(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
水性インキ組成物は、水を主溶剤として含んでなるため、細菌、黴、または酵母などの微生物が繁殖しやすい。微生物が繁殖するとインキ組成物の腐敗などが起こり、粘度などインキ組成物の物性に変化が生じたり、インキ組成物中に析出物や凝集物などの異物が発生したり、インキ組成物の変色が起きたりするなど、水性インキ組成物としての機能が損なわれることがあった。そこで、抗菌性物質を水性インキ組成物に添加し、微生物などの繁殖を抑制することが盛んに行われている(特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、使用する抗菌性物質によっては、インキ組成物を長期保管した場合、インキ組成物の物性が変化してしまうなど保存安定性に問題が生じたり、使用する着色剤の種類によっては、着色剤に抗菌性物質が吸着され、抗菌性物質の効果が十分に発揮されなかったり、また、抗菌性物質自体の耐熱性や安全性が低いなど各種課題が生じている。
【0004】
特に、筆記具用水性インキ組成物においては、インキ瓶などの開閉口を備えるインキ保管容器に収容され、該インキ保管容器から分取して筆記具に充填して用いられる場合がある。この場合、該インキは、外気に触れる機会が多いため、微生物が混入、繁殖し、析出物や凝集物などの異物が発生しやすい。そのため、インキに抗菌性物質を添加しても、微生物が繁殖して異物が生じ、その異物がインキ供給機構内に堆積して、インキの供給量が少なくなって筆跡がかすれたり、更には、発生した異物によりインキ供給流路が塞がれて、インキが供給できなくなって筆記不能になってしまうことがある。このように、筆記具用水性インキ組成物では、抗菌性物質を添加しても、インキの使用状況および抗菌性物質の種類や添加量によっては、その抗菌効果が十分に発揮されず、筆記具用水性インキ組成物としての機能が損なわれてしまうなど課題を有している。
【0005】
さらに、筆記具用水性インキ組成物においては、近年、人体や環境における安全性が重要視されている。特に、筆記具用水性インキ組成物がインキ保管容器に収容され、該インキ保管容器から分取して筆記具に充填して使用する場合や、筆記具用水性インキ組成物がカートリッジに収容され、該カートリッジを付け替えてインキを補充して使用する場合などは、使用者の皮膚などの体の一部にインキが直接触れる可能性が高い。そのため、筆記具用水性インキ組成物は、安全面に対する課題も有している。
【0006】
保存安定性に対する課題においては、抗菌性物質として5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンを含んでなるインキ組成物が提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンは、エイムズ試験が陽性である点、皮膚刺激性が強い点など安全性に対して問題が挙げられ、筆記具用水性インキ組成物の抗菌性物質として用いるには適切ではない。
さらに、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンより安全性の高い、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オンと2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンとを含んでなるインキ組成物が提案されている(特許文献3参照)。しかしながら、該インキ組成物を、インキ瓶などの開閉口を備えるインキ保管容器に収容され、万年筆などの櫛溝を利用したインキ供給機構を備えた筆記具に使用した場合、十分な抗菌効果を得るためには、抗菌性物質をある程度の量、添加しなければならず、安全面において十分とは言えなかった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書において、配合を示す「部」、「%」、「ppm」などは特に断らない限り質量基準である。
【0015】
(筆記具用水性インキ組成物)
本発明による筆記具用水性インキ組成物は、抗菌性物質と、着色剤と、溶媒と、を含んでなる。
【0016】
(抗菌性物質)
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、抗菌性物質として、(+)−カテキンを含んでなるものである。なお、本発明において、「抗菌性物質」とは、微生物を死滅させる能力または増殖を抑える能力を有する物質のことであり、文献によっては、抗菌剤、殺菌剤、防かび剤および防腐剤と呼ばれることもある。
筆記具用水性インキ組成物は、該水性インキ組成物を補充して筆記具に使用する場合、使用者の皮膚に触れる可能性があることや、該水性インキ組成物が開閉口を備えるインキ瓶などに収容されている場合、乳幼児などが誤飲してしまう可能性があることから、筆記具用水性インキ組成物に使用する抗菌性物質は、人体や環境へ影響が少ない抗菌性物質を使用することが望ましい。そのため、筆記具用水性インキ組成物の抗菌性物質として、食品添加物にも用いられるような天然物由来の(+)−カテキンを使用することは効果的である。
【0017】
前記(+)−カテキンは、下記式(1)で表される構造を有するものである。
【化1】
【0018】
(+)−カテキンは、植物およびその発酵物などに含まれるポリフェノールの一種であるカテキン類の中のひとつであり、主に天然物に由来するものである。
従って、(+)−カテキンの安全性は、従来から用いられている抗菌性物質と比較して極めて高いものである。
筆記具用水性インキ組成物の抗菌性物質として、(+)−カテキンを用いると、該水性インキ組成物は、インキ瓶などのインキ保管容器に収容され、該容器からインキを分取して筆記具に充填して使用する筆記具や、筆記具用水性インキ組成物がカートリッジなどに収容され、該カートリッジを付け替えてインキを補充する筆記具のような、インキが使用者の皮膚などに付着してしまう可能性が高く、安全面に特に配慮が必要な筆記具に用いる水性インキ組成物として特に有用なものとなる。
また、筆記具用水性インキ組成物を、開閉口を備えるインキ瓶などに収容して使用する場合、該水性インキ組成物を乳幼児などが誤飲してしまう可能性があるため、食品添加物にも用いられるような(+)−カテキンを筆記具用水性インキ組成物の抗菌性物質として用いることは極めて有効である。
また、筆記具用水性インキ組成物が、開閉口を備えるインキ瓶などの保管容器に収容され、該インキ保管容器から分取して筆記具に使用される場合、該水性インキ組成物は外気に触れる機会が多いため、微生物が混入、繁殖し、異物が発生しやすい。そのため、上記のような状況下で使用される筆記具用水性インキ組成物は、特に十分な抗菌性能が必要である。しかしながら、従来の抗菌性物質では、安全性の面からその添加量が制限され、十分な量を添加することができず、満足な抗菌効果を得ることができないなどの課題を有していた。そこで、安全性の極めて高い(+)−カテキンを抗菌性物質として使用すると、抗菌効果を得るための量を十分に添加することができるようになり、前記課題を解決できるものとなる。このことからも、人体や環境に対する安全性が重要視される筆記具用水性インキ組成物の抗菌性物質として、(+)−カテキンを用いることは有効である。
【0019】
(+)−カテキンは、一般に天然物から単離精製することによって入手することができるが、化学合成品でも差し支えなく、抗菌性物質として用いることができる。
【0020】
(+)−カテキンは、常温で極めて安定で、単離精製も容易であり、抗菌性能が高い傾向にある。また、(+)−カテキンは水溶性のため、水性インキ組成中に安定に存在し、抗菌効果を十分に発揮することができる。そのため、カテキン類の中でも(+)−カテキンを抗菌性物質として水性インキ組成物に添加することにより、保存安定性および安全性に極めて優れた筆記具用水性インキ組成物を得ることができるのである。
【0021】
筆記具用水性インキ組成物における(+)−カテキンの含有量は、水性インキ組成物の総質量を基準として、100〜1000ppmであることが好ましく、300〜800ppmであることがより好ましい。(+)−カテキンの含有量が100ppm以上であることにより、外気に触れる機会が多い環境で使用された場合であっても十分な抗菌効果を発揮することができる。また、(+)−カテキンの含有量が1000ppm以下であることにより、水性インキ組成物の経時変化が少なく、インキ保存安定性を十分に確保することができるとともに、該水性インキ組成物を筆記具に利用した場合、インキ吐出性や筆感などの筆記性能を良好に保つことができる。
【0022】
本発明に用いる抗菌性物質としては、(+)−カテキン以外のカテキン類を抗菌性物質として併用することが可能である。
前記カテキン類としては、(−)−カテキンの他、エピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガラート、エピガロカテキンガラート、ガロカテキン、カテキンガラート、ガロカテキンガラートなどが挙げられ、これらのカテキン類の異性体も含まれる。
【0023】
また、本発明による筆記具用水性インキ組成物は、(+)−カテキン以外に任意の抗菌性物質を併用することも可能である。
上記抗菌性物質の具体例としては、2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−n−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、4,5−ジクロロ−2−n−オクチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−メチル−4,5−トリメチレン−4−イソチアゾリン−3オン、N−(n−ブチル)−1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン、2−ピリジンチオール−1−オキシドナトリウム、安息香酸ナトリウム、ベンゾトリアゾール及びフェノールなどが挙げられる。
同一の抗菌性物質を使用し続けると、抗菌性物質に耐性をもつ微生物(以下耐性菌という)が繁殖することがある。水性インキ組成物は、外気に触れる機会が多いため、該水性インキ組成物中に微生物が混入、繁殖しやすくなると同時に耐性菌が発生する確率も高くなる。該水性インキ組成物に複数種の抗菌性物質を併用することで、微生物が一方の抗菌性物質に耐性を持っていても、併用したもう一方の抗菌性物質により該微生物の繁殖を抑制することができる。そのため、本発明の筆記具用水性インキ組成物は、上記のような従来から使用される抗菌性物質を併用することが可能なため、耐性菌に対する抗菌効果を向上することができる。
更に、本発明の筆記具用水性インキ組成物に、上記のような従来から使用され安全性にやや課題のある抗菌性物質を併用した場合、その抗菌性物質の添加量を従来の添加量より減らすことができるため、筆記具用水性インキ組成物の安全性を向上することができる。
【0024】
(着色剤)
本発明において用いることができる着色剤としては、通常、筆記具用水性インキ組成物に用いる染料、顔料などが挙げられる。
【0025】
染料としては、水性媒体に溶解もしくは分散可能な染料が全て使用可能であり、酸性染料、塩基性染料、反応性染料、直接染料、分散染料、食用色素など各種染料が挙げられ、これらを単独で、または2種以上組み合わせて用いることができる。
【0026】
具体的には、酸性染料としては、C.I.アシッドレッド18、C.I.アシッドレッド51、C.I.アシッドレッド52、C.I.アシッドレッド87、C.I.アシッドレッド92、C.I.アシッドレッド289、C.I.アシッドオレンジ10、C.I.アシッドイエロー3、C.I.アシッドイエロー7、C.I.アシッドイエロー23、C.I.アシッドイエロー42、C.I.アシッドグリーン3、C.I.アシッドグリーン16、C.I.アシッドブルー1、C.I.アシッドブルー9、C.I.アシッドブルー22、C.I.アシッドブルー90、C.I.アシッドブルー239、C.I.アシッドブルー248、C.I.アシッドバオレット15、C.I.アシッドバイオレット49、C.I.アシッドブラック1、C.I.アシッドブラック2、塩基性染料としては、C.I.ベーシックオレンジ2、C.I.ベーシックオレンジ14、C.I.ベーシックグリーン4、C.I.ベーシックブルー9、C.I.ベーシックブルー26、C.I.ベーシックバイオレット1、C.I.ベーシックバイオレット3、C.I.ベーシックバイオレット10、直接染料としては、C.I.ダイレクトレッド28、C.I.ダイレクトイエロー44、C.I.ダイレクトブルー86、C.I.ダイレクトブルー87、C.I.ダイレクトバイオレット51、C.I.ダイレクトブラック19、食用色素としては、C.I.フードイエロー3、C.I.フードブラック2などが挙げられる。
【0027】
染料の種類によっては、染料が微生物の養分となり、微生物が増殖するものがあるが、(+)−カテキンを含む抗菌性物質にすることにより、その繁殖を抑制することが可能となる。特に、C.I.アシッドブルー90、C.I.ダイレクトブルー87の染料を用いた場合、微生物の養分となり、微生物が増殖する傾向が強いが、本発明の(+)−カテキンを含む抗菌性物質を用いることで、その増殖を抑制することができる。このように、本発明の筆記具用水性インキ組成物では、従来用いることが制限されていた染料についても使用が可能となり、筆記具用水性インキ組成物としての材料の選択範囲が広がることとなる。
【0028】
(溶媒)
溶媒としては、水、および水と有機溶剤との混合溶媒が挙げられる。水としては、イオン交換水、蒸留水および水道水などの慣用の水を用いることができる。また、水と有機溶剤との混合溶媒を用いる場合、有機溶剤としては、水溶性有機溶剤が好ましく、(i)エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、またはグリセリンなどのグリコール類、(ii)メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、イソプロパノール、イソブタノール、t−ブタノール、プロパギルアルコール、アリルアルコール、3−メチル−1−ブチン−3−オール、エチレングリコールモノメチルエーテルアセタートやその他の高級アルコールなどのアルコール類、および(iii)エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、3−メトキシブタノール、または3−メトキシ−3−メチルブタノールなどのグリコールエーテル類などを用いることができる。なお、有機溶剤の含有率は、溶媒の総質量に対して、20質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
水性インキ組成物における溶媒の含有量は、水性インキ組成物の総質量を基準として、80〜99.9質量%であることが好ましく、90〜99.9質量%であることがより好ましい。
【0030】
(その他)
また、水性インキ組成物は、必要に応じて、インキ物性や機能を向上させる目的で、pH調整剤、保湿剤、防錆剤などの各種添加剤を含んでもよい。ただし、添加剤においても安全性の高い材料を選択することが好ましい。
【0031】
pH調整剤としては、アンモニア、炭酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、酢酸ナトリウムなどの無機塩類、トリエタノールアミンやジエタノールアミンなどの水溶性のアミン化合物などの有機塩基性化合物、乳酸およびクエン酸などが挙げられる。
【0032】
保湿剤としては、前記水溶性有機溶剤の他に尿素、またはソルビットなどが挙げられる。また、防錆剤としては、ベンゾトリアゾールおよびその誘導体、トリルトリアゾール、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト、ジイソプロピルアンモニウムナイトライト、チオ硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸塩、サポニン、またはジアルキルチオ尿素などが挙げられる。
【0033】
また、定着剤などとして、水溶性樹脂や樹脂エマルジョンを添加することもできる。水溶性樹脂としては、アクリル系樹脂、アルキッド樹脂、セルロース誘導体、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどや、樹脂エマルジョンとしては、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、スチレン−ブタジエン系樹脂、ポリエステル系樹脂、酢酸ビニル系樹脂などを含むエマルジョンを添加することができる。
【0034】
さらには、溶剤の浸透性を向上させるフッ素系界面活性剤やノニオン、アニオン、カチオン系界面活性剤、ジメチルポリシロキサンなどの消泡剤を添加することもできる。
【0035】
(水性インキ組成物の製造方法)
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、従来知られている任意の方法により製造することができる。具体的には、前記各成分を必要量配合し、プロペラ攪拌、ホモディスパー、またはホモミキサーなどの各種攪拌機やビーズミルなどの各種分散機などにて混合し、製造することができる。
【0036】
(水性インキ製品)
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、インキ瓶などのインキ保管容器にインキが収容されるような水性インキ製品に用いることができる。保管容器に収容されたインキを、該保管容器から分取して筆記具に詰め替え充填して使用する場合、該インキは、外気に触れる機会が多くなり、その結果、微生物が繁殖する可能性が増加し、保存安定性を保つことが困難になる可能性がある。また、開閉口を有する保管容器に収容されたインキを筆記具に詰め替え充填して使用する場合、該インキが、使用者の皮膚に触れる可能性や乳幼児が誤飲してしまう可能性もある。そのため、インキ瓶などのインキ保管容器にインキが収容されるような水性インキ製品に、本発明の保存安定性や安全性に優れた筆記具用水性インキ組成物を好適に用いることができる。
【0037】
本発明の水性インキ製品に用いるインキ保管容器には、通常のインキ保管用や詰め替え用インキに使用されているインキ保管容器を用いることができる。具体的には、ガラス製のインキ瓶や、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートなど樹脂製の容器などが挙げられる。
【0038】
(筆記具)
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、繊維チップ、フェルトチップ、プラスチックチップまたはボールペンチップなどをペン先としたマーキングペンやボールペン、金属製のペン先を用いた万年筆などの筆記具に用いることができる。
【0039】
本発明の筆記具は、水性インキ組成物を直に充填する構成のものであってもよく、水性インキ組成物を充填することのできるインキ収容体またはインキ吸蔵体を備えるものであってもよい。
【0040】
本発明の筆記具の出没機構は、特に限定されず、ペン先を覆うキャップを備えたキャップ式、ノック式、回転式およびスライド式などが挙げられる。また、軸筒内にペン先を収容可能な出没式であってもよい。
【0041】
また、筆記具におけるインキ供給機構についても特に限定されるものではなく、例えば、(1)繊維束などからなるインキ誘導芯をインキ流量調整部材として備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、(2)櫛溝状のインキ流量調節部材を備え、これを介在させ、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、(3)弁機構によるインキ流量調節部材を備え、水性インキ組成物をペン先に供給する機構、および(4)インキ流量調整部材なしに直接、ペン先に供給する機構などを挙げることができる。
【0042】
本発明の筆記具用水性インキ組成物は、万年筆などの櫛溝状のインキ流量調節部材を介在させ、ペン先にインキを供給する機構を備える筆記具や、マーカーなどの繊維束などからなるインキ誘導芯を備え、ペン先にインキを供給する機構を備える筆記具に有効に利用できる。
このようなインキ供給機構を備える筆記具は、そのインキ供給機構の特徴から、微生物の繁殖などが原因で生じる析出物や凝集物などの異物により、インキ供給路が狭くなって筆跡がかすれたり、インキ供給路が塞がれて筆記不能となったりする可能性が高い。そのため、異物の発生が抑制可能な本発明の筆記具用水性インキ組成物は、櫛溝を利用したインキ供給機構を備える筆記具や毛細管力を利用したインキ供給機構を備える筆記具に使用した場合、良好な筆記性能を得ることができる。
【0043】
特に、万年筆は櫛溝を利用したインキ供給機構であるため、微生物の繁殖などが原因で生じる異物により筆記性能に問題が生じやすい。また、インキ瓶などの保管容器からインキを充填して使用する可能性が高く、該インキが外気に触れる機会や使用者の皮膚に触れる機会が多い。よって、異物の抑制が可能で、かつ安全性や保存安定性の優れた本発明の筆記具用水性インキ組成物は、万年筆用の水性インキ組成物として好適に用いることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
(実施例1)
下記原材料、配合量および方法により、筆記具用水性インキ組成物を得た。
(+)−カテキン 0.03質量%
C.I.アシッドブルー90(着色剤:染料) 0.5質量%
C.I.ダイレクトブルー87(着色剤:染料) 0.5質量%
エチレングリコール(水溶性有機溶剤) 2.0質量%
トリエタノールアミン(pH調整剤) 1.0質量%
イオン交換水 残部
イオン交換水に水溶性有機溶剤、pH調整剤、抗菌性物質を添加し、プロペラ攪拌により混合してベース液を得た。その後、ベース液に着色剤を添加し、プロペラ攪拌により混合して、筆記具用水性インキ組成物を得た。
【0046】
(実施例2)
(+)−カテキンの配合量を0.08質量%とした以外は実施例1と同じ方法で、筆記具用水性インキ組成物を得た。
【0047】
(比較例1)
(+)−カテキンを用いなかった以外は実施例1と同じ方法で、筆記具用水性インキ組成物を得た。
【0048】
(比較例2)
原材料および配合量を下記のように変更した以外は、実施例1と同じ方法で、筆記具用水性インキ組成物を得た。
エピカテキン 0.0005質量%
ガロカテキン 0.0005質量%
エピガロカテキン 0.002質量%
カテキンガラート 0.001質量%
エピカテキンガラート 0.014質量%
ガロカテキンガラート 0.001質量%
エピガロカテキンガラート 0.011質量%
C.I.アシッドブルー90(着色剤:染料) 0.5質量%
C.I.ダイレクトブルー87(着色剤:染料) 0.5質量%
エチレングリコール(水溶性有機溶剤) 2.0質量%
トリエタノールアミン(pH調整剤) 1.0質量%
イオン交換水 残部
【0049】
(比較例3)
原材料および配合量を下記のように変更した以外は、実施例1と同じ方法で、筆記具用水性インキ組成物を得た。
エピカテキン 0.006質量%
ガロカテキン 0.001質量%
エピガロカテキン 0.007質量%
エピカテキンガラート 0.012質量%
ガロカテキンガラート 0.002質量%
エピガロカテキンガラート 0.052質量%
C.I.アシッドブルー90(着色剤:染料) 0.5質量%
C.I.ダイレクトブルー87(着色剤:染料) 0.5質量%
エチレングリコール(水溶性有機溶剤) 2.0質量%
トリエタノールアミン(pH調整剤) 1.0質量%
イオン交換水 残部
【0050】
(抗菌性能試験)
実施例1、実施例2、比較例1〜3の筆記具用水性インキ組成物中に、アスペルギルスsp.(1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン耐性菌)を1mlあたり約1000個になるように接種した。これを試験インキとし、接種直後の試験インキをポテトデキストロース寒天培地による塗抹平板法にて28℃で7日間培養し、残存した菌数から抗菌性能を評価した。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
表1から実施例1、実施例2の水性インキ組成物は、抗菌性能試験において、7日間放置後の残存菌が接種直後と比べて減少しており、良好な抗菌性能を有していた。特に、実施例2の水性インキ組成物は、7日間放置後の残存菌が1%未満となり、特に高い抗菌性能を有していた。このことから、実施例1および実施例2の水性インキ組成物は、析出物や凝集物などの異物の発生が抑制され、かつ、一定期間経過後も物性変化などを起こすことなく、初期と同等の状態を保ち、良好な筆記性能を得ることができた。また、該水性インキ組成物を万年筆に繰返し充填して筆記した際にも、その筆跡は、初期と同じ良好な筆跡が得られた。また、経時後の水性インキ組成物においても、初期と同じ性能が得られ、この水性インキ組成物を用いて筆記した際にも、良好な筆記性能を得ることができた。
【0054】
一方、表2から比較例1の水性インキ組成物は、抗菌性能試験において、抗菌性物質を用いなかったため、7日間放置後まで菌が減少せずそのまま残存した。また、比較例2および比較例3の水性インキ組成物では、7日間放置後の残存菌が接種直後と比べて増加しており、菌の増殖が見られた。このように(+)−カテキンを含まない比較例1〜3の水性インキ組成物においては、抗菌性能が十分ではなかったため、経時後、水性インキ組成物中に異物が発生し、保存安定性が悪いものとなった。この経時後の水性インキ組成物を用いて、万年筆に利用したところ、筆記性能において少なからず菌の影響が見られ、良好な筆記性能を発揮することができなかった。また、該水性インキ組成物を繰返し充填して筆記した際には、最悪の場合、筆記不能となるものが発生した。
【0055】
また、実施例1の水性インキ組成物と比較例2の水性インキ組成物では、カテキン類の総添加量が同等であるにもかかわらず、(+)−カテキンを含む実施例1の水性インキ組成物では、7日間放置後の残存菌が接種直後と比べて減少し、良好な抗菌性能をもつ一方で、比較例2の水性インキ組成物では、残存菌が接種直後より増加し、抗菌性能が不十分であることがわかった。
さらに、実施例2の水性インキ組成物と比較例3の水性インキ組成物では、カテキン類の総添加量が同等であるにもかかわらず、(+)−カテキンを含む実施例2の水性インキ組成物では、7日間放置後の残存菌が1%未満に減少し極めて良好な抗菌効果を発揮する一方で、比較例3の水性インキ組成物では、残存菌が200%以上増加し、特に、抗菌性能が劣ることがわかった。
このように(+)−カテキンは、他のカテキン類と比較して、極めて良好な抗菌効果を有することがわかった。