【実施例】
【0042】
(実施例1)反応液I及び反応液IIにおける酵素と各試薬の組み合わせ検討
発明者は、本発明と類似の「L−グルタミン測定キット」の発明(特許文献3)において、カプラー化合物と新トリンダー試薬の組み合わせを検討した結果、カプラー化合物と新トリンダー試薬を共存させることは、発色試薬の自然着色生じるとともに、反応液に含まれる酵素活性の低下をもたらすとの結果を得ている。また、本発明の特徴として、GABAトランスアミナーゼの基質であるα−ケトグルタル酸を反応液I又は反応液IIへ添加する必要があるが、反応液Iによる第一段階の反応工程において、L−グルタミン酸オキシダーゼによって試料中に共存するL−グルタミン酸を除去する際のL−グルタミン酸から生成するα−ケトグルタル酸に加えて、GABAトランスアミナーゼの基質として比較的高濃度のα−ケトグルタル酸を反応液Iへ添加することは、L−グルタミン酸オキシダーゼ反応のプロダクト阻害になる可能性も考えられる。従って、α−ケトグルタル酸は反応液IIへの添加が好ましいと考えられるが、一方ではα−ケトグルタル酸とカプラー化合物又は新トリンダー試薬の共存による化学的反応あるいは各種酵素との共存によるブランク吸光度への影響など、予期しない現象が懸念される。そこで、下記表1に示す試験1〜8の各組成の反応液I及び反応液IIを調製して、保存試験を実施した。なお、反応液I及び反応液IIに添加する酵素の組み合わせは、第一段階の反応工程に必須な酵素反応、及び第二段階の反応工程との関連等を考慮し、アスコルビン酸オキシダーゼ、L−グルタミン酸オキシダーゼ及びカタラーゼは反応液Iへ添加し、GABAトランスアミナーゼは反応液IIへ添加した。また、GABAトランスアミナーゼを50℃で30分間熱処理した場合、ピリドキサールリン酸を共存させると残存酵素活性が無添加の場合よりも2倍以上高くなったことから、補酵素であるピリドキサールリン酸を安定化剤として反応液IIへ添加した。
【0043】
ペルオキシダーゼは発色反応を触媒することから、反応液IIに添加することが常識的かつ妥当であるが、各種酵素と試薬を混合した場合の安定性は予測できないので、反応液Iへ添加した場合(試験5〜8)も試験した。各成分を溶解する緩衝液にはHEPES緩衝液(pH7.1)を使用した。
【0044】
表中「ASOD」はアスコルビン酸オキシダーゼ、「GLOD」はL−グルタミン酸オキシダーゼ、「CAT」はカタラーゼ、「TOOS」はN−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3−メチルアニリン・ナトリウム塩、「Proclin300」はプロクリン300、「GABA−T」はγ−アミノ酪酸トランスアミナーゼ、「POD」はペルオキシダーゼ、「4−AA」は4−アミノアンチピリン、「α−KG」はα−ケトグルタル酸、「PLP」はピリドキサールリン酸、「NaN
3」はアジ化ソーダを示す。
【0045】
《保存方法》
調製した試験1〜8の各反応液I及び各反応液IIを各々等量ずつポリプロピレン遠沈管に分注し、5℃〜8℃の冷蔵庫及び28℃の恒温器で保存し、保存開始後0日目と4週目に、各反応試薬液を用いて標準GABA溶液を検体として測定を実施することで、冷蔵庫保存及び28℃保存での安定性を評価した。
【0046】
【表1-1】
【0047】
【表1-2】
【0048】
《測定方法》
検体測定は、以下のような手順に従って実施した。まず、ガラス試験管に反応液Iを0.5mL、検体としてGABA濃度が50mg/L又は100mg/Lの試料0.05mLを入れ、30℃で10分間反応させた。その後、反応液IIを0.5mL添加し、30℃で20分間反応させた。反応終了後、分光光度計で純水を対照として555nmの吸光度を測定した。ブランクを差し引き、保存開始0日目の吸光度に対する保存開始4週間目の吸光度の%を算出した。
【0049】
《結果及び考察》
【0050】
【表2】
【0051】
測定結果を表2に示した。試験1〜8のいずれの場合でも、ブランクの吸光度は0.02〜0.03程度であり、冷蔵庫又は28℃恒温器で4週間保存した後でも、ブランク吸光度の目立った上昇は無かった。試験1、試験2、試験5及び試験6の組み合わせの場合、4℃ではほぼ安定であったが、28℃で4週間の保存ではGABA50mg/Lの試料測定の場合は吸光度が5%以上低くなった。また、試験3及び試験4では、28℃保存において吸光度が10%程度も低下した。しかし、試験7及び試験8の組み合わせの場合だけは、すなわちペルオキシダーゼと4−アミノアンチピリンが反応液Iに含有された場合においてのみ、28℃で4週間保存した後も、保存開始後0日目とほぼ同等の吸光度(96%以上)が測定された。従って、反応液I及び反応液IIの組成は、当業者の通念を超えて、ペルオキシダーゼとカプラー化合物が反応液Iに、新トリンダー試薬が反応液IIに含有される試験7及び試験8の組み合わせが、最も安定であることが見出された。
【0052】
(実施例2)各種新トリンダー試薬の検討
各種新トリンダー試薬の違いによる感度、安定性及び着色等の差を検討するため、新トリンダー試薬としては、下記表3に示す(1)〜(6)の新トリンダー試薬を、それぞれ0.8μモル/mLとなるように実施例1試験8の反応液IIに添加し、37℃で1週間保管した。新トリンダー試薬としては、N−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3−メチルアニリン・ナトリウム塩(TOOS)、N−エチル−N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3−メトキシアニリン(ADOS)、N−(2−ヒドロキシ−3−スルホプロピル)−3,5−ジメトキシアニリン(HDAOS)、N−エチル−N−スルホプロピル−3−メトキシアニリン(ADPS)、N−エチル−N−スルホプロピルアニリン(ALPS)、N−エチル−N−スルホプロピル−3−メチルアニリン(TOPS)を用いた。
【0053】
【表3】
【0054】
《測定》
ガラス試験管に反応液Iを0.5mL入れ、検体として表4に示す濃度の(a)〜(c)のGABA溶液を0.05mL添加し、30℃で10分間反応後、反応液IIを0.5mL添加して、30℃で20分間反応させた。反応終了後、分光光度計で吸光度を測定した。測定波長は、各新トリンダー試薬に応じ、表3に示すとおりの波長とした。また、ブランクとして水を検体として吸光度を測定した。
【0055】
【表4】
【0056】
《結果及び考察》
下記表5は、各新トリンダー試薬を用いて検体(a)〜(c)を測定したときの吸光度の値を示す。いずれの新トリンダー試薬でも着色が無く、37℃で1週間安定であり、GABA測定キットに使用するのに適していた。とくにTOOSとALPSは、感度良く測定できた。また、TOOSを用いた場合は、測定波長が555nmであることから、純緑色LED(波長555nm)を光源として用いる簡易比色計による測定にも最適であることが示唆された。
【0057】
【表5】
【0058】
(実施例3)試料中に共存するGABA関連物質との測り分け
GABAはL−グルタミン酸からL−グルタミン酸脱炭酸酵素によって生成し、L−グルタミン酸はグルタミナーゼによってL−グルタミンから作られるルートの他にも、GABAトランスアミナーゼによってGABAからも生成される。またL−グルタミン合成酵素によって、L−グルタミン酸からL−グルタミンが生成される。従って、
図2に示すように、GABAとL−グルタミン酸とL−グルタミンの、三つのアミノ酸は互いに合成と分解が密接に関係した関連物資である。そこで、これらのアミノ酸が共存している検体試料での測り分け試験を実施した。
【0059】
《測定方法》
本発明GABA測定キット(実施例1試験8)、本発明者らが考案したL−グルタミン酸測定キット(特許文献3)及びL−グルタミン測定キット(特許文献4)の3種類の測定試薬キットを用いて、上記の三つのアミノ酸の単独溶液又は混合溶液を検体として555nmの吸光度を測定した。なお、いずれの測定キットでも、各キットの反応液I及び反応液IIは0.5mL、検体試料は0.05mLを使用し、各測定吸光度からブランク(水0.05mLを検体として使用)を差し引いた。
【0060】
《結果及び考察》
下記の表6に示すように、本発明によるGABA測定キットはGABA溶液のみに反応して発色し、L−グルタミン酸やL−グルタミンには全く反応しないことが分かった。従って、本発明のGABA測定は、GABAに対して特異性の高い測定方法であることが証明された。
【0061】
【表6】
【0062】
(実施例4)GABA測定反応のエンドポイントの検討
本発明のGABA測定キットは、GABAから各種酵素反応によって最終的に色素を生成するが、一つの試験管内での連続的な反応によりGABAから色素形成への転換反応が完全にエンドポイントに到達していることを確認するため、室温(27℃〜28℃)における発色のタイムコースを調べた。
【0063】
《測定方法》
吸光度計(島津UVmini1240)用のセミミクロセルに、実施例1試験8の反応液I及び反応液IIを各々0.5mL、計1.0mLを入れ、0.05mLのGABA検体溶液を添加して反応を開始した。室温で40分間、1分毎に吸光度を測定して発色反応のタイムコースを調べた。GABA溶液は、濃度が12.5mg/L〜150mg/Lの各濃度の溶液を使用した。
【0064】
《結果及び考察》
図3は、GABAの各濃度における吸光度のタイムコースを示す。添加したGABA溶液の濃度が12.5mg/L〜150mg/Lのいずれの場合も、GABA濃度に依存して、吸光度は反応開始後約10分〜20分で一定になった。従って、本発明のGABA測定キットによる測定は、いわゆるエンドポイント法によるGABAの酵素分析であることを示している。すなわち、GABAに対するKm値がそれほど低くないGABAトランスアミナーゼにより、検体中のGABA と反応液IIに含まれるα−ケトグルタル酸からL−グルタミン酸が生成するが、この生成L−グルタミン酸が、Km値が小さく活性の高いL−グルタミン酸オキシダーゼによって、速やかに酸化分解されることにより、GABAトランスアミナーゼの反応がより効率的にL−グルタミン酸生成の方向へ進行すると考えられる(
図1参照)。また、L−グルタミン酸オキシダーゼ反応によって生成するα−ケトグルタル酸は、再びGABAトランスアミナーゼ反応に利用される。最終的には、検体中のすべてのGABAが完全に分解され、検体中のGABA量と555nmの吸光度とは、非常に高い相関関係が成立することになる。この連続的な一種の酵素サイクル反応によって、GABAのエンドポイント法による検量線は直線となり、簡便な酵素分析が可能であることが示唆された。
【0065】
(実施例5)GABAの検量線(フォトメーターによる555nmの吸光度測定)
本発明の反応液I及び反応液II(新トリンダー試薬はTOOS)を用いて、GABA濃度と555nmの吸光度による検量線を作成した。
《測定方法》
GABAの濃度が6.25mg/L〜150mg/Lの各濃度の溶液を検体として検量線を作成した。なお、測定は、以下のような手順に従って実施した。まず、ガラス試験管に反応液Iを0.5mLを入れ、検体として各濃度のGABA溶液を0.05mL添加し、30℃で10分間反応置後、反応液IIを0.5mL添加して、さらに20分間反応させた。反応終了後、分光光度計で555nmの吸光度を測定した。また、ブランクとして水を検体として吸光度を測定した。検量線はブランクを引いた値で作成した。
【0066】
《結果及び考察》
GABAの濃度と555nmの吸光度との関係は、
図4に示すように相関係数1.0の直線となり、エンドポイント法によるGABAの定量が初めて可能となった。
【0067】
(実施例6)試料中に共存するアスコルビン酸の影響の除去
検体試料中に、GABAと共にアスコルビン酸又はその異性体であるエリソルビン酸が存在した場合、アスコルビン酸又はエリソルビン酸の還元力による発色抑制あるいは減色の影響が考えられる。そこで、GABAとアスコルビン酸又はその異性体であるエリソルビン酸が共存した場合の発色液の吸光度変化を検討した。
【0068】
《測定方法》
GABAの濃度が100mg/Lの水溶液に、アスコルビン酸又はその異性体であるエリソルビン酸を50mg/L〜500mg/Lになるように添加して検体を調製した。測定は以下のように実施した。プラスティック製のディスポーザルセルに反応液I(実施例1試験8)を0.5mLを入れ、各濃度のアスコルビン酸又はその異性体であるエリソルビン酸とGABA100mg/Lを含む検体を0.05mL添加し、室温(26℃〜28℃)で10分間放置後、反応液II(実施例1試験8)を0.5mL添加して、室温で20分間反応させた。反応終了後、555nmの吸光度を測定して、アスコルビン酸又はその異性体であるエリソルビン酸が無添加のときの吸光度を100%として、吸光度の変化を測定した。
【0069】
《結果及び考察》
以下の
図5に示すように、試料中にアスコルビン酸がGABAの5倍の濃度で共存している場合においても、本発明の測定キットによるGABA測定値は影響を受けないことが判明した。また、エリソルビン酸の場合も
図5と同様になり、影響を受けない結果を得た。
【0070】
(実施例7)試料中に共存するL−グルタミン酸濃度による影響
食品試料中には、GABAとGABAを生成する母体物質であるL−グルタミン酸が多量に共存している場合が多い。実施例3の結果から、GABAと共に100mg/LのL−グルタミン酸存在した場合においても、GABAの測定値は影響を受けないことが明らかになっているが、さらに高濃度のL−グルタミン酸の共存による発色液の吸光度の変化を検討した。
【0071】
《測定方法》
GABAの濃度が100mg/Lの水溶液に、L−グルタミン酸を50mg/L〜500mg/Lになるように添加して検体を調製した。測定は以下のように実施した。プラスティック製のディスポーザルセルに0.5mLの反応液I(実施例1試験8)を入れ、各濃度のL−グルタミン酸とGABA100mg/Lを含む検体を0.05mL添加し、室温(27℃〜29℃)で10分間放置後、反応液II(実施例1試験8)を0.5mL添加して20分間室温で反応させた。反応終了後、555nmの吸光度を測定して、L−グルタミン酸が無添加のときの吸光度を100%として、吸光度の変化をグラフ(
図6)に示した。
【0072】
《結果及び考察》
以下の
図6に示すように、試料中にL−グルタミン酸がGABAの5倍の濃度で共存している場合においても、本発明の測定キットによるGABA測定値は全く影響を受けないことが判明した。
【0073】
(実施例8)トマトのGABAを測定する場合の信頼性
トマトには、GABA、L−グルタミン酸及びL−グルタミンの、3種の関連アミノ酸が多く含まれていることが知られている。そこで、トマト抽出液中のGABAを測定すると同時に、既知量の標準GABAをトマト抽出液に添加して、GABA測定値の回収率実験を実施しすることにより、本発明によるGABA測定キットの信頼性を検討をした。
【0074】
《測定方法》
本発明の反応液I及び反応液IIを用いて、実施例1と同様に吸光度を測定することによりGABAを測定した。トマトの抽出と測定は以下のように実施した。トマト20g〜30gに対して、その10倍量(V/W)の水を加え、ミキサーで1分間破砕した。このトマト抽出液を、コーヒーフィルターでろ過して被検液とした。各トマト抽出液に、GABA50mg/L分の濃度が増加するGABA量を添加し、添加相当分の加算されたGABA測定値が得られるかを検討した。
【0075】
《結果及び考察》
以下の表7に示すように、トマトA及びトマトBの抽出液について、GABAが測定可能であった。すなわち、最終的にトマト抽出液のGABA濃度が50mg/L分増加するように標準GABAを添加した検体の測定で、元々のトマト中のGABA量に加えて、添加したGABAの量が上乗せされて測定できた。添加分の測定回収率は97%〜99%であったことから、本発明の測定キットによるトマト中のGABA測定は可能であることが実証された。
【0076】
【表7】
【0077】
(実施例9)液体クロマトグラフィーによるトマトのGABA測定値との比較
GABAの測定方法としては、アミノ酸分析計などの高速液体クロマトグラフィーを用いる方法が広く行われている。そこで、本発明のGABA測定キットによるトマトのGABA測定値と高速液体クロマトグラフィー法によるトマトのGABA値との相関性を検討した。
【0078】
《測定方法》
本発明の反応液I及び反応液IIを用いて、実施例1と同様に吸光度を測定することにより、試料トマト1〜8のGABA含有量を測定した。トマトの抽出と測定は実施例8と同様に実施した。また、同じ試料トマト1〜8のGABA含有量を、一般的な高速液体クロマトグラフィーを用いて測定した。
【0079】
《結果及び考察》
以下の表8に示すように、本発明のGABA測定キットによる8種類のトマトのGABA測定値は、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製)による同トマト試料のGABA測定値とほぼ一致し、高い相関性を有していた。
【0080】
【表8】
【0081】
(実施例10)LED簡易比色計によるGABAの検量線
反応液IIの新トリンダー試薬としてTOOSを用いて、本発明における標準試料のGABA濃度と、純緑色LED(555nm)を光源とした簡易比色計のフォトトランジスター受光部の電圧値(log値)との相関関係を、検量線として作成した。
【0082】
《測定方法》
GABAの濃度が25mg/L〜200mg/Lの各濃度の溶液を検体として検量線を作成した。なお、測定は、以下のような手順に従って実施した。まず、ガラス試験管に反応液Iを0.5mL入れ、検体として各濃度のGABA溶液を0.05mL添加し、30℃で10分間反応後、反応液IIを0.5mL添加して、さらに20分間反応させた後、ディスポーザルセルへ移して、純緑色LED簡易比色計によって電圧値を測定し、水を測定した電圧値を差し引
いた後に、E=−log(T/T
0)の式に代入して得た値を用いて検量線を作成した。なお、純緑色LED簡易比色計は、本発明者が設計して自作したものを用いた。
【0083】
《結果及び考察》
GABAの濃度とlog転換した電圧値との関係は、
図7に示すように相関係数0.999の直線となり、純緑色LED簡易比色計によるGABAの定量が可能であった。