(54)【発明の名称】耐糸錆性、塗装焼付け硬化性及び加工性に優れた自動車ボディパネル用アルミニウム合金板及びその製造方法、ならびに、これを用いた自動車ボディパネル及びその製造方法
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Mg:0.30〜0.80mass%、Si:0.80〜1.40mass%、Mn:0.20〜0.65mass%、Zn:0.44〜0.60mass%、Fe:0.25〜0.40mass%、Cu:0.17〜0.25mass%を含有し、残部Al及び不純物からなるアルミニウム合金からなり、溶体化処理の100日後において、伸びが23%以上であり、塗装焼付け処理を施した後の耐力が200MPa以上であり、更に、JISH7701:2008に基づくヘミング試験における判定基準で規定される評点が0〜2点である自動車ボディパネル用アルミニウム合金板を一部に又は全てに用いて塗装焼付けされており、前記アルミニウム合金板の表層から板厚方向に沿って0.5〜5.0μmの厚さを有する機械加工層が形成されており、当該機械加工層におけるSi系金属間化合物及びAl−Cu系金属間化合物の数密度が2個/μm2以下であることを特徴とする耐糸錆性及びリサイクル性に優れた自動車ボディパネル。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.自動車ボディパネル用アルミニウム合金板
1−1.合金組成
本発明に係る自動車用ボディパネル用アルミニウム合金板(以下において場合により、単に「アルミニウム合金板」と記す)の合金組成について、以下に説明する。
本発明に係るアルミニウム合金板は、Mg:0.30〜0.80mass%(以下、単に「%」と記す)、Si:0.80〜1.40%、Mn:0.20〜0.65%、Zn:0.44〜0.60%、Fe:0.25〜0.40%、Cu:0.17〜0.25%を含有し、残部Al及び不純物からなるアルミニウム合金からなる。バフ研磨後に実施される塗装工程後の焼付け工程での加熱処理(以下場合により、単に「バフ研磨後の加熱処理」と記す)により、バフ研磨により形成される機械加工層におけるSi系金属間化合物やAl−Cu系金属間化合物の析出を抑制するものである。
【0014】
Si及びCuがマトリクス中に固溶している場合、マトリクスの孔食電位を貴化させる。Siを主とするSi系金属間化合物やCuを含有するAl−Cu系金属間化合物が析出することは、マトリクス中におけるSiおよびCuの固溶量が減少することを意味する。そのため、これら析出物の周囲における孔食電位を卑化させて耐糸錆性の低下を招く。そこで、バフ研磨後の加熱処理によって、Si系金属間化合物やAl−Cu系金属間化合物の析出を抑制することで、耐糸錆性の低下を抑制可能とするものである。
【0015】
Mg:
Mgはバフ研磨を実施する前において、Siと共にMg−Si系金属間化合物を形成し、マトリクス中のSi固溶量を低下させる。マトリクス中のSi固溶量の低下は、バフ研磨後の加熱処理によるSi系金属間化合物の析出を一層抑制するため、結果的にMgの添加は耐糸錆性の向上に寄与する。一方、Mgのマトリクス中への固溶はマトリクスの孔食電位を卑下させ、バフ研磨の有無に関わらず耐糸錆性を低下させる。Mg含有量が0.30%未満では、Mg−Si系金属間化合物の析出量が不十分となる。その結果、バフ研磨後の加熱処理によるSi系金属間化合物の析出が十分に抑制されず、耐糸錆性が低下する。一方、Mg含有量が0.80%を超えると、マトリクスにMgが固溶する効果が大きくなり、耐糸錆性の低下を招くと共に曲げ加工性も低下させる。Mg含有量は、好ましくは0.40〜0.80%である。
【0016】
Si:
上述のように、Siは、バフ研磨によって生じた機械加工層にSi系金属間化合物として析出して耐糸錆性を低下させる。しかしながら、Si含有量が0.80%未満の場合には、材料強度が低下する。一方、Si含有量が1.40%を超える場合には、バフ研磨後の加熱処理によりSi系金属間化合物の析出が多くなり、その結果、耐糸錆性を低下させる。Si含有量は、好ましくは0.80〜1.20%である。
【0017】
Mn:
Mnはバフ研磨を実施する前において、Siと共にAl−Mn−Si系金属間化合物を形成し、マトリクス中のSi固溶量を低下させる。マトリクス中のSi固溶量の低下は、バフ研磨後の加熱処理によるAl−Si系金属間化合物の析出を一層抑制するため、結果的にMnの添加は耐糸錆性の向上に寄与する。Mn含有量が0.20%未満では、Al−Mn−Si系金属間化合物の析出量が不十分となる。その結果、バフ研磨後の加熱処理によるAl−Si系金属間化合物の析出が十分に抑制されず、耐糸錆性が低下する。一方、Mn含有量が0.65%を超えると、多数の金属間化合物の生成により曲げ加工性が低下する。Mn含有量は、好ましくは0.30〜0.60%である。
【0018】
Zn:
Znはバフ研磨後の加熱処理によって、析出するSi系金属間化合物中やAl−Cu系金属間化合物中に固溶する。析出したSi系金属間化合物中やAl−Cu系金属間化合物中へのZnの固溶は、それらの析出物周辺における孔食電位を貴化させるため、バフ研磨後の加熱処理前後で耐糸錆性を低下させない。一方、Znのマトリクス中への固溶はマトリクスの孔食電位を卑化させ、バフ研磨の有無に関わらず耐糸錆性を低下させる。Zn含有量が0.44%未満では、析出したSi系金属間化合物中やAl−Cu系金属間化合物中へのZnの固溶量が不十分となり、バフ研磨後の加熱処理後の耐糸錆性の低下を招く。一方、Zn含有量が0.60%を超えると、マトリクス中の孔食電位の卑化効果が大きくなり、耐糸錆性が低下する。
【0019】
Fe:
Feはバフ研磨を実施する前において、Siと共にAl−Fe−Si系金属間化合物を形成し、マトリクス中のSi固溶量を低下させる。マトリクス中のSi固溶量の低下は、バフ研磨後の加熱処理によるAl−Si系金属間化合物の析出を一層抑制するため、結果的にFeの添加は耐糸錆性の向上に寄与する。Fe含有量が0.25%未満では、Al−Fe−Si系金属間化合物の析出量が不十分となる。その結果、バフ研磨後の加熱処理によるAl−Si系金属間化合物の析出が十分に抑制されず、耐糸錆性が低下する。一方、Fe含有量が0.40%を超えると、多数の金属間化合物の生成により曲げ加工性が低下する。Fe含有量は、好ましくは0.25〜0.35%である。
【0020】
Cu:
Cuは加熱処理により、バフ研磨によって生じた機械加工層にAl−Cu系金属間化合物として析出し、耐糸錆性を低下させる。Cu含有量が0.17%未満の場合には、曲げ加工性が低下する。一方、Cu含有量が0.25%を超える場合には、バフ研磨後の加熱処理によりAl−Cu系金属間化合物の析出が多くなり、その結果、耐糸錆性を低下させる。
【0021】
本発明に係るアルミニウム合金板においては、上記各元素の他に不純物として、Ni、Bi等からなる1種以上を各々0.05%以下、全体として0.15%以下含有していてもよい。
【0022】
1−2.機械的特性
機械的特性として、アルミニウム合金板製造から100日後における特性を挙げた。すなわち、塗装焼付け性を示す塗装焼付け処理後の耐力、ならびに、加工性として、プレス加工性に影響を及ぼす伸びと曲げ加工性に影響を及ぼすJISH7701に基づくヘミング試験によって評価するものである。
【0023】
塗装焼付け処理後の耐力:
自動車ボディパネル等では、成形後の塗装焼付け処理中に析出硬化し強度向上する。本発明では、自動車ボディパネル向けのアルミニウム板材の一般的な使用を想定し、溶体化100日後において、塗装焼付け処理後の耐力を200MPa以上と規定する。この耐力が200MPa未満では、強度不足となり自動車ボディパネルに適さない。
【0024】
伸び:
更に、アルミニウム板材から自動車ボディパネルに成形する際には、材料の伸びが必要であり、自動車ボディパネル向けのアルミニウム板材での一般的な使用を想定し、溶体化100日後における伸びを23%以上と規定する。この伸びが23%未満では、成形性は不足となる。
【0025】
曲げ性
更に、アルミニウム板材から自動車ボディパネルに成形する際には、材料の曲げ性も必要である。本発明では、自動車ボディパネル向けのアルミニウム板材の一般的な使用を想定し、溶体化処理100日後において、圧延方向に対して90°方向のJIS5号試験片を用いたJISH7701
:2008に基づくヘミング試験に
おける判定基準で規定される評点を0〜2点と規定する。この
評点が2点を超える場合には、曲げ性が不足する。なお、この
評点は少ない程好ましく、0点が最も好ましい。
【0026】
1−3.製造方法
次に、本発明に係る自動車ボディパネル用アルミニウム合金板の製造方法について説明する。
【0027】
まず、前述のような合金組成を有するアルミニウム合金を常法に従って溶製し、溶湯を鋳造することで鋳塊を作製する。得られた鋳塊に対し、均質化処理、熱間圧延、中間焼鈍、冷間圧延、溶体化処理、安定化処理をこの順序で行う。本発明にて規定する材料特性を満足するための、各工程の好ましい条件を以下に説明する。
【0028】
鋳造工程:
鋳造工程では、DC鋳造法等の通常の鋳造法によって溶湯を鋳造して鋳塊を得る。
【0029】
均質化処理工程:
均質化処理は、添加元素の偏析をなくすことが主目的である。均質化処理温度は、480℃以上融点未満とするのが好まし。この処理温度が480℃未満では、偏析をなくす効果が十分に得られない。一方、処理温度が融点以上では、共晶融解の発生の抑制が困難となる。また、均質化処理の時間は添加元素量にもよるが、上記温度範囲内にて20分〜24時間とするのが好まし。処理時間が20分未満の場合は十分に偏析をなくすことが困難となる場合がある。一方、処理時間が24時間を超える場合は製造コストが増加する。
【0030】
熱間圧延工程:
続く熱間圧延工程では、開始温度を450〜融点とするのが好ましい。450℃未満では、変形抵抗が増加し生産効率が低下する。一方、開始温度が融点以上では、共晶融解が発生する。また、熱間圧延の終了温度は、200〜400℃とするのが好ましい。終了温度が200℃未満では、変形抵抗が増加し生産効率が低下する。一方、終了温度が400℃を超えると、析出物の粗大化が起こりその後の工程での溶体化が困難となる。
【0031】
中間焼鈍工程:
続く中間焼鈍は、添加元素の溶体化と再結晶を目的とする。中間焼鈍の保持温度は、480℃以上融点未満とするのが好ましい。この工程は、Mg
2Si、Si系化合物等をマトリックス中に固溶させ、これにより焼付硬化性を付与して塗装焼付後の強度向上を図るために重要である。また、この工程は、Mg
2Si、Si系化合物等の固溶により第2相粒子の分布密度を低下させて、延性と曲げ性の向上にも寄与する。更に、この工程は、これに続く冷間圧延工程と溶体化処理工程とともに最終的に所要の結晶組織を得て、良好な成形性を得るためにも重要である。
【0032】
中間焼鈍の保持温度が480℃未満では、上記各効果が十分に得られない場合がある。一方、処理温度が融点以上では、共晶融解が起こる虞がある。中間焼鈍の保持時間は、5分以下とするのが好ましい。保持時間が5分を超えると、生産性に欠ける。また、中間焼鈍の冷却中にMg
2Si、Si系化合物等が粒界に多量に析出することを防止するため、100℃/分以上の冷却速度で、保持温度から150℃以下の温度域まで冷却(焼入れ)するのが好ましい。なお、この中間焼鈍工程とその前工程である熱間圧延の間に、必要に応じて冷間圧延工程を設けてもよい。
【0033】
冷間圧延工程:
続く冷間圧延工程により、熱間圧延板を所望の板厚まで常法で圧延される。冷間圧延率を大きくすることで、結晶粒径が微細化し、曲げ性の改善や肌荒れ防止に効果を発揮するので、冷間圧延率は25%以上とするのが好ましい。金属組織制御の観点からは、冷間圧延率の上限を制限する積極的な理由はないが、冷延率を過度の大きくする場合、生産性の低下を招くため冷間圧延率は90%以下とするのが好ましい。また、所望のΔr(ランクフォード値の異方向性を示すもの)となる結晶組織を安定して得る上においても、冷間圧延率を上記のようにするのが望ましい。
【0034】
溶体化処理工程:
冷間圧延終了後は、冷間圧延板に溶体化処理を施す。溶体化処理の目的は中間焼鈍と同様であり、添加元素の固溶と再結晶化にある。また、この溶体化処理中の再結晶をもって最終的な結晶組織が決定される。溶体化処理温度は、480℃以上、好ましくは490℃以上で融点未満とする。溶体化処理温度が480℃未満の場合、室温時効の経時変化の抑制に対しては有利であるが、固溶量が少なくなって十分な焼付硬化性が得られなくなるとともに、延性と曲げ性も著しく悪化する。一方、溶体化中の共晶融解の発生を抑制するため融点未満とする。また、溶体化処理の保持時間は5分以下とするのが好ましい。保持時間が5分を超えると、生産性の低下を招く。更に、溶体化処理の保持後における冷却中にMg
2Siや単体Si等が粒界に多量に析出することを防止するため、100℃/分以上の冷却速度で、保持温度から150℃以下の温度域まで冷却(焼入れ)するのが好ましい。
【0035】
安定化処理工程:
溶体化処理工程の終了後1時間以内に、圧延板を80〜120℃の温度で1時間以上、加熱保持する安定化処理を行う必要がある。この安定化処理は、塗装焼付け時に強度向上に寄与するG.P.ゾーンに移行し易いクラスターIIと言われる原子群を形成することを目的としており、塗装焼付け後の強度確保のために必要な処理である。溶体化処理工程の終了後1時間を超える場合や80℃未満の温度で加熱保持した場合には、クラスターIIと競合して塗装焼付け時の強度向上を妨げるクラスターIが形成されるため、塗装焼付け後の強度が不足する。一方、加熱保持温度が120℃を超える場合には、クラスターIIが過度に成長して曲げ加工性や成形性が低下する。更に、加熱保持時間が1時間未満の場合には、クラスターIIの形成が不十分となり塗装焼付け後の強度が不足する。なお、加熱保持時間の上限は特に限定されるものではないが、生産効率の観点から24時間以内とするのが好ましい。
【0036】
2.自動車ボディパネル
次に、本発明に係るアルミニウム合金板を用いて製造される自動車ボディパネルについて説明する。
【0037】
2−1.アルミニウム合金板の表層組織
アルミニウム合金板のプレス成形時や組み立て加工時に生じた自動車ボディパネル(以下において場合により、単に「ボディパネル」と記す)上の疵などを見え難くするために、バフ研磨が実施される。バフ研磨は、ボディパネルのアルミニウム合金板の表層に機械加工層をもたらす。機械加工層は歪を蓄積しており、この歪はバフ研磨後の加熱処理におけるSi系金属間化合物やAl−Cu系金属間化合物の析出に対する駆動力となる。Si系金属間化合物やAl−Cu系金属間化合物が析出した機械加工層は、マトリクスよりも孔食電位が卑下するため、機械加工層は優先的に腐食されて耐糸錆性は低下する。
【0038】
上記機械加工層は、アルミニウム合金板の表層から板厚方向に沿って0.5〜5.0μm、好ましくは2.0〜5.0μmの厚さもって成形される。この厚さが0.5μm未満では、疵を見え難くすることが困難である。一方、この厚さが5μmを超えると、機械加工層の電位の卑化が激しくなり耐糸錆性が著しく低下する。
【0039】
機械加工層の厚さは、バフ研磨部分の任意の部分を透過型電子顕微鏡で観察することによって測定される。例えば、厚さ方向に沿った断面を観察するものである。機械加工層の厚さは、複数個所の測定値の最大値として規定される。
【0040】
機械加工層におけるSi系金属間化合物及びAl−Cu系金属間化合物の合計の数密度は、2個/μm
2以下に規定される。この数密度が2個/μm
2を超える場合には、機械加工層中の孔食電位が著しく卑化して耐糸錆性が低下する。なお、この数密度は小さい程好ましく、0個/μm
2が最も好ましい。
【0041】
機械加工層中におけるSi系金属間化合物及びAl−Cu系金属間化合物の数密度は、エネルギー分散型X線分光機能を備えた透過型電子顕微鏡によって測定される。例えば、Siが50mass%以上含有されるSi系金属間化合物やCuが20mass%以上含有されるAl−Cu系金属間化合物の数を測定するものである。なお、ここでの数密度は、3個所以上で測定された最大値として規定される。
【0042】
2−2.製造方法
次に、本発明に係るボディパネルの製造方法について説明する。
【0043】
バフ研磨工程:
ボディパネルのアルミニウム合金板に対してバフ研磨が施されると、アルミニウム合金板の表層に機械加工層が形成される、バフ研磨の条件は、機械加工層の厚さに影響を及ぼす。Si系金属間化合物及びAl−Cu系金属間化合物が、バフ研磨後に実施される塗料の焼付け工程において析出する。
【0044】
バフ研磨には、80〜320の粒度を有するアルミナ粒子を付着させたバフが用いられる。このアルミナ粒子の粒度が80未満であると、機械加工層が厚くなり耐糸錆性が低下する。一方、このアルミナ粒子の粒度が320を越えると、疵を見えなくする効果が低下する。
【0045】
塗装工程:焼付け工程
バフ研磨したアルミニウム合金板には、通常の塗装方法を用いて塗料が塗装される。更に、塗装が施されたアルミニウム合金板は、通常、180℃で25分間の加熱処理による焼付によってボディパネルとされる。
【実施例】
【0046】
次に、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明する。以下の実施例は、本発明を説明するための例示に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものでない。
【0047】
アルミニウム合金材には、表1に示す組成の合金をそれぞれ常法に従って溶製し、DC鋳造法によりスラブに鋳造した。鋳造後、スラブに面削を施した。
【0048】
【表1】
【0049】
添加元素の偏析をなくすために、上記面削したスラブに対して540℃の温度で10時間の均質化処理を行ない室温まで冷却した後に再加熱し、開始温度530℃、終了温度250℃で熱間圧延を実施し厚さ3mmの圧延板を得た。得られた熱間圧延板に、2mm厚さとなるまで冷間圧延を施した。次いで、冷間圧延板を塩浴炉中において530℃で5秒保持して中間焼鈍を行い、ファンを用いて300℃/分の冷却速度で保持温度から室温まで強制空冷した。次いで、冷間圧延によって板厚1mmとしてから、溶体化処理を行なった後にファンを用いて300℃/分の冷却速度で溶体化処理温度から室温まで強制空冷した。次いで、強制空冷した圧延板に安定化処理を施して最終板を得た。なお、溶体化処理条件は、530℃の保持温度で保持時間を0秒とした。ここで、0秒とは、530℃に到達後直ちに冷却するものである。安定化処理は、溶体化処理を行なってから1時間後に表2に示す温度で2時間加熱保持することにより行なった。最後に、安定化処理したアルミニウム合金板を、80℃の10mass%H
2SO
4中に浸漬した後に大気中で乾燥した。このようにして作製したアルミニウム合金板の試料について、以下の評価を行なった。
【0050】
【表2】
【0051】
(a)100日後における塗装焼付け後の耐力
上記アルミニウム合金板の試料を100日間にわたって、室温中で保持した。そして、塗装後の焼付け条件を180℃で1時間として、アルミニウム合金板試料を熱処理した。耐力測定は、アルミニウム合金板試料をJIS5号試験片に加工し、インストロン型引張試験にて、引張速度10mm/分で行った。結果を表4に示す。耐力が200MPa以上のものを合格(○)とし、それ未満のものを不合格(×)とした。
【0052】
【表4】
【0053】
(b)100日後における伸び
上記アルミニウム合金板の試料を100日間にわたって、室温中で保持した。伸びは、アルミニウム合金板試料をJIS5号試験片に加工し、インストロン型引張試験にて、引張速度10mm/分で行ったときの伸びを測定して、伸び率を求めた。伸び率が23%以上のものを合格(○)とし、それ未満のものを不合格(×)とした。結果を表4に示す。
【0054】
(c)100日後におけるJISH7701
:2008に基づくヘミング試験
上記アルミニウム合金板の試料を100日間にわたって、室温中で保持した。アルミニウム合金板試料を圧延方向に対して90°方向のJIS5号試験片に加工し、JISH7701
:2008に基づくヘミング試験を実施した。なお、予歪は8%、プリヘミング時のポンチ先端半径は0.5mm、本ヘミング時の中板の厚さは1.0mmとした。ヘミング試験後において、外周部表面
におけるJISH7701
:2008の判定基準で規定される評点が0〜2点のものを合格(○)とし
、3〜4点のものを不合格(×)とした。結果を表4に示す。
【0055】
次に、上記アルミニウム合金板試料の表面を、表3に示す粒度のアルミナ粒子を付着させたバフを用いてバフ研磨を行なった。具体的には、サンダーに取り付けたバフを用いて、アルミニウム合金板試料の表面を60秒間研磨することによって、アルミニウム合金板試料の表層から板厚方向に沿って機械加工層を形成した。そして、この機械加工層について、以下の測定を行なった。
【0056】
【表3】
【0057】
(d)機械加工層の厚さ、ならびに、Al−Si系金属間化合物及びAl−Cu系金属間化合物の面密度
上記のようにしてバフ研磨した各アルミニウム合金板試料を塗装の焼付け条件に相当する180℃で25分間熱処理した後に、表面から厚さ100〜200nm程度の試験片を、FIB(Focused Ion Beam)によって作製した。この試験片の任意の3箇所について、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて2万倍の倍率で観察した。各箇所の透過電子像中において、機械加工層が最も厚くなっている部分厚さをその箇所における機械加工層厚さとし、3箇所の機械加工厚さの算術平均値をもって試料の機械加工厚さとした。更に、上記各箇所において観察される析出物に対してEDS(Energy Dispersive Spectroscopy)検出器による元素分析を行い、Siが30%以上含有されるものをSi系金属間化合物とし、Cuが10%以上含有されるものをAl−Cu系金属間化合物として、両方の個数の合計を単位面積(μm
2)当たりに換算して当該箇所の面密度とし、3箇所の面密度の算術平均値をもって試料の面密度とした。結果を表4に示す。
【0058】
(e)耐糸錆性
上記のバフ研磨した各アルミニウム合金板資料に対して市販のリン酸亜鉛処理用薬剤を用いて標準的な処理条件でリン酸亜鉛処理を実施した。リン酸亜鉛処理後の各アルミニウム合金板試料に対して市販の電着塗装を行なった後に,180℃で25分の熱処理(焼付け)を行なった。焼付けした試料に、中塗りと上塗りを更に行なって、塗装焼付けしたボディパネル試料を作製した。このボディパネル試料の塗装面のL方向とC方向にカッターで切れ目を入れ、ASTM D2083法に準拠して耐糸錆性の評価を行った。膨れ幅が2mm未満を合格とし、2mm以上を不合格とした。結果を表4に示す。
【0059】
本発明例1〜18では、耐力、伸び率、曲げ性及び耐糸錆性の評価結果が合格であった。これに対して比較例1〜15では、これら評価のいずれかが不合格であった。
【0060】
具体的には、比較例1では、安定化処理の保持温度が低過ぎたため耐力が不合格となり、自動車ボディパネルに必要な強度が得られなかった。
【0061】
比較例2では、安定化処理の保持温度が高過ぎたため曲げ性及び伸び率が不合格となり、自動車ボディパネルに必要な加工性が得られなかった。
【0062】
比較例3では、バフ研磨に用いたアルミナ粒子の粒度が低過ぎたため機械加工層が厚くなり過ぎ、耐糸錆性が不合格となった。
【0063】
比較例4では、Mg含有量が多過ぎたため曲げ性及び伸び率が不合格となり、自動車ボディパネルに必要な加工性が得られず、また、孔食電位が卑化し過ぎて耐糸錆性が不合格となった。
【0064】
比較例5では、Mg含有量が少な過ぎたため、バフ研磨後の加熱処理時に析出したSi系金属間化合物の面密度が増加し、耐糸錆性が不合格となった。
【0065】
比較例6では、Si含有量が多過ぎたため、バフ研磨後の加熱処理時に析出したSi系金属間化合物の面密度が増加し、耐糸錆性が不合格となった。
【0066】
比較例7では、Si含有量が少な過ぎたため耐力が不合格となり、自動車ボディパネルに必要な強度が得られなかった。
【0067】
比較例8では、Mn含有量が多すぎたため曲げ性及び伸び率が不合格となり、自動車ボディパネルに必要な加工性が得られなかった。
【0068】
比較例9では、Mn含有量が少な過ぎたためバフ研磨後の加熱処理時に析出したSi系金属間化合物の面密度が増加し、耐糸錆性が不合格となった。
【0069】
比較例10では、Zn含有量が多すぎたため孔食電位が低下し過ぎて、耐糸錆性が不合格となった。
【0070】
比較例11では、Zn含有量が少な過ぎたため、バフ研磨後の加熱処理時に析出したAl−Si系金属間化合物とAl−Cu系金属間化合物の周辺における電位が卑化し過ぎて、耐糸錆性が不合格となった。
【0071】
比較例12では、Fe含有量が多過ぎたため曲げ性及び伸び率が不合格となり、自動車ボディパネルに必要な加工性(曲げ性)が得られなかった。
【0072】
比較例13では、Fe含有量が少な過ぎたためバフ研磨後の加熱処理時に析出したAl−Si系金属間化合物の面密度が増加し、耐糸錆性が不合格となった。
【0073】
比較例14では、Cu含有量が多過ぎたためバフ研磨後の加熱処理時に析出したAl−Cu系金属間化合物の面密度が増加し、耐糸錆性が不合格となった。
【0074】
比較例15では、Cu含有量が少な過ぎたため曲げ性及び伸び率が不合格となり、自動車ボディパネルに必要な加工性が得られなかった。