(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ガス導入しない真空雰囲気下に設定された固体又は液体からなる2個以上の蒸発源を蒸発させて生成された蒸発物質により対象物の表面に被膜を形成する被膜形成方法であり、少なくとも1個の蒸発源が炭素を含有する固体の主蒸発源であり、少なくとも1個の蒸発源が炭素以外の常温で気体でない他元素からなる副蒸発源であり、前記主蒸発源の主蒸発物質を発生させる方法が真空アーク、フィルタードアーク又はレーザー蒸発であり、前記対象物の被覆面中心領域に対して、前記主蒸発源と前記副蒸発源から各々の蒸発物質を主進行方向と副進行方向に沿って進行させ、前記被覆面中心領域に入射する前記主進行方向と前記副進行方向のなす角θが180°より小さい角度で斜交するように構成されており、
メモリに保存されたDLC膜製造プログラムに従ってコンピュータからの信号によりDLC膜を製造するステップを有し、
該製造ステップは、
主蒸発物質発生部が起動状態にあるか判断するステップと、
副蒸発物質発生部が起動状態にあるか判断するステップと、
主蒸発物質発生部の主蒸発時間TmがTm=0に設定されると同時に、副蒸発物質発生部の副蒸発時間TsがTs=0に設定されるステップと、
主蒸発時間と副蒸発時間が同時に進行されるステップと、
下記の蒸発パターンが実行されるステップと、
蒸発を開始する蒸発パターンは(1)〜(3)のいずれかが選択され、
(1)主蒸発と副蒸発を同時に開始する
(2)主蒸発を副蒸発より先に開始する
(3)主蒸発を副蒸発より後に開始する、
蒸発を終了する蒸発パターンは(4)〜(6)のいずれかが選択され、
(4)主蒸発と副蒸発を同時に終了する
(5)主蒸発を副蒸発より先に終了する
(6)主蒸発を副蒸発より後に終了する、
更に前記蒸発を繰り返すかどうかを判断するステップから少なくとも構成され、
1種以上の前記他元素を含有した他元素含有DLC膜を前記対象物の前記被覆面に形成することを特徴とするDLC膜形成方法。
前記副蒸発源の副蒸発物質を発生させる方法が抵抗加熱蒸発、電子線蒸発、真空アーク、フィルタードアーク、レーザー蒸発、加熱セル蒸発、るつぼ型蒸発、ノズル蒸発及び有機EL蒸発から選択される1種以上の方法である請求項1に記載のDLC膜形成方法。
前記副蒸発源が存在する副位置が前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置に配置され、前記副蒸発源の副蒸発物質が鉛直方向に上昇して前記対象物の表面に到達する請求項1又は2に記載のDLC膜形成方法。
前記主蒸発物質と前記副蒸発物質とが混合して形成される蒸着層を混合層とし、前記主蒸発物質だけから形成された蒸着層を主蒸発物質層としたとき、前記混合層と前記主蒸発物質層とを交互に積層して前記混合層の層厚を1nm以上に調整した積層DLC膜を形成する請求項1、2又は3に記載のDLC膜形成方法。
ガス導入しない真空雰囲気下に蒸発源が配置される少なくとも2つの蒸発物質発生部と、前記蒸発源の蒸発物質を導入して対象物の表面に被膜を形成する処理部から構成される被膜形成装置であり、少なくとも2つの前記蒸発物質発生部のうち一方が炭素を含有する固体の主蒸発源を配置した主蒸発物質発生部であり、他方が炭素以外の常温で気体でない他元素からなる固体又は液体の副蒸発源を配置した副蒸発物質発生部であり、前記主蒸発源の主蒸発物質を発生させる主蒸発物質発生手段が真空アーク装置、フィルタードアーク装置又はレーザー蒸発装置であり、前記対象物の被覆面中心領域に対して、前記主蒸発源と前記副蒸発源から各々の蒸発物質が主進行方向と副進行方向に沿って進行され、前記被覆面中心領域に入射する前記主進行方向と前記副進行方向のなす角θが180°より小さい角度で斜交するように構成されており、
DLC膜製造プログラムを保存したメモリと、DLC膜製造プログラムに従って形成信号を前記主蒸発物質発生部と前記副蒸発物質発生部と前記処理部に信号を送信するコンピュータを具備し、
前記DLC膜製造プログラムはコンピュータからの信号によりDLC膜を製造するステップを有し、該製造ステップは、
主蒸発物質発生部が起動状態にあるか判断するステップと、
副蒸発物質発生部が起動状態にあるか判断するステップと、
主蒸発物質発生部の主蒸発時間TmがTm=0に設定されると同時に、副蒸発物質発生部の副蒸発時間TsがTs=0に設定されるステップと、
主蒸発時間と副蒸発時間が同時に進行されるステップと、
下記の蒸発パターンが実行されるステップと、
蒸発を開始する蒸発パターンは(1)〜(3)のいずれかが選択され、
(1)主蒸発と副蒸発を同時に開始する
(2)主蒸発を副蒸発より先に開始する
(3)主蒸発を副蒸発より後に開始する、
蒸発を終了する蒸発パターンは(4)〜(6)のいずれかが選択され、
(4)主蒸発と副蒸発を同時に終了する
(5)主蒸発を副蒸発より先に終了する
(6)主蒸発を副蒸発より後に終了する、
前記蒸発を繰り返すかどうかを判断するステップから少なくとも構成され、
1種以上の前記他元素を含有した他元素含有DLC膜を前記対象物の前記被覆面に形成することを特徴とするDLC膜形成装置。
前記副蒸発源の副蒸発物質を発生させる副蒸発物質発生手段が抵抗加熱蒸発装置、電子線蒸発装置、レーザー蒸発装置、加熱セル蒸発装置、るつぼ型蒸発装置、ノズル蒸発装置及び有機EL蒸発装置から選択される1種以上の蒸発装置である請求項5に記載のDLC膜形成装置。
前記副蒸発源が存在する副位置が前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置になるよう副蒸発物質発生部が配置され、前記副蒸発源の副蒸発物質が鉛直方向に上昇して前記対象物の表面に到達する上昇路が設けられる請求項5又は6に記載のDLC膜形成装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように、特許文献1〜3には、フィルタードアーク蒸着法によりta−C膜を対象物である金型、工具又は摺動部材に形成することが記載されている。ta―C膜は、硬くて耐摩耗性が高く、化学的にも安定である。しかしながら、ta―C膜は、700℃以上の高温で剥離が生じるなどの問題があった。
特許文献4に記載されるa−DLC−Si膜は、反応室内に反応ガスとしてメタン(CH
4)を1%、水素(H
2)を99%含むガスを供給すると共に、レーザー光をSiターゲットに照射して、蒸発させたSiをDLCに添加している。よって、メタンガスや水素ガスを導入することから、成膜されるDLC膜はa−C:Hが基本構造である。よって、水素フリーのDLC膜やsp
3結合の比率の高いta−Cに比べ、耐久性が低いことは明らかである。
【0007】
特許文献5に記載される硬質炭素膜は、成膜時にTMSガスを導入することによってSiが添加されており、TMSガスに含まれる水素が硬質炭素膜に含まれることを抑制することは極めて困難である。実際に、特許文献5の表2には、硬質炭素膜が水素(H)を含むことが示されている。更に、特許文献5の段落[0021]に記載されるように、耐熱性は、熱処理前後における面粗さのRa値のみで評価されている。即ち、実際に耐熱性が向上されているかどうかを明示するものではなかった。
【0008】
特許文献6、7には、蒸発源に添加金属を含有させ、真空アークにより成膜することが記載されている。しかし、十分な耐熱性を得るには、十分に高いsp
3結合の比率を有するDLC膜を形成する必要があるが、特許文献に記載されているデータからは、DLC膜の耐熱性の向上に関する結果が得られていなかった。また、金属含有蒸発源を用いた場合に問題になる、添加金属の蒸発源表面への析出とそれによる放電不良に関する記載は無い。また、特許文献7に高密度な蒸発源であれば安定した放電が可能になることのみが記載されているが、有効な解決策は提示されていなかった。
【0009】
本発明は、水素フリーで高硬度を有すると共に耐熱性に優れ、基材に対する好適な膜特性を有するDLC膜を基材に形成するDLC膜形成方法及びDLC膜形成装置を提供すること目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するために提案されたものであって、本発明の第1の形態は、ガス導入しない真空雰囲気下に設定された固体又は液体からなる2個以上の蒸発源を蒸発させて生成された蒸発物質により対象物の表面に被膜を形成する被膜形成方法であり、少なくとも1個の蒸発源が炭素を含有する固体の主蒸発源であり、少なくとも1個の蒸発源が炭素以外の常温で気体でない他元素からなる副蒸発源であり、前記主蒸発源の主蒸発物質を発生させる方法が真空アーク、フィルタードアーク又はレーザー蒸発であり、1種以上の前記他元素を含有したDLC膜を対象物の表面に形成するDLC膜形成方法である。
【0011】
本発明の第2の形態は、前記副蒸発源の副蒸発物質を発生させる方法が抵抗加熱蒸発、電子線蒸発、真空アーク、フィルタードアーク、レーザー蒸発、加熱セル蒸発、るつぼ型蒸発、ノズル蒸発及び有機EL蒸発から選択される1種以上の方法であるDLC膜形成方法である。
【0012】
本発明の第3の形態は、前記副蒸発源が存在する副位置が前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置に配置され、前記副蒸発源の副蒸発物質が鉛直方向に上昇して前記対象物の表面に到達するDLC膜形成方法である。
【0013】
本発明の第4の形態は、前記主蒸発物質と前記副蒸発物質とが混合して形成される蒸着層を混合層とし、前記主蒸発物質だけから形成された蒸着層を主蒸発物質層としたとき、前記混合層と前記主蒸発物質層とを交互に積層して前記混合層の層厚を1nm以上に調整した積層DLC膜を形成するDLC膜形成方法である。
【0014】
本発明の第5の形態は、メモリに保存されたDLC膜製造プログラムに従ってコンピュータからの信号により前記DLC膜を製造するステップを有するDLC膜形成方法である。
【0015】
本発明の第6の形態は、ガス導入しない真空雰囲気下に蒸発源が配置される少なくとも2つの蒸発物質発生部と、前記蒸発源の蒸発物質を導入して対象物の表面に被膜を形成する処理部から構成される被膜形成装置であり、少なくとも2つの前記蒸発物質発生部のうち一方が炭素を含有する固体の主蒸発源を配置した主蒸発物質発生部であり、他方が炭素以外の常温で気体でない他元素からなる固体又は液体の副蒸発源を配置した副蒸発物質発生部であり、前記主蒸発源の主蒸発物質を発生させる主蒸発物質発生手段が真空アーク装置、フィルタードアーク装置又はレーザー蒸発装置であり、1種以上の前記他元素を含有したDLC膜を対象物の表面に形成するDLC膜形成装置である。
【0016】
本発明の第7の形態は、前記副蒸発源の副蒸発物質を発生させる副蒸発物質発生手段が抵抗加熱蒸発装置、電子線蒸発装置、レーザー蒸発装置、加熱セル蒸発装置、るつぼ型蒸発装置、ノズル蒸発装置及び有機EL蒸発装置から選択される1種以上の蒸発装置であるDLC膜形成装置である。
【0017】
本発明の第8の形態は、前記副蒸発源が存在する副位置が前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置になるよう副蒸発物質発生部が配置され、前記副蒸発源の副蒸発物質が鉛直方向に上昇して前記対象物の表面に到達する上昇路が設けられるDLC膜形成装置である。
【0018】
本発明の第9の形態は、DLC膜製造プログラムを保存したメモリと、DLC膜製造プログラムに従って形成信号を前記主蒸発物質発生部と前記副蒸発物質発生部と前記処理部に信号を送信するコンピュータを具備するDLC膜形成装置である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の第1の形態によれば、ガス導入しない真空雰囲気下に設定された2個以上の蒸発源のうち、少なくとも1個の蒸発源が炭素を含有する固体の主蒸発源であり、少なくとも1個の蒸発源が炭素以外の常温で気体でない他元素からなる副蒸発源であり、前記主蒸発源の主蒸発物質を発生させる方法が真空アーク、フィルタードアーク又はレーザー蒸発であり、1種以上の前記他元素を含有したDLC膜を対象物の表面に形成するから、好適な耐熱性を有するDLC膜を対象物の表面に形成することができる。即ち、前記主蒸発源の主蒸発物質を発生させる方法が真空アーク、フィルタードアーク又はレーザー蒸発であるから、一切、ガスを導入することなく、前記副蒸発源により耐熱性を向上させる前記他元素を添加すると共に、高品質のDLC膜を対象物の表面に形成することができる。ガス導入を行わないことにより、ガスに含まれる水素や他の不純物がDLC膜に添加されることがなく、高品質のDLC膜を成膜し、且つ他元素を含有させることができる。
添加される他元素としては、DLC膜の耐熱性を向上させる種々元素を添加することができる。よって、DLC膜を形成する対象物の材料や使用環境に応じて添加元素を選択することができ、耐熱性が殆ど低下しない元素であれば、さらに異なる他元素を添加することができる。
第1の形態に係る真空アークは、真空中におけるアーク放電によって陰極として配設された炭素を含有する主蒸発源から真空アークプラズマを発生させて、DLC膜を形成する真空アーク蒸着法である。炭化水素系のガス導入をしないから、水素を含まないa−C膜やta−C膜を形成することができる。また、DLC膜の成膜時に、常温で基体でない副蒸発源から他元素を供給することによって耐熱性を付与することができる。よって、前記他元素が添加される
第1の形態に係るフィルタードアークは、陰極である主蒸発源の真空アークプラズマを磁場で誘導する輸送ダクトがフィルター機能を有するものであり、輸送ダクトの壁面にドロップレットを捕集するものである。真空アークプラズマを発生させたとき、電気的に中性なサブミクロン以上のサイズを有するドロップレットが、蒸発源である陰極で生成される。よって、真空アークプラズマを磁場で誘導し、経路が屈曲及び/又は湾曲してフィルター機能が付与された輸送ダクトの壁面にドロップレットを衝突させて捕集することができる。後述するように、輸送ダクトを屈曲させ、その屈曲部にドロップレット捕集部を設けたものがT字状のフィルタードアーク蒸着(T-shape filtered arc deposition:T−FAD)装置である。
第1の形態に係るレーザー蒸発は、固体の主蒸発源にレーザー光を照射して蒸発させることができ、ガス導入することなくDLC膜を成膜すると同時に、副蒸発物質の他元素を添加して、好適な耐熱性を付与することができる。
【0020】
本発明の第2の形態によれば、前記副蒸発源の副蒸発物質を発生させる方法が抵抗加熱蒸発、電子線蒸発、真空アーク、フィルタードアーク、レーザー蒸発、加熱セル蒸発、るつぼ型蒸発、ノズル蒸発及び有機EL蒸発から選択される1種以上の方法であるから、ガス導入することなく、副蒸発物質として他元素を供給し、DLC膜に添加することができる。即ち、原料ガスを分解する化学気相成長法(CVD法)ではなく、不活性ガス等を必要としない物理的蒸着法である。
前述の真空アーク、フィルタードアークとレーザー蒸発と同様に、抵抗加熱蒸発、電子線蒸発、熱セル蒸発、るつぼ型蒸発、ノズル蒸発及び有機EL蒸発もガス導入なしに、真空中で副蒸発物質の他元素を供給することができる。よって、主蒸発源によるDLC膜の成膜と同時に、他元素を添加して高品質の他元素含有DLC膜を対象物の表面に形成することができる。
抵抗加熱蒸発は、抵抗に電圧を印加して抵抗熱により副蒸発源を加熱して副蒸発物質を蒸発させるものであり、電子線蒸発は、電子線を照射して電子線のエネルギーで加熱することにより副蒸発源を蒸発させるものである。
熱セル蒸発とるつぼ型蒸発は、熱セルやるつぼを加熱して熱セル内やるつぼ内の副蒸発源を加熱して副蒸発物質を蒸発させるものである。ノズル蒸発では、副蒸発源がノズルを有する炉内に配置され、所定の蒸発方向に蒸発物質を供給するノズルが設けられ、ノズル内に蒸発物質が堆積しないようノズルが加熱されている。
有機EL蒸発は、有機ELの製造用に用いられる蒸発方法であり、比較的低温で揮発する有機材料をるつぼにより加熱して蒸発させるものである。
【0021】
本発明の第3の形態によれば、前記副蒸発源が存在する副位置が前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置に配置され、前記副蒸発源の副蒸発物質が鉛直方向に上昇して前記対象物の表面に到達するから、加熱されて蒸発する副蒸発物質が上昇するエネルギーを利用して、副蒸発物質の他元素を供給することができる。また、副蒸発源が、前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置に配置されるから、スペースを効率的に使用することができる。即ち、第3の形態によれば、エネルギー効率を向上させると共に、DLC膜の形成に使用するスペースをコンパクトにすることができる。
【0022】
本発明の第4の形態によれば、前記主蒸発物質と前記副蒸発物質とが混合して形成される蒸着層を混合層とし、前記主蒸発物質だけから形成された蒸着層を主蒸発物質層としたとき、前記混合層と前記主蒸発物質層とを交互に積層して前記混合層の層厚を1nm以上に調整した積層DLC膜を形成するから、耐熱性を向上させた混合層の厚さを1nm以上の好適な値に調整し、対象物の用途に応じた積層DLC膜を形成するができる。例えば、対象物の表面に直接接触する層に、混合層を形成し、その混合層上に主蒸発物質層を形成することができ、高温での対象物からの剥離を防止することができる。更に、最外層の被膜表面にも混合層を形成すれば、より耐熱性を向上させることができる。
【0023】
本発明の第5の形態によれば、メモリに保存されたDLC膜製造プログラムに従ってコンピュータからの信号により前記DLC膜を製造するステップを有するから、所定の組成や積層構造等に応じて、初期設定を行うことにより、自動的に他元素含有DLC膜を対象物に形成することができる。
【0024】
本発明の第6の形態によれば、ガス導入しない真空雰囲気下に蒸発源が配置される少なくとも2つの蒸発物質発生部と、前記蒸発源の蒸発物質を導入して対象物の表面に被膜を形成する処理部から構成される被膜形成装置であり、少なくとも2つの前記蒸発物質発生部のうち一方が炭素を含有する固体の主蒸発源を配置した主蒸発物質発生部であり、他方が炭素以外の常温で気体でない他元素からなる固体又は液体の副蒸発源を配置した副蒸発物質発生部であり、前記主蒸発源の主蒸発物質を発生させる主蒸発物質発生手段が真空アーク装置、フィルタードアーク装置又はレーザー蒸発装置であるから、好適な耐熱性を有するDLC膜を対象物の表面に形成することができる。
即ち、主蒸発物質発生手段が真空アーク装置、フィルタードアーク装置又はレーザー蒸発装置であるから、一切、ガスを導入することなく、前記副蒸発源により耐熱性を向上させる前記他元素を添加すると共に、高品質のDLC膜を対象物の表面に形成することができる。ガス導入を行わないことにより、ガスに含まれる水素や他の不純物がDLC膜に添加されることがなく、高品質のDLC膜を成膜し、且つ他元素を含有させることができる。
真空アーク装置、フィルタードアーク装置又はレーザー蒸発装置は、前述した真空アーク、フィルタードアーク又はレーザー蒸発を用いてDLC膜を形成する装置であり、これ以上の説明は省略する。
添加される他元素としては、DLC膜の耐熱性を向上させる種々元素を添加することができる。よって、DLC膜を形成する対象物の材料や使用環境に応じて添加元素を選択することができ、耐熱性が殆ど低下しない元素であれば、さらに異なる他元素を添加することができる。
【0025】
本発明の第7の形態によれば、前記副蒸発源の副蒸発物質を発生させる副蒸発物質発生手段が抵抗加熱蒸発装置、電子線蒸発装置、レーザー蒸発装置、加熱セル蒸発装置、るつぼ型蒸発装置、ノズル蒸発装置及び有機EL蒸発装置から選択される1種以上の蒸発装置であるから、ス導入することなく、副蒸発物質として他元素を供給し、DLC膜に添加することができる。即ち、原料ガスを分解する化学気相成長法(CVD法)ではなく、不活性ガス等を必要としない物理的蒸着法である。抵抗加熱蒸発装置、電子線蒸発装置、レーザー蒸発装置、加熱セル蒸発装置、るつぼ型蒸発装置、ノズル蒸発装置又は有機EL蒸発装置は、各々、前述の抵抗加熱蒸発、電子線蒸発、レーザー蒸発、加熱セル蒸発、るつぼ型蒸発、ノズル蒸発又は有機EL蒸発によって副蒸発源から副蒸発物質である他元素を供給する装置であるから、これ以上の説明は省略する。
【0026】
本発明の第8の形態によれば、前記副蒸発源が存在する副位置が前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置になるよう副蒸発物質発生部が配置され、前記副蒸発源の副蒸発物質が鉛直方向に上昇して前記対象物の表面に到達する上昇路が設けられるから、加熱されて蒸発する副蒸発物質が上昇するエネルギーを利用して、副蒸発物質の他元素を供給することができる。また、副蒸発源が、前記対象物が存在する対象位置より鉛直方向の低位置に配置されるから、スペースを効率的に使用することができる。即ち、第3の形態によれば、エネルギー効率を向上させると共に、DLC膜形成装置をコンパクト化することができる。
【0027】
本発明の第9の形態によれば、DLC膜製造プログラムを保存したメモリと、DLC膜製造プログラムに従って形成信号を前記主蒸発物質発生部と前記副蒸発物質発生部と前記処理部に信号を送信するコンピュータを具備するから、所定の組成や積層構造等に応じて、装置に設定値を入力することにより、自動的に他元素含有DLC膜を対象物に形成することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明に係るDLC膜形成方法及びDLC膜形成装置によって形成される他元素含有DLC膜は、耐熱性を向上させるために他元素が添加され、以下、実施例として、耐熱性の向上が比較的顕著であった珪素(Si)をDLC膜に添加した場合を記載しているが、耐熱性を向上させる炭素以外の他元素であれば、種々の元素を添加できると共に、珪素以外の元素を添加することにより、他の機能を付加することもできる。尚、本発明に係るDLC膜は、水素フリーのDLC膜から形成され、他元素として水素が添加されることは無い。
【0030】
図1は、本発明に係るDLC膜形成装置の構成を示すブロック図である。このブロック図に示した例では、炭素からなる主蒸発源2と、炭素以外の他元素からなる副蒸発源3が配置されている。主蒸発源2は、主蒸発物質発生部8に設置され、主蒸発物質蒸発手段8aにより主蒸発源2から蒸発した蒸発物質が供給される。同様に、副蒸発源3は、副蒸発物質発生部10に設置され、主蒸発物質蒸発手段10aにより主蒸発源3から蒸発した副蒸発物質が供給される。
主蒸発物質発生部8は、フィルター部12aを介して対象物6が配置された処理部4に接続され、同様に、副蒸発物質発生部10は、フィルター部12bを介して処理部4に接続されている。よって、主蒸発源2と副蒸発源3の蒸発物質を各々のフィルター部12a、12bを介して処理部4に導入し、他元素が添加されたDLC膜を対象物6の表面に成膜する。添加される他元素の含有量は、蒸発量や成膜時間等によって調整可能である。
前記フィルター部12a、12bは、主蒸発源2や副蒸発源3の蒸発物質以外に生じる不純物を除去する機能を有し、例えば、主蒸発物質蒸発手段8aがフィルタードアーク蒸着装置である場合、主蒸発源2からプラズマと共に、電気的に中性な粒子等からなるドロップレットが発生する。よって、フィルター部12aには、主蒸発源発生部8から処理部4に進行するプラズマの経路を電磁力によって屈曲又は湾曲させ、ドロップレットと分離する等のフィルター機構が設けられている。
【0031】
図1に示した2つ以上の蒸着源を有する場合、主蒸発源2は、炭素からなる固体の蒸発源であり、実施例では、黒鉛材料を用いている。更に、主蒸発物質蒸発手段8aとしては、前述のフィルタードアーク蒸着装置の他に、レーザー蒸発法やパルスレーザーアーク法、真空アークとパルスレーザーアークを併用した方法が用いられ、ガス導入を行わず炭素を蒸発させるものであり、高密度な炭素単体の蒸発源を利用できるため、高品質のDLC膜を成膜することができる。
副蒸発物質蒸発手段10aとしては、抵抗加熱蒸発、電子線蒸発、真空アーク、フィルタードアーク、レーザー蒸発、パルスレーザーアーク、加熱セル蒸発、るつぼ型蒸発、ノズル蒸発又は有機EL蒸発を用いることができる。主蒸発物質蒸発手段8aがガス導入を行わず主蒸発物質を蒸発させるものであることから、副蒸発物質蒸発手段10aもガス導入せずに、他元素を蒸発させる蒸発手段を選択される。
なお、当然ながら真空度は低い程好ましく、より強力な真空ポンプを用いて真空度を向上させる手法が好ましい。その他、成膜前にアーク放電させることで、フィルターダクト内の脱ガスを促進させる手法や、成膜前のArイオンエッチング工程を長めに行い、炉内の脱ガスを進める手法等も有効である。
【0032】
図2は、本発明に係る主蒸発源2、主進行方向7、副蒸発源3及び副進行方向9を模式的に示すDLC膜形成装置の概略図である。
図1には、DLC膜形成装置の一例をブロック図として示したが、
図2では、主蒸発源2と主進行方向7及び副蒸発源3と副進行方向9の関係について説明する。(2A)に示す模式図では、対象物6の被覆面中心領域6aに対して、主蒸発源2と副蒸発源3から直線的に、各々の蒸発物質が主進行方向7と副進行方向9に沿って進行し、対象物6の表面に他元素含有DLC膜が成膜される。主進行方向7と副進行方向9のなす角θが180°以下であれば、他元素含有DLC膜を好適に対象物6の表面に成膜することができる。主蒸発源2から主蒸発物質として炭素を供給し、副蒸発源3から副蒸発物質として炭素や水素以外の他元素を供給して、他元素含有DLC膜を成膜する。
【0033】
図2の(2B)に示す模式図は、主蒸発源2から蒸発した主蒸発物質が1回屈曲され、主進行方向7に沿って対象物6の被覆面中心領域6aに到達し、同時に副蒸発源3から蒸発した副蒸発物質が1回屈曲され、副進行方向9に沿って被覆面中心領域6aに到達している。前述のように、フィルタードアーク蒸着装置では、電磁気力によって蒸発物質の進行方向を屈曲させ、ドロップレット等の不純物を分離することが可能である。(2B)においても、主進行方向7と副進行方向9のなす角θが180°以下であれば、他元素含有DLC膜を好適に対象物6の表面に成膜することができる。
(2C)では、主蒸発源2から主の蒸発物質を電磁気力により湾曲状に進行させ、主蒸発物質に含まれるドロップレットと分離させている。最終的に対象物6の主進行方向に沿って、被覆面中心領域6aに到達している。また、(2C)において、副蒸発源3からの副蒸発物質は、(2A)と同様に直進して副進行方向9に沿って被覆面中心領域6aに到達している。同様に、主進行方向7と副進行方向9のなす角θが180°以下であれば、他元素含有DLC膜を好適に対象物6の表面に成膜することができる。
【0034】
図3は、本発明に係るDLC膜形成装置の制御機構を説明するブロック図である。コンピュータCを構成するCPU、ROM及びRAMは、入出力ポートI/Oを介して、DLC膜形成装置を構成する主蒸発物質発生部ME、副蒸発物質発生部SE及び処理部PUに接続され、データ信号を送受信するよう配置されている。更に、入出力ポートI/Oを介してインターファイスからの入力IN及びインターフェイスへの出力OUTを行うことができ、入力INにより成膜するDLC膜の設定を行い、成膜状況が出力(OUT)される。
入力INで行われたDLC膜の設定は、コンピュータCに送信され、メモリであるROMに保存されたDLC膜製造プログラムをCPUで演算し、入出力ポートI/Oを介して、各ステップの制御信号が主蒸発物質発生部ME、副蒸発物質発生部SE及び処理部PUに送信される。よって、主蒸発物質発生部ME、副蒸発物質発生部SE及び処理部PUを制御して、所定のDLC膜を処理部PUの対象物に形成することができ、成膜時に、主蒸発物質発生部ME、副蒸発物質発生部SE及び処理部PUから各々の状態がフィードバックされ、さらにコンピュータCから対応するステップに進むよう制御信号が指示される。
【0035】
図4は、本発明に係るDLC膜形成装置1の実施例を示す構成概略図である。
図4のDLC膜形成装置1は、T字型フィルタードアーク蒸着(T−FAD)装置であり、主蒸発物質発生部8、フィルター部12及び処理部4から構成されている。主蒸発物質発生部8には、シールド30が設けられた主蒸発源2と、この主蒸発源2に電圧を印加する電源22と、この電源22に接続された陽極28と、電流制限抵抗器24を介して電源22に接続されるトリガ電極26と、発生させたアークを安定させるアーク安定化用コイル32とが設けられている。主蒸発源2の表面にトリガ電極26により真空アークを生起し、主蒸発物質のプラズマを発生させる。
プラズマは、プラズマ引出用コイル34によってフィルター部12に誘導され、ドロップレットを含む主蒸発物質が混合進行路48を進行する。混合進行路48を進行するプラズマは、プラズマ屈曲用コイル36により屈曲部46で主進行路18に誘導され、ドロップレットはドロップレット進行方向40に進んでドロップレット捕集部42に捕集される。ドロップレットが分離されたプラズマは、プラズマガイド用コイル38により主進行路18を誘導され、処理部4に導入される。
【0036】
図4に示すように、処理部4では、対象物6が取付台44に設置されている。副蒸発物質発生部10には、電子線蒸着装置17(EB装置)が配置され、他元素からなる副蒸発源3に電子線照射部17aから電子線が照射される。副蒸発物質が副進行路20に沿って上昇し、被覆面6bに到達する。
よって、主進行路18を進行してきた主蒸発物質によって被覆面6bにDLC膜が成膜されると同時に、副進行路20を介して供給される副蒸発物質が添加されていく。
【0037】
図5は、
図4に示したDLC膜形成装置の主進行方向と副進行方向の関係を示す斜視概略図である。
図4にて説明した部材に同一符号を付しており、詳細な説明は省略する。
図5は、
図4のDLC膜形成装置の一部を示しており、主進行路
18と副進行路20の関係を明確に示している。主蒸発物質の主進行方向7は、水平方向であるが、
図5に示すように、副進行方向9は、副蒸発物質が下方の副進行路入口20aから上方の副進行路出口20bに上昇するよう配置されている。従って、主蒸発物質は、水平方向に主進行路出口18aから対象物に進行し、副蒸発物質は、鉛直方向に副進行路出口20bから対象物に進行する。
副進行路入口20aの下方にある副蒸発源が存在する位置を副位置としたとき、処理部4内の対象物が存在する対象位置より、副蒸発源の副位置が鉛直方向の低位置に配置され、副蒸発物質が副進行方向9である鉛直方向に上昇して対象物の表面に到達する。
また、副蒸発物質発生手段がレーザー蒸発装置である場合、処理部4に設けられたレーザー入射窓4aからレーザー光を入射させ、副進行路入口20aの下方に設けられた副蒸発源にレーザー光を照射して副蒸発物質を蒸発させることができる。
【0038】
図6は、本発明に係るDLC膜形成装置1の他の実施例を示す構成概略図である。
図4の実施例に対して、
図6のDLC膜形成装置1は、副進行路62が主進行路18に隣接して処理部4に接続されている。副蒸発物質発生部61は、電源等の記載が省略されているが、主蒸発物質発生部8と同様の構造を有し、副蒸発源3から真空アークによりプラズマを発生させるFAD装置から構成されている。副蒸発物質発生部61には、副蒸発源3とアーク安定化用コイル69が設けられ、主蒸発物質発生部8と同じ方法でプラズマを発生させるものである。更に、屈曲部64が設けられ、プラズマがプラズマ屈曲用コイル68により副進行方向9に誘導される。ドロップレットは、プラズマ屈曲用コイル68の磁場の影響を受けないため、ドロップレット衝突壁66で捕集される。また、ドロップレット衝突壁にリブ等を設けることにより、より確実にドロップレットを捕集することができる。
【0039】
図7は、本発明に係るDLC膜形成装置1の他の実施例を示す構成概略図である。
図7では、副進行路72がフィルター部12に接続され、図示しないが、副進行路72用にプラズマ屈曲用コイルが設けられている。即ち、各プラズマが屈曲部46で屈曲されて、副進行方向9と主進行方向7が重なり、副蒸発物質と主蒸発物質が共通進行方向80を進行する。よって、
図7の副蒸発物質発生部71と副進行路72と主進行路18からFAD装置が構成されており、主進行路18を共通進行方法80として主蒸発物質と共有している。
【0040】
図8は、本発明に係る他元素含有DLC膜形成工程の実施例を示すフロー全体図である。以下に記載するフロー図において、Nは「No」、Yは「Yes」を意味する。DLC膜成膜装置の制御フローがスタートすると、ステップS1において、処理部PUに対象物があるかどうか判断され、Yの場合、ステップ2に進み、対象物が配置されていない場合、Nとなり、ステップ1でループすることにより対象物が配置されるまで待機状態となる。
ステップ2では、主蒸発物質発生部MEが起動状態にあるか判断され、主蒸発物質発生部MEから主蒸発物質を処理部PUに供給可能な状態にある場合にYとなり、ステップ3に進む。主蒸発物質発生部MEが起動状態に無い場合、Nとなり、主蒸発物質発生部MEが起動状態になるまで待機状態となる。同様に、ステップ3では、副蒸発物質発生部SEが起動状態にあるか判断され、副蒸発物質発生部SEから主蒸発物質を処理部PUに供給可能な状態にある場合にYとなり、ステップ3に進む。副蒸発物質発生部SEが起動状態に無い場合、Nとなり、副蒸発物質発生部MEが起動状態になるまで待機状態となる。
ステップ4では、初期時間に設定され、主蒸発物質発生部MEの主蒸発時間TmがTm=0に設定されると同時に、副蒸発物質発生部SEの副蒸発時間TsがTs=0に設定され、ステップ5に進む。ステップ5では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発時間Tmと副蒸発物質発生部SEの副蒸発時間Tsが同時に進行し、点Pを介してステップS6に進む。
後述するように、ステップ6では、設定に応じていくつかの蒸発パターンが実行され、ステップ6における蒸発が終了し、点Qを介してステップ7に進む。ステップ7では、蒸発を繰り返す場合にYとなり、点Pを介してステップS6に戻り、蒸発を繰り返す。ステップ7において、蒸発を繰り返さない場合には、Nとなり、DLC膜成膜装置の制御フローが終了(END)となる。
【0041】
図9は、
図8のステップ6における蒸発工程の概略を示すフロー概略図である。前記ステップ6では、主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEから主蒸発物質及び/又は副蒸発物質が供給されるが、
図9に示すように、蒸発パターンA〜Kの場合が考えられる。蒸発パターンAでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に開始して、同時に終了する。
蒸発パターンBでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に開始して、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了する。蒸発パターンCでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に開始して、副蒸発が先に終了して、主蒸発が後に終了する。
【0042】
次に、
図9に示す蒸発パターンD〜Fでは、全て、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が先に開始して、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が後に開始する。蒸発パターンDでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に終了し、蒸発パターンEでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が先に終了し、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が後に終了する。逆に、蒸発パターンEでは、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が先に終了し、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が後に終了する。
蒸発パターンG〜Iでは、全て、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が先に開始して、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が後に開始する。図示に示すように、蒸発パターンGでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発と副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が同時に終了し、蒸発パターンHでは、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が先に終了し、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が後に終了する。また、蒸発パターンIでは、副蒸発物質発生部SEにおける副蒸発が先に終了し、主蒸発物質発生部MEにおける主蒸発が後に終了する。
【0043】
図10は、
図8に示したステップ6で実行されるサブルーチンの一例を示すフロー図である。
図8のステップ6では、
図9に示したような蒸発パターンA〜Kが選択される。
図10のフロー図では、
図8の点Pよりステップ11に進む。ステップ11では、事前の設定に基づいて、主蒸発物質発生部MEの主蒸発開始時間Tmsと副蒸発物質発生部SEの副蒸発開始時間Tssが同時かどうか判断され、主蒸発と副蒸発の開始が同時の場合、Tms=Tssであり、Yとなってステップ12に進む。主蒸発と副蒸発の開始が同時ではなく、時間差を設ける場合にNとなり、ステップ17に進む。ステップ17については後述する。
ステップ12では、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsに到達しているかどうか判断し、Yの場合にステップ13に進む。ステップ12がNの場合、ステップ12に戻ることから、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsになるまで待機となる。ステップ13では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が同時に開始され、ステップ14に進む。尚、ステップ13は同時開始であるため、ステップ12において、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間Tssに到達しているかどうかを判断しても良い。
【0044】
図10のステップ14では、事前の設定に基づいて、主蒸発物質発生部MEの主蒸発終了時間Tmeと副蒸発物質発生部SEの副蒸発終了時間Tseが同時かどうか判断され、主蒸発と副蒸発の開始が同時の場合、Tme=Tseであり、Yとなってステップ15に進む。主蒸発と副蒸発の終了が同時ではなく、時間差を設ける場合にNとなり、ステップ18に進む。ステップ18については後述する。
ステップ15では、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeに到達しているかどうか判断し、Yの場合にステップ16に進む。ステップ15がNの場合、ステップ15に戻ることから、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeになるまで蒸発が持続される。ステップ16では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が同時に終了し、点Qを介して
図8のステップ7に進む。同様に、
図10のステップ16は同時終了であるため、ステップ15において、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間Tseに到達しているかどうかを判断しても良い。
【0045】
図10のステップ17では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が時間差を有して開始され、ステップ14に進む。また、
図10のステップ18では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発と副蒸発物質発生部SEの副蒸発が時間差を有して終了し、点Qを介して
図10のステップ7に進む。
図10に示したステップ11〜ステップ13への工程は、
図9における蒸初パターンA〜Cの主蒸発と副蒸発の同時開始に対応し、
図10のステップ14〜16への工程は、
図9における蒸初パターンA、D、Gの主蒸発と副蒸発の同時終了に対応する。
【0046】
図11は、
図10のステップ17を含む点P1から点Q1のサブルーチンを示すフロー図である。ステップ21では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に開始かどうか判断し、Yの場合にステップ22に進む。ステップ22では、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsか判断され、Yの場合にステップ23に進み、ステップ23で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が開始してステップ24に進む。ステップ22において、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間TmsになっていないNの場合、ステップ22に戻り、主蒸発開始時間Tmsになるまで繰り返されることから、待機となる。
ステップ24では、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間Tssか判断され、Yの場合にステップ25に進み、ステップ25では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が開始され、点Q1を介して
図10のステップ14に進む。ステップ22において、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間TssになっていないNの場合、ステップ22に戻り、副蒸発開始時間Tssになるまで繰り返されることから、待機となる。
ステップ21において、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に開始しない場合、Nとなり、ステップ26に進む。ステップ26では、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間Tssか判断され、Yの場合にステップ27に進み、ステップ27では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が開始され、ステップ28に進む。ステップ26において、副蒸発時間Tsが副蒸発開始時間TssになっていないNの場合、ステップ26に戻り、副蒸発開始時間Tssになるまで繰り返されることから、待機となる。
ステップ28では、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間Tmsか判断され、Yの場合にステップ29に進み、ステップ29で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が開始し、点Q1を介して
図10のステップ14に進む。ステップ28において、主蒸発時間Tmが主蒸発開始時間TmsになっていないNの場合、ステップ28に戻り、主蒸発開始時間Tmsになるまで繰り返されることから、待機となる。
図11におけるステップ22〜25の流れが、蒸発パターンD〜Fにおける主蒸発が先に開始する場合に対応し、
図11におけるステップ26〜29の流れが、蒸発パターンG〜Iにおける副蒸発が先に開始する場合に対応する。
【0047】
図12は、
図10のステップ18を含む点P2から点Q2のサブルーチンを示すフロー図である。ステップ31では、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に開終了するかどうかを判断し、Yの場合にステップ32に進む。ステップ32では、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeか判断され、Yの場合にステップ33に進み、ステップ33で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が終了してステップ34に進む。ステップ32において、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間TmeになっていないNの場合、ステップ32に戻り、主蒸発開始時間Tmeになるまで繰り返されることから、主蒸発が持続する。
ステップ34では、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間Tseか判断され、Yの場合にステップ35に進み、ステップ35では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が終了し、
図10の点Q2と点Qを介して接続される
図8のステップ7に進む。ステップ34において、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間TseになっていないNの場合、ステップ34に戻り、副蒸発終了時間Tseになるまで繰り返されることから、副蒸発が持続する。
ステップ31において、主蒸発物質発生部MEの主蒸発が先に終了しない場合、Nとなり、ステップ36に進む。ステップ36では、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間Tseか判断され、Yの場合にステップ37に進み、ステップ37では、副蒸発物質発生部SEで副蒸発が終了し、ステップ38に進む。ステップ36において、副蒸発時間Tsが副蒸発終了時間TseになっていないNの場合、ステップ36に戻り、副蒸発開始時間Tseになるまで繰り返されることから、副蒸発が持続する
ステップ38では、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間Tmeか判断され、Yの場合にステップ39に進み、ステップ39で主蒸発物質発生部MEの主蒸発が終了し、
図10の点Q2と点Qを介して接続される
図8のステップ7に進む。ステップ38において、主蒸発時間Tmが主蒸発終了時間TmeになっていないNの場合、ステップ38に戻り、主蒸発終了時間Tmsになるまで繰り返されることから、主蒸発が持続する。
図12におけるステップ32〜35の流れが、
図9に示した蒸発パターンB、E、Hにおける主蒸発が先に終了する場合に対応し、
図12におけるステップ36〜39の流れが、
図9に示した蒸発パターンC、F、Iにおける副蒸発が先に終了する場合に対応する。
【0048】
図13は、
図9の蒸発パターンAに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。以下のタイムチャートでは、主蒸発と副蒸発が蒸発を実行しているとき、主蒸発物質発生部MEの信号S(ME)と副蒸発物質発生部SEの信号S(SE)が正の値となる。前記蒸発パターンAでは、(13A)の主蒸発開始時間Tmsと(13B)の副蒸発開始時間Tssが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に開始する。(13A)の主蒸発終了時間Tmeと(13B)の副蒸発終了時間Tseも同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に終了している。
【0049】
図14は、
図9の蒸発パターンBに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンBでは、同様に、(14A)の主蒸発開始時間Tmsと(14B)の副蒸発開始時間Tssが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に開始する。蒸発パターンBでは、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了するから、先に(14A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になり、その後、(14B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になっている。
【0050】
図15は、
図9の蒸発パターンCに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンCでは、同様に、(15A)の主蒸発開始時間Tmsと(15B)の副蒸発開始時間Tssが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に開始する。蒸発パターンCでは、副蒸発が先に終了し、主蒸発が後に終了するから、先に(15B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になり、その後、(15A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になっている。
【0051】
図16は、
図9の蒸発パターンDに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンDでは、主蒸発が先に開始し、副蒸発が後に開始するから、先に(16A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となり、その後、(16B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となっている。蒸発パターンDでは、(16A)の主蒸発終了時間Tmeと(16B)の副蒸発終了時間Tseが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に終了し、信号S(ME)と信号S(SE)が同時に0になっている。
【0052】
図17は、
図9の蒸発パターンEに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンEでは、主蒸発が先に開始し、副蒸発が後に開始するから、先に(17A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となり、その後、(17B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となっている。また、蒸発パターンEでは、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了するから、先に(17A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になり、その後、(17B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になっている。
【0053】
図18は、
図9の蒸発パターンFに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンFでは、主蒸発が先に開始し、副蒸発が後に開始するから、先に(18A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となり、その後、(18B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となっている。蒸発パターンFでは、副蒸発が先に終了し、主蒸発が後に終了するから、先に(18B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になり、その後、(18A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になっている。
【0054】
図19は、
図9の蒸発パターンGに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンGでは、副蒸発が先に開始し、主蒸発が後に開始するから、先に(19B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となり、その後、(19A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となっている。蒸発パターンGでは、(19A)の主蒸発終了時間Tmeと(19B)の副蒸発終了時間Tseが同時であり、主蒸発と副蒸発が同時に終了し、信号S(ME)と信号S(SE)が同時に0になっている。
【0055】
図20は、
図9の蒸発パターンHに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンHでは、副蒸発が先に開始し、主蒸発が後に開始するから、先に(20B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となり、その後、(20A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となっている。また、蒸発パターンHでは、主蒸発が先に終了し、副蒸発が後に終了するから、先に(20A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になり、その後、(20B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になっている。
【0056】
図21は、
図9の蒸発パターンIに対応する主蒸発物質発生部MEと副蒸発物質発生部SEの主蒸発と副蒸発のタイムチャートを示すグラフ図である。蒸発パターンIでは、同様に、副蒸発が先に開始し、主蒸発が後に開始するから、先に(21B)の副蒸発開始時間Tssで信号S(SE)が正の値となり、その後、(21A)の主蒸発開始時間Tmsで信号S(ME)が正の値となっている。また、蒸発パターンIでは、副蒸発が先に終了し、主蒸発が後に終了するから、先に(21B)の副蒸発終了時間Tseで信号S(SE)が0になり、その後、(21A)の主蒸発終了時間Tmeで信号S(ME)が0になっている。
【0057】
図22は、本発明に係るDLC膜形成装置によって形成されたDLC膜を熱処理したときのラマン分光スペクトルの変化を示すグラフ図である。レーザーラマン分光光度計(メーカー:JYOBIN−YVON、型式:LABRAM−HR−800)を用いて、励起光源のレーザー波長を515nmとして、DLC膜のラマン分光スペクトルを測定している。試料としては、予め鏡面研磨した基材の表面に珪素を添加した珪素含有DLC膜が形成され、準備されている。この試料の基材としては、超硬基材を用いている。
加熱試験における熱処理では、DLC膜が成膜された基材を各熱処理温度まで加熱しており、熱処理前と、所定の熱処理温度まで加熱した珪素含有DLC膜(珪素含有量:3at.%)のラマン分光スペクトルを測定した。各熱処理温度は、図示のように、800℃、850℃、900℃及び950℃である。熱処理装置内の到達真空度を3.0×10
−2Paとし、各熱処理温度まで2時間で昇温後、1時間保持し、その後、常温まで冷却を行った。試験前後には、アルゴンガスのパージを行った。
【0058】
図22に示した熱処理前のスペクトル(a)では、矢印Hで示したHバンドが現れている。後述するように、バンドHはハイブリッドバンドであり、GバンドとDバンドの合成バンドである。前記Gバンドは、グラファイトにおける面内の振動のE2gモードとその縮退したモードの重ね合わせのバンドであり、ラマンスペクトルのピークが1560cm−1付近に現れるバンドである。また、前記Dバンドは、グラファイトの結晶端での非対称性によるA1gモードとその縮退したモードの重ね合わせのバンドであり、ラマンスペクトルのピークが1360cm−1付近に現れるバンドである。更に、波数が1000〜1200cm
−1の間にピークを有するSバンドが測定されており、Sバンドについては後述する。800℃、850℃、900℃で熱処理が施された珪素含有DLC膜のスペクトル(b)〜(d)では、Hバンドがハイブリッドバンドとして測定されている。即ち、800℃〜900℃における高温の熱処理を行っても、珪素含有DLC膜の構造がほぼ保持されていることを示している。
熱処理温度が950℃であるスペクトル(e)では、GバンドとDバンドが明確に分離してハイブリッドバンドが測定されなくなっている。即ち、スペクトル(e)は、熱処理によって珪素含有DLC膜の構造が変化したことを示しており、基材表面の被膜としての特性が変化していることを示している。
【0059】
図23は、比較例のDLC膜を熱処理したときのラマン分光スペクトルの変化を示すグラフ図であり、比較例のDLC膜は、珪素を添加していない従来のta−CからなるDLC膜である。
図22と同様に、励起光源として波長515nmのレーザー光が用いて、熱処理前と熱処理温度800℃、850℃、900℃、950℃のラマン分光スペクトルを測定している。
図23のスペクトル(a)では、熱処理前にハイブリッドバンドであるHバンドが現れているが、熱処理温度800℃のスペクトル(b)では、既にハイブリッドバンドであるHバンドが分離してGバンドとDバンドが現れている。同様に、850℃、900℃、950℃のスペクトル(c)〜(e)でもGバンドとDバンドが分離したラマン分光スペクトルが測定されている。即ち、比較例のDLC膜は、
図22に示した本発明に係る珪素含有DLC膜に比べて、耐熱性が低く、800℃以上で構造が変化していることを示している。
よって、
図22、
図23に示した実施例と比較例のラマン分光スペクトルの熱処理温度に対する変化から、珪素の添加によりDLC膜に好適な耐熱性が付与されたことが明確に示されている。また、本願明細書では、DLC膜における耐熱性の向上を示す明確な実測データとして、ラマン分光スペクトルにおけるハイブリッドバンド(Hバンド)が高温での熱処理後も分離されないことを示しており、
図22、
図23に示すように、本発明と比較例は完全に区別される。
【0060】
図24は、本発明に係るDLC膜形成装置によって成膜されたDLC膜のラマン分光スペクトルにおける各バンドの成分をフィッティングしたグラフ図である。レーザーラマン分光光度計(メーカー:日本分光、型式:NRS−1000)を用いて、励起光源のレーザー波長を532nmとして、ラマン分光スペクトルを測定している。本発明に係る珪素含有DLC膜では、ラマン分光スペクトルにおいて、ハイブリッドバンドであるHバンドと、ta−Cにおけるsp
3結合由来のSバンドが測定されている。同様に、励起光源として波長515nmを用いた場合にも、Sバンドが測定されることを確認している。前述のように、Hバンドは、GバンドとDバンドからなるハイブリッドバンドであり、
図24では、フィッティングによりGバンドとDバンドの成分を分解している。即ち、HバンドのフィッティングからGバンドとDバンドのピーク強度Pg、Pdと面積強度Ag、Adを見積ることができる。更に、Sバンドは、比較的強度が弱く、ブロードであるため、フィッティングによってピーク強度Psと面積強度Asを見積っている。各バンドのフィッティングには、最小二乗法を用いることがより好ましい。
【0062】
表1には、実施例及び比較例として作製された各DLC膜の成膜条件を示しており、Arイオンエッチングを行った後の超硬基板上に各DLC膜を成膜させている。その他の条件は共通で、アーク電流:50A、真空度5.0×10
−3Pa以下で成膜した。成膜条件に応じて試料#01〜04のDLC膜を「DLC:Si」、「DLC(1)」、「DLC(2)」及び「DLC:Si:H」の4種類に分類している。試料#01のDLC:Siは、本発明に係る珪素含有DLC膜の成膜条件を実施例として示している。
また、試料#02のDLC(1)と#03のDLC(2)は、珪素を添加していないDLC膜の成膜条件を比較例として示したものである。更に、試料#04のDLC:Si:Hは、他元素の原料としてTMS蒸気を導入し、水素を含む珪素含有DLC(表1に「DLC:Si:H」と記載)膜が成膜される成膜条件を他の比較例として示している。
尚、各成膜条件のDLC膜は、電子線マイクロアナライザ分析およびエネルギー分散型X線分析によって、珪素含有量を求めている。また、水素含有量は、共鳴核反応分析によって求めている。以下に、上記4種類のDLC膜の成膜条件を詳細に説明する。
【0063】
表1に示した試料#01の成膜方法では、
図1に示した主蒸発物質蒸発手段として、前述のT字状フィルタードアーク蒸着装置(T−FAD装置)を用い、前記副蒸発物質蒸発手段として電子線蒸着装置(以下「EB装置」と称している)を用いている。また、試料#01の作製では、T−FAD装置の主蒸発源として黒鉛陰極材料を用い、副蒸発源として珪素材料を用いている。即ち、T−FAD装置によって炭素を供給し、表1の「他元素の添加方法」に記載されるように、EB装置によって珪素を供給して、珪素含有DLC膜を成膜している。表1には、他のDLC膜と成膜方法を区別するため、「DLC:Si」と記載している。
試料#01の成膜では、主蒸発源のアーク電流が一定となるよう保持し、EB装置の加速電圧を6kVとして、エミッション電流を80〜120mAの範囲内で変化させ、珪素の蒸発量を調整している。主蒸発源と副蒸発源を同時に運転して、珪素含有量を調整することによって、所望の試料#01のDLC:Si膜を基材上に成膜している。表1に示すように、印加電圧は約―100Vのパルス電圧である。試料#01のDLC:Siは、
図22に示したラマン分光スペクトルの結果と同様に、珪素添加によって耐熱性が向上する。
【0064】
表1の試料#02は、珪素を添加しないDLC膜であり、表中に「DLC(1)と記載している。DLC(1)は、FAD装置により黒鉛陰極材料からなる蒸発源を用いて成膜されたDLC膜を示しており、珪素は添加されていない。蒸着源に対するパルス電圧は約−100Vである。試料#02のDLC(1)は、試料#01のDLC:Si(1)と比較できるよう、珪素の添加が行われない以外は、試料#01と同様の成膜条件で成膜されている。
表1の試料#03は、珪素を添加しないDLC膜であり、T−FAD装置により黒鉛陰極材料からなる蒸発源を用いて成膜しており、表中に「DLC(2)と記載している。試料#03は、被成膜基板に対する印加電圧が約−100VのDC電圧であり、基板バイアスの条件が変更されても、DLC膜に大きな変化がないことを確認するために成膜したものである。試料#03は、
図23のラマン分光スペクトルを測定したDLC膜と同じ成膜条件であり、
図23と同様に、800℃以上の熱処理では、ラマン分光スペクトルに現れるDバンドとGバンドが顕著に分離する。また、図示していないが、比較例の試料#02を用いたラマン分光スペクトルの測定においても、DバンドとGバンドが顕著に分離する同様の結果が得られている。よって、DLC膜の熱処理温度に依存したラマン分光スペクトルの変化は、基板バイアスの条件が変わっても、ほぼ同じ傾向にあることが確かめられている。
これらの結果は、前述のように、珪素の添加によってDLC膜に好適な耐熱性が付与されることを示している。
表1の試料#04は、TMS蒸気を導入し、水素を含む珪素含有DLC膜を超硬基板に成膜したものであり、このDLC膜を「DLC:Si:H」と称している。
なお、珪素含有黒鉛陰極材料が蒸発源に用いられる場合、特別な対策を施さない限り、添加物の溶出、析出、浮き出し、及び/又は偏析により放電が不安定となるが、主蒸発源と副蒸発源を有する本発明の方法では、そのような問題が発生しないため、長時間安定した放電が可能になる。
【0066】
表2は、種々のDLC膜のラマン分光スペクトルに現れる各バンドのピーク位置を示している。
図24に示したように、本発明に係るDLC膜のラマン分光スペクトルには、Sバンド、Dバンド、Gバンドが現れる。表2の試料#1〜7は、表1に示した成膜条件で基材表面に形成されたDLC膜であり、励起光源としてレーザー波長532nmで測定したラマン分光スペクトルのSバンド、DバンドやGバンドのピーク位置を表2に記載している。表2におけるDLC膜の種類は、表1に示した「DLC:Si」、「DLC(1)」、「DLC(2)」及び「DLC:Si:H」の4種類である。即ち、試料#1〜4は、FAD装置とEB装置によって成膜される「DLC:Si」である。また、試料#5、6は、FAD装置において、パルス電圧を被成膜基板に印加して成膜される「DLC(1)」及びDC電圧を被成膜基板に印加して成膜される「DLC(2)」であり、試料#7は、TMSガスを導入して成膜される「DLC:Si:H」である。以下の表に示めした試料#1〜7は、同一の試料である。
【0067】
表2に示すように、試料#1〜4のDLC:Siでは、DLC膜の珪素(Si)含有量を0.7at.%から17.2at.%まで増加させている。試料#1〜3のラマン分光スペクトルでは、Sバンドが現れているが、珪素含有量が17.2at.%となる試料#4のラマン分光スペクトルでは、Sバンドのピークが明確に現れなかった。表には示していないが、試料の珪素含有量が約15at.%程度までの場合、ラマン分光スペクトルにおいて、Sバンドのピークとみなさせるピークが検出される試料も存在したが、珪素含有量が15at.%程を越えると、完全にSバンドの成分は検出されていない。
前述のように、波数が1000〜1200cm
−1の間にピークを有するSバンドは、ta−Cにおけるsp
3結合由来のバンドであり、試料#1〜3のラマン分光スペクトル測定においてSバンドが測定されている。よって、試料#1〜3の珪素含有DLC膜は、ta−C膜と同様の強度を有し、さらに珪素添加による好適な耐熱性が付与されている。
尚、ta−Cに分類されるDLC膜に関し、sp
3結合/(sp
2結合+sp
3結合)の比が0.5〜0.9、水素含有量が0〜5at.%、ナノインデンテーション硬さが40〜100GPa、密度が2.7〜3.4g/cm
3であることをta−Cの定義とする場合もある(特許文献1)が、本願明細書では、前記ラマン分光スペクトルにおいてSバンドが測定されるものをsp
3比率の高いta−Cとみなしている。
また、本発明のDLC膜は、プロセスチャンバ内に水素を含むガスを意図的には導入しないで成膜したものであり、実質的に水素を含まない水素フリーのDLC膜である。但し、元来、真空チャンバ内壁や電極内(および内壁)に付着、吸着していたガス、ゴミ、あるいは水などがプロセス中に脱離して、膜内に混入する場合もあるため、水素含有量を完全になくすことは困難であるが、その程度は、通常5at.%以下である。そして、この程度であれば、保護膜としての密度や硬さ、耐熱性、耐摩耗性、耐凝着性、耐食性、光透過性、電気伝導度などの機械的特性、化学的特性、電気的特性、光学的特性への実質的な影響がないことから、具体的な水素含有量としては5at.%以下を意味する。
試料#7のDLC:Si:Hは、前述のように、TMSガスの導入によって珪素が添加され、さらに水素を含有するものであり、Sバンドのピークは観察されていない。
【0070】
表3には、試料#1〜7のラマン分光スペクトルにおけるGバンド、Dバンド及びSバンドのピーク強度(Pg、Pd、Ps)の各比率を示し、表4には、面積強度(Ag、Ad、As)の各比率を示している。前述のように、Gバンドがグラファイト構造由来のものであり、Dバンドがグラファイト構造の欠陥由来のものであることから、ピーク強度比Pd/Pgは、DLC膜におけるグラファイト構造の欠陥の比率に起因するものである。ピーク強度比Pd/Pgは、0.5以下であることが好ましく、グラファイト構造の欠陥が比較的少なく、好適な強度を有する珪素含有DLC膜が形成されていることを示している。同様に、面積強度比Ad/Agも0.5以下であることが好ましく、好適な珪素含有DLC膜が形成されていることを示している。
【0071】
更に、表3及び表4に示すように、ラマン分光スペクトルにおいてSバンドが検出されるだけでなく、ピーク強度比Ps/Pdと面積強度比As/Adが0.01以上であることが好ましい。即ち、ta−C由来のSバンドがグラファイト構造の欠陥由来のDバンドに対して十分な強度で測定されており、珪素含有DLC膜が所定の比率以上にsp
3結合を有するta−C膜であることから、高品質のDLC膜が成膜されていることを示している。同様に、ピーク強度比Ps/Pgと面積強度比As/Agもより高い値を有していることが好ましい。
【0073】
表5には、試料#1〜7のDLC膜に関する光学的な測定値として屈折率と消衰係数を記載し、さらに各DLC膜を成膜したガラスレンズ成形用金型を用いて、ガラスレンズを成形可能な回数を測定している。各DLC膜の屈折率と消衰係数は、分光反射率測定器を用いて波長域380nm〜780nmの範囲で測定されたDLC膜の反射率特性から、光学シミュレーションによって屈折率と消衰係数を算出している。表5に示した屈折率と消衰係数は、550nmの光に対する値である。尚、分光反射率測定を行ったDLC膜は、ガラスレンズ成形用金型である超硬基材上に成膜しており、DLC:Si、DLC(1)、DLC(2)、DLC:Si:Hの各成膜条件で成膜している。
ガラスレンズの成形試験では、ガラスプリフォーム材料(ガラス転移点608℃、軟化点713℃)を使用し、成形時の温度を683℃、プレス荷重を400kgfとして、窒素雰囲気中でガラスレンズを成形している。プレス成形を繰り返し、DLC膜が剥離することなく、成形用金型表面へのガラス材料の付着や成形されたレンズの表面形状の変化を引き起こすことなく、成形可能な回数(以下、単に「成形回数」とも称する)を調査している。
【0074】
成形回数は、より多いことが実用上好ましい。ラマン光学スペクトルでSバンドが測定された珪素含有DLC膜である試料#1〜3では、全て成形回数が500回以上となっている。即ち、優れた耐熱性を有すると共に、繰り返しの荷重に対する優れた耐久性を保持していることがわかる。試料#4では、Sバンドは測定されず、試料#1〜3と比べ、成形回数は500回未満の130回となっている。更に、珪素が添加されていない試料#5、#6では、成形回数がいずれも500未満であり、消衰係数が比較的小さく、0.05未満となっている。また、水素を含む珪素含有DLC膜である試料#7は、成形回数が50であり最も小さく、屈折率も試料#1〜7と比較して最も小さな値となっている。よって、珪素含有DLC膜の評価方法として、屈折率と消衰係数を用いると、波長550nmの光に対する屈折率が2.5〜3.0且つ消衰係数が0.05〜0.40であるとき、成形耐久性の好適な珪素含有DLC膜が得られることが分かる。
【0075】
図25は、本発明に係る積層型DLC膜の構成図である。対象物84の上面に主蒸発物質層83が形成され、混合層82、主蒸発物質層81、混合層80の順に積層されている。混合層80、82は、主蒸発物質と副蒸発物質とが混合して形成された蒸着層であり、主蒸発物質層81、83は、主蒸発物質だけから形成された蒸着層である。対象物84の表面状態に応じて、主蒸発物質層83のみを形成することにより、良い密着性や高い硬度を付与することができる。更に、表面の混合層80や内部の混合層82に珪素が添加されるから、
図25の積層型DLC膜に好適な耐熱性を付与することができる。混合層80、82の厚さ(層厚)t1、t2を1nm以上に調整することにより、所定の耐熱性を積層型DLC膜に付与することができる。