【実施例】
【0018】
〔実施例1〕
黒酢の調製
黒酢(坂元醸造株式会社製、坂元のくろず(製品名))1000mlを凍結乾燥し粉末化した。これに蒸留水を加え、再び凍結乾燥を行った。この作業を4回繰り返し、黒酢中の酢酸を完全に除去した。得られた粉末を蒸留水100mlに溶解したものを黒酢10倍濃縮液とし、後述の実施例における試験に用いた。なお、これらの試験では、黒酢10倍濃縮液を単に黒酢と示す場合がある。
【0019】
〔実施例2〕
脱顆粒抑制作用の評価
脱顆粒抑制作用の評価にあたり、ヒスタミンとともに顆粒中に存在するβヘキソサミニダーゼの放出抑制活性を指標として、好塩基球の脱顆粒活性を調べた。
試料として、実施例1にて調製した黒酢を用い、コントロールとして10mM リン酸ナトリウム緩衝液pH7.4(NaPB)を用いた。
【0020】
1.ラット好塩基球細胞株RBL−2H3細胞の培養
10%ウシ胎児血清(FBS)−DMEM培地にて前培養したラット好塩基球細胞株RBL−2H3細胞(独立行政法人 医薬基盤研究所 JCRB細胞バンクより分譲)の細胞数を約2.0×10
5cells/mLに合わせ、細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を96穴プレートの各ウェルに200μLずつ分注し、37℃、湿度100%、5%CO
2条件下で一晩培養した。
【0021】
2.脱顆粒誘導
1)抗ジニトロフェロール−IgE(シグマ社製(以下、単に抗DNP−IgEと示す場合がある))を50ng/mLとなるように10%FBS−DMEMで希釈して抗DNP−IgE溶液を得た。
上記1.にて一晩培養したRBL−2H3細胞をPBSで洗浄し、各ウェルに抗DNP−IgE溶液を120μL入れ、2時間培養することで細胞を感作させた(抗DNP−IgEの終濃度:25ng/mL)。また、ブランクには抗DNP−IgEの入っていない培地を入れた。
2)上記1)の後、各ウェルの細胞を洗浄した後、段階希釈した黒酢を添加したタイロード(Tyrode)緩衝液で細胞を10分間処理し、その後、抗原としてDNP−HSA(シグマ社製)を添加して30分インキュベートした。黒酢の添加量はタンパク質濃度を指標として示した(各タンパク質濃度:325μg/mL、650μg/mL、1300μg/mLまたは2600μg/mL)。
3)上記2)の後、細胞内外に存在するβヘキソサミニダーゼの放出抑制活性を指標として、脱顆粒を評価した。
【0022】
2)結果
図1、Aにβヘキソサミニダーゼの放出抑制活性を指標とした黒酢による脱顆粒抑制作用を示した。その結果、黒酢は濃度依存的にRBL−2H3細胞の脱顆粒を抑制することが示された。
また、
図1、BにRBL−2H3細胞の細胞生存率を示したが、黒酢による脱顆粒の抑制作用は細胞傷害性によるものではないことも明らかとなった。
従って、黒酢が脱顆粒抑制による抗アレルギー効果を有することが確認できた。
【0023】
〔実施例3〕
黒酢に含まれる脱顆粒抑制物質の検討
1.活性成分の分画および各抽出画分の活性評価
1)活性成分の分画
黒酢中に含まれる脱顆粒抑制物質がどの様な物質であるかを推察するために、透析処理によって分子サイズの推定を試みた。
次の(1)〜(3)の工程により、黒酢を分子量カット3,500の透析膜を用いて透析をおこなった。その後、実施例2と同様の方法によりβヘキソサミニダーゼの放出抑制活性を測定した。
(1)分子量カット3,500のセルロース製透析膜(スペクトラム社製)を30分間10mMリン酸ナトリウム緩衝液(NaPB)の入ったビーカー内で撹拌し、洗浄した。
(2)上記(1)で洗浄した透析膜に試料を注入し、4リットルの10mM NaPB を外液として、12時間以上4℃で攪拌しながら透析した。透析中、外液を2回交換した。
(3)上記(2)の透析が終了した後、透析膜内液を回収した。
【0024】
2)結果
図2にβヘキソサミニダーゼの放出抑制活性を指標とした各画分における脱顆粒抑制作用を示した。その結果、分子量3,500以上の物質からなる透析画分は、透析していない黒酢と比べてβヘキソサミニダーゼの放出抑制活性が上昇することが確認できた。
従って、この結果より、黒酢に含まれる活性物質は遊離アミノ酸などの低分子物質ではなく、分子量3,500よりも大きな物質である可能性が示唆された。
また、分子量カット500の透析膜(スペクトラム社製)を用いて透析をおこなった分子量500以上の物質からなる画分においても同様にβヘキソサミニダーゼの放出抑制活性が上昇していたことから、黒酢に含まれる活性物質は、分子量500よりも大きな物質である可能性も示唆された。
【0025】
2.熱安定性、およびプロテアーゼ抵抗性の評価
1)熱安定性の評価
熱安定性の評価として、実施例1において調製した黒酢を100℃で30分加熱処理した後、これを試料として実施例2と同様の方法により、βヘキソサミニダーゼの放出抑制活性の評価を行った。
その結果、
図3に示されるように、黒酢を加熱処理しても、βヘキソサミニダーゼの放出抑制活性に変化が認められないことが確認できた。
【0026】
2)プロテアーゼ抵抗性の評価
タンパク質分解酵素に対する抵抗性の評価として、実施例1において調製した黒酢を種々の濃度(0μg/mL、10μg/mL、100μg/mLまたは500μg/mL)のトリプシン(和光純薬社製)、およびProteinase K(和光純薬社製)で次の方法によって処理した。
【0027】
トリプシン処理
(1)トリプシンを10mM NaPBで500μg/mL、50μg/mLに調製した。
(2)各濃度の黒酢に上記(1)で調製したトリプシンを等量加え、37℃、15分間反応させた。
(3)上記(2)の15分間の反応の後、100℃で10分間加熱し、トリプシンを失活させた。
(4)上記(3)にて10分間加熱した後、氷上におき、トリプシン処理サンプルを得た。
【0028】
Proteinase K処理
(1)Proteinase Kを10mM NaPBで500μg/mL、50μg/mLに調製した。
(2)各濃度の黒酢に上記(1)で調整したProteinase Kを等量加え、37℃、12時間反応させた。
(3)上記(2)の12時間の反応の後、100℃で10分間加熱することでProteinase Kを失活させ、Proteinase K処理サンプルを得た。
【0029】
その後、これを試料として実施例2と同様の方法により、βヘキソサミニダーゼの放出抑制活性の評価を行った。
その結果、
図4、Aおよび
図4、Bに示されるように、黒酢をタンパク質分解酵素で処理しても、βヘキソサミニダーゼの放出抑制活性に変化が認められないことが確認できた。
【0030】
上記1、2の結果から、黒酢中の活性物質は、分子量およそ500以上、より好ましくは3,500以上であって、熱処理およびタンパク質分解酵素処理によって活性が変化しない物質であることが示唆された。
【0031】
〔実施例4〕
黒酢の作用メカニズムの解明
1.細胞内カルシウムイオン濃度に対する黒酢の影響
好塩基球による脱顆粒は、アレルゲンによる刺激が細胞内に伝達されると、細胞内カルシウムイオンの濃度が上昇し、誘導されることが知られている。そこで、黒酢の作用によって、この細胞内カルシウムイオンの上昇がどの様に変化するかを解明するため、カルシウムイオンの蛍光プローブであるFluo3(同仁化学研究所社製)を用いて、次の(1)〜(10)の工程により検討した。
【0032】
(1)白色96穴プレートに細胞数4.0×10
4cells/穴で捲き込み、12時間インキュベートした。
(2)上記(1)のインキュベート後、培養上清を除去した後、PBS(−)で細胞を洗浄した。
(3)洗浄後のプレートに抗DNP−IgE溶液(1,000倍希釈)を加え、2時間37℃でインキュベートした。
(4)上記(3)のインキュベート中に、Loading BufferおよびRecording Mediumを表1および表2に記載の組成で調製した。
(5)上記(3)のインキュベート後、上清を除去し、37℃で加温したPBS(−)で2度洗浄した。
(6)洗浄後のプレートに(4)で調製したLoading Bufferを100μL/wellずつ加え、37℃で1時間インキュベートした。
(7)上記(6)のインキュベート後、上清を除去し、37℃で加温したPBS(−)で2度洗浄した。
(8)洗浄後のプレートに(4)で調製したRecording Mediumを100μL/wellずつ加え、37℃で10分インキュベートした。
(9)上記(8)のインキュベート後、蛍光プレートリーダーで蛍光強度(λ
ex=480nm、λ
em=530nm)を測定し、ベースラインを調べた。
(10)上記(9)におけるベースラインの測定後、抗原物質としてDNP−HSA溶液を10μL/wellずつ加え、蛍光プレートリーダーで蛍光強度(λ
ex=480nm、λ
em=530nm)を測定した。
【0033】
【表1】
【0034】
【表2】
【0035】
その結果、
図5に示されるように、抗原刺激で誘導される細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が、黒酢を作用させることにより抑制されることが確認できた。この結果より、抗原誘導性の脱顆粒において、黒酢により細胞内シグナル伝達が阻害され、これによって細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が抑えられることにより脱顆粒が抑制されることが示唆された。
【0036】
2.脱顆粒シグナル伝達経路に及ぼす黒酢の影響
上記1.の結果をより、抗原刺激によって誘導される脱顆粒シグナル伝達経路に及ぼす黒酢の影響を次の1)〜3)の工程によって評価した。
なお、この評価において使用した一次抗体は以下のとおりである。
抗Lyn Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗Phospho−Lyn(Tyr507)Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗Syk Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗Phospho−Syk(Tyr525/526)Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗PLCγ1(D9H10)Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗Phospho−PLCγ1(Tyr783)Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗PLCγ2 Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗Phospho−PLCγ2(Tyr759)Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗PI3 Kinase p85(19H8)Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗Phospho−PI3 Kinase p85(Tyr458)/p55(Tyr199)Antibody(Cell Signaling Technology社製)
抗Actin(I−19)Antibody(Santa Cruz Biotechnology社製)
【0037】
1)細胞破砕とタンパク質の抽出
黒酢を添加した培養条件で培養し、抗原刺激によって脱顆粒を誘導したRBL−2H3細胞を回収した。また、比較として黒酢の代わりにNaPBを添加した培養条件で培養したRBL−2H3細胞(ネガティブコントロール)、およびこの培養条件で培養し、抗原刺激を行ったRBL−2H3細胞(コントロール)を回収した。
これらの回収した細胞をそれぞれPBS(−)で2回洗浄した後、細胞溶解バッファー(50mM Tris,150mM NaCl,1mM EDTA,50mM NaF,30mM Na
4P
2O
7,1%v/v Triton−X)にインヒビター(5mg/mL Pefabloc SC AEBSF、2μg/mL Aprotinin、Complete;EDTA free、Phosphatase)を加えたものを添加し、泡立てないようにピペッティングし、氷上で30分静置した。その後、12,000×g、15分で遠心し、上清を回収し、各細胞破砕液(サンプル)間のタンパク質濃度をそろえた。
【0038】
2)電気泳動とブロッティング
上記1)にてタンパク質濃度をそろえた各細胞破砕液をSDS−PAGEによる電気泳動にかけた後、タンパク質をPVDF膜(GEヘルスケア社製)に転写した。ポリアクリルアミドゲルからPVDF膜への転写には、Bio−Rad社製のブロッティング装置を用い、0.8mA/cm
2の定電流で1時間の条件で行った。
【0039】
3)抗体との反応、およびバンドの検出
上記2)にてタンパク質を転写させたPVDF膜を5%スキムミルク−Tris Buffered Saline with Tween 20(TBS−t)によって、室温で1時間、ブロッキングを行った。
ブロッキング後、TBS−tで5分間、3回洗浄した。一次抗体を5%BSA−TBS−tで希釈し、4℃で12時間、膜と反応させた。一次抗体反応が終了した膜をTBS−tで5分間、3回洗浄したのち、二次抗体として、goat anti−rabbit Immunoglobulin−HRP(1,000倍希釈、Cell Signaling Technology社製)、あるいはdonkey anti−goat IgG−HRP(4,000倍希釈、Santa Cruz Biotechnology社製)を5%スキムミルク−TBS−tで希釈し、室温で1時間、膜と反応させた。二次抗体の反応後、TBS−tで5分間、3回洗浄した。その後、Immunostar LD(和光純薬社製)のReagent 1と2を1:1で1mL混合した発色液で発色反応を行い、イメージアナライザー(Bio−Rad社製)で、バンドを検出した。
【0040】
その結果、
図6に示されるように、黒酢を添加した培養条件で培養し、抗原刺激によって脱顆粒を誘導したRBL−2H3細胞において、脱顆粒シグナル因子のうち、Syk、PI3K、PLCγ1、AKTの活性化レベルが抑制されていることが確認できた。Sykは、好塩基球細胞表面上に発現している高親和性IgE受容体(FcεRI)直下に存在し、シグナル伝達の上流に位置するチロシンキナーゼであり、PI3KやPLCγ1のリン酸化による活性化に関与している。従って、この結果より、黒酢中の活性物質は、Sykのリン酸化による活性化を下方制御することで、その下流のPI3K、PLCγ1、AKTの活性化を抑制し、カルシウムイオンの流入を抑え、脱顆粒を抑制しているものと推察された。
【0041】
〔実施例5〕
受動皮膚アナフィラキシーモデルマウスへの黒酢の経口投与の効果
黒酢の生体内における抗アレルギー効果を明らかにするため、受動皮膚アナフィラキシーモデルマウスに対する経口投与の効果を検討した。
すなわち、マウス(7週齢、雌、BALB/cマウス、n=5)の耳介皮下に抗DNP−IgEを投与し、その23時間後に低用量(6mgタンパク質/kg体重)、および高用量(60mgタンパク質/kg体重)の黒酢を経口投与した。その1時間後に0.5%エバンスブルーを含むDNPを尾静脈から投与し、30分後に、耳介におけるエバンスブルーの浸潤を評価した。
【0042】
その結果、
図7に示されるように、黒酢の経口投与によって、有意に色素の浸潤が抑制されることが確認できた。従って、黒酢を経口投与することにより、耳介皮下におけるアレルギー応答が抑制でき、経口投与によって、体内におけるアレルギー応答を抑制できることが示された。