特許第6585968号(P6585968)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6585968
(24)【登録日】2019年9月13日
(45)【発行日】2019年10月2日
(54)【発明の名称】ぜんまい及びぜんまいの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G04B 1/14 20060101AFI20190919BHJP
   G04B 15/14 20060101ALI20190919BHJP
   F16F 1/06 20060101ALI20190919BHJP
【FI】
   G04B1/14
   G04B15/14 Z
   F16F1/06 A
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-170342(P2015-170342)
(22)【出願日】2015年8月31日
(65)【公開番号】特開2017-49026(P2017-49026A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年5月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126583
【弁理士】
【氏名又は名称】宮島 明
(72)【発明者】
【氏名】仁井田 優作
【審査官】 平野 真樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−147329(JP,A)
【文献】 スイス国特許出願公開第706087(CH,A3)
【文献】 米国特許第3696687(US,A)
【文献】 国際公開第2014/109527(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 1/10−1/22
G04B 15/00−15/14
G04B 17/00−17/34
G04D 7/02,7/10
F16F 1/00−3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に薄膜が形成されているぜんまいであって、
前記ぜんまいの外周部のみに、前記薄膜が形成されていない非成膜領域を配置する
ことを特徴とするぜんまい。
【請求項2】
前記非成膜領域を複数個所配置し、
複数の前記非成膜領域は、等間隔に配置されている
ことを特徴とする請求項1に記載のぜんまい。
【請求項3】
前記非成膜領域は、前記ぜんまいの外周部と内周部の膜量が等しくなるように設定されている
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のぜんまい。
【請求項4】
外側側面に突出部を有するヒゲぜんまいを形成する第1の工程と、
該第1の工程の後、前記ヒゲぜんまいの表面全体に薄膜を形成する第2の工程と、
該第2の工程の後、前記突出部を除去して非成膜領域を設ける第3の工程と、
を含むぜんまいの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、機械式時計の調速機などに用いられるヒゲぜんまいの改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から機械式時計は、歩度(一日あたりの時計の進み又は遅れの程度)を一定に保つために、ヒゲぜんまいとテン輪等によって構成する調速機(テンプ)が用いられている。この調速機を構成するヒゲぜんまいは、よく知られているように、細い金属製の板を渦巻き状に加工した形状であり、そのバネ力による伸縮によって、調速機は規則正しく往復回転運動を行う。
【0003】
従来のヒゲぜんまいによる調速機の一例を図4を用いて説明する。
図4において、調速機10は、ヒゲぜんまい1、テン輪2、テン真3、てんぷ受5などによって構成される。
【0004】
ヒゲぜんまい1は、内端を回転軸体であるテン真3に接続するヒゲ玉に、外端1cをてんぷ受5に固定するためのヒゲ持ちに接続し、ヒゲ玉の周囲に巻回されるぜんまい部1aを有している。また、テン輪2は、テン真3を介してヒゲぜんまい1に接続され、ヒゲぜんまい1のバネ力によって往復回転運動を行う。
【0005】
近年、ヒゲぜんまいを金属材料ではなく、水晶やシリコン等の結晶構造を有する材料を用いて、エッチング加工技術により製造する提案がなされている。このエッチング加工技術は、よく知られているように、結晶構造材料を高精度に加工することが可能であり、一般的な金属によるヒゲぜんまいよりも加工精度のばらつきが少なく、また量産性にも優れている等の利点がある。
【0006】
さらに、そのような水晶やシリコン等の材料で構成されるヒゲぜんまいは、従来のヒゲぜんまいの材料として用いられる金属よりも環境温度に対して変形しにくいという特徴がある。このことから、時計の調速機にもこの技術を応用することが考えられている。
【0007】
一方で、結晶構造を有する材料を用いたヒゲぜんまいは、衝撃に対する耐久性が金属製のものに比べて劣る。そこで、シリコン製のヒゲぜんまいは、表面に、酸化膜やダイヤモンドライクカーボン(Diamond-Like Carbon;DLC)等の薄膜コーティングを施すことによって耐久性を向上させている。
【0008】
また、シリコンの温度特性を相殺する温度係数を持つ薄膜コーティングを施すことによって、ヒゲぜんまいの温度特性を向上させることもできる。
【0009】
耐久性や温度特性向上のための薄膜コーティングは、蒸着や熱酸化などによって、ヒゲぜんまいの全表面に均一に施される。表面に薄膜を成膜したヒゲぜんまいのぜんまい部の一部を拡大し図5に示す。図5において、11aはぜんまい部であり、20aはぜんまい部の半径方向外側側面、20bは内側側面にそれぞれ成膜された薄膜である。ヒゲぜんまいの上下面(紙面垂直方向面)にも薄膜が成膜されるが、図は深さ方向の断面を示す上面断面図としているので図示されていない。
【0010】
図5から分かるように、このとき、ぜんまい部は上下面の形状は等しいが、側面は、半径方向外側側面20aと内側側面20bで面積が異なる。そのため、内外方向側面において、成膜面積に応じて発生する膜力に差が生じる。この膜力差によって、ぜんまい部が変
形しヒゲぜんまいが偏心してしまうという問題が生じている。
【0011】
図4に示すように、通常ヒゲぜんまいの内端はテン真3に、外端1cはテンプ受け4に接続されるが、ヒゲぜんまいが偏心すると、接続部に対して内外端の位置が変化するため組立て性が低下する。
【0012】
さらに、内外端の位置が変化した状態のヒゲぜんまいをテン真およびテンプ受けにとりつけ調速機を組み立てると、内外端位置の変化を補正したことによって生じるばね力が、テン真に対して、回転軸に直行する方向の荷重として働く。このためテン真と軸受け部の間に摩擦が生じ、部品の磨耗や歩度のずれといった問題が生じる。
【0013】
また、通常ヒゲぜんまいはその重心と回転の中心軸とが等しい位置になるように設計される。偏心によって重心が中心と異なる位置になると、ヒゲぜんまいが縦向きに保持されたときに、その角度によって(姿勢差によって)ヒゲぜんまいにかかる重力の影響が異なる。このためヒゲぜんまいの伸縮運動の復元力が変動し、歩度のずれが生じる。
【0014】
膜付けによるぜんまい部の変形に対して、成膜量を調整することでぜんまい部に生じる膜力を調整し変形量を制御することができる。特許文献1において、ぜんまい部外側方向側面や内側方向側面の複数個所に薄膜を成膜したり、異なる厚さの薄膜を成膜したりすることで、変形量を制御する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2007―147329号公報(第3〜5頁、図1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、熱酸化や蒸着といったヒゲぜんまいへのコーティング手法では、ヒゲぜんまい全体に均一に薄膜が成膜される。したがって、ヒゲぜんまいのぜんまい部に部分的に成膜したり、内外側面で異なる厚さの膜を成膜したりすることは困難である。また、コーティングの際に、ヒゲぜんまいの任意の位置にマスキング等を施すことよって成膜領域を調整することも可能であるが、工程数が増加するため好ましくない。
【0017】
本発明の目的は、上記課題を解決しヒゲぜんまいの組立て性や姿勢差への影響を与えることなく、耐衝撃性や温度特性を向上させる薄膜コーティングを施すことである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するため、本発明のヒゲぜんまいは下記記載の構成を採用する。
【0019】
表面に薄膜が形成されているぜんまいであって、前記ぜんまいの外周部のみに、前記薄膜が形成されていない非成膜領域を配置することを特徴とする。
【0020】
非成膜領域は、ヒゲぜんまいに薄膜をコーティングを施した後レーザー等で除去してもよいし、あらかじめヒゲぜんまい外周部に折り取り部を設けておき、成膜後折り取ることで領域を形成しても良い。
【0021】
また、非成膜領域を複数個所配置し、複数の非成膜領域は、等間隔に配置されていることを特徴とする。さらに、非成膜領域は、ぜんまいの外周部と内周部の膜量が等しくなるように設定されていることを特徴とする。
【0022】
これによって、ぜんまい部に局所的に膜力差が大きくなる領域が形成されるのを防ぐことができる。
さらに、本発明のぜんまいの製造方法は、外側側面に突出部を有するヒゲぜんまいを形成する第1の工程と、該第1の工程の後、前記ヒゲぜんまいの表面全体に薄膜を形成する第2の工程と、該第2の工程の後、前記突出部を除去して非成膜領域を設ける第3の工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ヒゲぜんまいのぜんまい部外側側面の任意の箇所に非成膜領域を形成することができる。これによって、ぜんまい部の内外側面の膜力差を低減させることができ、ヒゲぜんまいが偏心することなく、ヒゲぜんまいの耐衝撃性や温度特性を向上させることができる。
【0024】
さらに、あらかじめぜんまい部外側側面に設けた突出部を、成膜後に折り取ったりすることで、簡単に薄膜を除去することができる。これによって、非成膜領域形成のために、ヒゲぜんまいにマスキング等を行う必要がなく、製造工程およびコストを低減することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の第1の実施形態に関わるヒゲぜんまいの上面断面図である。
図2】本発明の第1の実施形態に関わるヒゲぜんまいのぜんまい部の拡大図である。
図3】本発明の第2の実施形態に関わるヒゲぜんまいのぜんまい部の拡大図である。
図4】従来のヒゲぜんまいを用いた調速機の平面図である。
図5】従来の薄膜コーティングを施したヒゲぜんまいのぜんまい部の上面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明のヒゲぜんまいについて、図面を参照して説明する。
説明にあっては、その説明および図は一例であって、これに限定されるものではない。また、図面における寸法や形状は実際の形状を正確に反映したものではなく、図面を見やすく、または、理解しやすくするために一部誇張して模式的に記載している。また、発明に直接関係ない一部の要素は省略し、各実施形態において重複する説明は省略するものとする。そして、同一の構成には同一の番号を付与しており、説明を省略している。
【0027】
まず、図1および図2を用いて第1実施形態を説明し、図3を用いて第2実施形態を説明する。第1実施形態は、コーティングを施した後レーザー等を用いて薄膜を部分的に除去するものであり、第2の実施形態は、コーティングを施した後突出部を折り取ることで薄膜を部分的に除去するものである。
【0028】
〔第1の実施形態のヒゲぜんまいの構成〕
まず第1実施形態として、ヒゲぜんまいの構成を図1を用いて説明する。
図1は、ヒゲぜんまいの上面断面図である。図1において、11はヒゲぜんまい、1aはヒゲぜんまいのぜんまい部、11bはヒゲ玉、11cはヒゲ持ち、21a、21bは成膜された薄膜、31はぜんまい部外側側面に設けられた非成膜領域である。
【0029】
ヒゲぜんまい11は、シリコンを主成分とする材料から、例えば、深堀りRIEを用いるなどしてなる半導体装置と同様な公知の製造技術により形成される。ヒゲぜんまいは、特に限定しないが、その大きさの一例を挙げると、ぜんまい部となる板状部分の厚さをt、幅をbとするとするとき、厚さt=20〜50μm、幅b=100〜200μm程度であり、大凡の直径は4〜7mm程度の範囲である。
【0030】
ヒゲぜんまい11のぜんまい部11aは、ヒゲ玉11bを中心にコイル形状(渦巻き形状)をしている。このヒゲ玉には、回転軸体であるテン真と勘合する貫通孔12bが設けてある。また、ぜんまい部の巻初めとなる部分とヒゲ玉とは接続部13bで接続されてい
る。ヒゲぜんまいの板状部分の巻き終わりは、接続部13cでヒゲ持ち11cに接続されている。このヒゲ持ちにはヒゲ持ちピンと勘合する貫通孔12cが設けてある。
ヒゲぜんまい11の全面には、蒸着によりDLCの薄膜がコーティングされている。
【0031】
〔第1の実施形態の非成膜領域の説明〕
次に、ヒゲぜんまい外周部に設けた非成膜領域について説明する。
図2は、外側側面に設けた非成膜領域31を説明しやすいように、図1の点線枠Aの領域のぜんまい部11aを拡大した平面図であり、11aはぜんまい部、21aは外側側面に成膜された薄膜、21bは内側側面に成膜された薄膜、31は非成膜領域である。
【0032】
前述のように、薄膜は表面全体に均一にコーティングされているため、成膜面積に応じた膜力が全表面に発生する。そのため、薄膜の除去量は、内外方向の膜量が等しくなるように設定しておく。厚さt=40μm、幅b=100μm、巻数13巻きのヒゲぜんまいの場合、ぜんまい部外側側面の長さは133.9mmであり、内側の長さは130.3mmであることから、外周部にあたる外側側面の薄膜を内外周の長さの差3.6mm分だけ除去すればよいことが分かる。
【0033】
膜の除去は、公知のレーザー加工機によるレーザー照射や、収束イオンビーム(Focused Ion Beam:FIB)装置によるイオンビーム照射で行うことができる。一箇所の非成膜領域が大きくなると、その部分における機械特性が低下するため、除去箇所については、ぜんまい部に複数個所配置するのが望ましい。またこのとき、厳密にする必要はないが、除去量の総和が前記内外周差とほぼ等しくなるように設けるのがよい。また、膜応力を均等に緩和するため巻回部長さに対して大凡等間隔に設けるのが望ましい。
【0034】
〔第2の実施形態の非成膜領域の説明〕
次に、図3を用いて第2の実施形態を説明する。第2の実施形態は、ヒゲぜんまいのぜんまい部外側側面に突出部を設けておき、成膜後に突出部を除去することで、予め設定した任意の膜量を除去する方法である。
【0035】
図3において、11aはぜんまい部、32は突出部、22aは外側側面に成膜された薄膜、22bは内側側面に成膜された薄膜、22cは突出部32に成膜された薄膜である。
【0036】
ヒゲぜんまいは、すでに説明したように、シリコンを主成分とする材料であるから、 深堀りRIE方法を用いるなどして形成された、突出部を有するヒゲぜんまいの形状は、ほぼ設計どおりの形状となる。突出部32を有するヒゲぜんまいを形成した後、蒸着などによって表面にDLCの薄膜をコーティングする。このとき、膜は表面全体に均一に成膜される。
【0037】
突出部32を根元から取り除くことで、その箇所に成膜された薄膜22cを同時に除去することが出来、先に説明した図2のように、ヒゲぜんまい外周部分に容易に非成膜領域31を形成することができる。除去方法としては、突出部を32折り取ってもよいし、前述のレーザーによって除去してもよい。突出部32を設けることで除去すべき箇所の確認が容易であり、非成膜領域を精度良く形成することができる。
【0038】
除去箇所についても第1実施形態と同様に、一箇所の非成膜領域が大きくなると、その部分においての機械特性が低下するため、除去箇所については、ヒゲぜんまい巻回部に複数個所配置するのが望ましい。このとき、厳密にする必要はないが、除去量の総和が内外周差とほぼ等しくなるように設けるのがよい。また、膜応力を均等に緩和するため巻回部長さに対して大凡等間隔に設けるのが望ましい。
【0039】
なお、本実施形態では、いずれもコーティングした薄膜はDLC膜であったが、コーティング膜はこれに限定しない。気相重合法により樹脂膜をコーティング膜としてもよいし、無電解メッキ膜や導電膜を介して形成される電着レジスト膜をコーティング膜としてよい。
【0040】
また、本実施形態では、非成膜領域をレーザー照射やイオンビーム照射で除去して形成したり、突出部を設けて、薄膜をコーティングし、その後突出部を除去して形成したりしたが、これに限定されない。例えば、あらかじめ非成膜領域となる箇所にマスクを形成し、その後、全体にコーティング膜を成膜してから、マスクごと除去すれば非成膜領域を形成することが可能である。
【0041】
また、本実施形態では、ヒゲぜんまいを例に説明したが、これに限定されない。同様の形状をしている動力ぜんまいにも採用することが可能である。
【0042】
以上、説明したように本発明のヒゲぜんまいは、成膜による偏心を防ぐことで調速機の等時性や組立て性を改善し、かつ製造ばらつきも少ないため、高性能な機械時計用のヒゲぜんまいとして幅広く利用することができる。
【符号の説明】
【0043】
1、11:ヒゲぜんまい
1a、11a:ぜんまい部
2:テン輪
20a、20b、21a、21b、22a、22b:薄膜
3:テン真
4:ヒゲ持ち
5:テンプ受け
10:調速機
31:非成膜領域
32:突出部
図1
図2
図3
図4
図5