(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6585295
(24)【登録日】2019年9月13日
(45)【発行日】2019年10月2日
(54)【発明の名称】メラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌、その人工的製造方法、およびそれを利用して産生したβグルカンおよびその生産方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/01 20060101AFI20190919BHJP
C12P 19/04 20060101ALI20190919BHJP
C12N 1/16 20060101ALI20190919BHJP
【FI】
C12N15/01 ZZNA
C12P19/04 A
C12N1/16 G
【請求項の数】6
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2018-524095(P2018-524095)
(86)(22)【出願日】2017年6月19日
(86)【国際出願番号】JP2017022596
(87)【国際公開番号】WO2017221905
(87)【国際公開日】20171228
【審査請求日】2018年3月14日
(31)【優先権主張番号】特願2016-122182(P2016-122182)
(32)【優先日】2016年6月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】514315768
【氏名又は名称】鈴木 利雄
(74)【代理人】
【識別番号】100134669
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 道彰
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 利雄
(72)【発明者】
【氏名】北村 憲司
【審査官】
星 功介
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−075076(JP,A)
【文献】
特開平09−056391(JP,A)
【文献】
特開2004−329077(JP,A)
【文献】
宮脇香織,メラニン非産生性オーレオバシジウム属酵母の分離とその特性,日本農芸化学会大会講演要旨集,2007年,Vol.2007,p.288
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12N 1/00− 1/38
C12P 1/00−41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Aureobasidium属微生物に対して遺伝子の変異を生じせしめる物理的処置または化学的処置による変異処理を施す遺伝子変異処理工程と、
前記遺伝子変異処理工程により得られた変異株に対して、チロシナーゼ経路阻害剤を施用した培養およびポリケタイド経路阻害剤を施用した培養において、メラニン生成が少ない株をスクリーニングする変異株選定工程を含み、
メラニン色素の産生能力がゼロまたは前記変異処理前の初期状態より低くかつβグルカン産生を行う能力を備えたメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法。
【請求項2】
前記Aureobasidium属微生物が、Aureobasidium pullulansである請求項1に記載のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法。
【請求項3】
前記遺伝子変異処理工程における前記変異処理が、放射線照射処理を含む請求項1または2に記載のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法。
【請求項4】
前記放射線照射処理がガンマー線による照射処理であり、死滅率を基準にメラニン非産生または低産生変異株を選択する請求項3に記載のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法。
【請求項5】
前記遺伝子変異処理工程における前記変異処理が、紫外線照射による変異処理または化学変異剤の投与による変異処理、または、それらを混合したものを含むものである請求項1から4のいずれかに記載のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法。
【請求項6】
Aureobasidium属微生物に対して遺伝子の変異を生じせしめる物理的処置または化学的処置による変異処理を施す遺伝子変異処理工程と、
前記遺伝子変異処理工程により得られた変異株に対して、チロシナーゼ経路阻害剤を施用した培養およびポリケタイド経路阻害剤を施用した培養において、メラニン生成が少ない株をスクリーニングする変異株選定工程と、
メラニン色素の産生能力がゼロまたは前記変異処理前の初期状態より低くかつβグルカン産生を行う能力を備えたメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株製造工程と、
前記メラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株製造工程により得られた前記メラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株を用いたβ−1,3−1,6−グルカン培養の培養工程を備えた、β−1,3−1,6−グルカンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、βグルカン産生不完全菌であり、発酵過程でメラニン色素を産生してしまうAureobasidium属微生物から人工的手法により得たメラニン色素非産生または低産生のβグルカン産生菌、およびその人工的製造方法、さらに、そのメラニン色素非産生または低産生変異株のグルカン産生微生物を用いたβ-1,3結合に対するβ-1,6結合の分岐度が50〜100%であるβ−1,3−1,6−グルカンおよびその生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にβグルカンは、β−1,3−結合を有するグルコースポリマー主鎖を有するグルカンの総称で、中にはある割合でβ−1,6−分岐のグルコース基あるいはβ−1,6−分岐のβ−1,3−鎖グルコースポリマーを有するもの(β−1,3−1,6−グルカン)やβ−1,4−結合を部分的に有するもの(β−1,3−1,4−グルカン)も知られている。これらのβグルカンは、細菌からキノコなどの担子菌類、酵母やカビなどの真菌類、藻類や原生動物、大麦やカラスムギなどの植物などの高等生物に至るまでに広く分布している(非特許文献1)。
β-グルカンの中でもβ−1,3−1,6−グルカン等は自然界に生息するキノコ(担子菌の子実体)に多く含まれる成分(β−1,6−分岐の割合が、数%から50%程度まで)であり、それらの子実体だけでなく培養菌糸体にも含まれていることが知られている。
【0003】
βグルカンは有用物質であり、抗腫瘍活性があることが知られている(非特許文献1)。
例えば、スエヒロタケ、シイタケから抽出されたシゾフィランやレンチナンに代表されるそれぞれのβ−1,3−1,6−グルカンは、抗がん剤として承認された経緯があり、現在も化学療法との併用で注射薬の医薬品として認可されており、免疫賦活効果や抗腫瘍などの生理活性が高い化合物であることが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
βグルカンを生産する方法の一つとして不完全菌であるAureobasidium属微生物を利用する手法が知られている。Aureobasidium属微生物として、たとえばAureobasidium pullulans(黒酵母菌)を利用する手法が知られている。Aureobasidium pullulansは可溶性のβ−1,3−1,6−グルカンを培養液中に産生(β−1,6−分岐の割合が50%以上)することが知られている(非特許文献1)。すなわちAureobasidium pullulansを培養する過程においてβ−1,3−1,6−グルカンを不溶性の細胞壁中の成分としてではなく、培養液中の可溶性成分として生産することができるため、注目すべき生産技術である。
得られたβ−1,3−1,6−グルカンは、既に食品や化粧品素材として利用されており、またその特異な3重螺旋構造から難水溶性の化合物の包接基剤としての研究も行われている。
【0005】
【特許文献1】特開2004−329077号公報
【特許文献2】特許第4573611号公報
【特許文献3】特許第3722522号公報
【特許文献4】特開平7−51082号公報
【非特許文献1】βグルカンの基礎と応用 シーエムシー出版
【非特許文献2】キノコの化学・生化学 学会出版センター
【非特許文献3】高分子加工, 36号, 61(1987)
【非特許文献4】Bioresource Technology, 99, 7480 (2008)
【非特許文献5】Food Function, 2,45 (2006)
【非特許文献6】機能性糖質素材の開発と食品への応用 シーエムシー出版
【非特許文献7】Acta Biochimica Polonica, 53, 429 (2006)
【非特許文献8】J Coating Tech, 53, 23 (1981)
【非特許文献9】BMC Genomics, 15, 549 (2014)
【非特許文献10】J Biosci Bioeng, 97, 400 (2004)
【非特許文献11】生物工学会誌,90,115 (2012)
【非特許文献12】Medical Mycology, 53, 10-18 (2014)
【非特許文献13】H. Ishida et al., Appl. Microbiol. Biotechonol., 57, 131
【非特許文献14】村上英也,河合美登利:醸協, 53, 88 (1958))
【非特許文献15】原 昌道,菅間誠之助:醸協, 70, 169 (1975)
【非特許文献16】飯塚広,山口辰良、日本農芸化学会誌、26 (1952) No. 2 ,71-74
【非特許文献17】宮脇ら、日本農芸化学会 2007年度大会要旨集
【非特許文献18】Int. Immunopharmcol., 7,963 (2007).
【非特許文献19】Agri.Biol.Chem., 47,1167 (1983)
【非特許文献20】BioTechiniques, 21, 1030 (1996)
【非特許文献21】科学と工業64, 131(1990)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来技術におけるβ−1,3−1,6−グルカン生産菌であるAureobasidium属微生物を用いたβグルカンの生産方法には改善すべき点があった。それは培養過程においてメラニン色素が生成されてしまい、βグルカンに黒色色素が混入してしまうという問題である。
黒酵母菌を用いたβグルカンは培養中期から後期にかけてβグルカンの生成とともに黒色のメラニン色素も産生してしまう。そのため、色素が含まれていない高純度のβ−1,3−1,6−グルカンが得られない。
【0007】
従来技術において、Aureobasidium pullulansを用いたβグルカンの培養生産工程において培養液中のメラニン産生を抑制する方法として幾通りかのアプローチが知られている。
第1には、培養液中に高濃度のビタミンCやシュウ酸などを添加する方法が知られている(非特許文献3)。
第2には、培養液中の窒素源を制御する方法が知られている(非特許文献4)。
第3には、培養時の窒素源の制御と過剰な通気量制御により厚膜胞子形態菌体の誘導を同調・制御するなどの特殊な培養制御方法が知られている(特許文献1)。
しかし、上記従来のいずれの方法においても、コスト増を招き、特殊な生産装置が必要となる上、高純度なβグルカンを量産することができなかった。
【0008】
一方、従来技術では、培養後の回収精製工程でも問題があった。
従来の回収生成技術としては、培養液の粘度がβ−1,3−1,6−グルカンの生産に伴って数千cP以上の高粘度となるため、高温処理や物理的高撹拌処理、アルカリpH処理(水酸化ナトリウム等を培養液に添加するなど)を施して、物理的あるいは化学的に粘度を低下させるなどの回収精製法が知られている(特許文献2、非特許文献5)。
しかしながら、これらはβグルカンの低分子化など招き、本来の物性を損なわせるものである。また、高濃度のビタミンCを培養中に添加した場合、高温処理や酸化、さらにpHをアルカリにするとビタミンCが変性してしまい、培養液全体の色が黄色から褐色に変化するため、その色素成分を除去するために透析や活性炭等で除去したりするなど、煩雑で過剰な精製工程が必要となっていた。加えて、完全に色素を除去することは難しく、得られた粉末は褐色になってしまうという問題があった(非特許文献6)。
【0009】
ここで、もし、今までに知られていない特殊なβグルカン産生菌であって、βグルカンの培養生産工程において培養液中にメラニン産生がないまたは微量しか産生しない、つまり"メラニン色素非産生または低産生"という特性を持つβグルカン産生菌が人為的に得られれば、メラニン色素混濁のない高純度なβグルカンの培養生産が可能となる。
【0010】
本発明は、そのメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌に関するものであり、一般のβグルカン産生菌から変異させ、“メラニン色素非産生または低産生”という特性があるβグルカン産生菌を提供することを目的とする。また、本発明は、その“メラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌”の人工的製造方法、およびそれを利用して産生したβグルカンおよびその生産方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、“メラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌”の研究にあたり、まず、黒酵母菌などのβグルカン産生菌におけるメラニン産生のメカニズムに関して研究した。
一般に微生物の生体内での主要なメラニン合成経路として2つの経路が知られている。1つは、チロシン又はフェニルアラニンが酸化されたDOPA (3,4-dihydroxyphenylalanine)を中間体とするチロシナーゼ経路であり、もう一つはマロニルCoAがポリケタイド合成酵素で変換されたDHN (1,8-dihydroxynaphthalene)を経由するポリケタイド経路である(非特許文献7)。
しかし、従来技術においてこれらはまだ研究が十分に進んでおらず、十分に解明されたとは言えない状況である。
【0012】
ここで、Aureobasidium属微生物のメラニン合成経路が報告されている知見として、Aureobasidium属微生物はポリケタイド経路でメラニンを合成するとの報告がある(非特許文献8)。
また、性質が異なる4種のAureobasidium pullulansを含むAureobasidium属微生物のゲノム配列を決定した文献(非特許文献9)でもメラニン合成経路に関する記述があり、同文献によるとAureobasidium属には4種の系統があり(Aureobasidium pullulans, Aureobasidium melanogenum, Aureobasidium subglaciale, Aureobasidium namibiae)、4種の菌株ゲノムのいずれにもポリケタイド経路を構成する様々な酵素蛋白質群の遺伝子が同定できたことが記載されている。
このように、黒酵母菌などのβグルカン産生菌の生体内には、ポリケタイド経路のメラニン合成経路が存在していることが示唆されている。
【0013】
その一方、チロシナーゼ経路のメラニン合成経路の存在を予見させる知見もある。
例えば、日本酒醸造時のメラニン生成による酒粕の黒化現象は、製造に用いる麹菌(Aspergillus oryzae)のチロシナーゼmelB(チロシナーゼ経路の必須酵素)の働きに起因しているとする報告がある(非特許文献10、非特許文献11)。さらに、清酒製造時の麹菌では、固体培養(静置培養)と液体培養でメラニン産生の有無があることも知られている(非特許文献13)。
また、他種の菌であるが、病原性Aspergillus属の5種の株では、メラニン合成経路としてチロシナーゼ経路、ポリケタイド経路の両方があり、メラニン色素が生成される際にいずれの経路により産生されるかという条件は、種によって異なることが示されている(非特許文献12)。
【0014】
そこで、発明者は、Aureobasidium属微生物におけるメラニン産生経路として、既知のポリケタイド経路のみならず、チロシナーゼ経路が関与しているという推論のもと検証実験を行った。すなわちチロシナーゼ酵素遺伝子の存在を調べるために、チロシナーゼ遺伝子の同定・単離と塩基配列決定を行った。
【0015】
[Aureobasidium属微生物のチロシナーゼ遺伝子の同定]
まず、既にゲノム配列が解読されているAureobasidium pullulans株のゲノム情報を利用して、チロシナーゼ酵素遺伝子の有無を確認した。
GenBank(米国National Center for Biotechnology Information (NCBI)の公共データベース)に登録されているゲノム配列情報を基に、NCBIのBlastプログラムサーバーを使って相同性検索を行った。
Aureobasidium pullulansとその関連株のゲノム配列を対象に、チロシナーゼ相同蛋白質の有無について、麹菌Aspergillus oryzaeのチロシナーゼmelB蛋白質のアミノ酸配列をquery配列としてprotein blast検索を行ったところ、Aureobasidium pullulans EXF-150株のゲノム配列の中にチロシナーゼドメインを有する蛋白質(accession number, KEQ79607)が見つかった。
【0016】
次に、このAureobasidium pullulans EXF-150株の蛋白質配列自体をquery配列として、再度、Aureobasidium pullulansとその関連株のゲノム配列を対象にしたprotein blast検索を行ったところ、Aureobasidium melanogenum, Aureobasidium subglaciale, Aureobasidium namibiae株にもそれぞれ相同蛋白質の存在が確認できた(
図20におけるaccession numberは各々KEQ58869, XP_013348277, XP_013426151)。
ゲノム配列情報が利用可能なこれら4株については、他に有意な相同性を示す蛋白質は見つからないため、各々の株に単独のチロシナーゼ遺伝子が存在すると考えられる。これら検索で見つかった個々の相同蛋白質の情報にリンクされているゲノム配列情報から、蛋白質翻訳部分(ORF)とその前後の部分を含めた各々の塩基配列を入手した。
【0017】
相同蛋白質検索により見出した4株のチロシナーゼ遺伝子全長の塩基配列のアラインメント比較解析を行い、配列の保存性の高い箇所を中心に複数のPCR用プライマー配列を設定した。以下a,b,c,dの4箇所のプライマー(
図21)によるPCR反応産物について、最終的に塩基配列を決定した。
その結果、発明者らは、Aureobasidium属微生物に麹菌のチロシナーゼ遺伝子(mel B)の相同蛋白質が存在することを見出した。
【0018】
この発明者の得た知見により、Aureobasidium 属微生物を用いてβグルカンを生産するにあたり、メラニン色素が混入しない高純度のβグルカンを得るためには、メラニン産生経路であるポリケタイド経路およびチロシナーゼ経路の2つの経路を阻害するか、または生体内でこの2つのメラニン産生経路が機能しなくするか、毀損されて存在しない変異株を得る必要があることを突き止めた。
つまり、Aureobasidium 属微生物のメラニン色素の産生がβ−1,3−1,6−グルカンの発酵生産と同調して起こってしまった場合、やはりメラニン色素が混入してしまい、精製物における純度低下や着色が問題となる。
そこで本発明者は、メラニン色素が混入しない高純度のβグルカンを得るため、2つのメラニン産生経路が不活性化されている変異株に関して研究を進めた。
【0019】
一般に、微生物変異において、EMS(エタンスルホン酸メチル)やNTG(ニトロソグアニジン)などの化学的な変異剤処理や紫外線処理による変異法はよく知られている。
従来技術におけるAureobasidium属微生物のメラニン色素の非産生または低産生株の関連研究として数少ないが報告がある。
第1には紫外線処理によるメラニン非産生または低産生株を作出しようとした実験の報告がある(非特許文献14、非特許文献15、非特許文献16)。これは米麹由来の酒粕の褐変問題の解決を目的としたものである。
第2には化学変異剤処理でのメラニン非産生または低産生株を作出しようとした実験の報告がある(非特許文献17、特許文献3)。これは、黒酵母菌の培養液を中心とする食品添加物における褐変問題の解決を目的としたものである。
【0020】
しかし、これら第1の紫外線処理によるメラニン非産生または低産生株作出、第2の化学変異剤処理でのメラニン非産生または低産生株作出のいずれも、安定したメラニン非産生または低産生株の取得には至っていない。実態として、その再現性が難しいのが現状であり、数多くの変異菌株の中からメラニンを産生するか否かを試行錯誤的に目視でスクリーニングを繰り返すことが必要であり、実際にはメラニン非産生または低産生株を安定に育種量産できず、工業的利用が不可能な方法と言わざるを得ない。
上記従来における実験報告は、試行錯誤的に行った実験の域を出ておらず、2つのメラニン生成経路を不活性化または破壊した安定的に育種量産され得るメラニン非産生または低産生株の報告は存在しない。
【0021】
そこで、発明者は、Aureobasidium属微生物に対する効果的な変異方法の研究を鋭意継続し、メラニン非産生または低産生株を効果的に取得する方法を見出した。
すなわち、チロシナーゼ経路あるいはポリケタイド経路の両経路あるいはいずれかのメラニン生産経路に損傷を与える変異処理を施したのち、それぞれの経路の阻害剤存在下でメラニン非産生または低産生株をスクリーニングする選択法を組み合わせた効果的な変異株の生成法を見出した。
具体的には、Aureobasidium属微生物に対して、変異処理として、放射線照射処理、化学変異剤処理、紫外線処理のいずれか、またはそれらの組み合わせの変異処理を施したのち、チロシナーゼ経路およびポリケタイド経路のそれぞれの経路の阻害剤を基にしたメラニン非産生または低産生株の選択法を組み合わせた方法でメラニン非産生または低産生株を得た。さらにそのメラニン非産生または低産生株を用いて、その発酵制御面や培地の組成面で簡便かつ安価な高純度のβ−1,3−1,6−グルカンの生産に成功した。
【0022】
なお、変異処理として、放射線変異法の場合は、その照射線の種類やその大きさなどを科学的、定性的、かつ定量的に把握でき、その再現性も高い。一例として、ガンマー線照射による変異処理を用い、その死滅率を指標にすることで効果的にメラニン非産生または低産生株の取得に成功した。
本発明者が解析したように、Aureobasidium属微生物のメラニンはポリケタイド経路のみならず、チロシナーゼ経路の関与もあることから、それらの2つのメラニン産生経路を不活性化する技術を確立し、2つのメラニン産生経路が不活性化されたメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株を生成することに成功した。
【0023】
本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法は、
Aureobasidium属微生物に対して遺伝子の変異を生じせしめる物理的処置または化学的処置による変異処理を施す遺伝子変異処理工程と、前記遺伝子変異処理工程により得られた変異株に対して、チロシナーゼ経路阻害剤を施用した培養およびポリケタイド経路阻害剤を施用した培養を行い、メラニン生成の見られない株をスクリーニングする変異株選定工程を含み、メラニン色素の産生能力がゼロまたは変異処理前の初期状態より低くかつβグルカン産生を行う能力を備えた変異株を得るものである。
【0024】
ここで、遺伝子変異処理工程における変異処理としては、放射線照射処理が挙げられる。放射線照射処理には電磁波線(ガンマー線)、粒子線(α線、β線、イオンビーム)がある。一例としてはコバルト60によるガンマー線照射処理で良い。死滅率を基準にメラニン非産生または低産生変異株を選択することができる。
また、遺伝子変異処理工程における変異処理としては、紫外線照射による変異処理、化学変異剤の投与による変異処理、または、それらを混合したものを含めることもできる。
【0025】
本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株は、上記製造方法により変異株として育種生成したものである。チロシナーゼ経路阻害剤を施用した培養およびポリケタイド経路阻害剤を施用した培養においてメラニン生成の見られない株をスクリーニングすることにより、メラニン色素を生成する経路がすべて不活性化されているのでメラニン色素が混入しない高純度のβグルカン産生を行う能力を備えたものとなる。
この変異株を用いれば、通常の培地を用いた黒酵母菌の発酵工程にてメラニン色素が混入しない高純度のβ−1,3−1,6−グルカンを得ることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、Aureobasidium属微生物のメラニン非産生または低産生変異株が安定かつ効率的に得られ、そのメラニン非産生または低産生変異株を用いて高純度のβ−1,3−1,6−グルカンを簡便かつ安価に生産することができる。すなわち本発明のメラニン非産生または低産生変異株を用いたβ−1,3−1,6−グルカンの発酵生産方法によれば、メラニン色素が混入しないため、従来技術は必要とされた複雑な培養制御方法が不要となり、また、培地成分にビタミンC等を含まない通常の培地を使用できるため、安価かつ容易にβ−1,3−1,6−グルカンを製造することができる。本発明の生産方法で得られたβ−1,3−1,6−グルカンおよびその溶液には褐変などがなく、白色でありながら安全性が高く、医薬・化粧品、食品として利用可能なものである。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法、高純度βグルカン製造方法の工程を示す図である。
【
図2】β−1,3−1,6−グルカンとプルランを混合したもののNMR測定値の例を示した図である。
【
図3】固体培地である寒天培地の組成例を示す図である。
【
図4】放射線量と菌の生存率の関係を示すグラフである。
【
図5】ダブルスクリーニングの結果得られた菌株の様子を示す図である。
【
図6】メラニン非産生または低産生変異株のスクリーニングで得られたものの多糖生産と粘度を一覧にした図である。
【
図7】チロシナーゼ経路、ポリケタイド経路、それぞれの経路の阻害剤存在下における各菌株のメラニン産生の様子を示す図である。
【
図8】シード用の液体培地の組成例を示す図である。
【
図10】K−1親株および変異株1(TS−1株)の培養結果を示す図である。
【
図11】K−1親株および変異株1(TS−1株)の培養結果で得られた培養液の色を観察した図である。
【
図12】変異株1(TS−1株)由来のβ−1、3−1,6−グルカンのNMR分析測定を行った結果を示す図である。
【
図13】放射線照射により変異させて得た、他のメラニン色素の産生能力がゼロのβグルカン産生菌(変異株3(TS−5株)、変異株4(TS−9株))の様子を示す図である
【
図14】実施例2にかかる化学変異剤処理法において培養の結果得られた菌株(K−1W株)の様子を示す図である。
【
図15】K−1W株を用いてチロシナーゼ経路、ポリケタイド経路の阻害剤存在下における各菌株のメラニン産生の有無を確認した図である。
【
図16】K−1W株を基にして、さらに工程1の化学変異剤処理および工程2の菌株の選択処理を継続した様子を示す図である。
【
図17】K−1W株を基にして得られたメラニン非産生または低産生株の様子を示す図である。
【
図18】化学処理剤により変異させて得た、他のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌の様子を示す図である。
【
図19】実施例1で得られた変異株1(TS−1株)、変異株2(TS−2株)、変異株3(TS−5株)、変異株4(TS−9株)と、実施例2で得られた変異株5(K−1ww株)、実施例3で得られた変異株6(UV−1株)に関する性質をまとめた図である。
【
図20】Aureobasidium 属におけるチロシナーゼ相同タンパク質のblast検索結果を示す図である。
【
図21】Aureobasidium 属4株のチロシナーゼ遺伝子配列の比較、および遺伝子増幅用PCRプライマーを示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明のメラニン色素非産生または低産生株のβグルカン産生菌、その人工的製造方法、およびそれを利用して産生したβグルカンの生産方法の実施形態を説明する。以下の実施形態、実施例は一例に過ぎず、本発明の範囲を制限するものではない。
本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法、高純度βグルカン製造方法には、
図1に示す各工程がある。各工程を説明する。
【0029】
[工程1]遺伝子変異処理
工程1として、Aureobasidium属微生物に対して遺伝子の変異を生じせしめる物理的処置または化学的処置による変異処理(遺伝子変異処理工程)を施す。
[工程2]生存した菌株から候補の絞り込み
次に、工程1の「遺伝子変異処理工程」を施した後、工程2として工程1で生存した株の中で培養してもメラニン色素により褐変しない株を選択する。
[工程3]ダブルスクリーニング
次に、工程3として、2次選択した変異株に対して、チロシナーゼ経路阻害剤を施用した培養およびポリケタイド経路阻害剤を施用した培養において、メラニン生成の見られない株をスクリーニングする(ダブルスクリーニング)。
[工程4]高純度β−1,3−1,6−グルカンの生産
工程4として、工程3の結果得られた菌株を単離して育種調製したメラニン色素非産生または低産生株のβグルカン産生菌を用いて高純度かつ高生産に[TS1]β−1,3−1,6−グルカンを生産する。この工程4は安定に繰り返すことができ、メラニン色素の産生能力がゼロまたは変異処理前の初期状態より低くかつβグルカン産生を行う能力を備えたβグルカン産生菌を用いて高純度かつ高生産にβ−1,3−1,6−グルカンを生産することができる。
以下、各工程順に説明する。
【0030】
[工程1]遺伝子変異処理
Aureobasidium属微生物に対して遺伝子の変異を生じせしめる物理的処置または化学的処置による変異処理を施す遺伝子変異処理工程の例を示す。なお、ここでは一例として放射線照射処理による変異処理を例に挙げたが、他の化学変異剤処理、紫外線照射処理などの変異法を組み合わせてもよい。
【0031】
[変異処理に用いた菌株]
変異処理に供するAureobasidium属微生物は、β−1,3−1,6−グルカンを産生する菌株ならいずれでもよいが、以下の2点から選ぶ。
菌株の第1の条件は、できるかぎりプルランを産生しないものである。
菌株によりプルラン(αグルカン)などの多糖類を同時に多量に産生する菌株があるため、高純度のβ−1,3−1,6−グルカンを得るためには、できるかぎりプルランを産生しない菌株が好ましい。
そこで、プルランをほとんど産生せず、β−1,3−1,6−グルカンを産生する菌株を用いることが好ましい。
【0032】
菌株の産生物はNMR測定にて評価できる。
図2はβ−1,3−1,6−グルカンとプルランを混合したもののNMR測定値の例を示したものである。
β−1,3−1,6−グルカンは、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする溶液の1HのNMRスペクトルが約4.75ppm及び約4.55ppmの2つのシグナルを示す。これらのシグナルは、それぞれβ-1,3-結合とβ-1,6-結合に起因する。なお、NMRの測定値は温度条件の微妙な変化によって変化し、また誤差を伴うことは周知のことであることから、ここで言う「約4.75ppm」「約4.55ppm」は、通常予測される範囲の測定値の変動幅(例えば±0.2)を含む数値を意味する。
一方、プルランなどのαグルカンは1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする溶液の1HのNMRスペクトルにおいておおよそ4.9ppm〜5.4ppmの間に3つピーク(4.95ppm、5.20ppm,5.28ppm)を示す。
つまり、このNMRの測定値を調べることにより、菌株の培養により得られる産生物の中におけるプルランなどのαグルカンの多寡を評価することができる。加えて、産生するβ-1,3-1,6-グルカンの分岐度は、β-1,6-結合/β-1,3-結合のシグナル比から推定することができる。
【0033】
菌株の第2の条件は、培養により得られるβ-1,3-1,6-グルカンが菌体外の培養液中に分泌されることである。
キノコ類やパン酵母菌は、細胞壁中にβ-1,3-1,6-グルカンを生成するが、細胞壁内からβ-1,3-1,6-グルカンを回収して精製することは手間であり、また菌体の細胞壁を破壊するため菌株の継続的利用ができない。例えば、βー1,3-1,6-グルカンの連続的な発酵生産ができない。
【0034】
Aureobasidium属微生物は、培養によりβ-1,3-1,6-グルカンを菌体外の培養液中に分泌する性質がある。そのためβ-1,3-1,6-グルカンの回収が容易で、菌体を傷つけないため内容物が漏出せず高純度である。また水溶性である点で好ましいものである。
Aureobasidium属微生物であれば、上記の50−100%のβ-1,6−分岐の分岐度を有するβ-1,3-1,6-グルカンを得ることができ、分子量が100万以上の高分子量のβグルカンから分子量が数万程度の低分子のβグルカンまでを培養条件に応じて産生することができる。
中でも、オーレオバシジウム・プルランス(Aureobasidium pullulans)が産生するβ-1,3-1,6-グルカンが好ましい。
なお、後述する実施例において、地方独立行政法人大阪産業技術研究所森ノ宮センターより入手したAureobasidium pullulansのK-1株を用いてメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌の育種製造例を示す。
【0035】
[遺伝子変異処理]
遺伝子変異処理として、放射線照射処理による変異処理、化学変異剤処理による変異処理、紫外線照射処理による変異処理などがある。なお、それらの変異処理を組み合わせて用いても本発明を適用できる。
まず、放射線照射処理による変異処理の例について説明する。
変異処理に用いる放射線は遺伝子変異を起こさせるものであれば良い。放射線としては電磁波線(ガンマー線)、粒子線(α線、β線、イオンビーム)などがあり得る。例えば、γ線を用いるものがある。γ線の供給源は、安定してγ線を放射するものであれば特に限定されない。例えば、コバルト60などがある。
照射線量(吸収線量)は1kGy以上30kGy以下でよい。好ましくは、5kGy以上20kGy以下とする。さらに好ましくは、8kGy以上15kGy以下とする。例えば、照射線量の目安として被照射処理微生物の生存率が10−6程度になる照射線量とする。
照射時の温度は、黒酵母菌が生育できる温度ないしはそれ以下であればよく、40℃以下、好ましくは30℃以下、さらに好ましくは25℃以下がよい。なお凍結を避けるため4℃以上とする。
上記条件で放射線照射により黒酵母菌に対する変異処理を施し、生存した株を取り出せば良い。
次に、化学変異剤処理による変異処理の例について説明する。
変異処理に用いる化学変異剤は遺伝子変異を起こさせるものであれば良い。例えば、エチルメタンスルホン酸(EMS)を用いる例がある。Aureobasidium pullulans K−1株を植菌した培養液を調整し、エチルメタンスルホン酸(EMS)を添加し、被添加処理した微生物の生存率が99%程度を指標として変異を起こさせる。上記条件で化学変異剤の投与により黒酵母菌に対する変異処理を施し、生存した株を取り出せば良い。
次に、紫外線照射処理による変異処理の例について説明する。
変異処理に用いる紫外線は遺伝子変異を起こさせる強度とする。紫外線の強さと照射時間は遺伝子変異を起こさせるものであれば良い。例えば、15ワットで波長260nmのものを用いて2分間照射する。紫外線照射処理は無菌実験台(クリーンベンチ)を用いて行うことが好ましい。被照射処理微生物の生存率が99%程度を指標として変異を起こさせる。上記条件で紫外線照射により黒酵母菌に対する変異処理を施し、生存した株を取り出せば良い。
上記したように、遺伝子変異処理として、放射線照射処理による変異処理、化学変異剤処理による変異処理、紫外線照射処理による変異処理、それらの組み合わせなどにより黒酵母菌に対する変異処理を施し、生存した株を取り出す。
【0036】
[工程2]生存した菌株から候補の選択
取り出された変異株を用いて培養を行い、培養により褐変しない株、つまりメラニンを生成しない菌株を、次段階のダブルスクリーニングに掛ける候補の菌株として選択する。
この候補選択の培養処理の段階(固体培養および液体培養)で褐変するものはメラニン生成経路が活性化してメラニン色素生成能力が発現しているため除外される。なお、この候補選択の培養処理において褐変しないものについてすべてのメラニン生成経路が活性を失っているとはこの時点ではまだ断定できない。つまり、この候補選択の培養処理において褐変しないものはメラニン生成経路が一時的に活性を見せていない状態にあるが、その中には、チロシナーゼ経路のみが不活性化されているがポリケタイド経路が活性を失っていないもの、ポリケタイド経路が不活性化されているがチロシナーゼ経路が活性を失っていないもの、チロシナーゼ経路とポリケタイド経路ともに不活性化しているものの3通りがあり得る。
【0037】
候補選択の培養に用いる炭素源としては、シュークロースあるいはグルコースあるいはフラクトース等を炭素源とするのがよい。炭素源の添加方法は、培養開始時に適量を添加してもよいし連続的あるいは段階的に流加添加してもよい。
候補選択の培養に用いる窒素源としては、硝酸塩やアンモニウム塩などの無機塩、あるいはペプトン、酵母エキス、ポテトエキスなどの有機窒素源を用いることができる。また、それぞれを混合してもよい。その他、リン酸塩、ミネラル、ビタミン類を適宜添加することができる。
【0038】
候補選択の培養に用いる培地として、半合成培地やポテトデキストロース培地など黒酵母菌が生育できる培地であればよい。例えば、シュークロースを炭素源とするチャペック培地などが好適である。
候補選択の培養条件として、好気的条件とする。pHはpH3.0〜6.5の範囲がよく、好ましくはpH3.5〜5.0までがよい。pHの調節制御は特に必要ないが、培養初期にはpHが上昇傾向にあるため、クエン酸などの有機酸や塩酸、リン酸などの無機酸を用いたpHスタットにて培養することもできる。温度は、32℃までならよく、好ましくは20℃〜30℃、さらに好ましくは26℃から28℃がよい。
変異処理に用いる菌体の培養フェーズ(培養時間)は、対数増殖期から安定期のものがよい。
【0039】
[工程3]ダブルスクリーニング
チロシナーゼ経路の阻害剤によるスクリーニング
候補として絞られたメラニン非産生または低産生株を、チロシナーゼ経路の阻害剤であるコウジ酸(Kojic acid,1000μg/ml)の含有培地に塗布して培養し、褐変しないメラニン非産生または低産生株(ポリケタイド経路不活性化株)をスクリーニングする。このチロシナーゼ経路の阻害剤によるスクリーニングによりポリケタイド経路が不活性化されている菌株が選別でき、ポリケタイド経路の活性が失われていないものは除外できる。
【0040】
ポリケタイド経路の阻害剤によるスクリーニング
ポリケタイド経路の阻害剤であるフタリド(Phthalide,250μg/ml)の含有培地に塗布して培養し、褐変しないメラニン非産生または低産生株(チロシナーゼ経路不活性化株)をスクリーニングする。なお、ポリケタイド経路の阻害剤としてトリシクラゾール(Tricyclazole)を使用することもできる。
このポリケタイド経路の阻害剤によるスクリーニングによりチロシナーゼ経路が不活性化されている菌株が選別でき、チロシナーゼ経路の活性が失われていないものは除外できる。
【0041】
上記した2つのスクリーニングを、シリアルに実施、つまり、一方のスクリーニングを先に行い、その後選別された菌株に対してもう一方のスクリーニングを行うという手順でも良いし、パラレルに実施、つまり、同じ菌株から株分けして実験株を2つ用意し、それぞれを用いて両方のスクリーニングをパラレルに行っても良い。
上記した2つのスクリーニング、つまり、チロシナーゼ経路の阻害剤によるスクリーニングおよびポリケタイド経路の阻害剤によるスクリーニングの双方のスクリーニングで残った菌株は、ポリケタイド経路およびチロシナーゼ経路の両経路ともに不活性化されている菌株であることが確認される。
この菌株が本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌となる。
この工程3の段階で、本発明のメラニン色素の産生能力がゼロまたは変異処理前の初期状態より低くかつβグルカン産生を行う能力を備えたβグルカン産生菌が得られている。
【0042】
[工程4]本発明のメラニン色素の非産生または低産生βグルカン産生菌を用いた高純度β−1,3−1,6−グルカンの生産
次に、上記した製造方法にて製造した本発明のメラニン色素の非産生または低産生βグルカン産生菌を用いたβグルカンの生産について併せて説明しておく。
上記工程1〜3で得られた本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌を用いてβ-1,3-1,6-グルカン生産培地で培養し、高純度のβ-1,3-1,6-グルカンを得る。
ここでは、特別な培養方法は特段求められず、Aureobasidium属微生物によるβ-1,3-1,6-グルカンの生産方法を適用すれば良い。
【0043】
Aureobasidium属微生物を培養して、β-1,3-1,6-グルカンを産生させる方法は種々報告されている。本項では培地容量として数Lスケール以上の培地を用いて、撹拌型のジャーファーメンター培養基を用いて撹拌通気培養を行うことを想定して説明する。
【0044】
培養培地に使用できる炭素源としては、シュークロース、グルコース、フラクトース、グルコン酸、キシロースなどの炭水化物で良い。窒素源としては、硫酸アンモニウムや硝酸ナトリウム、硝酸カリウムなどの無機窒素源やペプトンや酵母エキスなどの有機栄養源などで良い。これらを併用することも可能である。またβグルカンの産生量を上昇させるために適宜、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩などの無機塩、更には鉄、銅、マンガンなどの微量金属塩やビタミン類などを添加するのも有効な方法である。
【0045】
Aureobasidium属微生物の培養において、炭素源としてシュークロースを含むチャペック培地に高濃度のアスコルビン酸を添加した培地を用いた場合、メラニン生産を制御しながら、かつ、高濃度のβ-1,3-1,6-グルカンを産生することが報告されている(非特許文献19、非特許文献21、特許文献4)。しかし、今回得られたメラニン非産生または低産生株はメラニン色素の産生能力がゼロまたは変異処理前の初期状態より低いため、培地組成は、微生物が生育し、β-1,3-1,6-グルカンを生産するものなら特に限定されない。必要に応じて、少量のビタミンCなどのビタミンや、酵母エキスやペプトンなどの有機栄養源を添加してもよい。
Aureobasidium属微生物を上記培地で好気培養するための条件としては、10〜45℃程度、好ましくは20〜35℃程度、さらに好ましくは25℃〜30℃の温度条件、加えて3〜7程度、好ましくは3.5〜5程度のpH条件などが挙げられる。
【0046】
効果的に培養pHを制御するためにアルカリ、あるいは酸で培養液のpHを制御することも可能である。更に培養液の消泡のために適宜、消泡剤を添加してもよい。培養時間は通常1〜10日間程度、好ましくは1〜6日間程度であり、これによりβグルカンを産生することが可能である。なお、βグルカンの産生量を測定しながら培養時間を決めてもよい。
【0047】
上記条件下Aureobasidium属微生物を4〜6日間程度通気攪拌培養すると、培養液にはβ-1,3-1,6-グルカンを主成分とするβ-グルカン多糖が0.1%(w/v)〜数%(w/v)含有されている。この培養を遠心分離操作等で処理して得られる上清に例えば有機溶媒を添加することにより、β-1,3-1,6-グルカンを沈殿物として得ることができる。さらに活性炭やイオン交換樹脂などでさらに生成することもできる。
【実施例1】
【0048】
実施例1として、変異処理(工程1)において放射線照射法を用いた例を示す。
実験に用いる菌株は、地方独立行政法人大阪産業技術研究所森ノ宮センターより入手したAureobasidium pullulansのK-1株とした。
このAureobasidium pullulansのK-1株は、分子量200万以上と100万程度の2種類のβ-1,3-1,6-グルカンを産生する能力がある。
なお、オーレオバシジウム属微生物は、独立行政法人製品基盤技術機構(NITE)やAmerican Type Culture Collection (ATCC)などを通じて他の種類の菌株タイプカルチャーを入手することができるため、K−1株に限定されるものではなく、Aureobasidium属微生物に幅広くわたって利用可能である。
【0049】
ここで、利用するAureobasidium pullulans K−1株において、チロシナーゼ遺伝子があることを確認した。
Aureobasidium pullulans K−1株から、塩化ベンジルによる蛋白質変性と、段階的なアルコール沈殿により多糖を除去する方法(文献20)によりゲノムDNAを調製した。このゲノムDNAを鋳型として、オリゴヌクレオチドプライマー(aとcのペアおよびbとdのペア)によるPCR反応を行い、チロシナーゼ候補遺伝子を増幅した。PCR産物の塩基配列を決定した結果、親株のAureobasidium pullulans K−1株にチロシナーゼ遺伝子が存在していることが確認でき、その具体的な塩基配列が判明した。
【0050】
[工程1:遺伝子変異処理]
ポテトデキストロース培地の60ml(pH 5.0)を300ml容積のバッフル付三角フラスコに入れ、121℃で蒸気殺菌処理した培地を作製した。この培地を実験に用いるAureobasidium pullulans K−1株 (黒酵母菌)の生育用の培地とした。培養は27℃、振とう培養で好気的に行った。
菌体が生育し濁度OD660で10以上になり対数増殖期に至った微生物を放射線変異法のための供試菌とした。菌体を
図3に示す無菌培地(シュークロースを除いた培地、pHは塩酸でpH5.0に調整)で洗浄し、遠心分離操作(5000rpm,10分間)により集菌後に、再度同培地(炭素源を含まない無菌培地)に菌体の濁度OD660が1程度になるように懸濁した。この菌体希釈液に放射線コバルト60を10kGy−18kGyになるように照射した。この放射線量の範囲での菌の生存率は約10−6であった。
図4は放射線量と菌の生存率の関係を示すグラフである。
【0051】
[工程2]生存した菌株から候補の選択
生存した菌株から候補を固体培地(静置培養)と液体培地で培養して候補を選択した。固体培地として上記の
図3に示す寒天培地を用いた(寒天を2%量添加)。pHは塩酸で5に調製した。
この固体培地に菌体を塗布して1週間から10日程度27℃のインキュベータ内で静置培養した。
【0052】
図5は固体培養と液体培養のダブルスクリーニングにおける培養の結果得られた菌株の様子を示す図である。得られた菌株のうち白色株のみを選別した(
図5(a))。
また、引き続き、その白色菌株を同液体培地(5mlから100ml)で、27℃で5〜10日間好気的に振とう培養した。培養の結果得られた菌株のうち白色を呈し、かつ、粘度を示す菌株を選択した(
図5(b))。
液体培地を用いた選択の結果得られた白色株(
図5(b)において矢印で示す株)を再度、500ml容積のバッフル付三角フラスコに入れた100mlの同液体培地で培養し、βグルカン生産とメラニン産生の有無、β-1,3-1,6-グルカン濃度と粘度との関係を確認し、さらに有望な株を選択した。
【0053】
図6はメラニン非産生または低産生変異株のスクリーニングで得られたものの多糖生産と粘度を一覧にしたものである。多糖濃度は、培養液を数mlサンプリングし、菌体を遠心分離除去した後、その上清に最終濃度が66%(v/v)となるようにエタノールを加えて多糖を沈殿させて回収した後、イオン交換水に溶解し、フェノール硫酸法で定量した。粘度は回転粘度計で測定した。その培養液の粘度はBM型回転粘度計(東機産業社製)により測定した。30℃では数百cP(mPa・s)から数千cP(mPa・s)という非常に高い粘度を有するものを選んだ。
ここでは、変異株を2つ選び出した。ここでは、そのうちの1つを“変異株1(TS−1株)”と呼び、他の1つを“変異株2(TS−2株)”と呼ぶ。
【0054】
[工程3]ダブルスクリーニング
チロシナーゼ経路の阻害剤を添加した培地での培養によるスクリーニングと、ポリケタイド経路の阻害剤を添加した培地での培養によるスクリーニングを行った。
【0055】
図7は、チロシナーゼ経路、ポリケタイド経路、それぞれの経路の阻害剤存在下における各菌株のメラニン産生の様子を示す図である。シャーレ内の3つのエリアのうち左上エリアにある菌株が、遺伝子変異処理を施す前の親株(K-1株の)、右上エリアにある菌株が工程2で選択された変異株の1つである“変異株1(TS−1株)”、下エリアに菌株が工程2で選択された変異株の1つである“変異株2(TS−2株)”である。
【0056】
図7では、4つの条件で培養した結果を並べて図示している。
それぞれポテトデキストロース寒天培地を用いているが、阻害剤の添加の有無により4つの実験培地を調製している。
左上がコントロールであり、何の阻害剤も添加していないポテトデキストロース寒天培地で培養した結果である。
左下がチロシナーゼ経路の阻害剤であるコウジ酸を1000μg/ml添加したポテトデキストロース寒天培地で培養した結果である。コウジ酸の存在により菌株中のチロシナーゼ経路の機能が阻害されている。
右上がポリケタイド経路の阻害剤であるフタリドを250μg/ml添加したポテトデキストロース寒天培地で培養した結果である。フタリドの存在により菌株中のポリケタイド経路の機能が阻害されている。
右下がポリケタイド経路の阻害剤であるトリシクラゾールを200μg/ml添加したポテトデキストロース寒天培地で培養した結果である。トリシクラゾールの存在により菌株中のポリケタイド経路の機能が阻害されている。
【0057】
図7に示す各々の菌におけるメラニン産生の有無を評価する。
まず、変異処理を施していない親株であるK−1株を評価する。
コントロールの培養結果より、親株であるK−1株はメラニン色素合成能力を備えている。
【0058】
ポリケタイド経路阻害剤のフタリド添加の培養結果より、ポリケタイド経路阻害剤を添加することでメラニン産生が阻害されたが若干のメラニン生成が見られた。ポリケタイド経路の他の阻害剤であるトリシクラゾールでは少量の褐色メラニンを産生した。この実験から親株であるK−1株にはチロシナーゼ経路が完全には不活性化されておらず、チロシナーゼ経路により若干のメラニン色素合成能力を有していることが分かる。
チロシナーゼ経路阻害剤のコウジ酸添加の培養結果より、チロシナーゼ経路阻害剤を添加してもメラニン色素が活発に合成されている。この実験から親株であるK−1株にはポリケタイド経路が活性化されており、ポリケタイド経路によるメラニン色素合成能力を有していることが分かる。
【0059】
次に、“変異株1(TS−1株)”では、コントロールの培養結果、ポリケタイド経路阻害剤のフタリド添加の培養結果、ポリケタイド経路の他の阻害剤であるトリシクラゾールで添加の培養結果、チロシナーゼ経路の阻害剤であるコウジ酸添加の培養結果のいずれの結果においてもメラニン産生が阻害されており、完全にメラニン色素合成能力がないことが分かる。
【0060】
一方、“変異株2(TS−2株)”では、コントロールの培養結果、ポリケタイド経路阻害剤のフタリド添加の培養結果、ポリケタイド経路の他の阻害剤であるトリシクラゾールで添加の培養結果、チロシナーゼ経路の阻害剤であるコウジ酸添加の培養結果のいずれの結果においても、メラニン色素産生が少なく抑制されていることが確認できるが、メラニン産生量はゼロではなく若干生成されており、チロシナーゼ経路、ポリケチド経路のいずれも活性が部分的に残っていることが分かる。
このダブルスクリーニングの結果、完全にメラニン色素合成能力がない変異株として“変異株1(TS−1株)”を選定することができ、メラニン色素産生が抑制されているが部分的にメラニン色素合成能力が残っている変異株として“変異株2(TS−2株)”が得られている。
【0061】
[工程4]
[工程4]本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌を用いた高純度β−1,3−1,6−グルカンの生産
図8に示す組成を有するシード用の液体培地100mlを500ml容量のバッフル付付き三角フラスコに入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌を行った後、先に取得したメラニン非産生または低産生株である変異株を同培地組成のスラントより無菌的に1白金耳植菌し、130rpmの速度で好気的に振とう攪拌しつつ、27℃で3〜5日間培養することにより種培養液を調製した。
【0062】
次に、
図9の本培養組成の培地2L(pH3.7〜4.0)を3L容量のジャーファーメンター培養装置(丸菱バイオエンジ製)に入れ、121℃で、15分間、加圧蒸気滅菌し、上記のようにして得られた種培養液100mlを無菌的に植菌し、500rpm、27℃、1L/minの通気攪拌培養を行った。
【0063】
同様に本培養培地組成の中でアスコルビン酸を含まない培地でも同条件で培養検討を行った。この場合は培地の初発pHは水酸化ナトリウム及び塩酸を用いてpH3.7〜4.0の範囲内に制御した。コントロールとして、親株であるK−1株を用い、本培養の培地はアスコルビン酸を含む同培地にて同条件で培養を行った。
【0064】
図10はK−1親株および変異株1(TS−1株)の培養結果を示す図である。
図10に示すように、変異株1(TS−1株)はアスコルビン酸の有無にかかわらずメラニン産生が抑制された状態で培養が進んだ。またそれぞれの多糖濃度(β−1,3−1,6−グルカン)、粘度、生育を測定したところ、アスコルビン酸を添加せずとも変異株は良好な結果を得た。
【0065】
図11はK−1親株および変異株1(TS−1株)の培養結果で得られた培養液の色を観察した図である。
図11の左側はコントロールである親株であるK−1株の培養液の色である。培養液が褐変しておりメラニン色素が混入している様子が良く分かる。
図11の中央はアスコルビン酸を添加した場合の変異株1(TS−1株)の培養液の色である。変異株1(TS−1株)では培養液にメラニン色素の混入は見られないが、アスコルビン酸を添加した場合は、その影響で培養液は若干の黄色みを呈した。
図11の右側はアスコルビン酸を添加しない場合の変異株2(TS−2株)の培養液の色である。変異株1(TS−1株)では培養液にメラニンの産生は見られず、アスコルビン酸による影響もないため培養液は白く綺麗な色を呈している。
このように、本発明のメラニン色素の産生能力がゼロでβグルカン産生を行う能力を備えたβグルカン産生菌(変異株1(TS−1株))によれば、メラニン色素が混入していない白色のメラニンフリーのβ−1,3−1,6−グルカンが得られた。また、メラニン色素の産生能力が変異処理前の初期状態より低く抑制されかつβグルカン産生を行う能力を備えたβグルカン産生菌(変異株2(TS−2株))によれば、メラニン色素の混入が低減された低メラニン含有のβ−1,3−1,6−グルカンが得られた。
【0066】
次に、メラニン色素の産生能力がゼロでβグルカン産生を行う能力を備えたβグルカン産生菌(変異株1(TS−1株))から得られたメラニンフリーの培養液中のβ−1,3−1,6−グルカンの純度についても調べた。
図12は、変異株1(TS−1株)由来のβ−1,3−1,6−グルカンのNMR分析測定を行った結果を示す図である。
上記の課題を解決する手段で説明したように、1N水酸化ナトリウム重水溶液を溶媒とする溶液の1HのNMRスペクトルにおいて、β−1,3−1,6−グルカンは約4.75ppm及び約4.55ppmの2つのピークを示し、プルラン等のαグルカンは4.9〜5.4の間に3つピーク(4.95、5.20,5.28)を示すところ、
図12に示すように、β−1,3−1,6−グルカン特有のピーク値は見られるが、プルラン特有のピーク値は見られない。つまり、プルランを含まない高純度のβ−1,3−1,6−グルカンが得られていることが分かる。重量からの純度計算では90%以上の純度と計算された。
このように、本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌によれば、高純度なβ−1,3−1,6−グルカンが産生された。
次に、上記した放射線照射の変異処理とダブルスクリーニングによる選定を繰り返して作成に成功した他の変異株の例を示す。
図13は、メラニン色素の産生能力がゼロでβグルカン産生を行う能力を備えたβグルカン産生菌(変異株3(TS−5株)、変異株4(TS−9株))を示す写真の写しである。
図13に示すように、この変異株3(TS−5株)、変異株4(TS−9株)も白色をしている。これら変異株3(TS−5株)、変異株4(TS−9株)から得た培養液中のβ−1,3−1,6−グルカンの純度についても調べたところメラニンフリーのβ−1,3−1,6−グルカンが産生された。このように、放射線照射による変異処理を利用した場合、本発明にかかるメラニン色素の産生能力がゼロまたは変異処理前の初期状態より低くかつβグルカン産生を行う能力を備えたメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株の製造方法は、再現性も高いものであることが分かる。
【実施例2】
【0067】
実施例2として、変異処理(工程1)において化学変異剤処理法を用いた例を示す。
実験に用いる菌株は、実施例1と同様、地方独立行政法人大阪産業技術研究所森ノ宮センターより入手したAureobasidium pullulansのK-1株とした。
なお、オーレオバシジウム属微生物は、他の種類の菌株タイプカルチャーを入手することができるため、K−1株に限定されるものではなく、Aureobasidium属微生物に幅広くわたって利用可能である。
【0068】
[工程1:遺伝子変異処理]
ポテトデキストロース培地の60ml(pH 5.0)を300ml容積のバッフル付三角フラスコに入れ、121℃で蒸気殺菌処理した培地を作製した。この培地を実験に用いるAureobasidium pullulans K−1株 (黒酵母菌)の生育用の培地とした。培養は27℃、振とう培養で好気的に行った。
菌体が生育し濁度OD660で10以上になり対数増殖期に至った微生物を放射線変異法のための供試菌とした。菌体を実施例1の
図3に示す無菌培地(シュークロースを除いた培地、pHは塩酸でpH5.0に調整)で洗浄し、遠心分離操作(5000rpm,10分間)により集菌後に、再度同培地(炭素源を含まない無菌培地)に菌体の濁度OD660が1程度になるように懸濁した。
この菌体希釈液にEMSを4%(w/v)になるように添加し、27℃で30分間振盪し、死滅率99%を指標に処理を行った。
【0069】
[工程2]生存した菌株から候補の選択
生存した菌株から候補を固体培地(静置培養)と液体培地で培養して候補を選択した。固体培地として実施例1の
図3に示す同寒天培地を用いた(4%スクロース)。pHは塩酸で5に調製した。
この固体培地に菌体を塗布して1週間から10日程度27℃のインキュベータ内で静置培養した。
【0070】
1週間〜10日後に目的に適う白色コロニー変異株を指標にスクリーニングを行った。培養の結果得られた菌株のうち白色を呈し、かつ、粘度を示す菌株を選択した。
その結果、1株の白色株(メラニン非産生または低産生株)の単離に成功した。
図14は、培養の結果得られた菌株の様子を示す図である。
【0071】
[工程3]ダブルスクリーニング
実施例1と同様の手法により、チロシナーゼ経路の阻害剤を添加した培地での培養によるスクリーニングと、ポリケタイド経路の阻害剤を添加した培地での培養によるスクリーニングを行った。
1000 μg/mlのコウジ酸(チロシナーゼ経路阻害)、および250μg/mlのフタリド(ポリケタイド経路阻害)を含む同組成の寒天培地でメラニン産生の有無を確認した(
図15)。その結果、コウジ酸入りの培地では白色で、フタリド入りの培地では徐々に着色する変異株K−1W株を得た。このことからポリケタイド経路は機能していないものの、チロシナーゼ経路が機能を保ったままの変異株であることが推測される。
そこで、さらにK−1W株を基にして、上記工程1の化学変異剤処理および上記工程2の菌株の選択処理を継続した(
図16)。その結果、フタリド入りの培地でもメラニン非産生または低産生株の単離に成功した(
図17)。ここでは、この変異株を“変異株5(K−1ww株)”と呼ぶ。
【0072】
[工程4]本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌を用いた高純度β−1,3−1,6−グルカンの生産
ダブルスクリーニングの結果得られた変異株(変異株5(K−1ww株))を用いて、実施例1に示した工程4と同じ方法にて、高純度β−1,3−1,6−グルカンを生産した。本培養は500ml容積のバッフル付き三角フラスコに
図9に示す100mlの培地を添加して、27℃で好気的に振とう培養を5日間行い、除菌後にその上清に対して実施例1と同様の方法にてエタノール沈殿によりβグルカンを回収した。その結果、メラニンの混入が低減された低メラニン含有のβグルカンが512mg得られた。
【実施例3】
【0073】
実施例3として、変異処理(工程1)において紫外線照射変異法を用いた例を示す。
実験に用いる菌株は、実施例1と同様、地方独立行政法人大阪産業技術研究所森ノ宮センターより入手したAureobasidium pullulansのK-1株とした。
なお、オーレオバシジウム属微生物は、他の種類の菌株タイプカルチャーを入手することができるため、K−1株に限定されるものではなく、Aureobasidium属微生物に幅広くわたって利用可能である。
【0074】
[工程1:遺伝子変異処理]
ポテトデキストロース培地の60ml(pH 5.0)を300ml容積のバッフル付三角フラスコに入れ、121℃で蒸気殺菌処理した培地を作製した。この培地を実験に用いるAureobasidium pullulans K−1株 (黒酵母菌)の生育用の培地とした。培養は27℃、振とう培養で好気的に行った。
菌体が生育し濁度OD660で10以上になり対数増殖期に至った微生物を放射線変異法のための供試菌とした。菌体を実施例1の
図3に示す無菌培地(シュークロースを除いた培地、pHは塩酸でpH5.0に調整)で洗浄し、遠心分離操作(5000rpm,10分間)により集菌後に、再度同培地(炭素源を含まない無菌培地)に菌体の濁度OD660が1程度になるように懸濁した。
クリーンベンチを用いて、この菌体希釈液に対して紫外線(15ワット、260nm)を2分間照射し、死滅率99%を指標に処理を行った。なお、5分間照射したところ生存率は0%となったため、紫外線照射時間は2分で行うこととした。
【0075】
[工程2]生存した菌株から候補の選択
生存した菌株から候補を固体培地(静置培養)と液体培地で培養して候補を選択した。固体培地として実施例1の
図3に示す寒天培地を用いた(4%スクロース)。pHは塩酸で5に調製した。
この固体培地に菌体を塗布して1週間から10日程度27℃のインキュベータ内で静置培養した。
【0076】
1週間〜10日後に目的に適う白色コロニー変異株を指標にスクリーニングを行った。
【0077】
[工程3]ダブルスクリーニング
実施例1と同様の手法により、チロシナーゼ経路の阻害剤を添加した培地での培養によるスクリーニングと、ポリケタイド経路の阻害剤を添加した培地での培養によるスクリーニングを行った。
今回の実験では、コウジ酸入りの培地、フタリド入りの培地とも徐々に着色するが、メラニン生成が遅延する株(UV−1株)が得られた。このことからポリケタイド経路、チロシナーゼ経路とも機能を失ってはいないもののメラニン生成能力が低下している変異株であることが推測される。ここでは、この変異株を“変異株6(UV−1株)”と呼ぶ。
図18は、紫外線照射処理により変異させたメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌の様子を示す図である。
図18に示すように、メラニン色素の混入が低減された低メラニン含有のβ−1,3−1,6−グルカンが得られた。このように、紫外線照射処理を用いた場合でも、本発明にかかるメラニン色素の産生能力がゼロまたは変異処理前の初期状態より低くかつβグルカン産生を行う能力を備えたメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生株を製造することができることが分かる。
【0078】
[工程4]本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌を用いた高純度β−1,3−1,6−グルカンの生産
ダブルスクリーニングの結果得られた変異株を用いて、実施例1に示した工程4と同じ方法にて、高純度β−1,3−1,6−グルカンを生産した。500ml容積のバッフル付三角きフラスコに
図9に示す100mlの培地を添加して、27℃で好気的に振とう培養を5日間行い、除菌後にその上清に対して実施例1と同様の方法にてエタノール沈殿によりβグルカンを回収した。その結果、βグルカンが503mg得られた。
【0079】
最後に実施例1で得られた変異株1(TS−1株)、変異株2(TS−2株)、変異株3(TS−5株)、変異株4(TS−9株)と、実施例2で得られた変異株5(K−1ww株)、実施例3で得られた変異株6(UV−1株)に関する性質をまとめたものを
図19に示す。
なお、表中の生産β−グルカンは、実施例2に示す方法で調製した。表中の各変異株およびオリジナル株を500ml容積のバッフル付き三角フラスコに対して、
図9に示す100mlの培地を添加して、27℃で好気的に培養を5日間行った。除菌処理後にその上清を用いてエタノール沈殿処理により、β−グルカンを回収し、その生産量を測定したものである。NMR解析の欄は、その得られたβ−グルカンを用いて、実施例1に示す方法で行った結果を記載している。
以上、本発明のメラニン色素非産生または低産生βグルカン産生菌、その人工的製造方法、およびそれを利用して産生したβグルカンの生産方法の好ましい実施形態を図示して説明してきたが、本発明の技術的範囲を逸脱することなく種々の変更が可能であることは理解されるであろう。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の製造法により得られたβ−1,3−1,6−グルカンや複合体の水分散液は、安全性が高く、医薬品原料、医薬部外品、化粧品原料、染料、着色料などの各種用途に応用可能なものである。