特許第6586716号(P6586716)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6586716質量分析装置及び該装置を用いた生体試料の分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6586716
(24)【登録日】2019年9月20日
(45)【発行日】2019年10月9日
(54)【発明の名称】質量分析装置及び該装置を用いた生体試料の分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20191001BHJP
   H01J 49/26 20060101ALI20191001BHJP
   H01J 49/10 20060101ALI20191001BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20191001BHJP
【FI】
   G01N27/62 F
   H01J49/26
   H01J49/10
   H01J49/04
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2018-503981(P2018-503981)
(86)(22)【出願日】2016年8月26日
(86)【国際出願番号】JP2016075064
(87)【国際公開番号】WO2017154240
(87)【国際公開日】20170914
【審査請求日】2018年9月25日
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2016/057457
(32)【優先日】2016年3月9日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.analchem.5b04046、https://pubs.acs.org/toc/ancham/88/7、平成28年3月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】財津 桂
(72)【発明者】
【氏名】林 由美
(72)【発明者】
【氏名】村田 匡
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/126141(WO,A1)
【文献】 国際公開第2016/027319(WO,A1)
【文献】 特開2014−44110(JP,A)
【文献】 ZAITSU,K. et al.,Intact Endogenous Metabolite Analysis of Mice Liver by Probe Electrospray Ionization/Triple Quadrupo,Anal.Chem.,2016年 3月 9日,88,3556-3561
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/04
H01J 49/10
H01J 49/26
G01N 33/48 − 33/98
G01N 1/00 − 1/16
A61B 5/145 − 5/15
A61B 10/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の探針と、前記探針に高電圧を印加する高電圧発生部と、前記探針の先端に試料を付着させるべく上下方向に延伸するように配置された前記探針又は該探針の下方に配置された試料の少なくとも一方を上下方向に移動させる変位部と、をイオン源として具備し、前記変位部により前記探針の先端に試料の一部を付着させたあと前記高電圧発生部により該探針に高電圧を印加することによって、エレクトロスプレー現象を利用して試料中の成分を大気圧下でイオン化する質量分析装置において、
試料上であって前記変位部により前記探針又は該試料の少なくとも一方が移動される際に該探針の先端が通過する位置に配置される溶媒供給部を備え、該溶媒供給部は、
a)上面及び底面に前記探針がその延伸方向に挿通可能である開口を有するとともに該底面の開口を閉塞するように遮液性の第1の膜体が設けられた、内部に溶媒が収容される容器部と、
b)前記第1の膜体と所定間隔を有して前記容器部の外側に設けられた遮液性の膜体であり、且つ当該溶媒供給部が試料上に配置されるときに下面が該試料の上面に接触する第2の膜体と、
を有することを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
水平方向及び垂直方向に位置調節が可能である、試料を載置するための試料台、をさらに備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析装置であって、
前記試料台を水平方向及び垂直方向に移動させる試料台駆動部と、
該試料台駆動部の動作を外部からの指示に応じて又は予め決められたプログラムに従って制御する制御部と、
をさらに備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項2に記載の質量分析装置であって、
前記溶媒供給部を保持可能なアームが前記試料台に設けられていることを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
請求項4に記載の質量分析装置であって、
前記アームを移動させるアーム駆動部と、
該アーム駆動部の動作を外部からの指示に応じて又は予め決められたプログラムに従って制御する制御部と、
をさらに備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の質量分析装置を用いた生体試料の分析方法であって、
生体試料の上面又は生体試料の測定対象部位の上面に前記第2の膜体の下面が接触するように、所定の溶媒が前記容器部に収容されてなる前記溶媒供給部を該生体試料の上に設置した状態で、
前記変位部により前記探針又は前記試料の少なくとも一方を移動させることによって該探針の先端を前記容器部中の溶媒に通過させ、さらに前記第1及び第2の膜体を貫通させて前記生体試料又は前記測定対象部位に到達させることで該探針の先端に試料の一部を付着させたあと、
前記変位部により前記探針又は前記試料の少なくとも一方を移動させることで該探針の先端を前記生体試料又は前記測定対象部位から離脱させ、前記容器部中の溶媒に再び通過させて所定の位置まで引き上げたあとに、前記高電圧発生部により該探針に高電圧を印加して該探針の先端に採取した試料をイオン化して質量分析を行うことを特徴とする生体試料の分析方法。
【請求項7】
請求項6に記載の生体試料の分析方法であって、
前記溶媒として抗凝固薬を添加した液体を用いることを特徴とする生体試料の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置及び該装置を用いた生体試料の分析方法に関し、さらに詳しくは、探針エレクトロスプレーイオン化法によるイオン源を備えた質量分析装置とそれを用いて生きた状態である生体試料を分析するのに好適な分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において測定対象である試料中の成分をイオン化するイオン化法としては、従来、様々な方法が提案され、また実用に供されている。大気圧雰囲気中でイオン化を行うイオン化法としてはエレクトロスプレーイオン化(ESI)法がよく知られているが、このESIを利用したイオン化法の一つとして近年注目を集めているものとして探針エレクトロスプレーイオン化(PESI=Probe ElectroSpray Ionization)法がある。
【0003】
特許文献1、非特許文献1等に開示されているように、PESI法によるイオン化を行うPESIイオン源は、先端の径が数百ナノメートル程度である導電性の探針と、該探針の先端に試料を付着させるべく該探針又は試料の少なくとも一方を移動させる変位部と、探針の先端に試料が採取された状態で該探針に高電圧を印加する高電圧発生部と、を含む。例えば測定時には、変位部により探針又は試料の少なくとも一方を移動させ、該探針の先端を試料に接触させ又は僅かに刺入させ、探針の先端表面に微量の試料を付着させる。そのあと、変位部により探針を試料から離脱させ、高電圧発生部から探針に高電圧を印加する。すると、探針先端に付着している試料に強い電場が作用し、エレクトロスプレー現象が生起されて試料中の成分分子が離脱しながらイオン化する。
【0004】
一般に、エレクトロスプレー現象を利用したイオン化は、他のイオン化法、例えばレーザ光の照射によるイオン化法などと比べてイオン化効率が高い。そのため、PESIイオン源では、微量な試料中の分子を効率良くイオン化することができる。また、例えば被検体から採取したごく微量の生体組織に対し溶解や分散化等を含めた何らの前処理を行うことなく、そのままの状態でイオン化を行うことができる。さらに、探針が刺入される試料上の位置を変えることによって、試料上の一次元的な又は二次元的な領域中の複数の部位に対するイオン化を順次実行することができる。それによって、一次元的な又は二次元的な領域の分布分析が可能である、といった利点がある。
【0005】
PESIイオン源を利用した質量分析装置(以下「PESIイオン化質量分析装置」と称す)を用いた測定として特に期待されているのが、生きたままの生体の組織中の様々な成分の測定である。即ち、非特許文献1にも記載されているように、例えば麻酔下で生きた状態のマウスを試料台の上に仰臥位で載置し、開腹して露出させた生体組織(例えば臓器)に直接的に探針を刺入して細胞を採取する。このときに採取される細胞はごく微量であり、生体組織への探針の刺入もごく僅かであるので該組織の損傷を最小限に抑えることができる。このような測定を利用することで、例えば解糖系で生成されるピルビン酸をマウス等の実験動物に投与したあとの肝臓組織中のアセチルCoAの量の時間的な変化を観察し代謝経路の一つであるTCA(TriCarboxylic Acid)回路の動態を調べる等、代謝経路を含む様々な生化学反応回路の動態を調べることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2014−44110号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】竹田 扇、ほか7名、「質量分析法と統計的学習機械を組み合わせた新規がん診断支援装置の開発」、島津評論 Vol.69、No.3・4、2013年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来のPESIイオン化質量分析装置による上述したような生体試料の測定には次のような課題がある。
(1)PESI法では高電圧の印加によって帯電液滴を生成するために、試料が液体状である必要がある。そこで、通常、探針を生体組織に刺入する前に適宜の溶媒を該生体組織に滴下し、溶媒と共に微量の細胞を採取する。このとき、生体組織からにじみ出る血液などが溶媒に混じるため、これが一種の夾雑物となって目的成分の観測を困難にすることがある。試料が生きた状態であると生体組織からの血液等のにじみ出しも多いため、生きた状態の被検体を測定する場合にはその影響が特に問題となる。
(2)代謝などの生化学反応の時間的な変化を観測するには、肝臓などの生体組織の同じ部位に対する測定を、或る程度の時間に亘って繰り返し行う必要がある。しかしながら、上述したように生体組織に滴下する溶媒の量には限界があり、しかも、生成されたイオンを大気圧雰囲気から質量分析部へと搬送するキャピラリは加熱されているため、その影響でイオン化が行われる領域の温度も高く溶媒は気化し易い。そのために、長時間の連続的な測定は困難である。
【0009】
(3)生きた状態の生体組織から採り出された血液は空気に触れると比較的短時間で凝固する。そのため、探針の表面に血液が付着するとそれが徐々に凝固し、探針に高電圧を印加しても目的成分由来のイオンが発生しにくくなる。その結果、繰り返し測定が困難になることがある。
(4)麻酔下であっても生きた状態である生体組織は生体反応等により動く。そのため、探針を生体組織の同じ部位に繰り返し刺入して採取した試料をそれぞれ測定したい場合でも、探針の刺入部位がずれてしまい測定の正確性を損なうおそれがある。
【0010】
なお、測定対象が生きた状態の生体でなく、生体から採り出されたばかりの血液等である場合にも、上記(1)、(3)の問題は同様である。
【0011】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、その主な目的は、生きた状態のままの被検体の生体組織中の成分や生体から採り出されたばかりの試料中の成分を測定するに際し、正確な測定を或る程度長い時間に亘り続行することができるPESIイオン化質量分析装置及び該装置を用いた生体試料の分析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、導電性の探針と、前記探針に高電圧を印加する高電圧発生部と、前記探針の先端に試料を付着させるべく上下方向に延伸するように配置された前記探針又は該探針の下方に配置された試料の少なくとも一方を上下方向に移動させる変位部と、をイオン源として具備し、前記変位部により前記探針の先端に試料の一部を付着させたあと前記高電圧発生部により該探針に高電圧を印加することによって、エレクトロスプレー現象を利用して試料中の成分を大気圧下でイオン化する質量分析装置において、
試料上であって前記変位部により前記探針又は該試料の少なくとも一方が移動される際に該探針の先端が通過する位置に配置される溶媒供給部を備え、該溶媒供給部は、
a)上面及び底面に前記探針がその延伸方向に挿通可能である開口を有するとともに該底面の開口を閉塞するように遮液性の第1の膜体が設けられた、内部に溶媒が収容される容器部と、
b)前記第1の膜体と所定間隔を有して前記容器部の外側に設けられた遮液性の膜体であり、且つ当該溶媒供給部が試料上に配置されるときに下面が該試料の上面に接触する第2の膜体と、
を有することを特徴としている。
【0013】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る生体試料の分析方法は、上記本発明に係る質量分析装置を用いた生体試料の分析方法であって、
生体試料の上面又は生体試料の測定対象部位の上面に前記第2の膜体の下面が接触するように、所定の溶媒が前記容器部に収容されてなる前記溶媒供給部を該生体試料の上に設置した状態で、
前記変位部により前記探針又は前記試料の少なくとも一方を移動させることによって該探針の先端を前記容器部中の溶媒に通過させ、さらに前記第1及び第2の膜体を貫通させて前記生体試料又は前記測定対象部位に到達させることで該探針の先端に試料の一部を付着させたあと、
前記変位部により前記探針又は前記試料の少なくとも一方を移動させることで該探針の先端を前記生体試料又は前記測定対象部位から離脱させ、前記容器部中の溶媒に再び通過させて所定の位置まで引き上げたあとに、前記高電圧発生部により該探針に高電圧を印加して該探針の先端に採取した試料をイオン化して質量分析を行うことを特徴としている。
【0014】
ここでいう「生体試料」とは、生きた状態である生体そのもの、生体から採り出した生体組織切片などの固形物、生体から採り出した又は生体由来の血液、尿、唾液、胃液等の体液、さらには胃などの内臓の内容物等を含む。
【0015】
本発明に係る質量分析装置は、イオン源で生成されたイオンを質量分析するための構成は特に限定されない。即ち、イオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離器は、例えば四重極マスフィルタ、飛行時間型質量分離器、イオントラップ型質量分離器、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分離器など、いずれでも構わない。また、コリジョンセルを挟んで前後に質量分離器を備えたタンデム型の構成や、イオントラップでイオンを一旦捕捉して1又は複数回イオンを解離させたあとに該イオントラップ自体で又は外部の質量分離器で質量分析を行う構成でも構わない。
ただし、イオン源は略大気圧雰囲気中にあり、質量分離器は通常、高真空雰囲気中に置かれるから、多段差動排気系など、大気圧下から高真空中へとイオンを搬送する構成が必要である。
【0016】
本発明に係る質量分析装置及び該装置を用いた生体試料の分析方法では、溶媒は容器部に収容され、試料を採取するために探針が相対的に上下に移動する際に該探針の先端はその溶媒中を通過する。そのため、試料採取前に探針の先端表面には溶媒が付着し、さらに探針の先端に採取された試料の外表面にも溶媒が付着する。これにより、試料に溶媒が十分に付着した状態で探針に高電圧が印加されるので、試料中の成分が溶け出した状態の溶媒に電場が作用し、試料中の成分を良好にイオン化することができる。また、容器部に十分な量の溶媒を収容しておくことで、或る程度の長い時間に亘る測定でも溶媒が枯渇することを避けることができる。
【0017】
また、探針が相対的に上下に移動される際に、探針の先端は第2の膜体を突き破るから、探針が引き上げられた状態では、微小ではあるものの第2の膜体には孔が残る。そして、その孔を通して試料(生体試料)から血液等の液体が染み出してくる。本発明に係る質量分析装置において溶媒供給部の第1の膜体と第2の膜体との間には所定の間隙が設けられているため、第2の膜体に生じた孔を通して染み出して来た液体はその間隙に溜まり或いは間隙から外側に流出する。そのため、容器部に収容されている溶媒の血液等による汚染を最小限に抑えることができ、溶媒に含まれる夾雑物の影響による測定精度の低下を防止することができる。また、溶媒自体に血液が混じりにくく、しかも上述したように溶媒の量が多いために、探針の先端に付着した血液が凝固することも回避することができる。
【0018】
なお、一般に、溶媒としては水やアルコール類が使用され、第1及び第2の膜体はこれらを遮蔽するものでありさえすればよいが、探針の先端が貫通してできた孔は小さいことが望ましいから、膜体が適度な弾性を有しているほうがよい。こうしたことから、第1及び第2の膜体は、例えば食品用ラップフィルムに利用されているポリ塩化ビニリデン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリメチルペンテンなどの様々な単一の樹脂材料又は異なる材料を組み合わせた複合樹脂材料などから成るものとするとよい。
【0019】
また、生体試料が生体そのものや生体から採り出された生体組織切片などである場合、本発明に係る質量分析装置を用いた分析方法では、溶媒供給部を測定対象部位の上に置くことで該測定対象部位は上から軽く押さえつけられる。そのため、生体測定対象部位が動きにくくなり、繰り返し測定の際に探針が同じ位置に刺入され易くなる。それによって、例えば同一位置にある細胞中の成分を或る程度の長い時間に亘り連続的に測定したい場合の測定精度を向上させることができる。
【0020】
また本発明に係る生体試料の分析方法では、好ましくは、溶媒として抗凝固薬を添加した液体を用いることが望ましい。抗凝固薬としては例えばヘパリンなどを用いることができる。これにより、溶媒に血液が混じった場合でも凝固しにくくなり、探針の先端で血液が凝固してイオン化効率が落ちることをより確実に防止することができる。
【0021】
また、本発明に係る質量分析装置では、水平方向及び垂直方向に位置調節が可能である、試料を載置するための試料台をさらに備える構成とするとよい。
この構成によれば、試料を載置したまま試料台を水平面内で適宜移動させることで、試料上の任意の位置の測定を行うことができる。また、試料台を水平面内で、例えば互いに直交するX軸、Y軸方向にそれぞれ所定距離ずつ移動させつつ測定を繰り返すことで、試料上の所定の二次元範囲に亘る所定成分の分布等を調べることもできる。また、試料の大きさ等に応じて試料台を垂直方向に移動させ、探針が降下したときの試料への探針の刺入深さを調整することもできる。
【0022】
また、こうした構成の質量分析装置では、
前記試料台を水平方向及び垂直方向に移動させる試料台駆動部と、
該試料台駆動部の動作を外部からの指示に応じて又は予め決められたプログラムに従って制御する制御部と、
をさらに備える構成とするとよい。
即ち、この構成によれば、試料上の測定範囲や隣接する測定位置の離間距離などを予め設定しておくことで、制御部は試料台駆動部の動作を制御し、上記測定範囲に亘る測定を自動的に遂行することができる。
【0023】
また、本発明に係る質量分析装置では、
前記溶媒供給部を保持可能なアームが前記試料台に設けられている構成としてもよい。
この構成によれば、例えば、試料上の異なる位置に対する測定を行うために試料台を移動させた場合でも、溶媒供給部が試料上から落ちたり位置がずれたりするおそれがなくなる。また、溶媒供給部が試料を上から押さえる力をアームによって適宜に調整することができる。そのため、試料が過度な力で押さえられることがなく、或る程度の長時間の測定であっても試料に与えるストレスを軽減できる。
【0024】
さらにまた、この構成では、
前記アームを移動させるアーム駆動部と、
該アーム駆動部の動作を外部からの指示に応じて又は予め決められたプログラムに従って制御する制御部と、
をさらに備える構成とするとよい。
【0025】
この構成によれば、例えば溶媒供給部による溶媒の供給が不要である場合に、溶媒供給部が測定の障害にならないように試料の上から溶媒供給部を退避させることができる。また、所定の位置で溶媒供給部の容器部中に溶媒を注入し、そのあと、溶媒供給部を試料の上方まで移動させたうえで測定を実行する、或いは、測定終了後に溶媒供給部を所定の位置まで移動させて該溶媒供給部を廃棄するといった自動的な測定が可能となる。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係る質量分析装置及び生体試料の分析方法によれば、例えば開腹して露出させた実験動物の生体組織など、生きた状態のままの生体試料を測定する場合でも、溶媒の気化や血液等の夾雑物の影響、さらには血液が凝固することによる影響等を軽減して、精度の高い測定を或る程度の長い時間に亘り継続的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の一実施例によるPESIイオン化質量分析装置の概略構成図。
図2】本実施例のPESIイオン化質量分析装置における溶媒供給部の概略縦断面図。
図3】本実施例のPESIイオン化質量分析装置を用いて開腹したマウスの生体組織を測定する際の状態の概略斜視図。
図4】他の実施例によるPESIイオン化質量分析装置における試料台の概略斜視図。
図5】本実施例のPESIイオン化質量分析装置を用いて薬毒物スクリーニング検査を行う場合の測定手順を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の一実施例であるPESIイオン化質量分析装置及び該装置を用いた生体試料の分析方法について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例のPESI質量分析装置の概略構成図である。
【0029】
本実施例のPESIイオン化質量分析装置は、大気圧の下で試料中の成分のイオン化を行うイオン化室1と高真空雰囲気中でイオンの質量分離及び検出を行う分析室4との間に、段階的に真空度が高められた複数(この例では二つ)の中間真空室2、3を備えた多段差動排気系の構成となっている。なお、図1では記載を省略しているが、一般に、第1中間真空室2内はロータリーポンプにより真空排気され、第2中間真空室3及び分析室4内はロータリーポンプに加えターボ分子ポンプにより真空排気される。
【0030】
略大気圧雰囲気であるイオン化室1内には、その上面に試料Sを載置するための試料台7が配置され、試料台7の上部空間には探針ホルダ5に保持された金属性の探針6が、上下方向(Z軸方向)に延伸するように配置されている。探針6が装着された探針ホルダ5はモータや減速機構或いはアクチュエータなどを含む探針駆動部21により、上下方向(Z軸方向)に移動可能となっている。また、探針6には高電圧発生部20から最大で数kV程度の高電圧が印加されるようになっている。試料台7は、モータや減速機構などを含む試料台駆動部23により、水平な二軸方向(X軸方向及びY軸方向)並びにZ軸方向の三軸方向に移動可能である。それにより、探針6が降下したときに、該探針6の先端が接触する試料S表面上の位置がX−Y平面内で任意に移動可能である。また、試料Sの大きさに応じて試料台7をZ軸方向に移動させ、上昇した位置にある探針6の先端と試料S上面との距離、つまりは探針6が降下したときの試料Sへの刺入深さを適宜に調整することもできる。
【0031】
測定を行う際には、試料Sの上に後で詳述する溶媒供給部8が載置される。なお、ここでは図示していないが、イオン化室1には扉体が設けられ、該扉体を開放した状態で、ユーザーが試料Sをセットしたり或いは試料S上に溶媒供給部8を載置したりすることができるようになっている。
【0032】
イオン化室1内と第1中間真空室2内とは細径のキャピラリである脱溶媒管10を通して連通しており、脱溶媒管10の両端開口の圧力差によって、イオン化室1内のガスは脱溶媒管10を通して第1中間真空室2内へと引き込まれる。第1中間真空室2内には、イオン光軸Cに沿って配列された複数枚の円板状の電極板を一つの仮想的ロッド電極とし、イオン光軸Cの周りに四つの仮想的ロッド電極を配置したQアレイと呼ばれるイオンガイド11が設置されている。第1中間真空室2内と第2中間真空室3内とはスキマー12の頂部に形成された小径のオリフィスを通して連通している。第2中間真空室3内には、イオン光軸Cの周りに8本のロッド電極を配置したオクタポール型のイオンガイド13が設置されている。最後段の分析室4内には、コリジョンセル15を挟んでその前後に、いずれもイオン光軸Cの周りに4本のロッド電極を配置した前段四重極マスフィルタ14と後段四重極マスフィルタ17が配置されている。また、コリジョンセル15の内部には四重極又はそれ以上の多重極型のイオンガイド16が配置され、後段四重極マスフィルタ17の後方には、到達したイオンの量に応じた信号を出力するイオン検出器18が配置されている。それぞれの信号線の記載は省略してあるが、脱溶媒管10をはじめ各部には電圧発生部24よりそれぞれ所定の電圧が印加される。
【0033】
制御部25は試料Sから採取された一部の試料に対する質量分析を実行するために、試料台駆動部23、探針駆動部21、高電圧発生部20、電圧発生部24などをそれぞれ制御する。また、イオン検出器18による検出信号はデータ処理部26に入力され、ここでデジタルデータに変換されたあとマススペクトルやクロマトグラムの作成などの所定の処理が行われる。また、制御部25にはユーザーインタフェイスとして入力部27や表示部28が接続されている。
【0034】
なお、一般に、制御部25及びデータ処理部26の機能の少なくとも一部は、パーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、該パーソナルコンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアをコンピュータ上で動作させることで実現させることができる。
【0035】
図2図1に示した溶媒供給部8付近の概略縦断面図、図3は本実施例のPESIイオン化質量分析装置により生きた状態のマウスの生体組織から細胞の一部を採取して分析する際の概略斜視図である。
まず、溶媒供給部8の構成について詳述する。
【0036】
溶媒供給部8は、上面及び底面が開放された合成樹脂製である円筒形状体80と、その底面の開口を閉塞するように液密に張設されたポリ塩化ビニリデンからなる上部膜体81と、該上部膜体81の下にスペーサ83を挟んで該膜体81と略平行に張設されたポリ塩化ビニリデンからなる下部膜体82と、から成る。上部膜体81が本発明における第1の膜体に相当し、下部膜体82が本発明における第2の膜体に相当する。また、円筒形状体80とその底面に張設された上部膜体81は、図2図3に示すように、その内側に溶媒84を収容可能な容器であり、本発明における容器部に相当する。ここでは、その容器部の構成要素として上面及び底面の全体が開口している円筒形状体80が用いられているが、上面及び底面が閉塞されていて一部が開口しているものであってもよい。
【0037】
上部膜体81と下部膜体82との間隔はスペーサ83の厚さdである。スペーサ83は例えば略偏平円筒形状であって、その壁面の適宜の位置に液体が通過可能な開口が設けられているものとするとよい。上部膜体81と下部膜体82とはいずれも遮液性を有するものであり、さらに適度な弾性を有することが望ましい。そこで、本実施例では上部膜体81と下部膜体82としてポリ塩化ビニリデンを用いたが、これに限るものではなく、例えばポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリメチルペンテンなどの適宜の単一の樹脂材料又は異なる材料を組み合わせた複合樹脂材料などを用いることができる。
【0038】
一例として、円筒形状体80の内径は9.4[mm]、高さは5.0[mm]である。また、上部膜体81及び下部膜体82の膜厚は11[μm]である。また、上部膜体81と下部膜体82との離間距離dは1.0[mm]である。また、溶媒84は、一般に、水、アルコール類、又はそれらの混合物などである。この例では、50%のエタノール水溶液100[μL]に、血液の凝固を防止するための抗凝固薬であるヘパリン(0.5[mg/mL])を添加した溶媒を使用している。もちろん、円筒形状体80は上部膜体81とともに溶媒を収容可能な容器部を構成できさえすれば、その形状は任意に変更することができる。
【0039】
次に、本実施例のPESIイオン化質量分析装置を用い、生きたままのマウスの肝臓の細胞中の成分のリアルタイム分析を行う場合の手順及び動作について説明する。
図3に示すように、ユーザーは麻酔をかけた状態のマウス100を開腹し、試料台7の上に仰臥位で載置する。そして、上方に向けて露出させた測定対象部位、つまりは肝臓101の上に、溶媒84を収容した溶媒供給部8を載置する。このように溶媒供給部8が載置されたとき、下部膜体82の下面はマウス100の肝臓101に密着する。このとき、少量の接着剤を用いて溶媒供給部8を肝臓101に固定するようにしてもよい。なお、溶媒84はできるだけ分析の実行直前に入れることが望ましいから、空の溶媒供給部8をまず肝臓101の上に載置したあとに分析の直前に溶媒を注入するほうがよい。
【0040】
上記のような準備が終了したあとユーザーが入力部27から分析の開始を指示すると、この指示を受けた制御部25は分析を実行するために各部に制御信号を送る。なお、上述したようにイオン化室1には試料を出し入れする等のために扉体が設けられており、通常は、扉体が完全に閉鎖された状態でないと分析が開始できないようになっているが、実験動物そのもののような大きな試料を分析する際には扉体を完全に閉じることが難しい場合がある。そこで、本実施例の装置では、入力部27で所定の操作を行うことで、たとえイオン化室1の扉体が閉じられていない状態であっても、つまりは扉体の閉鎖を検知するスイッチがオンしていない場合であっても、分析を開始することができるようになっている。
【0041】
分析が開始されると、制御部25の制御の下で探針駆動部21は探針6を、その先端が肝臓101(試料S)に僅かに刺入される位置(例えば図2中の点線6’の位置)まで降下させ、そのあと該探針6を所定位置まで上昇させる。探針6が降下する際に、該探針6の尖った先端は溶媒供給部8に収容されている溶媒84中を通過し、さらに上部膜体81及び下部膜体82をそれぞれ突き破って試料Sに達する。したがって、肝臓101に達する前に探針6の先端表面には溶媒が付着し、溶媒で濡れた状態となる。そして、探針6の先端が肝臓101中に刺入されると、探針6の先端に肝臓101の一部の細胞が付着する。探針6が引き上げられる際に探針6の先端は再び溶媒84中を通過するから、探針6の先端に付着している肝細胞の外表面にも溶媒が付着する。これによって、探針6の先端に付着している肝細胞は溶媒に包み込まれた状態となり、細胞中の成分は溶媒に溶け出して液体状の試料となる。
【0042】
探針6が所定位置まで引き上げられたあと、高電圧発生部20は探針6に所定の高電圧を印加する。なお、探針6に印加される高電圧の極性は、測定対象であるイオンの極性に依存する。探針6の先端に高電圧が印加されると、探針6の先端に付着している液体状となった試料に大きな電場が作用し、クーロン斥力等により該試料中の成分は片寄った電荷を有しながら脱離する(つまりはエレクトロスプレーされる)。その過程で、該成分はイオン化される。これにより発生したイオンは、上述したように圧力差によって生じているガスの流れに乗って脱溶媒管10中に吸い込まれ、第1中間真空室2内に送られる。
【0043】
前述のように、上部膜体81及び下部膜体82はいずれも適度な弾性を有しているため、探針6の先端が貫通して開いた孔は探針6が引き上げられると或る程度縮小する。ただし、この孔は完全にはふさがれないため、探針6が刺入されることで肝臓101から染み出した血液等の液体はこの微小な孔を通して下部膜体82の上に漏れ出す。上部膜体81と下部膜体82との間には適度な間隙の空間があり、この空間を短時間で満たすほど多量の液体は漏れ出して来ない。そのため、この空間に漏れ出して来た血液等の液体は下部膜体82上で周囲に広がり、さらにスペーサ83に形成されている開口を通してスペーサ83の外側へと排出される。これにより、肝臓101から染み出した血液等の液体が溶媒供給部8の容器部中の溶媒84に混入することを防止することができる。もちろん、探針6が引き上げられる際に肝細胞に付着している血液等の液体は容器部中の溶媒84に混じるものの、その量はごく僅かであって観測の支障になるほどではない。
【0044】
上述のように第1中間真空室2に送り込まれた試料由来のイオンはイオンガイド11により形成される高周波電場で収束されつつ輸送され、スキマー12頂部のオリフィスを経て第2中間真空室3へ送られる。さらに、イオンはイオンガイド13により形成される高周波電場で収束されつつ分析室4へと送られる。前段四重極マスフィルタ14には電圧発生部24から直流電圧に高周波電圧を重畳した電圧が印加され、その電圧に応じた質量電荷比m/zを有するイオンのみが前段四重極マスフィルタ14の長軸方向の空間を通り抜けコリジョンセル15に入射する。コリジョンセル15内にはコリジョンガスとしてアルゴンガスなどが導入されており、コリジョンセル15に入射してイオンは該ガスと接触して解離する。その解離により生成されたプロダクトイオンはイオンガイド16により形成される高周波電場で収束され、コリジョンセル15を出て後段四重極マスフィルタ17に導入される。後段四重極マスフィルタ17にも電圧発生部24から直流電圧に高周波電圧を重畳した電圧が印加され、その電圧に応じた質量電荷比m/zを有するプロダクトイオンのみが後段四重極マスフィルタ17の長軸方向の空間を通り抜けてイオン検出器18に到達する。
【0045】
例えば前段四重極マスフィルタ14では特定の質量電荷比を有するイオンのみを通過させ、後段四重極マスフィルタ17では所定の質量電荷比範囲に亘る質量走査を行うようにすれば、データ処理部26では、試料由来の特定の質量電荷比を有するイオンを解離させることで得られた各種プロダクトイオンが反映されたプロダクトイオンスペクトルを得ることができる。もちろん、プロダクトイオンスキャン測定以外に、プリカーサイオンスキャン測定やニュートラルロススキャン測定、MRM測定を行ってもよく、コリジョンセル15でイオンを解離させずに通常のスキャン測定やSIM測定を実行してもよい。
【0046】
例えばピルビン酸をマウスに投与したあとの肝臓中のアセチルCoAの量の時間的な変化を観察したい場合には、上記のような測定を所定時間間隔で繰り返し行えばよい。溶媒供給部8には多量の溶媒84が用意されており、測定途中で或る程度気化したとしても溶媒84が枯渇することはなく、長時間の連続的な測定が可能である。また、溶媒供給部8が一種の重しとして機能するため生きた状態の肝臓101の動きが制約を受け、探針6の先端は肝臓101のほぼ同じ箇所に繰り返し刺入される。それによって、繰り返し測定の際の測定位置のずれを抑えることができ、目的成分の正確な時間的変動を捉えることができる。
【0047】
肝臓101上の所定の二次元範囲に亘る目的成分の分布を調べたい場合には、入力部27からその範囲やX軸、Y軸方向の移動のステップ幅などの測定条件を設定しておく。制御部25はこの測定条件に従って試料台駆動部23を制御し、探針6を上下させて1回又は複数回の測定を行う毎に試料台7を所定ステップ幅だけX軸又はY軸方向に移動させる。これを繰り返すことによって、所定の二次元範囲内の多数の測定点に対する測定を行えばよい。
【0048】
図4は、本発明の他の実施例によるPESIイオン化質量分析装置における試料台の概略斜視図である。
上記実施例では、溶媒供給部8は測定対象部位の上に載置されるようになっていたが、この実施例の質量分析装置では、溶媒供給部8を保持する保持部として、鉛直軸を中心に回動自在で且つ上下動自在であるアーム30を試料台7に設けている。アーム30はその先端に円筒形状体80を把持するグリップ31を備える。アーム30はモータ等を含むアーム駆動部32により回転駆動及び上下駆動される。これにより、例えばアーム30を動作させて溶媒供給部8を測定対象部位の上に軽く押し当てることができる(図4中に符号8’で示す位置)。また、測定実行前には溶媒供給部8を所定の溶媒注入位置まで移動させて自動又は手動で溶媒を注入するようにすることができる。また、測定終了後には溶媒供給部8を所定の廃棄位置まで移動させて溶媒供給部8を落下させることで、使用済みの溶媒供給部8を廃棄することもできる。
【0049】
図1に示した本実施例のPESIイオン化質量分析装置は上述したように生きたままのマウス等の実験動物そのものの生体組織中の成分を測定するのみならず、生体から採り出された各種の試料中の成分の測定にも有用である。図5は上記実施例のPESIイオン化質量分析装置を用いて薬毒物スクリーニング検査を行う場合の測定手順を示す概略図である。
【0050】
図5(a)に示すように、測定に使用されるサンプルプレート200の上面には微量の液体を収容可能な凹部201が形成されている。ヒト等の被検体から採取された微量の血液(又はその希釈液)等の液体試料202は、表面張力で盛り上がる程度まで凹部201に滴下される(図5(b)参照)。そして、サンプルプレート200をイオン化室1内の所定位置にセットし、凹部201中の液体試料202の上に、図5(c)に示すように、ヘパリン含有エタノール水溶液等の溶媒が収容された溶媒供給部8を設置する。このとき、下部膜体82の下面は液体試料202の上面に密着する。そのあと、図5(d)に示すように探針6を下降させてその先端を液体試料202中に浸漬させ、さらに探針6を所定位置まで引き上げて測定を実行し、液体試料202に含まれる化合物を検出する。
【0051】
本発明者らは上記手順で薬毒物として知られる化合物が適切に検出されることを確認するために実験を行った。実験では、麻薬、向精神薬、危険ドラッグなどを含む12種類の薬物(アンフェタミン、メタンフェタミン、コカイン、ジアゼパム、パロキセチン、フルボキサミン、クロルプロマジン、ゾルピデム、アセチルフェンタニル、ジフェニジン、JWH−018、α−PHP)の標準液を濃度範囲0.1〜100[ng/mL]の適当な濃度で添加した血清を試料として多数用意した。この血清試料を20[μL]採取して前処理を行うことなくサンプルプレート200上の凹部201に滴下したあと、1[mg/mL]濃度のヘパリン含有50%エタノール水溶液30[μL]を入れた溶媒供給部8を血清試料の上に載せた。そして、上記12種類の薬物にそれぞれ対応したMRMトランジションによるMRM測定モードで質量分析を実行した。測定に要する時間はおよそ0.3分であり、測定終了後殆ど待たずに各薬物の検出結果が出力される。
【0052】
上記実験の結果、上記12種類の薬物の全てを血清試料から直接検出できることが確認できた。MRM測定モードにおける各薬物の検出下限は、アンフェタミン、メタンフェタミン、コカイン、パロキセチン、フルボキサミン、クロルプロマジン、ジフェニジン及びJWH−018については10[ng/mL]程度、ジアゼパム、アセチルフェンタニル、及びα−PHPについては1[ng/mL]程度であり、ゾルピデムは0.1[ng/mL]程度でも検出可能であった。このことから、上記測定方法によれば、10[ng/mL]程度の低い薬物濃度であっても、被検者の血液から直接検出が可能であるということができる。
また、本測定方法での定量性について検討したところ、ジアゼパム−d5を内部標準としてジアゼパムの定量性を確認したところ、検量線はR2が0.99と良好な直線性を示した。これにより、少なくともジアゼパムについては単なる化合物の検出のみならず、十分な定量が可能であることも確認できた。
【0053】
一般に上記のような血液中の薬物検査にはLC、GC等による成分分離の前処理が必要となるため、結果が出るまでに2〜3時間程度を要しているのが実状である。それに対し、上記測定手法では、試料の前処理操作は不要であり、概ね1分以内で検出結果を得ることができる。そのため、特に迅速性が要求される薬毒物のスクリーニング検査等には非常に有用である。もちろん、検査対象の試料は血液に留まらず、尿などでもよい。
【0054】
また、上記測定手法は、薬毒物スクリーニング検査のほか、迅速な分析が必要とされる様々な分野での応用が可能である。例えば、救命救急医療においては、被検者の吐瀉物や胃洗浄時の排出液などに含まれる化合物を迅速に検出することで、適切な処置・治療を迅速に行い、救命の可能性を高めたり被検者に負担となる不要な処理を排除したりすることができる。
【0055】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
例えば、上記実施例のPESIイオン化質量分析装置はタンデム四重極型の構成であるが、上述したように質量分離器等の構成はこれに限るものでないことは当然である。
【符号の説明】
【0056】
1…イオン化室
2…第1中間真空室
3…第2中間真空室
4…分析室
5…探針ホルダ
6…探針
7…試料台
8…溶媒供給部
80…円筒形状体
81…上部膜体
82…下部膜体
83…スペーサ
84…溶媒
10…脱溶媒管
11、13、16…イオンガイド
12…スキマー
14…前段四重極マスフィルタ
15…コリジョンセル
17…後段四重極マスフィルタ
18…イオン検出器
20…高電圧発生部
21…探針駆動部
23…試料台駆動部
24…電圧発生部
25…制御部
26…データ処理部
27…入力部
28…表示部
30…アーム
31…グリップ
32…アーム駆動部
100…マウス
101…肝臓
200…サンプルプレート
201…凹部
202…液体試料
C…イオン光軸
S…試料
図1
図2
図3
図4
図5