特許第6585540号(P6585540)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6585540MnZn系フェライト原料用酸化鉄およびMnZn系フェライト並びにMnZn系フェライトの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6585540
(24)【登録日】2019年9月13日
(45)【発行日】2019年10月2日
(54)【発明の名称】MnZn系フェライト原料用酸化鉄およびMnZn系フェライト並びにMnZn系フェライトの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/38 20060101AFI20190919BHJP
   C04B 35/26 20060101ALI20190919BHJP
   C01G 49/00 20060101ALI20190919BHJP
   H01F 1/34 20060101ALI20190919BHJP
【FI】
   C04B35/38
   C04B35/26
   C01G49/00 B
   H01F1/34 140
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-84624(P2016-84624)
(22)【出願日】2016年4月20日
(65)【公開番号】特開2017-14096(P2017-14096A)
(43)【公開日】2017年1月19日
【審査請求日】2018年7月26日
(31)【優先権主張番号】特願2015-135625(P2015-135625)
(32)【優先日】2015年7月6日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591067794
【氏名又は名称】JFEケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】後藤 聡志
(72)【発明者】
【氏名】池田 幸司
【審査官】 谷本 怜美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−073124(JP,A)
【文献】 特開平04−069905(JP,A)
【文献】 特開平03−223119(JP,A)
【文献】 特開2003−212547(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00−35/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mn:0.30質量%超2.5質量%以下およびCl:Cl-として0.10〜0.20質量%を含有するMnZn系フェライト原料用酸化鉄であって、Bの混入量を3.0質量ppm以下に抑制したことを特徴とするMnZn系フェライト原料用酸化鉄。
【請求項2】
請求項1に記載のMnZn系フェライト原料用酸化鉄を原料とするMnZn系フェライトであって、
MnO:33.0〜40.0mol%
ZnO:6.0〜14.0mol%
を含み、残部がFe23および不可避的不純物からなるMnZn系フェライト。
【請求項3】
請求項1に記載のMnZn系フェライト原料用酸化鉄を原料とし、
基本成分と副成分と不可避不純物とからなるMnZn系フェライトであって、
MnO:33.0〜40.0mol%
ZnO:6.0〜14.0mol%
Fe23:残部
からなる前記基本成分中に、前記副成分として
Cl:0.08〜0.13質量%
を含有し、前記不可避不純物におけるB量が、
B:3質量ppm以下
であるMnZn系フェライト。
【請求項4】
前記MnZn系フェライトが、
さらに、酸化カルシウム、二酸化ケイ素、酸化ビスマス、酸化インジウム、酸化バナジウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタン、酸化スズおよび酸化モリブデンのうちから選んだ少なくとも一種を含む請求項2または3に記載のMnZn系フェライト。
【請求項5】
請求項1に記載のフェライト原料用酸化鉄と、Mn源およびZn源とを乾式混合してから、仮焼後、成形、そして焼成することを特徴とするMnZn系フェライトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MnZn系フェライト原料用の酸化鉄およびそれを用いたMnZn系フェライト、並びにMnZn系フェライトの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
MnZn系フェライトは、スイッチング電源、ノイズフィルターおよびチョークコイルなどの電子部品に使用されている。近年、これら電子部品の性能が向上していることから、その高性能化に伴い、MnZn系フェライトの磁気特性の向上が求められている。
【0003】
特に、スイッチング電源のトランスに使用されるフェライトコアでは、比較的低価格な汎用品においても、周波数:100kHz、磁束密度:200mT、温度:100℃におけるコアロスが、300kW/m3以下であることが要求されるなど、高機能品と同等のものが求められるようになってきている。
【0004】
また、このフェライトコアは、一度に何万個という数量を大量生産で製造するのが通例である。そして、このような大きな生産単位であっても、全量が規格値を満足することが求められる。
【0005】
従って、製造された全てのコアでコアロスの平均値が低いことは勿論、ロット毎のコアロスのばらつきを低減することが極めて重要になる。さらに、製造方法としては、より簡便なプロセスを持ち、しかも低コストでの製造が可能であることが要望されている。
【0006】
ここで、フェライトコアの製造は、原料となる酸化鉄に、さらにMn源とZn源とを混合し、ついで仮焼してから、粉砕、そして必要に応じて造粒したのち、所定の形状に成形し、この成形した成形体を焼成炉内に装入して焼成を行う工程を経ることが、一般的である。
【0007】
そして、MnZn系フェライトのように、その特性のばらつきが製造工程の影響を受けやすい場合、特に、製造工程の最初の工程における原料混合の均一性が重要となる。
よって、従来の、MnZn系フェライトの原料混合工程は、各原料粉が均一に混合されるように、ボールミルやアトリクションミル等を使用して、水を用いた湿式混合が行われている(特許文献1参照)。
【0008】
ここで、製造工程の簡便さや生産性、またはコストから見ると、振動ミル等を使用した乾式混合に大きな利点がある。
しかしながら、最終コアの特性ばらつきが湿式混合に比べて大きくなるという欠点があるため、MnZn系フェライトなどを製造する場合は、上述したように、湿式混合が採用されていた。
【0009】
この点、特許文献2には、MnZn系フェライト原料の酸化鉄等の混合を乾式で行った場合にあっても、特に高い初透磁率が均等に得るための技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平11−144934号公報
【特許文献2】特開2003−073124号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献2に記載の技術によって、MnZn系フェライト原料の酸化鉄等の混合を乾式で行った場合にも高い初透磁率が均等に得ることが可能になった。一方で、上記したとおり、汎用品においても、特にコアロスが安定して低いことが要求されている。このコアロス特性を、MnZn系フェライト原料の酸化鉄等の混合を乾式で行った場合にも実現することが希求されている。
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、MnZn系フェライト原料の酸化鉄等の混合を乾式で行った場合にあっても、低コアロス特性を均一に発現する、スイッチング電源のトランスに用いて好適なMnZn系フェライトと、そのMnZn系フェライトの原料用酸化鉄を提供するとともに、製造工程の簡便さ、生産性およびコスト面で有利である乾式混合を用いたとしても、低いコアロスが均等に発現する該酸化鉄を用いたMnZn系フェライトの製造方法を確立することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは、低コストで製造できる乾式混合を用いた簡便な製造工程において、コアロスが、周波数:100kHz、磁束密度:200mT、温度:100℃で、300kW/m3以下となるような、低いコアロスをもつMnZn系フェライトを製造するに当たり、どのような原料酸化鉄を使用すれば、最終コアでのコアロスのばらつきが低減できるのかについて、鋭意研究を重ねた。
【0014】
特に、発明者らは、低損失MnZn系フェライトのコアロスがばらつく原因となる原料酸化鉄の不純物の種類とその限界量を特定すること、すなわち、従来の原料酸化鉄の代表的な製造方法である結晶精製法のように、全ての不純物を一律に低減するのではなく、逆に必要であれば添加することをも含めて、不純物の増加減についての検討を行った。
【0015】
その結果、JIS K1462に規定されたフェライト用酸化鉄の規格から外れるほどの高Mn量とすることが、コアロスが均等に低いフェライトを得るための原料として適していることを新たに知見した。すなわち、これまで全く使用されずにいた含有Mn量の高い酸化鉄を原料とすること、この含有Mn量の高い酸化鉄中のMn量およびCl量を所定量に規制し、さらには、B(ホウ素)量を一定の範囲内に抑制することによって、乾式混合を用いた工程であっても、低いコアロスを均一に発現するMnZn系フェライトが得られることを見出し、この発明を完成するに到った。
【0016】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.Mn:0.30質量%超2.5質量%以下およびCl:Cl-として0.10〜0.20質量%を含有するMnZn系フェライト原料用酸化鉄であって、Bの混入量を3.0質量ppm以下に抑制したことを特徴とするMnZn系フェライト原料用酸化鉄。
【0017】
2.前記1に記載のMnZn系フェライト原料用酸化鉄を原料とするMnZn系フェライトであって、
MnO:33.0〜40.0mol%
ZnO:6.0〜14.0mol%
を含み、残部がFe23および不可避的不純物からなるMnZn系フェライト。
【0018】
3.基本成分と副成分と不可避不純物とからなるMnZn系フェライトであって、
MnO:33.0〜40.0mol%
ZnO:6.0〜14.0mol%
Fe23:残部
からなる前記基本成分中に、前記副成分として
Cl:0.08〜0.13質量%
を含有し、前記不可避不純物におけるB量が、
B:3質量ppm以下
であるMnZn系フェライト。
【0019】
4.前記MnZn系フェライトが、
さらに、酸化カルシウム、二酸化ケイ素、酸化ビスマス、酸化インジウム、酸化バナジウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタン、酸化スズおよび酸化モリブデンのうちから選んだ少なくとも一種を含む前記2または3に記載のMnZn系フェライト。
【0020】
5.前記1に記載のフェライト原料用酸化鉄と、Mn源およびZn源とを乾式混合してから、仮焼後、成形、そして焼成することを特徴とするMnZn系フェライトの製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の原料用酸化鉄を用いれば、原料の混合を、コストや生産性に劣る湿式混合ではなく、簡易かつ短時間で終了する乾式混合で行う場合にあっても、低いコアロスを均一に発現するMnZn系フェライト用の混合原料とすることができる。
また、本発明によれば、製造工程の簡便さ、生産性並びにコスト面で有利である乾式混合を用いて、低いコアロスを均一に発現するMnZn系フェライトの製造方法を確立することができる。従って、この製造方法によって、低いコアロスを均一に発現するMnZn系フェライトを安価に提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の解明経緯を説明する。
一般に、フェライト原料用の酸化鉄は、薄鋼板表面を塩酸酸洗した排液から塩酸を回収した際に副生する酸化鉄が利用されている。
そのため、鋼板中の不純物や工業用水中の不純物等が多量に混入していることから、この不純物を除去してフェライト原料に用いることができる組成とするため、種々の技術が提案されている。
【0023】
そして、上記技術としては、まず、結晶精製法があげられるが、この結晶精製法は、例えば特開平7−176420号公報に記載されるように、硫酸鉄や塩化鉄の水溶液から硫酸鉄や塩化鉄の結晶を晶出させ、この結晶を酸化させて酸化鉄とするものである。
【0024】
しかし、この方法では、不純物の一部が結晶中に混入するために、一回の晶出では、必ずしも不純物の除去が十分ではない。そのため、不純物を含まない水に晶出結晶を溶解して再度晶出させる等の処理を繰り返す必要がある。
【0025】
また、この方法は、結晶晶出時の偏析を利用しているため、不純物の種類により偏析度が異なっていて、特に、偏析度の小さい不純物を低減しようとした場合には、何度も再溶解・再晶出を繰り返す必要が有る。
【0026】
さらに、この方法は、再溶解・再晶出の回数を増やせば、原理的に全ての種類の不純物を必要なだけ低減することができるという利点はあるが、当然コストが莫大なものになってしまう。
【0027】
よって、現実的には、一部の不純物が残存したまま適当な回数で再溶解・再晶出を打ち切ることになるが、それでも製造工程が煩雑でコストが高いという欠点は完全には解消されない。
【0028】
ここで、酸化鉄の不純物には、各種フェライトの特性を発現させるために有害な不純物とそうでない不純物がある。しかしながら、上述した結晶精製法では、フェライトの種類ごとに、その不純物含有量を最適化させることは極めて煩雑になり、コスト上昇の原因となる。
そのため、汎用的なフェライト用酸化鉄としては、JIS K1462に規定される各種不純物量を一律に低減した酸化鉄が用いられてきた。
【0029】
しかしながら、例えばフェライトの上述した用途の場合には、上述したように、必ずしも全ての種類の不純物を低減させる必要はなく、むしろ含有されていた方がよいものもある。
【0030】
特に、本発明では、酸化鉄中に含まれる不純物としてのMnを、JIS K1462に規定されるような0.30質量%以下に抑制する必要はなく、むしろ0.30質量%超として、Cl量とB量とを併せて制御する方が、低いコアロスを均一に発現するMnZn系フェライトの原料として、必要十分な条件を有するものとなる。
【0031】
すなわち、この発明に係るMnZn系フェライト原料用酸化鉄は、これまで、JIS K1462の規格外であって、使用されてこなかった酸化鉄、すなわちMnの含有量が0.30質量%超2.5質量%以下であり、かつ、Clの含有量をCl-イオンで0.10〜0.20質量%の範囲とし、さらにはBの含有量を3.0質量ppm以下に抑制する、という組成を有するものである。
【0032】
そして、この組成を有する酸化鉄は、後述するように、塩化鉄水溶液の噴霧焙焼や流動焙焼などの比較的簡便な焙焼法により製造が可能である。
従って、この発明では、結晶精製法のように高コストで製造された酸化鉄ではなく、比較的安価に量産可能な塩化鉄水溶液の噴霧焙焼または流動焙焼により製造され、かつこれまで規格外れ品として除外されていた酸化鉄を対象とすることができるのである。
【0033】
ここで、酸化鉄に含まれるMnやClは、噴霧焙焼または流動焙焼により塩酸回収を行う際、鋼板の塩酸酸洗排液に溶解しているMnやCl-イオンが水の蒸発により酸化鉄に移行したものである。
【0034】
まず、Mnが酸化鉄中でどのような存在形態となっているかは、その含有が少量なので解析できていないが、酸化鉄粒子の内部にMnZn系フェライトと同じスピネル構造のマンガンフェライトのような形で結晶格子中に取り込まれているものと推測される。
【0035】
従って、水に対して不溶性であるために、酸化鉄製造工程の最終水洗工程にても除去しにくく、一般的な鋼板の塩酸酸洗廃液に対する通常の焙焼であれば、特開平7−176420号公報に記載されたように、Mnは、0.10〜0.30質量%の範囲で含まれることになる。
【0036】
しかしながら、コアロスを均等に低減するにはフェライトのMnO量を高くする必要があり、同様に、酸化鉄におけるMn量を高める必要がある。
ところで、近年鉄鋼業において、自動車用鋼板などより高強度、高機能な鋼板が大量に製造されるようになっており、こうした機能を実現するため、これまでの一般的な鋼板に比べて、鋼板に含有されるMn量が次第に増加している。このため、鋼板の塩酸酸洗廃液中に含まれるMn量も多くなり、焙焼後の酸化鉄で、Mn量がフェライト用酸化鉄の上記JIS規格値である0.30質量%超となることもしばしば見られるようになってきた。このようなMn量が規格値をはずれた酸化鉄を利用することができる。このような酸化鉄は、従来、フェライト用酸化鉄としては使用されず、廃棄処分となるか、顔料等の他の用途に流用されていた。従って、従来は再利用の範囲が限られていた酸化鉄を用いることによって、酸化鉄のMn量を高くすることできるのである。
【0037】
他方、Cl-イオンは可溶性であるから、必要であれば、酸化鉄製造工程の最終工程で水洗することによって、その含有量を調整することができる。従って、本発明の重要な制御パラメーターであるCl-イオンは、酸化鉄に対して0.10〜0.20質量%の含有比率に容易に調整することができる。
【0038】
また、Bは、Mnと同じく水に対して不溶性のため、酸化鉄製造工程の最終水洗工程にても除去しにくいため、鋼板の塩酸酸洗排液中のBがそのまま残留する。そのため、Bは、焙焼に用いる鋼板の塩酸酸洗排液の中でB量の少ない液を選択することにより調整することができる。また、B量が多い場合には、原料の仮焼工程で雰囲気を調整するといった手段で低減させることができる。ただし、この方法はコスト上昇を伴うため、できるだけB量の少ない塩酸酸洗液を選択することが基本である。
【0039】
ここで、Mnが0.1〜0.3質量%、Cl-イオンが0.10〜0.20質量%含有される酸化鉄を原料としてMnZn系フェライトを製造する際には、原料の混合を湿式で行う場合、技術的には問題が少ないが、コスト面等で問題が有る。
また、乾式混合法を用いた、Mnが0.1〜0.3質量%、Cl-イオンが0.10〜0.20質量%の酸化鉄が原料の場合は、MnZn系フェライトコアロスの平均値は湿式の場合と同程度を実現できても、そのばらつきが大きくなることが問題であるのは、既に述べたとおりである。
【0040】
一方、上述のとおり、これまで使用されたことのほとんどない、Mn含有量が0.30質量%超の酸化鉄を用いて原料を乾式混合する際、MnZn系フェライトのコアロスの平均値のばらつき並びに、MnZn系フェライトのコアロスの平均値自体を低減できるかが重要になる。
【0041】
発明者らは、Mn含有量の多い酸化鉄原料について種々検討した結果、上記したように酸化鉄中のMn量およびCl量(Cl-イオンで換算)を規定した上で、B量をさらに制限すると、MnZn系フェライトのコアロスの平均値の低減が達成されるばかりか、そのばらつきをも低減できることを見出したのである。
【0042】
以下、本発明の酸化鉄の組成を説明する。なお、酸化鉄に含まれるMn量、Cl量(Cl-)の質量%およびB量の質量ppmは、酸化鉄全体に対する質量比率である。また、本発明における酸化鉄の残部は、鉄および不可避的不純物であるが、不可避的不純物は0.5質量%程度含まれても本発明に影響はない。
【0043】
ここで、酸化鉄に含まれるMn量を0.30質量%超2.5質量%以下の範囲としたのは、原料を乾式混合した場合は、これまで除外されていたような0.30質量%超とすることが、原料を乾式混合した際に得られるMnZn系フェライトのコアロスの平均値と、その平均値のばらつきを共に低減できるからである。一方、2.5質量%を超えると、乾式混合法によっては、Mn分布を均一に混合することが難しくなり、Mnの偏析によってコアロスのばらつきが大きくなるからである。なお、酸化鉄に含まれるMn量を0.31質量%超とするとばらつきをより小さくできるので好ましい。
【0044】
また、Clは、酸化鉄中で、主としてFeCl2の形で含有している。
この酸化鉄中に含まれるCl量をCl-イオン量として0.10〜0.20質量%の範囲としたのは、MnZn系フェライトでは、Cl-イオン量が0.20質量%を超えると、所望の低いコアロス値が得られないからである。一方、0.10質量%を下回った場合は、コアロス値とそのばらつきが大きくなって量産時にコストアップの要因となる。なお、Cl-イオン量の下限は、0.12質量%超とすることが、仮焼での均一化反応促進のために好ましい。
【0045】
フェライトにおけるコアロスを低減する場合に、Cl-イオンが0.10〜0.20質量%の範囲でよい理由は、まだ完全に解明されてはいないが、Cl-イオンがこの範囲になると、原料の乾式混合時にCl-が湿式法の場合のようにスラリーの水に溶け込まず、仮焼時まで原料中に存在することになる。そのために、基本原料と添加物の仮焼反応がより均一となって、最終焼成後にコアロスの低減に寄与する、と考えられる。
【0046】
他方、Bの混入量を3.0質量ppm以下に抑制するのは、結晶粒成長を均一にし、コアロスのばらつきを抑えるためである。3.0質量ppmを超えると異常粒成長する結晶が増大し、コアの比抵抗が低減して渦電流損失が増え、コアロスが劣化するからである。なお、Bの混入量の下限に特に制限はないが、塩酸酸洗液の選択や分析精度から,B量を零まで近づけると大きくコストが上昇するため、1.0質量ppm程度とすることが好ましい。
【0047】
ここで、酸化鉄に含まれるMn量は、元から廃酸に含有されている量に加えて、使用する廃塩酸液に塩化マンガン等の形態で添加することによっても制御することができる。
【0048】
また、酸化鉄に含まれるCl量は、同じく最終水洗工程での水洗時間等を調節することや、硫酸鉄の形態で添加することによっても制御することができる。
【0049】
さらに、酸化鉄に含まれるB量は、焙焼に用いる鋼板の塩酸酸洗排液の中でB量の少ない液を選択することにより調整すれば良い。
【0050】
ここに、原料を乾式混合した場合に、酸化鉄中のMnおよびCl、そしてBが、最終フェライトコアでのコアロスのばらつきに影響を与える原因については、未だ明確になってはいないが、Mnが酸化鉄中でMnFe24のスピネルの形で予め含有されていることと、Cl-イオンやB量を上記した量に制限することで、後から添加、混合される添加物との反応が低減し、仮焼から焼成までの過程で結晶成長の均一性を高めているからと推測される。
【0051】
なお、MnZn系フェライト中の微量成分のうち、Bの影響については、例えば非特許文献1において、結晶組織を不均一にして高透磁率の発現を阻害するので50ppm以下にしておかなければならないことが記載されている。
【0052】
【非特許文献1】「フェライト」(平賀ら、丸善、1986)、92頁
【0053】
しかしながら、透磁率の改善ではなくコアロスの低減に関し、酸化鉄がMnとCl-イオンをこの発明に従う範囲で含有する場合に、Bの混入量の影響が具体的にどの程度の量から始まるのかは、前掲非特許文献1においても記載がない。
よって、上記した範囲のMnおよびCl-イオンを含有する場合に、さらに、Bの混入量を3.0ppm以下に抑制することで、最終フェライトコアでのコアロスのばらつきを低減できることは、今回新たに見出されたものと言える。
【0054】
次に、本発明のMnZn系フェライトについて説明する。
以上述べた酸化鉄を原料として、さらに、MnZn系フェライトを製造する際に通常用いられるMn源およびZn源を乾式混合してから、仮焼後、成形、そして焼成することによって、本発明の低コアロスを均一に発現するMnZn系フェライトを得ることができる。
【0055】
この発明におけるMnZn系フェライトの基本成分、すなわちFe23、MnOおよびZnOの組成範囲は、一般的に低損失材として80〜100℃付近で磁気異方性や磁歪が小さいことによるコアロス極小値と、キュリー点をどの程度に設定するか、という観点から設定することができる。
【0056】
通常、磁気異方性定数、磁歪定数が小さく、80〜100℃程度の範囲の動作温度において、コアロス値が低く極小となることが要求されることから、Fe23、MnOおよびZnOの組成範囲は、次のようにすることが好ましい。
MnO:33.0〜40.0mol%
ZnO:6.0〜14.0mol%
Fe23:残部
【0057】
すなわち、この発明のMnZn系フェライトは、MnOが33.0mol%未満または40.0mol%を超えるか、あるいはZnOが6.0mol%未満または14.0mol%を超えると、磁気異方性定数と磁歪定数の変化、およびスピネルの化学組成の変化によりコアロスが大幅に低下する。
好ましくは、MnO:34.0〜38.0mol%、ZnO:8.0〜13.0mol%およびFe23:52.0〜54.0mol%であり、より好ましくはMnO:34.5〜37.5mol%、ZnO:9.0〜12.5mol%およびFe23:53.0〜54.0mol%である。
【0058】
なお、MnOおよびZnO原料としては、酸化物だけでなく焼成により、この形態に変わることのできる炭酸塩などの化合物を使用することができる。
【0059】
さらに、この発明のMnZn系フェライトは、先に述べた酸化鉄原料を使用することにより、微量成分(副成分)としてClを0.08〜0.13質量%、好ましくは0.10〜0.12質量%で含有し、不可避不純物におけるBを、3.0質量ppm以下、好ましくは2.3質量ppm未満とすることによって、コアロスが低くかつばらつきが低減される。
【0060】
この発明のMnZn系フェライトには、以上の基本組成を有するが、酸化カルシウム、二酸化ケイ素、酸化ビスマス、酸化インジウム、酸化バナジウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタン、酸化スズおよび酸化モリブデンのうち少なくとも一種を添加することができる。
【0061】
このようなMnZn系フェライトとしては、
Fe23−ZnO−MnO−CaOFe23−ZnO−MnO−SiO2Fe23−ZnO−MnO−CaO−SiO2Fe23−ZnO−MnO−CaO−SiO2−TiO2Fe23−ZnO−MnO−CaO−SiO2−SnO2Fe23−ZnO−MnO−CaO−SiO2−Ta25−V25Fe23−ZnO−MnO−CaO−SiO2−Nb25等が例示されるが、焼結時に結晶粒界に偏折、あるいは粒内に固溶して高抵抗を形成する組合せを満たせば、上記例示はもとより、これらの例に限定されるものではない。
【0062】
上記の組成において、CaOおよびSiO2は粒界に偏析することによってMnZn系フェライトの低損失化に寄与し、V25は低融点化合物として結晶成長を促進し高透磁率化に寄与する。
【0063】
また、TiO2およびSnO2は結晶内部を高抵抗化することにより、そしてTa25やNb25は粒界を高抵抗化することにより、低損失化に寄与する。
【0064】
以上の観点から、酸化カルシウムの含有量はCaO換算として200〜2000質量ppm、二酸化ケイ素の含有量はSiO2換算として50〜400質量ppmである。さらに、酸化バナジウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタン、酸化スズ等の含有量は、それぞれV25、Ta25、Nb25、TiO2、およびSnO2に換算して、合計で3000質量ppm程度以下であることが好ましい。
【0065】
なお、MnZn系フェライトの基本成分であるMnO、ZnOおよびFe23の含有量は、MnO、ZnOおよびFe23の合計量に対するmol%で示し、CaO、SiO2、V25、Ta25、Nb25、TiO2、SnO2などの含有量は、MnZn系フェライト全体に対する割合を質量ppmで示す。
【0066】
また、前記した本発明のMnZn系フェライト原料用酸化鉄を、上記した量のMn源およびZn源と乾式混合してから、仮焼後、成形、そして焼成することによって、MnZn系フェライトを製造することができる。すなわち、上記した原料酸化鉄は、最終的に所望するMnZn系フェライトの組成となるように、MnやZnなどの金属酸化物と粉砕混合する。この混合は、機械的に行うものであり、ここでは乾式での混合が可能であることは上述のとおりである。このとき、Ni、MgおよびCuなどの金属酸化物を500質量ppm程度までであれば、添加してもかまわない。
【0067】
次いで、粉砕混合を終えた混合酸化物は、空気、窒素、あるいはそれらの混合ガス、又は、炭化水素燃料の燃焼排ガスなどの雰囲気中、700〜1100℃の温度範囲で加熱することで仮焼する。仮焼には、ロータリーキルンなどを使用できる。
【0068】
仮焼した混合酸化物は、粉砕と同時に微量添加物を混合し、さらに、成形の後焼成する。この混合時、磁気特性向上のために、CaO、SiO2、V25、Ta25、Nb25、TiO2およびSnO2などの酸化物粉末を微量添加する。これら、微量添加物の添加量は、所望する磁気特性によって異なる。なお、Zr、Cr、Co、AlおよびMgの酸化物などを適宜微量添加してもよい。こうして得られた混合粉砕粉は、通常、0.3〜2μm程度の平均粒径に調整する。
【0069】
混合粉砕粉には、通常、0.1〜1質量%程度のポリビニルアルコール(PVA)に代表される成形助剤や0.01〜1質量%程度のステアリン酸亜鉛に代表される潤滑剤を混合し、−30mesh程度の粒度に造粒を行い、成形原料とする。
【0070】
成形原料は、例えば、10〜200MPa程度の圧力で所望の形状に金型成形する。かくして得られた成形体は、大気または窒素、あるいはそれらの混合ガス中で、1200〜1350℃程度の温度範囲で保持して焼成する。
【0071】
その他の、MnZn系フェライト用酸化鉄およびMnZn系フェライトを製造する工程は、特に限定はなく、いわゆる常法に従えば良い。
【実施例】
【0072】
以下、本発明を具体的に実施した例について説明する。
種々の量のBが混入した、塩酸を用いた鋼板酸洗廃液を原料として、スクラップ(製鉄所内発生の冷延鋼板スクラップ片)を理論消費量の5倍以上で充填したバッチ式の溶解槽において、充填物を温度90℃で2.5時間撹拌して、原料中の遊離塩酸を中和するとともに、Fe3+をFe2+に還元してpHを2.7に調整した。次に、液をスクラップ材と分離した後、酸化槽内で液温を70〜80℃に保ちながら、1.5〜2時間の間、空気を液中に分散させた。さらに、アンモニア水を添加し、空気酸化によるpH低下を防止あるいは任意のpH値にコントロールして溶液中のFe分の2〜4質量%を沈澱として析出するようにした。
ついで、高分子凝集剤を撹拌添加後、静置して沈降分離し、清澄液を得た。最後に、この清澄な塩化鉄水溶液を噴霧焙焼炉で焙焼し、酸化鉄を得た。
【0073】
以上の一連の過程において、最初の鋼板塩酸廃液に塩化マンガンと硫酸鉄を予め混合し、得られた酸化鉄で種々のMn量、Cl-イオン量及びB量を含有する酸化鉄を得た。酸化鉄中のMn量、Cl-イオン量及びB量を、表1および2に示す。なお、酸化鉄中の残部は酸化鉄および不可避的不純物であった。
【0074】
ここで、本実施例におけるMn量とCl-イオン量は、蛍光X線分析装置で測定した。また、B量は、ICP分析装置で測定した。
【0075】
次いで、この酸化鉄を用いて、MnZn系フェライトを作製した。すなわち、各成分の原料酸化物を振動ミルで10分間乾式混合した後、950℃で3時間仮焼した。この基本原料に、表1および2に示す量の副成分をそれぞれ添加し、ボールミルで12時間粉砕し、成形加工によって焼成後に外径:31mm、内径:19mm、高さ:8mmとなる多数のリング状成形体を製作した。次いで、これらリング状成形体を、焼成台板(300mm×300mm)上に縦および横に各9列、5段積み(合計405個)で並べて載置し、この台板を連続式焼成炉内に装入して、保持時間1350℃で2時間の焼成を酸素濃度の制御下に行った。MnZn系フェライト中のMnO、ZnO、Fe23、SiO2およびCaO量を表1および2に示す。
さらに、これらのMnZn系フェライト中のCl量とB量を改めて分析し、その結果を表1および2に併記する。なお、Cl量およびB量は、ICP発光分析法に従って測定した。
【0076】
かくして得られたMnZn系フェライトコアについて、そのコアロスのばらつきを評価するために、各台板に載置した全コア405個の、100kHz、200mT、100℃におけるコアロスPcv(kW/m3)の平均値Xと標準偏差Sを測定した。ばらつきの程度として変動係数:S/Xを定義して、実施例それぞれについて計算をした。
計算結果を表1および2に併記する。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
表1および2の記載から、コアロスの平均値は、酸化鉄中のMn量、Cl-イオン量及びB量に関わらず低い場合もあるが、発明例では、さらに、コアロスの平均値が250kW/m3以下で、かつその変動係数が10%以内の範囲になっており、低コアロスのみならず、コアロスのばらつきが極めて少ない優れた低損失材となっていることがわかる。
【0080】
そして、これらの結果は、酸化鉄中のMn含有量が0.30質量%以上2.5質量%以下、Cl含有量がCl-イオンとして0.10〜0.20質量%、そしてB量が3.0重量ppm以下の範囲を満足することで実現できていることがわかる。