【文献】
LEE Churl Seung., et al.,Structure and properties of Si incorporated tetrahedral amorphous carbon films prepared by hybrid filtered vacuum arc process,Diamond and Related Materials,2002年 2月,ISSN:0925-9635, Volume 11, Issue 2,P. 198-203(特に、P.199,200,201)
【文献】
TAN Manlin., et al.,Raman characterization of boron doped tetrahedral amorphous carbon films,Materials Research Bulletin,2007年 3月 1日,ISSN:0025-5408, Volume 43,Issue 2,P. 453-462(特に、P. 454,456,457)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
水素と炭素以外の他元素を添加したDLC膜であり、500nm〜600nmの波長に設定されたレーザー光を用いてラマン分光スペクトルを測定したとき、グラファイト構造由来のGバンド、グラファイト構造の欠陥由来のDバンド及び波数が1000〜1200cm−1の間にピークを有するSバンドと略称する特性バンドが前記ラマン分光スペクトルに検出され、前記Gバンドのピーク強度と面積強度をPg、Agとし、前記Dバンドのピーク強度と面積強度をPd、Adとし、前記特性バンドのピーク強度と面積強度をPs、Asとしたとき、ピーク強度比Pd/Pg及び面積強度比Ad/Agが0.5以下であり、且つピーク強度比Ps/Pd及び面積強度比As/Adが0.13以上であることを特徴とするDLC膜。
800℃で1時間保持する熱処理後に、前記レーザー光を用いてラマン分光スペクトルを測定した場合に、前記Gバンドと前記Dバンドが分離せずにハイブリッドバンドであるHバンドとして測定される請求項1に記載のDLC膜。
DLC膜を対象物の被成膜面に成膜して、前記DLC膜表面における異物粒子の付着及び/又は脱離に起因する凹凸の占有面積率srの膜厚tに対する比sr/tが0.01%/nm以下である請求項1〜8のいずれかに記載のDLC膜。
前記物品は、切削工具、切断工具、成型加工工具、精密金型、ガラスプレス用金型、化学強化ガラスプレス用型、摺動部品、成形部品、光学素子、光学部品又は装飾品である請求項10に記載のDLC膜被膜物品。
請求項1〜9のいずれかに記載のDLC膜を製造する装置であり、処理部と1以上の蒸発物質発生手段を少なくとも有し、前記蒸発物質発生手段は蒸発源を有し、少なくとも1つの前記蒸発物質発生手段は前記他元素を炭化物として混合した前記蒸発源を有することを特徴とするDLC膜の製造装置。
請求項1〜9のいずれかに記載のDLC膜を製造する方法であり、処理部と1以上の蒸発源を少なくとも設け、前記他元素を炭化物として少なくとも1つの前記蒸発源に混合し、前記蒸発源から炭素及び/又は前記他元素を蒸発させて前記処理部に導入して対象物を成膜することを特徴とするDLC膜の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように、特許文献1〜3には、フィルタードアーク蒸着法によりta−C膜を対象物である金型、工具又は摺動部材に形成することが記載されている。ta―C膜は、硬くて耐摩耗性が高く、化学的にも安定である。しかしながら、耐熱性が不十分であり、700℃以上の高温で剥離が生じるなどの問題がある。
特許文献4に記載されるa−DLC−Si膜は、反応室内に反応ガスとしてメタン(CH
4)を1%、水素(H
2)を99%含むガスを供給すると共に、レーザー光をSiターゲットに照射して、蒸発させたSiをDLCに添加している。よって、メタンガスや水素ガスを導入することから、成膜されるDLC膜はa−C:Hが基本構造である。よって、水素フリーのDLC膜やsp
3結合の比率の高いta−Cに比べ、耐久性が低いことは明らかである。
【0007】
特許文献5に記載される硬質炭素膜は、成膜時にTMSガスを導入することによってSiが添加されており、TMSガスに含まれる水素が硬質炭素膜に含まれることを抑制することは極めて困難である。実際に、特許文献5の表2には、硬質炭素膜が水素(H)を含むことが示されている。更に、特許文献5の段落[0021]に記載されるように、耐熱性は、熱処理前後における面粗さのRa値のみで評価されている。即ち、実際に耐熱性が向上されているかどうかを明示するものではない。
【0008】
特許文献6,7には、蒸発源に添加金属を含有させ、真空アークにより成膜することが記載されている。しかし、十分な耐熱性を得るには、sp
3混成軌道を有する結合(sp
3結合とも称する)の比率(以下、単に「sp
3比率」とも称する)が十分に高いDLC膜を形成する必要があるが、特許文献に記載されているデータからは、DLC膜の耐熱性の向上に関する結果が得られていなかった。また、金属含有蒸発源を用いた場合に問題になる、添加金属の蒸発源表面への析出とそれによる放電不良に関する記載は無い。また、特許文献7に高密度な蒸発源であれば安定した放電が可能になることのみが記載されているが、有効な解決策は提示されていなかった。
【0009】
本発明は、対象物に形成されるDLC膜の耐熱性を向上させると共に、水素フリーで高硬度のDLC膜を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するために提案されたものであって、本発明の第1の形態は、水素と炭素以外の他元素を添加したDLC膜であり、500nm〜600nmの波長に設定されたレーザー光を用いてラマン分光スペクトルを測定したとき、グラファイト構造由来のGバンド、グラファイト構造の欠陥由来のDバンド及び波数が1000〜1200cm
−1の間にピークを有するSバンドと略称する特性バンドが前記ラマン分光スペクトルに検出され、前記Gバンドのピーク強度と面積強度をPg、Agとし、前記Dバンドのピーク強度と面積強度をPd、Adとし、前記特性バンドのピーク強度と面積強度をPs、Asとしたとき、ピーク強度比Pd/Pg及び面積強度比Ad/Agが0.5以下であり、且つピーク強度比Ps/Pd及び面積強度比As/Adが0.01以上であるDLC膜である。
尚、前記Gバンドは、グラファイトにおける面内の振動のE
2gモードとその縮退したモードの重ね合わせのバンドであり、ラマンスペクトルのピークが1560cm
−1付近に現れるバンドある。また、前記Dバンドは、グラファイトの結晶端での非対称性によるA
1gモードとその縮退したモードの重ね合わせのバンドであり、ラマンスペクトルのピークが1360cm
−1付近に現れるバンドである。
【0011】
本発明の第2の形態は、前記他元素が珪素であり、炭素に対する前記珪素の含有率Xが0at.%<X≦15at.%であるDLC膜である。
【0012】
本発明の第3の形態は、前記DLC膜に前記他元素として珪素と珪素以外の一種以上の他の元素成分を含有したDLC膜である。
【0013】
本発明の第4の形態は、前記DLC膜に前記他元素として珪素以外の一種以上の他の元素成分を添加したDLC膜である。
【0014】
本発明の第5の形態は、前記DLC膜に前記他元素としてホウ素を添加したDLC膜である。
【0015】
本発明の第6の形態は、前記DLC膜に前記他元素としてホウ素とホウ素以外の一種以上の他の元素成分を添加したDLC膜である。
【0016】
本発明の第7の形態は、波長550nmの光に対して屈折率が2.5〜3.0且つ消衰係数が0.05〜0.40であるDLC膜である。
【0017】
本発明の第8の形態は、前記DLC膜表面における異物粒子の付着及び/又は脱離に起因する凹凸の占有面積率srの膜厚tに対する比sr/tが0.01%/nm以下であるDLC膜である。
【0018】
本発明の第9の形態は、前記DLC膜を物品の表面に被覆させたDLC膜被膜物品である。
【0019】
本発明の第10の形態は、前記物品は、切削工具、切断工具、成型加工工具、精密金型、ガラスプレス用金型、化学強化ガラス用プレス成形金型、成形部品、摺動部品、光学素子、光学部品又は装飾品であるDLC膜被膜物品である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の第1の形態によれば、前記他元素が添加されたDLC膜のラマン分光スペクトルにおいて、波数が1000〜1200cm
−1の間にピークを有するSバンドと略称する特性バンドが検出されるから、第1の形態に係るDLC膜がta−Cの構造を有することが明らかである。
波長244nmの紫外 レーザー光を照射して測定されたラマン分光スペクトルにおいて、ta−CからなるDLC膜は、Tバンドが1000cm
−1〜1150cm
−1の範囲に現れることが知られている。本発明の第1の形態では、波長500nm〜600nmの可視光によるラマン分光スペクトルにおいて、Tバンドに対応するSバンドが現れている。Sバンドは、他元素を添加しないta−Cのラマン分光スペクトルで測定されていた(特許文献1参照)。
しかしながら、波長500nm〜600nmの入射光よる他元素を添加したDLC膜のラマン分光スペクトルにおいて、Sバンドが測定されることは、本発明者らの鋭意研究の結果、発見したものである。前述のように、Sバンドは、ta−Cにおけるsp
3結合由来のバンドであり、他元素を添加してもSバンドが測定される程度にta−Cの構造が形成されていることを示している。従来のDLC膜では、他元素が添加された場合に、ta−Cが形成されていることを明確に示す根拠が示されてこなかった。本発明の第1の形態は、上述の波長範囲にあるレーザー光を用いたラマン分光スペクトルにおいてSバンドが測定されたta−Cからなる他元素含有DLC膜である。
更に、本発明の第1の形態では、グラファイト構造由来のGバンド、グラファイト構造の欠陥由来のDバンドに関し、前記Gバンドのピーク強度と面積強度をPg、Agとし、前記Dバンドのピーク強度と面積強度をPd、Adとしたとき、前記特性バンドと称されるSバンドのピーク強度と面積強度をPs、Asは、次のような関係を有している。即ち、ピーク強度比Pd/Pg及び面積強度比Ad/Agが0.5以下であり、且つピーク強度比Ps/Pd及び面積強度比As/Adが0.01以上である。
Gバンドがグラファイト構造由来のものであり、Dバンドがグラファイト構造の欠陥由来のものであることから、前記ピーク強度比Pd/Pgは、DLC膜におけるグラファイト構造の欠陥の比率に起因するものである。よって、前記ピーク強度比Pd/Pgが0.5以下であることは、グラファイト構造の欠陥が比較的少ないことを示している。同様に、前記面積強度比Ad/Agも0.5以下であり、ピーク強度だけでなく、面積強度においてもグラファイト構造の欠陥が比較的少ないこと示している。
更に、前記ピーク強度比Ps/Pdと前記面積強度比As/Adが0.01以上であるから、ta−C由来のSバンドがグラファイト構造の欠陥由来のDバンドに対して十分な強度で測定されることを示しており、第1の形態に係るDLC膜が所定の比率以上にsp
3結合を有するta−CからなるDLC膜であることがわかる。
第1の形態のDLC膜によれば、高強度で好適な耐久性を有し、好適なDLCの特性を有する水素フリーのta−CからなるDLC膜であると共に、他元素の添加により耐熱性を付与することができる。
尚、ta−Cに分類されるDLC膜に関し、sp
3結合/(sp
2結合+sp
3結合)の比が0.5〜0.9、水素含有量が0〜5at.%、ナノインデンテーション硬さが40〜100GPa、密度が2.7〜3.4g/cm
3であることをta−Cの定義とする場合もある(特許文献1)が、本願明細書では、前記ラマン分光スペクトルにおいてSバンドが測定されるものをsp
3比率の高いta−Cとみなしている。
なお、前記他元素を添加し且つ、sp
3比率の高い本発明DLC膜は電気抵抗率も高くなり、概ね10
−3Ωcm 以上となる。添加元素が珪素のみの場合、本発明DLC膜によれば電気抵抗率はより高めとなり10
−2Ωcm以上となり、なかでも電気抵抗率が10Ωcm以上であれば、特に高いsp
3比率を有する本発明DLC膜である。
また、本発明のDLC膜は、プロセスチャンバ内に水素を含むガスを意図的には導入しないで成膜したものであり、実質的に水素を含まない水素フリーのDLC膜である。但し、元来、真空チャンバ内壁や電極内(および内壁)に付着、吸着していたガス、ゴミ、あるいは水などがプロセス中に脱離して、膜内に混入する場合もあるため、水素含有量を完全になくすことは困難であるが、その程度は、通常5at.%以下である。そして、この程度であれば、保護膜としての密度や硬さ、耐熱性、耐摩耗性、耐凝着性、耐食性、光透過性、電気伝導度などの機械的特性、化学的特性、電気的特性、光学的特性への実質的な影響がないことから、具体的な水素含有量としては5at.%以下を意味する。
【0021】
本発明の第2の形態によれば、前記他元素が珪素であり、炭素に対する前記珪素の含有率Xが0at.%<X≦15at.%であるから、好適な耐熱性をDLC膜に付与することができる。前記珪素の含有率Xが15at.%以下である場合、より確実に前記ラマン分光スペクトルにSバンドが現れるDLC膜が成膜されることから、ta−Cと同じ高硬度なDLC構造を形成される。前記含有率Xが15at.%より大きくなると、前記ラマン分光スペクトルにSバンドが測定されず、構造が変化するものと思料される。よって、前記珪素の含有率Xが0at.%<X≦15at.%であれば、水素フリーでta−CからなるDLC膜が形成され、Siを添加することによって好適な耐熱性が付与されるから、対象物の保護膜として良好な耐久性を有している。
【0022】
本発明の第3の形態によれば、前記DLC膜に前記他元素として珪素と珪素以外の一種以上の他の元素成分を含有することも可能で、さらに添加する元素成分に応じて所定の特性をDLC膜に付与することができる。
【0023】
本発明の第4の形態によれば、前記DLC膜に前記他元素として珪素以外の一種以上の他の元素成分を添加するから、添加する元素成分に応じて所定の特性を付与することが可能であり、例えば、耐熱性以外の特性を向上させることも可能である。
【0024】
本発明の第5の形態によれば、前記DLC膜に前記他元素としてホウ素を添加することも可能で、例えば導電性などの耐熱性以外の特性を向上させることも可能である。
【0025】
本発明の第6の形態によれば、前記DLC膜に前記他元素としてホウ素とホウ素以外の一種以上の他の元素成分を添加することも可能で、例えば導電性や耐熱性以外の特性を向上させることも可能である。
【0026】
本発明の第7の形態によれば、波長550nmの光に対して屈折率が2.5〜3.0且つ消衰係数が0.05〜0.40であるから、好適な耐久性を付与することができる。成形用金型にDLC膜を成膜した、ガラスレンズの成形試験では、プレス成形を繰り返し、DLC膜が剥離することなく、成形用金型表面へのガラス材料の付着や成形されたレンズの表面形状の変化を引き起こすことなく、成形可能な回数(以下、単に「成形回数」とも称する)を測定している。屈折率が2.5〜3.0且つ消衰係数が0.05〜0.40の範囲にある場合に成形回数が実用上有効な値となることが確認されている。従って、好適な耐久性を有するDLC膜が得られたことを比較的に簡単に検査する方法として、屈折率や消衰係数の測定を用いることができる。
ただし、前記他元素が珪素以外の場合、その含有率が高くなると、sp
3の比率が十分に高いにも係わらず、必ずしも屈折率と消衰係数は上記の範囲に収まらない場合もある。
【0027】
本発明の第8の形態によれば、前記DLC膜表面における異物粒子の付着及び/又は脱離に起因する凹凸の占有面積率srの膜厚tに対する比sr/tが0.01%/nm以下であるDLC膜であるから、DLC膜の表面が滑らかであり、好適な保護膜として機能させることができる。
即ち、ドロップレットなどの異物粒子の付着や脱落に起因するDLC膜表面における凹凸の占有面積と膜厚の比を特定して、表面平滑性の限界的な値としている。
一般に、真空アーク放電では、陰極点から陰極材料イオン、電子、陰極材料中性粒子(原子及び分子)といった真空アークプラズマ構成粒子が放出されると同時に、サブミクロンから最大数百ミクロンの大きさの陰極材料粒子(ドロップレット)が放出される。
DLC膜を成膜した金型に主にドロップレットなどの異物粒子の付着や脱離によって、表面粗さが増大し、例えば、レンズ成形では、表面の光散乱が大きくなり、成形品の光学性能の低下を招く。また、黒鉛陰極材料から副生する当該ドロップレットはグラファイト構造(sp
2構造)を呈しており、黒鉛状態の場合やアモルファス状態のものがあり、いずれの状態でもダングリングボンドを多く含んでいること(ラマンスペクトルにおいてDバンドの強度が比較的強い)から、耐熱性に劣り、高温での耐久性に問題が生じる。そして、ドロップレットが高温において黒鉛化し始めると、これに伴ってその周囲の膜も黒鉛化し出すことになり、DLC膜中の黒鉛成分が多くなると、硬度が低下して、高温に耐えることができなくなる。ガラスレンズ成形の場合、ドロップレットが付着すると、ドロップレットを起点として膜の高温劣化やガラスが凝着したり、ガラスレンズ側への付着やドロップレットの抜けた穴にガラスが凝着してしまうことにもなる。
また、DLC被覆工具でも、ドロップレットによる表面粗さの増加は、加工面精度の悪化や切削抵抗の上昇に繋がるだけでなく、膜の靱性を下げ、剥離やチッピング磨耗によっても、表面が荒れてしまい切削抵抗を上げ、ドロップレットの抜けた穴は、被削材の凝着が生じる原因となる他、剥離の原因となりやすく、また、摩擦係数も上がるため、切削温度の上昇も誘発し、被削材の凝着の増加による切削障害や、コーティングの劣化を促進するため、極力少ない事が望ましい。
なお、本発明において「異物粒子」とは、主にドロップレットを意味するが、これ以外にもハンドリング中にゴミなどが付着することがないとは言えず、これらのゴミ粒子をも含めて「異物粒子」と称するものとする。
【0028】
本発明の第9の形態によれば、前記DLC膜を物品の表面に被覆させるから、物品に好適な耐熱性と強度を付与することができる。
DLC被覆物品が金型で、ta−Cから成り、上記特性を備えた本発明のDLC膜を基材上に備えたものであって、ガラス成形金型、化学強化ガラス成形金型、樹脂成形金型、ゴム成形金型、セラミック成形金型、薬剤成形用金型、圧粉成形用金型、プレス金型、鍛造金型、鋳造金型、射出成形金型、ブロー成形金型、圧縮成形金型、真空成形金型、あるいは押出金型に適用することができ、とりわけ、直径0.001mm以上、厚さ0.001mm以上のガラス製又は樹脂製の球面レンズ又は非球面レンズ成形用の金型にも好適に用いることができる。
また、DLC被膜物品が工具で、切削工具に適用した場合、高い切削性能を保持するには、高い硬度と耐凝着性を持ち、耐熱性がより高い方が望ましいことから、ドリル、エンドミル、エンドミル加工用刃先交換型チップ、フライス加工用刃先交換型チップ、旋削用刃先交換チップ、メタルソー、歯きり工具、リーマ、タップなどの切削工具としての用途に用いることができる。また、成型加工用パンチ及びダイなどの用途に用いることができる。摺動部材としては、例えば自動車用内燃機関の場合には、カムシャフト、バルブリフター、アジャスティングシムなどの動弁機構、ピストン、ピストンリング、シリンダライナー、コンロッド、クランクシャフト、ベアリング、軸受けメタル、チェーン、スプロケット、チェーンガイド、ギヤーなどの動力伝達機構などに用いることができる。
【0029】
本発明の第10の形態によれば、前記物品は、切削工具、切断工具、成型加工工具、精密金型、ガラスプレス用金型、成形部品、摺動部品、光学素子、光学部品又は装飾品であるから、他元素を含有するDLC膜を被膜することにより、好適な耐久性を付与することができる。特に、切削工具、切断工具、成型加工工具、精密金型、ガラスプレス用金型、摺動部品の耐熱性を向上させるから、高温の条件下で繰り返し使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明に係るDLC膜は、耐熱性を向上させるために他元素が添加されており、以下、実施例として、主に耐熱性の向上が比較的顕著であった珪素(Si)をDLC膜に添加した場合について詳細を記載する。
更に、DLC膜の成膜には、後述するように、主に黒鉛からなる蒸着源を用いたフィルタードアーク蒸着法を用いており、主にta−CからなるDLC膜を成膜している。実施例では、DLC膜の成膜時に他元素として主に珪素を添加しており、炭素からなる蒸着源と珪素からなる蒸着源を用いる方法と、炭素と珪素又は炭化珪素又はその他の元素物質又はその他の元素の炭化物から形成される蒸着源を用いる方法とがあり、適宜に選択することができる。
【0032】
図1は、本発明に係るDLC膜を熱処理したときのラマン分光スペクトルの変化を示すグラフ図である。レーザーラマン分光光度計(メーカー:JYOBIN−YVON、型式:LABRAM−HR−800)を用いて、励起光源のレーザー波長を515nmとして、DLC膜のラマン分光スペクトルを測定している。試料としては、予め鏡面研磨した基材の表面に珪素を添加したDLC膜(以下、「珪素含有DLC膜」とも称する)が形成され、準備されている。この試料の基材としては、超硬基材を用いている。
加熱試験における熱処理では、DLC膜が成膜された基材を各熱処理温度まで加熱しており、熱処理前と、所定の熱処理温度まで加熱した珪素含有DLC膜(珪素含有量:3at.%)のラマン分光スペクトルを測定した。各熱処理温度は、図示のように、800℃、850℃、900℃及び950℃である。熱処理装置内の到達真空度を3.0×10
−2Paとし、各熱処理温度まで2時間で昇温後、1時間保持し、その後、常温まで冷却を行った。試験前後には、アルゴンガスのパージを行った。
【0033】
熱処理前のスペクトル(a)では、矢印Hで示したHバンドが現れている。後述するように、バンドHはハイブリッドバンドであり、GバンドとDバンドの合成バンドである。更に、波数が1000〜1200cm
−1の間にピークを有するSバンドが測定されており、Sバンドについては後述する。800℃、850℃、900℃で熱処理が施された珪素含有DLC膜のスペクトル(b)〜(d)では、Hバンドがハイブリッドバンドとして測定されている。即ち、800℃〜900℃における高温の熱処理を行っても、珪素含有DLC膜の構造がほぼ保持されていることを示している。
熱処理温度が950℃であるスペクトル(e)では、GバンドとDバンドが明確に分離してハイブリッドバンドが測定されなくなっている。即ち、スペクトル(e)は、熱処理によって珪素含有DLC膜の構造が変化したことを示しており、基材表面の被膜としての特性が変化していることを示している。
【0034】
図2は、比較例のDLC膜を熱処理したときのラマン分光スペクトルの変化を示すグラフ図であり、比較例のDLC膜は、珪素を添加していない従来のta−CからなるDLC膜である。
図1と同様に、励起光源として波長515nmのレーザー光が用いて、熱処理前と熱処理温度800℃、850℃、900℃、950℃のラマン分光スペクトルを測定している。
図2のスペクトル(a)では、熱処理前にハイブリッドバンドであるHバンドが現れているが、熱処理温度800℃のスペクトル(b)では、既にハイブリッドバンドであるHバンドが分離してGバンドとDバンドが現れている。同様に、850℃、900℃、950℃のスペクトル(c)〜(e)でもGバンドとDバンドが分離したラマン分光スペクトルが測定されている。即ち、比較例のDLC膜は、
図1に示した本発明に係る珪素含有DLC膜に比べて、耐熱性が低く、800℃以上で構造が変化していることを示している。
よって、
図1、2に示した実施例と比較例のラマン分光スペクトルの熱処理温度に対する変化から、珪素の添加によりDLC膜に好適な耐熱性が付与されたことが明確に示されている。また、本願明細書では、DLC膜における耐熱性の向上を示す明確な実測データとして、ラマン分光スペクトルにおけるハイブリッドバンド(Hバンド)が高温での熱処理後も分離されないことを示しており、
図1、2に示すように、本発明と比較例は完全に区別される。
【0035】
図3は、本発明に係るDLC膜のラマン分光スペクトルにおける各バンドの成分をフィッティングしたグラフ図である。レーザーラマン分光光度計(メーカー:日本分光、型式:NRS−1000)を用いて、励起光源のレーザー波長を532nmとして、ラマン分光スペクトルを測定している。本発明に係る珪素含有DLC膜では、ラマン分光スペクトルにおいて、ハイブリッドバンドであるHバンドと、ta−Cにおけるsp
3結合由来のSバンドが測定されている。同様に、励起光源として波長515nmを用いた場合にも、Sバンドが測定されることを確認している。前述のように、Hバンドは、GバンドとDバンドからなるハイブリッドバンドであり、
図3では、フィッティングによりGバンドとDバンドの成分を分解している。即ち、HバンドのフィッティングからGバンドとDバンドのピーク強度Pg、PdとAg、Adを見積ることができる。更に、Sバンドは、比較的強度が弱く、ブロードであるため、フィッティングによってピーク強度Psと面積強度Asを見積っている。各バンドのフィッティングには、最小二乗法を用いることがより好ましい。
【0036】
図4は、本発明に係るDLC膜形成装置の構成を示すブロック図である。このブロック図に示した例では、炭素からなる主蒸発源2と、炭素以外の他元素からなる副蒸発源3が配置されている。主蒸発源2は、主蒸発物質発生部8に設置され、主蒸発物質蒸発手段8aにより主蒸発源2から蒸発した蒸発物質が供給される。同様に、副蒸発源3は、副蒸発物質発生部10に設置され、主蒸発物質蒸発手段10aにより主蒸発源3から蒸発した副蒸発物質が供給される。
主蒸発物質発生部8は、フィルター部12aを介して対象物6が配置された処理部4に接続され、同様に、副蒸発物質発生部10は、フィルター部12bを介して処理部4に接続されている。よって、主蒸発源2と副蒸発源3の蒸発物質を各々のフィルター部12a、12bを介して処理部4に導入し、他元素が添加されたDLC膜を対象物6の表面に成膜する。添加される他元素の含有量は、蒸発量や成膜時間等によって調整可能である。
前記フィルター部12a、12bは、主蒸発源2や副蒸発源3の蒸発物質以外に生じる不純物を除去する機能を有し、例えば、主蒸発物質蒸発手段8aがフィルタードアーク蒸着装置である場合、主蒸発源2からプラズマと共に、電気的に中性な粒子等からなるドロップレットが発生する。よって、フィルター部12aには、主蒸発物質発生部8から処理部4に進行するプラズマの経路を電磁力によって屈曲又は湾曲させ、ドロップレットと分離する等のフィルター機構が設けられている。
【0037】
図4に示した2つ以上の蒸着源を有する場合、主蒸発源2は、炭素からなる固体の蒸発源であり、実施例では、黒鉛材料を用いている。更に、主蒸発物質蒸発手段8aとしては、前述のフィルタードアーク蒸着装置の他に、真空アーク法やレーザー蒸発法やパルスレーザーアーク法、真空アークとパルスレーザーアークを併用した方法が用いられ、ガス導入を行わず炭素を蒸発させるものであり、高密度な炭素単体の蒸発源を利用できるため、高品質のDLC膜を成膜することができる。
副蒸発物質蒸発手段10aとしては、抵抗加熱蒸発、電子線蒸発、真空アーク、フィルタードアーク、レーザー蒸発、パルスレーザーアーク、加熱セル蒸発、るつぼ型蒸発、ノズル蒸発又は有機EL蒸発を用いることができる。主蒸発物質蒸発手段8aがガス導入を行わず主蒸発物質を蒸発させるものであることから、副蒸発物質蒸発手段10aもガス導入せずに、他元素を蒸発させる蒸発手段を選択される。
なお、当然ながら真空度は低い程好ましく、より強力な真空ポンプを用いて真空度を向上させる手法が好ましい。その他、成膜前にアーク放電させることで、フィルターダクト内の脱ガスを促進させる手法や、成膜前のArイオンエッチング工程を長めに行い、炉内の脱ガスを進める手法等も有効である。
【0039】
表1には、実施例及び比較例として作製された各DLC膜の成膜条件を示しており、Arイオンエッチングを行った後の超硬基板上に各DLC膜を成膜させている。その他の条件は共通で、アーク電流:50A、真空度5.0×10
−3Pa以下で成膜した。成膜条件に応じて試料#01〜05のDLC膜を「DLC:Si(1)」、「DLC:Si(2)」、「DLC(1)」、「DLC(2)」、「DLC:Si:H」、「DLC:B」及び「DLC:Si:B」の7種類に分類している。試料#01のDLC:Si(1)と#02のDLC:Si(2)は、本発明に係る珪素含有DLC膜の成膜条件を実施例として示している。#06のDLC:Bと#07のDLC:Si:Bは他元素含有DLC膜の成膜条件を実施例として示している。また、試料#03のDLC(1)と#04のDLC(2)は、珪素を添加していないDLC膜の成膜条件を比較例として示したものである。更に、試料#05のDLC:Si:Hは、他元素の原料としてTMS蒸気を導入し、水素を含む珪素含有DLC(表1に「DLC:Si:H」と記載)膜が成膜される成膜条件を他の比較例として示している。
尚、各成膜条件のDLC膜は、エネルギー分散型X線分析によって、前記他元素の含有量を求めているが、電子線マイクロアナライザ分析やX線光電子分光等の高精度な元素分析でも、概ね同様な結果が得られる。また、水素含有量は、共鳴核反応分析によって求めている。以下に、上記7種類のDLC膜の成膜条件を詳細に説明する。
【0040】
表1に示した試料#01の成膜方法では、
図4に示した主蒸発物質蒸発手段としてフィルタードアーク蒸着装置(「FAD装置」と称する)を用い、前記副蒸発物質蒸発手段として電子線蒸着装置(「EB装置」と称する)を用いている。また、試料#01の作製では、FAD装置の主蒸発源として黒鉛陰極材料を用い、副蒸発源として珪素材料を用いている。即ち、FAD装置によって炭素を供給し、表1の「他元素の添加方法」に記載されるように、EB装置によって珪素を供給して、珪素含有DLC膜を成膜している。表1には、他のDLC膜と成膜方法を区別するため、「DLC:Si(1)」と記載している。
試料#01の成膜では、主蒸発源のアーク電流が一定となるよう保持し、EB装置の加速電圧を6kVとして、エミッション電流を80〜120mAの範囲内で変化させ、珪素の蒸発量を調整している。主蒸発源と副蒸発源を同時に運転して、珪素含有量を調整することによって、所望の試料#01のDLC:Si膜を基材上に成膜している。表1に示すように、被成膜基板に印加電圧は約―100Vのパルス電圧である。試料#01のDLC:Si(1)は、
図1に示したラマン分光スペクトルの結果と同様に、珪素添加によって耐熱性が向上する。
【0041】
表1の試料#02は、成膜方法に異なる他の実施例として、珪素含有量が1〜10at.%となるように、微粉化した炭化珪素を添加した黒鉛陰極材料をFAD装置の蒸着源に用い、DLC:Si膜を基板上に成膜したものである。表1に記載するように、珪素含有蒸発源を用いて成膜された珪素含有DLC膜を「DLC:Si(2)」と称している。即ち、DLC:Si(2)は、珪素含有蒸着源を用いることにより、1つの蒸着源(「ターゲット」とも称する)から炭素と珪素を蒸発させて成膜された珪素含有DLC膜である。
試料#06は同様に微粉化した炭化ホウ素を添加した黒鉛陰極材料、試料#07は微粉化した炭化珪素と炭化ホウ素を添加した黒鉛陰極材料を、FAD装置の蒸着源に用い、DLC:B膜、DLC:Si:B膜をそれぞれ基板上に成膜したものである。
【0043】
表2は、DLC膜に含まれる珪素の元素比率(at.%)(表中で「膜中Si元素比率」と称している)に対するDLC膜の膜硬度を記載している。前記膜中Si元素比率は、ターゲットに添加される珪素の添加量(at.%)(表中に「ターゲットSi添加量」と称している)に依存し、前記ターゲットSi添加量の増加に伴って膜中Si元素比率が増大しているだけでなく、膜硬度も著しく減少している。これはsp
3比率が低いことを示しており、珪素の添加濃度は本発明の範囲内ではあるが本発明品とならない。
これに対して実施例1では、炭化物化して珪素を混合することで、融点が1,400℃から2,700℃へ上昇するため、成膜時のアーク放電により、珪素が蒸着源表面に溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析しづらくなり、安定した放電が可能になる。さらに実施例1では非常に高い膜硬度が得られており、高いsp
3比率を有することが示唆され、本発明の膜となりえる。
珪素以外の他元素を添加する場合も、炭化物としてターゲットに混合することで安定した放電が容易となり、本発明膜を形成しうる。
【0044】
表2の結果は、単に添加元素をターゲットに混ぜるだけでは、十分な膜硬度が得られておらず、sp
3比率が所望の膜硬度を実現する値より低くいことを示唆している。本発明に係るDLC膜は、添加元素が珪素の場合、珪素の含有率が0at.%<X≦15at.%であることを特徴としているが、その含有率の条件のみで本発明のDLC膜が得られるものではない。前述のように、本発明に係るDLC膜は、ラマン分光スペクトルにおいて、少なくともSバンドが現れるようなsp
3比率を有していることを特徴としている。よって、ラマン分光スペクトルにSバンドが現れるsp
3比率を実現するとき、例えば、ターゲットから安定して添加元素が供給されるといった条件が要求されることが考えられる。換言すれば、表2の結果は、ターゲットの質にもDLC膜の膜質が依存している可能性があることを示している。従って、金属などの他元素を添加したターゲットによってDLC膜を成膜する場合、好適なターゲットを用いることによって、本発明に係るDLC膜をより確実に成膜することができることを示唆している。
更に、本実施例ではFAD装置を用いて成膜しているが、本発明の実施方法を限定するものではない。特に、一般的な真空アーク法に該ターゲットを用いた場合、真空炉内に多数の蒸発源を設置することが容易なため、大面積を高速に成膜することが可能になる。
また、添加物混合蒸発源を利用する場合、真空アークとレーザーアークを併用する手法も好ましい。これは、前述のように放電により、表面に析出した添加物をレーザーにより蒸発させることで、安定した真空アーク放電を維持することが可能になるためである。この場合、レーザーは着火時のみか、アーク放電中常に照射するか、アーク放電をパルス化し、これと同期させてレーザーを照射する手法など用いても良い。また、これらアーク放電にレーザー照射を併用する手法に加えて、前述のフィルターを併用する手法がさらに好ましい。
【0045】
また、前述の表1に示した試料#02の作製では、FAD装置において約−100VのDC電圧を被成膜基板に印加している。
図1に示したラマン分光スペクトルと同様のスペクトルは、試料#01のDLC:Si(1)や試料#02のDLC:Si(2)を用いた場合にも測定されており、好適な耐熱性を有することが確認されている。
表1の試料#03は、珪素を添加しないDLC膜であり、表中に「DLC(1)と記載している。DLC(1)は、FAD装置により黒鉛陰極材料からなる蒸発源を用いて成膜されたDLC膜を示しており、珪素は添加されていない。被成膜基板に対するパルス電圧は約−100Vである。試料#03のDLC(1)は、試料#01のDLC:Si(1)と比較できるよう、珪素の添加が行われない以外は、試料#01と同様の成膜条件で成膜されている。
表1の試料#04は、珪素を添加しないDLC膜であり、FAD装置により黒鉛陰極材料からなる蒸発源を用いて成膜しており、表中に「DLC(2)と記載している。試料#04は、被成膜基板に対する印加電圧が約−100VのDC電圧であり、試料#02との比較のため、蒸発源以外の成膜条件を同一にしている。試料#04は、
図2のラマン分光スペクトルを測定したDLC膜と同じ成膜条件であり、
図2と同様に、800℃以上の熱処理では、ラマン分光スペクトルに現れるDバンドとGバンドが顕著に分離する。この結果は、前述のように、珪素の添加によってDLC膜に好適な耐熱性が付与されることを示している。
表1の試料#05は、前述のように、FAD装置を用いたTMS蒸気を導入し、水素を含む珪素含有DLC膜を超硬基板に成膜したものであり、このDLC膜を「DLC:Si:H」と称している。
【0047】
表3は、種々のDLC膜のラマン分光スペクトルに現れる各バンドのピーク位置を示している。
図3に示したように、本発明に係るDLC膜のラマン分光スペクトルには、Sバンド、Dバンド、Gバンドが現れる。表3の試料#1〜11は、表1に示した成膜条件で基材表面に形成されたDLC膜であり、励起光源としてレーザー波長532nmで測定したラマン分光スペクトルのSバンド、DバンドやGバンドのピーク位置を表3に記載している。表3におけるDLC膜の種類は、表1に示した「DLC:Si(1)」、「DLC:Si(2)」、「DLC(1)」、「DLC(2)」及び「DLC:Si:H」の5種類である。即ち、試料#1〜4は、FAD装置とEB装置によって成膜される「DLC:Si(1)」であり、試料#5〜8は、珪素含有蒸発源から成膜される「DLC:Si(2)」である。また、試料#9、10は、FAD装置にパルス電圧を印加して成膜される「DLC(1)」及びDC電圧を印加して成膜される「DLC(2)」であり、試料#11は、TMSガスを導入して成膜される「DLC:Si:H」である。
【0048】
表3に示すように、試料#1〜4のDLC:Si(1)では、DLC膜の珪素(Si)含有量を0.7at.%から17.2at.%まで増加させている。試料#1〜3のラマン分光スペクトルでは、Sバンドが現れているが、珪素含有量が17.2at.%以上となる試料#4のラマン分光スペクトルでは、Sバンドのピークが明確に現れなかった。表には示していないが、試料の珪素含有量が約15at.%程度までの場合、ラマン分光スペクトルにおいて、Sバンドのピークとみなさせるピークが僅かに検出される試料も存在したが、珪素含有量が15at.%程を越えると、完全にSバンドの成分は検出されていない。
前述のように、波数が1000〜1200cm
−1の間にピークを有するSバンドは、ta−Cにおけるsp
3結合由来のバンドであり、試料#1〜3のラマン分光スペクトル測定においてSバンドが測定されている。よって、試料#1〜3の珪素含有DLC膜は、ta−C膜と同様の強度を有し、さらに珪素添加による好適な耐熱性が付与されている。
【0049】
表3に示した試料#5〜8のDLC:Si(2)は、DLC膜の珪素(Si)含有量が0.8at.%から12.8at.%まで増加しており、ラマン分光スペクトル測定においてSバンドが測定されている。珪素含有量がおよそ15at.%程度までは、各ラマン分光スペクトルにSバンドが現れ、水素フリーでta−C型の構造を有する珪素含有DLC膜が成膜されることを示している。
試料#11のDLC:Si:Hは、前述のように、TMSガスの導入によって珪素が添加され、さらに水素を含有するものであり、Sバンドのピークは観察されていない。
【0052】
表4には、試料#1〜#11のラマン分光スペクトルにおけるGバンド、Dバンド及びSバンドのピーク強度(Pg、Pd、Ps)の各比率を示し、表5には、面積強度(Ag、Ad、As)の各比率を示している。前述のように、Gバンドがグラファイト構造由来のものであり、Dバンドがグラファイト構造の欠陥由来のものであることから、ピーク強度比Pd/Pgは、DLC膜におけるグラファイト構造の欠陥の比率に起因するものである。ピーク強度比Pd/Pgは、0.5以下であることが好ましく、グラファイト構造の欠陥が比較的少なく、好適な強度を有する珪素含有DLC膜が形成されていることを示している。同様に、面積強度比Ad/Agも0.5以下であることが好ましく、好適な珪素含有DLC膜が形成されていることを示している。
【0053】
更に、表4及び表5に示すように、ラマン分光スペクトルにおいてSバンドが検出されるだけでなく、ピーク強度比Ps/Pdと面積強度比As/Adが0.01以上であることが好ましい。即ち、ta−C由来のSバンドがグラファイト構造の欠陥由来のDバンドに対して十分な強度で測定されており、珪素含有DLC膜が所定の比率以上にsp
3結合を有するta−C膜であることから、高品質のDLC膜が成膜されていることを示している。同様に、ピーク強度比Ps/Pgと面積強度比As/Agもより高い値を有していることが好ましい。
【0055】
表6には、試料#1〜11のDLC膜に関する光学的な測定値として屈折率と消衰係数を記載し、さらに各DLC膜を成膜したガラスレンズ成形用金型を用いて、ガラスレンズを成形可能な回数を測定している。各DLC膜の屈折率と消衰係数は、分光反射率測定器を用いて波長域380nm〜780nmの範囲で測定されたDLC膜の反射率特性から、光学シミュレーションによって屈折率と消衰係数を算出している。表5に示した屈折率と消衰係数は、550nmの光に対する値である。尚、分光反射率測定を行ったDLC膜は、ガラスレンズ成形用金型である超硬基材上に成膜しており、DLC:Si(1)、DLC:Si(2)、DLC(1)、DLC(2)、DLC:Si:Hの各成膜条件で成膜している。
ガラスレンズの成形試験では、ガラスプリフォーム材料(ガラス転移点608℃、軟化点713℃)を使用し、成形時の温度を683℃、プレス荷重を400kgfとして、窒素雰囲気中でガラスレンズを成形している。プレス成形を繰り返し、DLC膜が剥離することなく、成形用金型表面へのガラス材料の付着や成形されたレンズの表面形状の変化を引き起こすことなく、成形可能な回数(以下、単に「成形回数」とも称する)を調査している。
【0056】
成形回数は、より多いことが実用上好ましい。ラマン光学スペクトルでSバンドが測定された珪素含有DLC膜である試料#1〜3と試料#5〜8では、全て成形回数が500回以上となっている。即ち、優れた耐熱性を有すると共に、繰り返しの荷重に対する優れた耐久性を保持していることがわかる。試料#4では、Sバンドは測定されず、試料#1〜3と試料#5〜8と比べ、成形回数は500回未満となっている。更に、珪素が添加されていない試料#9、#10では、成形回数がいずれも500未満であり、消衰係数が比較的小さく、0.05未満となっている。また、水素を含む珪素含有DLC膜である試料#11は、成形回数が50であり最も小さく、屈折率も試料#1〜10と比較して最も小さな値となっている。よって、珪素含有DLC膜の評価方法として、屈折率と消衰係数を用いると、波長550nmの光に対する屈折率が2.5〜3.0且つ消衰係数が0.05〜0.40であるとき、成形耐久性の好適な珪素含有DLC膜が得られることが分かる。
【0057】
図5は、本発明に係る主蒸発源2、主進行方向7、副蒸発源3及び副進行方向9を模式的に示すDLC膜形成装置の概略図である。
図4には、DLC膜形成装置の一例をブロック図として示したが、
図5では、主蒸発源2と主進行方向7及び副蒸発源3と副進行方向9の関係について説明する。(5A)に示す模式図では、対象物6の被覆面中心領域6aに対して、主蒸発源2と副蒸発源3から直線的に、各々の蒸発物質が主進行方向7と副進行方向9に沿って進行し、対象物6の表面に他元素含有DLC膜が成膜される。主進行方向7と副進行方向9のなす角θが180°以下であれば、他元素含有DLC膜を好適に対象物6の表面に成膜することができる。主蒸発源2から主蒸発物質として炭素を供給し、副蒸発源3から副蒸発物質として炭素や水素以外の他元素を供給して、他元素含有DLC膜を成膜する。
【0058】
図5の(5B)に示す模式図は、主蒸発源2から蒸発した主蒸発物質が1回屈曲され、主進行方向7に沿って対象物6の被覆面中心領域6aに到達し、同時に副蒸発源3から蒸発した副蒸発物質が1回屈曲され、副進行方向9に沿って被覆面中心領域6aに到達している。前述のように、フィルタードアーク蒸着装置では、電磁気力によって蒸発物質の進行方向を屈曲させ、ドロップレット等の不純物を分離することが可能である。(5B)においても、主進行方向7と副進行方向9のなす角θが180°以下であれば、他元素含有DLC膜を好適に対象物6の表面に成膜することができる。
(5C)では、主蒸発源2から主の蒸発物質を電磁気力により湾曲状に進行させ、主蒸発物質に含まれるドロップレットと分離させている。最終的に対象物6の主進行方向に沿って、被覆面中心領域6aに到達している。また、(5C)において、副蒸発源3からの副蒸発物質は、(5A)と同様に直進して副進行方向9に沿って被覆面中心領域6aに到達している。同様に、主進行方向7と副進行方向9のなす角θが180°以下であれば、他元素含有DLC膜を好適に対象物6の表面に成膜することができる。
【0059】
図6は、本発明に係るDLC膜形成装置1の実施例を示す構成概略図である。
図6のDLC膜形成装置1は、T字型フィルタードアーク蒸着装置であり、主蒸発物質発生部8、フィルター部12及び処理部4から構成されている。主蒸発物質発生部8には、シールド30が設けられた主蒸発源2と、この主蒸発源2に電圧を印加する電源22と、この電源22に接続された陽極28と、電流制限抵抗器24を介して電源22に接続されるトリガ電極26と、発生させたアークを安定させるアーク安定化用コイル32とが設けられている。主蒸発源2の表面にトリガ電極26により真空アークを生起し、主蒸発物質のプラズマを発生させる。
プラズマは、プラズマ引出用コイル34によってフィルター部12に誘導され、ドロップレットを含む主蒸発物質が混合進行路48を進行する。混合進行路48を進行するプラズマは、プラズマ屈曲用コイル36により屈曲部46で主進行路18に誘導され、ドロップレットはドロップレット進行方向40に進んでドロップレット捕集部42に捕集される。ドロップレットが分離されたプラズマは、プラズマガイド用コイル38により主進行路18を誘導され、処理部4に導入される。
【0060】
図6に示すように、処理部4では、対象物6が取付台44に設置されている。副蒸発物質発生部10には、電子線蒸着装置17(EB装置)が配置され、他元素からなる副蒸発源3に電子線照射部17aから電子線が照射される。副蒸発物質が副進行路20に沿って上昇し、被覆面6bに到達する。
よって、主進行路18を進行してきた主蒸発物質によって被覆面6bにDLC膜が成膜されると同時に、副進行路20を介して供給される副蒸発物質が添加されていく。
図6に示したDLC膜形成装置1は、表1に示した試料#11の成膜方法であり、表1〜5に示した「DLC:Si(1)」と同一の成膜条件を実現することができ、「DLC:Si(1)」は、具体的に
図6の装置を用いて成膜されている。
【0061】
図7は、
図6に示したDLC膜形成装置の主進行方向と副進行方向の関係を示す斜視概略図である。
図6にて説明した部材に同一符号を付しており、詳細な説明は省略する。
図7は、
図6のDLC膜形成装置の一部を示しており、主進行路18と副進行路20の関係を明確に示している。主蒸発物質の主進行方向7は、水平方向であるが、
図7に示すように、副進行方向9は、副蒸発物質が下方の副進行路入口20aから上方の副進行路出口20bに上昇するよう配置されている。よって、主蒸発物質は、水平方向に主進行路出口18aから対象物に進行し、副蒸発物質は、鉛直方向に副進行路出口20bから対象物に進行する。
また、副蒸発物質発生手段がレーザー蒸発装置である場合、処理部4に設けられたレーザー入射窓4aからレーザー光を入射させ、副進行路入口20aの下方に設けられた副蒸発源にレーザー光を照射して副蒸発物質を蒸発させることができる。
【0062】
図8は、本発明に係るDLC膜形成装置1の他の実施例を示す構成概略図である。
図6の実施例に対して、
図7のDLC膜形成装置1は、副進行路62が主進行路18に隣接して処理部4に接続されている。副蒸発物質発生部61は、電源等の記載が省略されているが、主蒸発物質発生部8と同様の構造を有し、副蒸発源3から真空アークによりプラズマを発生させるFAD装置から構成されている。副蒸発物質発生部61には、副蒸発源3とアーク安定化用コイル69が設けられ、主蒸発物質発生部8と同じ方法でプラズマを発生させるものである。更に、屈曲部64が設けられ、プラズマがプラズマ屈曲用コイル68により副進行方向9に誘導される。ドロップレットは、プラズマ屈曲用コイル68の磁場の影響を受けないため、ドロップレット衝突壁66で捕集される。また、ドロップレット衝突壁にリブ等を設けることにより、より確実にドロップレットを捕集することができる。
【0063】
図9は、本発明に係るDLC膜形成装置1の他の実施例を示す構成概略図である。
図9では、副進行路72がフィルター部12に接続され、図示しないが、副進行路72用にプラズマ屈曲用コイルが設けられている。即ち、各プラズマが屈曲部46で屈曲されて、副進行方向9と主進行方向7が重なり、副蒸発物質と主蒸発物質が共通進行方向80を進行する。よって、
図9の副蒸発物質発生部71と副進行路72と主進行路18からFAD装置が構成されており、主進行路18を共通進行方法80として主蒸発物質と共有している。
【0064】
図10は、本発明に係る他元素含有DLC膜形成工程の実施例を示すフロー全体図である。以下に記載するフロー図において、Nは「No」、Yは「Yes」を意味する。DLC膜成膜装置の制御フローがスタートすると、ステップS1において、処理部PUに対象物があるかどうか判断され、Yの場合、ステップ2に進み、対象物が配置されていない場合、Nとなり、ステップ1でループすることにより対象物が配置されるまで待機状態となる。
ステップ2では、主蒸発物質発生部MEが起動状態にあるか判断され、主蒸発物質発生部MEから主蒸発物質を処理部PUに供給可能な状態にある場合にYとなり、ステップ3に進む。主蒸発物質発生部MEが起動状態に無い場合、Nとなり、主蒸発物質発生部MEが起動状態になるまで待機状態となる。同様に、ステップ3では、副蒸発物質発生部SEが起動状態にあるか判断され、副蒸発物質発生部SEから主蒸発物質を処理部PUに供給可能な状態にある場合にYとなり、ステップ3に進む。副蒸発物質発生部SEが起動状態に無い場合、Nとなり、副蒸発物質発生部MEが起動状態になるまで待機状態となる。
ステップ4では、初期時間に設定され、主蒸発物質発生部MEの主蒸発時間TmがTm=0に設定されると同時に、副蒸発物質発生部SEの副蒸発時間TsがTs=0に設定され、ステップ5に進む。ステップ5では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発時間Tmと副蒸発物質発生部SEの副蒸発時間Tsが同時に進行し、点Pを介してステップS6に進む。
後述するように、ステップ6では、設定に応じていくつかの蒸発パターンが実行され、ステップ6における蒸発が終了し、点Qを介してステップ7に進む。ステップ7では、蒸発を繰り返す場合にYとなり、点Pを介してステップS6に戻り、蒸発を繰り返す。ステップ7において、蒸発を繰り返さない場合には、Nとなり、DLC膜成膜装置の制御フローが終了(END)となる。
【0065】
図11は、
図10のステップ6における蒸発工程の概略を示すフロー概略図である。前記ステップ6では、主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEから主蒸発物質及び/又は副蒸発物質が供給されるが、
図11に示すように、蒸発パターンA〜Kの場合が考えられる。蒸発パターンAでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に開始して、同時に終了する。
蒸発パターンBでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に開始して、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了する。蒸発パターンCでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に開始して、副蒸発が先に終了して、主蒸発が後に終了する。
次に、蒸発パターンD〜Fでは、全て、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が先に開始して、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が後に開始する。蒸発パターンDでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に終了し、蒸発パターンEでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が先に終了し、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が後に終了する。逆に、蒸発パターンEでは、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が先に終了し、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が後に終了する。
蒸発パターンG〜Iでは、全て、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が先に開始して、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が後に開始する。図示に示すように、蒸発パターンGでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に終了し、蒸発パターンHでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が先に終了し、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が後に終了する。また、蒸発パターンIでは、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が先に終了し、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が後に終了する。
【0066】
図11に示した蒸発パターンJ、Kは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発のみを行うものと、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発のみを行うものである。即ち、配置される蒸着源が他元素を含む炭素材料からなる場合や、主蒸発物質のみ又は副蒸発物質のみからなる層を成膜する場合には、蒸発パターンJ、Kが用いられる。よって、成膜の制御は、従来の成膜工程と同一であり、主蒸発物質発生部ME又は副蒸発物質発生部SEのみから蒸発物質を供給するものである。
【0067】
図12は、
図10に示したステップ6で実行されるサブルーチンの一例を示すフロー図である。
図10のステップ6では、
図11に示したような蒸発パターンA〜Kが選択されるが、
図12に示すサブルーチンの一例では、蒸発パターンJ、Kを含まない場合の成膜工程を示している。蒸発パターンJ、Kは、主蒸発物質発生部ME又は副蒸発物質発生部SEのみを用いて成膜する工程であるから、1つの蒸発源を制御するサブルーチンを準備しておけば良く、以下では、蒸発パターンJ、Kを実行する工程は示していない。
【0068】
図12のフロー図では、
図10の点Pよりステップ11に進む。ステップ11では、事前の設定に基づいて、主蒸発物質発生部MEの主蒸発開始時間Tmsと副蒸発物質発生部SEの副蒸発開始時間Tssが同時かどうか判断され、主蒸発と副蒸発の開始が同時の場合、Tms=Tssであり、Yとなってステップ12に進む。主蒸発と副蒸発の開始が同時ではなく、時間差を設ける場合にNとなり、ステップ17に進む。ステップ17については後述する。
ステップ12では、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsに到達しているかどうか判断し、Yの場合にステップ13に進む。ステップ12がNの場合、ステップ12に戻ることから、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsになるまで待機となる。ステップ13では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が同時に開始され、ステップ14に進む。尚、ステップ13は同時開始であるため、ステップ12において、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間Tssに到達しているかどうかを判断しても良い。
ステップ14では、事前の設定に基づいて、主蒸発物質発生部MEの主蒸発終了時間Tmeと副蒸発物質発生部SEの副蒸発終了時間Tseが同時かどうか判断され、主蒸発と副蒸発の開始が同時の場合、Tme=Tseであり、Yとなってステップ15に進む。主蒸発と副蒸発の終了が同時ではなく、時間差を設ける場合にNとなり、ステップ18に進む。ステップ18については後述する。
ステップ15では、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeに到達しているかどうか判断し、Yの場合にステップ16に進む。ステップ15がNの場合、ステップ15に戻ることから、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeになるまで蒸発が持続される。ステップ16では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が同時に終了し、点Qを介して
図10のステップ7に進む。同様に、ステップ16は同時終了であるため、ステップ15において、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間Tseに到達しているかどうかを判断しても良い。
【0069】
図12のステップ17では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が時間差を有して開始され、ステップ14に進む。また、
図12のステップ18では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が時間差を有して終了し、点Qを介して
図10のステップ7に進む。
図12に示したステップ11〜ステップ13への工程は、
図11における蒸初パターンA〜Cの主蒸発と副蒸発の同時開始に対応し、
図12のステップ14〜16への工程は、
図11における蒸初パターンA、D、Gの主蒸発と副蒸発の同時終了に対応する。
【0070】
図13は、
図12のステップ17を含む点P1から点Q1のサブルーチンを示すフロー図である。ステップ21では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に開始かどうか判断し、Yの場合にステップ22に進む。ステップ22では、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsか判断され、Yの場合にステップ23に進み、ステップ23で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が開始してステップ24に進む。ステップ22において、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間TmsになっていないNの場合、ステップ22に戻り、主蒸発開始時間Tmsになるまで繰り返されることから、待機となる。
ステップ24では、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間Tssか判断され、Yの場合にステップ25に進み、ステップ25では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が開始され、点Q1を介して
図12のステップ14に進む。ステップ22において、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間TssになっていないNの場合、ステップ22に戻り、副蒸発開始時間Tssになるまで繰り返されることから、待機となる。
ステップ21において、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に開始しない場合、Nとなり、ステップ26に進む。ステップ26では、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間Tssか判断され、Yの場合にステップ27に進み、ステップ27では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が開始され、ステップ28に進む。ステップ26において、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間TssになっていないNの場合、ステップ26に戻り、副蒸発開始時間Tssになるまで繰り返されることから、待機となる。
ステップ28では、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsか判断され、Yの場合にステップ29に進み、ステップ29で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が開始し、点Q1を介して
図12のステップ14に進む。ステップ28において、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間TmsになっていないNの場合、ステップ28に戻り、主蒸発開始時間Tmsになるまで繰り返されることから、待機となる。
図12におけるステップ22〜25の流れが、蒸発パターンD〜Fにおける主蒸発が先に開始する場合に対応し、
図12におけるステップ26〜29の流れが、蒸発パターンG〜Iにおける副蒸発が先に開始する場合に対応する。
【0071】
図14は、
図12のステップ18を含む点P2から点Q2のサブルーチンを示すフロー図である。ステップ31では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に開終了するかどうかを判断し、Yの場合にステップ32に進む。ステップ32では、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeか判断され、Yの場合にステップ33に進み、ステップ33で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が終了してステップ34に進む。ステップ32において、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間TmeになっていないNの場合、ステップ32に戻り、主蒸発開始時間Tmeになるまで繰り返されることから、主蒸発が持続する。
ステップ34では、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間Tseか判断され、Yの場合にステップ35に進み、ステップ35では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が終了し、
図12の点Q2と点Qを介して接続される
図10のステップ7に進む。ステップ34において、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間TseになっていないNの場合、ステップ34に戻り、副蒸発終了時間Tseになるまで繰り返されることから、副蒸発が持続する。
ステップ31において、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に終了しない場合、Nとなり、ステップ36に進む。ステップ36では、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間Tseか判断され、Yの場合にステップ37に進み、ステップ37では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が終了し、ステップ38に進む。ステップ36において、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間TseになっていないNの場合、ステップ36に戻り、副蒸発開始時間Tseになるまで繰り返されることから、副蒸発が持続する
ステップ38では、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeか判断され、Yの場合にステップ39に進み、ステップ39で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が終了し、
図12の点Q2と点Qを介して接続される
図10のステップ7に進む。ステップ38において、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間TmeになっていないNの場合、ステップ38に戻り、主蒸発終了時間Tmsになるまで繰り返されることから、主蒸発が持続する。
図14におけるステップ32〜35の流れが、
図11に示した蒸発パターンB、E、Hにおける主蒸発が先に終了する場合に対応し、
図14におけるステップ36〜39の流れが、
図11に示した蒸発パターンC、F、Iにおける副蒸発が先に終了する場合に対応する。
【0072】
図15は、
図11の蒸発パターンAに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。以下のタイムチャートでは、主蒸発と副蒸発が蒸発を実行しているとき、主蒸発物質発生部MEの信号S(ME)と副蒸発物質発生部SEの信号S(SE)が正の値となる。前記蒸発パターンAでは、(15A)の主蒸発開始時間Tmsと(15B)の副蒸発開始時間Tssが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に開始する。(15A)の主蒸発終了時間Tmeと(15B)の副蒸発終了時間Tseも同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に終了している。
【0073】
図16は、
図11の蒸発パターンBに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンBでは、同様に、(16A)の主蒸発開始時間Tmsと(16B)の副蒸発開始時間Tssが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に開始する。蒸発パターンBでは、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了するから、先に(16A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になり、その後、(16B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になっている。
【0074】
図17は、
図11の蒸発パターンCに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンCでは、同様に、(17A)の主蒸発開始時間Tmsと(17B)の副蒸発開始時間Tssが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に開始する。蒸発パターンCでは、副蒸発が先に終了し、主蒸発が後に終了するから、先に(17B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になり、その後、(17A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になっている。
【0075】
図18は、
図11の蒸発パターンDに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンDでは、主蒸発が先に開始し、副蒸発が後に開始するから、先に(18A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となり、その後、(18B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となっている。蒸発パターンDでは、(18A)の主蒸発終了時間Tmeと(18B)の副蒸発終了時間Tseが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に終了し、信号S(ME)と信号S(SE)が同時に0になっている。
【0076】
図19は、
図11の蒸発パターンEに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンEでは、主蒸発が先に開始し、副蒸発が後に開始するから、先に(19A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となり、その後、(19B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となっている。また、蒸発パターンEでは、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了するから、先に(19A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になり、その後、(19B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になっている。
【0077】
図20は、
図11の蒸発パターンFに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンFでは、主蒸発が先に開始し、副蒸発が後に開始するから、先に(20A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となり、その後、(20B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となっている。蒸発パターンFでは、副蒸発が先に終了し、主蒸発が後に終了するから、先に(20B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になり、その後、(20A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になっている。
【0078】
図21は、
図11の蒸発パターンGに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンGでは、副蒸発が先に開始し、主蒸発が後に開始するから、先に(21B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となり、その後、(21A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となっている。蒸発パターンGでは、(21A)の主蒸発終了時間Tmeと(21B)の副蒸発終了時間Tseが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に終了し、信号S(ME)と信号S(SE)が同時に0になっている。
【0079】
図22は、
図11の蒸発パターンHに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンHでは、副蒸発が先に開始し、主蒸発が後に開始するから、先に(22B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となり、その後、(22A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となっている。また、蒸発パターンHでは、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了するから、先に(22A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になり、その後、(22B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になっている。
【0080】
図23は、
図11の蒸発パターンIに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンIでは、同様に、副蒸発が先に開始し、主蒸発が後に開始するから、先に(23B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となり、その後、(23A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となっている。また、蒸発パターンIでは、副蒸発が先に終了し、主蒸発が後に終了するから、先に(23B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になり、その後、(23A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になっている。
【0081】
図24は、
図11の蒸発パターンJに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンJでは、主蒸発のみが開始して終了するから、(24A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)のみが正の値となり、主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になっている。(24B)に示した副蒸発物質発生部SEのタイムチャートは、信号S(SE)が0のままである。逆に、
図11の蒸発パターンKは、副蒸発のみが実行されるものであり、タイムチャートの記載は省略する。
信号S(ME)と信号S(SE)が共に正の値になっている時間において、主蒸発物質と副蒸発物質により成膜されるから、炭素からなる主蒸発物質に他元素の副蒸発物質を添加することができる。蒸発源の組成、基材表面の材料や用途、またはDLC膜の表面に更に他の膜がコーティングされる場合等に応じて、種々の蒸発パターンから選択することが可能である。
【0082】
[基材に成膜された他元素含有DLC膜表面]
図25は、本発明に係るDLC膜表面を電子顕微鏡によって観察した表面観察像である。(25A)は試料番号#7、(25B)は試料番号#12の表面観察像である。表面の凸凹の状況は、次のように比較的簡単に評価できる。まず、電子顕微鏡を用い、加速電圧5kV、倍率500倍程度で、鏡面研磨超硬基板かシリコンウエハー上に成膜したDLC膜を観察する。ドロップレットは白い点状に観察されるので、この画像データを市販のソフトウェア(例えば、三谷商事株式会社 WinROOF)を利用して、白い光揮点の面積率を算出することで、表面全体に対する凸凹の占有面積を算出できる。
【0084】
表7は前記DLC膜表面における異物粒子の付着及び/又は脱離に起因する凹凸の占有面積率srの膜厚tに対する比sr/tを示し、他元素を添加したDLC膜表面の凹凸は、0.01%/nm以下であった。なお、比較のため成膜した試料番号#12は、通常の真空アーク蒸着(フィルター無し)を利用した試料である。真空アーク蒸着を用いた場合でも、ドロップレットを含む異物粒子が多い場合、成形回数も少なく、同試料は、sr/tは、0.01%/nm以上であった。更に、#12を除く他元素を添加したDLC膜表面の凹凸のうち、直径0.1μm以上の凸部の個数Np(個/mm
2)の膜厚t(mm)に対する比Np/tが1.5×10
8(個/mm
3)以下であった。
また、#12を除く他元素を添加したDLC膜表面の凹凸のうち、直径0.1μm以上の凹部の個数Nh(個/mm
2)の膜厚t(mm)に対する比Nh/tが1.0×10
8(個/mm
3)以下であった。