(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6585902
(24)【登録日】2019年9月13日
(45)【発行日】2019年10月2日
(54)【発明の名称】スプライン軸及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B21H 5/02 20060101AFI20190919BHJP
【FI】
B21H5/02
【請求項の数】5
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-30846(P2015-30846)
(22)【出願日】2015年2月19日
(65)【公開番号】特開2016-150385(P2016-150385A)
(43)【公開日】2016年8月22日
【審査請求日】2017年9月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000231350
【氏名又は名称】ジヤトコ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002468
【氏名又は名称】特許業務法人後藤特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075513
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 政喜
(74)【代理人】
【識別番号】100120260
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】石動谷 充康
(72)【発明者】
【氏名】コン ヨンジョ
(72)【発明者】
【氏名】キム デウォン
(72)【発明者】
【氏名】杉山 芳広
(72)【発明者】
【氏名】キム サンギ
【審査官】
金丸 治之
(56)【参考文献】
【文献】
特開平10−238548(JP,A)
【文献】
特許第3738224(JP,B2)
【文献】
特開昭53−003946(JP,A)
【文献】
特開2010−137262(JP,A)
【文献】
特開2003−211247(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21H 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
小径部と前記小径部にテーパ部を介して接続され前記小径部よりも大きな直径を有する大径部とを有する異径軸の前記大径部にスプライン溝を転造によって形成することで製造されるスプライン軸であって、
前記転造によって前記大径部から前記小径部上にせり出した部位と前記小径部との接続位置における前記せり出した部位の立ち上がり角度が90度以下である、
ことを特徴とするスプライン軸。
【請求項2】
請求項1に記載のスプライン軸であって、
前記転造によって前記大径部から前記小径部上にせり出した部位と前記小径部との接続位置における前記せり出した部位の立ち上がり角度が90度である、
ことを特徴とするスプライン軸。
【請求項3】
小径部と前記小径部にテーパ部を介して接続され前記小径部よりも大きな直径を有する大径部とを有する異径軸の前記大径部にスプライン溝を転造によって形成することでスプライン軸を製造するスプライン軸製造方法であって、
前記転造によって前記大径部から前記小径部上にせり出した部位と前記小径部との接続位置における前記せり出した部位の立ち上がり角度が90度となる前記テーパ部のテーパ角を下記式(1)で演算される捲れ込み限度角とした場合、前記テーパ角が前記捲れ込み限度角以下となるように前記異径軸を形成し、
前記大径部に転造によって前記スプライン溝を形成する、
ことを特徴とするスプライン軸製造方法。
θmax=A+B(D2−D3)/(D1−D3) …式(1)
ただし、 θmax:捲れ込み限度角
D1:大径部の直径
D2:スプライン溝の底部直径
D3:小径部の直径
A、B:定数
【請求項4】
請求項3に記載のスプライン軸製造方法であって、
前記捲れ込み限度角は、前記転造によって前記大径部から前記小径部上にせり出した部位の肉の量が多いほど小さな値に設定される、
ことを特徴とするスプライン軸製造方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載のスプライン軸製造方法であって、
定数Aは16〜17の値、定数Bは略70である、
ことを特徴とするスプライン軸製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スプライン軸を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
動力伝達部等に用いられるスプライン軸は、高い強度が要求されるため、特許文献1に開示されるように転造によって製造されるのが一般的である。
【0003】
転造によれば、切削のようにファイバーフローが切断されることがなく、かつ、スプライン溝底においてファイバーフローが密になるので、スプライン軸の強度を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−80336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、転造によって製造されたスプライン軸の強度が様々な要因によって予定した強度よりも低くなることが確認されており、スプライン軸の強度に関してはなお改善の余地がある。
【0006】
本発明は、このような技術的課題に鑑みてなされたもので、スプライン軸の強度低下を抑えることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様によれば、小径部と前記小径部にテーパ部を介して接続され前記小径部よりも大きな直径を有する大径部とを有する異径軸の前記大径部にスプライン溝を転造によって形成することで製造されるスプライン軸であって、前記転造によって前記大径部から前記小径部上にせり出した部位と前記小径部との接続位置における前記せり出した部位の立ち上がり角度が90度以下である、スプライン軸が提供される。
【0008】
本発明の別の態様によれば、小径部と前記小径部にテーパ部を介して接続され前記小径部よりも大きな直径を有する大径部とを有する異径軸の前記大径部にスプライン溝を転造によって形成することでスプライン軸を製造するスプライン軸製造方法であって、前記転造によって前記大径部から前記小径部上にせり出した部位と前記小径部との接続位置における前記せり出した部位の立ち上がり角度が90度となる前記テーパ部のテーパ角を
下記式(1)で演算される捲れ込み限度角とした場合、前記テーパ角が前記捲れ込み限度角以下となる
ように前記異径軸を
形成し、前記大径部に前記スプライン溝を転造する、スプライン軸製造方法が提供される。
θmax=A+B(D2−D3)/(D1−D3) …式(1)
ただし、 θmax:捲れ込み限度角
D1:大径部の直径
D2:スプライン溝の底部直径
D3:小径部の直径
A、B:定数
【発明の効果】
【0009】
これらの態様によれば、捲れ込みによるスプライン軸の強度低下を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係るスプライン軸を示した図である。
【
図4】せり出した部位の立ち上がり角度を説明する図である。
【
図6】せり出し肉量指数及びテーパ部のテーパ角に対する捲り込みの発生有無を解析した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0012】
図1は、本発明の実施形態に係るスプライン軸10を示している。スプライン軸10は、直径の異なる部位を複数有する異径軸である。この例では、スプライン軸10は小径部11と、小径部11にテーパ部12を介して接続され小径部11よりも大きな直径を有する大径部13とを有し、大径部13には転造によってスプライン溝14が形成される。大径部13には、スプライン溝14に対応する歯を内周に有するギヤ20がスプライン嵌合し、これによってスプライン軸10からギヤ20に回転を伝達することが可能になっている。
【0013】
転造は、スプライン溝14に対応する歯を有する一対の転造ラックを大径部13に押し付けることによって行われる。一対の転造ラックの間に大径部13を挟持して一対の転造ラックを上下逆方向に移動させると、これによって大径部13が回転し、大径部13の外周にスプライン溝14が形成される。
【0014】
図2A〜
図2Cは、転造によってスプライン溝14が形成される様子を示している。
【0015】
図2Aに示す状態から転造ラックの歯30を大径部13に押し付けていくと、
図2Bに示すように、歯が押し付けられている部分の肉が押しのけられて大径部13に軸方向に延びる凹部15が形成されるとともに、凹部15が形成される部分にあった肉の一部が軸方向に移動する。
【0016】
そして、最終的には、
図2Cに示すように、大径部13にはスプライン溝14が形成されるとともに、スプライン溝14の軸方向両側には、大径部13から小径部11上にせり出した部位16が形成される。
【0017】
ところで、転造によってスプライン溝14を形成した場合、大径部13から小径部11上にせり出した部位16が形成されるのであるが、せり出した部位16が大きいと
図3に示すように、せり出した部分16と小径部11との間に微小な隙間17が形成される、いわゆる「捲れ込み」が発生する場合がある。
【0018】
このような隙間17はスプライン軸10の強度を低下させる原因の一つと考えられる。これは、隙間17はその最奥部17eにおいて応力集中が発生し、隙間17の最奥部17eから亀裂18が発生しやすいと考えられるからである。発明者らが行った転造によって製造されたスプライン軸を用いて行った実験によっても、隙間17の最奥部17eを基点として亀裂が発生する例が確認された。
【0019】
スプライン軸10の強度低下を引き起こさないためには捲れ込みを発生させないことが重要である。このためには、
図4に示すように、大径部13から小径部11上にせり出した部位16と小径部11との接続位置におけるせり出した部位16の立ち上がり角度αを90度以下にし、せり出した部位16と小径部11との間に
図3に示したような隙間17が形成されないようにする必要がある。
【0020】
ここで、捲れ込みが発生するか否かは、せり出した部位16の肉の量によって決定されると考えられる。さらに、この部位の肉の量は、大径部13の直径D1、スプライン溝14の底部直径D2(D1−D2がスプライン溝14の深さに対応)、小径部11の直径D3、及び、テーパ部12のテーパ角θによって決定される。
【0021】
そこで、発明者らは
図5に示すモデルを使い、これらのパラメータと捲れ込みの発生の有無の関係を有限要素法を用いて解析した。解析では、異径軸の材質としてSCr420を指定し、転造ラックの押し付けストロークを0からスプライン溝14の深さD1−D2まで所定時間を掛けて段階的に増加させるようにした。
【0022】
D1〜D3を変えて解析した結果、捲れ込みが発生するテーパ角θの上限、すなわち立ち上がり角度αが90度となるテーパ角(以下、捲れ込み限度角θmaxという。)は、せり出し肉量指数を(D2−D3)/(D1−D3)×100で定義すると、
図6に示すように以下の線形関係:
θmax=A+B(D2−D3)/(D1−D3)
A、B:定数
で表すことができることが分かった。
【0023】
さらに、異径軸の材質にかかわらず、定数Aは16〜17の値、定数Bは略70となることが分かった。
【0024】
さらに、解析結果から読み取ることができる傾向は以下の通りである。
【0025】
・捲れ込み限度角θmaxは、せり出し肉量指数が小さいほど、すなわち、大径部13から小径部11上にせり出した部分の肉の量が多いほど小さな値となる。
【0026】
・テーパ角θが捲れ込み限度角θmax以下であれば捲り込みは発生しない。
【0027】
したがって、捲れ込みを発生させないためには、テーパ角θを上記関係によって決まる捲れ込み限度角θmax以下とすればよい。捲れ込み限度角θmax以下となるテーパ角θを有する異径軸を用いてスプライン溝14を転造するようにすれば、せり出した部位16の立ち上がり角度αが90度以下になり、捲れ込みによるスプライン軸10の強度低下を抑えることができる(請求項1、3、5、6、7に対応する効果)。
【0028】
また、テーパ角θを捲れ込み限度角θmaxに設定すればせり出した部位16の立ち上がり角度αは90度となるが、テーパ角θを最大限大きくしたことによってテーパ部12の軸方向長さが最も短くなり、スプライン軸10の軸方向長さを短くすることができる(請求項2、4に対応する効果)。
【0029】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一つを示したものに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。
【符号の説明】
【0030】
10 スプライン軸
11 小径部
12 テーパ部
13 大径部
14 スプライン溝
16 せり出し部位
20 ギヤ