(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Mg:0.30〜0.80mass%、Si:0.80〜1.40mass%、Mn:0.20〜0.65mass%、Zn:0.44〜0.60mass%、Fe:0.25〜0.40mass%、Cu:0.17〜0.25mass%を含有するとともに下記(1)〜(3)式を満たし、残部Al及び不純物からなるアルミニウム合金からなり、ランクフォード値(r値)の異方性を示すΔrが下記(4)及び(5)式を満たし、溶体化処理の3ヶ月後において、塗装焼付け処理を施した後の耐力が200MPa以上であり、かつ、引張強度から耐力を差し引いた値が110MPa以上であり、JISH7701:2008に基づくヘミング試験における判定基準で規定される評点が0〜2点であることを特徴とするプレス成形性、塗装焼付け硬化性、曲げ性及びリサイクル性に優れた成形加工用アルミニウム合金板。
CSi+CFe+CMn≦2.30 (1)
CSi/CMg<1.60のとき、
{1.60−(CSi/CMg)}/(CMg2)+CFe+CMn≦1.90 (2)
CSi/CMg≧1.60のとき、
{0.1/(CMg2)}+CFe+CMn≦1.70 (3)
−0.50≦Δr≦−0.01 (4)
Δr=1/2(r0°+r90°−2×r45°) (5)
ここで、CSi、CFe、CMn、CMgは、Si、Fe、Mn、Mgの含有量をそれぞれ示し、r0°は、アルミニウム合金板の圧延方向と平行方向のr値、r90°は、アルミニウム合金板の圧延方向と直角方向のr値、r45°は、アルミニウム合金板の圧延方向から45°回転した方向のr値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0012】
1.合金組成
まず、アルミニウム合金板の素材であるアルミニウム合金組成及びその限定理由について説明する。
Mg:
Mgは、Siと共同して強度向上に寄与する。Mg含有量が0.30mass%(以下、単に「%」と記す)未満では、塗装焼付時に析出硬化によって強度向上に寄与するG.P.ゾーンの生成量が少なくなり十分な強度向上が得られない。一方、Mg含有量が0.80%を超えると、粗大なMg−Si系金属間化合物が生成され、プレス成形性、特に曲げ加工性が低下する。更に、Mg添加によるMgの固溶や金属間化合物の形成は集合組織にも影響を及ぼし、上記範囲外においては後述のΔrが本発明で規定する範囲から逸脱する。従って、Mg含有量は0.30〜0.80%とする。Mg含有量は、好ましくは0.40〜0.80%である。
【0013】
Si:
Siは、Mgと共同して強度向上に寄与する。また、Siは鋳造時に金属Siの晶出物として生成され、その金属Si粒子の周囲が加工によって変形されて溶体化処理の際に再結晶核の生成サイトとなるため、再結晶組織の微細化にも寄与する。Si含有量が0.80%未満では上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が1.40%を超えると多数の金属間化合物が生成して、プレス成形性、特に曲げ加工性の低下を招く。更に、Si添加によるSiの固溶や金属間化合物の形成は集合組織にも影響を及ぼし、上記範囲外においては後述のΔrが本発明で規定される範囲から逸脱する。従って、Si含有量は0.80〜1.40%とする。Si含有量は、好ましくは0.80〜1.20%である。
【0014】
Mn:
Mnは強度向上と、結晶粒の微細化及び組織の安定化に効果を発揮する元素である。Mn含有量が0.20%以上とすることで、上記の効果を十分に得ることができる。また、Mn含有量を0.65%以下とすることで、上記の効果を十分に維持しつつ、多数の金属間化合物の生成による成形性、特に曲げ加工性への悪影響を抑制することができる。更に、Mn添加による金属間化合物の形成は集合組織にも影響を及ぼし、Mn含有量を上記範囲内とすることによって、後述のΔrを本発明で規定される範囲とすることができる。従って、Mn含有量は0.20〜0.65%とする。Mn含有量は、好ましくは0.30〜0.60%である。
【0015】
Zn:
Znは時効性向上を通じて強度向上に寄与するとともに、表面処理性の向上に有効な元素である。Zn含有が0.44%以上とすることで、上記の効果を十分に得ることができる。また、Zn含有量を0.60%以下とすることで、成形性の低下を抑制することができる。更に、Zn添加によるZnの固溶は集合組織にも影響を及ぼし、Zn含有量を上記範囲内とすることによって、後述のΔrを本発明で規定される範囲とすることができる。従って、Zn含有量は0.44〜0.60%とする。
【0016】
Fe:
Feは、強度向上と結晶粒微細化に有効な元素である。Fe含有量が0.25%以上とすることで、上記の効果を十分に得ることができる。また、Fe含有量を0.40%以下とすることで、多数の金属間化合物の生成によるプレス成形性及び曲げ加工性の低下を抑制することができる。更に、Fe添加によるFeの固溶や金属間化合物の形成は集合組織にも影響を及ぼし、Fe含有量を上記範囲内とすることによって、後述のΔrを本発明で規定される範囲とすることができる。従って、Fe含有量は0.25〜0.40%とする。Fe含有量は、好ましくは0.25〜0.35%である。
【0017】
Cu:
Cuは、強度向上と成形性向上に有効な元素である。Cu含有量が0.17%未満では、上記の効果を十分に得ることができない。一方、Cu含有量が0.25%を超えると曲げ性が損なわれる。更に、Cu添加によるCuの固溶や金属間化合物の形成は集合組織にも影響を及ぼし、Cu含有量を上記範囲内とすることによって、後述のΔrを本発明で規定する範囲とすることができる。従って、Cu含有量は0.17〜0.25%とする。
【0018】
また、強度向上や、結晶粒の微細化と組織の安定化を目的として、Cr、Zr及びVから選択される1種以上を添加してもよい。Cr、Zr、Vの各含有量は、0.01〜0.40%とするのが好ましい。これら各含有量を0.01%以上とすることで、上記の効果を十分に得ることができる。また、これら各含有量を0.40%以下とすることで、上記の効果を十分に維持しつつ、多数の金属間化合物の生成による成形性、特に曲げ加工性への悪影響を抑制することができる。従って、これら各含有量は0.01〜0.40%とするのが好ましく、0.01〜0.20%とするのがより好ましい。
【0019】
更に、鋳塊組織の微細化を通じて最終板の強度向上、肌荒れ防止、耐リジング性向上を目的としてTiを添加してもよい。Ti含有量は、0.005〜0.300%とするのが好ましい。Ti含有量を0.005%以上とすることで、上記の効果を十分に得ることができる。また、Ti含有量を0.300%以下とすることで、上記の効果を十分に維持しつつ、粗大な晶出物の生成を抑制することができる。従って、Ti含有量は0.005〜0.300%とするのが好ましく、0.005〜0.100%とするのがより好ましい。なお、TiとともにBを添加してもよく、これにより鋳塊組織の微細化と安定化の効果が一層顕著となる。上記含有量のTiとともにBを添加する場合におけるBの含有量は、1〜500ppm、好ましくは1〜200ppmである。1ppm未満では上記一層の顕著な効果が得られず、500ppmを超えると粗大な晶出物が形成してしまう。
【0020】
また、高温時効促進元素又は室温時効抑制元素であるAg、In、Cd、Be及びSnの1種以上を微量添加してもよい。その場合には、これら元素の各含有量が0.3%以下、全体でも1.0%以下であれば、他の特性が損なわれることはない。また、鋳塊組織の微細化にはScを微量添加してもよい。その場合には、Sc含有量が0.01〜0.20%であれば本発明の効果が損なわれることはない。なお、以上挙げた元素の他に不純物として、Ni、Bi等を各々0.05%以下、全体として0.15%以下含有していてもよい。
【0021】
2.アルミニウム合金における含有量の関係
次に、アルミニウム合金における含有量の関係を、下記の(1)〜(3)式に基づいて説明する。
CSi+CFe+CMn≦2.30 (1)
CSi/CMg<1.60のとき、
{1.60−(CSi/CMg)}/(CMg
2+CFe+CMn)≦1.90 (2)
CSi/CMg≧1.60のとき、
{0.1/(CMg
2)}+CFe+CMn)≦1.70 (3)
ここで、CSi、CFe、CMn及びCMgは、アルミニウム合金中のSi、Fe、Mn及びMgの含有量をそれぞれ示す。
【0022】
まず、(1)式は良好な曲げ加工性を確保する観点から規定した式である。Si、Fe、Mnは粗大な金属間化合物の形成に特に寄与する元素であり、上記の各添加元素の説明でも各々上限が設定されるが、3者の総和についても規制する必要がある。3者の総和を2.3(%)以下とすることによって、例えば、自動車ボディパネル等の利用に適した良好な曲げ加工性が確保される。なお、式(1)は、Si、Fe及びMnの含有量の和と曲げ加工性の実験的関係から得られるものである。
【0023】
次に、(2)、(3)式は塗装焼付け処理後の耐力を確保する観点から規定した式である。SiとMgは塗装焼付時の析出によって大きな強度向上に寄与する元素であるが、Fe、Mnと金属間化合物を形成し易い。その結果、強度向上に寄与するSi、Mgがこの金属間化合物の形成に消費されるため、Fe、Mnの添加に伴い強度向上効果が減少する。(2)式は、アルミニウム合金中のMg含有量に対するSi含有量の比が1.60未満の場合を規定し、(3)式は、アルミニウム合金中のMg含有量に対するSi含有量の比が1.60以上の場合を規定する。上述した各元素範囲を満たすとともに、Si、Mg、Fe、Mnの添加量が上記(2)、(3)式を満足することで、例えば、自動車ボディパネル等の利用に適した塗装焼付け後の耐力を得ることができる。ここで、(2)式と(3)式は、上記のようにCSi/CMgを場合分けし、各場合におけるSi、Mg、Fe及びMnの含有量と良好な塗装焼付け後耐力との実験で得られる関係を数値解析によって求めたものである。
【0024】
3.アルミニウム合金板の製造方法
次に、本発明に係る成形加工用アルミニウム合金板の製造方法について説明する。
【0025】
まず、前述のような合金組成を有するアルミニウム合金を常法に従って溶製し、溶湯を鋳造することで鋳塊を作製する。得られた鋳塊に対し、均質化処理、熱間圧延、中間焼鈍、冷間圧延、溶体化処理、安定化処理をこの順序で行う。本発明にて規定する材料特性を満足するための、各工程の好ましい条件を以下に説明する。
【0026】
鋳造工程:
鋳造工程では、DC鋳造法等の通常の鋳造法によって溶湯を鋳造して鋳塊を得る。
【0027】
均質化処理工程:
均質化処理は、添加元素の偏析をなくすことが主目的である。均質化処理温度は、480℃以上融点未満とするのが好ましい。均質化処理の温度が480℃未満では、偏析をなくす効果が十分に得られない。一方、処理温度が融点以上では、共晶融解が発生する。均質化処理の時間は添加元素量にもよるが、上記温度範囲内にて20分〜24時間とするのが好ましい。処理時間が20分未満の場合は十分に偏析をなくすことが困難となる場合がある。一方、処理時間が24時間を超える場合は製造コストが増加する。
【0028】
熱間圧延工程:
続く熱間圧延工程では、開始温度を450〜融点未満℃とするのが好ましい。開始温度が450℃未満では、変形抵抗が増加し生産効率が低下する。一方、開始温度が融点以上では、共晶融解が発生する。また、熱間圧延の終了温度は、200〜400℃とするのが好ましい。終了温度が200℃未満では、変形抵抗が増加し生産効率が低下する。一方、終了温度が400℃を超えると、析出物の粗大化が起こりその後の工程での溶体化が困難となる。
【0029】
中間焼鈍工程:
続く中間焼鈍は、添加元素の溶体化と再結晶を目的とする。中間焼鈍の保持温度は、480℃以上融点未満とするのが好ましい。この工程は、Mg
2Si、単体Si等をマトリックス中に固溶させ、これにより焼付硬化性を付与して塗装焼付後の強度向上を図るために重要である。また、この工程は、Mg
2Si、単体Si粒子等の固溶により第2相粒子の分布密度を低下させて、延性と曲げ性の向上にも寄与する。更に、この工程は、これに続く冷間圧延工程と溶体化処理工程とともに最終的に所要の結晶組織を得て、良好な成形性を得るためにも重要である。
【0030】
中間焼鈍の保持温度が480℃未満では、上記各効果が十分に得られない場合がある。一方、処理温度が融点以上では、共晶融解が起こる恐れがある。中間焼鈍の保持時間は、5分以下とするのが好ましい。保持時間が5分を超えると、生産性に欠ける。また、中間焼鈍の冷却中にMg
2Si、単体Si等が粒界に多量に析出することを防止するため、100℃/分以上の冷却速度で、保持温度から150℃以下の温度域まで冷却(焼入れ)するのが好ましい。なお、この中間焼鈍工程とその前工程である熱間圧延の間に、必要に応じて冷間圧延工程を設けてもよい。
【0031】
冷間圧延工程:
続く冷間圧延工程により、熱間圧延板を所望の板厚まで常法で圧延される。冷間圧延率を大きくすることで、結晶粒径が微細化し、曲げ性の改善や肌荒れ防止に効果を発揮するので、冷間圧延率は25%以上とするのが好ましい。金属組織制御の観点からは、冷間圧延率の上限を制限する積極的な理由はないが、冷間圧延率を過度に大きくする場合、生産性の低下を招くため冷間圧延率は90%以下とするのが好ましい。また、最終的に後述する所望のΔrとなる結晶組織を安定して得る上においても、冷間圧延率を上記範囲にするのが望ましい。
【0032】
溶体化処理工程:
冷間圧延終了後は、冷間圧延板に溶体化処理を施す。溶体化処理の目的は中間焼鈍と同様であり、添加元素の固溶と再結晶化にある。また、この溶体化処理中の再結晶をもって最終的な結晶組織が決定される。溶体化処理温度は、480℃以上、好ましくは490℃以上で融点未満とする。溶体化処理温度が480℃未満の場合、室温時効の経時変化の抑制に対しては有利であるが、固溶量が少なくなって十分な焼付硬化性が得られなくなるとともに、延性と曲げ性も著しく悪化する。一方、溶体化中の共晶融解の発生を抑制するため融点未満とする。また、溶体化処理の保持時間は5分以下とするのが好ましい。保持時間が5分を超えると、生産性の低下を招く。更に、溶体化処理の保持後における冷却中にMg
2Siや単体Si等が粒界に多量に析出することを防止するため、100℃/分以上の冷却速度で、保持温度から150℃以下の温度域まで冷却(焼入れ)するのが好ましい。なお、後述する実施例中にある溶体化処理の保持時間0秒とは、溶体化処理温度に到達後、直ちに冷却を行うことを意味する。
【0033】
安定化処理工程:
溶体化処理工程の終了後1時間以内に、圧延板を80〜120℃の温度で1時間以上加熱保持する安定化処理を行う必要がある。この安定化処理は、塗装焼付け時に強度向上に寄与するG.P.ゾーンに移行し易いクラスターIIと言われる原子群を形成することを目的としており、塗装焼付け後の強度確保のために必要な処理である。溶体化処理工程の終了後1時間を超えて80℃未満の温度域に保持された場合、クラスターIIと競合して塗装焼付け時の強度向上を妨げるクラスターIが形成されるため、塗装焼付け後の強度が不足する。一方、加熱保持温度が120℃を超える場合には、クラスターIIが過度に成長して曲げ加工性や成形性が低下する。更に、加熱保持時間が1時間未満の場合には、クラスターIIの形成が不十分となり塗装焼付け後の強度が不足する。なお、加熱保持時間の上限は特に限定されるものではないが、生産効率の観点から24時間以内とするのが好ましい。
【0034】
4.Δr
次に、アルミニウム合金におけるΔrを下記の(4)、(5)式に基づいて説明する。
−0.50≦Δr≦−0.01 (4)
Δr=1/2(r0°+r90°−2×r45°) (5)
ここで、r0°は、アルミニウム合金板の圧延方向と平行方向のランクフォード値(r値)、r90°は、アルミニウム合金板の圧延方向と直角方向のr値、r45°は、アルミニウム合金板の圧延方向から45°回転した方向のr値を示す。
【0035】
r値は、引張試験片に所定量、例えば15%の引張変形を付与した場合における板幅方向の対数歪と板厚方向の対数歪との比、すなわち、r=(板幅方向の対数歪)/(板厚方向の対数歪)として定義される。また、Δrはr値の異方性を示す指標である。
【0036】
アルミニウム合金の主方位はCube方位{001}<100>であり、Cube方位が発達するとr0°、r90°に比べr45°の値が低くなる傾向がある。その結果、上記(5)式からも分かるように、アルミニウム合金ではΔrが正の値となるのが一般的である。本発明によれば、上述した様に合金組成と製造方法を限定することにより、Δrが正の値とはならない通常とは態様が異なる結晶組織を安定して得ることができる。このように、Δrを本発明で規定する範囲とすることで成形性の改善効果が得られ、不純物元素の増加による成形性の低下を相殺することが本発明の一つの特徴となっている。
【0037】
なお、例えば自動車ボディパネル用のアルミニウム合金板において、r値の向上により成形性を改善する技術は既に公知であるが、合金組成と製造工程を厳密に規定することにより、例えばr値の制御に効果的な異周速圧延等の特殊な塑性加工を施すことなく、Δrが負の値(r値の向上ではない)となる結晶組織を有するアルミニウム合金板が得られ、成形性の改善効果が得られることは、本発明者らが初めて見出したものである。
【0038】
5.塗装焼付け後の耐力
例えば自動車ボディパネル等では、成形後の塗装焼付け処理中において析出硬化により強度が向上する。塗装焼付けの条件にもよるが、その強度向上効果は経時の初期で最も大きく、経時に伴い減少していく傾向がある。本発明では、自動車ボディパネル向けのアルミニウム板での一般的な使用を想定し、溶体化処理の100日後において、塗装焼付け処理を施した後の耐力が200MPa以上と規定する。この条件を満足することで、実際の工業規模での生産に耐え得る材料となる。本発明においては、合金組成の限定及び製造方法のうち特に溶体化処理と安定化処理を制御することにより、この塗装焼付け処理後の耐力の特徴を確保している。なお、本発明では、180℃で1時間保持を塗装焼付け条件とした。
【0039】
6.引張強度―耐力
引張強度−耐力、すなわち、引張強度から耐力を差し引いた値は成形性の指標の一つとして用いられており、この数値が高い材料は、成形時の材料流入量が増加し成形性が改善される。本発明においては、この引張強度−耐力を110MPa以上に規定する。なお、この引張強度−耐力は、120MPa以上とするのがより好ましい。本発明では、合金組成の限定、ならびに、製造方法のうち特に溶体化処理条件を制御することにより、引張強度から耐力を差し引いた値が110MPa以上となることを確保している。
【実施例】
【0040】
以下に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は、本発明の効果を説明するためのものであり、実施例記載のプロセス及び条件が本発明の技術的範囲を制限するものではない。
【0041】
まず、表1に示す本発明の成分組成範囲内の合金A1〜A6と、本発明の成分組成範囲外のB1〜B6をそれぞれ常法に従って溶製し、DC鋳造法によりスラブに鋳造した。
【0042】
【表1】
【0043】
得られた各スラブに対して、540℃で10時間の均質化処理を行い室温まで冷却した後に再加熱し、開始温度530℃で終了温度250℃で熱間圧延を実施し厚さ3mmの圧延板を得た。得られた熱間圧延板に、2mm厚さとなるまで冷間圧延を施した。次いで、冷間圧延板を塩浴炉中において530℃で5秒保持して中間焼鈍を行い、ファンを用いて300℃/分の冷却速度で保持温度から室温まで強制空冷した。次いで、冷間圧延によって板厚1mmとしてから、溶体化処理を行なった後にファンを用いて300℃/分の冷却速度で溶体化処理温度から室温まで強制空冷した。次いで、強制空冷した圧延板に安定化処理を施して最終板を得た。なお、溶体化処理及び安定化処理については、表2に示す条件で実施した。
【0044】
【表2】
【0045】
得られたアルミニウム合金最終板のうち本発明で規定する範囲内である発明例1〜11と、本発明で規定する範囲外の比較例12〜23について、以下に示す方法で各特性を評価した。評価結果を併せて表2に示す。また、表2には上述の(1)〜(3)式の左辺の計算結果、ならびに、(2)及び(3)式に関係するSi/Mgの値についても併せて示す。
【0046】
溶体化処理の100日後において塗装焼付け処理を施した後の耐力(100日後BHYS):
上述のようにして作製した最終板を室温で100日経時させた後、圧延方向に対して90°方向のJIS5号試験片を採取し、180℃で1時間の塗装焼付けを模擬した熱処理を行った。この熱処理後に、JISZ2241に基づく室温引張試験を行い塗装焼付け処理後の耐力を測定した。
【0047】
溶体化処理の100日後における<引張強度−耐力>(100日後TS−YS)
上述のようにして作製した最終板を室温で100日経時させた後、圧延方向に対して90°方向のJIS5号試験片を採取し、JISZ2241に基づく室温引張試験を行い引張強度(TS)と耐力(YS)を測定し、その差を求めた。
【0048】
Δr:
上述のようにして作製した最終板から、圧延方向に対して0°、45°、90°の3方向からJIS5号試験片を採取し、公称ひずみ0%及び15%のときの伸び、幅変位より3方向の各r値を測定した後、(5)式に従ってΔrを求めた。
【0049】
成形性(プレス成形性):
プレス成形性としての成形性の評価として張出高さと限界絞り比を測定した。
張出高さは、上述のようにして作製した最終板に日東電工株式会社製の樹脂フィルム(SPV−224)を貼り付けた後、潤滑材としてカストロール製No.700を塗布し、しわ押さえ力15tonの条件でφ100mm球頭張出試験を行なって測定した。張出高さが34mm以上の場合を合格とし、34mm未満を不合格とした。
限界絞り比は、上述のようにして作製した最終板をφ60〜70mmの円板に加工した後、潤滑材としてカストロール製No.700を塗布し、しわ押さえ力150kgの条件でφ32mmのポンチにて絞り試験を行った。限界絞り比は、「絞り可能であった最大サンプル径」/「ポンチ径の比」として求めた。限界絞り比が1.95以上の場合を合格とし、1.95未満を不合格とした。
【0050】
曲げ性:
上述のようにして作製した最終板を室温で100日経時させた後、圧延方向に対して90°方向のJIS5号試験片を採取し、JISH7701
:2008に基づくヘミング試験を実施した。なお、予歪は8%、プリヘミング時のポンチ先端半径は0.5mm、本ヘミング時の中板の厚さは1.0mmとした。ヘミング試験後は外周部表面の観察を行い、
外周部表面におけるJISH7701
:2008の判定基準で規定される評点が0〜2点
のものを合格(○)とし、3〜4点
のものを不合格(×)と判定した。
【0051】
合金組成及び製造条件が本発明で規定する範囲内である発明例1〜11では、不純物元素を多量に含有する合金組成でありながら、溶体化処理の100日後において塗装焼付け処理を施した際の耐力と、溶体化処理の100日後における「引張強度―耐力」の値が高く、Δrが負であるために張出高さ・限界絞り比も高く、更に、曲げ性も良好であり、例えば自動車ボディシートやボディパネルのような、プレス成形、塗装焼付け硬化、曲げを施される部材・部品等の素材として好適であった。
【0052】
これに対して、本発明で規定する範囲外である比較例12〜23では、溶体化処理の100日後において塗装焼付け処理を施した際の耐力、溶体化処理の100日後における「引張強度―耐力」、張出高さ・限界絞り比の少なくとも一つ以上の特性が不良であり、例えば自動車ボディパネル等で要求される高い材料特性を確保できなかった。
【0053】
具体的には、比較例12では、溶体化処理温度が低かったため、100日後BHYS、100日後TS−YS、成形性(以下、「プレス成形性」と記す)が不合格であった。
【0054】
比較例13では、溶体化処理から安定化処理開始までの時間が長かったため、100日後BHYSが不合格であった。
【0055】
比較例14では、安定化処理の保持時間が短かったため、100日後BHYSが不合格であった。
【0056】
比較例15では、安定化処理の温度が高かったため、プレス成形性、曲げ性が不合格であった。
【0057】
比較例16、17では、アルミニウム合金組成においてSi、Mg、Fe、Mnの関係が(2)式を満たさないため、100日後BHYS、100日後TS−YSが不合格であった。
【0058】
比較例18では、アルミニウム合金組成においてMg、Fe、Mnの関係が(3)式を満たさないため、100日後BHYSが不合格であった。
【0059】
比較例19では、アルミニウム合金組成においてSi、Fe、Mnの関係が(1)式を満たさないため曲げ性が不合格であった。
【0060】
比較例20、21では、アルミニウム合金組成においてSi、Fe、Cu、Znが本発明で規定する範囲を外れたため(5)式による(4)式を満たさず、100日後TS−YS、プレス成形性、曲げ性が不合格であった。
【0061】
比較例22では、アルミニウム合金組成においてSi、Mg、Mn、Znが本発明で規定する範囲を外れたため(3)式、(4)式が満たされず、100日後BHYS、100日後TS−YS、プレス成形性、曲げ性が不合格であった。
【0062】
比較例23では、アルミニウム合金組成においてMg、Mn、Fe、Cuが本発明で規定する範囲を外れたためであったため(4)式が満たされず、プレス成形性、曲げ性が不合格であった。