており、耐HIC性に優れた本発明の鋼板である。
【0113】
これに対し、No.11および13はスラブの水平割れの最大開孔厚みが閾値tθを超えているため、スラブの耐HIC性評価はNGであった。また圧延後に行うHIC試験では、鋼板に割れが生じ、耐HIC性に劣ることを確認した。No.8、9、18および19は、スラブの水平割れの最大開孔厚みは閾値tθ以下に抑えられているものの、鋼板の化学成分組成が本発明の規定を外れた例である。即ち、No.8の鋼板は、REMおよびZrが0%であり、かつ(Ca/S)の値が規定を外れており、No.9の鋼板は、REMおよびZrが0%であり、かつ(Ca−1.25S)/Oの値が規定を外れているため、いずれも耐HIC性に劣った。またNo.18は(Ca/S)の値が規定を外れており、No.19は(Ca−1.25S)/Oの値が規定を外れているため、いずれも耐HIC性に劣った。
【0114】
スラブでの耐HIC性評価がOKであった例では、鋳造開始から製品である鋼板、即ち、耐サワー鋼板の出荷までの期間(鋳造→圧延→出荷)が19日であった。これに対し、圧延後に得られた鋼板を用いてHIC試験を行い、耐HIC性を評価した場合には、鋳造開始から出荷までの期間(鋳造→圧延→HIC試験→出荷)が28日と長期間を要した。本実施例では、前記圧延後のHIC試験を省略できたため、鋳造開始から出荷までの期間を28日→19日へ大幅に短縮できた。
【0115】
また、スラブでの耐HIC性評価がNGであった例では、スラブの段階で再溶製を開始したところ、鋳造開始から製品である鋼板、即ち、耐サワー鋼板の出荷までの期間(鋳造→再溶製→圧延→出荷)は54日であった。これに対し、圧延後に得られた鋼板を用いてHIC試験を行い、製品の耐HIC性を評価した結果、評価がNGであった場合は、上記HIC試験を行った後に再溶製を開始したため、鋳造開始から製品である鋼板の出荷までの期間(鋳造→圧延→HIC試験→再溶製→圧延→HIC試験→出荷)が72日と長期間を要した。本実施例では、前記圧延後のHIC試験を省略できたため、再溶製が必要な場合であっても、鋳造開始から出荷までの期間を72日→54日へ大幅に短縮できた。
【0116】
以上のように、本発明によると、圧延後のHIC試験を行うことなく、鋳片であるスラブの段階で耐HIC性を評価できたため、製造リードタイムを大幅に短縮できた。尚、本実施例では、スラブの耐HIC性評価用閾値tθ決定のためのHIC試験と、確認用のHIC試験とが同じであったため、本発明の判定方法は精度が高いといえる。